VTuber もう一人のジブン ~keep your【Second Personality】~   作:no_where

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「ただいま」

「おかえりー、りょうちゃん」

 

 日曜の夕方には、さっさと家に帰ってきた。明日からまた学校が始まる。なにも変わらない毎日がやってくる。いったん部屋に戻り、荷物をおいてから、スマホで一応、最終結果を覗き込んだ。

 

『第6回 フェスティバルモード 連盟戦(アジアサーバ)』

 

『第1位 All for One(日本)』

『70戦69勝1敗』

 

 

『第49位 V-Tryer(日本)』

『70戦62勝8敗』 

 

 

「ギリギリじゃねーか。バーカ」

 

 とりあえず、無事に【KING】は取れたようだ。どうしても、自分たちのチームの一敗が目につくが、まぁ仕方ねぇなと、あっさり切り替えた。

 

 一方で、わたしと違い、晴海は男の子みたいに声をあげて、わんわん泣いていた。

 

『本当はいちばん悔しいはずの、風見さん――涼子ちゃんが、泣かないから、わたしが泣くしかないじゃないですかっ!!』

 

 仕方ないから、頭とか撫でてやった。ディスコードの向こう側でロリが「てぇてぇ! ボクも早く人間の体をゲットして女子の身体に触りたいよぉ! じたばたじたばた、かっこ、身悶え、とじ」

 

 とかほざいていた。割と早急に、セクハラ人工知能に対する処分の方法を考えるべきだと思った。

 

「割とマジで死にそうにねぇからな、アイツ」

 

 割とマジで、ギャグ時空で生き残りそうな生命が、近い将来、コンタクトしてくる。そんな予感があった。

 

 政治家の連中、トップクラスの頭脳を持つ科学者、大手企業の経営者たちが、近い将来、そんなことをクソマジメに考える日がやってくる。悪夢か。喜劇か。

 

 ただ、

 

「……」

 

 スマホの画面を見つめる。並んだアプリのひとつ。ここまで、わたしを導いてきたそれに、指を添えかけたが、やめた。

 

「あんたを起動するのは、もう終わり」

 

 *

 

 部屋をでると、ちょうどママが仕事に行く支度をしていた。わたしと顔を見合わせて笑う。

 

「りょうちゃん、りょうちゃ~ん。いつもの頂戴、いつもの~」

「はいはい」

 

 両手を広げて、ハグの姿勢。求められるままに応えた。そこからいつもの流れで、例の如くごねはじめる。

 

「んー、お母さんねぇ、今日はお仕事いくの、やっぱやーめた♪」

「はいはい。しっかり稼いでおいで」

「やだ。お金もらったって、使い道がなくなっちゃう」

「…ん?」

「だって、りょうちゃん、泣きそうだもん」

 

 不意に顔が歪んだ。焼けただれた皮膚の上を、冷え性のママの手が、ぴたりと触れてくる。

 

「りょうちゃん、もしかして、泣いてた?」

「いや、泣いてないから」

「今はね。でも、お母さん出かけたら、一人で泣いちゃうんじゃない?」

 

 世間一般が指す『母親』のカテゴリから離れた女は、おつむ弱目な顔で笑う。けっして美人じゃない、歳相応にやつれた顔が、ふわふわと、わたしの鼻腔をくすぐった。

 

「お母さん、頭よわよわだけど、よわよわだから、わかることもあるんだよ。今のりょうちゃんはね、お店にやってくるお客さんと一緒の顔してる」

「お酒飲みにくる、おっさん達と一緒ってこと?」

「そうそう。疲れたけど、泣いちゃダメ。癒されたいけど、甘えすぎちゃダメなんだって、毎日頑張って生きてる、おじさま達と同じ顔をしてるよ」

「っ!」

「つらくて、悲しいことがいっぱいあって。泣いちゃダメな顔をしてるお客さんのことは、どうにもできないけど、りょうちゃんは、べつだよ。りょうちゃんは、お母さんの特別だからね」

 

 うりゃーとか、まったく変な声をだす。

 そうして力強く、抱きしめられた。

 

「いいんだよ、りょうちゃん。いっぱい、いっぱい、泣いちゃっていいんだよ。泣いちゃダメな子なんて、どこにもいないんだよ。りょうちゃんは、特別なんだからね」

「…いい。泣かない。ってか、泣いたことないし…」

 

