VTuber もう一人のジブン ~keep your【Second Personality】~ 作:no_where
「…というわけで『うマい棒』には、あの頃のさわやかな想いと、ぬぐい切れない苦しみや哀しみを想い起こさせてくれる力があるんだよ」
「よくわかったわ。祐一は、演技派ね」
その評価はどうなんだろうか。変わらない表情の前に、くらくらする頭をどうにか抑えつけて、我に返る。
「そらもだけど、祐一も変わってるわ。見ていて飽きない。そういう意味では、悪くないわね」
「……」
ジジジジジジ。
電気ストーブの音が聞こえる。静かだった。この空間には、俺と竜崎あかねさんだけ。他には誰もいない。父さんも、母さんもでかけている。
「竜崎さん、ひとつ聞いてもいいかな」
「いいよ」
「…雪乃クロって、もしかして、竜崎さん?」
直球。変化球を交えない、まっすぐな問いかけをしてみせた。
「TRUE」
真なり。
「祐一、ひとつ条件を設けるわ。質問はおたがい、1つずつ。もし解答が真実なら、さらに詳細を尋ねることもできる。ただし内容に関して答えたくない場合は拒否が可能」
あぁ、こういうの聞いたことがある。近年の会社でも実践されている手法だ。ミーティング中、上下関係なしに、全員が円滑に発言できるようにするための、Q&Aのクイズを取り入れた論理会話だ。
「質問者が拒否された場合は素直に引き下がり、質問権利が相手に移行する。あるいは十分満足したところで、相手に権利が移る。どう?」
「わかった、ちょっと面白そうだね」
「じゃあ次はわたしの番。あなたは『天王山ハヤト?』」
「yes」
俺は即答した。
「続けて詳細について尋ねるわ。あなたの正体を知っている人はいる? あるいは『天王山ハヤト』というVTuberを、複数の人間で演じている、または協力して運営しているといった事実はある?」
「一応、yesかな」
「詳細を願える?」
これも今さら、隠す必要がない。
「『ハヤト』の正体に関しては、俺自身が確証を得てる限り、竜崎さんしか知らないはずだと思ってる」
「ご両親も知らないの?」
「知らない。けど、もしかすると、西木野さんは気づいてるかも。だけど、どうしてかはわからない。だから『ハヤト』は、完全に俺一人の趣味でやってる活動だって、捉えてほしいかな」
「了解。なにか質問があればどうぞ」
「それじゃあ、西木野そらは『宵桜スイ』であっている?」
「TRUE」
ジジジジジジジ。
こうして俺たちは、おたがいに質問を交わしていった。
質問の中で、今彼女たちのグループユニット【桜華雪月】は、来月10月上旬に開催予定の『LoA《レジェンドオブアリーナ』にて開かれる『フェスティバル・アリーナ』という、期間限定のゲームモードで、最高ランクの称号を目指そうという案件が持ち上がっていること。
そして、残る一人のメンバーとして、このオレ『天王山ハヤト』を、コラボ相手として、西木野さんこと『宵桜スイ』が推していることがわかった。
ただ、現状ではいろいろと難しく、彼女らの面倒を預かる、竜崎あかねさんこと『黒乃ユキ』のお兄さん、竜崎プロデューサーとしては、中身が女子(女性)で、外見もカワイイ系の、ゲームが好きなVTuberとコラボしたい。
言ってしまえば、女子三人が、きゃあきゃあ言いながら、時には汚くディスりあいながら、ゲームしてる様子を配信した方が、二人のフォロワー的にもいいんじゃないのかな。と思ってる感じらしい。
一方で、竜崎プロデューサー的には、当人たちの意思を尊重したいというのもあるみたいだ。
それでおそらくは「どうしようかっな~」と考えていたところ、目の前の妹が、『じゃあ明日、実際に相手の家にいって、直接あって確かめてみるわ』という、ウルトラナナメ上のアクションを起こした結果が、今まさにこの瞬間らしい。
「質問」
「いいよ、なに?」
「あかねさんって、お兄さんから、甘やかされてるよね?」
「は? まったく甘やかされてないけど?」
すごく不機嫌そうな顔をされた。
「あのさ、でも気になったんだけど、守秘義務っていうのかな、そういうのあるんじゃないの?」
「独断専行が、わたしの専売特許だから。問題ない」
甘やかされてますよね。全力で。
「じゃあ万が一、俺が外部に、西木野さんや、竜崎さんの正体を漏らしたとしても問題ないのかな?」
「……」
鋭利な視線で睨まれた。そのあと、ふっと、口元を緩めた。
「わたしの質問、前川祐一は、万が一にもそういうことをするの?」
「NO。しないよ。これでもさ、信用と信頼はなによりも大事なんだって、俺なりにわかってるつもりだよ」
「自分を信じられる根拠はあるの?」
「あるよ。両親が働く姿と、常連さんたちの関係を見て、学んできた」
まっすぐ、竜崎さんの目を見て応えた。
「試されたのはわたしの方ね」
「あ、いや、そんなつもりはなかったんだけど」
「いいわ。では続けて聞かせて。祐一の『守秘義務』のポリシーに関して、詳細を問いかけるわ。あなたはそれなりの知名度、人気者のVTuberでありながら、SNSに属する場で一切の発信を行ってない」
「うん。誓うよ」
「了解。最後に一点、それはもしかすると、『あなた本人という守秘義務』に関する類のもの?」
