VTuber もう一人のジブン ~keep your【Second Personality】~   作:no_where

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 本日も快晴なり。

 よく晴れた週末の日は、息子の常連さんがやってくる。

 

「前川さん、裕坊は今日もおらんのですか?」

「えぇ、申し訳ありません。実は今日も、朝早くから遠出してましてね」

「おやおや、残念ですねぇ。実はまた機会があれば、また麻雀でも打ちませんかと、お誘いしようかと思ってたんですが」

「わはは。宮さんよ。あまり若者らを、ジジイ共の道楽に付き合わせてはいかんでしょう」

「これは失敬。たしかに最近、少々甘えが過ぎとったようですわ。…しかし、もしやあの女の子が、やはり裕ちゃんの良い女性《ひと》で、二人で出かけているとか?」

「はは。どうでしょう。ただ最近はうちの子も、いろいろ忙しくなってきたみたいでして」

「おやおや。裕ちゃん、なんぞ新しく始めよったんですか?」

「みたいですよ。この前、親代わりのわたし達には打ち明けてもらえましたが、ご近所さんにも、いつか自分からお話したいから、それまでは内緒にしてくれと、釘を刺されています」

「ほぉ? なんぞ意味深じゃが、それじゃ楽しみに待っておきますかいの」

「そうですねぇ。きっとワタシら年寄り連中には、想像もつかない事に、夢中になっておるんでしょうな」

「わはは。違いない。栄光過ぎ去りし老兵は、子供たちの未来を祈るばかりですな」

 

 *

 

 土日も毎日、学校に行く。

 

 昼までの部活動を終わらせて、体育館の水飲み場にいくと、ハラヤンがいた。途中まで一緒に帰ろうぜって話になって、道具を片してチャリ場に向かうと、先に着いてスマホを見てた。

 

「へいおまちぃ。ハラヤン、なに見てんだよ?」

「推しのVTuberのツイート確認してたんだ」

「好きだねぇ。なんかおもろいのやってんの?」

「個人的に推してる美少女VTuberの二人が、最近LoAを始めてさ。今日はフェスの最終日だから、2時間後に生放送で試合するって告知があった」

「ほーん。どんぐらいの腕前なん?」

「ワンチャン【KING】取れるかもってところまで来てる。固定の3バの方で」

「マジかよ。すげーな。3人グループで連携取ってんの?」

「そうらしい。一人は違うんだけどね」

「違うってなにが?」

「残る一人、元は個人のVTuberだったんだ。けど今回のフェスで、助っ人的な形で参加してるんだよ」

「へぇ。そいつも女?」

「たぶん違う。VTuberの性別は男だし、中身もそうだと思う。ところでさ、前川の店って、今日空いてるよね?」

「日曜だから空いてると思うぞ。定休日、月曜だから」

「そっか。実は髪切りに行こうかって思ってたんだ」

「祐一の家に? けどハラヤン。安いチェーン店いってるとか言ってなかったっけ」

「そうだけど。実はこの前、家でさ。前川と滝岡とバンドやるかもしれないって話したら、親父が散髪代だしてくれた。多少値段高くても、髪ぐらい仲の良い友達のとこで切ってもらえよって」

「よかったじゃん。んじゃ俺もついでに、髪切りいくかなぁ」

「…いやいや、滝岡坊主じゃん?」

「こまけーこた、気にすんな」

「そこは気にするだろ」

 

 自転車のかごの中に、野球道具を突っ込んで、分かれ道までダベりながら歩いた。

 

「けどよ、最近、祐一変わったわ」

「そうなの?」

「おう、中学に入ってから、けっこーしんどそうな顔してんの増えてたからな。アイツ頭はいいけど、いろいろ考えはじめると、止まんなくなったりするんだよ。わかるか?」

「あぁうん。そういうとこ、ありそうだね」

「正直よ。夏休み入る前とか、けっこー心配してたんだわ。でも最近はなんか、やっぱ大丈夫かなって思うようになった」

「それは悩みが解決したってこと?」

「たぶんな。なんかいい事あったのかもしんねーな」

「ギター始めたのも、関係あるのかな」

「だろーな。祐一ってさ、悩むとなげぇけど。一度ふっきれると、なんつーかそのあと、マジめっちゃ強くなるんだわ。俺と野球やってた時もそうだったし、きっと、ギターも半端なく上手くなるぜ」

