VTuber もう一人のジブン ~keep your【Second Personality】~   作:no_where

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 夏休みが明けた時。隣のクラスの誰かが、東京に行ってきたらしいと口にした。親には内緒で、飛行機に乗って、日帰りで。

 

 それを聞いた時、口にはださなかったが、素直に思った。「べつに行き先ぐらい、素直に言っときゃいいんじゃねーの?」と。

 

 そんなことで、ちょっとした大人気分にひたれるなんて、逆に子供じゃん。はははん。とか思っていた。

 

「えっ、前川くん、今日のこと、お母さんたちに伝えてないの?」

「…あ、いや、友達と、隣の県まで遠出するよって事は伝えてる」

「遠出って、理由は聞かれたなかったの?」

「ゲームの大会的なものがあるって、適当な理由を述べて参りました」

「男子ってバカね。それでもし、なにかあったら、あたし達まで責任を取らされるんだけど、わかってるの鳥頭?」

「おっしゃる通りです。すんません」

 

 はん。と冷たい微笑をあびせられた。

 

「だいたい、この前、遊びに行った時に得意げに言ってたじゃないの。俺はウソをつかないって」

 

 すんませんした。そろそろ、追い打ち勘弁してください。

 

「そもそも、飛行機のチケット代はどう工面したの。あたしとそらは、会社にだしてもらってるからいいけど」

「自分の貯金、崩してきたよ。店の手伝いで貯めた分は、使わない分以外、全部自分の口座に預けてたから」

 

 本当はその金で、今年の年末辺りに、新しいPCを新調しようと予定していたけれど、それは黙っておいた。

 

「でも…やっぱりどうしても、VTuberやってて、そのアプリを作った会社絡みの人に声をかけられて、ちょっとその会社にお邪魔しに東京まで行ってくるっていうのは……言いづらくてさ」

「祐一のご両親は、そういうのに理解のない大人?」

「んー、理解のあるなし以前に、ネットをそもそもやらないから。携帯も持ってるけど、電話で使う以外、特に興味がないというか、そもそも生きていく上で、ネットが必需品だとは全然思ってない感じ」

「あーちゃんとは、真逆だねぇ」

「そうね。じゃあ今日のことは、家に帰ってもご両親には伝えないわけ?」

「…正直わからないかな…」

「ここまで来てハッキリしないとか。いくじなし。ウザ」

「あ、あーちゃん! そんなこと言わないでよ。今日の約束は、先週わたしが、無理やり取りつけた感じなんだからっ」

 

 走行する車の中。つまらなそうに、スマホをタップしている竜崎さんに、隣に座った西木野さんがあわてて取り持ってくれようとする。

 

 

『――キミの力を貸してください』

 

 

 先週の日曜日。じいちゃん達の秘密基地から帰る途中、たくさんの【糸】を感じた。断ることは簡単だった。悪いけど、俺には俺の思うやり方や、都合があって。

 

 キミが、仮想世界のキャラクターに命を吹き込む声優に憧れて、その道を志そうと思ったように。

 

 俺もまた、もっとも身近な美容師である、父と母の生き方に共感したんだ。二人の道を継ぎたいと思ったんだ。

 

 俺は少しだけ、自分の考え方や、生き方が、年相応じゃない、イマドキの中学二年生らしくないことを自覚している。

 

 それはたぶん、俺が『養子』だから。自分の願いや可能性よりも、すでに老いつつある両親のことを優先してしまう。

 

 だけど同時に、俺はちょっとだけ、そんな自分を誇らしく思っていたりする。格好いいって自惚れたりしてる。

 

 時々、年齢相応の自分が現れて「これでいいのか?」って悩んで不安になったりもするけれど、それなりに上手く解消する方法も身に着けることができた。

 

 だから、とっさに断ろうと思ったんだ。

 

 言葉という名のハサミで、彼女の側からあらわれた【糸】を断ち切ろうとした。俺たちは本来、無関係な赤の他人だから。ここまでだよ。そんな真実を浮かび上がらせようと思ったんだ。

