VTuber もう一人のジブン ~keep your【Second Personality】~   作:no_where

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「…あれ? なんか配信やってる」

 

 『風見』の詳細が表示されたページの先。【該当ユーザーは現在動画を配信中です】という案内が見えた。

 

 

 『絵を描く』

 登録者:kazami

 現在の視聴者数:1 

 チャンネル登録数:8

 1時間と5分が経過。

 

 

 小規模な配信。ちっぽけな世界。

 

 人気イラストレーター『RYO-5』のファンアートが導線となって、爆発的に再生数を伸ばす以前。自分の動画に表示される数字は、本当に、これと変わらないほどだった。

 

 クリック。少しの間、画面が暗転したあと、再表示された。色彩をデータ変換された映像の取得。どこかに在る現実。時間の流れがつながった。

 

『……』

 

 作業をしているのだろう、配信者側のPCモニターを中心とした光景が映った。こちらの画面の右端には、動画サイト側が設定したチャット欄がある。

 

harumi:

こんばんは。今日もおじゃまさせてもらいます。

 

 メッセージはそれだけだった。有名な実況者や、VTuberの配信だと、リアルタイムで、コメントが勢いよく駆けあがる様子が見られたりする。だけどこの規模だと、そんなことは起きない。

 

『……』

 

 静かだった。実在の音だけでなく、視覚に留まる情報そのものも『無音』に近い。

 

 現代ではむしろ珍しい、一切の装飾を施していない、静謐な空間だ。電子のペン先が、タブレットボードの上をよどみなく流れる。

 

「……」

 

 こっちも言葉を失った。一流のスケート選手が、氷のリンクの上で、迷いなく踊る様を見つめるような気持ちになる。

 

「……」

 

 知識がなくても。超一級の技能を目の当たりにした時は、自然と息が詰まる。全身が緊張し、意識を持っていかれそうになる。

 

「……」

 

 色白の手が翻る。静寂の最中、平面な白い空間の上。幾何学の線で結ばれた像の先に、新しい命《キャラクター》が浮かび上がろうとしていた。

 

「この人のイラスト、上手いよな?」

 

 すっかり魅入ってしまった先で、独り言がもれた。最近、頻繁にディスコードを使っていたせいか、この声がモニター越しの相手に届くんじゃないかと錯覚した。

 

『……』

 

 もちろん、そんなことはない。音声のチャンネルは一方通行だ。こちら側の声は向こうには届かない。配信者の『風見』は、黙々と手を動かし続けていた。

 

「…絵、うっま…」

 

 再生数とチャンネル登録数の規模から、正直、たいした内容じゃないかもっていう偏見があった。そんな予想は、これ以上なく、いい意味で裏切られた。

 

「この人、プロなのかな」

 

 前に一度、プロのイラストレーターや、マンガ家の作業動画を見たことがあった。たぶん、ジャンルとしては『イラストメイキング』とか呼ばれるものだ。

 

 けどそれは、十倍以上に速めた動画を、10分ていどに圧縮して編集した内容だった。だから等身大の速度での配信を見るのは、これが初めてだ。

 

「手の動きが、なにをすればいいのか。もう最初から分かりきってるって感じだ」

 

 目前の配信者の技術は、きっと、至るところで目にする『完成された商業イラスト』の作品をうみだすクリエイターと、そん色のない技術《レベル》を持っているんだろう。

 

 道具《ハサミ》の使い方に慣れているのは当然のこと。なにをどうすればいいのか。どういう角度で切り込めば、どんな結果が返ってくるのか。ぜんぶ、わかっている。

 

 その上で『自分の仕事』を完遂させる。最優先で、世の中が求めているものを提供する。こっちの要求は押し隠し、相手の意向を優先し、譲渡する。

 

(きっと、本人にはもっと、すごい世界が見えてるんだろうな)

 

 散髪屋の職業を冠する、うちの父さんが働く姿が、ふと思い浮かんだ。本当はもっとすごいのに。その技術の高さを生かしていろんな事ができるのに。承知の上で普通に髪を切る。

 

 勝手だとわかっているけれど、時々くやしくなったりもした。みんな、もっと、よく見てよ、時間を使うことを惜しまず、考えてくれよって。思ったりもした。

 

「このヒト、どう見てもプロじゃん…プロのイラストレーターじゃん、なんで誰も見にきてねーの?」

 