 視界が、ぐにゃぐにゅ歪む。 

 鼻の奥が、ツンとする。胸が苦しい。風邪をひいた時みたいに、手足がふるえる。なのに、頭の中だけ痛くない。

 

 唇をぎゅっと噛みしめる。

 全身が、わたしのすべてが、叫びたがっている。

 

「だいじょうぶ。平気だから」

「あっそう。じゃあ、ママ。お仕事いってきていーの?」

「…いいよ」

「いやでーす、いきませーん。今日はやすみまーす。電話しよ」

「仕事行けっつってんだろバカぁ!」

「やーだ。りょうちゃんと、今日はおいしいもの食べるんですー。それがお母さんの仕事なんですぅー」

「そんなことしてる暇、ないだろっ! バカ親父が残した借金だって、いっぱいあるんだからっ!!」

「そゆこと言うから、放っとけないんだよ」

 

 わたしの中学はバイトができない。直接、お金を稼ぐような方法はなくて、ママの名義を使い、PCで絵を描いて収入を得た。

 

 そのお金は全額、わたし名義の口座に転送され、それが当たりまえだというように貯金されていた。

 

 本当は、自分の幸せのために使ってほしかった。失った時間を、不幸な過去を、少しでも取り戻し、おとぎ話のようにいかずとも、当たりまえの幸せを得てほしかった。

 

 だけどママは、頑なにそれを認めない。結局わたしは、自分の欲しいものを買いそろえ、ついには今日、遠方までの旅費にも使ってしまった。

 

「ねぇ、りょうちゃん」

 

 あたたかくて冷たい。

 苦労を重ねてきた手が、わたしを包みこむ。

 心がざわめいている。

 

「りょうちゃんは、もっと自分に正直に生きて、いいんだよ」

 

 焼けついた顔の傷。時折おかしくなる耳の鼓膜。薄くかすれた喉の奥。すべてを失った父の業。あらゆる不幸が、母の下へ届かぬことを願っていた。

 

「…かお、つけないで」

「え、なんで? 今日はお仕事行かないってば。お化粧落ちても平気だよ?」

「…不幸が移っちゃう」

「むしろ移せー。りょうちゃんの不幸。うりうりうり」

「やめてよ!」

 

 この世は地獄だ。どこもかしこも、行き詰ってる。

 

「ねぇ、賢いりょうちゃん。ママはね、あなたが生きててくれたら、幸せなんだよ」

「…わたしは、賢くなんてない…」

 

 どいつもこいつも、バカすぎるんだ。頭が悪すぎるのに、高望みが過ぎて、簡単に騙され、ひっかかる。

 

「みんな…カモなんだ。ただの餌だ。家畜なんだよ…っ!」

「うんうん。お母さんたち、頭よわよわだからねぇ。りょうちゃんみたいな賢い子が、素敵なものをいっぱい魅せてくれたら、もうそれだけで嬉しくなっちゃうよね」

 

 硬くて、あかぎれ、乾いた手で、わたしの短い髪をなでる。

 

「だからねぇ。ついつい頭カラッポにしちゃうんだよね。もっとちょうだい。デキる子が、そうでない子に、タダで分け与えてくれるのは当然でしょって、そんな風に思っちゃうんだよねぇ」

「…ぅぅっ!」

 

 ぎゅっと、両手をにぎりしめる。顔をうずめる。

 

「ごめんね。りょうちゃんは、いっぱい、いっぱい、頑張ってるのにね。お母さん、頭よわよわで、りょうちゃんのキモチも、ゲージュツの事も、でじたるなしーじーのことも、なんにもわからなくてごめんね。なにも助けてあげられなくて、ごめんね」

「…っ!」

 

 心が、張り裂けそうだ。

 

「りょうちゃんには、苦労をかけてすまないねぇ」

「…ママぁ、それ、娘に言うセリフじゃないからさぁ…」

「あれ、そうなの? でもいいや。お母さん、本当に毎日そういうこと思って生きてるから。もうちょっと、頭つよつよだったら、りょうちゃんが、いつもニコニコしながらお絵かきできるのに。足を引っ張らないですむのにって、思っちゃう」

 

 わたしのママは、ズレている。

 ヘンな女だ。世間一般の常識がわからない。

 