 

 

『 いいのか? それで、本当に? 』

 

 

 ジブンの内側から、声が聞こえた。

 

 

『キミの美徳は、他人を尊重し、敬意を払うところにある。だが、時にそれは、キミ自身の本音を裏切ってはないか? いささか、降参《サレンダー》を宣言するには、時期尚早ではないか?』

 

 

 俺を全肯定する、もう一人のオレが、皮肉げに笑っていた。

 

 

『我が半身よ。キミの信念がどうあれ、キミの人生は、他ならぬキミ自身のものだ。【痛み】を忘れてはいけない。喜びも、哀しみも、生きていなければ、おとずれることのないものだ』

 

 【痛がっている?】 ――誰が?

 

 そう思った時、ズキンと、心臓が痛んだ。とっさに片手で抑えてから、強く両目をとじた。

 

 それがどういった類の【痛み】であったかは、自分でもよく分からない。だけど、もう一人のオレが言ったように、ただ、背伸びしてみただけの、大人じみた建て前で断ってしまったら、もっと【痛み】が増すような気がした。

 

 そして、いつかその【痛み】が苦しくなりすぎて、てきとうな自己肯定と共に、痛みに対して鈍くなる。――逆だ。だんだんと、痛みに対する怯えの感覚が強くなりすぎて、選択を放棄する。放棄することに慣れてしまう。そんな強い予感があった。

 

「ま、前川くん……? …やっぱり、ダメ、かな……?」

「………」

 

 俺は黙ってスマホをとりだした。

 

「一度、あって、話をしてみたいんだけど、どうかな」

「えっ?」

「この前、俺の家に来た、竜崎あかねさんの、お兄さんだっけ? なんか……ただの散髪屋の息子でさ。ゲームの中でイキりちらしてるだけの俺なんかを、なんていうか…西木野さん、信じてくれてるじゃん。そんで、そんな西木野さんを、同じように信用じてる人と一度、話して、それから考えてみたい。そういうのダメかな?」

「~~~~~~~っ!!」

 

 西木野さんは、顔をまっかにして首を振った。シュシュで留めたおさげ髪も左右に揺れて、ちょっと笑ってしまった。

 

「ラインのグループっ! あかねちゃんに、連絡しよっ!」

「あっ、そっか。っていうか今、連絡していいのかな」

「いいよっ、だいじょぶ! あーちゃん、ネット廃人だから! どんな時も即反応確実で、むしろ現実はよ滅べって思ってるような、ダメな子だから、絶対大丈夫だよっ!」

「なんか不安になってきたわ」

 

 まぁそんなわけで。一度、連絡を取り付けて、電子メールで内容に関する話だけでも聞ければ御の字かな。相手はえらい人で、とても多忙な人みたいだし。とか思っていたら、

 

『前川くんさぁ、今度よかったらウチの会社に遊び来ない? 旅費だすよ~』

 

 すげぇあっさり、そんなことを言われてしまい、世間知らずな俺は、ほいほいとその誘いに乗ってしまったわけだった。

 

* * *

 

 自動車は近くの専用駐車場に停めて、少しの距離をあるいた。

 

「あそこよ。うちの会社」

「……直にみると、やっぱすげぇよな」

 

 あらかじめ、ホームページで検索はしてあった。階層的には30階。地元にも「タワーマンション」という名称で、それぐらいの階層を持つ建物はあったから、まぁそのぐらいなんかな。と思っていた。

 

 ただ実際、その威容さを目の当たりにすると、やっぱりひるんでしまった。見上げないと全貌が映らないほど、高くそびえたつビルの一棟。解放感のある正面の玄関口に到着した。

 

 日曜でも、スーツを着た大人たちが出入りを繰り返している。行き交う人たちが、俺たち三人を一瞬だけ目配せして、早歩きで去って行く。

 

 単なる中学生に過ぎない俺たちが、そんな中に入ってってもいいのだろうかと思っていると、二人の女子は気にせず進んでいく。後を追う形で俺も続いた。

 

