「──―ことりちゃん!」
「──―ことり」
何度も聞いた私を呼ぶ声。こちらに手を振りながら近づいてくる穂乃果ちゃんと少し暗い顔をしながら近づいてくる海未ちゃん、二人とも私が大好きな私の親友。子供のころからずっと一緒にいて誰よりも大切な人たち。でも……
「どうしたの? 二人とも」
「ことりちゃん、ごめん、今日ももう少し練習していきたいから、一緒に帰れないんだ」
「すみません、ことり。わざわざ待っていてもらったのに……」
「ぁ、そっか……ううん、大丈夫。二人とも頑張ってるの知ってるから」
私は二人の隣を並んで歩けてるのか、時々不安になる。なんて、最近彼にもこんなこと言って励まされたばかりなのになぁ。
「ありがとう、ことりちゃん。それじゃあ、また明日ね」
「うん、また明日」
さて、私も帰ろうかな……彼、音也くんは暇かな? ちょっと連絡を、って私いつの間にこんなに寂しがりやになちゃったのかなぁ。
「一緒に帰れますか? っと送信。……ってもう返信が来てる。オトノキの前で待ってて、か。ふふ、音也くんもすっかりこの状況に慣れちゃってるね」
「──―ことり」
最近よく聞く私を呼ぶ声。優しい笑みを浮かべながら近づいてくる音也くん。私に大好きな、ってこの言い方は誤解を生むかも……うーん、私の友達かな。女子校に通ってるから男の子の友達って小学生以来だけど、音也くんは普段男の子って感じがしない。
「音也くん、こんにちわ」
「こ、こんにちわっていう時間帯でもないと思うけど?」
戸惑った顔をする音也くん。そこは素直にこんにちわって返してくれたらいいのに、こうやって面倒な反応をする。そこが音也くんの面白いところでもあるんだけど。
「細かいことは言いっこなしだよ、音也くん。ふふ、ありがとね、私のために」
「? どうしたの急に」
きっと、音也くんは寂しがってる私のために来てくれたんだ、この間あんなこと言ったから。でも音也くんは分かっていないような顔をする。果たして本当に分かっていないのか、分かっているけどとぼけているだけなのか。どっちにしても私にとって音也くんが来てくれただけで嬉しい。
「ううん、音也くんに会えて嬉しいなぁって思って」
「っ、そういうこと簡単に言わないでよね! 穂乃果じゃないんだから」
「え~、本当のことなのに~」
「や、やめてよ! 僕を照れさせて楽しい!?」
「うん!」
「うん、って……そんな満面の笑みで言われても」
本当、音也くんと一緒にいると楽しいなぁ。最近は穂乃果ちゃんや海未ちゃんよりも音也くんと一緒にいる時間の方が長い気がする。それはそれで寂しい気がするけど、でも二人の知らない音也くんを私が知ってるって思うとなんか嬉し……なんでこんなこと考えてるんだろう? 私。なんか、音也くんといると、いつもの私じゃないみたい。もう少し、音也くんと一緒にいれないかなぁなんて考えちゃう。これって私がただ寂しがってるだけなのかな? それとも……
「ねぇ、音也くん」
「何かな?」
「……ちょっと、寄り道していかない?」
「──―あれとかどうかな? 海未ちゃんに似合うと思うんだけど……」
「……意外に似合う、とは思うけど着てはくれないと思うよ?」
露出が多めなゴスロリ服を眺めながら、二人で話す。ああいうジャンルにはあんまり手を出したことないけど、可愛いなぁ。海未ちゃんに着せて、頬を赤らめながらぺたんと座り込む……人形みたいで可愛いと思うけどなぁ。幸いなことに海未ちゃんはあんまり胸がないからロリータファッションも……この話題はやめよ。背筋に悪寒を感じた。
「そうかな~、音也くんが本気で頼めば……」
「なぜ、僕が頼む前提なの?」
音也くんがジト目で私を見てくる。音也くんはある程度仲のいい人と一対一だと結構饒舌になる、内弁慶なタイプの人間だ。出会いが出会いで穂乃果ちゃんが接点だったからあれだけど……普段からこんなに話すタイプじゃない。どちらかというと無口な人だ。でも、決して沈黙が苦なわけでもなく……本当に不思議な人。
「っと、もうこんな時間。そろそろ帰ろっか?」
「そうだね。あんまり遅くなってもいけないし……ってことり?」
雑草の中に咲く一輪の花とでも言えばいいのか。そんな大したものでもないけど……人混みの中、私はそれに目を惹かれた。
「メイド服……着てみたいなぁ」
「メイド? ああ、あそこでビラ配ってるメイドさん?」
「うん……ああいう服にも興味があって……ぁ」
目が合った。メイドさんは私を見て何か思いついたかのような顔をする。
「どうしたの? ってメイドさんが近づいてきてる!」
「そこのあなた?」
初めて聞く私を呼ぶ声。名前じゃないけど、目が合ってるから私に向けられたものだとはっきり分かる。
「メイド、やってみませんか?」
「え?」
「大丈夫です、結構簡単ですから」
「え? でも……」
「とりあえず、物は試しです! さぁ、彼氏さんも行きましょう」
「……ぁ、いや、彼氏というわけでは……」
「ついてきてください。こっちですよ」
すごい勢いの人だ。最初の可憐なイメージなどどこかに行ってしまった。儚い花だと思ったら随分と元気な花だ。メイド服の彼女はどんどん先へ行ってしまう。こちらは茫然と立ちながら彼女の背中を眺めていた。
「どうしよっか? 音也くん」
「え? うーん……」
音也くんは反応に困ったといった顔をしている。それもそうだよね、こんなこと聞かれても困るよね。……ダメダメ、ここで人任せにしちゃ。私のことなんだから私が決めないと。
……メイド、か。やってみればもっと強くなれるかな、あの二人みたいに。それに……
「音也くんは、私のメイド姿見たい?」
「……うん」
「そっか……うん、分かった。音也くんのために頑張ってみるね。この間の恩返しだよ」
音也くんが喜んでくれたら私も嬉しい。音也くんと一緒にいたい。これって勘違いなのかな? それとも本気なのかな? 自分の本当の気持ちも分からないけど、どっちにしても私は音也くんが好きみたいだ。
これが後に伝説のメイドとなるミナリンスキーの誕生の瞬間である。
ことり誕生日記念で一話です。
時系列的には一章の冬あたりでしょうか。