VTuber もう一人のジブン ~keep your【Second Personality】~ 作:no_where
タイトル:VTuber もう一人のジブン ~keep your【Second Personality】~
作:No_Where
自分の気持ちに、正直に生きることができたなら、どんなに素晴らしいことだろう。この時代において、自由とはなにを指し、どこを示すのか、わからない。
「…とりあえず、リーチ、でいいのか?」
中学校に進学してから、そんな事ばかり考えてしまう。
特に一人で過ごす、夜の時間に多かった。
「リーチ。メリットは、宣言したら、自分が上がれた時に、役がひとつ上がる。つまりポイントの倍率が高くなる」
俺たちは迷子になっている。ぐるぐると、同じ場所を回り続けている。ほんのわずかに生じた猶予の間に、胸のなかに夜が染み込んでくる。今行っている行為の是非を知りたがる。
本当は、意味なんてないんじゃないか?
『これ』を繰り返して、一体どうなるっていうんだ?
生きやすくなる? 毎日の積み重ねが明日を変える?
どうせ死んでしまったら、なにもかも無駄になるのに?
でもそうしてないと、死ぬまでの過程が不安で怖い?
痛い思いもするだろうから、安心と安定を得る為に努力する?
じゃあ、明日の安心と安定を得るために
人は努力して生きるのか?
結局、それだけ?
生きることの本質って、もしかして、むなしいだけか?
無機質な思考がわきあがって押し寄せる。とうとつに、俺の不安をあおって仕方がない。
「…逆に、リーチのデメリットは、対戦相手にアガリ稗の予測を立てられること。それ以降に自引きした稗は、アガリ稗でないと、必ずそれを捨てないといけない。だから、相対的にリスクを背負うことになるんだな。相手が上がりそうでも、引くことができないから」
そういう時、許される環境であれば、小さな声を放つ。ほんの少し高い場所から世界を俯瞰する。今この時が有意義でありますように。脳とは違う喉元の筋肉を振るわせる。集中して、心にしのびよる闇を払う。
「だからリーチする事で、ボーナス点が得られるぶん、相手を上がらせたりしまう可能性も増える。…そっか。リスクとリターンの兼ね合いがつり合ってるんだな。このゲーム、最初は運の要素が強すぎだろって思ってたけど、深いな。っていうか、リーチ宣言の有無を最初に設定した人、頭いいなぁ」
コンピューターのブラウザ上で、麻雀《ゲーム》が進行していた。オンライン対戦でマッチングした相手3人の手番が終了する。一巡して俺の番に戻ったところで『ツモ』と表示された。
「…あぁ、そうか。この稗でも上がれるんだな。じゃ、ツモ」
平日の夜9時。マウスを左クリックした。
14歳、普通の夜。
俺は初めて、麻雀というゲームを試していた。
手元にある書籍を閉じて、表紙をふと眺める。
『たまには、一緒に麻雀しよ?
VTuber 宵桜スイが、マンガで教える麻雀入門』
最近、ちょっとした約束事があって、俺は『麻雀』と呼ばれるゲームのルールを覚えている最中だった。
「ドラ。持っていると役が1つ高くなる稗のこと。あぁなるほど。ゲームの最初で、なんか山が一枚ひっくり返されて、なんでだって思ってたけど、あれの事か。ドラは山で表示された次の数字。赤ドラは、色が赤いやつだな」
椅子の背もたれに上半身を預ける。もう一戦しようかと思ったけど、最初に考えていた以上に一試合が長かった。明日も学校だ。宿題や、支度は終わらせたけど、微妙な時間だ。
「どうせなら、上手い人の動画見て、勉強したいな。…あるのかな、麻雀の実況配信的なやつ」
俺はもう一度、モバイルPCに向き直った。お気に入りから、某有名動画サイトを開く。その検索タブのところに、
『麻雀 配信 解説 初心者向け』
適当に思いついた単語を打ち込んで、検索を実行した。
――こちらが、あなたにオススメの新着動画です――
一覧に表示される選択肢。人工知能《AI》による、マッチング結果が表示される。
