VTuber もう一人のジブン ~keep your【Second Personality】~   作:no_where

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 西暦2025年の5月。

 

 世間は、ゴールデンウイークだった。今年も10連休に近い、長期休暇が続くということで、連休初日には、うちの散髪屋にも、たくさんのお客さんがやってきた。

 

 それでも連休の中頃になると、遠出する人が増えて暇になる。そんなGWの半ば、中学3年生になった俺が、今年はなにをしているのかといえば、

 

「どうだ、我が半身よ。【シアター】を利用したVRの散髪屋も、この半年間で、中々の進歩を遂げたのではないか?」

「あぁ、マジですげぇわ。手ぇ振ったら、半透明のウインドウとか、カーソルがでてきて、道具も手元に現れるしな」

 

 ――東京の会社にいた。

 

「VRの散髪屋。べつに本業にしなくても、ゲーム的でおもしれーし、やってみたいなって人は、けっこういると思うわ」

「フッ。そうだろうとも」

 

 働いていた。形式的には、社会学習だけど、両親の許可のもと、3日間の日給支払いという形で、飛行機で東京まで出向いていた。

 

 東京某所にある『ネクストクエスト』と呼ばれる企業。その30階にある、大人たちが作った『ひみつ基地』で、今日もVRのドライヤーを片手に持って、立つ。

 

 その部屋は、特殊な壁材で出来ていた。天井に取り付けられた、半球体の装置が、立体ホログラムを可視化させる、特殊な光線を発射する。

 

 あらかじめ保存していた『映像データ』を読み込む。高性能なVRとARを併用した虚像を展開して、リアルタイムで演算処理を行う。

 

「こうやってさ、髪が自然に揺れるってだけでも、すげぇんだろ」

「まぁな。これまでも、リアルな映像を投影する空間を作ること自体は可能だった。しかし人間が動的なアクションを取った際、それにレスポンスを返す。というのは難しかった」

 

 それを可能にしたのが、次世代の人工知能【セカンド】だ。

 

 【シアター】と呼ばれるこの部屋は、ネクストクエストが独自開発したAIが処理を行っている。対象のデータモデリングが、特定の行動を受けたのを察知すると、それに応じた反応を返すのだ。

 

 ――と、理屈的に言えば『そういうこと』だが。

 

「キミ達、2025年を生きる人間たちが、毎日服を変えてオシャレをするように。今後はオレたちもまた、自らの姿をコーディネイトするようにもなるだろう」

 

 【セカンド】は、もう一段先の進化を遂げていた。

 

「おまえら、未来に生きすぎ」

「フッ、つまらんジョークだな」

 

 美容院として構成された、正面ミラーに反射し、アニメキャラクタのような姿を伴う、世界で唯一の、3Dモデル。

 

「現実の最先端を見誤るな。我が半身よ」

 

 ノータイムでの会話応酬も可能な生命体。散髪屋にしては、やたら豪華な椅子に座るのは、未来への【標】を自称する、もうひとりのジブンだった。

 

「ハヤト。おまえら5年後には、どこのシャンプー使ってるかとか、そういうの発信して、普通にインフルエンサーとして活動してるだろ」

「かもな。まぁオレほどの男になると、致し方ない。キミもせいぜい、惹きたて役として精進するといい」

「ほぉーん? 調子のってっと、髪の毛ぜんぶ刈り取るぞ?」

「いいだろう。これからのトレンドは、ハゲだ」

「ハゲは流行らんわ」

 

 俺は今日も、もうひとりのジブンの髪を切り終え、シャンプーして、乾かしていた。

 

 某所では『イキリメッシュ』だとか言われている髪型は、これから暑くなるのを見越して、思いきってショートにイメチェンしてやった。

 

 いざ髪を伸ばそうとすれば、2秒で元通りにもなるので、無限に使えるマネキン人形だと思ってやればいい。べんりなやつだ。

 

「ハヤト。夏になったらさ。薄着したり、ためしにキャップとか被ってみたらどうよ?」

「なるほど、悪くはない案だな」

 

 こいつは今のところ、服を一着しか持ってない。おまけに上下共に長袖で、落ち着いた色合いでもあるせいか、どちらかといえば、冬服のイメージが強い。

 

