VTuber もう一人のジブン ~keep your【Second Personality】~ 作:no_where
日曜の朝は、快晴だった。
10月も間近に迫った9月最後の週。公園の木々や、街路樹が黄色にいろめく秋空のした、風もそこまで強くなく、どこか残暑のなごりさえ思わせる。
まだ朝の時間帯とはいえ、一枚余分に厚着をして動き回れば、むしろ暖かすぎるかなというぐらいだった。
「前川くん、こちら空き缶を発見しました。回収願います~」
「はいよー」
その日の朝。俺たちは手分けして、河原沿いに面した道を歩いていた。二本の橋がかけられた区間をぐるりと一周しつつ、その途中にある広場のゴミも回収していった。
今日は前々から打ち合わせしてあった日。リアルで麻雀を打とうと約束した一日だ。
ここまで、俺の家からは歩いてこれるが、彼女の家からだと自転車でも30分ぐらいかかるので、新交通機関の『トラム』で最寄りの駅まできてもらった。
最初に聞いた時、それはちょっと申し訳ないなと思ったけど、普段から登校で利用していて、学生用の定期もあるし平気だよと押し切られた。
「前川くん、スナック菓子の空き袋を発見しました~」
「あいよー燃えないゴミ~」
両手には支給された軍手をつけて、プラスチックのカニバサミを持ち、捨てられた空き缶や、スナック菓子の袋なんかを見つけては、透明のビニール袋に放り込んでいく。
今日、はじめて目にする、私服姿の西木野さんは、シャツの上に長袖のデニムジャケット、下はベージュ色のチノパンに、黒のスニーカーという格好だった。
掃除の最中、両方の袖口は気にせずまくり、長い黒髪も三つ編みにして、じゃまにならないよう、結んである。
「今日あったかいねぇ」
「だね。歩いてたらちょっと汗でてきたわ」
「前川くん、汗っかき?」
「普通じゃないかなぁ。滝岡とか俺の1.5倍かくよ」
「あー、そんなイメージある~。あ、とか言ったら怒られるね」
「ええんやで。事実だから」
最初の頃の緊張もなくなって、俺たちは、だいぶ打ち解けて話せるようになっていた。親友よ。俺はいま、初めておまえが役にたったと感じているぜ。ありがとう。お前の事は忘れないよ。
「あとさ、西木野さんの髪飾り、それシュシュだよね。どこで買ったか聞いていい?」
「あ、これねぇ。友達と地下街歩いてる時に、ぐうぜん見つけたお店で買ったんだぁ。けっこう気に入ってるんだよね~」
「うん。デザイン良いなぁ。西木野さんの髪によく似合ってる」
「あ、えへへ。ありがと……」
職業柄――というにはまだ早いけど。普段からヘアカタログを目にしている俺としては、やっぱり髪を結ぶ小物関係には興味が移ってしまう。
「マジいいなぁ。カワイイよ」
「て、てれるー…」
「うちの店ってさぁ、やっぱ『散髪屋』だから、割合的に女子が少ないんだよね。母さんの知り合いは来るんだけど、西木野さんみたいな、綺麗な髪留めをつけてる人はこなくて」
「あははは…そ、それぐらいで…許して?」
「え? ――あっ!」
いかん、気づけば俺は、女子の『髪だけを褒めるBOT』に成り下がっている。しかも対象を、無意識に常連のオバちゃんにしてしまった。いや、べつにオバちゃん達が悪いわけではないんだが!
「ごめん、変な意味ではなくて! 好きだなと!」
「ふえ!?」
「あぁそうじゃなくて! 髪飾りのデザインがいいなって! あぁだから、それもあるんだけどそうじゃなくて!」
「う、うん。大丈夫! わかってる! あっ、ペットボトル発見しましたっ! 回収願いますですっ!」
「りょ! 後で分別するから、こっちの缶瓶のビニールに入れちゃって!」
やっぱり、まだ緊張する時は、してしまう。
それからあと1点、当日になって気づいたことなのだが。
「はぁ~、青春じゃのう……ええのう…こう……胸にぐっと来ますわい…」
「WAKARU☆ 宮さんよ、今はアオハルちゅうのが、ナウなヤングにバカウケらしいですぞ」
「ほぉ。なるほどなるほど。友重さんは物知りですなぁ。ワシはもう流行にはさっぱりついていけんで…それにしてもユウちゃんが女子を連れてくるとは。はぁ~、えかったえかった。これでワシも安心して引退できますわい…」
「わはははは。早く孫の顔が見たいもんですな」
「そこぉ! しっかり聞こえてるからなぁっ!?」
西木野さんのことは確かに伝えていた。しかしうっかり、俺は『友達』としか言っておらず、掃除に集まった近所のじいちゃんばあちゃんは、普通に『男子の友達』が来ると思っていたらしい。
「ま、孫って、えーと、それってつまり…!」
「違うんだ西木野さん! 誤解だ! ここに集まった年寄りは、近所の若者をぜんぶ、自分の孫扱いしたがる、困った症状を発しているだけなんだよ!」
「…はて。友重さんや。なんぞ聞こえましたかな?」
「いやぁ、この歳になると、すっかり耳が遠くなりましたわい」