今年は西暦2024年だ。連日のニュース番組で、人工知能の話を聞かない日はない。今はちょうど上り坂。『幻滅機』と呼ばれる時期を抜けて、人工知能の精度は、ふたたび向上の一途にあるらしい。
一秒とかからず表示された結果。その裏では過去の履歴、俺のアカウントでアップロードしている動画の経歴。あるいは対象となる動画を上げた相手の経歴なんかが、予想もつかない計算方法で選定されているのかもしれない。
実は自分の生き方が、どこかの誰かに、制御されているんじゃないかと感じてしまう。中国の主要都市では、すでにAIのカメラが街の至るところを監視しているという。大人たちは「なんだか怖い。危険だ」と口にする。でもそれは、本当にそうなんだろうか。
この目を通して映される現実と、モニター越しに映る世界の境目に、今時どれほどの差異があるっていうんだろう。
「…思考がまたブレてるぞ」
俺の悪いクセだ。居並ぶサムネイルのひとつをクリック。
『【VTuber】宵桜スイの麻雀配信 8回目の御無礼! 』
それが俺の意思だったのか、はたまた、巧妙にデザインされた、サイト管理者の誘導設計に則ったものなのか、判別はつかない。ただ読み込みが終わり、暗転した画面の向こう側で、動画が再生される。
「皆さんこんばんは~! 株式会社セカンドクエスト所属。Vtuberの宵桜スイです」
…うん?
手元を見返す。今日の放課後、図書館で借りてきた、麻雀本。
著者:宵桜スイ
「いつも応援してくださる皆さま、ありがとうございます」
艶やかで、まっ白に近い銀色の髪、あわい碧眼。
3Dモデルで象られたキャラクタは、VTuberと呼ばれる存在だった。
「初めましての方もいましたら、ゆっくりしていってくださいね」
首回りが大きく開いた、少し胸元を意識させる特徴的なドレス。マンガやアニメに登場するような女の子が、その外見とは裏腹に、ひかえめな、静かなトーンで発言する。
「えーと、そうそう、今夜は久しぶりの麻雀配信なんですよ~。実はすごく楽しみにしてました。えへへ。今日はちょっと時間があるので、皆さんのコメントを拝見させていただきますね』
映像の端には、当日、リアルタイム配信をしていた時のコメントが流れる。彼女はそれを拾い、返信していた。
『あっ、先日でたCDを買ってくれたって人、結構いらっしゃいますね。ほんとにほんとに、ありがとうございますー! えっ、布教用に3枚も!? 都市伝説じゃなかったんですかその手の話!?』
ぽかんと口が開いて、そこを手で覆う。身体のサイズが大きく揺れた時に、ついでに開けた胸の周りも、ぽよんと揺れた。
「…………………………」
思わず凝視。揺れたよな。いま、たしかに、
おっぱい、揺れたよね??
ねぇ、見た? 俺、見た?
「見たよ。俺見たよ」
自問自答。即答。なぜ、数ある麻雀本の中から、俺がこの本を選んだか。簡単なことだ。表紙のキャラクタの絵のおっぱいが大きかったからだ。
にゃお~ん。
孤独な夜のしじま。今宵も近所で盛った野良ネコが吠えてやがるぜ。
俺の脳内は、目前の女子のおっぱいの事で、頭がいっぱいになっていた。
生きるとは、なにか。
バカやろう。そんなこと、決まってるだろ。
今この瞬間を、精一杯、生きてりゃそれでいいんだよ。
ミリ1秒、ナノ1秒を、目を見開いて、刮目するんだよ。
『うわぁ、いえ違います。迷惑なはずなんてないですっ! お一人で三枚お買い上げありがとうございますっ! あ、はい、電子書籍版もありますので、そちらでもお買い求めいただけますっ!』
ものすごく恐縮していた。その派手な格好とは裏腹に。
顔と瞳が(>△<;)マンガのデフォルメのようになって、頭をぺこぺこ下げている。その度に、ぽよんぽよん、していた。
「やっぱ揺れてるじゃねーかっ! 痴女かよ!!」
10インチの型落ちモニターの画面を、ガッと掴み、凝視する。こういう時、画面が小さいと不便だ。俺も男子たるもの、やはり大きいものには憧れるものだ。
『はい、よろしければぜひ! お買い上げを! うわー! 皆さん本当に感謝です!! 宵桜スイ! 感謝の正拳突き、1万回の境地ですっ! ヴぁああああああああああああああぁぁ!!!」
しゅしゅしゅしゅしゅしゅしゅっ!!
