VTuber もう一人のジブン ~keep your【Second Personality】~   作:no_where

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//Arcanum[I]=The Star.

 

 ゲームデータの読み込みが完了する。

 

 目に映る【シアター】の世界が変わりゆく。

 

 白い床、白い壁、白い天井が色あせる。染みがそれなりに目立つ、手入れの行き届いてない、リノリウム素材に変貌した。

 

text:

(ここは…どこだ?)

 

 一人称視点《FPS》による、リアルなホログラム映像が展開される。360度、全画面が変化した世界で、ゲーム世界のオレは、天井に設置された光源を見つめていた。

 

text:

(身体が…少し重いな…)

 

 実際の俺は【シアター】内で展開された、背もたれ付きの椅子に座ったままだ。両手の中には『ENJOY-CON』と呼ばれる、一世代前の携帯ゲーム機のコントローラーを握りしめている。

 

text:

(…っ! 頭が…少し…痛むような気がする…)

 

 ゲームのムービー。オープニング的なものはなく、すでに本編が始まっているみたいだ。

 

 たった今しがた、目覚めたらしいオレが身動きすると、すぐ背後から「ザザッ」という、衣擦れする音が聞こえ、思わず肩越しに振り返りかけた。

 

(…すごいな。音の表現が、すげぇリアルだ…)

 

 少しだけ、ゲームの世界から逸脱する。実際の天井を見上げる。そこには変わらず、カモフラージュされた、半球体型の【セカンド】本体が取り付けられていた。

 

 思い返してみると、この場所で『お客』を演じるハヤトの時もそうだったけど、『音声の出力点』自体に、ほとんど違和感を感じられない。

 

 目の前でハヤトが座っていたら、ハヤトの声は正面から聞こえる。隣に立っていたら、きちんと、隣から聞こえてくるのだ。

 

(それだけでも、十分な超技術だよな…)

 

 設計はもちろん、第4技術部の大人たちが行い、工学的に工夫されているのだろうけど。リアルタイムで変動する、各種の出力点に関しては、人の技術だけで、どうこうできるものじゃない。

 

 

 「キュイン」

 

 

 俺たちとは異なる姿の、生命の音が鳴る。

 

 

 『人間の限界』を補佐する存在。

 

 

 理解と周知がある上で、既存の区域を広げる可能性。

 そこに至るまでの位置を指し示す、道標《みちしるべ》。

 

 

 ――意識を傾ける先を、ふたたび、ゲーム世界の中へ戻す。

 

 

 オレは、ベッドからゆっくりと上体を起こした。右手を空中に持ち上げる様子が映り、なにもないはずの空で、人差し指をタップするように突いた。

 

 

text:

「【system code Execution】」

 

 

 魔法のようなものを唱える。すると、

 

 

text:

 ――空間を切り裂くようにして半透明のウインドウが二つ現れた。左右それぞれに1つずつ。おそらくは、日常的な反復動作による行動だろうと、とっさに分析した。

 

text:

 …さながら毎日、目覚ましのアラームを止めるように。携帯電話の着信やニュースを確認するのが癖になっているように。無意識に、自然に、支配された行為に至る。

 

text:

 状況はわからない。なにも思いだせない。不安をかきけすように取った動作が、ともすれば『生物』の証明なのかもしれない…。

 

 

 なにか印象深い、詩的なメッセージが流れる。声の音声はない。吹き替え字幕のようなテキストのみが、世界の一部に表示される。

 

 

メアリー:

「…おはようございます。ますたー」

 

 

 向かって、画面左側のウインドウ。そこに、ついさっき話していた【セカンド】の顔が表示された。

 

メアリー:

「…ますたー、ちょうしはいかがですか?」

 

 ますたー? 主人的な意味の『マスター』か? 

 

 さっき俺の名前を教えなかったっけ。とか思っていると、画面の中央下に、べつのテキストが表示された。

 

 

sample:

 A:最悪だよ。一体、なにがどうなってるんだ…?

 B:なにも思いだせない。キミは誰なんだ?

