VTuber もう一人のジブン ~keep your【Second Personality】~ 作:no_where
「…あれ? なんか配信やってる」
『風見』の詳細が表示されたページの先。【該当ユーザーは現在動画を配信中です】という案内が見えた。
『絵を描く』
登録者:kazami
現在の視聴者数:1
チャンネル登録数:8
1時間と5分が経過。
小規模な配信。ちっぽけな世界。
人気イラストレーター『RYO-5』のファンアートが導線となって、爆発的に再生数を伸ばす以前。自分の動画に表示される数字は、本当に、これと変わらないほどだった。
クリック。少しの間、画面が暗転したあと、再表示された。色彩をデータ変換された映像の取得。どこかに在る現実。時間の流れがつながった。
『……』
作業をしているのだろう、配信者側のPCモニターを中心とした光景が映った。こちらの画面の右端には、動画サイト側が設定したチャット欄がある。
harumi:
こんばんは。今日もおじゃまさせてもらいます。
メッセージはそれだけだった。有名な実況者や、VTuberの配信だと、リアルタイムで、コメントが勢いよく駆けあがる様子が見られたりする。だけどこの規模だと、そんなことは起きない。
『……』
静かだった。実在の音だけでなく、視覚に留まる情報そのものも『無音』に近い。
現代ではむしろ珍しい、一切の装飾を施していない、静謐な空間だ。電子のペン先が、タブレットボードの上をよどみなく流れる。
「……」
こっちも言葉を失った。一流のスケート選手が、氷のリンクの上で、迷いなく踊る様を見つめるような気持ちになる。
「……」
知識がなくても。超一級の技能を目の当たりにした時は、自然と息が詰まる。全身が緊張し、意識を持っていかれそうになる。
「……」
色白の手が翻る。静寂の最中、平面な白い空間の上。幾何学の線で結ばれた像の先に、新しい命《キャラクター》が浮かび上がろうとしていた。
「この人のイラスト、上手いよな?」
すっかり魅入ってしまった先で、独り言がもれた。最近、頻繁にディスコードを使っていたせいか、この声がモニター越しの相手に届くんじゃないかと錯覚した。
『……』
もちろん、そんなことはない。音声のチャンネルは一方通行だ。こちら側の声は向こうには届かない。配信者の『風見』は、黙々と手を動かし続けていた。
「…絵、うっま…」
再生数とチャンネル登録数の規模から、正直、たいした内容じゃないかもっていう偏見があった。そんな予想は、これ以上なく、いい意味で裏切られた。
「この人、プロなのかな」
前に一度、プロのイラストレーターや、マンガ家の作業動画を見たことがあった。たぶん、ジャンルとしては『イラストメイキング』とか呼ばれるものだ。
けどそれは、十倍以上に速めた動画を、10分ていどに圧縮して編集した内容だった。だから等身大の速度での配信を見るのは、これが初めてだ。
「手の動きが、なにをすればいいのか。もう最初から分かりきってるって感じだ」
目前の配信者の技術は、きっと、至るところで目にする『完成された商業イラスト』の作品をうみだすクリエイターと、そん色のない技術《レベル》を持っているんだろう。
道具《ハサミ》の使い方に慣れているのは当然のこと。なにをどうすればいいのか。どういう角度で切り込めば、どんな結果が返ってくるのか。ぜんぶ、わかっている。
その上で『自分の仕事』を完遂させる。最優先で、世の中が求めているものを提供する。こっちの要求は押し隠し、相手の意向を優先し、譲渡する。
(きっと、本人にはもっと、すごい世界が見えてるんだろうな)
散髪屋の職業を冠する、うちの父さんが働く姿が、ふと思い浮かんだ。本当はもっとすごいのに。その技術の高さを生かしていろんな事ができるのに。承知の上で普通に髪を切る。
勝手だとわかっているけれど、時々くやしくなったりもした。みんな、もっと、よく見てよ、時間を使うことを惜しまず、考えてくれよって。思ったりもした。
「このヒト、どう見てもプロじゃん…プロのイラストレーターじゃん、なんで誰も見にきてねーの?」