ぽよぽよぽよぽよぽよよよよっ!!
「…な、なんだ? この女…おっぱいを激しく揺らしながら、頭のおかしなことを始めやがったぞ…。新手のエクササイズかなにかなのか…?」
画面に映った、見た目だけはおとなしめな、清楚な印象の女子が、奇声をあげながら、両手を交互に繰りだしていた。ぽよんぽよんぽよんぽよん、俺の上半身も、自然とリズムを取りはじめる。
流れるコメント。視聴者の俺たちは一体の大いなる意思となり、アホ可愛い彼女を煽っていく。
「スイ会長が壊れたwwwwwww」
「せいけんづき1万回配信の会場はここですか?」
「会長に1万回殴ってもらえるとかご褒美やん」
「…スイ、あなたアイドルなのよ…?」
「特質:パワー系」
「おかしいな。今日は麻雀配信と聞いてきたんだが…?」
「おっぱい代です:100円を投げ銭しました」
『はっ! そうでした! 今日は麻雀をやります!』
ファイティングポーズを構えた彼女が、ハッとしたように目を見開く。そこでいったん、彼女のおっぱいは停止した。
「……っ! そうだった、俺は麻雀のことを勉強しようと思っていたんだった!! 100円……まぁ、これも勉強量だよな…」
14歳の俺には、たかが100円でも、手厳しい出費だ。
『えーと、じゃあ、てんほー、開きますね!』
VTuberの動画に表示されたのは、麻雀のブラウザサイトのトップ画面だった。ついさっき、俺が対戦していたものと同じだ。ゲームの枠外、VTuberの『宵桜スイ』が画面端に移動して、雑談をしながら麻雀をはじめた。
『――麻雀を好きになったキッカケですか? うーん、そうですねぇ…わたし、人生で1番目ぐらいに、麻雀が大好きなんです。本当に毎日、麻雀のことを考えちゃってて。
あのね、ごはんを食べてたら、ごはんの事がだいたい、10割になったりしますよね? テレビを見ながらだと、たとえば、テレビの内容が2割、ごはんが8割とかになるじゃないですか。それがわたしの場合はね。普通にごはんを食べてても、ごはんが9割、麻雀が1割とかになるの。そうなの、どんな時でも麻雀のこと考えちゃうの。ねー、なんでだろうねぇー、わたしもわかんないだよホントに。あっ、話がそれましたけど、つまり気がついた時には、生活の一部に麻雀があったんですよ。麻雀はね。言ってしまえば、宇宙なんですよ。マージャン・イズ・スペース。ドゥユーアンダスタン?』
いやその英語はおかしいだろ。
俺は少し笑った。興味がわいて、そのまま試合を眺めていたら、
「――えっ、さっき、チーソーを切った理由ですか? んっと、マンズの方を切るかの択かなって思ったんですけど、今回は対面が親で、川にはマンズがあまり出てないんですよ。あっ、川っていうのは、場にでてる捨て稗のことです。親というのは、今回上がることができたら、点が1.5倍もらえる人のことを親と呼びます」
リアルタイムで流れるコメントを拾い、かつ、ゲームの手を止めずに稗を切っていく。
「それで、親の川にワンズ――あぁ、一、二、三、って書いてあるのを、マンズとかワンズって言うんですけど。それがあまり捨てられてないということは、要は親のアタリ稗が、ワンズ系のどれかって可能性が高いんですね。欲しいから集めてて、捨ててないわけですから。だから、そこは避けたいなと思いました。
巡目も――ターン数もだいぶ経過していて、親がダマってる、あえてリーチをせずに、相手の振り込みを待っている状況が高い気がしたので避けたんです。安全稗の方を優先して切った。自分の手が揃いそうになくともです。つまり今回、わたしは上がる気がありません。スルー安定です」
じゃっかん早口に解説していた。ただ、内容はかなり理路整然としていたし、かつ、麻雀で一番つまづきやすい、独自の『用語』を他の言葉に置き換えていた。