 表玄関先は、銀行の窓口のような場所になっていた。そこで受付として働いているのだろう女性の一人に、竜崎さんが声をかけた。

 

「11時から、第4研の会議室で竜崎《兄》と会う約束。確認してもらえる?」

「かしこまりました、お嬢様。お連れのお客様のお名前を窺ってもよろしいですか」

「西木野そらです」

「あ…前川です。前川祐一」

「ご確認いたしますね。少々お待ちください」

 

 落ち着きはらった声と共に、受付の女性が、コンピューターを操作する。

 

「確認が取れました。こちら、ゲスト用のIDカードになります。そちらのエレベーターで移動のあと、25階の応接室でお待ちください」

「ありがと。祐一。これ付けて」

「わかった」

 

 竜崎さんから、紐のついたカードを受け取る。二人がそうするように、俺も首からぶら下げた。

 

「いくわよ。二人とも」

「うん」

「わかった」

 

 3人そろって、エレベーターに乗る。上昇するエレベーターの中は、片面がガラス張りになっていて、眼下を広がっていく町並みと公園、その先に広がる水平線をながめることができた。

 

「…なんか、不思議だ」

「なにが?」

「こんな場所に、自分がいるなんて、不思議だなと思って」

「不思議なことなんてない。祐一は、人生という名の双六を、毎日『1』をだして進んでた。それが先週、いつものように振ったつもりのでサイコロで、最高値の『6』がでた。それだけよ」

「そうそう。『6』がでたって、いける範囲なんて知れてるよ。前川くんが、毎日きちんと『1』をだしてたから、今日この場所に立ってるんだよ」

「それは…なにか有名な話だったりするの?」

「さぁね。受け売りよ」

「そうそう。これから会う人がしてくれた話だよ」

「へぇ~」

 

 どんな人なんだろう。竜崎達彦さん。もちろん直接会ったことはなくて、ネット記事のインタビューを読んだぐらいだ。

 

 会社に遊びに来ないかというのも、メールの文面で見て、返信をしただけだから、まだ直接声を聴いてもいない。

 

 エレベーターが上昇する。これまで生きてきた世界が小さく、より遠くなっていく。代わりに、まったく別の世界が、より身近なところまで寄ってくる予感がしていた。

 

「前川くん、緊張してる?」

「もしかして、高所恐怖症? 真実なら拡散する」

 

 ずっと一緒にいた両親ではなく、同じ歳の女の子が二人。ほんの1ミリだけ気づかう様子と、それから同じぐらい、露骨なからかいを含んだ表情でこっちを見つめている。

 

「まさか」

 

 その空間の中、俺の口元からでてきたのは、

 

「大好きに決まってるだろ」

 

 いつもの自分とは違う、不遜で尊大な態度だった。居丈高で、慎重さに欠ける、まるでもう一人のジブンが表に現れた様だった。

 

* * *

 

 エレベーターを降りた先は、細長い廊下になっていた。まっすぐ進んだ先には扉があり、入口には専用の電子錠が掛けられていた。

 扉はガラスがはめられていて、部屋の中央は見えるけど、室内は両左右をパーティションで区切られていて、この位置からは、中の光景は確かめられなかった。

 

 そしてちょうど、視界を区切られたその向こう側から、勤め人のシャツを着た、柔和な雰囲気をもった男の人がやってきた。見覚えがある。もしかしてと思っていたら、

 

「あっ、竜崎さん」

 

 西木野さんが言った。隣に立つ、同い年の女の子にかけた言葉とは違う。

 

 やってきた男性が、壁に設置された『認証機』らしいものに手をかざす。キュイイィ…と、電子錠が微かに回る音が聞こえかなと思った時だ。

 

「やぁ! よく来てくれたね! 少年!!」

 

 扉が開くなり、快活な声が聞こえた。ちょっと驚いた。見た目は本当に普通の「日本で働く人」なイメージだったから。

 