答えは単純明快。導線が無いからだ。
目に映る『数字』が、ちっぽけだからだ。
――人間の想像力には、限界がある。毎日、生きることに精一杯だから。余裕がない。
だから、たくさんのことを、見逃してしまう。
だから、知らなかった。こんなところにいたなんて。
「……『RYOー5』じゃん……」
VTuber『天王山ハヤト』の知名度を、爆発的に向上させた、新進気鋭の人気イラストレーターが、こんなところにいた。
SNSのフォロワー数が7桁にもなるクリエイター。プロフに『推しは天王山ハヤトです』とか言っちゃってて、見る専のアカウントで、頻繁にあがるエロい美少女の絵を、俺も何度「☆」を投下し、「いいね!」したか分からない。
『RYOー5』は、ラノベやアニメのデザインだけでなく、ソシャゲのキャラクタ、ボーカロイドのサムネイル、三次元のアーティストのイラスト化、声優が歌うCDのジャケットまで手がけている。
単なる「にわか」に過ぎない俺でも、その程度まで知ってるぐらいには有名だ。原田とか、小一時間は余裕で語れるんじゃないだろうか。
「裏名義ってやつなのかな…いや、でも…必要ないよな?」
今も描かれているイラストは、エロいが、エロじゃない。実にいやらしい、けしからんバストを持つ美少女が、煽情的な表情で微笑んでいる。ソーシャルなら秒で保存していたぜ。
『……』
静かに、配信者の手が止まった。ペンを握る左手とは逆の手が、画面端ギリギリに映る、白い瓶の方に伸びていき、なにかを取りだした。
「なんだろ…あぁ、ガムか…」
知識のない俺は、とっさに、インク瓶だとか、修正液の入った容器を想像した。実際は、お菓子の容器だった。手前に座る配信者の口元へ運ばれると、またすぐに絵を描きはじめる。かと思ったら、
『ばん』
書いていたイラストの、女キャラクタの鎖骨の辺りが拡大された。そこに青色の蛍光色を使い、さっと文字を書く。
『今日もヒマかよ』
harumi:暇でもいいです。この時間が楽しいんです。とても。
右側のチャット欄に、コメントが追加された。実際の音声は伴わない。目に見える文字のやりとりで、会話を行っている。
(…そういうコミュニケーションを推奨してる…とか?)
どことなく、自然に形成された気配を感じた。俺もせめて、挨拶ぐらいはしておこうと考えて、
「…今のアカウント、ハヤトか…」
今日まで、自分以外の動画に足跡を残したことはない。そして予想が正しければ、この配信者は『ブザー』だ。さらには、俺の導線となった『RYO-5』でもある。
一悶着、起きるかもしれない。
しかし今のところは幸いというか、動画サイトのライブ放送の仕様として、訪問者のアカウント名は、メッセージを打ち込んで、チャット欄に表示させない限り、履歴が残らないようになっている。
このまま何も告げずに立ち去るべきだろうか。あるいは単に、相手を意識しすぎているんだろうか。
「……」
ただ、思った。この相手のことを、もう少し、知りたいと。
なにが見えているのか。なにを、考えているのか。『風見』が、俺の動画を始めて見てくれた時に、聞かずにはいられなかったかもしれないことを、俺もまた思っていた。
――なにが見えているのか。なにを、考えているのか。
『接点』を作ってしまえば、どんな形であれ、おたがいに影響をおよぼす。
意見が行き違いになりやすいネットの世界だと、それを忌避してコメントを残さない。自分の存在を示さない。という人は一定の割合でいると思う。
俺もどちらかといえば、そうだ。本当の父さんが、あんな事になってしまった件もあるし、ネットはできれば、リアルでも近しい人たちとだけ交流したい。
(…俺と同じだったんじゃないかな?)
『風見』も。
自意識過剰かもしれないけど、そう思った。指が無意識に動いて、モバイルPCのキーボードを打ち込んでいた。
天王山ハヤト:
こんばんは。初見です。
いつもの【バカ】は封印して、挨拶した。なにか反応があるかもしれないと期待して待っていたら、
harumi:ハヤト?