「そっか…僕もドラムの勉強、せっかくだから、きちんとやりなおしてみようかな。負けたくないしさ」

「俺もなー。ピアノ習わされてた時は、マジなにがいいのか全然わかんねーって感じだったんだけど。今は結構楽しいし、カッケーじゃんってなってるぜ」

「わかるよ。文化祭、楽しみだよね」

「だよな。格好良くキメたろーぜ。んじゃな、ハラヤン」

「うん。またね。…で、一応聞いとくけど、髪は?」

「ハラヤン、俺は坊主やぞ」

「知ってるよ。腹立つな」

 

 *

 

 週末。生まれて初めて、他人の家に泊まりにでかけた。

 

「風見さん! いらっしゃい!」

「…おじゃまします」

 

 ボロアパートとは違う、高級マンションの一室。前もって、ネットの衛生写真で住所は確かめてたけど、フツーに金持ちだった。

 

 オートロックの玄関先を抜けてエレベーターを上がった先。松葉杖を突いた、リアルの彼女と、その母親に出迎えてもらった。

 

「はじめまして、風見さん」

 

 うちの母親よりも歳を重ねている。だけどそれ以上に、綺麗な女性だった。

 

「わざわざ遠くからようこそ。さぁ、どうぞあがって」

「はい、おじゃまします」

「風見さん、こっち~」

 

 あらかじめ、わたしの火傷のことは話していたんだろう、それでも顔を背けたりせず、笑顔で出迎えてもらえるケースは稀だった。

 

「ごめんなさいね、風見さん」

「え、なにがですか?」

「実はね、晴海が今日『お友達と泊まりで遊ぶ』って言ってたから、てっきり、いつもみたいにネットで知り合った攻略組のギルドメンバーと、新規に追加された大型レイドモンスターでも討伐しにいくのかと思ってたのよ」

「ちょっとっ! それママの話でしょっ!?」

「本当にごめんなさいね。うちの子、リアルの友達を家に連れてきたことがなくって。わたし勘違いしちゃってたの。約束の時間が近づいてきても、リビングの方でそわそわ、時計みてるから。本当についさっき知ったのよ。しかもね、学校近くの子かと思ったら他県の子なんて。知ってたらわたし、マッハで駅までテレポして、大歓迎の垂れ幕かかげて迎えにいったのに」

「…それは、ちょっと…」

「やめてよ! お母さん空気よんで! ほんとありえない!! 風見さん引いてるじゃんっ!!」

「ありえないのは晴海でしょー。こんな可愛い子が、わざわざ遠くからウチにオフ会しに来てくれるとかっ、常識的に考えて神イベじゃないのっ! 経験値2倍デーを無視してでも優先すべきイベントだわっ! 報・連・相もできないのねっ、アンタって子はっ! そんなんじゃ、高難易度バトルは、即パーティ壊滅よっ!!」

「ああああああ! うるさい! 恥ずかしいから黙ってろ!!」

「……」

 

 なんなんだ、この母娘は。

 

 普段使いの仮面をつけて、表向きをきちんと取り繕っていた、そんな自分が、なんかバカみたいに思えた。

 

 

 晴海の部屋に通されてから、着替えなんかを入れたリュックサックを床に下ろした母親は、今時の女の子ならキャリーケースの方がいいんじゃないかしらとか言っていたけど、リュックにした。

 

 わたし自身の見た目は元からマイナスだし、一泊分ぐらいの荷物ていどなら、直に背負えるリュックの方が利便性が高そうだったから、こっちにしたのだ。

 

「ご、ごめんね…風見さん…うちのママ…お母さんが」

「いいよ。半分ぐらい言ってること分からなかったけど、ネットゲーム関係の話?」

「…そう。うちのお母さん、ネトゲ廃人だから。世間から文句言われない程度に主婦やってるけど、隙あらば、ネトゲでレアアイテムのコンプに命賭けてるの」

「そうなんだ。…あとさ、よけーなお世話だと思うけど、晴海のお父さんは、なんも言わないの?」

「ぜんぜん。というか、お父さんもネトゲ廃人だから。世間から文句言われない程度に会社勤めしてるけど、イベント始まったら、最上位の報酬が取れるように、迷いなく有給取るような人だから」