たぶん、それなりに『麻雀』を打った経験のある人からすれば、いわゆるセオリーというやつなんだろう。慣れていれば、分かって当然、戦略と呼ぶには至らない。けど、
「なるほど。そこにも、駆け引きが存在するんだな」
今日から麻雀をはじめ、たった一局をブラウザで打ち終えたばかりの俺には、彼女の解説のおかげで、理解が深まった気がした。同時に、
「この子、頭の回転が速いな。同時に複数の選択を、並列的に処理してる感じがすごい」
意識して【集中して見つめる】。
俺が麻雀に対して、最初に感じたことは、思っていたよりも、ルールが複雑なんだということだった。
麻雀は、駆け引きの要素が存外に高い。理解が深まると面白いが、分かるまでに、まずは英単語を暗記するように、役の形を覚える必要がある。この辺りが、ポーカーのように単純ではない。
ポーカーは、視覚的な意味合いで、非常にわかりやすい。
『ツーペア』や『スリーカード』よりも『ストレート』や『フラッシュ』の方が、たぶん強いだろうというのは、素人にも一目瞭然で、感覚的にわかりやすいのだが、麻雀は、すべてが等しく14枚の稗によって決まるので、まずここが、直感的ではない。
現代のゲームのように、懇切丁寧なチュートリアルがあるわけでもない。勝てばごほうびに10連ガチャが引けるわけでもない。
(現代で麻雀を飽きずに覚えるには、なにか、工夫がいるよな)
そのキッカケとして、彼女のような存在は有用性があるだろう。流れるコメントには「スイちゃんの動画を見て、麻雀はじめたよ」というのも実際あった。
「――うん。ちょっと、おもしろいよな」
少し考えてから、俺は『宵桜スイ』の動画一覧を、ブラウザ上のお気に入りに登録した。チャンネル登録はしない。SNSアカウントのフォローもしない。必要がなくなれば、単なる整理のために消すだろう。
手元のボタン1つで、関係性は、抹消される。
運命の糸をどんなに厚く束ねても、近代の鋏は、ふとした拍子にあらゆるものを清算してしまう。
大人たちは口にする。
『後悔』を。
そして
『やりなおし』を
夢にみる。
また、あっさりと、夜が沁み込んでくる。
自分の気持ちに、正直に生きることができたなら、それはどんなに素晴らしいことだろう。ただこの時代において、自由とはなにを指し、どこを示すのか、それがわからない。
わからないから、死の先に続くものを、夢に見る。
俺たちの世界は、もしかすると、もう行き詰まってるんじゃないだろうか。大人たちの中で、自信をもって、おまえたちの未来は明るいぞ。将来に期待しろ。なんて口にできる人間はどこを探してもいないんじゃないか。
自分の気持ちに、正直に生きられない。だからこそ、死がとてつもなく魅力的に思える時がくる。なんでも自由にできてしまう時代において、【俺】は一体なにを指し、どこを示すっていうんだろうか。
こんなことを、つらつらと考えてしまっている。もしネットに書き込んでしまえば「痛いww」「中二病かよwww」と、暇つぶしの余興として消費されるだけだろう。
大人たちも、時には得意げに、自称、自分たちの『黒歴史』を公開して、おたがいに笑いをとりあっている。楽しそうだ。
そうだ。こんなことで悩むのは間違っているんだ。だけど同時に、俺たちはすっかり、迷子になっている実感もある。
ぐるぐると、同じ場所を回り続けている。この小さな卓上と同じように、同じような毎日を過ごしてる。それでも大人たちは言うはずだ。『それ』に答えはないんだよ。上手に折り合いをつけることが正しいんだ。埋没することが、キミという個人の成長なんだよ。
「ゆういち~」
部屋の外。階段の下から、母さんの声が聞こえた。
「おふろわいたわよー、入れるー?」
現実に戻る。モバイルPCをシャットダウンして、閉じた。
「わかった、今おりるー! ちょい待ってー!」
応えた。タンスの引き出しをあけて、着替えを取りだして、部屋をでた。