配信者ではなく、視聴者の方が、先に反応した。
harumi:なんで
(ん、なんで、って?)
harumi:あなたが、ここに、いるんですか。
(んん?)
「「おいおい、マジか」」
とつぜん、
「「嬉しいなぁ。本人降臨しちゃったよ」」
どこかで聞いた声がした。数秒とかからず、誰の声か思いだせた。自分の口元が、また独り言をつぶやいてしまう。
「ブザー?」
「「はじめまして、だな。人気者《ヒーロー》」」
* * *
system:
【配信者より、ルームの設定が非公開に変更されました】
「「まさか、本当に来てくれるとはな」」
届かないはずの声。
「「お前なら、ワンチャン辿ってくるかもって思ったぜ」」
静謐な音色が崩れた。
「「ついでだ。いっこ、質問させてくれよ」」
相手の姿は見えない。画面の向こうから、粗野で、傍若無人な男の声が満ちる。
「「オレはさ。ハヤト。おまえが、中坊ぐらいのガキなんじゃねぇかって予想してる。逆に、おまえは、オレのこと、どんな奴だって思ってる?」」
その問いに対する答えを、俺は知っていた。あとで彼女に謝る必要がある。「役に立つ情報じゃないとか言ってごめん」。
天王山ハヤト:
中学生。女子。
打ち込んだ。――ネット。初対面の相手とはいえ、こんな風に、おたがいの正体を探り合うような、やりとりをした事なんて、これまで一度もなかった。
「「嬉しいなァ」」
中には、顔を晒すどころか、リアルの氏名や生年月日。住所といった情報までも開示することに、そんなに抵抗がないという人たちもいる。
「「自分に関して、理解を得られるのは、嬉しいなァ」」
だけど俺は、その結果がもたらす一側面を知っている。
扇動された『人の集合的無意識』のおそろしさ。本質よりも、うわべだけの『答え』に捕らわれた人たちの、盲目的な『正義』の執行対象となった時の、無慈悲さを、知っている。
「「天王山ハヤト。オレは、アンタの、大ファンだった」」
時に、現実は、想像を超える。
良い事ばかりでなく。そうでない出来事も。
本当の意味で、想像の範疇を超えるのは『人』じゃない。
『人が持つ感情』なんだ。
「「アウトローを気取ってる、自称オレサマ配信者は山ほどいるが。所詮は、どいつもこいつもニセモノだ。数字《カズ》という名の承認欲求を匂わせりゃ、すぐに飛びついていきやがる」」
人の感情が、概念を超える。正義を塗り替え、悪を塗りつぶす。ほんの一時とはいえ、従来の常識を変化させる。
人間という生物の本質は変わらぬままに。新しい技術だけを生みだして、未来へ推し進む。人間だけが変わらず取り残される。
そうしていつか。
人間は、人間よりも賢い生き物を、作りだしてしまう。
可能性。
「「アンタだけだよ。ホンモノは」」
モニターの向こう側。
朗々と響く、独善的な、魂のない男の声がする。
「「他者の気持ちを靴底で踏みにじって
快楽を得られる腐れ外道はな」」
くつくつと。煮えたぎる、地獄の底から響くような声。
映る手と腕だけが、包み紙をとって、ガムをはきだした。
「「リアルも、ネットも。現実に疲れた、人生はクソと息巻く連中ばっかりさ。
そいつらの視線を集めて躱し、裏をかいては騙し、煽りかどわかす。仲間意識を持たせた先で待ち受けて刺し殺す。集合的な心理をまとめて轢き殺す。望むように操作する。小さな子供が、地面にはいつくばった蟻を甘い餌で誘導し、群がったところで、無邪気に靴の裏で踏みつぶすようにな。
不利益な羽音だけを立てて飛び回る蚊を殺すのに、なにを躊躇する? 迷うだけ損だ。必要なのは、いつだって勢いと覚悟なんだよ。相手の姿を考慮において、それ以上にやかましい音を立て、一瞬で息の根を止めてやるのが必定だ。非難する連中は、なにもわかっちゃいない。負け犬ほど、よく吠えるのさ」」