 答えは単純明快。導線が無いからだ。

 目に映る『数字』が、ちっぽけだからだ。

 

 ――人間の想像力には、限界がある。毎日、生きることに精一杯だから。余裕がない。

 

 だから、たくさんのことを、見逃してしまう。

 だから、知らなかった。こんなところにいたなんて。

 

「……『RYOー5』じゃん……」

 

 VTuber『天王山ハヤト』の知名度を、爆発的に向上させた、新進気鋭の人気イラストレーターが、こんなところにいた。

 

 SNSのフォロワー数が7桁にもなるクリエイター。プロフに『推しは天王山ハヤトです』とか言っちゃってて、見る専のアカウントで、頻繁にあがるエロい美少女の絵を、俺も何度「☆」を投下し、「いいね!」したか分からない。

 

 『RYOー5』は、ラノベやアニメのデザインだけでなく、ソシャゲのキャラクタ、ボーカロイドのサムネイル、三次元のアーティストのイラスト化、声優が歌うCDのジャケットまで手がけている。

 

 単なる「にわか」に過ぎない俺でも、その程度まで知ってるぐらいには有名だ。原田とか、小一時間は余裕で語れるんじゃないだろうか。

 

「裏名義ってやつなのかな…いや、でも…必要ないよな?」

 

 今も描かれているイラストは、エロいが、エロじゃない。実にいやらしい、けしからんバストを持つ美少女が、煽情的な表情で微笑んでいる。ソーシャルなら秒で保存していたぜ。

 

『……』

 

 静かに、配信者の手が止まった。ペンを握る左手とは逆の手が、画面端ギリギリに映る、白い瓶の方に伸びていき、なにかを取りだした。

 

「なんだろ…あぁ、ガムか…」

 

 知識のない俺は、とっさに、インク瓶だとか、修正液の入った容器を想像した。実際は、お菓子の容器だった。手前に座る配信者の口元へ運ばれると、またすぐに絵を描きはじめる。かと思ったら、

 

『ばん』

 

 書いていたイラストの、女キャラクタの鎖骨の辺りが拡大された。そこに青色の蛍光色を使い、さっと文字を書く。

 

『今日もヒマかよ』

 

harumi:暇でもいいです。この時間が楽しいんです。とても。

 

 右側のチャット欄に、コメントが追加された。実際の音声は伴わない。目に見える文字のやりとりで、会話を行っている。

 

(…そういうコミュニケーションを推奨してる…とか?)

 

 どことなく、自然に形成された気配を感じた。俺もせめて、挨拶ぐらいはしておこうと考えて、

 

「…今のアカウント、ハヤトか…」

 

 今日まで、自分以外の動画に足跡を残したことはない。そして予想が正しければ、この配信者は『ブザー』だ。さらには、俺の導線となった『RYO-5』でもある。

 

 一悶着、起きるかもしれない。

 

 しかし今のところは幸いというか、動画サイトのライブ放送の仕様として、訪問者のアカウント名は、メッセージを打ち込んで、チャット欄に表示させない限り、履歴が残らないようになっている。

 

 このまま何も告げずに立ち去るべきだろうか。あるいは単に、相手を意識しすぎているんだろうか。

 

「……」

 

 ただ、思った。この相手のことを、もう少し、知りたいと。

 

 なにが見えているのか。なにを、考えているのか。『風見』が、俺の動画を始めて見てくれた時に、聞かずにはいられなかったかもしれないことを、俺もまた思っていた。

 

 ――なにが見えているのか。なにを、考えているのか。

 

 『接点』を作ってしまえば、どんな形であれ、おたがいに影響をおよぼす。

 

 意見が行き違いになりやすいネットの世界だと、それを忌避してコメントを残さない。自分の存在を示さない。という人は一定の割合でいると思う。

 

 俺もどちらかといえば、そうだ。本当の父さんが、あんな事になってしまった件もあるし、ネットはできれば、リアルでも近しい人たちとだけ交流したい。

 

(…俺と同じだったんじゃないかな?)

 

 『風見』も。

 

 自意識過剰かもしれないけど、そう思った。指が無意識に動いて、モバイルPCのキーボードを打ち込んでいた。

 

 

天王山ハヤト:

 こんばんは。初見です。

 

 

 いつもの【バカ】は封印して、挨拶した。なにか反応があるかもしれないと期待して待っていたら、

 

 

harumi:ハヤト?