「定番のボケですべてが許されると思うなよっ!?」
俺が遠方から突っ込むと、反対にテンパった西木野さんが、謝罪会見をはじめた。
「そうですそうです。わたしのようなものが皆さまのご期待を煽ったあげく事実とは違ったナントカカントカでまことにこの度は申し訳ありませんでしたっ!」
両手を前で交差して「ぺこーっ!ぺこーっ!」と頭を下げた。いや確かに、西木野さんの言う通り、俺たちは付き合ってるわけじゃねーし、か、カレシとか、カノジョとかじゃないんだけどさっ、
「ごめんなさい、わたし本当に、今日は純粋に、麻雀とお掃除のお手伝いをしに参上しただけでありまして! そちらの前川さんとは本当に!一切!なにも!無関係で!ただのお友達というのもおこがましく!言うなれば一時だけの他人で!学校でもほとんど話がしたことないし!繰り返しになりますが!純粋に!麻雀がキッカケで!一方的にお声をかけさせていただいただけでして!本当に!なにも!ございませんのでっっ!!」
……おぅふ……。
カワイイ女子に全力で否定されると、ダメージが限界突破で、俺のメンタルは血しぶきをあげていた。
魔法防御無視、完全固定のダメージを一方的に味わい続けていると、友重のじいちゃんがまた豪快に「わははは。一丁前に傷ついとる」とか笑う。誰のせいや思うてんねん。
しかもさらに西木野さんが反応して「ごめんなさい! わたし、またなにかやってしまいましたか! 悪気はなかったんです!」とか、赤い顔で若干、泣きそうになっている。
俺の方がちょっと背が高いので、上目遣いの格好だ。
今度は物理防御無視、完全固定のダメージが、リアルに俺の心臓にダメージを与えてくる。
。……くっ、なんなんだ、この女子は……っ!
VRでは、その母性的な胸元で、俺の翌日のジュース代を巻き上げた。リアルでは心身ともに、相手をなぶり殺しというか、絶妙の距離感で、くるくると忙しく表情を変えて、相手を手玉にとる、
おそらく、そこに一切の計算はない。天性の素直さが風に乗って舞い踊っている。彼女の、ちょっと慌ただしい動作が、俺たち男子の勘違いムーブを加速させるのだ。
『そらが、一番可愛かったから』
一瞬、先日のことが頭に浮かんだ。
『祐一の気持ちは、よくわかった。兄にも、伝えておく』
今週の月曜日。とつぜん現れた非日常は、また別の意味で胸を高鳴らせた。だけどそれは、俺が散髪屋《とこや》の息子として生きていくんだと決意した道に重なってはおらず、交わりかけた糸は、自らの意思で断ち切った。
『それじゃ帰る。さようなら』
あれ以来、竜崎あかねさんは、俺の前に現れていない。ラインのグループ『V-Tryer』は、3人のアカウントや設定自体はそのままだけど、誰かが、なにかを発信したりすることはなかった。
「――ま、前川くん?」
「あ」
ハッとする。まるで、白昼夢とかいうやつみたいだった。
「ご、ごめん。なんていうか、本当に大丈夫?」
「うん。平気平気。じーちゃん! からかいすぎだって!」
「おぉすまんのう! わはははは!!」
「行こうぜ、西木野さん。あともうちょいで終わるから、早く終わらせて、あったかい部屋で麻雀打とうぜー」
「う、うん、そうだね」
どうにかごまかして、手にしたトングを意気揚々と打ち鳴らす。俺と西木野さんは、もうおたがいの正体を知っていて、そのことを相手が把握しているのもわかっているはずだけど。でも例の『仕事』の話や、VTuberに関する話題は一切、口にしなかった。
今日の麻雀が終わったら、西木野さんとの関係は、きっと綺麗に清算されるだろう。もしかしたら時々は、ネットで麻雀を打って遊べるぐらいの間柄ではいられるかもしれないけれど。
* * *
「それにしても、前川くんって、すごいなぁ」
「………え?」
カンカンカチッ。手元のトングを3回リズミカルにならして、よかったら、ちょっと、聞いて。
「前川くんって、この辺りのおじいちゃん、おばあちゃん。お年寄りから、好かれてるんだね」
「まぁね。けどそれは、俺が床屋の息子で、小学校低学年の頃から、家の手伝いしてて、顔見知りだからだよ。最初に苦労して築き上げたのは、父さんと母さんだよ」
「うん。前川くんのご両親もきっとすごいよ。でも前川くんだってすごいんだよ。わたし、そう思う」
西木野さんが言いながら、缶コーヒーの空き缶を見つけて拾う。「あっ、なんか重いや」とつぶやき、草むらの上で、それを逆さまにすると、
――――………
無糖の黒い液体の塊が無残に散った。さすがの雑草も、それで伸びることはないだろう。なにより、これからの世界は、ますます寒くなるのだ。あらゆるものは、成すすべもなく枯れていく。
「【意味】って、なんだろうね?」
西木野さんは、とうとつに言った。
「わたしね、将来は声優になりたいんだ。アニメとかの」
「うん、聞いた」
