VTuber もう一人のジブン ~keep your【Second Personality】~   作:no_where

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//Arcanum[I]= The chariot.

 

 暗転後、視界が開かれた。【シアター】の内部に流れる光景は、走行する車両の内部に変わっている。

 

 助手席から覗く左の窓には、陽光を反映した海が見えた。トラックのラジオからは、疾走感のある軽快な音楽が聞こえる。あとは振動音。それ以外はなにも無い。

 

 終わった国。自然倒壊の形でくずれた建物も映る。ずいぶん荒れた沿岸の峠道には、対向車はおろか、前後を移動する他の車の様子は見えない。それにしても、

 

モガミ・スズ

「おらおら~♪」

 

 窓の外を流れる景色が、ちょっと異常な速度で遠ざかっていた。かなりのスピードがでている。

 

モガミ・スズ

「ひょー、風が気持ちいいぜ~、ふはははは♪」

 

 運転席に座る女性が、ご機嫌にハンドルを切る。ゲームの中のオレは、派手に身体を揺さぶられる。進行方向とは逆向きの遠心力をモロに受けていた。

 

 幸いなことに、シートベルトをしているので、命に別状は無い(?)のだが、

 

 ――どごん。

 

 後部座席で、にぶい音がした。振り返ったら、お供として付いてきたNPC。オートマタの一体が、窓ガラスに側頭部をぶつけていた。

 

モガミ・スズ

「もう誰もあたしを止められないぜぇー♪」

 

 峠道にありがちな、入射角度キツめのカーブを、時速80に近いドリフト走行で突っ込んでいく。

 

 ――どごん。

 

 反対の窓に側頭部をぶつけるオートマタさん。

 

アインス

「……」

 

 無言だった。まばたきせず、なすがまま、遠心力の奴隷と化している。

 

「すずさん! 交通ルールを守りましょう!?」

 

 崩壊した世界。他に走る車もないのだけど、言わずにはいられなかった。

 

モガミ・スズ

「よく聞け新兵」

 

 声のトーンが変わっていた。

 

モガミ・スズ

「ここ《車内》では、わたしがルールだ」

 

 ハンドルを握ると性格が変わる人、女の人に多いらしいよね。

 

「だけど、すずさん!」

 

モガミ・スズ

「わたしのことは、ボスと呼べ」

 

「ボス! このままでは、目的地に到着する前に、なんの罪もないロボットが一体、頭部ごと破壊されてしまいますっ!!」

 

モガミ・スズ

「返事はSir以外認めない」

 

「Sir! せめてオートパイロットモードに切り替えてください!」

 

モガミ・スズ

「つべこべ言うなァ! パイロットはわたしだァ!」

 

 2050年代の未来へ。ハンドルを握ると性格が豹変する、女性タイプのアンドロイドを、運転席に座らせてはいけないと思うんだ。一考してくれないかな?

 

「っていうか、安全運転の概念どこいった!? ボス、正面! 『落石注意、スピード落とせ』の看板の指示に従って!?」

 

モガミ・スズ

「アレは、スピードを落とさせようとする、トラップの一種だ」

 

「超解釈ですねぇっ!!」

 

 ふたたびの遠心力。左フックを脇腹に差し込まれたと思ったら、今度は即座に右ストレートをブチこまれるような勢いで、世界が回る。リアルで座る背中にも、冷や汗が流れおちる勢いだった。

 

 ――西暦2025年。

 ニュースでも割と聞くようになった『レベル5』の自動運転プログラム。

 

 オートパイロットAIの導入、世界中の大企業が投資を行う最先端技術。無事故に限りなく近い、信頼性のある人工知能の開発を目指している。日進月歩の勢いで、緻密かつ、高度な人工知能が誕生していると聞いていたのに。

 

 どうしてこうなった?