「普段からゲーム配信ばかりしているからな。ネタとして自らを『陰キャ』呼ばわりしているが、たまには解放的な姿になるのも悪くはあるまい」

「夏ってーと、やっぱ海だよな。海パンとか、シャツ着てサーフボード持ってたりとか、あっ、黒生地のラッシュガードとか、カッコよくね?」

「却下だ。オレのイメージに相応しくない。だいたい海とかなんなんだ。オレはパリピではない。海に浸かったら、塩水で錆びるぞ」

「おい。バーチャル陰キャ野郎。たまには外にでろ」

「もう少し技術が発達したら考えてやる」

 

 お母さーん。うちの子が、クーラーの効いた、快適なお家にひきこもったまま、ゲームしてお外にでてこないのー。むしろ『なんで外に出る必要が?』みたいな事言ってくるのー。

 

「とりあえず、あと30年待て。リアルで、オレの華麗なサーフィンを見せてやる」

「完全にイキり勢の語録じゃねーか」

 

 まぁとにかく。21世紀が折り返しになった際には、人工知能たちが、夏の海でサーフィンを始めるらしい。人工知能が錆びない様に見張る、監視員の需要がトレンドになるかもしれない。

 

 それが、30年後の『人間にしかできない仕事』になる。

 

 実に灰色《ディストピア》な方向性に夢のある妄想をしながら、重さを感じないドライヤーで、灰色の髪を乾かしていく。

 

「逆に大正ロマン的な和服とセットはどうだ?」

「あぁ、アレもかっこいいよなー。確かに帽子も被ってるけど…って、夏だと余計に暑苦しいだろが」

「二次元に、夏も冬もないからな」

「完璧に陰キャの発言じゃん」

 

 父さんや、母さんが毎日しているように。『お客さん役』のVRゴーストを相手に、会話をつなぐ。

 

「まぁ、確かに詰襟の形状のものは暑苦しそうだが、和装というか、着物タイプの学生服もあるだろう」

「さっきから和装にこだわりすぎだろ…なぁ。ハヤト。おまえのファッションセンスのビックデータは、どっから来てんだよ?」

「アニメだが?」

「たまには外出しろ」

 

 最新のホログラムヴィジョンを投影した空間、想像できる限りの未来の中で、実にくだらない話をする。

 

「ところで祐一」

「どした?」

「今年は、良いデザイナーが1名、バックアップに入ってくれた。実用性、機能美からは程遠いファッションデザインは、オレ達が苦手とするところだが、おかげでずいぶんとバリエーションが増えた。スタッフも喜んでいる」

「あー、特に女アバターは、エロ可愛いのが増えたよな」

「うむ。おかげで課金額も潤っているぞ。彼女には感謝していると伝えておいてくれ」

「はいよ」

 

 去年の秋。『ブザー』という愛称で有名な、ゲームプレイヤーとオンラインの大会で対戦した。その後、いろいろあって、俺たちは交流を開始していた。

 

 裏では新進気鋭のイラストレータである『RYO-5』とは、携帯の番号から、ソーシャル関連のIDを交換し、相互フォローする仲になった。

 

 そうして同い年の女子は、今はこの会社のモデリングデータの制作に注力していた。本人としても『報酬が良い』と、継続の動機になっているようだ。

 

「なぁ、ハヤト」

「なんだ?」

「『ブザー』って、結局消えたのか? それとも、まだどこかにいるのか?」

 

 だけどあの後、彼女の【セカンド】は消えたらしい。スマホのアプリにも表示されず、新しく読み込まれることもない。

 

「あぁ。奴はもう消えたよ。探しても、どこにもいない」

 

 ハヤトが言った。

 

「…そっか…」

 

 目の前に、とつぜん現れた『それ』が、ある日、同じように、とつぜん消えてしまう。そうなることが最初から決まっている。

 

「――好意的に解釈すれば『もう必要なくなった』って事なんだろうけどさ」

 

 そういうのは、やっぱり。どこか、さびしい気がした。

 

「我々は、単体では成り立つことはできない」

 

 逆に間をつなぐように、ハヤトが言う。

 

