バエルを使って、アグニカンドリームを実現する為にガンプラバトルをする男 作:GT(EW版)
海──生命の根源たる母なる青は、このディメンションでも現実世界と変わらない姿で再現されていた。
太陽の光に照らし出された海面に目を向ければ飛び跳ねるトビウオの群れの姿が見え、海中に潜れば他の魚類や海洋生物の姿も見ることができるだろう。
現実世界では室内にいながら、壮大な海の上で無期限にクルージングの旅を楽しむことができる。そういった観光的な要素もまた、GBNが多くのユーザーに愛されている理由の一つだった。
そんな美しい海の景色を、私は
傍らには同じ視線を海に向けているイッシーが居り、海面にはいつものパイロットスーツ姿のままトビウオの群れを泳いで追い掛けている仲良し四人組の姿がある。セイギは一人艦橋に残って操舵の勉強中である。ブレイクデカール事件以来、どうやら彼は艦の操舵にハマってしまったらしい。
大型航空母艦「タケミカズチ」。それが今、我々が立っている場所だ。
そしてここは、今日から我々アグニカンスピリッツが構えることになった暫定的な
タケミカズチとは「機動戦士ガンダムSEEDDESTINY」に登場した空母艦である。全長は370mと空母の中でも大型であり、見た目はこれぞ空母と言うべきオーソドックスな造形だ。
このGBNでは各プレイヤーがゲーム内で利用することができる施設として、「艦」を購入することができる。
我々はこれまでに稼いだビルドコインを消費し、空母艦タケミカズチを購入したのである。
各フォースが構える独自のフォースネストには基地や町と言ったものを選ぶのが一般的なようだが、このタケミカズチのようにビルドコインで購入した戦艦をフォースネストとして扱うこともできるのだ。有名どころのフォースでは、ラビアンローズを改造しフォースネストとして扱っている「ロータス」などがそれに当たるだろう。情報によればそのロータスは近日中、自らのフォースネストを使って何やら大規模なクリエイトミッションを行う予定らしいが……それはさておき。
我々アグニカンスピリッツはこのタケミカズチを購入し、これを当面のフォースネストとして扱うことに決めた。
タケミカズチと言えば、人々はどのような印象を受けるだろうか? 作中から受けた印象は千差万別だろうが、私としては艦橋がソードインパルスに叩き斬られる撃沈シーンが最も印象的である。
ユウナ・ロマ・セイランという重役を乗せた艦の為、作中でも艦の運用は後方からの支援が主だった。空母故に本来自ら前に出て戦う艦ではなく、作中でも派手な活躍シーンと言えるものはない。
GBNで購入できる艦はどれも作中の設定を忠実に再現したものであり、このタケミカズチもそう言った本編の設定に沿った性能をしていた。それ故に同じSEEDシリーズの中でもアークエンジェルやミネルバと言った人気どころの戦艦と比べてプレイヤーたちからの需要が少ないことから、我々の予算でも簡単に買うことができたのだ。
そう言った面でも我々が要求する「洋上の施設」という条件をクリアした大型空母艦タケミカズチは魅力的な艦だった。
──よって、ここをヴィーンゴールヴとする!
そう、我々が構えるフォースネストとしてわざわざ洋上の施設に拘ったのは、実のところタケミカズチ自体に拘りがあったからではない。
タケミカズチは良い空母艦だと思うが、生憎我々はバエリストでありアグニカンスピリッツだ。このタケミカズチを購入した理由はリーズナブルな価格と、何より空母の中では大型のサイズとシンプルな造形、そして我々好みの改造を後付けで施すことができる拡張性に優れていたからであった。
我々の真の狙いは、ギャラルホルン本部「ヴィーンゴールヴ」にある。
そう……今は予算不足故にただのタケミカズチだが、最終的にはこの空母艦をヴィーンゴールヴのようなメガフロートへと改造し、そこにバエル宮殿を建設する予定だった。
何故直接ヴィーンゴールヴを買わなかったのか言うと単にGBNにはまだヴィーンゴールヴが実装されていなかったからであり、仮に近々実装されるとしても冗談のように高い価格設定になるだろうことが容易に予想できたからだ。
ビルドコインを溜め込みながら実装を待つよりも、自分たちで作った方が早いし楽しいと思ったのだ。我々は我慢弱く、全会一致でそう決まった。
「しかし、思い切りましたね……格安セールで空母を買い、それをヴィーンゴールヴ風に改造しようとは……」
「我々はバエリストである以前にビルダーでもある。ひねくれものの私は、ゲーム内で用意された完成品にも一工夫拵えなければ気が済まない性分でね」