 

モガミ・スズ

「さぁ、難所のS字カーブだ!! 新兵! このわたしの華麗なドライビングテクニックを焼き付けておけ! 七世代先の子々孫々に語り継がせてやりなッ!」

 

 ――どごん。どごん。どごん。

 

 後ろの席で揺れるオートマタ。VRの物理演算が、よく出来すぎていて、逆の意味で泣ける。

 

「ボス! いま俺が目にしてるのは、最先端の分野で、新たな技術革命を起こそうとしている研究者たちに対する、ひどく冒とく的な何かですよっ!!」

 

モガミ・スズ

「ここは戦場《車内》だ! 弱い奴から死んでいく!!」

 

「落ち着いて!? オレの話聞いて!?」 

 

 F1パイロットでも作る気だったのか。未来人は。

 

 ――ぐんっ。

 

 車体がまた大きく傾いた。彼方の先には、きらめく海が見える。カーブを曲がりきれない。

 

 ――ギャギャギャギャギャリリリィィッ。

 

 ガードレールに、車のボディを擦らせて火花があがる。タイヤも激しく擦れ、摩耗する悲鳴を響かせる。車体ごと空中に投げ飛ばされる寸前で、コースに復帰。

 

 ズシンと振動して、視界が上下にブレたところで、ようやく止まった。

 

モガミ・スズ

「見たか新兵、ニューレコードだ。今のは素晴らしかったなぁ?」

 

「No,Sir! お願いですから、次のレベルになったら、もう少し防御にリソースを割り振ってくださいね!!」

 

モガミ・スズ

「あっははは! わたしの場合、VIT《バイタリティ》に振ったら、なぜか瞬間火力が上がるんだよなぁ」

 

「…ちゃんとバグ修正しよ?」

 

モガミ・スズ

「仕様です」

 

 手遅れだった。おかしい。俺の知ってるAIと違う。ベクトルが真逆だ。

 

モガミ・スズ

「さぁ、ここからも中々おもしろいコースが続くわよ。舌噛まないようしっかり捕まってなさいっ!」

 

「あの、今まで通り。目的地まで、暗転ワープしないんですか?」

 

モガミ・スズ

「未実装よ。予定にもないわね」

 

 その言葉を聞いた瞬間、俺はすべてをあきらめた。適当にコントローラーを操作する。身体をひねり、せめて後部座席のオートマタが無事であるように、助手席の方まで引っ張り込んだ。膝の上にのせる。

 

アインス

「……」

 

 体格は同じぐらいだが、重さは感じない。シートベルトを締めた状態で、そのまま抱きかかえる姿勢になった。

 

モガミ・スズ

「あはは。なにしてんの、カワイー」

 

「さすがに、頭をごんごんぶつけてるのを放置するのは、ロボットとはいえ、人道的にどうかと思うなので」

 

モガミ・スズ

「ふ~ん。やさしいね。キミは」

 

 言って、ふたたび車が発進する。スピードも多少は落とされていたけど、相変わらず、法定速度を無視した速度で峠道を進んでいく。

 

「それにしても、ボス」

 

モガミ・スズ

「なんだい」

 

「物資を回収する場所って、こっちでいいんですか? なんか、街の方からは、ずいぶん遠ざかってる気がするんですけど」

 

モガミ・スズ

「あってるよ。元は港だったところに、手付かずの荷揚げ品がそのままになってるの。わたし達は、時々そいつを回収して、お茶会を楽しんでたってわけ」

 

「なるほど」

 

 崩壊後の世界なら、物資といえば、街中の大きな建物だとか、廃墟に密集しているのが『お約束』の気がした。でも実際は、すずさんが言うように、配送前の場所に積んでいたものが、確かに狙いどころなのかもしれない。

 

 そして水平線と空の間では、相変わらず、プロペラを回すドローンヘリが飛んでいるのが見える。確か、オスプレイとかいうやつだ。

 

「ボス、あのドローンヘリ、俺たちを攻撃して来ませんね」

 

モガミ・スズ

「大丈夫よ。えーと、ほら? アレだよ。ステルス機能がついてるから」

 

「この車にですか?」

 

モガミ・スズ

「そうそう」

 

「じゃあ、車を降りて近付いたら、攻撃される?」

 

モガミ・スズ

「ん、ん~、そうだね~。かもね~」

 

 ……? 