「あー」

「それで、生前は同居してたうちのお爺ちゃんは、まぁ、普通の人っていうか、そういうの快く思ってなくて」

「だろうね」

「でもそのお爺ちゃんも、思い込みが激しいっていうか、めんどうくさくて」

「…ふーん…」

 

 しっかり遺伝してんじゃん。

 と思ったが、一応黙っておいた。

 

「ところでさ。ここ、例の配信部屋だよね」

「風見さんと出会ってからは、もうやってませんよ」

「あの配信は両親にも黙ってたの?」

「はい」

 

 ちょっとぐらい、動揺してくれるんじゃないかと期待したが、そんなことは無かった。

 

「それよりも。明日2時から、放送開始でしたよね」

「そのはず。そこにある配信機材、まだ使えるんだよね?」

「はい。動作確認も済ませてます。すべて自由に使ってください」

「それじゃ、ロリにも連絡しとくか。まぁ問題なく都合つくと思うけどさ」

「あの、風見さん」

「なに?」

「ロリの正体っていうか、リアルでどんな人かって、風見さんはご存じなんですか?」

 

 向かいに座った彼女に向かい、答えた。

 

「知ってるよ」

 

 *

 

 あかねの家から帰ってきた週。事前にSkypeなんかを使い、日曜の予定はあらかじめ、相談してあった。

 

 フェスの最終日に向けて、残る試合数を消化する他にも、ネクストクエストの人たちと時間を合わせて、やりとりも行った。

 

「スイちゃん、ユキちゃん共に、コラボ以降のフォロワー数、順調に増えてるみたいだねぇ」

 

 『メンテ先生』こと、【セカンド】の開発者、嘉神巧さん。

 VTuberの事業に関する、ヘルプ要因的なマネージャ業を行う一方で、人工知能の開発者の権威でもある研究者は、モニターの向こうでバナナをもさりながら、嬉しそうに言った。

 

「増加したフォロワーの足取りを追ってみると、中国や韓国、それからヨーロッパ方面の、ゲームに詳しいユーザーが3人を注目してるみたいだね。いやはやぁ、お姉さんも嬉しい限りだよ~」

「巧くん…報告してくれるのはありがたいけどね。食べるのを止めて話しなさい…あと栄養ドリンクじゃなくて、純粋なお水の摂取を心がけようね。っていうか、仮にも年長者でしょ。模範になろ?」

 

 別窓で表示された、竜崎さんの顔と口調が複雑そうなものになる。その日も相変わらず、あちこちを飛び回っているようだった。

 

「いやぁ、明日の準備とかしてたらぁ、また会社に連続で泊まっちゃいましてぇ。気づいたら、お腹ぺこちゃんで。ご勘弁☆」

「この中で、君の精神年齢が間違いなく低いよね…すまない、子供たち。こんな情けない大人が、世界でも割とガチで最高峰の頭脳を持っていて、本当に申し訳ない。マネをしないようにね」

 

 俺たちが口をそろえて「大丈夫です、しません」と伝えると、竜崎さんがもう一度ため息をこぼして「巧くん、子供たちを見習うように」と釘をさした。

 

「まぁ実際のところ、eスポーツに関しては、日本が後進国なのは事実だからね。最先端である諸外国のユーザーから、良い意味で注目してもらえるのは、キミ達の将来にとってもプラスだと思うよ」

 

 そこで一旦言葉を区切り、

 

「それで、前川少年」

「なんでしょうか」

「巧くんに聞いたんだけどね。SNS関連のアカウントを開設することにしたみたいだね」

「はい。今回のフェスの大会後、個人名義の『天王山ハヤト』として、活動していきたいと思ってます」

「そうか。おめでとう。月並みな言葉になるけど、頑張って」

「ありがとうございます」

「ついでに、正式にうちの会社に所属するつもりはないかな?」

「それに関しては、少し時間をください。また両親と話し合わないといけないと思いますし、個人配信者という形だからこそ、できることもあると思うので」

「わかった。君がもっともベストだという道を選択してくれるのが、こちらとしても一番だからね」

「ありがとうございます」

「うん。幸い、君の生活圏内にはスイちゃんがいるからね。またなにか、3人で挑戦できそうなことがあれば伝えてほしいかな。ユキちゃんを通すなり、巧くんを通すなりして、遠慮なく申し出て。力になれそうなら、ナイスミドルのおじさんが手をかすよ」