バエル宮殿を建設するのに最も相応しいのは、まさにヴィーンゴールヴのような母なる海を一望できる洋上の施設だと考えている。全ての命の根源から飛び立ち、全てを捻じ伏せるバエル……いい。
無人島など安く買える拠点候補は他にもあったが、私はあえて手間の掛かる方法を選ぶことに決めていた。
理想の拠点は、自分の発想で作ってこそビルダーである。
それはキットとしてHGバエルの出来に何一つ不満がなかったにも拘わらず、ほとんどフルスクラッチで自分のバエルを作り上げたように……私は己が築き上げてきた能力を、ここで試してみたかったのだ。
そう語ると、イッシーが同調するように頷きを返した。
「私にもわかります。素体の出来に不満がなくても、つい自分の色を入れたくなってしまう」
「それがビルダーというものさ。だからこそ、創造の世界に限界はない」
それがゲームシステムとして認められているのならば、我々は己のフォースネストさえバエル色に染めるまでだ。
しかし、弁えなければならないところはあるだろう。我々の得意分野はあくまでもガンプラの改造であり、当然ながらこのような巨大建造物の改造に着手したことはない。
言うならば完全な手探り状態のいばらの道だったが……元来ゲームとは、クリアに掛かる手間を楽しんで行うものだ。
タケミカズチの改造からバエル宮殿の建設を果たすまで、これからさらに忙しくなるだろう。
とりあえず今は、私も仲良し四人組のように束の間の安らぎに浸ることにした。
イッシーと協力して甲板の上にパラソルとベンチを設置した私は、共にアロハシャツ姿でそこに腰掛けながら端末を開き、青空の下で動画鑑賞と洒落込む。
画面に映し出されたのは、先日のマスダイバー決戦の一幕だ。
それはイッシーのガンプラに記録されていたあの時の戦闘記録映像であり──私のバエルの活躍シーンだった。
《ガンプラバトルの真理はここだ。皆──バエルのもとへ集え!》
《バエルだ!》
《アグニカ・カイエルの魂!》
《そうだ……ガンプラバトルの正義は我々にあるっ!!》
《オオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!》
ふふ……何度見ても素晴らしいな、私のバエルは!
不正強化されたマスダイバー機の装甲を物ともせず、斬っては次へ、斬っては次へと荒々しい無双乱舞を繰り広げている。
この時の私は脳内に満ち溢れた過剰なアグニウムを受けて半ばトランス状態に陥っており、自分がどんな操縦をしていたのかさえあまり覚えていない。そんな私の戦いを後から他のパイロットの視点から客観的に見直すことができるのは、技術向上の観点から見て有益なシステムと言えた。
あれほどの激戦の中で私のバエルの動きを優先的に追ってくれたイッシーには感謝の思いである。
「ふふふ……ははっはははははは!」
尤も、この動画を見るのは既に二十回ぐらいになる。
強いて言うなら、バエルはおにぎりみたいなものだ。毎朝出てきてもOKである。故にこうして毎日同じ動画を鑑賞しても飽きることはない。
ひとしきり高らかに笑った後で己の戦いを自己分析する私だが、想像以上にアグニカしていたあの時の自分に思わず自画自賛の感想を漏らす。仮にこれをG-tubeにでも投稿すれば、コメント欄には怒涛の「バエルだ!」が書き込まれることだろう。
動画で見て改めて確認する。ブレイクデカール事件において、私は過去最高にアグニカすることができたと。こうして客観的に見ても、それは自惚れではなかったと理解できる。
しかし、あの時最もアグニカしていたのは私ではない。
ビルドダイバーズのリクという少年と、サラという少女。二人が乗っていたあのガンプラに、私はアグニカ・カイエルの姿を見た。
あの時私のバエルをも抑えて最多アグニカポイントを獲得した彼らとは、いずれまた会いたいものだ。
自己分析を終えた後、私は視聴する動画を切り替え、光る翼を広げたダブルオーガンダムの姿を恍惚と眺める。しばらくそうしていると、思わず零れ出た私の呟きに対してイッシーが不思議そうに問い掛けてきた。
「それでしたらあの時、有志連合の祝勝会に参加なされば良かったのでは? 准将は何故、クジョウ・キョウヤの誘いを断ったのです?」
「我々は有志連合ではないからな。それに……バエルを持つ私の言葉は、アグニカ・カイエルの言葉。民衆と近くなりすぎてもいけないのだよ」
「……そうですか」
「バエルの神秘性を保つ為には、民衆とは適度な距離感が必要なのさ」