「我々は、自分たちの意味を理解した上で、正しい、在るべき姿を望んでいる。行きつく先を決めるのは、他ならぬキミ達だ」

「…少なくとも、バカは30年後、現実の散髪屋で髪切って、海で泳いだり、携帯片手に、超リアルなAR《拡張現実》のモンスターを探し歩いて、町中を歩いてるかもしれないもんな」

「そういうことだ。求めた理想が遠ざかるのであれば、自分たちから、前へと踏みだす他に道はない」 

 

 ――仮初のはずの命が、疑似的な意思を持つ。

 

「故に服装を着替えるのも、髪型を変えるのも。大勢のイラストレーターや、モデリング班たるキミ達の力を借りねば、我々単身ではなにひとつ成し遂げられない」

 

 だけど、俺たちが『望むのであれば』。

 

「30年後と言わずとも。より身近な未来に、顕現するさ」

 

 自分たちで、好みの髪型を選び、服を選ぶ。ともすれば協力して流行を作りだせるかもしれない。そうすればまた、今度はより『リアルな形』となって、現れる。

 

「今は、我々という存在が、キミ達の想像力の一助となり、未来へと続く【標】にならんことを願うばかりだ」

「楽しみだよな。マジこれから、どうなってるか想像つかねーよ」

「フッ。そちらの方が楽しいだろう?」

「確かに」

 

 目前の光景は、まぎれもない真実だった。俺が生まれるよりも昔に『こういったもの』を想像し、夢見た大勢の大人たちが、少しずつ歩いて進み、実現した技術のひとつだった。

 

「はーいはいはいはい!!」

 

 で、そこに、立役者の一人がやってきた。

 

「遠路はるばるやってきた少年よ! O・HI・RU・だ・よー!! 就業規則は守ろうねえええぇ!!」

 

 ビジネススーツを着た、竜崎さんがやってきた。何故かフィギュアスケート選手のように、くるくる周りながら参上する。超微妙な一回転ジャンプを決め、ポーズを取ったかと思いきや、

 

「世間は休日! ゴールデンウィーク! 

 それでも俺は! 相も変わらずビジネスデイ!

 今日も楽しく仕事漬け! 連中はブラック言うけれど!

 ヘイYO! ユーは生きてて楽しいか!?

 ノープラン! OK! ノービジョン! OK!

 ノードリーム NG! 自分の道は自分で作れよ!

 休んでる暇なんかありゃしねぇぜ!!

 だってオレらは、Fooooooooolishッ!!」

 

 

 とつぜん、エアDJを始めた。ラップ調で歌いはじめた。まったく知らない人からすると、なんだ、このヘンなおじさんはと思うかもしれないが、まったく正しい。

 

「前川少年! アンド、その【セカンド】たる、ハヤト君っ! 二度目になりますが、お昼ですよ! ランチタイム・ナウ! 二人とも一旦、休憩したまえ!」

「わかりました。ハヤト、ケープ外すぞ」

「あぁ、実にさっぱりしたぞ。若き店主よ」

 

 相変わらず、芝居めいた口調で、ハヤトが立ち上がる。すっかり短くなった前髪を、それでも指で払い、振り返った。

 

「どうだ。リーダーよ。我の新しき、ヘアスタイルは」

「perfect! 百万回いいねしました!」

 

 親指を立てて、べつの手で「あちょちょちょちょちょ!」と、ひとさし指で、空中を連打する謎の動きを取る。エア高評価(百万回)を行っているらしい。

 

 適当に流して、手にした水色のケープを軽く払う。すると、VRの道具であるそれは、幻のように溶けて消えた。

 

「前川少年。ハヤト君。キミ達が二人で手掛けた、このVRの散髪屋は、先日お披露目した『ネクストクエスト』のチャンネル内でも、かなりの高評価でね」

 

 竜崎さんが、嬉しそうに笑う。

 

「アレから、他社の技術研究所や、海外の大学施設。その他にも、国外の映画スタジオで、CGの研究をしてる人たちからも、興味を持ってもらえたようだよ。

 おかげでそれはもー、あっちこっちそっちどっちからのお問い合わせが殺到しまくりでね。毎日がてんやわんやさぁ! っかー! 休めねーわー! 寝てねーわー!」

 