留めていた感情を、解き放つように。朗々と謡い上げた。
「「本当はよぉ。アンタが、オレのマッチング対象に
選ばれるはずだったんだぜ?」」
頭が痛い。耳ざわりだ。
なにを言っているか、分からない。
理解、したくない。
「「だが、アンタは変わった。変わっちまった。
とってもとっても、良い子ちゃんになっちまった」」
腹の底がムカムカする。頭に血がのぼる。
無性に誰かを殴りたくなる。
どうして、こんなにイラ立つのか。
心がざわめき、叫んでいる。
「「オレは、本当に、ガッカリしたんだよ」」
両手が映る。
やれやれといった感じに、天を仰ぐ素振りをした。
「「なんてーのかね。ハヤトの中身さんよ。アンタはきっと、大勢の、親切で優しい人たちに囲まれてるんだろうなァ。何年もかけて、そのバケモノみたいな才覚を、無理矢理ネジ曲げて生かす方法を見出たんだ。あ~あ、羨ましいぜぇ~」」
まったく。
そんなことは微塵も思ってない口調だった。
「「生まれて始めて、興味を持った相手だったのになァ。きっと、アンタのリアルな人生が、何事もなく、まぁまぁそこそこ、順風満帆にいってたら、ガチにロックでクレバーな悪役《ヴィラン》が誕生してたに違いなかったのによ」」
はぁ…と。今度は本当にガッカリしたような、素のため息をこぼされた。続けて、まるきり独り言のように、
「「だからオレは、アンタの、真似事を始めてみた」」
もう一人の、ジブン。
――ガタガタ、ゴトン。
カメラが急に揺れる。固定されていたんだろう、ライブカメラが動き、向きを完全に変えて、ひとりの少女を映しだした。
「見えてるかな? あぁ、そこにいなかったら、どうしよう」
ベリーショートヘア。中性的な、整った目鼻立ち。前髪は額の上。横髪も耳に届くかどうかといった具合の長さ。
俺が将来めざしたい職業柄、条件反射で、そういうところ『も』確認するが、
「汚らしくて、ごめんね。ハヤト」
普通の人たちは、まっ先に、そこを注目するだろう。顔の右半分に広がった、火傷の痕を見て、顔を背けるかもしれない。
多層に重ねられたレイヤー部分。
一番上に浮きあがるのは、美しさか、醜さか。
対峙する。
* * *
化粧やメイクなんかでは、とても隠しきれない、生半可でない、消えない傷痕。右のこめかみから、耳の穴と頬を伝い、唇の端、さらにそこから、顎と首すじの方まで伸びている。
「わたしの声、しゃがれてて、聞こえにくいと思うけど、ごめんね。声帯は無事なんだけどさ。顎周りの骨だか神経が一部イッててね。どうしても、ちょっとかすれた、ぼそぼそした声になるんだ。大きな声もだせない」
モニターの向こうに映る、配信者は苦笑した。乾くことのない、右半分の焼け痕が、ぐしゃりと歪んだように引き攣った。
それから手にスマホを持って、おそらく誰も見た事のない、3DCGの【ブザー】の姿を見せてきた。
「きっと、ハヤトは気になってると思うから、教えるね。わたしがあなたを『中学生』だと確信してた理由。けっこうカワイイ顔してるよね」
スマホの中に映るのは、確かに【3DCG】だった。
アプリケーションのAI【セカンド】が
なんらかの法則性を読み取ったもの。
スマホの持ち主に理解を示し
共感して、気に入ってくれるような姿。
ニジゲン《平面世界》
サンジゲン《俺たちの世界》
そのセカイに属する、キャラクタ《偶像体》を
自動生成した、もう一つの造形物。
よぉ、初めまして。
「…っ!」
片手をあげた。モニターの中の【キャラクタ】が嗤った。
二つの画面を通り超えた先には、毎日かならず一度は目にする
【マエカワユウイチ】
の姿が、映っていた。
なんだ? どうしたぁ?