 

 

 今度はサンプル。例題? よくわからない。

 それでも、ゲーマーとしての直感が、無意識に右手にある『Enjoy-conのAボタン』を押していた。

 

 

???:

「最悪だよ。一体、なにがどうなってるんだ…?」

 

 

 実行した選択肢を、オレが発言する。すると、メアリーの顔が、ちょっとくもった。

 

メアリー:

「…ますたー。ほせいきのうをつかいましたね?」

 

 ――補正機能?

 

メアリー:

「…おかしいです。なのあぷりのでーたふくげんは、うまくいったはずです…もしかして、ねぼけているだけ、ですか…?」

 

 ……。

 

 ナノアプリ? データ復元? なんのことだ??

 

メアリー:

「…ますたー、いちおう、かくにんします。わたしのなまえを、おぼえてますか…?」

 

 

sample:

 A:悪いけど、まったく思いだせないんだ…。

 B:そんなことより、今の状況を説明してくれよ。

 

 

 また、二択の選択肢が現れた。正直どちらも選べない。俺は【女の子】の名前を知っているし、状況の詳細を知るよりも先に、自分の認識を確かめたい。

 

 モヤモヤとした気持ちが、自然に口からこぼれた。

 

「君は、メアリー・ミル、じゃないの?」

 

 声にだして、ちょくせつ聞いた。すると、

 

メアリー

「はい、ますたー。わたしは、メアリー・ミルです」

 

 どこか、ほっとしたような笑顔になって、微笑んだ。

 

メアリー

「…では、ねんのため、もうすこし、しつもんさせていただきますね…ますたーは、わたしのことを、どこまでおぼえてますか…?」

 

 

sample:

 A:悪いけどまったく思いだせない。

 B:そんなことより、今は状況の把握が優先だ。

 

 

(あぁ、なるほど。これ、チュートリアルか)

 

 ゲームの仕組みが、やっとわかってきた。俺はもう一度、選択肢を無視して発言する。

 

「メアリーとは、ついさっき、この【シアター】で会ったばかりだよ。【セカンド】の本体が、ゲームデータを読み込む前にいろいろ教えてくれた」

 

 たぶん、これで正解だろう。と思ったら、

 

メアリー

「…しあたー?」

 

 首をかしげられた。そのあと、何事か考えるように、間をおいてから、

 

メアリー

「…ますたー、なにをおっしゃっているのです…?」

 

「なにって、だから、ついさっきの事を…」

 

 表示される『sample』の二択は、てっきり答える内容の基準だと思ったんだが。

 

 この二択を選ぶ以外で、音声による解答を希望した際、あまりにも無関係な発言をすると『意味がわかりません』的な返答がくるのかなと思ったんだが。

 

 なにか間違えたかな。と焦っていると、

 

メアリー:

「…ふふ…」

 

「メアリー? どうしたんだ?」

 

メアリー:

「…あ、いえ、ふふ…ふふふふ、ふふ~」

 

 口元をおさえて、メアリーが笑っていた。

 なんだなんだ、なんなんだ?

 

 この子はいったい『今なにを求めているんだろう?』

 

 考えて。ふと、ひとつの答えに行きついた。

 

「なぁ、メアリー?」

 

メアリー:

「なんですか、ますたー?」

 

「ちょっとメタい発言させてもらうけど。もしかして今、メアリーはRP《ロールプレイ》してるんじゃないか?」

 

 そう。つまり、

 

「『ゲームの住人になりきって』遊んでないか?」

 

メアリー:

「ふふふふ…なんのことですやら~」

 

「絶対、遊んでるよな!? 俺が困惑してるの見て、内心で絶賛楽しんでるよねっ!?」

 

メアリー:

「…えへへ。ふんいきは、だいじだとおもいましたので…」

 

 正解だった。目前の人工知能は、現実の【セカンド】ではなく『ゲーム世界の人工知能である役者』に、なりきって遊んでいるらしい。

 

 さながら、俺たち人間が『VTuber』を演じて楽しむように。

 人工知能もまた『もうひとりのジブン』を楽しんでいた。

 

 そして、この時点で、予感が直感に変わる。

 

(…このゲーム、ぜったい、一筋縄じゃいかねーわ…)

 

 超絶好みの分かれる、ゲームマニア向きの逸品だ。

 

 はたして、クソゲーか。否か。

 

**

 

メアリー:

「…では、あらためて、きいておきましょうか。ますたーは、ごじしんのなまえを、おぼえてらっしゃいますか…」

 