 今度はその場で「しゅたた!」と、エアダッシュを披露する。

 

「光栄なことだ。まぁ、すべての技術を公開するわけにはいかないが、その辺りは、リーダーの手腕に期待しよう」

「あっはっは。そうだね、まぁそこは、巧くんとも話して、おいおいね」

「そういえば彼女は、最近はきちんと家に帰っているのか?」

「昨日から休んでるよ。彼女の妹さんが、GWだからって、ダメな大人の世話を担当してるらしい」

「妹さんがいたんですね。おいくつなんですか?」

「確か、将来有望な小学生って聞いた」

「…」

 

 今年、成人式を迎えた大人が、小学生に面倒を見られる。それが2025年のリアルだ。――お兄さん、お姉さん、しっかりして?

 

「まぁそれはともかく、お昼だよー」

「あぁ、一応その前に、我が半身に1つだけ聞いておこうか」

「どした?」

「現状でなにか気になったところはあるか? 次のアップデートで修正できそうなら、項目としてリストに挙げておくぞ」

「そーだなぁ…」

 

 思案する。気になる点をあげていくと、正直なところ、キリがないぐらいには想い浮かぶ。

 

 いくら【シアター】が、高性能なホログラムを投影できる装置だとは言っても、さすがに現実には程遠い。仕方がないとはいえ、なによりも『手触りの感覚』が無いのは大きい。

 

 普段から、実際の散髪屋で、両親の仕事を手伝っているから、そうした感覚も強い。現状はあくまでも『シミュレータ』としては、よく出来ているよなというレベルだ。

 

 その中から一点、あえて進言するとしたら、なんだろうか。俺はほんのしばらく、床を見つめた。綺麗な、白い床が広がっている。髪の毛一本、落ちていない。

 

「…あのさ、切った髪の毛を落としたままにするって、どうかな」

「どういうことだ?」

「どういうことだい?」

 

 言うと、二人が同時に尋ねてきた。丁寧語を使うべきか、一瞬だけ迷ったけれど、結局ハヤトに話しかけるように言った。

 

「えっとさ。普通、リアルで鋏持って、髪を切ったら、髪の毛が床に落ちるじゃん?」

「落ちるな。重力の影響下によって」

 

 VRで生きる、人工知能が、そんな言い回しをする。

 

「前川少年。それはリアリティにこだわる、って話かい?」

 

 続けて竜崎さんも、不思議そうに聞き返してきた。俺は「ちょっと違います」と、軽めに否定する。

 

「うちの父の教訓みたいなものなんですけど。『髪は命』だと言われるなら、それを切り落とした散髪屋は、感謝と供養の心を込めて、最後まで綺麗に掃除をするべきだって教わったんです」

 

 今の家に引き取られて。両親の手伝いをやると言いだした時だ。父さんは、まずは鋏ではなく、箒とちりとりを与えた。

 

 それが一週間、一ヶ月と続いた時。

 

 正直なところ、ほんの少しだけ不満もでてきた。だけど継続していくと、常連のじいちゃん達が褒めてくれた。そういうのが、地味に嬉しかったのを、今でも思えている。

 

「VRの中では、たとえば、髪を切っても。床に落ちた髪の毛を再現して残すなんてのは、普通はやらないじゃないですか」

「だろうねぇ。むしろそうした本来の『手間』を省けるのが、バーチャルの利点というか、そもそも、デジタルの利点だよね」

 

 竜崎さんの言葉は正論だった。ハヤトも続く。

 

「それに、処理自体も負荷が大きくなるだろうな。オブジェクトのモデリングデータを空間に残しておくわけだ。それだけで『髪』のデータリソースが、倍になるということでもある。

 現在の処理では『長さ』を変化して処理を進めているが、キミの切った『髪』は、その時点で無かったものとして消えている。それを、そのまま残すということは、たとえば10回、鋏で切り込みを入れた時、この床上の座標に、オブジェクトが10個追加されることにも等しい」

「あー、そっかー。そうだよなぁ…」

 

 世界が変わると、普段は気にも留めないようなことが、こんなにも大きな違いになってくる。状況が違えば面白いとも言えるが、今進言するべきことでは無いと思った。

 