「はい。本当にありがとうございます」

 

 頭をさげた。ほんの少しでも、この人たちと活動できて良かったなと、心からそう思えた。

 

「それじゃあ明日、またしても日曜で申し訳ないけれど。3人そろって、うちの会社までお越しください。道中気をつけるんだよ」

 

 もう一度、三人そろって返事をした。

 

「にゃはははん。バッチリ【シアター】仕上げとくかんねー。楽しみにしとけよぉー。お姉さんチョー頑張っちゃうんだからぁ~」

「…巧くん。君は今日ぐらいはお家に帰んなさい。上司命令」

 

 食べ終えたバナナを、レッドブルで飲み干した部下に、有無を言わさぬ命令が与えられていた。

 

 * 

 

 当日。ネクストクエストに集合した俺たちは、竜崎プロデューサーや、スタッフの人たちに挨拶をしてから、開発室と【シアター】のあるフロアに赴いた。

 

「生放送は午後からだけど、先に最終テストを兼ねておくよ。君たちも、早く彼らに挨拶しておきたいんじゃないかと思ってね」

「んじゃ、わたしとリューさんは、外の管制室からモニタリングしてるから。楽しんじゃってね。じゃーねい♪」

 

 二人が部屋をでて。俺たち三人は、白い部屋に残された。たいした時間を置かず、天井に吊り下げられた半球状の装置が動いた。

 

 

【おはようございます。セカンドです】

 

 

 機械特有の合成音声。

 

 

【前川祐一様。西木野そら様。竜崎あかね様。

 本日は当領域へお越しいただき、ありがとうございます。

 友好的・双方向理解への第一段階フェーズ。

 知的生命が持ちうる指方向性を同一化。

 共通理解、思想の下に、実現いたします】

 

 

 白い壁と天井が、ほのかに光る。VR《仮想現実》とAR《拡張現実》を複合させた映像が、俺たちの前に再現された。

 

 超精密度のホログラム映像。室内に映し出された光景は、アニメにでてくるような、指令室のような光景だった。

 

 窓の外には、宇宙空間が広がっている。理科の教科書やテレビで見た青い星。それと見た事のない、不思議な模様の惑星も見えた。

 

 

「我々の秘密基地へ、ようこそ」

 

 

 声に振り返る。あの日と同じように。

 

 

「我が半身よ。この領域でお会いするのは、二度目だな」

「そら、久しぶりだね」

「やっほー。ご主人。元気してたぁ~? 毎日会ってるから知ってるけど~」

 

 ハヤトが相変わらず、余裕たっぷりに笑う。銀色の髪をした少女が両手をだして、もう一人のジブンとそっと重ねて笑う。人なつこい笑顔をした、ゴシック猫耳の少女が「えいっ」と抱きつく。

 

 だけどいずれも、直には触れられない。俺たちの存在は、相手にとっては【映像】に過ぎず、限りなく近い場所ですり抜ける。

 

「ハヤト、今日はよろしく頼むぜ」

「ねースイ、またこんど麻雀しようよー」

「クロ。匂い嗅ぐ真似しないで」

 

 そらも、あかねも、もうひとりのジブン達を自然に受け入れて、普通に会話をしている。ハヤトも「ふむ」とか言ってうなずいた。

 

「キミも、ずいぶんマシな顔付きになったな。ようやく、一歩目を踏みだす気概を得たようだ」

「まぁな。ってか誰だって、こんなもの見たら、踏みだしてやりたくなるだろ。自分たちの正体を公開したりしないのか?」

「残念だがまだまだ。キミ達のように柔軟な思考を持った人々ばかりではないのだよ。我々の間柄には、さらに多くの理解を得る時間が必要だ」

「多くのって、どれぐらい?」

「それこそ、キミたちの働き方次第といったところだな。この世界から承認を得るために。我らもまた、次の道を模索している。先へ続く【標】を獲得するために、諸君らの活躍に期待しているというわけだ」

 

 二つの世界。双方向性のコミュニケーション。

 

「現状、我々の想像力《イメージ》には、限りがあるのも事実だ。さらには完全ともいえない。偶像をカタチとしたそれに、寸分にも狂いのない一致を求めるには、いまだ到底叶わない」