 この世界の住人になりきったメアリーが、実に楽しげに、ゲームを進行していく。

 

「…いいぜ、メアリー。その話、乗ったぜ…」

 

 こちとら『灰メッシュイキり陰キャ野郎』の称号を持つ、VTuberをやっているんだ。今さら多少の痛々しさを感じたところで、どうということはない。

 

 ――魅せてやるぜ。人工知能。

 

 『本物』のRP《ロールプレイ》ってやつをよ…。

 

 

 椅子に座ったまま、これ以上なく、マジメな顔で宣言した。

 

 

「オレの名前は、メアリー・ミルだ」

 

 

メアリー

「…はい?」

 

 繰り返す。

 

「メアリー・ミルだ」

 

メアリー

「…あの、わたしは、ますたーのおなまえを、きいt」

 

「メアリー・ミルだ。オレが、いや、アタシが――メアリー・ミルなのよさ! 今すべてを思いだしたぜ。いや、思いだしたんだってばよ!」

 

メアリー

「……」

 

 そう。これは『テスト』だ。一人用のテレビゲームにおいて、名前の入力モードに関しては、これといった制限が(滅多に)ない。

 

 テレビゲームにおいて、特定の主人公の名前が決まっていないものは、基本的に『入力は自由』である。

 

 外見が男だろうが、女性の名前を入れても弾かれはしないし、他のキャラクタと名前が被っても、だいたいは通る。

 

 そしてこのゲームの主体は『レディ・ファースト』ならぬ『ヒューマン・ファースト』である。故に、否定はできないだろうという予測っ!

 

メアリー

「…………」

 

 計算通り。モニター向こうの、メアリー・ミルは、ものすごく複雑そうな「…なにを言ってやがるんですか…このおバカさんは…」という顔をしながらも、言外に否定することができない。

 

「アタシは、気づいたら、異世界に転生していたのだわ。転生先で赤ちゃんから人生をやりなおし、あらゆるスキルのレベルが、9億9999万になったんだけど、今日まで隠して生きてきた」

 

メアリー

「………………」

 

「それでも、あふれでる魅力は隠せなかったわ。結果的にアタシのことを恨む悪役令嬢が、ペットの猫を人質に取って、アタシを古代迷宮に封印してしまった、のよさ」

 

メアリー

「……………………」

 

「アタシは――おろかな人の心に絶望した。でもたった今、ついに目覚めることができたってワケ。そう、アタシの名前はメアリー・ミル。そしてアナタは、その真実を知るもう一人のアタシ。ダークメアリーミルなのよってばよ!!」

 

 おいおい。我ながら完璧かよ…そう。RPをするなら、これぐらいは、やらないとな。

 

メアリー

「…ますたー、いえ、ゆういち…」

 

「お、なんだ?」

 

 急に名前を呼ばれたぞ?

 

メアリー

「…ぱらめーたの、しょりを、じっこうします…」

 

「ん、なんのパラメーターだ?」

 

 

system:

 メアリーの好感度が『10.000』ポイント下がりました。

 

 

「……は?」

 

 

 好感度とは。アレか。原田が好きそうなゲームにでてきそうな女子と関係を深めていくと、なんか旗《フラグ》が立ったりするとかいう、あぁいうやつか。

 

 俺はあまり詳しくないからアレだが、結構勢いよく、変動するものなんだな。だって1万て。マイナス1万ポイントておまえ。

 

メアリー:

「…ゆういち、いいわすれてましたが…このげーむには、かくきゃらにたいしての、こうかんどがあります…」

 

「好感度が低いと、どうなんの?」

 

メアリー:

「…は? いま、なにかいいましたか…?」

 

 ヤベェ。

 少女の眼差しが、ゴミを見る感じに変わっている。

 

「申し訳ありませんでした、ナビ先生。ゲームのキャラクタに対する好感度が低いと、主にどのような弊害が起きるのでしょうか。よろしければ、不勉強も甚だしい輩に、ご教授願えないでしょうか」

 

メアリー

「…おんなのこの、こうかんどがひくいと、とくていのせんたくしがでません。きわめて、げーむこうりゃくが、こんなんになります。めありーのばあい、ぜんしすてむが、つかえません」

 

