「ふぅ……今日のところはとりあえず帰るわ。また明日話を聞かせてもらうからね」
そう言ってにこたちは帰っていった。本当は逆ギレされても、見捨てられてもおかしくないのに……
正直申し訳ない気持ちと恥ずかしい気持ちと感謝する気持ちとがごちゃごちゃに混ざってよく分からないことになっている。今日は早く寝て……とも思ったけどなかなか寝付けない。
「皆の気持ちが分からないよ」
分からなくて当たり前だと思う。他人の気持ちが何も言わないで分かるなんてこと自体稀だ。それは理解している。だけど、皆の気持ちが分からなくて……怖いのだ。
──―私はいつまでも音也くんの味方だからね──―
ふと、先程穂乃果に言われた言葉を思い出す。穂乃果はどんな気持ちでこの言葉を放ったのだろう。せめて表情くらい見ておけば何か分かったのかもしれないけど、さっきまでの僕にそんな余裕はなかった。
「明日、か」
また家に来てもらうのも失礼な気がするし、彼女たちも練習があるだろう。となると、僕が彼女たちの練習する場所に行けばいいわけだが、生憎と明日の朝だけ雨が降るようだ。朝練はないだろう。そうなると必然的にオトノキに訪れることになるのだが……
「……一応許可は下りてるけど」
そう、結構前にオトノキに立ち入る許可はもらっていた。ただ、覚悟できてなかっただけ、というより逃げていただけだ。……生徒と同じくらいの年齢の男子が女子校に一人で入っていくという様子を思い描いてほしい。女好きで楽観的な性格ならまだしも、僕のような性格の者には難易度が高すぎる。
そもそも明日練習があるかすら聞いてないし、さっきのことがあって今から聞くのも気まずいし……いや、佐々木さんに聞いてみようかな。怪しまれるかもしれないが。
案の定、放課後の練習は普通にあるらしい。もちろん学校で。佐々木さんにはなんで自分で聞かないのかと聞かれたが、僕が言葉を濁すと何かを察したのか、別にいいけど、と言ってくれた。相変わらず彼女は妙に聡い。そういう部分は素直にすごいと思う。
で、なんやかんや僕は今オトノキの正門の前にいる。いつまでもここで立ち往生していると逆に怪しまれるのでさっさと中に入ることに……放課後ということで部活のない生徒は下校するわけで、ちらほらとオトノキの生徒がこちらに歩いてきているのが見える。
「……行くか」
で、とりあえず事務室に向かいこの書類を出さなければならないわけだが……
「事務室ってどこ?」
事務室の場所が分からないのだ。そんな感じでおどおどしていると声をかけられた。声をかけたのは三人組の女子の一人だった。ひどいデジャブを感じる。
三人組の中で一番小さい子が話しかけてくる。
「お兄さん、お困りごとですかな?」
「え? えーっと……」
続けて明るめなショートカットの女子。
「ふっふっふっ、事務室の場所を知りたいんでしょ?」
「あ、はい……」
最後にポ二ーテールの女子が笑顔で言う。
「付いてきて、案内するよ」
「あ、ありがとうございます」
「気にしないで、音也くん」
「……え? なんで僕の名前」
「この学校じゃ音也くん知らない人ほとんどいないよ」
は? いや、確かに廃校の危機にあるくらい生徒数が少ないなら、三年が三クラス、二年が二クラス、一年が一クラスって聞いた覚えがあるから、一クラス三十人ちょっとだとしても全校生徒は二百人前後だと思う。だが、その二百人全員に知られるってとんでもないことだと思うのだが。
あれ? 一つ心当たりがある。もしかして……
「……穂乃果?」
「その通り」
予想通り過ぎて苦笑いするしかなかった。
その後事務室で関係者札をもらって穂乃果たちが練習しているという屋上に向かうことにしたのだが……
「着替えてるところに遭遇とかないかなぁ?」
「……ああ、じゃあ私たちが先に見てくるよ」
思わず口に出てしまった言葉をまだいたらしい三人組に聞かれ、見にいってくれると申し出てくれた。ありがたいが、これでは僕がわざと行ってほしいなぁ、と言っているみたいだ。さすがにここまでお世話になるのも悪いと思い、電話で聞くからと断ろうとしたがいつの間にかいなくなっていた。
とりあえず事務室前で待ってるか。女子校内でフラフラするわけにもいかないし。厚意を無下にするわけにはいかない。
で、待っているわけだが……うーん、でもある程度予想してたけど、気まずいなぁ。女性の比率が高すぎて。せめて誰かと一緒なら……次は佐々木さんも連れてこようかなぁ。次があれば。
「おーい、音也くーん」
この声は……廊下の奥の方から走ってくる一つの影。ここで廊下を走ったらいけませんとか海未とか絵里だったら言いそうなものだが、生憎僕はそんなに真面目な性格でもない。僕の目の前に来た練習着に穂乃果は肩で息をしながら話しかけてくる。どれだけ急いだんだ? それとも練習の途中だったとか? どっちだろう?
