罪や罪悪感をテーマにした話。
他者と同じように生きようと逃げていた探偵の黒崎は急死する。
死んでから自分の人生を振り替えなければならないがそれに納得できない。

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死者の宴

机に置いてあるコーヒーはとっくに冷めきっていた。なんせ俺はコーヒーが好きという訳ではない。ただ煙草を吸うとき何かの飲みたいからいつも買ってしまうだけだ。ふと扉をみてガラス越しに「黒崎探偵事務所」と逆向きに書いてあるのがうっすら見える、従業員が一人のこの小さな事務所は薄暗い。警官だった頃、自白しない犯人に手を出した後俺は探偵になった。ここに来る依頼なんて2パターンだ、浮気調査か家出したガキの捜索願い。浮気調査なんてもんは依頼が来た時点で浮気をしているかどうかじゃない。必ずしてる、証拠を見つけるだけだ。後者の方はかなりお手柄依頼だ。何もしなくても金が入る依頼だからだ。何もしなくたってガキどもは腹をすかしてすぐ帰ってくるのだから。俺は仕事をしたと言い切って金をもらうだけだ。俺は時間が10時を過ぎていると気付き、煙草の火を消して残りのコーヒーを大きな一口で飲みきって事務所を出た。

 帰り道夕食を何にするか迷っていた。今日も同じ二択、コンビニのカツ丼か弁当。コンビニ内で迷っていたらまた思い出してしまった、彩のことを。30年ほど前、幼い時に亡くなった歳が二つ離れた妹だ。たった六つだった彩は優秀だった、もちろん子供としてはだが両親は彼女に期待をしていて俺をほったらかしにするぐらい塾や習い事に通わせた。それも仕方ない、俺に何をさせても駄駄を捏ねるしやっても成長しない俺は自由にさせてもらったのだ。しかし妹と二人で遊んでいて、妹が崖から落ちた時助けてやれなかった俺を両親は今でも心のどこかでは憎いんだろう。あの事故の後両親は俺の前で笑顔を見せることはほとんどなくなった、大人になってからは会うこともほとんどない。

 こんなことをまた思い出してむしゃくしゃした俺はてきとうに取った弁当を片手にレジへ向かい78番の煙草と共に店をでた。少し歩いてもこの嫌な気分は晴れず、今日はいつもの喫煙所に寄り道を決める。他の三人の喫煙者を潜り抜けて灰皿の横に辿り着いた俺は火をつけた、そしたら向こうからいつものホームレスが喫煙所にきたのだ。彼は別に人から煙草を要望する訳ではない、いつも捨ててある吸い殻でまだ吸えそうの奴を探しに来るのだ。ここにいる奴全員一本やれない訳ではない、だがそんな奴はいない。皆同時に携帯を眺め始める、きっと俺と同じように何を見る訳でもなく、世界を見ない言い訳として画面を使っているのだ、目を合わせないよう。罪悪感などない。これが人ってもんだ、余計なことをせずに1日を乗り切るんだ。

 今日は頭がしつこい、アパートへ帰りながらまた彩の顔を思い出してしまう。ボーッと歩いていたら道路の反対側に女性が立っていた。とても綺麗だがどこか精力のない女。着こなす真っ黒なドレスのスカートの先はまるで火のようにメラメラと浮いている、そしてこっちを見ながら彼女は微笑んでいた。俺は目を離せなかった、このとても奇妙な光景から。まるでゆっくり動いているかのような時間は真後ろから鳴るトラックのクラクションとともに終わり、全てが真っ黒になった。

 俺が目覚めたのは窓のない部屋の硬いベッドの上だ。部屋の壁紙は上品ながらも気味の悪い紅色で他の家具などはなく、病院ではないのは一目見てわかった。よろけながら部屋のぼろけたドアにおそるおそる近づくと外から騒ぎが聞こえてきた。ワイワイと叫ぶ声とガラスがぶつかり合う音、部屋の外へ出ると目の前には巨大なシャンデリアがぶら下げられていて、この大きく切ないホールの印象をガラリと変えるものだった。俺は音のする一階を見下ろすと多数の人影がガヤガヤと酒を飲みながらはしゃいでいたのだが俺の視野のぼやけが治るとともに俺は更なる混乱へと陥る。酔い痴れる奴らは人なんかではなかった、すべて腐った死体が動きまわっていたのだ。

 思わず悲鳴をあげ尻もちをついた俺は直ちに目覚めた部屋に戻りドアの前で倒れこむ。鍵を閉めようとしたが、そんなものは存在せず、俺は自分の体で扉を塞いだ。しかししばらくそのままの体制で踏ん張っていたものの何も起こらなかった、部屋の外では先ほどと同じ声量で酒をワイワイと飲んでるやつらの声しかなかった。