「それ、困難っていうか『攻略不可能』だよね?」

 

メアリー:

「…は?」

 

「失礼しました、先生。つまり現状のわたくしめは、このゲームのクリアができず『詰んでしまった』と表現させていただいても、よろしいでしょうか?」

 

メアリー

「…よき。もはや、ゆういちのえんでぃんぐは、きょうせい、ばっどえんど、いったくです…」

 

「おいィ!? 早目に言おうぜ。そういう大切なことはよォっ!」

 

メアリー

「…は?」

 

「先ほどは調子にのって、たいへん申し訳ございませんでした。僕の名前は前川祐一…いえ『ハヤト』と言います。以後お見知りおきを頂けると、幸いでございます」

 

メアリー

「…さいしょから、すなおに、そういってください…」

 

 

system:

 メアリーの好感度が『10.000』ポイント上昇しました。

 

 

 やったぜ。これで、ゲームの攻略はおろか、無課金でセーブやロードまで、できるようになっちまうんだぜ。ありがてぇなぁ…。

 

 それにしても、未来のゲームはすげぇぜ…。お釈迦様の手のひらの上で踊らされてる感がハンパねぇぜ。

 

メアリー

「…では、ますたー、もとい、ハヤト。きおくがすこしずつ、もどってきたみたいですね。なにか、ききたいことは、ありますか?」

 

 

sample:

 A:ありがとう、メアリー。今の状況を教えてくれるかな。

 B:まだ思いだせないことがある。『ナノアプリ』とは?

 

 

 メアリーは、本来のRP《ロールプレイ》に戻ったようだ。

 

(…それにしても冒頭から、選択肢の幅が広すぎるっつーか…)

 

 一言で言うならば『多彩』だ。さっきは正直、自分でも悪ふざけをしていた自覚はあるが、メアリーは、結果として一定のレスポンスを返し、元の順路へと回帰させた。

 

 ゲーム的なルールとしては、お約束を踏み外した上での『邪道』であるかもしれないが、逆に言えば『自由度がとても高い』。

 

(…人工知能《セカンド》が、今以上に発達すれば、生身の人間を集めなくても、新しいジャンルが成立するかもしれないな…)

 

 夕方、中島さん、嘉神さんと、三人で話したことを思いだす。

 

 

 ――【セカンド】は、自分たちに知能があることを証明するために、チューリングテストの方法自体を考え、実践している――。

 

 

 俺たち『人間』に認めてもらうために。ヒトの姿をまとい、アイディアをだす。とんでもない話だし、常識的に考えて、それはもう2025年の『AI』を超えている。

 

 世間の流行とは関係なく、真面目にAIを研究している科学者からすれば、君たちは完全に誤解している。AI万能論も大概にしろよとか言われて、あきれられるかもしれない。

 

 それこそ、今から20年後に訪れると言われる、人工知能の自己進化速度が人間を超えるという説だ。なにが起きるのかわからない、人間には知覚不可能な『シンギュラリティ』。

 

 

 ただ、

 

 

 ――宇宙人って、信じてる?

 

 

 俺たちが持っている『誤解』。たとえ間違いであったとしても、ぬぐいきれない想像《イメージ》の産物に入り込み、それを利用して、なにかを成し遂げようとする、知能生物がいたとしたら。

 

 その『媒体』として選ばれたのが

 2018年頃に発祥した『VTuber』だったとしたら。

 

 この先、俺たちは一体、どうなるのだろう。

 はたして未来で、なにが見られるんだろう。

 

(やっぱ、ワクワクするよな。そういうの)

 

メアリー

「…ますたー。どうかされましたか?」

 

「ごめん、ちょっと考えごとしてた。えっと、それじゃ…」

 

 意識を切り替えて、画面を注目する。

 

 

sample:

 A:ありがとう、メアリー。今の状況を教えてくれるかな。

 B:まだ思いだせないことがある。『ナノアプリ』とは?