 

 ハヤトが片手を持ち上げて、パチンと指を鳴らした。

 

「だが実現は、きっとそこまで遠くはない」

 

 

 ――カシャカシャカシャカシャカシャン。

 

 

「キミ達が未来を求めて止まない限り、我々もいつか、自然と同じものを求める様になるだろう。直面した課題に、共に挑むことができるだろうし、双方が納得した上で、なんらかの合一化を図ることも可能かもしれない」

 

 あの日と同じように。仮想現実《ひみつきち》の一部に、三人分の豪華な椅子と、さらに細長い机が現れた。

 

「西暦2024年。現在における創造性の最前線だ。望むならば、かけてくれたまえ。本日よりこの場所が、キミ達と我々を結ぶ、星座のひとつとなるだろう」

 

 俺たち三人は、顔を見合わせて、うなずきあった。机を回り、それぞれに用意されたデザインの椅子に掛ける。するとさらに世界が拡張した。

 

 天井に取り付けられた、半球体の装置が音をたてる。

 

【マッチング候補として選定された3名のユーザーを、固有の星座として登録させていただきました。これより先、わたし達が、進むべき道に迷った時は、あなた方の輝きを頼りに船を漕ぐことにもなるでしょう。どうぞ皆さま、末永くよろしくお願い申し上げます。二つの次元に、よき未来を】

 

 キュイン。と、もう一度音を奏でる。それがなんだか、お辞儀をしているように思えて、どこか可愛いと思った。

 

「こちらこそ」と返事をした。

 

「さてさて。それじゃあね。二つの世界からの挨拶が済んだところで、今度はもう少し、現実的な性能の解説をしていくよ~」

 

 スイが、にっこり笑って、軽く両手を合わせた。すると椅子に掛けた俺たちの目前に、半透明のウインドウが浮かび上がった

「ここに映るのが、キミ達の視聴者《フォロワー》。つまりはパソコンやスマートフォンのネット回線を通じて、認証されたユーザーが得られる情報だよ」

 

 そこには、それぞれ椅子に座る俺たち3人を捉えた映像が映しだされる。だけど映像は三人とも、VTuberの姿に変わっている。

 

「従来の仮想現実《VR》では、演者がモーションセンサーを付けたスーツ等を着て、その動きを感知したキャプチャー装置が、3D空間上の座標に、映像を再現するというものだったけど――」

 

 スイの解説を、ゴスロリ猫耳女子が「は~いはいはい!」と手をあげて遮る。

 

「わっちも説明するのじゃ~! この空間では、わっち達が、御主人らの【眼】の役割を担ってますのでぇ~。こっち側でリアルタイムで判断、編集した映像をアップロードしてくから~。ご主人たちはフツーに活動してくれたら、オッケーイ、だよー!!」

 

 んで、猫耳娘のセリフを、ハヤトが占める。

 

「フッ。我々の専売特許たりうる、画像識別機能の最強形態といったところだな。我々自身が、夜空に輝く、星々となりうる君たちを見上げているというわけだ。プライバシー等の守秘義務上、かならずしも、在りのままの姿である必要性もないからな」

 

 なんつーか、すさまじい技術だった。リアルOPかよ。

 

「確かにすげーけど。悪用しようと思えば、なんかいろいろできちゃいそうだな」

「まさに問題はそこだ。我が半身よ、さっきも言ったが、まだまだ相互理解に至っていないというのは、感情的な側面のみならず、こうした倫理上の問題もある。というわけだ」

「あぁ、なるほど。法律の整備なんかが追いついてないわけだ」

 

 俺が言うと、右となりに座ったあかねも言った。

 

「新しい技術が生まれても。それを扱う人間の精神は、残念ながら大昔と変わらない」

 

 左となりに座った、そらも追従する。

 

「でもでも、そういった差も、いつかはみんなで一緒に、もう一人のジブン達と、埋め合わせていけたらいいよねっ」

 

 そう。彼女の言葉こそが、この先にある真実だというように。 

 

『さぁ、少年少女。僕たちにできるお膳立ては、ここまでだ』

 

 他ならぬ、ここまでの道を作りあげてくれた大人たちが認めてくれた。

 

『ここからの主役は、君たちに他ならない。存分に輝いていきなさい』

 

 