 

 

 配信者ではなく、視聴者の方が、先に反応した。

 

 

harumi:なんで

 

 

(ん、なんで、って?)

 

 

harumi:あなたが、ここに、いるんですか。

 

 

(んん?)

 

 

「「おいおい、マジか」」

 

 

 とつぜん、

 

 

「「嬉しいなぁ。本人降臨しちゃったよ」」

 

 

 どこかで聞いた声がした。数秒とかからず、誰の声か思いだせた。自分の口元が、また独り言をつぶやいてしまう。

 

「ブザー?」

「「はじめまして、だな。人気者《ヒーロー》」」

 

* * *

 

system:

【配信者より、ルームの設定が非公開に変更されました】

 

 

「「まさか、本当に来てくれるとはな」」

 

 届かないはずの声。

 

「「お前なら、ワンチャン辿ってくるかもって思ったぜ」」

 

 静謐な音色が崩れた。

 

「「ついでだ。いっこ、質問させてくれよ」」

 

 相手の姿は見えない。画面の向こうから、粗野で、傍若無人な男の声が満ちる。

 

「「オレはさ。ハヤト。おまえが、中坊ぐらいのガキなんじゃねぇかって予想してる。逆に、おまえは、オレのこと、どんな奴だって思ってる?」」

 

 その問いに対する答えを、俺は知っていた。あとで彼女に謝る必要がある。「役に立つ情報じゃないとか言ってごめん」。

 

 

天王山ハヤト:

 中学生。女子。 

 

 

 打ち込んだ。――ネット。初対面の相手とはいえ、こんな風に、おたがいの正体を探り合うような、やりとりをした事なんて、これまで一度もなかった。

 

「「嬉しいなァ」」

 

 中には、顔を晒すどころか、リアルの氏名や生年月日。住所といった情報までも開示することに、そんなに抵抗がないという人たちもいる。

 

「「自分に関して、理解を得られるのは、嬉しいなァ」」

 

 だけど俺は、その結果がもたらす一側面を知っている。

 

 扇動された『人の集合的無意識』のおそろしさ。本質よりも、うわべだけの『答え』に捕らわれた人たちの、盲目的な『正義』の執行対象となった時の、無慈悲さを、知っている。

 

 

「「天王山ハヤト。オレは、アンタの、大ファンだった」」

 

 

 時に、現実は、想像を超える。

 良い事ばかりでなく。そうでない出来事も。

 本当の意味で、想像の範疇を超えるのは『人』じゃない。

 

 『人が持つ感情』なんだ。

 

「「アウトローを気取ってる、自称オレサマ配信者は山ほどいるが。所詮は、どいつもこいつもニセモノだ。数字《カズ》という名の承認欲求を匂わせりゃ、すぐに飛びついていきやがる」」

 

 人の感情が、概念を超える。正義を塗り替え、悪を塗りつぶす。ほんの一時とはいえ、従来の常識を変化させる。

 

 人間という生物の本質は変わらぬままに。新しい技術だけを生みだして、未来へ推し進む。人間だけが変わらず取り残される。

 

 そうしていつか。

 人間は、人間よりも賢い生き物を、作りだしてしまう。

 

 可能性。

 

 

「「アンタだけだよ。ホンモノは」」

 

 

 モニターの向こう側。

 朗々と響く、独善的な、魂のない男の声がする。

 

 

「「他者の気持ちを靴底で踏みにじって

 快楽を得られる腐れ外道はな」」

 

 

 くつくつと。煮えたぎる、地獄の底から響くような声。

 

 映る手と腕だけが、包み紙をとって、ガムをはきだした。

 

「「リアルも、ネットも。現実に疲れた、人生はクソと息巻く連中ばっかりさ。

 そいつらの視線を集めて躱し、裏をかいては騙し、煽りかどわかす。仲間意識を持たせた先で待ち受けて刺し殺す。集合的な心理をまとめて轢き殺す。望むように操作する。小さな子供が、地面にはいつくばった蟻を甘い餌で誘導し、群がったところで、無邪気に靴の裏で踏みつぶすようにな。