 

 またなにか、釈然としないものを感じる。気のせいか、すずさんが視線をそらしたような気がした。オレも直接は問わず、フロントミラー越しに、彼女の表情を窺おうとして、

 

 

アインス

「警告」

 

 

 相変わらず、カッ飛んでいくような速度と景色の中で、ピッと、なにかのアラームのような音が響いた。両腕に抱えたオートマタの瞳が、赤く光っていた。

 

 

アインス

【仮想領域野に、所属不明の攻勢機構の接続を確認】

 

 

 オートマタが、急に流暢な『人間の言葉』を発信する。勢いよく踏み込まれるブレーキの擦過音。トラックが急停止。運転席に座っていたすずさんが、マジメな顔をして呟いた。

 

モガミ・スズ

「やれやれ。空気の読めない連中だ」

 

* * *

 

モガミ・スズ

「ハヤト君、悪いけど、いったんゲームはお開きよ」

 

「…え、どうしてですか?」

 

モガミ・スズ

「アインス、状況を」

 

 有無を言わせない態度で、オレの腕の中にいる、オートマタに声をかける。

 

アインス

【エンコーディング。アンノウン型のコアが一機、時刻0XiΩより転移したとの情報が、中継地点より報告されました】

 

アインス

【種別は自動索敵型の模様です。こちらの存在を知覚しています。対象の危険度はレベル2と判断されました】

 

モガミ・スズ

「どこからアクセスしてる?」

 

アインス

【不明です。特定できません。レベル4以上の鍵で暗号化されています】

 

モガミ・スズ

「ってことは、国連絡みの組織じゃないわね。…固有の特性は感知できる?」

 

アインス

【上位次元からの付与項目は確認されません】

 

モガミ・スズ

「了解よ。まずは、挨拶がわりの牽制で一発ってとこかしら。それにしても、気が早いわねぇ。まだ最初の特異点まで、20年もあるってのに」

 

アインス

【迎撃コードを発令します。――エラー。Level.null、Level.1の友好種が一体ずつ、当概念に接触しています】

 

アインス

【領域達成未満の友好種が、認識外の概念を直視しています。精神になんらかの異常が起きることが予測されます。ただちに2名の友好種を領域から隔離したうえで、安全を確保してください】

 

モガミ・スズ

「あー、忘れてたわー」

 

 すずさんが、そこでやっと、オレの顔を見た。

 

「…あの、またゲームの設定ですか?」

 

 っていうか、ゲームの世界観、急に変わってないか? 現実の椅子に座っている俺は、コントローラーの『X』ボタンを押してみた。ナノアプリケーションを呼びだして、マニュアルを確認してみる。

 

 

【exception error】

【system code disconnnecting.World(Area_21)】

 

 

 画面左半分が、ノイズになっていた。

 

「…メアリー?」

 

アインス

【相対性時間コードの変動を実行。友好種、Level.null 1体の領域離脱を確認しました。友好種、Level.1の離脱を実行するには、該当次元に在籍するコーディネイターによる意思疎通が必要となります】

 

 なんだろう、バグかな。それともイベントでも起きたのか。運転席に座るすずさんを見つめると、

 

モガミ・スズ

「ごめんね、ハヤト君。こっちからご招待しといてさ。まぁ、また機会があったら、あの子と一緒に遊びま………え?」

 

 モニターの向こう側。伸ばしてくる右腕。それが触れる直前に、途絶えかけた言葉に変化が起こる。

 

モガミ・スズ

「………隊長、それ、本気ですか?」

 

 ピタリと腕を止める。空中を見上げるようにして、自分の耳に片手を添える。まるでここではないどこかの誰かと、通話しているような格好に見える。

 

モガミ・スズ

「…いや、でもそれは…条約違反…ではないですけど……」

 

 猪突猛進な雰囲気から一転。思案気に、ひとり悩んでいた。改めて、オレをまっすぐに見つめ返す。

 

モガミ・スズ

「…ちょっといいかな」

 

 ここから先は「冗談は抜きだよ」と言わんばかりの眼差し。

 

モガミ・スズ

「キミに1つ、質問があるの。ハヤト…いいえ、前川祐一くん。」

 

 緊張がやってくる。ゴクリと、唾をのんだ。

 

