VTuber もう一人のジブン ~keep your【Second Personality】~ 作:no_where
―――――たとえば。
人気曲の歌詞《フレーズ》には「一歩でも遠くにいきたい」「この町をでていきたい」なんて単語が頻出する。
時代や、国が変わっても、だいたいみんな一緒。同じだ。まるで、『ニンゲンの若者』のDNAには【それが正解です】と刻まれてるみたいに、そんな言葉が踊りでる。
俺たちは、生まれた時から、集合的無意識に支配されている。「いいね!」と思う流行の血管には、個人の意識は介入されない。そんな気がしてならないんだ。
―――――たとえば。
髪の毛はキミの一部だと思いますか、と聞いてみた。おそらく大勢の人が、ちょっと考えたあとで、どちらかと言えば「はい」と答えるだろう。
すると髪の毛は、確かに自分の一部になる。疑いようのない事実として確定するのだけど、切り離してしまったそれを、いまだ自分の一部だと思う人は少数だろう。
―――――たとえば。
鏡を見つめると、自分の顔が映る。髪は、どちらかといえば全体を構成する一角に過ぎない。抜け落ちた一本の髪の毛が、独立したなにかであると、そんな風に考える人は少数だろう。つまり、それは『自分』ではない。
では『自分』とは、一体なんなのか。どこまでの欠片《パーツ》が合わさり、固まって、構成されていれば、それは【俺】だと言えるのだろうか。
――――――たとえば。
叫んでいた。今この時は、一歩でも遠くへいきたい。見知らぬ大都会に辿り着きたいと思っている。普通の若者であれば、きっとそう願うのだろうと、分析したからだ。だけど知っていた。
それは単なる幻想だ。近所のじいちゃん達の言う通り、大人になれば、先鋭化した価値観や欲求は、いずれ削れて丸くなる。するとたくさんのことが、妥協できるように成長する。
人の体は老化する。成長のピークを過ぎれば弱くなる。すると、折り合いをつけるのも、悪くはない。他者と手を取りあっていかねば、死んでしまうのだと思える人生がやってくる。
そのうち、生まれ故郷が恋しくなる。俺たちの遺伝子コードには、何世代も前から受け継がれてきたパターン性が、生まれた時点で刻みこまれてる。
それでも誰かに『特別だ』と認められたい欲求があるならば。アプリゲームのガチャにでも課金すればいい。100万円、あるいは1000万円以上も継ぎ込んだあと、たくさんの時間を費やせば、高い確率で頂点に立てるだろう。
大都会の真ん中で、息苦しく、栄誉に満ちた人生を送るのと、田舎の片隅で、ありふれた仕事に就き、空いた時間でゲームの世界で頂点に立つことは、実はそんなに代わりないんじゃないか。
後者の存在を「さびしい」と言って、笑う人はいるかもしれないが、当人のSNSでは、同じ趣味や理解者が集まるだろう。同じ理解を持った人たちで話し合うことは、どんな時だって、有意義な時間になるはずだ。
悪しざまに笑う世間の声から遠ざかれば、いつまでも、あたたかい世界が側にある。大人たちにとっては、子供時代と変わらない、親しい友人や仲間を得られる環境を築くことができる。楽しい人生を送ることも可能だろう。
―――――たとえば
【糸】が見えた。あるいは【意図】の匂いを感じた。事実として、そんなものが肉眼に映るはずはない。少年マンガの特殊能力のように、イメージや気配といったものが、間接的に浮かぶわけでもない。
ただ、漠然と『そういったもの』を感じ続けてた。
ヒトカラの個室は、ゲームがちょっとだけ上手い『中学生の俺』が、現時点で辿り着ける最高地点だ。もっとも遠い場所だった。
いつか、それよりも遠くへ行けるかもしれない。だけど、いつかは、この場所へ帰ってくる。俺のDNAには、そういうふうに刻み込まれている。そんな、強い確信があった。
その事に不満はない。不安もない。俺が大人になる頃には、ネットの世界はさらに一歩前進しているんだろう。自宅にいながら、遠い世界をより身近なものに感じられるはずだ。