 不利益な羽音だけを立てて飛び回る蚊を殺すのに、なにを躊躇する? 迷うだけ損だ。必要なのは、いつだって勢いと覚悟なんだよ。相手の姿を考慮において、それ以上にやかましい音を立て、一瞬で息の根を止めてやるのが必定だ。非難する連中は、なにもわかっちゃいない。負け犬ほど、よく吠えるのさ」」

 

 留めていた感情を、解き放つように。朗々と謡い上げた。

 

 

「「本当はよぉ。アンタが、オレのマッチング対象に

 選ばれるはずだったんだぜ?」」

 

 

 頭が痛い。耳ざわりだ。

 なにを言っているか、分からない。

 

 理解、したくない。

 

 

「「だが、アンタは変わった。変わっちまった。

 とってもとっても、良い子ちゃんになっちまった」」

 

 

 腹の底がムカムカする。頭に血がのぼる。

 無性に誰かを殴りたくなる。

 どうして、こんなにイラ立つのか。

 心がざわめき、叫んでいる。

 

 

「「オレは、本当に、ガッカリしたんだよ」」

 

 

 両手が映る。

 やれやれといった感じに、天を仰ぐ素振りをした。

 

「「なんてーのかね。ハヤトの中身さんよ。アンタはきっと、大勢の、親切で優しい人たちに囲まれてるんだろうなァ。何年もかけて、そのバケモノみたいな才覚を、無理矢理ネジ曲げて生かす方法を見出たんだ。あ~あ、羨ましいぜぇ~」」

 

 まったく。

 そんなことは微塵も思ってない口調だった。

 

「「生まれて始めて、興味を持った相手だったのになァ。きっと、アンタのリアルな人生が、何事もなく、まぁまぁそこそこ、順風満帆にいってたら、ガチにロックでクレバーな悪役《ヴィラン》が誕生してたに違いなかったのによ」」

 

 はぁ…と。今度は本当にガッカリしたような、素のため息をこぼされた。続けて、まるきり独り言のように、

 

 

「「だからオレは、アンタの、真似事を始めてみた」」

 

 

 もう一人の、ジブン。

 

 

 ――ガタガタ、ゴトン。

 

 

 カメラが急に揺れる。固定されていたんだろう、ライブカメラが動き、向きを完全に変えて、ひとりの少女を映しだした。

 

 

「見えてるかな? あぁ、そこにいなかったら、どうしよう」

 

 

 ベリーショートヘア。中性的な、整った目鼻立ち。前髪は額の上。横髪も耳に届くかどうかといった具合の長さ。

 

 俺が将来めざしたい職業柄、条件反射で、そういうところ『も』確認するが、

 

 

「汚らしくて、ごめんね。ハヤト」

 

 

 普通の人たちは、まっ先に、そこを注目するだろう。顔の右半分に広がった、火傷の痕を見て、顔を背けるかもしれない。

 

 多層に重ねられたレイヤー部分。

 一番上に浮きあがるのは、美しさか、醜さか。

 

 対峙する。

 

* * *

 

 化粧やメイクなんかでは、とても隠しきれない、生半可でない、消えない傷痕。右のこめかみから、耳の穴と頬を伝い、唇の端、さらにそこから、顎と首すじの方まで伸びている。

 

「わたしの声、しゃがれてて、聞こえにくいと思うけど、ごめんね。声帯は無事なんだけどさ。顎周りの骨だか神経が一部イッててね。どうしても、ちょっとかすれた、ぼそぼそした声になるんだ。大きな声もだせない」

 

 モニターの向こうに映る、配信者は苦笑した。乾くことのない、右半分の焼け痕が、ぐしゃりと歪んだように引き攣った。

 

 それから手にスマホを持って、おそらく誰も見た事のない、3DCGの【ブザー】の姿を見せてきた。

 

「きっと、ハヤトは気になってると思うから、教えるね。わたしがあなたを『中学生』だと確信してた理由。けっこうカワイイ顔してるよね」

 

 スマホの中に映るのは、確かに【3DCG】だった。

 

 アプリケーションのAI【セカンド】が

 なんらかの法則性を読み取ったもの。

 

 スマホの持ち主に理解を示し

 共感して、気に入ってくれるような姿。

 

 ニジゲン《平面世界》

 サンジゲン《俺たちの世界》

 

 そのセカイに属する、キャラクタ《偶像体》を

 自動生成した、もう一つの造形物。

 

 

 よぉ、初めまして。

 

 

「…っ!」

 

 片手をあげた。モニターの中の【キャラクタ】が嗤った。

 二つの画面を通り超えた先には、毎日かならず一度は目にする

 

 【マエカワユウイチ】

 

 の姿が、映っていた。

 

 

 なんだ? どうしたぁ?