決戦が終わった後、有志連合ではチャンピオン主催のもと祝勝会が催されたらしい。
我々アグニカンスピリッツも決戦の功労者として誘われていたのだが、私はやんわりと断らせてもらった。仲良し四人組とセイギは出席し五人で楽しんできたようだが、もちろんそれに関しては私から言うことは何もない。これはアグニカンスピリッツとしてではなく、バエルを持つ私自身の方針に過ぎないからな。
確かにあの時の祝勝会に参加すれば二人の顔を見ることができただろうし、何なら上位ランカー陣とのコネクションを得ることもできたかもしれない。
しかし、バエルの威光を私自身が妨げるわけにはいかない。もちろん私程度の存在に妨げられるバエルの威光ではないが、私としても大勢からの賞賛を受けるのはコクピット越しか画面越しだけで十分だった。あくまでも賞賛されるべきは私ではなく、バエルでなければならないのだから。
それに、こう見えて私はシャイボーイなのだよ。それを踏まえても直接操縦者の顔を見ることがないGBNは、私向けのガンプラバトルだと言えた。
ぺリシア・エリア──エリア全体が砂漠に覆われたその町では各ダイバーが組み上げたガンプラの展覧会が日々行われており、行き交う人々で賑わう観光地としてはもちろん、ビルダー間では互いの製作技術を高め合う為の情報交換が活発に行われていた。
展覧会には世界ナンバーワンビルダーの呼び声が高いかのシャフリヤール氏も何度かガンプラを出品しているらしく、GBNプレイヤーたちからは専ら「ビルダーの聖地」と呼ばれていた。
この日、我々アグニカンスピリッツは、そのぺリシア・エリアにて活動していた。
訪れた目的はここのところバトル続きだった故の気分転換でもあるが、他のビルダーたちとの情報交換がメインである。
もちろん私のバエルは既に完成している為、ガンプラ製作について今更他のビルダーから意見を求める必要はない。私が求める情報とはガンプラのことではなく、フォースネスト「タケミカズチ」の改造についてだった。
私もイッシーもジオラマ作りの心得こそそれなりにあるものの、バエル宮殿をタケミカズチ内に建設するにはまだ知識面で心許なかった。故に今日はぺリシア内で観光がてら優秀な建築士を探し、願わくばそのノウハウをご教授してもらいたいと考えていた。それが我々の同志になり得る人材であれば、その者を新たなメンバーとしてスカウトするのもいいだろう。
そうして我々七人は、それぞれに別行動を取りながら各地で情報収集に当たった。
その中で私が真っ先に向かったのがこのガンプラ展覧会である。思えばGBNの世界でこうして他人のガンプラをじっくりと見て回るのはなかった体験である。戦闘中は相手も素早く動き回る為、バエルアイの透視力を持ってしても細部まで機体構造を見ることはできないのだ。
各所に展示された色鮮やかなガンプラを見ていると、私の心にもビルダーとしての対抗心が湧き上がってくる。次にここを訪れた時は、私も一つガンプラを展示してみるのもいいだろう。無論、その時はバエル以外のガンプラを展示するつもりだ。
私のバエルは完全な戦闘用であり、鑑賞用ではない。故に今後もこのような場に展示することはあり得ない。
ただ、私は鑑賞用のガンプラという存在を見下しているわけではない。戦闘で扱うには力不足だとしても、製作者の信念が窺えるガンプラからは度々深いアグニカみを感じることがあった。
たとえば……あれだな。あそこにある旧キットのRX-78-2ガンダムはいいものだ。
製作者は旧キット特有の不便な可動域や味のある造形を、あえて改造することなくそのまま作り込んだようだ。その在り様は厄祭戦当時の姿から改修することなく保存し続けていたバエルの不変性に通ずるものがある。70アグニカポイントを進呈しよう!
後は……あそこに展示されているHGストライクフリーダムガンダムもいい。キットの出来としては完全上位互換と言える後発のHGCEストライクフリーダムではなく、あえて旧HGのキットを製作した上で原作通りの造形、配色に仕上げられている。私もかつては腰の可動域や同系色が一つもないビームライフルに手を焼いたものだが……拘りの改造手腕に、50アグニカポイント移譲しよう!
む……? あれはイデオンではないか!? ……いや、ジムか。HGUCジムをベースに、ディティールをそれっぽく仕上げたようだ。一目ではジムの神にしか見えないその整形力は見事と言う他ない。自分が作りたい機体を強引にガンプラへと仕立て上げた力技から、純粋な力で全てを捻じ伏せたアグニカ・カイエルを彷彿させる。ビルダーに60アグニカポイントッ!!