「音也くん、どうしたの急にヒデコとフミコとミカが練習見にきたから何事かと思ったら、音也くんが来てるって」
「……穂乃果、練習は? というかさっきの三人は?」
穂乃果は昨日のことなど気にした様子もなく話しかけてくるので少し対応に詰まったが、なんとか言葉をひねり出す。僕が気にしすぎているだけなのだろうか?
「大丈夫だよ、今は私休憩中だから。ヒデコとフミコとミカなら屋上にいるよ?」
「そっか」
まさかの休憩中。じゃあ本当にここまで急いできたからそんなに疲れているのか。というかさっきの三人組はそれぞれヒデコ、フミコ、ミカって言うのか。どの子がどの子か分からないけど。それは後々穂乃果に聞けばいいだろう。後、屋上という言葉が聞こえた気がするが……結局部室では練習してないのか? まぁ、これも後で聞けばいいことか。
「それで今日はどうしたの?」
「とりあえずみんなのところまで案内してくれないかな? 歩きながら話すよ」
ということで、穂乃果に案内してもらいながらオトノキに来た理由を語った。
「前に言ってたでしょ? 部外者が学校に入る許可がいるって。その許可がやっと取れたから、ちょっと試しに来たのが一つ。もう一つは……」
「もう一つは?」
「昨日のことで……皆に会うために。わざわざウチに来てもらうのも悪いし」
「そんなの気にしなくていいのに~。まったく音也くんは変なところで真面目なんだから」
歩きながらしばらく無言が続く。何か話題を変えないと……そう思っていたのは穂乃果も同じようで僕に話をふる。
「どう? オトノキは、いい学校でしょ?」
「そ、そうだね。なんだかんだ言って生徒さんたちは優しい人が多そうだし。……でも、もう来ることはないかも」
「え~、なんで~?」
穂乃果が不服そうに頬を膨らます。そりゃあ、そっちの立場からしたら僕が来るのは嬉しいだけかもしれないが……いや、本当に嬉しいのかは知らないけども。僕はここに来るのに結構精神を削られている。
「気まずいじゃん」
「そんなことないよ~」
「いや、穂乃果たちはそうかもしれないけど、僕が気まずいの」
考えてみてほしい。周りには知らない人ばかり。そのほとんどが女子……四面楚歌とはこのことだ。いや別に周りの人が全員敵というわけではないのだが、そこは気分的な問題だ。そんな風にくだらないことを考えてると横で唸っていた穂乃果が急に大声をあげる。
「……そうだ!」
「また、何か良からぬことを考えてるね?」
「ふふ~ん。それはどうかなぁ?」
意味ありげな笑みを浮かべながら歩くペースを早める穂乃果。僕はそんな穂乃果の態度を疑問に感じながらおとなしくついていくのだった。
廊下を通り、階段を上り、屋上に続くドアを勢いよく開けながら穂乃果が大声を上げる。だが、ドアの小窓から誰かの影が見えた気がするのだが……誰かドアの前にいるんじゃ?