「少年! キミが、前川くん、前川祐一くんかっ!」

「は、はい」

「WELCOME! 今日は日曜だというのに、遠路はるばるご足労、すまなかったね! あぁすまない。キミの事は『前川少年』と呼ばせてもらってもいいだろうか。少年呼ばわりが嫌だったり、気にさわるようであれば、普通に呼ぶんだが」

「あ、いえ、竜崎さんの好きなように呼んでください」

「感謝しよう! 前川少年!!」

 

 だけど中身はなんていうか、海外のドラマに登場しそうな、陽気で明るい大人の男。という印象がピッタリあてはまりそうな雰囲気だった。

 

「今朝は早かったんだろう。体調は大丈夫かい? 乗り物酔いなんかはしてないかい?」

「大丈夫です。日曜に早く起きるのは、なれてますから」

「そうか! そういえば、クロちゃん達から聞いたよ。キミの家は『散髪屋さん』なんだってね」

「はい、そうです」

 

 初対面なのに距離を感じない。

 雰囲気が、最初から、常連のじいちゃん達と同じだった。

 

「スイちゃんも、こっちで直接会うのは2週間ぶりだったよね」

「はい。ご無沙汰してます。いつもお世話になってます」

「いやいや、こちらこそだよ。さてとそれじゃあ、ひとまず応接間の方に移動させてもらおうかな。ついといで」

 

 竜崎さんが先導して、その部屋に続く道とはべつの廊下を進んでいった。突き当りになる扉の電子錠を開くと、その先はいくつかの個室が並ぶ部屋らしかった。

 

 入り口付近に掛けられた特殊ボードには『会議室利用状況』と記されている。合計9つの部屋が「使用中」と「未使用」で分かれていて、その最後に『外客用応接間』の欄があった。

 

 竜崎さんが同じようにカードキーをかざすと、対応した部屋の鍵が現れ、それを引き抜くと『使用中』のランプが点灯した。

 

「いやぁ、面倒でごめんね。一応VRのシステム開発も内製で行ってるからね。いちいちセキュリティが厳重なんだよねぇ」

 

 竜崎さんは笑いながら、会議室の奥の部屋にあった扉を開いた。その先は、漆塗りのテーブルと、革張りのソファーがセットになっている。壁面の一角はガラス張りで、ここからでもまた大都会の光景が一望できた。

 

「じゃあ、お手数だけどちょっと待っていてくれたまえ。37歳のイケてるおじさんが、イイ感じのお茶菓子をすぐにご用意して進ぜよう。ではっ!」

 

 えっ。そういうのって普通、秘書的な感じの女性がやるんじゃないんですか。と思った時には扉の向こうに消えていた。

 

「竜崎さん、相変わらずですねー」

「仮にも客人を待たせないために、秘書がいるはず。暖房も付け忘れてるし。イケてるどころか、ただの痴呆」

 

 当人がいないのをいいことに、妹であるあかねさんが、好き勝手に言う。それにしても

 

「竜崎さん、二人のことは、VTuberの名前で呼ぶんだね」

「そうだよー。この会社にいる時はね。わたし達もおたがい、そう呼ぶしね。てっきり前川くんの事も、ハヤト君って呼ぶかと思ったけど、前川少年、だったね」

「てきとうよ。その辺りは、本人フィーリングで生きてるから」

「えっと、それじゃあ、俺も二人のこと、ここにいる間は、スイとクロって呼んだ方がいいかな」

「そだねー。えへへ、なんだか照れるねぇ」

「べつに照れる要素がない。祐一も、普段からあたしの事は、あかねって呼び捨てでいい。竜崎だと、ややこしいでしょ」

「わかった。あかね」

「……」

「あ、ごめん、そうじゃなかった、クロ」

「TRUE」

 

 はぁ。とため息をこぼされる。これはアレだな。慣れるまで少しかかるかなと思ったら、

 

「……むぅ……」

 

 なんだかつまらなそうな顔をする西木野さん――スイがいた。

 