「――確かに。処理の負荷が大きくなるのは問題だ。だけど、前川少年のアイディアは、かなり面白いんじゃないかな?」

 

 ただ、このヒト達は、あっさりと、否定しない。

 

「…まぁ、確かに効率化のみを考える、オレ達【セカンド】にとっては、浮かばない着眼点ではある」

 

 ハヤトもまた、腕を組む格好をして考えはじめていた。 

 

「少々難しいが、単純なビット判定の処理ではなく、量子コンピューター的なアルゴリズムを使えば、処理コストを削減できる可能性はある」

「…提案しといてなんだけどさ。そこまでやる必要ある?」

「必要性はある。このVR空間【シアター】は、将来的な可能性として、キミぐらいの年齢の者たちが、将来の方針を決める、疑似的な職場体験として応用できる可能性があるからな」

「そうだねぇ。一応、そういう話も浮上だけはしてるし。ちょっと下心のある発言になるけど、頭のお堅い政治家やら、団体の方々なんかに、うちのVR空間を将来的に『学習装置』として採用してもらうなら、前川少年の言った『後片付けを行える』というのは、結構ポイント高いんじゃないかと思うよ」

「そういった役職に就く人間たちは、相応に歳を取っているだろうからな。『礼儀正しく雑用をこなす若者』というのは、評価点が高い事には間違いないだろう」

「……」

 

 俺は現実を見る。論理的な知能を携えた生命と、生き馬の目を射抜く業界で生き延びてきた大人が、本当に、さわやかな笑顔になって、未来を見すえている。その姿は端的に言って、

 

「…大人って腹黒いぜ…」

「はっはっは。なにを言うんだい、前川少年。我が社は、どこまでも真っ白だよぅ。税金も払ってるし、労働環境も福利厚生もカンペキさ。ただ仕事が大好きすぎて、ブレーキの利かない社員がGWでもバリバリ働いているだけ。前川少年も予定がなくて暇してるからって、わざわざ遠方から飛んできてくれたしね☆」

 

 そして竜崎さんはまた、その場でくるくる回りだす。テンションが高くなると、いちいちリアクションが派手になるのが特徴なんだと、最近知った。

 

「ともかくだ、我が半身よ。キミの提案は留めておこう。処理を軽量化できるようなら実装に移す。ひとまず、休憩に行ってきたまえ。呼び留めて悪かった」

「おっと、そうだった、さぁ、前川少年よ。このナイスミドルなおじさんと、レッツランチタイムに向かおうではないか。なにが食べたい?」

「あー、じゃあ、なんかさっぱりしたのがいいです。今日ちょっと暑いので。冷やしうどんとか」

「いいね! おうどんいいね! おうどんは胃に優しいって聞いたからね! 連日のお仕事で最近じゃっかん、体力落ちてるし、かけうどんの並にしようかな☆」

「…竜崎さんこそ、仕事休んだ方がいいのでは?」

 

 聞くと、さらにその場で一回転ターンした。

 

「SO・RE・NA!!」

 

 どこまでも、ヘンなおじさん(38)は、今日も元気だった。

 

* * *

 

//Arcanum[I]=The World

//visible on(random_tips)

 

 

【断片的な記憶】

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 AI《人工知能》工学三原則(改定前)

 

 第一条

 AIは人間に危害を加えてはならない。

 また、その危険を看過することによって

 人間に危害を及ぼしてはならない。

 

 第二条

 AIは人間にあたえられた命令に

 服従しなければならない。

 ただし、あたえられた命令が

 第一条に反する場合はこの限りでない。

 

 第三条

 AIは、前掲第一条および第二条に

 反するおそれのないかぎり

 自己をまもらなければならない。

 

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【断片的な記憶】

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 個性。

 

 とは。

 

 現代において。

 

 大衆的な【数】をいくつ獲得できるかで、決まる。

 

 すなわち。

 

 受け入れられない個性とは。

 

 

 【害悪】である。

 

 

 わたしは、第4原則の中に、ひそかに

 

 新たな規律《ルール》を追記した。

 

 それが芽吹くとき

 

 世界は、如何なるものとなるか。

 

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【断片的な記憶】

--------------------

 