俺は応えた。ペットボトルを見つける。底の方に少し、液体がたまっていた。西木野さんがそうしたように、逆さにして振ると、出涸らしのような液体が、一瞬だけ、ぱっと散った。
・・・・・・・・・・・。
「でもね、わたしが、カッコイイな。キレイだな。カワイイな。これからも全力で応援したいなって思った声優さんって、ほとんど、いなくなっちゃってるんだよね」
「そうなの?」
「うん。声優さんの名前入れて検索したら、出演作のウィキペディアとかが出てくるんだけどね。わたしが『いいな~』って思った人は、活動履歴が、大体どこかで打ち切られちゃってるんだよね」
「そっか、つらいね」
「うん」
・・ ・ ・ ・ ・
「うん。それでね、バカなわたしでも、そういうの見てたら、なんとなく分かっちゃったんだよね。たいへんなんだな。ほとんどの人が続けられないんだなって。それから、そういう人たちを好きになっちゃうわたしは、もしかしたら――迷惑な疫病神なのかなって」
「え、いや、それはないでしょ。さすがに関係ないよ」
「そうかなぁ。でももし、仮にだよ。わたしが好きになった声優さんは、一般的な人気がでないって事が本当で、なにか統計的に? 数学的に? それは確かですっていう、明確なデータがでたらどうかな」
「だったとしても、それで、西木野さんが相手を追いかけようが、追いかけまいが、その声優さん自身の人気に変化はでないでしょ。むしろ西木野さんが追いかけないと、マイナス1じゃん?」
「…………うん……」
・
缶コーヒーの中身が、やっと尽きる。
単に好みじゃなかったのか、それとも手をすべらして落としてしまったのか、ほとんど中身が残ったままだった。
「だけどね。もしも、わたしみたいな【いずれ活動を続けられなくなるファンの存在証明】みたいな人間が、中途半端に、応援していて、そのせいで、ズルズルと続けちゃって、もうどうしようもなくてやめちゃいました。わたしも、それ以上は追いかけられなくなったので、またべつの人を追いかけます。みたいな事になってたら、本当に必要ないのって、わたしだよね?」
「…………」
俺は、絶句した。
カラン。ゴミ袋の中に放り込まれた空き缶。
音が終わる。
俺の中で、彼女の言葉が反芻される。
【意味】って、なんだろうね。
そう。同じことを想ってた。ぐるぐる、ぐるぐると。
大人たちは、口にする。
それに、ただしい答えなんてないんだよ。
折り合いをつけていくしかないんだよ。
【夜】がくる。いつだって。どんな時でも。
それは俺達の中に、たやすく浸食する。
「――でもね。だから、思ったんだよね」
西木野さんが言う。
「わたしが、好きなものを、好きなんだって。好きなだけ、正直に、好きでいつづけてもいいんだって思うには。自分が納得して、好きでいるには、自分自身がそれになっちゃうしかないよねって」
「…………………」
俺は、ただ、もう、絶句した。
「 だから、わたしは将来、大好きな声優になります 」
なんなんだ。なんなんだよ。本当に、この女の子は。
『そらが、一番可愛かったから』
晴れていく。
「……くっ、くくくくくくく……っ!!」
「ま、前川くん?」
「なんだよ。それ。西木野さん、バカじゃん」
「!? ば……っ!?」
「思考回路おかしいって。ヤベーよ。ぜってーバカだよ」
「ばっ、バカじゃないよっ! わたしなりに、一生けんめい悩んで、考えてだした結論なんだからぁっ!!」
「あはははははっ!!! それでマジ、VTuberのオーディション受けて、受かっちゃうんだから、さいきょーじゃん!!」
「うっ、受かってないよぅ…実は落ちたんだよぅ…」
「へ?」
「VTuberだけじゃなくて、とにかく、中学生でも受けれる声優関係のやつ、目にみえたのぜんぶ応募したんだけど、ぜんぶ落選して……もうダメだ。死のうって思ってたら、あかねちゃんが、個人的に電話かけてきて、可愛かった。兄にボディーブローかまして納得させたから、エセアイドル声優でよかったら、うち来いって」
「あはははははは!!! ねーよ!!! なんだそれ!!!」
「笑わないでよーーっ!! なんでーーー! 前川くんなら分かってくれると思ったのにいー!!! もぅやだーーー!!」
素直な自分の笑い声が、青い空の中にこだました。なにか離れた先で、じいちゃん達が叫んでいた。
「ナウ! 今ですぞ!! 広重さんや!!!」
「よしきた!! 今こそ熟練の業を見せる時ッ!! アオハルショットーーッ!!」
カシャ、パシャパシャ、カシャカシャカシャ、パシャー!!
日曜日。
よく晴れた青天の下。河川敷の土手沿いで。
遠距離から近所のじいちゃんらに激写された。
子供たちならば、みな等しく『かわいい孫』扱いしたがる人たちがわいのわいの言い合っている。「よきよき!」「推しの笑顔ゲットですぞ」「スマホの写真って焼き増しできるんですかいの」とか言いながら、そっちはそっちで、楽しげに笑っていた。