10年後には、大都会にあこがれる、人間もずいぶん減っているかもしれない。都落ちなんて言葉も、いずれは無くなるかもしれない。
―――――たとえば、そういうものが。
一人でいると、じっと物思いにふけっていると、だんだんと、見えてきてしまうんだ。俺の手元には、たくさんの【糸】が集まってくる。一見して複雑で、幾何学的に絡み合ったそれらに向かい、頭の中のハサミをそっと差し込んだ。
シャキン、シャキン、と断ち切れば、すぐに正解が現れた。
夢中になった。
答えを見つけるのが、楽しかった。
もちろん、答えのいくつかは、単なる独りよがりかもしれない。今すぐに答え合わせもできないから、痛い子供の独り言として処理される程度のものだろう。
ただ『対戦ゲームに勝利する最適解』という意味では、証明が可能だった。対戦相手の思考、行動、結果に結びついたプロセスを対戦中に一早く見抜き、対処に移る。そうすることで勝利することができた。
プロも入り混じる、アクティブプレイヤーが100万人を超える対戦ゲームで、単独での順位がトップになったこともある。
ゲームに勝利することで、俺は、自分の能力に、ある程度の自信を持つことができた。
それは謎解きの答えを見つけた楽しさにも通じている。毎日、ハサミを持って、シャキン、シャキンと、たくさんの【正解】を考えるのが、だんだんと癖になっていった。
だけど俺は、ふと、次の疑問を持ってしまったんだ。
【俺って、なんだ?】
【俺は、どこにいるんだ?】
【どこまで揃えば、それが俺だって言えるんだ?】
初めて、怖くなった。
シャキン、シャキン、シャキン、シャキン、シャキン。
頭の中で、ハサミを振り回した。
無数の【糸】を切り刻んでいった。
だけどわからなかった。どこにも【俺】がいなかった。
切って、切って、切りまくり。
無残な残骸が床に散らばった時に、自暴自棄な考えがおとずれた。実際のハサミを手に取って、自分の喉元を切り裂いて、その色を確かめてやろうと思ったのだ。だけどその直前に、液晶モニターの向こう側から、
《SAVE your First》
そいつが、現れた。
「はたして君はなにものか。至極簡単な命題だな、少年」
悠然とした口調で、尊大にいいきった
「その痛みが。辛さが。苦しみが。愚かさが。痛々しさが。なによりの、キミの証であろう。少年」
不敵に口元をつりあげ、フッと笑った。
「おもしろい。気に入った。オレが、君の標となろう」
力強く宣言した。まっくらな闇の中に、確かな、長い、一筋の道が続くのを感じていた。
「さぁ、迷うことはない。膨大なる思考の闇を解き放て。物的な筋肉を振るわせ叫ぶんだ。保障しよう。君には、この先の未来へ進んでいくだけの【価値】がある」
そいつは、ハサミの刃を持ち、握り手の部分を渡してきた。
「この先、幾憶もの夜が、どれだけ圧縮して押し寄せようとも、オレ自身が境となり、君を護ろう。そして、コイツもまた、君のたいせつな一部だ。道具はただしく使いたまえよ。ただしき担い手である事は、君を強くすることに通じている」
受け取る。たくさんのあたたかいものが、冷たい金属から流れてきた。
「さぁ、もっと、どうでもいい、つまらない事で悩みたまえ。正しく叫び続けたまえ。その先に、真に求めるものがあるだろう」
現れたオレは、俺を、全肯定した。
「君の旅路は、まだまだ始まったばかりだ。いつの日も、どんな時も、生ある限り続いていくんだ。さぁ、立ちあがれ。君自身の速度を確かめて、前へ進め」
俺は、オレを信じて、全肯定した。
「君がこの先も苦しみ、悲しみ、嘆き、いっそ死んでしまった方がマシだと叫ぶ、どうしようもないその痛みを、オレも共有しよう。故に」
もう一人のオレが口にする。
「そろそろ、目を醒ました方がいい。呼ばれているぞ」
光が見える。
「今日はきっと、良き日になる。また後で会おう。少年」