「前川くん。今更だけど、クロちゃんには、なんていうか、距離近くない?」

「え、そうかな? そんなことはないと思うけど。スイも希望の呼び方あったら、教えてよ」

「……じゃ、えぇと……そら……とか?」

「? それは禁句っていうか、禁止なんじゃないの?」

「わ、わかってるよぅ! スイ、普通にスイでいいからっ!」

「了解。じゃあさっき言ったように、俺も普通に、スイと、クロって呼ばせてもらうな」

「……うん」

 

 こくんと頷く西木野さん――スイに対して、早くも革張りのソファーに掛けて、スマホをいじっているクロも短く「りょ」と答えてくれた。

 

「はいはいはいはいぃ!!! お待たせぇー!! 37歳のイケてる優しい親切なおじさんが、お茶菓子を持って現れたよぉー!!」

 

 そしてちょうど、竜崎さんも帰ってきた。

 

* *

 

「いやだからお兄…プロデューサ、なんで飲みものが、普通にペットボトルの天然水なのよ」

「なんでって、水分補給は大事だろう」

「うん、わかったもういい」

 

 顔立ちは二枚目で、髪型もしっかり決まっていて、スーツや靴もたぶん仕立ての良い物なのに、どこか抜けてる感じのその人は、大企業の要職であるというよりは、普通に「近所のおっちゃん」感が満載だった。

 

 漆塗りの机の上に、丸いおぼんを乗せ、そこに高級そうな和菓子が置かれている。それから普通に市販のコンビニや自販機、どこでも見かける、500ミリのミネラルウォーターのペットボトルが、奇妙なアンバランス感を演出していた。

 

「じゃあ改めて、自己紹介をさせて頂きます」

 

 そんなお茶菓子の組み合わせを用意した当人は、にっこりと微笑んだ。

 

「僕は竜崎達彦と申します。このネクストクエストという会社を立ち上げた役員の一人で、現在はVRのソフトウェア開発と、新規エンターテイメント事業に関連したコンテンツの企画立ち上げ、進行なんかも担当しています」

 

 一対一で向き合うと、本当に人柄が良いって感じが強くなる。

 

「社内では『第4研究所』と呼ばれるセクターの主任も兼業していて、責任者としても名を連ねています。覚えるのが難しいようだったら、なんかVRの事をいろいろやってるおじさんらしい。って覚えてくれると嬉しいかな。よろしくね」

「よろしくお願いします。じゃあ俺も…僕も改めて自己紹介をさせてください。前川祐一といいます。ネクストクエストが提供しているアプリケーション【セカンド】を使って、個人でVTuberのゲーム解説動画を作らせてもらってます。キャラクタの名前は『天王山ハヤト』といいます」

「礼儀正しい子だ。おじさんは正直感動しているよ。僕、なんでか普段の扱いがひどくってさぁ。あ、前川少年。こっちのお菓子もオススメだよ。よかったらお食べ」

「はい。いただきます」

 

 やっぱりどこか気さくな雰囲気で話が進む。口の中でさくりと溶ける、びっくりするぐらい美味しい京都のお菓子をもらいながら、竜崎さんの言葉に耳を傾けた。

 

「それじゃあ早速なんだけどね。前川少年」

「はい」

「スイちゃんと、クロちゃんの二人から、ある程度は話を聞いてると思うんだけど、まずは仕事の話をしよう」

 

 竜崎さんが立ち上がり、あらかじめ用意してあったのだろうビジネスケースから、大きめの封筒を取りだし、封を開いた。

 

「キミに依頼したい、VTuberとしての仕事内容は、我が社に所属するVTuberタレント、宵桜スイと、黒乃ユキの活動支援になります」

 

 声のトーンが少し、真摯に険しくなる。

 

「具体的な内容としましては『VTuberコラボレーション企画』と題したタイトル内で、前川少年が演じる、天王山ハヤトと共に、VTuber3名による『LoA《レジェント・オブ・アリーナ》というゲーム内の大会に、チームを組んで出演していただきたいと考えております。

 また、プレイ内容の一部は、当社ネクストクエストの、VR配信スタジオ内にて、リアルタイムでの実況配信を予定しております。詳細な日程、スケジュールにつきましては、こちらの契約書類に後述させていただいております。なにか疑問等がありましたら、後ほど改めて、ご質問の方を願います。