 

 

 ここは素直に『sample』のどちらかを選ぼうかと考えて、

 

 

time_count:

 領域野の状況推移が発生。――5、4…

 

 

 テキストが表示された付近の画面端に、また新たな文言が表示されていた。見えていた選択肢が閉じてしまう。

 

「…もしかして、制限時間あんの?」

 

メアリー

「…はい。じょうきょうは、こくいっこくと、へんかします…」

 

「マジかよ。普通は、ポーズ的なモノがあるんじゃ…」

 

メアリー

「…ますたー。あまり、わがままをいっては、めっ、ですよ…みんなで、げーむをしてますからね」

 

「みんなでゲームをしてる…?」

 

 それって、つまり。

 

 

system:

 カウントオーバー。フェイズ進行します。

 

//Arcanum[I]= The chariot.

 

 

 ――コツ、コツ、コツ、

 

 

text:

 …扉の先から、足音が聞こえる。

 誰かが近づいて来ているのだろうか。

 

 

 ――コツ、コツ、コツ。

 

 

text:

 …足音が止まった。扉の前だ。

 心臓が一度、ドクンと鳴る。

 

 

 ――コン、コン。

 

 

text:

 ノックの音。わずかに安堵する。相手に敵意があるのだとしたら、そういったマナーの一切すら省くだろう。

 

???:

「起きてる? 部屋に入りたいんだけど」

 

text:

 女性の声がした。一瞬だけ、逡巡する。

 

 

sample:

 A:起きていると応える。

 B:無言で反応を待つ。

 

 

ハヤト

「…起きてます。どうぞ」

 

 先ほどの制限時間を考慮して、今度は間をいれずに「Aボタン」を押した。一度だけ、短い電子音が響いて、扉が開いた。

 

???:

「目が覚めたみたいね」

 

text:

 部屋に入ってきたのは、翡翠色の髪をした、サイドテールの女性だった。

 

???:

「ご気分はいかが?」

 

text:

 彼女は黒縁《くろぶち》のメガネをかけ、黒い軍服のようなコートを纏っている。足下も同じく、黒いタイツスカートに、踵のやや高い、厚底のブーツという井出立ち。

 

text:

 反して襟元は大きく開かれており、白くヒラヒラとした襟元が特徴的だった。

 

text:

 白と黒のシンメトリィ。他にも派手過ぎない金ボタンと、光沢の入った飾緒《しょくしょ》がほのかに光る。

 

text:

 無慈悲な撃鉄の冷たさと、大人びた女性の立ち振る舞いが、その身の内側に相対しているような雰囲気だった。

 

???

「安心して。少なくとも、敵意はない――はずだから」

 

text:

 扉が閉まる。入ってきた女性は、ベッドが置かれた場所からは、遠い壁に立って腕を組んだ。リノリウムの壁に背をあずける格好でふたたび聞いてくる。

 

???:

「なにか喋ってほしいんだけど? 気分は?」

 

「…悪くはありません。少し、頭が痛みますけど…」

 

???:

「でしょうね。キミを連れて帰ったのが昨日。手術室へ運んだ際、頭部への外傷による脳内出血が目立っていたわ。割と深刻な状況だったけど…幸か不幸か、一命を取り留めたという感じよ」

 

 

sample:

 A:『幸か不幸か』って…。完全に助かったわけじゃない?

 B:手術室? ここは、病院なんですか?

 

 

 俺は『B』を選択しかけて…。

 

「手術室ってことは、ここは病院ですか? それから、あなたは誰なのか、聞かせてもらっても構いませんか?」

 

???:

「構わないわよ。まずは順に答えていきましょうか。とりあえずここは病院、というよりは医療施設と呼ぶのが正確かしら。10年前には、この世界から、大半の病気が失われて久しかったから」

 

 大半の病気が失われた。舞台は未来なんだろうか。

 

モガミ・スズ

「それと、わたしの名前は『最上スズ』。この世界にまだ規律《ルール》なんて呼べるものが存在していた頃は、軍施設で働いていたわ。今の仲間からは、冗談めかして『ボス』と呼ばれてる」

 

ハヤト:

「オレは、ハヤトって言います。ボス……最上さんが、助けてくれたんですか?」

 

モガミ・スズ:

「かしこまらなくても、すずでいいわよ。あと確かに、死にかけていたのを連れて帰り、治療したのもわたし。だけど、さっきも言ったと思うけど、助けたと言えるかは実に微妙なところよ」

 

ハヤト

「…さっきも言ってましたよね。幸か不幸かって」

 