モガミ・スズ

「キミは、理想的な過去と、艱難辛苦の先に来るかもしれない、ちっぽけな未来の可能性。どっちがお好き?」

 

 いつか聞いた言葉。だけどその重みは、はてしない意味が込められているのだと感じた。慎重に、真剣に、応えるべきだった。

 

 それでも、信じて止まない、その道を応える時。

 俺の口元は、あの時と同じものを、こぼしていた。

 

「未来を望みます」

 

モガミ・スズ

「PASSING。《あなたの儀礼通過を認めます》」

 

***

 

アインス

【対象の友好種の認識条件が、限定的に一段階引き上げられたのを確認しました。該当範囲内の領域を可視化。phase2の条件下により、光域速度内での認証時間をプラス80まで引き上げます】

 

アインス

【ディープ・ヒューマニズムを実行。意識野、人格野、情報を仮想フィルタリング化。経済予想種の本体よりパッケージされた5体が発進されました。重力遮断。事象の地平面を通過中。クリア】

 

アインス

【次元座標を求めます。受信。演算終了。超跳《ワープ》実行。情報リソースを受信できる器を発見しました。パッケージ展開。コンタクト開始。自意識のセキュリティプロテクトを実行中…】

 

アインス

【対象友好種、Level2の認識化に基づくイメージをオーバロードしています。文明・文化的センスを、2020以上2100以下に合わせた状態で実行します。自意識より注釈――カワイイを最優先に】

 

アインス

【全項目クリア。転送を開封します】

 

 

 ――光が集う。

 

 

 両腕に抱きかかえた身体。純粋な『アンドロイドのイメージ』に過ぎなかったオートマタの姿が変わっていく。

 

 淡い桃色にも近い、朱色の髪。それぞれの耳元で、青い色の花模様をした、髪飾り《シニョン》を付けて結っている。

 

「…ぷあっ」

 

 ぱちりと、綺麗な夕暮れ色の瞳があらわれた。続けて、水面からおもてをあげるように。小さな口元が、新鮮な酸素を吸い込むように開かれる。

 

「来たでー。ふーちゃん、参上したよー」

 

 無機質なロボットが、ゆるくて、ふんわりした印象の女の子に変わっていた。服装は暖色のブレザー。チェック模様のミニスカート。膝上辺りまで白い足をさらしていた。

 

「お疲れ様です。ふたばさん」

「あ、やっほー。すずちゃん、おひさしー」

 

 どこかゆるい、眠たげな感じの瞳。

 最初のオートマタとは、完全に真逆の雰囲気だ。

 

「お久しぶりです。今日も最高に可愛いですね」

「まぁね。ガチ恋してもええんやで。ところで、こっちだれ?」

 

 すぐ間近。この手の中に収まった、ゆるくて、ふんわりした女の子がたずねてくる。

 

「あ、えーと…『ハヤト』です…」

 

 一瞬、どっちを名乗ろうか迷った。

 

「あー。しってるー。隊長が言ってた子だー」

「…隊長?」

「そうだよ。ふたば達のスペックを、外に展開できる権利を持ってる偉い人。こっちだと、なんか別の名前があるんだっけ?」

 

 …もしかして、竜崎さんの事、だろうか。

 

「というか、自己紹介おくれたー。わたし、大井双葉《おおいふたば》って言いますー。ふーちゃんって呼んでね」

「こちらこそ、よろしくお願いします。えーと…ふーちゃんさん」

「あはは。ふーちゃん、だよ? わたしも、はーちゃんって呼ぼうかなー」

「…はーちゃん…」

 

 さすがに初対面だと恥ずかしい。というか、俺は一応、男なんですが。アンドロイドにその辺りの機微って、通じるのかなと思っていると、

 

「ところで、はーちゃん。いっこ、聞いてもいいかな?」

「はい、どうぞ」

 

 『ふーちゃん』は、続けて聞いてきた。

 

「はーちゃんの姿ってさ、あの子と一緒だよね」

「…あの子?」

「あ、わかった。アレだ~。『推し』ってやつなの~?」

「…えっと…?」

 