驚いた顔してんじゃねーよ。クソガキがよ。
わかってるはずだろ?
現実と、モニター越しの世界。
今日、そこに、どれほどの差があると思ってる?
ハハハハハハハハハハハハハハッ!!
【オレ】が嗤う。
「ねぇ、ハヤトなら分かるでしょ? この世界に、神様なんてものはいない。それは、人間が生みだした幻想で、わたしは、そんなものを、これっぽっちも信じていないし、望みも憧れも抱いたことがないんだ」
少女が言う。
「【絵】は、想像力に限界のある人間たちが生みだした、妄想を伝達するだけのツールに過ぎない。そんなものが、現代まで消えずに残り続けてる。独走性《オリジナリティ》を口にする時点で、生物としての、底も天井も知れてるよね」
同じ歳の女の子が、妖艶に微笑んだ。
「耳障りだったら、この子に喋らせるよ。口は悪いけど、聞きとりやすいでしょ? …あぁそうそう。さすがにこんな一方的な会話に付き合えないと思ったら、退出してね。1分以内に反応がなかったら、絵を描く作業に戻るから」
歪みを伴うような声を聴きながら、俺は深呼吸した。手が泳いで、机の隅で充電していたスマホを取る。混乱した脳みそが、助言を求めるように、お気に入りに登録したアプリケーションを立ち上げた。
【もうひとりの、キミの読み込みに成功しました】
灰色のメッシュの混じる、相変わらず不適な表情を浮かべた少年が映る。
君の信じる現実を進みたまえ。
フキダシはそれで固定されていた。いつもは勝手にしゃべりまくるくせに、なんなんだよ。肝心なところで役にたたない。いや、そうじゃない。
「きちんと、選べってか」
この現実を受け止めて、前へ進む。
本当のジブンを見据えて、受け入れる。
「はぁ…」
ため息がこぼれた。まっかな怒りが、一気に、自分の口から吐きだされた。
「おもしれぇ」
背筋をピンと伸ばす。モニター越しの女の子と向き合い、キーを打ち込んだ。相手もメタリックカラーの椅子に掛け、顔を横に、自分のPCの方に向けている。
天王山ハヤト:
君の声キライじゃないよ。どうせなら、ディスコ使う?
あとさ、そっちの事、なんて呼べばいいかな。
風見? ブザー? リョーゴ?
「あはっ! いいね。じゃあ、ブザーで、いいかな」
『ブザー』が噴きだした。配信内容を確認できる別モニターで、コメントを確認したみたいだ。部屋の様子を映すライブカメラと交互に目配せをしながら、くすくす笑った。
harumi:
風見さん、騙されないでください!! 男なんてどうせ、エロい事しか考えてないんです!! タダでえっちな事できたら超ラッキーぐらいの思考しかないんですっ!!!
「あれ、まだいたの? フッジー」
harumi:
いますよっ!! 貴女が配信してる間は24時間、べったり張り付いてるんですからね!!!
「24時間はしてないよ。にしても、さすが。生配信でおっぱい見せた女子は言う事が違うなぁ」
天王山ハヤト:
くわしく。
harumi:
見せてませんっっ!! 脱いでもいませんっっ!!! なに食いついてるんですかっ!! やっぱり貴方も、所詮は煩悩の化身なんですねっ!! 最低最悪ですっ!! わたしの風見さんに寄らないでください害虫っっ!!
「はるりん、それ以上うるせーこと言ったら、追いだすよ。ってかタイピング早すぎでしょ」
harumi:
あっ、やめてください。ごめんなさいっ! でもできたら、そろそろ私の呼び名を定着してくださると嬉しいですっ!!