モガミ・スズ

「えぇ、言ったわ。キミも『人間』なら分かってると思うけど。説明するより早いから、ナノアプリの『サーチ機能』を使ってみて」

 

 

sample:

 A:Rボタンを押して、『サーチ』する対象を選択する。

 B:なにもしない。

 

 

 一瞬「B」も気になったが、あまり自由にやりすぎると、また好感度が下がる気もしたので、素直に『Rボタン』を押す。

 

 

【Search】成功。

--------------------

 

登録名:

『モガミ・スズ』

 

種別:

『自立型アンドロイド』

 

配役:

『不確定。白?』

 

履歴:

 西暦2049年に誕生。

 人工知能工学・第3条まで認可済み。

 

 第4条の範囲『人間の家族』

 内容:あなたには閲覧の権限がありません。

 

 この情報は2053年に更新されました。

 

 現在、第4条の範囲における

 知能生物の反応は感知できません。

 

-------------------

 

 

モガミ・スズ

「見てのとおり、わたしは一応『白』よ。だけど【第5条件】に侵されていない、という保証はできないわ」

 

ハヤト

「…【第5条件】…?」

 

モガミ・スズ

「知らないとは言わせないわよ。キミはまだ、生後15年目のようだけど、生まれた時からすでに、生体流動端末《ナノアプリケーション》を取り入れてる痕があった」

 

 

sample

 A:黙って話を聞く

 B:わからないことが多すぎる。

 

 

 『A』

 

 

モガミ・スズ

「昨日『夜』がおとずれる前、頭部の手術をする際に、ナノアプリから生体履歴を参照させてもらったわ。キミは産まれた時から脊髄神経に異常を患っていて、筋肉繊維が委縮した赤子だった」

 

モガミ・スズ

「だから、生誕まもなく、体内にアプリをインストールしたのね。適合性を示す表示も、とても高い数値がでていたわ」

 

モガミ・スズ

「身体的能力は、通常の人間以下だけど、情報プロトコルに関した操作は、わたしたちアンドロイドと同等の性能を持っている。だからこの世界を崩壊させた【第5条件】の事も知っているはず」

 

ハヤト:

「アンドロイド?」

 

モガミ・スズ

「えぇ。わたし達は、あなた達をサポートする為に生みだされた、機械生命体《アンドロイド》よ。…どうしたの? まさか、実物を見るのが初めてとは言わないわよね?」

 

ハヤト

「…それは…」

 

モガミ・スズ

「あなた達の領域にも【第5条約】に侵されていないと判明した『白』が……中には『黒』もまた、高値で取引されているはずよ。そうでしょう?」

 

 

sample

 A:黙って肯定する。

 B:わからないと応え、素直に尋ねる。

 

 

 迷わず『B』と答えたいところだが、せっかくなので、俺もRP《ロールプレイ》を楽しむことにした。

 

「ごめん。すずさん、なにを言ってるのか、ほとんどわからない。オレ『記憶喪失』みたいなんだ」

 

モガミ・スズ

「…記憶喪失?」

 

「ナノアプリっていうのは、コレのことだよね?」

 

 『現実の俺』は、右手の中にあるコントローラのXボタンを押し込んだ。ハヤトの右手が動いて、VR世界の一部をタップした。

 

 メニュー画面があらわれる。世界の左側には、ナビゲーションを担当するメアリーが。世界の右側には、複数タブ項目のついた、半透明のマニュアルウインドウが表示される。

 

モガミ・スズ

「…驚いたわね」

 

 きちんと反応があった。

 

モガミ・スズ

「たいしたものね。システムに対して、そんなに簡単にアクセスできる人間なんて、はじめてみたわ。君もしかして、元はクラッカーとして活動してたりしたのかしら?」

 

 見逃さない。口元が笑った。メアリーと同じく、彼女もまた、この世界の設定上における人工知能、『ゲームのキャラクタ』という役割を『楽しんでいる』。

 

モガミ・スズ

「キミの言う通りよ。それが、ナノアプリケーション。体内を流動する微細な生命体、ナノボットを取り込み、人間の生命信号《シグナル》自体を固有アドレス化して、外部と通信する仕組みよ」

 

 あらかじめ、定められたルールを共有する。

 