 驚いた顔してんじゃねーよ。クソガキがよ。

 

 わかってるはずだろ?

 

 現実と、モニター越しの世界。

 今日、そこに、どれほどの差があると思ってる?

 

 ハハハハハハハハハハハハハハッ!!

 

 

 【オレ】が嗤う。

 

「ねぇ、ハヤトなら分かるでしょ? この世界に、神様なんてものはいない。それは、人間が生みだした幻想で、わたしは、そんなものを、これっぽっちも信じていないし、望みも憧れも抱いたことがないんだ」

 

 少女が言う。

 

「【絵】は、想像力に限界のある人間たちが生みだした、妄想を伝達するだけのツールに過ぎない。そんなものが、現代まで消えずに残り続けてる。独走性《オリジナリティ》を口にする時点で、生物としての、底も天井も知れてるよね」

 

 同じ歳の女の子が、妖艶に微笑んだ。

 

「耳障りだったら、この子に喋らせるよ。口は悪いけど、聞きとりやすいでしょ? …あぁそうそう。さすがにこんな一方的な会話に付き合えないと思ったら、退出してね。1分以内に反応がなかったら、絵を描く作業に戻るから」

 

 歪みを伴うような声を聴きながら、俺は深呼吸した。手が泳いで、机の隅で充電していたスマホを取る。混乱した脳みそが、助言を求めるように、お気に入りに登録したアプリケーションを立ち上げた。

 

 

【もうひとりの、キミの読み込みに成功しました】

 

 

 灰色のメッシュの混じる、相変わらず不適な表情を浮かべた少年が映る。

 

 

  君の信じる現実を進みたまえ。

 

 

 フキダシはそれで固定されていた。いつもは勝手にしゃべりまくるくせに、なんなんだよ。肝心なところで役にたたない。いや、そうじゃない。

 

「きちんと、選べってか」

 

 この現実を受け止めて、前へ進む。

 本当のジブンを見据えて、受け入れる。

 

「はぁ…」

 

 ため息がこぼれた。まっかな怒りが、一気に、自分の口から吐きだされた。

 

「おもしれぇ」

 

 背筋をピンと伸ばす。モニター越しの女の子と向き合い、キーを打ち込んだ。相手もメタリックカラーの椅子に掛け、顔を横に、自分のPCの方に向けている。

 

 

天王山ハヤト:

 君の声キライじゃないよ。どうせなら、ディスコ使う?

 あとさ、そっちの事、なんて呼べばいいかな。

 風見? ブザー? リョーゴ?

 

 

「あはっ! いいね。じゃあ、ブザーで、いいかな」

 

 『ブザー』が噴きだした。配信内容を確認できる別モニターで、コメントを確認したみたいだ。部屋の様子を映すライブカメラと交互に目配せをしながら、くすくす笑った。

 

harumi:

 風見さん、騙されないでください!! 男なんてどうせ、エロい事しか考えてないんです!! タダでえっちな事できたら超ラッキーぐらいの思考しかないんですっ!!!

 

「あれ、まだいたの? フッジー」

 

harumi:

 いますよっ!! 貴女が配信してる間は24時間、べったり張り付いてるんですからね!!!

 

「24時間はしてないよ。にしても、さすが。生配信でおっぱい見せた女子は言う事が違うなぁ」

 

天王山ハヤト:

 くわしく。

 

harumi:

 見せてませんっっ!! 脱いでもいませんっっ!!! なに食いついてるんですかっ!! やっぱり貴方も、所詮は煩悩の化身なんですねっ!! 最低最悪ですっ!! わたしの風見さんに寄らないでください害虫っっ!!

 

「はるりん、それ以上うるせーこと言ったら、追いだすよ。ってかタイピング早すぎでしょ」

 

harumi:

 あっ、やめてください。ごめんなさいっ! でもできたら、そろそろ私の呼び名を定着してくださると嬉しいですっ!!