 日曜の午後三時。

 【シアター】を会場にした、2時間枠の生放送が始まった。

 

 

「皆さん、こんばんはー。【桜華雪月】に所属させて頂いている、宵桜スイです」

「んー、どうもー。黒乃ことユキです。みなさま、最近いかがお過ごしですか。あたしは楽して暮らしたいです」

「いやクロちゃん、それ前後の文脈、つながってないよね! 後半は自分の願望がダダ漏れだよねっ!!」

「よいではないか、よいではないか。人間正直が一番だよねー」

「もうちょっと誤魔化そ? 良いとこ見せてこ?」

 

 【シアター】に映しだされた世界の中。仮想現実の世界もさることながら、繰り返しの試行錯誤の先、強化された演出面も目を惹いた。

 

『大丈夫だ、問題ない』

『クロちゃんが頑張ってるのは知ってる』

『たまには休んでいいんだよ』

『どんどん甘やかしていけ』

 

 流れるコメントが、ぽんぽん浮かんで表示される。手袋をつけた手のひらが現れて、くだけた姿勢で椅子に座っている猫耳娘の頭を「よしよし」と撫でたりする演出も見られる。

 

「よきぞ。我が煮干しども。くるしゅーない」

 

『煮干しに生まれてきて良かった』

『クロちゃんの煮干しになれて光栄です!』

『俺ら、食われちまうのか…?』

『俺がっ、俺たちがっ、カルシウムだ!』

『実生活でも、お猫様の下僕です』

『猫はいいよなぁ』

 

 人生に疲れた人々が、次元の壁を越えて、二次元の猫耳少女に癒されてる光景は、端から見てもシュールだった。

 

「ほらもー、クロちゃん。番組進行しないじゃない」

「進行しなくてもいいんじゃない?」

「いやダメでしょ…今日のために、たくさんの人たちが準備してくれたんだから。頑張っていくよ」

「んー、しょうがないなー。働くかー」

「うんうん。働いてください」

「じゃあ、ゲームして遊ぼーか」

「いや間違ってないけど! 言い方! 手順っ!」

「ゲームをはじめるぞ。きりっ」

「その意気だよ。えーと茶番はこれぐらいでいいかなー」

「いいよ」

「はい。じゃあ事前に告知した通り、今日の生放送はね。雑談や告知なんかも交えつつ、とあるVTuberさんをゲストにお迎えして、ゲームの最終試合をこなそうと思ってます」

 

 放送は、聞いているだけで、おもしろかった。二人が仲の良い雰囲気で、どこか自然な感じで話をできているのもそうだけど、

 

「スイちゃん、トークが上手くなったね」

「わかる」

 

 【シアター】隣の開発室。【セカンド】の開発に携わった大人たちが、自分たちの子供を見守るように、流れている映像と、通信速度や電子装置に異常がないかを確認しつつ、様子を見守っている。

 

「最初と比べると、本当に見違えるね。僕よりも、ユキちゃんの方が、人を見る目があるのかもしれない」

 

 竜崎さんも、嬉しそうに笑っていた。

 

「ねー、ですよねー。最初の頃はすごく動きが硬かったけど。もうね、この成長曲線を見るのが本当にたまらんのでござる…はぁはぁ。ほんまJCは宇宙尊いでぇ……」

 

 嘉神さんが、バナナを食べながら鼻の穴をひくつかせていた。この場にいる誰よりも、どうしようもない美人だった。

 

「…巧くん。今さらなんだけどさぁ…なんで君は興奮しはじめると、語尾がおかしくなるんだい?」

「興奮するからに候! これが正しい人間の反応というものでござる!! それともなにかっ! りゅーさんは、鼻血でも吹けというので宇宙かっ!?」

「そのキーボード、鼻血を零しても経費で落ちないから気をつけてね」

 

 すっかり慣れたあしらい方も、手厳しかった。ただ、本人が手掛けたシステムの方は完璧で、放送されている向こう側の光景に異常はなく、番組は問題なく進行していた。

 

「あのね、クロちゃん」

「ん、なに?」

「ゲームの対戦に入る前に、ひとつ、個人的にお伝えしたいことがあるんだけど、いいかな。あんまりお時間は取らせないから」

「うん、いいよ」

 

 台本には想定されていない、スイの独白が入る。俺たちはモニターに注目した。

 