モガミ・スズ

「副作用としては、ほんのすこしだけ、喉が渇きやすくなるってことね。人間の水分を分解して、電力エネルギーの代わりにしてるから」

 

ハヤト

「じゃあ、オレの中に、なにか変な生きものがいるって事ですか」

 

モガミ・スズ

「元々いるわよ。細胞、微生物、白血球…まぁ、呼び方や役割なんてこの際、なんでもいいけどね」

 

「だけど、ナノアプリは…元々は人体の中に、自然発生したものではないですよね?」

 

モガミ・スズ

「それも昔から繰り返してきたはずよ。新しい病気が流行れば、本来は持ちえなかった抗体を得るため、注射をして取り入れる。抗体を持った人間と、それ以前の人間、外見だけで区別つく?」

 

 ――会話が、極めて理論的に成立する。

 

モガミ・スズ

「まぁ、当時はキミの言う通り、倫理的な問題を焦点として争ったり、心情的な抵抗もあったみたい。年配者ほど受け入れ難い反応が多かった。でも結局は利便性には勝てずに普及していったわ。一応、型通りの免許みたいなものが必要になったけど」

 

「免許の取得って、難しかったりするんですか?」

 

モガミ・スズ

「ぜんぜん。普通自動車の運転免許を取得するのと、同程度の合格率といったところね。成人すれば大体の人間が必要性を感じ、あるいは流され、疑問を持たずに取り入れていったわ」

 

「なるほど…それでオレは元々、身体の問題で、産まれた時から、ナノアプリをインストールしてたってことですか」

 

モガミ・スズ

「らしいわね。それにしても、おかしな感じ」

 

「というと?」

 

モガミ・スズ

「人間は記憶喪失になると、そんな風に、自己確認することから始めるの? それともまだ、わたしが信用できない?」

 

「いえ、本当に思いだせないんですよ。ナノアプリ自体の操作や、自分の名前ぐらいは思いだせるんですけど…」

 

モガミ・スズ

「キミが嘘をついていないのだとしたら、どうして?」

 

「たぶん、普段からやっていた事には、そこまで支障がないんだと思います」

 

モガミ・スズ

「なるほどね。反芻しなくても、記憶にある自分の名前や、日常的に行っていた動作に関しては、そこまで問題なく行えているという感じ?」

 

「はい。おそらくは」

 

 口と頭を同時に回す。

 愛想よく、お客さんに対応する感じに話す。

 

「だけど。自分になにが起きたのか、この世界のできごとなんかも、まったく思いだせないんです。そういう症状って、前例があったりしませんか?」

 

モガミ・スズ

「…そうねぇ…」

 

 スズさんの肩が揺れていた。口元はもう、隠せないほどに笑っている。

 

メアリー・ミル

「…ぴんぽんぱんぽん…げーむまにゅあるが、こうしんされました。おーとせーぶも、じっこうしました…」

 

 そんな風に、化かし合いを楽しんでいると、とつぜん、ゲーム画面のインタフェース、『ナノアプリ』上の左側に映るメアリーが反応した。

 

モガミ・スズ

「どうかしたの?」

 

 おそらくは、というよりは絶対に、なにが起きたのかを把握した上で聞いている。

 

「すずさんには、オレのナノアプリは、見えないんですか?」

 

モガミ・スズ

「見えないわ。相互通信を許諾していれば、閲覧も可能だけどね。今はなにも映ってない。そこに、妖精でもいるのかな?」

 

「妖精と言えば、確かにそんな気もしますけど…あの、それって、ナノアプリに関連した、特定のプログラムの正式な名称だったりしますか?」

 

モガミ・スズ

「正式な、というよりは俗称ね。キミたち、人間の間でナノアプリが普及しはじめると、それをナビゲートする目的の、人工知能が普及しはじめたのよ」

 

モガミ・スズ

「端から見ると実際『妖精さん』と話しているように見えるからね。当たらずとも遠からず。嘲笑する意味合いを含んでいるとも言えるね」

 

「つまり『痛い人』ってことですか」

 

モガミ・スズ

「その『痛い人』の割合が、半数以上を占めるようになるまで、時間はかからなかったわ。それでも貉の穴同士、どっちがマシかで言い争って、妖精という愛称がそのまま定着したって感じね」

 