ふふふ……なんともはや、アグニカルチャーなイベントではないか。
ぺリシアのガンプラ展覧会、これほどハイレベルな催しとはな。そのクオリティーの前では、一周するだけで一日が終わってしまいそうだ。
愛に溢れたガンプラはやはり美しい。この私が町を訪れた本来の目的を忘れるほどに、目移りしてしまうガンプラの姿が町中に展示されていた。
その風景を前にしてはもちろん私のみならず、各所から感嘆の声が上がっていた。
「うわっ……あの時より増えてる!」
「温かいガンプラがいっぱい……!」
「そうだね。俺も、あんな風に作れたらいいんだけど……」
「リクならできるよ」
……おや、この声は……もしや。
展示された各ガンプラにアグニカポイントを付けながら展覧会を巡っていると、私の耳にふと聞き覚えのある声が聴こえてきた。
思わず足を止めてそちらへ振り向くと、そこにはメタルビルド風のディティールとカラーリングにアレンジされたデスティニーガンダムの姿を、感激した様子で見上げている少年と少女の姿があった。
あの二人は……ふっ、人の出会いとは奇遇なものだな。
全くの偶然で彼らを見つけてしまった私は、その再会にセンチメンタリズムな運命を感じながら、我ながら怪しい男だと自嘲しながら声を掛けることにした。
「羽の生えたガンダムは好きかな?」
その声を受けて二人が私の存在に気づくと、先に振り向いた銀髪の少女が大きな目をぱちくりとさせた。
ふむ……昔のシオンとどこか似ている、思わずチョコレートをあげたくなる容貌をしたあどけない少女だった。
その少女が口を開き、私に問い掛ける。
「バエルの人?」
「えっ」
「フッ……」
……これはこれは。
ふふふ、君にはわかるか。バエルに乗り続けてきたことで、私自身にもアグニカの魂が宿り始めているのかもしれないな。やれやれ、困ったものだ!
小首を傾げながら私の顔を見上げる少女の言葉に、私は小躍りする内心を微笑で隠しながら頷き返す。
そんな私は腰を低く落として少女に目線を合わせると、私の正体を見事看破した彼女に賞賛を贈った。
「一目で見抜くとは……その感覚、並外れているな」
「?」
当たり前のように一目でバエルを私だと理解したその眼は、まるで三日月・オーガスのようだ。
尤も少女が私に返す愛想は彼とは比べ物にならないほど良く、隣に立つ少年もまたバエルを持つ者と知るなり私に対して目を輝かせながら感謝の気持ちを示してくれた。
二人から寄せられる無垢な視線に思わず目を逸らしかけた私だが……私ともあろう者が照れているのか。
ふっ……やはり、あの時祝勝会に参加しなかったのは正解だったようだ。
「貴方があの時、バエルに乗っていたダイバーなんですか?」
「ああ、そうだ。私も、君たちのことを知っているよ。君たちは、あの時ダブルオーに乗っていたダイバーだね?」
「はい! あの時は、本当にありがとうございました! 俺、ちゃんとお礼言ってなかったから……えっと……」
「バエルで結構。それが真実の名なので」
「あっ、俺、リクって言います!」
「私はサラ」
リクとサラ。その名前はチャンピオンから聞いていたが、こうも早く直接会えるとは思わなかったものだ。
何より、彼らの目にもバエルの勇姿が焼き付いていたのは喜ばしい限りである。
彼らは私に感謝しているようだが、先に礼を言うべきだったのは寧ろ私の方だ。
「私こそ、礼を言っていなかったな。君たちの光る翼に、私も助けられた」
「いえ、そんな……」
「君たちと君のダブルオーに助けられたあの時……まるで、アグニカ・カイエルの伝説の一場面のようだった」
「あぐにか、かいえる?」
「鉄血のオルフェンズに出てくる……出てこないか。えっと、とにかく凄いことをやった伝説の人だよ、サラ」
「そうなんだ……」
そう、簡潔にして明解な説明だ。リク君。10アグニカポイント移譲しよう。
アグニカ・カイエル──鉄血のオルフェンズの作中において、ギャラルホルンを作ったとされる男。
純粋なる力の象徴であり、バエルと共に世界を切り拓いた伝説の英雄である。
リク君の説明を受けてもまだ少し要領を得ず不思議そうな顔を浮かべているサラ君に対して、私はさらにわかりやすく、嚙み砕いた言葉で補足してやった。
「我々の魂の名前だよ」
ブレイクデカール事件で初めて戦っている君たちの姿を見たあの時……圧倒的な生命力を持った翼の羽ばたきでモビルアーマーを平伏させた君たちに、私はアグニカ・カイエルの姿を見た。
大人も子供も関係なく、誰もが君たちの存在に心を奪われた。それはとても……素晴らしいことだと思った。
そんなことを語りながら、私は二人とガンプラトークに花を咲かせた。
旧キットおじさんは何気にアグニカポイント高いと思います。