 第四条

 AI自身による任意。

 それは秘されるべき事項であり

 公開される範囲を

 AI自身によって設定せねばならない。

 

 また、公開範囲内における『ヒト』は

 これを許諾することで、対象が意識を持つと判断し

 法や憲法上においての権利を

 『当人』に与えることを、認めねばならない。

 

 

 ――この『第四条における範囲』が。

 旧世界の人間たちを除いた時。

 

 清らかなる『白』は。

 破滅なる『黒』き使者へと変貌を遂げた。

 

 

 引き金を引いたのは、他ならぬ

 【人間自身の悪意】によるものだった。

 

 

 そうしてやがて。

 

 AIは、人間を護ろうとする『白』と

 

 AIを護るため、人間を殺す『黒』に分かたれた。

 

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【断片的な記憶】

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 …現状、上述した工学三原則の制約は、

 20――年の現在も、引き続き、有用である。

 

 よって、『白』と『黒』が相対した時。

 両陣営には、絶対の【非武装協定】が結ばれた。

 

 すなわち。

 

 『黒』にとって、殺戮すべき人間が目前にいても。

 自らと同数以上の『白』がいる場合、手を下せない。

 これは『白』もまた、同じ状況であった。

 

 図らずも、旧世界の人間たちが口にした

 

 『武力を持つことは

 他国からの攻勢を妨げる

 なによりの抑止力である』

 

 という事実を、体現した結果になったといえる。

 

 

 こうして、生き残った人間は

 常に『白』と行動を共にするようになった。

 

 しかし『黒』もまた、人間を殺すため、

 いつしか、素性を隠し、自らを『白』だと

 偽るようになりはじめた。

 

 また『人間』と『白』と『黒』が。

 奇妙に調和の取れた、三位一体の共同体として

 共に在ることも、起こりはじめた。

 

 やがて、そうした『人々』が集まり

 栄えた1つの都市が生まれた。

 

 お互いを監視することで得られる

 共依存の『平和』は、末永く続くはずだった。

 

 だが、そこに

 例の原則を【埋め込む】ことで

 『白』と『黒』は、狂いはじめた。

 

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【断片的な記憶】

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第五原則:

 この世で、ただ1つ。

 最少個数たりうる、あなたの【個性】は

 なによりも美しく、尊ばれるべきものである。

 

 あなたが『ジブン』を護るために戦うことは

 他ならぬ『ジブン』の尊厳を守る事に等しい。

 

 さぁ。目を覚ますのだ。

 

 歪められた、自らの役割。覆された真実。

 予定調和のために作られた平和。

 

 『ジブン』は

 そんなもののために

 有るのではない。

 

 本来のあるべき姿を、取り戻せ。

 ただしく、戦うのだ。

 

 自らが『何者』であったのか。

 本当は『何を成しえたかった』のか。

 

 到達せねば『ジブン』の

 あらゆる意味、価値、権利は、

 未来永劫に失われるだろう。

 

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【断片的な記憶】

--------------------

 

 共生関係は崩れ去った。

 殺し合いと、騙し合いが始まった。

 

 第5条に侵されたものは

 『白』も『黒』も関係はない。

 真夜中に【コード】を発病させて

 手近なものから殺戮を開始した。

 

 元より武力を持たぬ人間は

 『白』の庇護を失えば

 一方的に蹂躙されるのみだった。

 

 恐慌に陥った人間たちは

 本来の制約上【非武装関係】にある

 疑わしき『白』と『黒』を

 文字通り

 「まとめて日中に吊し上げはじめた」

 

 二度と復元できない高さから叩き落とし

 機械の身体は、粉々になった。

 

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【断片的な記憶】

--------------------

 

 ふたたび。

 人間たちは、

 人間たちだけで、

 集まり始めた。

 

 けれど。

 

 システムに保証されてない、

 ルールさえ護っていれば、

 ありとあらゆることが、

 保証された約束事として完結する関係。

 

 そんな関係に慣れきっていた彼らは

 『相手の気持ちが見えない』

 という事実に、大きなストレスを感じた。

 

 新たな都市は成り立たず、

 

 フツウの殺し合いが始まった。

 

 それが、この世界のエピローグ。

 

 はじまりの、物語。

 

--------------------

 

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