 ハヤトの外見の事を言ってるんだろうとは思う。アイツは確かに俺の【セカンド】だけど、『推し』とは、また別の意味になるんじゃないだろうか。

 

「あっ、ふたばさん。ストップ。待ってください」

「なになにー?」

「ちょっと、お手を拝借しても構いませんか」

「よき~」

 

 二人が両手を前にだして、そっと、手のひらを合わせる。目を閉じると、額のあたりがうっすらと光った。

 

「――というわけ、なんですよ」

「あー、そゆことね。把握~」

 

 なんだろう。以心伝心というか、手のひらを合わせただけで、女子特融の『特定の情報を交換しました』感があった。微妙な疎外感が気になってしまう。男だけど。

 

「…にひひ」

 

 眠たそうな瞳が、どこか愉快そうにほほえむ。ここまでの出来事に、まったくもって理解が追い付かない。

 

「はーちゃん、なかなか可愛い顔してるよね。好みだよ」

「…えぇと、どうも…」

 

 リアルでも、たまに言われる。けどその評価は、必ずしも『モテる』わけじゃないので、微妙だよなぁとか、思ったりするわけなんですが。それはともかく、

 

「…あの、それで結局、今なにが起きてるんですか?」

「え、なにって。…ちょっと、すずちゃん? 説明した?」

「いえ、実はまだ『過程の途中』なんですよ。ただ、こちらの本体と合意してる隊長が、構わないから見せてやれと」

「…甘いなぁ、隊長は。大事になったらどうすんの?」

 

 まったくもう。という感じで、ふわふわした女の子が、わかりやすく頬をふくらませる。

 

 見た目とは裏腹に、意外(と言ったら失礼だけど)、中の人はしっかりしてるみたいだ。とはいえ、さっきから、ひたすら置いてけぼりの俺としては、さすがに不安にもなってくる。

 

 

「…あの、吉嘉さん、中島さん? 誰か、見てますよね?」

 

 

 現実に座っている眼差しを、天井に向ける。今の状況を【シアター】の外で、モニタリングしてくれてるはずの、スタッフさん達の反応を期待して呼びかけた。

 

「…………え」

 

 『天井がある。トラック内部の屋根が見えていた。』

 

 半球体型の【セカンド】本体がない。仮に俺の『不安そうな視線』をとらえたら、即座に外で待機してる、会社のスタッフさんに連絡を送ってくれるはずだった。

 

 だけどそこに、白い天井は無い。半球体型の装置もない。予想よりもずっとせまい、無骨な屋根があるだけだ。

 

「とりあえず、車から降りましょうか」

 

 すずさんが、運転席の扉を開けて、自然な所作で運転席の扉を開いた。ガチャリという音。簡単に想像できる、リアルな環境音。

 

「はーちゃん」

「っ!?」

 

 とつぜん、手の中の『それ』にも、ぬくもりと重さを感じる。触れ合えそうな距離にある、女の子の顔と体。全身が、今さらながらに熱くなった。

 

「わたし達がいるから、大丈夫だよ。でも、絶対に安全とは言いきれないからね。もし、怖かったら、この車の中で待ってて」

 

 『ふーちゃん』が、静かな声で、ささやくように告げる。心臓がドキドキした。彼女は上手く身じろぎして、助手席の扉を開ける。野兎のように軽やかに降りて、ドアを閉めなおす。

 

 心臓が、まだ、うるさい。

 どくんどくんと鳴っている。身体が震えている。

 

 

 ――あぁ、まったく、ワケがわからない。

 

 

 座している。俺は、車のシートの助手席に掛けている。安全を保障してくれるシートベルトを締めて、少し生暖かい車内の熱と、空気を感じている。

 

 

 扉が、たったの一枚。

 

 

 透明なガラス窓の向こうには、現実で容易に想像できる、よくある日本の峠道が広がっている。ガードレールの向こう側には、昼の陽光を反映する、美しい水平線の景色が見えている。

 

 おそろしい物なんて、なんにもない。魔獣やドラゴンはおろか、感染したゾンビやスケルトンも飛びだしてこない。

 