「はいはい。飽きたらね」
スマホを持つ方とは逆の手を、ひらひらさせる。さりげなく様になっていた。なんか格好良いなこの女子。
「まぁ、ディスコードの件は今回は遠慮しとこうかな。これは私の配信だから。今夜は、あなたがゲスト」
天王山ハヤト:
わかった
「うん。じゃあ、せっかく推しが来てくれて、ファンの話に耳をかたむけるなんていう、全国のオタクが妄想するような展開になってるしね。せっかくだから、わたしの自分語り聞いてくれる?」
天王山ハヤト:
いいよ。俺もブザーの中身に、興味があるから。
「嬉しいなぁ。――まぁ、わたしはこんな見た目だからさ。フツーに生きて、息を吸ってるだけで、注目を浴びるんだよね。そういうわけだから、って言いきれるかは分かんないけど。まぁヒトの機微だか、感情とか? 承認欲求とかを求める、有象無象の人間心理っていうのを、毎日息をするように考えてた」
向こうも「はぁ…」と、ため息をこぼすように息継ぎする。
「昔の哲学者の教えなんてのも一通りは読んだよ。けどそれで、現代の勝負事の勝率が上がるとは思えない。大昔の人間は勝手だ。テーマだけ投げ捨てて、責任を回収せずに引っ込んだ。中途半端なんだよね。どいつもこいつも」
俺は、口元が笑みの形になるのを、自然と感じていた。
天王山ハヤト:
わかるよ。俺も毎日、息を吸うように考えてる。
昔の人たちの考え方は、確かに指針にはなる。だけど、それだけだ。過剰な共感を抱くよりは、現代の流行だの、求められるセンスだのに迎合させる方法を考えた方が、ずっと効率が良い。
「息苦しいでしょ」
天王山ハヤト:
時々な。
「自由、新しさ、個性なんてのは、結局は承認欲求に行きつくの。その世界、時代のルールに縛られた連中が求める逃避先。大勢の願望を満たす潜在的な欲求の母数が大きければ、大きいほど、それが流行となり、意識に刻まれるだけ」
かすれてはいる。だけどそのせいで、不思議と印象に残る。強く、彼女の声が脳裏にやきつく。
「生きることは、同じことを繰り返すこと。それを認めたくない連中の興味を集わせること。視線を集め、注目させる。好奇も嫌悪もまとめて傾向化する。魅せたいものを視せてやる。見たくないものを、遠ざけてやる」
くすっと、声がこぼれる。
「承認欲求を集わせた連中が、一番恐れてるものって、なんだかわかる?」
天王山ハヤト:
獲得した数字を失うことだろ。
「大正解。だからこそ連中は、『成功者』を見抜くことに長けている。街灯の下で、蛾のように群れている間は、自分たちの光を失わずにすむからね。わたしは、その関係そのものを考慮に入れて、頭を働かせる。指を動かす」
足を組み替える。ほんの少しだけ、小首を動かす。手の位置を入れ変える。ほんの些細な所作に吸い寄せられていく。それらもまた、計算しているというように。まぎれもない、天性の才能だった。
「理想を切り取り、貼り付ける。形のないものを、さもある様に見せつける。そろそろ、いいかげん、非効率的なんだよね。そんな風に思わないかな。ハヤトは」
天王山ハヤト:
思うよ。ブザー、おまえの言う通りだよな。
答えながらも、あの日、あかねに告げられた言葉が、脳裏の中でよぎった。
――あたし達の本質はとてもよく似ている。でも、そこから伸ばした枝葉は、大きく異なっている。
天王山ハヤト:
でもさ、非効率だとしても、昔の人たちの考え方、やり方も、だいじにしたいって思うんだ。
ぴくりと、画面の向こうに映る、彼女の眉が動く。
伝わってくる。強烈な、感情の高ぶりを。
「つまんないなぁ。やっぱり君は、ただ物分かりが良いだけの、良い子ちゃんなんだねぇ。そんなんじゃあ、ただ流されるだけだよ?」
天王山ハヤト:
流される中で、俺は、自分の意味を見つけたいんだよ。
世界の価値観が、白にも黒にも変わり続ける中で、それでも頑張って生きている。そんな人たちに、ちょっとでも応えられたら、それで良い。