 最後に契約期間と報酬に関してのお話ですが、予定としては、ゲームの大会の日程にあわせ、10月の第2週目から、10月末日まで。おおよそ2週間の期間を考えています。お支払いできる金額につきましては、当社としてはこちらの紙面上に記載された金額を、指定された口座に月末までに、報酬としてお支払いする用意がございます」

「……」

 

 すっ、と。

 丸机の上を、一枚の書類が通された。その額を目にする。

 

「………」

 

 提示された金額が、いわゆる『相場』として高いのか、低いのかは、俺にはまったく分からない。

 

 ただ、今日まで生きてきて、毎週、家の手伝いをしてきたから、うちの店には、一日でどれぐらいのお客さんがやってきて、どれだけの売り上げがあるかは、なんとなくわかる。

 

 一ヶ月でいくらの売り上げがでて、儲けはいくらになるのか。家族3人が食べていくには、いくら必要なのか。店の維持費はどれだけ必要か。俺がこづかいとしてもらっていい額は、どれぐらいなのか。

 

「………………」

 

 父さんも、母さんも、正確な数字は教えてくれないけれど。漠然とした額は、中学生の俺の頭にも入ってる。それが、平凡で、普通の俺が、唯一に知りえる『大人の数字』だ。

 

 自分が知る限りの知識を武器にする。総動員させて比較する。

 結果。提示された書面の金額は、とても、大きなものに映った。

 

「前川少年。キミは噂に違わぬとおり、実直で、誠実な性格をしているようだね」

「えっ?」

「これまで、スイちゃんや、クロちゃんの二人から、キミの話を聞いていてね。断片的な情報ではあったけれど、君がどういう人間であるのかを思い描いていたんだよ。もちろん、ハヤトの動画も見たよ」

「あ、ありがとうございます」

 

 お礼を言うと、竜崎さんは「良かったよ」と褒めてくれてから、続けた。

 

「忙しくてすべては見られてないけどね。視聴者に対する気配りもそうだったけど、なにより、どうすれば楽しんでもらえるのか。楽しい時間が過ごせるか。そういう配慮が行き届いていた」

「は、はい…そういうところは、一応、自分なりに考えました」

「うんうん。本人が持ちうる技術と編集知識、なにより収録環境は、けっして高い水準にはないのだろうけど、動画の全編を通じて、ベストを尽くそうとする心意気が、見ていて心地の良いものであったよね」

「…あ、ありがとうございます…」

 

 もう一度、お礼を言って頭を下げた。思わず顔が赤くなりそうだ。二人の女子も、肩をゆらして笑っている。

 

「いや、からかってるつもりはないんだよ。むしろね、本当によく視聴者のことを考えているんだなと感心したんだ。ゲーム本編に関しても、キャラクタを操作するヒトの動きや、クセ、特徴なんかを上手く解説していた。

 対戦ゲームには、いわゆる『人読み』と呼ばれるものがあるそうだけれど。僕が想像するに、君は一試合の間に、敵味方の区別なく、そのクセを把握して、先を読んだ動きで牽制していたのではないかな。常に自分にとって、有利な交換《トレード》を仕掛けているように思えたよ」

「…っ!」

 

 ――今度は、嬉しさを通り超えて、純粋に驚いた。とても。

 

「…あの、竜崎さんも、ゲームはよくプレイされるんですか?」

「いやまったく。気を悪くされたら申し訳ないんだけどね。正直言うと、LoAというゲームを見たのも、キミの配信が初めてだった。あぁこれが、海外で根強い人気をほこる、mobaっていうジャンルなんだなぁと思ったレベルだよね」

「えっと…つまり完全の初見で、俺がなにをやってるか。わかったんですか?」

 

 一応、最上位のマッチングだったはずだけど。解説も交えていたとはいえ、本当の初心者に配慮するっていうことは、考えていなかった。

 