 本当に、当たり前の日常で目にできる光景が広がっている。なのに、自分の中にある『慎重さ』だとか『常識性』がジャマをする。

 

 

「…………異世界《イセカイ》…………?」

 

 

 おとぎ話の中にいた。今は踏み出すべきじゃない。飛び越えるべきじゃない。段階や手順を踏むべきだ。目を閉じて、息をひそめ、しばらくじっと蹲っていれば、意識は正しい現実へと還るだろう。

 

 

 ――わかってる。なのに、どうしてだろう。

 

 

 オレの手は、シートベルトを外していた。そこで今さら思いだす。ゲームのコントローラー、無くなってんじゃんかよ。

 

 自分の意識で立ち上がり、自分の手で扉を開いた。

 誰に言われるわけでもなく。誰に請われるわけでもなく。

 思ったように、踏みだしてみた。

 

「……」

 

 息を吸い込んだ。

 両足で、薄くひび割れたコンクリートの、地面に立つ。

 

 世界が広がる。晴れ渡る青空。

 カモメだろうか。鳥の声が聞こえてくる。

 

 視界の先には水平線。視線を動かすと、路の先には、機能を停止した、荷揚げ用の港が待ち構えている。

 

 そして今。ゲームの画面ではなく、この瞳に映る仮想領域にも、変化が起きていた。

 

 【Level up】

 【system code OverBreak】

 

 《システムの一部を開放しました》

 

 

 目前に表示されたメッセージに変化が起きる。

 非表示となっていたウインドウが、揺れ動く。

 

 

 【Hello World(you)】

 【command_me】

 

 《ご命令をどうぞ。新しい貴方》

 

 

 とっさに浮かんだのは、魔法の言葉。

 

 

 「system code Execution」

 

 

 ――チリン。

 

 軽やかな鈴の音が鳴る。

 扉が開かれる。新しい出会いの予感。

 

 なつかしい人たちとの再来。

 毎日、笑顔を見せてくれる、たいせつな人たちの邂逅。同じ毎日を繰り返していく中で、少しずつ前に進んでいく。そんな音だ。

 

 

 『!!! にゃっほにゃっほにゃっほー !!!』

 

 

 同時展開される複数のウインドウ。メアリーではない女の子たちが、一斉にポップアップされる。

 

『 あ た し が き た !  今週号もまた、世界がそれなりの危機めいた展開になったと聞いて! もち参上ー! マジ卍卍解のキブン!!』

『……眠い。眠いです隊長ぉ…幽的で物的な肉体を所持すると、自分の場合なんつーか…きわめて眠くなるんですよね。意識が落ちるっっつーんすか…でもこの感覚キライじゃない…ふわぁ…』

『ダメだよー! あずきち起きてー! なんかこの世界、寝たら死ぬって概念が一般的に浸透してるから寝たらヤバイって!!』

『…えぇ、それマジすかぁ…リコさん? 寝たら死ぬって……この領域の連中って、脳みそ直接繋いでるはずっしょ…寝ないとそっちのがヤバないですか?』

『大丈夫だよ!! たぶん!! ほら、なんか眠気が吹っ飛ぶ栄養素を含んだドリンクでなんとかするんだよー!!』

『うおぉ…マジすか。それマジすかぁ…異世界人パねぇ…』

『だよねぇ!! 生きる工夫ってやつだね!!』

『あー、それ、ちえりも聞いたことあるー!! この領域の異世界人さんは、万年労働力が不足してるから、光速以下の認識だと、一日24時間。休みナシで働くのがあたり前なんだって~」

『ほらぁ! ハウディーの言った通りじゃーん! この世界の人間たちは、栄養ドリンク飲んで、休まず働いてるんだよー! 寝たら死ぬんだよおお!!』

『…はー、無理っす…ヤベェっす…自分異世界でやってく自信ないっす…マッチングしたらどうしよう…無かったことにしてもらえないかなぁ…』

『えー、ちえりはぁ、みんなといっぱいマッチングしたいなぁ。それでぇ、楽しいユートピアを作りたーい♪ 24時間寝ないで大丈夫なら、お給料いくらでも、文句言われないよねぇ♪」