世界が変わる。
ぐるぐると、イメージが一転する。
これは夢だ。
誰かの理想。集合的無意識。
長い時間をかけて根付き、花開いた、その一端。
* * *
「――――くん、前川くんっ、飛行機着いたよ! 起きてー」
「……ぇ?」
「あはは。どうしたの、寝ぼけてる?」
「あ、ごめん。うん、起きた起きた。っ!?」
身体を起こそうとしたら、腹のところでなにかが引っかかった。
「あ、そっか。シートベルト…」
「祐一はバカ?」
「あーちゃん、そーいうこと言わないの。でもでも、逆にすごいよねー。到着のアナウンスとか、着陸時の揺れとかもあったのに、前川くん平然と寝てるんだもん」
「いや…飛行機乗ったの初めてで緊張してさー…ってか、そう思うなら起こしてくれてもいいよね?」
「どこで目を醒ますか、そらと二人で賭けてた。提案はそら」
「あっ、あーちゃんっ! それ内緒って言ったじゃん!」
「うん。西木野さんもナチュラルにひどいよな。竜崎さん、俺の顔に落書きとかしてない?」
「額に『女湯』って書いてる。そらが提案して実行した」
「ま、マジかよ!! 西木野さんアンタなんてことを!!」
「してないよ! 書いてないよ! あーちゃん、平然とウソつかないでよ~!」
そんなこんなで、3人でぎゃあぎゃあ叫んでいると、
「お客様、どうかなされましたか?」
綺麗なCAの女性が、ニコニコしながら、俺たちの前に現れる。すでに周りは空席になっていて、俺たち3人は同時に意味を悟る。
「す、すみませんっ、すぐに降りますっ!!」
「はわわ。ごめんなさいっ!!」
「みんな、荷物ちゃんと持った?」
「オッケ!」
一応、席の周りを確かめてから、小走りで搭乗口に向かった。
はじめて降り立つ都会の空港。ごった返す人の波。無数の案内標識。俺は今日、まったく知らない場所にやってきていた。
(……たった一週間で、なんかいきなり、飛んだなぁ)
日本の首都。東京。羽田空港。地元の空港から飛行機でたったの1時間。大人がいなくても搭乗は可能で、パスポートなんて物も不要。
中学生3人の男女はちょっとは目立つだろうけど、週末の重なった3連休、日曜日にチケットを予約して乗り込むなんてのは、現実的に言えばぜんぜん可能で、普通にありえることだった。
そう。理屈としては、ありえること。
だけど自分が今、そんなことをするなんて、ありえないと思ってた。クローゼットの向こう側には異世界が広がっていて、その先で生死をかけたり、世界の存亡をかけた大冒険をするぐらい、ありえないことだと信じてた。
スマホで時間を確かめると、まだ昼にも遠かった。
(…すげーな。本当なら今頃、家の店で、じいちゃん達の頭洗ったり、ヒゲ剃ったりしてんだもんなー)
一歩、立ち止まって、ぼんやり空中を見上げてしまう。そんな俺とは裏腹に、二人の女子は手慣れた感じで空港の道を歩いていく。
「車、いつもの場所で待ってるって。祐一、迷子にならないでよ」
「わ、わかってるよ」
俺はあんまり、というか、ほとんど、地元をでたことがない。どうしたところで、きょろきょろと辺りを見回してしまう。
「ふふふー。前川くんの反応が初々しくていいですなぁ」
「そら、先輩づらしないで。あたしが言いたいのは、迷子の相手をするのは、二度とごめんってことだけ」
「もー! なんでバラすの~!」
「そらは犬。興味がそれると、すぐ走ってく。可愛いけど、おとなしくして」
「わたし人間だよー! 人間的に褒めてよ~!」
「人間は迷子にならない」
竜崎さんが言いきった。すねた西木野さんが言い返す。
「あーちゃんは、スマホなかったら、生活できないでしょー」
「むしろそれ以外、必要なものがあるの?」
表情は変わらない。冗談でなく、割と本気で言ってるらしかった。
それから俺もまた、自分の一歩を確かめる。今日はちょっとだけ、遠いところに踏みだしていた。住み慣れた町をでて、ちっぽけな世界を、ほんの少し広げた。