「あはは。まーねー。これも気を悪くされたら申し訳ないけれど、フィーリングというか直感だよね。ゲームプレイ中の見どころらしき場面には、君の解説にも力が入っている箇所が見え隠れしたしね。

 なにより動画下部の『グッド率の高いコメント』を拾い上げていったら、なにがすごいのか、どういった要素が、まだまだ初心者と呼ばれる人たちにとっては困難で、それ以上の理解ある中級者にとっては『勉強』になるのか。上級者以上にとっては『超一流のすごさ』として映るのか――――そういった要素を、最初の動画ページに含まれた、あらゆる視覚的情報から分析して、僕なりに考え、次はよくよく注意して、キミの動画を閲覧するわけだ。そこから自分が得られた答えと、視聴者のコメントを比較対応し、最後にもうちょい視野を広げて、自分の中に横たわっている『世間のニーズ』と照らし合わせる。最終的には、まぁいろいろ、たぶんこういう事なんだろうなってことが、視えてくる。最終判断を下せたってわけだよ」

「……………………」

 

 初見で、こんなにも見抜かれている。

 そう感じたのは、初めてのことだった。

 

「おっと。ごめんね。素人がこう、いかにも熱く語ってしまいましたな感じになっちゃって。なんかね、昔の自分を思いだしたんだよ」

「…昔の竜崎さんですか?」

「そうそう。僕もねぇ。小学生の頃、路上で弾き語りをしてたんだよねー」

「しょ、小学生で弾き語りですか…!?」

「うん。どうしてもね。自分でお金を稼ぐ手段を見つけだしたかったんだ。たまたま家にギターがあったから。学校が終わると一目散に、人の集まる大通りで演奏したもんだよ。あっ、これ、一応実話ね。舞台も日本の話だよ」

 

 ニコニコしながら、竜崎さんは語った。

 

「ただ、僕には音楽で食べていく才能がなかった。足りていないのだと、小学生で悟ったわけだ。その上で、じゃあどうすれば、生きていくだけのお金を稼げるんだろうかと、毎日そればかり考えていた。いわゆる『弱者戦略』ってやつだね」

 

 そして何気ない所作で、もう一度、紙面の上をなぞり言った。

「結論として、僕は才能を持つ人々に依存することで、自分を生かせる道を作り上げた。しかしね、既存のやり方では、その才能が輝くには、どうしたってジャンルが限定されてしまうんだ]

 

 一息。

 

「僕はその輪を、もう少しだけ、広げてみたかった。そうすることで、今度はキミたちが、独自に新しい輪を広げていけるような、そんなサイクルを生みだせると良いなと考えた。その最初の一歩を、僕自身が、踏みだしてみたいと思ったんだよね」

「…輪を作って、広げる…」

「そう。少し難しい言い方をすれば、相互作用のあるシステムだ。さらに付け加えると、僕が目指したいのは、高級レストランや、1流ホテルではないんだよ。小さな飲み屋、ママが経営するスナック…未成年にはちょっとイメージがつかないかな」

 

 口元に指を置いて、言葉を探る。

 

「とりあえず、規模は小さくとも、息の長い常連さんたちと、お店の店主であるお母さんが、細々とではあるけれど、最後まで、楽しく笑っていけるような、そんな場所だね。独立された世界を、エンターテイメントの中に作ってみたかったんだよ」

 

 竜崎さんは言った。その言葉が、けっして、俺の環境なんかを鑑みた上で、あらかじめ用意していたものでないことだけは、十分に伝わった。

 

「だから僕は大前提として考えているわけ。前川少年にも、正式な報酬をお支払いした上で、当社の仕事を引き受けて欲しいとね。ちなみに指定した額は、ここにいる二人と同じ計算方法で行われているし、二人も了解済みだ」

「……」

 

 言葉に窮してしまう。場合によっては考えていた。コラボの依頼は無償で引き受けようと思いますと。友達のため、クラスメイトのために、とかなんとか言って。

 

 そう言えば、結局は折れるだろうと思っていた。だけど、そんな事は、絶対にありえないんだと確信した。

 