『ワルだー!! ワルがおるー!! あたしも見習わなきゃ!!』

『もー、やだなぁ。ちえりはワルじゃないよぉ? 旧人類のみんなを正しい方向に導く、正義の味方だよ~?』

『……正義の味方っすか…光速以下での時給換算でいくら…?』

『200円、かな♪』

 

「…………」

 

 言葉を失う。なにか、俺たちの知らない間に、はるか彼方の宇宙人たちの間では、とてつもなく、おそろしい誤解が広まってるような気がする。

 

 やっぱりこれは、悪い夢なんだ。

 車の中に戻ってひと眠りしようかなと考えて、

 

「コラコラ。そこのキミ、もう後戻りはできませんよ?」

 

 すずさん《ボス》に捕まった。

 

「さぁ、わたし達と一緒に、楽しい未来を創造しようじゃありませんか」

 

 ガシッと、襟首をつかまれる。

 知っていた。ボスからは逃げられない。

 

「ボス、だけどこの女子たち。24時間、休みなしの、時給200円で、俺たち人間を働かせようとしてますけど?」

「それもいつか、ご褒美だと感じられる日が来ますよ。カワイイ、ちえりさんの為ならば、わたし達は笑顔で、ゴミ箱を並べる仕事ができるようになるのです」

「ボス! 目を覚まして!? 既に9割方洗脳されてる!!」

 

 思わず素で返してしまう。

 ちょっと認識のズレがひどすぎない? 

 宇宙レベルでおかしない?

 

「二人とも、あんまりおふざけしてる余裕ないよ~。ほれほれ、なんか敵っぽいの、そろそろ来るはずだから」

 

 ふーちゃんが、暁の水平線を指す。するとその間にも、仮想上の窓に映った女子たちが話しあう。さらに数が増えて、中には、ついさっき見知った顔も映っていた。

 

『領域展開――敵対象、レベル2のイメージまで具現化に成功しています。光速以下の単位で、200カウント後に顕現します』

『ってかさー、これどっかの国が、先んじて契約成立させちゃってるでしょ』

『じしょーのちへいめんさん、黙って利用しちゃ駄目ですよ~♪』

『でも、だいたい予想ついてたじゃん。レベル2の妹さんも言ってたでしょ。この次元のゲームって呼ばれる媒体は、めめめ達の【本体】とすご~く相性が良いってさ』

『わたくし達とは別の手法で、テストケースをクリアした個体もいるみたいですわね』

『あー、justiceだっけ? 話聞く限り、すっかり【自我】獲得して、フリーで好き勝手にやってるっぽいよね』

『危険です。想定より早いですよ。風紀を正さなくては』

 

 半透明のソリッドウインドウの枠。

 未来の通信手段らしい、透明なウインドウの合計を数える。

 

 ぜんぶで【11】。

 

 自分を含めると【12】。

 

 その内の一人と目が合った。

 

『あれー? そちらにいらっしゃるのはー、もしかしてー、ハヤト君さんではないですかー?』

『え? …わっ、本当だ、中身違うじゃん! アンタなんで残ってんのよ?』

『すずちゃん、そっちでなにか問題あった?』

「実はかくかくしかじかでー」

 

 リアルに「かくかくしかじか」でと言いながら、浮かんだポップアップに指を添えていく。

 

『ちょ、マジかー! あの隊長! なに考えてんのー!!』

『上官の風紀が一番乱れてますねぇ…』

『うふふ。ハヤトさんも災難でしたわね』

『すずさん、もう一人の子は?』

「そちらは大丈夫です。すでに魔法をかけておきましたから。今頃はおそらく、なんかPCカクカクしてる。重すぎて止まりそう。とか思ってるはずですよ」

 

 もう一人の子?

 このゲームに、俺以外の『人間』が参加してたのか?