天王山ハヤト:
俺は『これ』で行く。俺に足りない部分は、これから勉強して覚えていく。それでも足りなければ、他の人たちに頼る。みんなに助けてもらって、生きていく。
モバイルPCのモニターから、ほんの少し目をそらす。スマホに映る【セカンド】も、いつのまにか勝手に用意した椅子に座っていた。
<< Save your First. Keep your Second >>
君が願う姿の道標となろう。
自分勝手に、満足げにうなずいていた。
「そっか。残念だな。わかってたけど」
ブザーもまた、自分のスマホを手に取り、ながめていた。
「一昨年、始めて見つけた時に思ったのにな。貴方がいつか『たかがゲームにも勝てないのかヘタクソ共』って、何事にも本気になれない、思考停止した蟻たちを、上から踏みにじって嗤う様を、モニター越しの、こっち側から見たかった」
天王山ハヤト:
俺のイメージ勝手に作らないでくれる? もう一人のオレは、見てのとおり、ただのバカだよ。
「うん。そうだね、君はただのバカだ。自分のパラメータを、そういう風に割り振ってしまった」
また感情の色が変わっていた。
「独善的で、傍若無人。99人に嫌われても、たった一人、どこかの誰かの拠り所になってくれる。そんな最高に格好良い生き方よりも、99人にバカだなと愛されて、たった一人に嫌われるような、普通の生き方を選んだんだ」
天王山ハヤト:
『RYO-5』だって、そうだろ?
新進気鋭のイラストレーター。ちょっとエッチな、魅力的な美少女を描く存在は、だけど本人の人柄も相まって、ファンを増やしているように見えた。
「……………なに、いってるの?」
天王山ハヤト:
君はこう思ってる。君が作った導線を辿って、俺のことを知って、今も動画を見てくれる人たちは、同時に君の事も好きなんだ。
「………………………」
目まぐるしく、人の色が視える。
天王様ハヤト:
俺はコメントはしなかったけど、見る専のアカウントで、RYO-5の活動は時々見てた。フリーで上げてるイラストは保存して、お気に入りフォルダに入れてる。
「…………ぅるさい」
天王山ハヤト:
俺が、『傍若無人なブザー』になりきれなかったのは、君の影響もある。俺は君が導線になって、自分勝手な動画を見にきてくれたお客さんを、ガッカリさせたくねーなって気持ちがあった。
「黙れ。わたしは、その逆を望んでいた」
天王山ハヤト:
うん。だからそれは俺の勘違いだよな。でも結果的に、俺は最初から変わらずに、やりたいようにやっている。君に迷惑をかけないうえで活動する。だから俺は、君にも、【ブザー】にも、本当に感謝してる。言うのが遅くなって、ごめんな。
「「!!!!!!! うるさい、だまれッ !!!!!!!!」」
叫んだ。でも口元はほんの微かに震えるだけだ。
「「わたしは、絵を描くのが、好きじゃないんだ!!」」
目を見開く。元の絵を描いていたPC画面に向き直る。
「「ほんとうは、こんなもの書きたくない!! お金がもらえるからだ!!」」
読唇術でも使うかのように、手に握りしめた、スマホの【セカンド】を通じ、自動変換された男の声が響き渡った。だけど、
「「ハヤトを描く時だけ、救われたんだ!! こいつなら、つまんない連中を、大声で否定してくれると思ってたのに!! 古臭い、数字に支配された価値観、まるごとぜんぶ、バカにしてくれるはずだって!!!」」
今だけは、精一杯強がってるだけの、女の子の声に聞こえた。
「「アンタは【最強】なんかじゃない!!! 普通のガキだ!!! ゲームがちょっと上手いだけの、バカな中坊だ!!!! わたしが、オレが、大勢の前で証明してやる!!!」」
「「『たかがゲーム』で、二度とイキれないよう、ブッ殺してやるよ!!!」」
俺は応えた。
実音を伴わない指先と、届かない声で伝える。
「受けて立つ。おまえに勝って、俺たちが【世界最強】だと、証明してやる」
「「「勝負だ」」」