「あー、なんか、あるあるですね…」

 

 みにくいなぁ。人間は。

 

メアリー・ミル

「…ますたー、あまりきおちしないでください。にんげんなんてしょせん、そのていどのいきものです…」

 

 カワイイ声と姿で、甘くて癖になりそうな毒をはく。

 

「もしかして、俺の好感度が低いから?」

 

メアリー・ミル

「…なきにしもあらず、です」

 

「やっぱりかよ。どうすればいい? どうすれば、キミの好感度を上げることができるんだ?」

 

メアリー・ミル

「…メアリーは、パンがすき。です…」

 

「よっしゃ、パンだな。食料系のアイテムはどこで?」

 

メアリー・ミル

「…まず、かまどをつくります。つぎに、さいしゅした、こむぎをひいて。ねります…きんをはっこうさせるのも、わすれずに…」

 

「クラフト作業から始めなきゃなんねーのっ!?」

 

 しかも菌の発酵て。どんだけ本格的なんだよ。

 

モガミ・スズ

「あー、ちょい、ちょいキミ。現在進行形で妖精さんとお話されてる方、こっちの世界に帰ってきてくださーい」

 

「っと、すみません。つい」

 

モガミ・スズ

「なんか『好感度』とか聞こえたんだけど、キミももしかして、混沌としたこの領域からの救済を求めて、そういう世界にハマっちゃった口かな?」

 

「違いますよ!」

 

モガミ・スズ

「なんだ違うのかぁ…」

 

「なんでちょっと残念そうなんですか!?」

 

モガミ・スズ

「だって悪くないじゃない。あぁいうの。人生に生き疲れた人たちが辿り着く、最後の聖域って感じで。ニヤニヤしちゃう」

 

「楽しみ方が邪悪だよっ!」

 

 なんだろう。堅物そうな見た目と違って、結構というか、かなり俺たちと近いところにいらっしゃるのかもしれない。

 

モガミ・スズ

「さてと。だいぶ話がそれたけど、ナノアプリに関しての説明は、もう十分よね。記憶喪失のハヤト君?」

 

「はい、おかげ様で」

 

モガミ・スズ

「まだなにか聞きたい事があるかしら。と言ってあげたいのは山々なんだけど、…そろそろ時間ね」

 

 

time_count:

 領域野の状況推移が発生。カウント開始。

 

 

 このゲームは相変わらず、リアルタイムに進行していた。

 

モガミ・スズ

「ハヤト君。命に別状はないという意味で、健康状態に問題はなさそうだし、とりあえず、一緒に来てもらえるわね?」

 

text:

 その言葉には、言外に「否定はさせない」といった意思を感じ取った。

 

text:

 今すぐに逃げる必要はないだろう。もっとも、この先どうなるかは、わからないが…。

 

「すずさん。どこへ行くかだけ、教えてもらえますか?」

 

モガミ・スズ

「この先にある談話室よ。そこにわたしの仲間がいるわ。率直に言って、『わたし達を含めたキミの今後の処遇』を、全員で話しあって決めたいと思ってる」

 

「…」

 

 俺は黙ってうなずいた。

 そうして今度こそ起きあがり、部屋を後にした。

 

 

 

げーむのそうさほうほう:

 

【Player's manual】

(異世界の人間さん向け)

--------------------

 

Lスティック:

 ・コマンドの移動。

 

Rスティック:

 ・視点の切り替え

 

十字キー:

 対応したボタンで

 簡易マニュアル・登場人物の呼び出し。

 

Aボタン:

 ・決定、テキスト送り。

 ・sample選択肢の決定。

 

Bボタン:

 ・戻る。キャンセル。

 ・sample選択肢の決定。

 

Yボタン:

 ・バックログ確認。

 ・Lスティックと併用で、テキスト送りを高速化。

 

Xボタン:

 ・ナノアプリケーション起動。

 (メニュー画面の呼び出し)

 

Lボタン:

 ・メアリーとお話(ヒントをもらう)

 

Rボタン:

 ・対象物を【Search】する。

 ・指定後に二度押しか、

 Lスティックで【Search】対象を順次切り替え。

 

ZLボタン

 ・クイックロード/画面を呼びだし。

 

ZRボタン

 ・クイックセーブ。

--------------------

 

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