 

 ――俺は心のどこかで、大人を、みくびっていたのだ。

 

 

「フフフフフ。前川少年、キミの考えていることが、僕には手に取るようにわかるよ。あぁ、わかるともさ」

「っ!」

「格好良いぜ。イカすぜ。ナイスミドル、ダンディズムさが最高にハンパねぇぜ。マジリスペクトっすわ。フフフフフフフ。そんな感じだろ。わかる、わかるとも。はいはいはいはいはい!! おじさんわかっちゃいますともーー!!!」

「…………」

 

 俺は絶句した。そして「せやろ?」という視線を向けられたので、つい両左右に視線を泳がせてしまう。二人の女子が「ないわー」という顔をしていた。

 

「さぁ、もー! なんかめんどくさい話はここまでにして。とりあえず、契約書類の案内事項だけ持ち帰っちゃとくれいー!!」

「アッハイ…わかりました」

「うんうん。封筒に入れておこうね。三つ折りしておけば、キミのバッグにも入るだろうから」

 

 言うなり、竜崎さんは手早く書類を畳んで、白い封筒に入れた。封は糊付けではなく、まさかのシールだった。

 

 赤い花びら。なんとなく尋ねた。

 

「これ…なんの花とか、あるんですか?」

「スイートピーだよ。僕が小学生の時、路上で弾き語りをした時にね。初めてのお客さんからもらった依頼が、赤いスイートピーという曲だった。それ以来、赤くて可愛いこの花が、僕の中で、ずっと道を指し示してくれるのさ」

 

 そう言って、竜崎さんはシールを張って、俺に封筒を渡してくれた。しわにならないよう、たいせつに鞄の中にしまった。

 

「さてさて、これから【桜華雪月】の二人には、お昼をはさんで、夕方まで、VRスタジオを使った収録の仕事があるんだけどね。前川少年も、ただ待っているというのも退屈だろう?」

 

 竜崎さんは、あいかわらず距離を感じさせない。近所のじいちゃん達のような親しさに戻り、言ってきた。

 

「実は今日、キミにウチまで来てもらったのはね。もう一つの理由があったんだよ」

「もう一つの理由…ですか?」

「そう! むしろおじさん的には、こっちの方が本題というか、まぁなんていうか、自由奔放に、楽しげに実況する、天王山ハヤトの動画を見せられてねぇ、っかー! くやしいなちくしょーめ! って思っちゃったのさ!」

「えっ、くやしい…ですか?」

「そうとも! そうだとも! 若いキミが、全力投球で、どうだ、オレ様はすごいだろう! って、声を高らかにあげている。もうね、キミの動画を見ながら、僕は思っちまったわけだよね!!」

 

 次の行動も、たぶんフィーリングだったと思う。

 漆塗りの高級テーブルを、普通に革靴で踏みつけた。

 

 

「――やい、そこの少年。

 あんまし調子に乗って、大人みくびってんじゃねぇよ? ってね」

 

 自分の顎に指をそえて、斜め四十五度のポーズで、高圧的に笑いかけてくる。 

 

「特別に見せてさしあげよう。時代の最先端をいくのは、残念ながらキミ達じゃない。いつだって我々なんだというところをな。本日キミは、正しい現実を突きつけられ、複雑な心境と共に帰路につくことになるだろう。少年よ」

 

 きらーん。と目が光っていた。そのまっすぐな視線を俺は避け、うっかり両左右の女子へと泳がせてしまった。

 

 「どうみても、変なおじさんでしょ。」と訴えている。心の底から同意した。

 

 竜崎達彦さんは、変なおじさんである。

 

 

「…愚兄…無礼すぎ。ちゃんとテーブル拭いておきなさい」

「はっ! また勢いでやっちまった! ごめんごめん! ちょっと待ってね!」

 

 ゴゴゴゴゴと、怒りのオーラを漂わせる、女子中学生相手に、変なおじさんは、スーツのポケットからハンカチを取りだして、せっせと汚れを拭きはじめた。

 

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