―――――。
―――。
「…それは、答えづらいかな…単にその手の発信が『苦手だから』ってことで、納得してくれると、助かるんだけど」
「ふぅん。過去に炎上でもしたのかしら?」
「質問は一つなんじゃなかったっけ?」
「独り言だから」
「うーわ。それずりぃ」
ほっとする。苦笑してごまかした。それでも、これまで噛みあっていなかった欠片《ピース》が、カチカチと、音を立ててハマっていく。自分の秘密をさらけだす快感が、綺麗な女の子と二人で、一緒の部屋にいるという事実を上書きする。
あるいは、竜崎さんも、実は緊張していたのかもしれない。少しずつ、けれど確実に表情が豊かになって、会話の応酬を楽しんでくれている気がした。
「西木野さんと、竜崎さんは、そもそもどうして知り合ったの」
「そうね。そらに関しても、少し話してもいいわね。本人もコラボを希望していたから、そのつもりだったと思うし」
前置きをしてから、竜崎さんは言った。
「そらは、将来、声優になりたいと思ってる。それで去年『ネクストクエスト』の、公式VTuberのオーディションを受けにきた。審査員にわたしも混じってた。そらが一番可愛かったから通した」
「…可愛かったから?」
「そう。わたしのパートナーになれると思った」
それは具体的にどういう意味なんだろうか。気になるが、ひとまずおいておこう。
「ってことは、竜崎さんは元々、芸能関係者だった?」
「質問は1つだけど、特別――わたしの愚兄が元々、祐一の思っているような、正規アイドルのプロデューサーに関わる仕事をしていた。ただ途中で、方向性の転換を行った」
新しい駄菓子の袋を手に取った。ぱりっと、かじる。
「従来のアイドル像じゃなくてもいい。個性の強い人間が、可能な限り、自由に演じて、ごはんを食べ、死んでいけるような環境に携わる仕事をしたいと思ったらしい」
そして、平成の終わりから『令和』にかけて、少しずつ広がりを見せていた、偶像体に強く惹かれた。それが、
「VTuberだった?」
「そう。愚兄は独立した。知人と『ネクストクエスト』を立ちあげて【セカンド】をリリースした。わたしもその際、Livechatや、遠隔での連絡手段を使って『ネクストクエスト』の小間使い的な感じで、いろいろやってた」
「そっか。じゃあ俺たち、同じ人が作ったものに救われたんだな」
「…まぁ、そういう一面もある。あまり言うと愚兄が図に乗る。だいいちすごいのはアレじゃない。技術者のみんな」
竜崎さんは、ちょっとすねたように、うなずいた。
「俺も【セカンド】使ってるから、なにかのインタビューでちょっとだけ見た事あるんだけど、竜崎辰彦さんだっけ? 確か30代後半だよね」
「37歳だよ。胃が弱い。女子のボディブロー一発で沈む」
「やめてあげて?」
微妙に冗談なのか分からなかったけど、14歳と37歳の兄妹って、普通に考えれば相当に歳が離れている。そこは、まだ俺たちの関係だと知らない方がいい。話せない内容なんだろう。
「祐一、そろそろわたしの質問」
「あぁごめん。いいよ」
「ここまでいろいろ話したけど、そろそろ答えを聞きたい。祐一の気持ちてきには、このコラボの『仕事』を引き受ける気はある?」
「質問で返すようで悪いけど『仕事』っていうことは、契約とか報酬がでたりするんだよね?」
「する。あたし達は未成年だから、その場合は親の了解が必要不可欠になる。書類も交わす」
――その場合は当然、両親にも黙っていた『天王山ハヤト』というVTuberの存在が知られることになる。
「もちろん、あたしや、そらも、両親の同意を得てる。正規の手順を経て『ネクストクエスト』に関与するタレントとして在籍しているから。仮に祐一が引き受けた場合は、立場上はやっぱり『天王山ハヤト』も、一時的とはいえ、企業に所属する扱いになる」
「そうだよな。そもそも『ハヤト』だって『ネクストクエスト』の作った【セカンド】の著作物なわけだし。アプリがフリー配布とはいっても、すでに『キャラクターを借りてる』わけだからな」
「理解が早くて助かる。そういうことだから、コラボの最中は『ハヤト』が動画をアップロードするのも、それは実質的に、祐一のものではなくて『ネクストクエストの著作物』になる」
「うん。それもわかる。ただ、もし仮に、俺がそれを『仕事』として引き受けるのではなくて、完全に趣味で、無料で引き受けますよって言った場合は、やろうと思えば、可能なの?」
「可能」
竜崎さんは即答した。ただし、
「あたしの兄は、絶対に断る。あたしも、拒否する」
断言した。
「【セカンド】は、新しい可能性。一歩、前に進むために。息苦しい人たちが、未来が見えない人たちが、望みを【死】に託す人たちが、少しでも、ほんの一握りでも救われるために。
まったく新しいやり方を探り出すためのヒントに。【それ】がひとつの道標となることを、あたし達は信じている。信じているからこそ、未来を安く、見積もるつもりは毛頭ない」
『 思いだせ 命を 』
あの声を解き放っていた、彼女の存在を目の当たりにした今。
「うん、わかった」
俺の心に、すっきりとした風が流れていった。
「その話は引き受けられない。ごめん」