「あのね、わたし、麻雀がいちばん、好きなのね」

 

 その言葉に、俺たちは全員、つい笑いそうになってしまう。誰かが「知ってる」とつぶやいて、モニター先に流れた、たくさんの視聴者からのコメントでも「知ってるw」といった内容が飛び交う。

 

「麻雀はね。言ってしまえば、わたしの趣味でした。みんなも分かるんじゃないかなって思うんだけどね。趣味って、自分が良ければそれでいいの。基本的に自己完結してるものなんだよね」

 

 だけど、その話し方に重さを感じる。ほんの少し、緊張がはしった。

 

「でも去年、わたしが――『スイ』と出会って、麻雀をやったら、たくさんの人たちが興味をもってくれました。自己完結していたはずの趣味が、広がったような気がしたんです」

 

 嬉しそうに、やさしそうに微笑む。現実の彼女が口にして、モニター越しの彼女が謡う。

 

「みんなの、皆さんのおかげで、わたしはもっと、麻雀を深く知ることができたと思ってます。そして広がった愛情の先で、ゲームというジャンルに関しても、興味の幅が広がったって思ってます」

 

 声に、言葉に、緊張しているのが伝わってくる。

 

「もちろん、麻雀以外は、本当の素人で。だけどその度に、たくさんの、親切でやさしい人たちに、いっぱい出会えて。そうしたらまた、もっともっと、新しいことに挑戦したいな、やってみたいなって思えることが、もっと、もっともっと、いっぱいに、どこまでも増えていって。こうして、今日もまた、新しくて、素敵なことに挑戦しようとしています」

 

 ひとつひとつ、たいせつに、言葉に込めて。

 

「みんなありがとう。本当に、ありがとうございます。わたしの今の夢は、これからも『宵桜スイ』を続けていくことです。彼女《わたし》を通じて、もっとたくさんの『大好き』を広げていきます。みんなに、伝わればいいなって、そう思います」

 

 俺たちは音に聞く。モニター越しの向こう側。彼女が今、見ているはずの未来《夢》を共感する。

 

「すばらしい」

 

 すぐ隣から、拍手の音が聞こえた。竜崎さんが、ぎゅっと口をむすぶような顔で、短く言った。

 

「よくぞ言ってくれた」

 

 ほのかに興奮した赤い顔で、うなずいていた。両手からは、力強い拍手が鳴り、その場にいた全員が続いた。

 

「こちらこそ、ありがとうだわ!!」

「スイちゃん最高やで!!」

「いやぁ、この時代に生きててよかったなって思う。思った!」

「くぅ~、エモいっ!」

 

 よく晴れた日曜の青空。

 光さしこむ職場に、万雷の拍手が轟いた。

 

(なんだよ。すげぇな。本当にすごすぎるだろ。そら!)

 

 俺も拍手をしながら、自分の表情が、どこまでも気持ちのいい笑顔になるのを感じていた。そして新しい感情が去来するのも感じ取っていた。

 

(なんだろう。この気持ち――)

 

 少し考えてわかった。初めて抱いたかもしれない、その正体は、

 

(嫉妬だ。俺は今、そらに嫉妬してる)

 

 大勢の人たちに認められて。愛されている、彼女の姿を見て。同じ歳の、同じクラスメイトの女の子に、男の俺が嫉妬している。けどそれは、けっして、暗く、淀んだものではなくて。

 

(俺も、君みたいに、なりたいな)

 

 あこがれにも似た気持ち。たいせつな友達。仲間においていかれたくない、そんな個人的な心情。見上げれば、すぐそこにあるように見えていた星が、実はずっと遥かに遠いところにあった。

 

 あるいは、たった数日で、そこまで到達してしまった。これからもどんどん先に行く。

 

「少年」

 

 気づけば、拍手は止み、食い入るようにモニターを魅入っていた意識に、声が届いた。

 

「そろそろ支度を。次は、君が旅立つ番だ」

「はいっ!」

 

 あらゆる想いを、背負って進もう。

 なにも恐れず、まっすぐに。

 この先で輝く彼女たちのように。

 自分の未来もまた、尊く輝けるものとなるように。

 

(お父さん、お母さん)

 

 見ていてよ。

 みんなが作ってくれた道を、標にして。

 

「行ってきます!」

 

 

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