 「襲ってこないのか?あんな声をあげてしまったのに気づいていないわけはないよな・・」

思わず独り言をしてしまった俺はゆっくりと再び扉を開けるが外の様子は何一つ変わっていなかった。俺はいい加減に答えが欲しかった、自分がどこにいるのか、自分の身に何が起きたのか、何故こんな場所に連れてこられたのか。勇気を振り絞り階段を慎重に下りていって死体どもがいるホールへと辿り着いたがどいつもこちらに反応をしない、笑いながら酒をガブガブと飲み干すだけだ。バーカウンターらしきところはあったがバーテンダーがいる訳でもなく奴らはグラスを空にすると勝手にそこから次の一杯を注ぐ。

 流石に誰にも相手にされなかったのが腹がたった、自分がなんのためにあんなに怯えなければならなかったのか。明らかにこの死体の集団の中で人間が一人キョロキョロとしていたら誰か何か、なんでもいいからするべきだと、それが当たり前だ。俺は答えを求め、一番「死体」から離れているやつを見つけそいつの肩を叩く、そしてそいつの酔い痴れた顔が「何かようか」と言わんばかりの表情でこちらを見てきやがる。生きている人間に近いと言ったがそれでもこいつはボロボロ。肌の色は真っ青で歯が数本しか残っていない上に片目が明らかになくなっている。残っている目をなるべく見るようにして俺はそいつについ声をあげながら聞いた

 「一体ここはどこなんだ!?俺はなんでここにいる!?」

マヌケなこいつの面はしばらく俺を見つめた後に答えた

 「お前、新米か?お疲れ様だな。」

俺は唾を飲みこみ少し待ったあとやつが酔った笑いをしながら続ける。

 「ようこそ!!罪人の死後の世界へ!!」

大声で答え乾杯のするかのように手に持っていたグラスを宙にあげた後他の死体らもそれに反応し声をあげて乾杯する。

 何かの悪ふざけなのか?自分が死んだことは真っ先に受け入れてしまったがその後のことを俺は反論した。

 「俺が罪人だと!?ふざけるな!!俺は何も悪いことなんてしてねぇ!ずっと真面目に働いて本当に悪いやつらを懲らしめてきたんだぞ!」

そんな俺の抗弁を聞くまでもなくあいつは酒を飲みながらどこかに去っていった。悪い夢を見ているのだと確信し、トイレらしい部屋に俺は駆け込んだ。

 三つ並ぶ洗面台とそれぞれの鏡、俺は一番奥のとこへいき顔を洗った。顔を上げ鏡を見て自分の顔を確認して安心する。自分はやつらのように腐っていなかった。再び洗面台を見下ろし、先ほどの死体に言われたことを思い出しながら俺は洗面台を強く握りしめた。俺が罪人である訳ない、俺は他の奴ら同じように生きてきたし警官だった頃は比にならないくらいひどい人間を見てきた。それなのにこの俺がここへ連れてこられるなんて何かの間違いに違いない。そんなことを考えていたら鏡から自分の声が聞こえてきた。

 「何も悪くない?自分で本当にそう思っているのか?」

ふと見上げると鏡に映る俺の姿はこっちを見ながらニヤついていやがった。そして指をさして生意気な声で続ける。

 「自分で自分という人間を一番知っているだろう、自分だけのために生き、他者を言い訳に何一つ変わろうとしなかった」

 「他の人と同じように生きていて何が悪い!?」

 「いい加減に気づけよ。思い出せ、金をもらっておきながら何も行動してこなかった数々の依頼を!」

 「黙れ!!他の探偵だって同じことを!」

 「いつも一本の煙草もやらなかったあのホームレスを!」

 「黙れ!!・・・」

 「彩のことを!!!」

 「黙れーーー!!!」

俺は拳を上げ鏡を殴り壊し、血まみれの右手を抑えながら部屋の外へ向かう。そして自分の人生を全て思い出す、彩の顔を。崖にしがみつく妹の姿、何故か躊躇して手を差し伸べるのが遅れてしまった自分。

 部屋を出た頃には涙が溢れていた、そしてあたりを見渡す、酒を飲む奴らを。この死者の宴の意味がようやく理解できた。奴らは何も酒を飲むのを楽しんでいるのではない、皆何かを忘れるために飲んでいるのだと。俺はゲラゲラと笑う集団の中へ入り込むと黒いドレスの女が立っていた。彼女はこちらを微笑みながら見た後俺にグラスを手渡す。俺の一番好きな酒、ウイスキーのロック。彼女と無言で乾杯して一口で飲みきる、そして参加するのだ、終わることのないこの死者の宴に。




罪というのはなんなのでしょう。

本来なら死んでからこの罪を背負うことはないと思います。

生きているときに背負わされてしまうのです


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