 

「はいはい。飽きたらね」

 

 スマホを持つ方とは逆の手を、ひらひらさせる。さりげなく様になっていた。なんか格好良いなこの女子。

 

「まぁ、ディスコードの件は今回は遠慮しとこうかな。これは私の配信だから。今夜は、あなたがゲスト」

 

天王山ハヤト:

 わかった

 

「うん。じゃあ、せっかく推しが来てくれて、ファンの話に耳をかたむけるなんていう、全国のオタクが妄想するような展開になってるしね。せっかくだから、わたしの自分語り聞いてくれる?」

 

天王山ハヤト:

 いいよ。俺もブザーの中身に、興味があるから。

 

「嬉しいなぁ。――まぁ、わたしはこんな見た目だからさ。フツーに生きて、息を吸ってるだけで、注目を浴びるんだよね。そういうわけだから、って言いきれるかは分かんないけど。まぁヒトの機微だか、感情とか? 承認欲求とかを求める、有象無象の人間心理っていうのを、毎日息をするように考えてた」

 

 向こうも「はぁ…」と、ため息をこぼすように息継ぎする。

 

「昔の哲学者の教えなんてのも一通りは読んだよ。けどそれで、現代の勝負事の勝率が上がるとは思えない。大昔の人間は勝手だ。テーマだけ投げ捨てて、責任を回収せずに引っ込んだ。中途半端なんだよね。どいつもこいつも」

 

 俺は、口元が笑みの形になるのを、自然と感じていた。

 

 

天王山ハヤト:

 わかるよ。俺も毎日、息を吸うように考えてる。

 

 

 昔の人たちの考え方は、確かに指針にはなる。だけど、それだけだ。過剰な共感を抱くよりは、現代の流行だの、求められるセンスだのに迎合させる方法を考えた方が、ずっと効率が良い。

 

「息苦しいでしょ」

 

天王山ハヤト:

 時々な。

 

「自由、新しさ、個性なんてのは、結局は承認欲求に行きつくの。その世界、時代のルールに縛られた連中が求める逃避先。大勢の願望を満たす潜在的な欲求の母数が大きければ、大きいほど、それが流行となり、意識に刻まれるだけ」

 

 かすれてはいる。だけどそのせいで、不思議と印象に残る。強く、彼女の声が脳裏にやきつく。

 

「生きることは、同じことを繰り返すこと。それを認めたくない連中の興味を集わせること。視線を集め、注目させる。好奇も嫌悪もまとめて傾向化する。魅せたいものを視せてやる。見たくないものを、遠ざけてやる」

 

 くすっと、声がこぼれる。

 

「承認欲求を集わせた連中が、一番恐れてるものって、なんだかわかる?」

 

天王山ハヤト:

 獲得した数字を失うことだろ。

 

「大正解。だからこそ連中は、『成功者』を見抜くことに長けている。街灯の下で、蛾のように群れている間は、自分たちの光を失わずにすむからね。わたしは、その関係そのものを考慮に入れて、頭を働かせる。指を動かす」

 

 足を組み替える。ほんの少しだけ、小首を動かす。手の位置を入れ変える。ほんの些細な所作に吸い寄せられていく。それらもまた、計算しているというように。まぎれもない、天性の才能だった。

 

「理想を切り取り、貼り付ける。形のないものを、さもある様に見せつける。そろそろ、いいかげん、非効率的なんだよね。そんな風に思わないかな。ハヤトは」

 

天王山ハヤト:

 思うよ。ブザー、おまえの言う通りだよな。

 

 答えながらも、あの日、あかねに告げられた言葉が、脳裏の中でよぎった。

 

 ――あたし達の本質はとてもよく似ている。でも、そこから伸ばした枝葉は、大きく異なっている。

 

天王山ハヤト:

 でもさ、非効率だとしても、昔の人たちの考え方、やり方も、だいじにしたいって思うんだ。

 

 ぴくりと、画面の向こうに映る、彼女の眉が動く。

 伝わってくる。強烈な、感情の高ぶりを。

 

「つまんないなぁ。やっぱり君は、ただ物分かりが良いだけの、良い子ちゃんなんだねぇ。そんなんじゃあ、ただ流されるだけだよ?」

 

天王山ハヤト:

 流される中で、俺は、自分の意味を見つけたいんだよ。

 

 世界の価値観が、白にも黒にも変わり続ける中で、それでも頑張って生きている。そんな人たちに、ちょっとでも応えられたら、それで良い。

 

天王山ハヤト:

 俺は『これ』で行く。俺に足りない部分は、これから勉強して覚えていく。それでも足りなければ、他の人たちに頼る。みんなに助けてもらって、生きていく。

 

 モバイルPCのモニターから、ほんの少し目をそらす。スマホに映る【セカンド】も、いつのまにか勝手に用意した椅子に座っていた。

 

 

 << Save your First. Keep your Second >>

 

 君が願う姿の道標となろう。

 

 

 自分勝手に、満足げにうなずいていた。

 

「そっか。残念だな。わかってたけど」

 

 ブザーもまた、自分のスマホを手に取り、ながめていた。

 

「一昨年、始めて見つけた時に思ったのにな。貴方がいつか『たかがゲームにも勝てないのかヘタクソ共』って、何事にも本気になれない、思考停止した蟻たちを、上から踏みにじって嗤う様を、モニター越しの、こっち側から見たかった」

 

天王山ハヤト:

 俺のイメージ勝手に作らないでくれる? もう一人のオレは、見てのとおり、ただのバカだよ。

 

「うん。そうだね、君はただのバカだ。自分のパラメータを、そういう風に割り振ってしまった」

 

 また感情の色が変わっていた。

 

「独善的で、傍若無人。99人に嫌われても、たった一人、どこかの誰かの拠り所になってくれる。そんな最高に格好良い生き方よりも、99人にバカだなと愛されて、たった一人に嫌われるような、普通の生き方を選んだんだ」

 

天王山ハヤト:

 『RYO-5』だって、そうだろ?

 

 新進気鋭のイラストレーター。ちょっとエッチな、魅力的な美少女を描く存在は、だけど本人の人柄も相まって、ファンを増やしているように見えた。

 

「……………なに、いってるの?」

 

天王山ハヤト:

 君はこう思ってる。君が作った導線を辿って、俺のことを知って、今も動画を見てくれる人たちは、同時に君の事も好きなんだ。

 

「………………………」

 

 目まぐるしく、人の色が視える。

 

天王様ハヤト:

 俺はコメントはしなかったけど、見る専のアカウントで、RYO-5の活動は時々見てた。フリーで上げてるイラストは保存して、お気に入りフォルダに入れてる。

 

「…………ぅるさい」

 

天王山ハヤト:

 俺が、『傍若無人なブザー』になりきれなかったのは、君の影響もある。俺は君が導線になって、自分勝手な動画を見にきてくれたお客さんを、ガッカリさせたくねーなって気持ちがあった。

 

「黙れ。わたしは、その逆を望んでいた」

 

天王山ハヤト:

 うん。だからそれは俺の勘違いだよな。でも結果的に、俺は最初から変わらずに、やりたいようにやっている。君に迷惑をかけないうえで活動する。だから俺は、君にも、【ブザー】にも、本当に感謝してる。言うのが遅くなって、ごめんな。

 

 

「「!!!!!!! うるさい、だまれッ !!!!!!!!」」

 

 

 叫んだ。でも口元はほんの微かに震えるだけだ。

 

 

「「わたしは、絵を描くのが、好きじゃないんだ!!」」 

 

 

 目を見開く。元の絵を描いていたPC画面に向き直る。

 

 

「「ほんとうは、こんなもの書きたくない!! お金がもらえるからだ!!」」

 

 読唇術でも使うかのように、手に握りしめた、スマホの【セカンド】を通じ、自動変換された男の声が響き渡った。だけど、

 

「「ハヤトを描く時だけ、救われたんだ!! こいつなら、つまんない連中を、大声で否定してくれると思ってたのに!! 古臭い、数字に支配された価値観、まるごとぜんぶ、バカにしてくれるはずだって!!!」」

 

 今だけは、精一杯強がってるだけの、女の子の声に聞こえた。

 

「「アンタは【最強】なんかじゃない!!! 普通のガキだ!!! ゲームがちょっと上手いだけの、バカな中坊だ!!!! わたしが、オレが、大勢の前で証明してやる!!!」」

 

「「『たかがゲーム』で、二度とイキれないよう、ブッ殺してやるよ!!!」」

 

 俺は応えた。

 実音を伴わない指先と、届かない声で伝える。

 

「受けて立つ。おまえに勝って、俺たちが【世界最強】だと、証明してやる」

 

 

「「「勝負だ」」」

 

 

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