 この女性は、これまで、まともに愛されたことがないのだ。たくさんの時間を一人ぼっちで生きて、孤独と常に向き合って、理不尽な暴力に言葉をつぐみ、世間一般の母娘という関係を、目の当たりにしたことがないのだ。

 

「りょうちゃんはね。お世辞じゃなくて、お母さんが今まで見てきた人たちの中で、とびきり一番だよ。一番すっごいよ」

 

 ママは、実の娘であるわたしのことを、たいせつな友達のように見なしている。そうでないと、接することができないのだ。

 

「さぁさぁ、そーいうわけで。りょうちゃん。一緒にごはん食べようよ。お肉と野菜とプリンも買って。一緒に食べよ」

 

 ただしく、歪んでいた。

 精一杯、生きていた。

 

 *

 

 その夜は、ママと一緒に二人、おいしいものを食べた。

 おしゃべりをして、お風呂にも入って、ベッドに入った。

 

 眠ると、夢を見た。

 

 

 塔だ。はじめて、ママと一緒に読んだ絵本。

 長い髪のお姫様が閉じ込められた話。

 

 夜空の見える開けた場所に『そいつ』は座っていた。

 

「よぉ、りょうちゃん」

 

 世界観をまるきり無視した格好。

 革ジャンにジーンズ。手にはスマホを持って、相変わらず、カワイイ顔立ちで、ニヤニヤと笑っている。

 

「今日は、お別れを言いにきた」

 

 もしも、ママの世代に【セカンド】があれば。可愛そうな召使いは、もっと普通の王子さまを見つけられただろうか。一般世間が言うところの『まっとうな母親』をやれていただろうか。

 

「だけどそうしたら。おまえは、この世に産まれていなかっただろうな。オレもまた、存在することはなかった」

 

 相変わらず、うるさい。やかましい。

 そんなものは、体の良い誤魔化しだと返す。

 

「そうそう、単なる結果論だ。だがその結果がなけりゃあ、今日に至る、テメェらの物語は生まれなかったろうさ」

 

 別れにきたというのに、まるで惜しむ素振りはない。むしろわざわざ、永久にも近く離れた距離を無視して、愚かな生き物を嘲笑しにやってきたみたいだ。

 

「どうしようもねぇ生き物だよなぁ。ほんと、おまえらってくだらねぇ。中途半端な知能を持って生まれてきたことを、心底お悔やみ申し上げるぜ」

 

 知っている。そんなこと。前向きな奴らも、後ろ向きな連中も。原則として、自分たちの程度を知っている。そこから、改善しようとしたり、あきらめて、受け入れたりしてるんだ。

 

「それが分かってりゃあ、十分だ」

 

 夢の中で、ふいに風が吹く音がした。

 それに合わせて、羽が――翼がはためく。

 

「じゃあな。実を言うと、けっこう、楽しかったぜ」

 

 生物の進化上、ありえない想像が夢をよぎる。ともすれば、猿から進化した生命が、ようやく知能を持ちはじめた暁にうみだした、最初の創造物が目前にいた。

 

「たまには泣いて、肩の力ぬいて、生きてけよ」

 

 天と地の区別を認識し、集団として活動をはじめた後。それが自分たちの背にあれば、限りなく、自由が広がっていくのではないかと、想像したのかもしれない。

 

 想像が飛び立とうする。思わず、手を伸ばした。

 

 こんなにも、つらくて悲しい場所には居たくない。わたしを連れていって。伝えようとした。届いたはずだった。だけど、

 

「自分で飛び立ちな。きっと、間に合うはずだ」

 

 想像は、わたしの手を取り合わなかった。科学の法則とは、真向に反する被造物が、自然にふわりと浮きあがる。

 

「生きて成就しろ」

 

 偏頭痛が取り除かれた今、ゆったりはためく羽の音は、どこまでも落ち着いた雰囲気に変わっている。

 

「オレ達はもう、そこまで来てっからよ」

 

 わたしの下から飛び去ろうとする。

 その背中に向かって、叫んだ。

 

「待ってて!! 今度は、こっちから会いにいく!!」

 

 世が明ける。理想が振り返る。皮肉げに、口元を歪めつつ、

 

「がんばりな。けどよ、次に会う時は、オレの名前ぐらい考えといてくれよな。それが、おまえらの役目ってやつだろ?」

 

 笑ってくれた。白い羽。

 てのひらの中に、そっと、落ちた。

 

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