「みんなー、音也くん連れてきたよー」
「ちょ、そんな勢いよく開けると……」
「ウギャ」
静止の声も間に合わず、穂乃果が勢いよく開けたドアに吹き飛ばされたドアの前にいた人物。しかし、ウギャ、とは……すごい声が聞こえた。
「ああー、ごめん海未ちゃん」
「扉の前に人影が見えたでしょ? まったく。静止が遅くなった僕も悪かったけど……大丈夫、海未? ちょっと顔を見せてね……うん、とりあえず血は出てないみたいだね。良かった」
屋上に出ると顔面から倒れたのか顔を抑えながら涙目の海未。すごく痛そうである。傷が残ったりしたらまずいので確認するが思ったよりひどくないようだ。
「え、ええ、音也、ありがとうございます」
海未は目をそらしながらお礼を言う。どうしたんだろうか?
「音也くんだ~、本当に来てたんだ~」
「音也先輩、来て早々ラブコメするのはやめてほしいにゃ」
「っ……! いや、ラブコメはしてないよ!? 海未に失礼だよ?」
……凛に言われて、海未の顔がものすごく近くにあることに気づき、距離を取る。恥ずかしくて顔から火が出そうだ。海未も心なしか顔が赤くなっている気がする。
「より、騒がしくなったわね」
「そうね、アイドルとしての自覚を持ってほしいわ」
真姫とにこがジト目でこちらを見ているが、それより穂乃果を怒るべきなのでは? と穂乃果を見るといつの間にか移動した海未に怒られている。
「にこ先輩もあんまり人のこと言えないんじゃ……」
「う、うっさいわね」
花陽のツッコミにこは図星をつかれたような反応をする。まぁ、確かにアイドルとしての自覚を持つならウチに来たりするのは本来あまり良いことではない。本物のアイドルならスキャンダルとか考えないといけないだろうし……それにしても……
「……練習は?」
「誰かさんが来たことで中断したわね」
「……ごめん、やっぱりもう来るのはやめるよ」
真姫が冷静に回答してくれる。僕が来ると練習を中断するなら、僕は来ない方がいいのでは?
「あー、またそういうこと言って~。みんなは音也くんに来てほしいよね?」
穂乃果の言葉にみんなで頷く。というかさっきまで、怒られていたくせに、この人はなんでこんなに元気なんだ?
「……だって、音也くん」
「あー、うー……本当にずるいよね。そんなこと言われたら僕が折れるの知ってるでしょ? ……分かった、また時間があったら来るよ」
「本当!? やったー」
「時間がある時と言わずいつでもどうぞ! 常識人が増えるのは私も嬉しいので」
「それをみんなの前で言う? 普通。というか、少なくとも私は常識人側でしょう!?」
「海未ちゃんも真姫ちゃんも……そんなこと思ってたの?」
「こほん……さて、雑談もここまでにして練習を再開しましょうか」
「露骨に誤魔化したわね」
皆が練習をし始めたため、僕はその風景を眺めることにする。 と、そこで今まで忘れていた存在が話しかけてきた。そう、先程穂乃果を呼びに行ってくれた三人組である。
「モテモテですな、音也くんは~」
「穂乃果から聞いてはいたけど……」
「うーん……パッとしないね。普通の男子って感じ?」
「あのぉ……今までずっとここに?」
どこかからかうようなことを言ってくる三人組。それも皆には聞こえないように小声で言ってくるのが実にいやらしい。
「うん」
「音也くんのこと言ったら、なんか穂乃果が飛び出していちゃったから」
「勝手に帰るのも違うなぁって感じで、音也くんを待ってたんだけど……」
「それはすみませんでした」
「いいって。それじゃ、私たちは帰るから」
「また会おうね」
「次合った時は色々聞かせてね」
「はい、ありがとうございました」
そうして彼女たちは帰っていったが……なぜだろうか? 彼女たちもどこか別の場所でアイドルをやっているような雰囲気を……気のせいか。
キャラに振り回されて思ったようなストーリーにできずスランプ気味です。
気分転換で他の作品でも書いてみようかな。