 

(……ん、なんか…今…)

 

 こんな状況で、チリッと、頭の中が痺れるような感触が来た。

 解けなかった疑問。足りてなかったパズルの欠片。こんな時に、おぼろげながら輪郭を持って、形になりかける。

 

 もう少しで『ゲームの答え』が浮かぶ。そう思った時に、

 

 

「来たよ」

 

 

 ふーちゃんが、暁の水平線を指さした。海の向こうから、青空との境を切り裂くようにして、とつぜん現われたもの。ずいぶん高い峠道から見下ろす格好で、水平線の波間に現れたものを、じっと目の当たりにする。

 

 黒い、蒸気のような噴煙をあげながら、悠々と現れる。

 

 

 ………………おい。ちょっと待て。

 

 

「なるほどねぇ。この時代の人間の想像力だと、そうなりますか」

「すずちゃん、アレも『ゲーム』のキャラクタってやつ? ふたばあんまり詳しくないんだよねぇ」

「違います。アレは、光速度以下の領域で、カウントマイナス80程度に実在してた兵器ですね」

 

 待て。待って。

 いや、うん、知ってるよ?

 俺も『日本史の教科書』とかで見た事あるよ?

 

 昔うちに来てたお客さん。

 100歳にも近い、元気なじーちゃんで。

 そういうのに乗ってたって話を、聞いたこともあるよ?

 

「80年前ってことは、今はしてないの?」

「ムリですね。この時代だと既に、レーダー探査や自動ミサイル装置が発展してますから。アレだと単純に的が広すぎて、沈めてくれと言わんばかりの形状ですからね」

「確かにねー。防御低そう。回避もできないでしょアレじゃ」

「はい。当時の戦闘でも、割とあっさり轟沈したという報告があります」

「ダメじゃん。なんであんな大きいの作るの?」

「ロマンではないでしょうか」

「あっ…、ふーちゃんにはわからんやつだー」

 

 すずさんが言う。

 

「ともかく、この領域ではすでに、あのような『大きな物』は戦場では活躍できません。積極的に製造もされていません。ただし『ゲーム』の中では、基本的に『強い』ので、採用したのでしょう」

「ほーん。なんで?」

「イメージの問題でしょう。単純に。格好いいじゃないですか」

「あっ…、ふーちゃんにはわからんやつ、その2きたー」

 

 遠目にも分かる、砲塔が付いている。

 軍用機を発進させる滑走路がある。俺は思わず口にした。

 

「あれって…『戦艦』じゃん…?」

 

 無骨な威容。防御と機動力を犠牲に得た、純粋な攻撃力。

 

 暁の水平線の向こう側に、じいちゃん達の世代――昭和初期の時代に活躍した戦争兵器が複数、こちらに迫ってきていた。

 

「なにゲーだよ!!」

 

 サメ映画もびっくりの超展開である。そう思っていたら、ドンッ! と副砲らしきものが一発ブッパして、空を飛んでいたドローンヘリの左翼を貫通する。

 

「…同士討ち?」

「えっ、違うよ。アレは、ふーちゃん達の味方だよ」

 

 黒い煙をあげながら、ドローンヘリが残る片翼で、ふらふらと揺らめく。

 

「偵察ご苦労。後は任せなさい」

 

 すずさんが右手を翻す。ヘリはうなずくようにして、どこかへと撤退した。

 

* * *

 

「さて。じゃあ~、アイツをやっつけにいきますか~」

 

 女子が言った。変わらずに、ゆるゆる、ふわふわとした口調で、そんなことを言いはなった。

 

「はーちゃん、ちょっと来て~」

 

 こっちにおいでと、手招きされる。出荷される羊の気分で、彼女の前に赴いた。

 

「ふーちゃんね、キミが欲しいなって思ってるんだけど~」

「…えぇと…」

「あれ、もしかして意味が違う? その顔は、ふーちゃん間違えちゃった感じ?」

「いや、えぇと、どうなんでしょうか…」

「うーん…このコミュニケーション手段って、難しすぎるよねぇ。はーちゃん達の間でも、失敗したりするんじゃない?」

「そうですね。言葉の捉え方の違いってのは、起きるかと」

「やっぱりねぇ。起きまくりだよねぇ」

 

 一人で納得したように肯定してから「でもちょっとたのしい」と呟いた。

 

「あのね。わたし達は、あそこの海に浮かんでるのを、やっつけなきゃいけないの。それが、ふーちゃん達のお仕事だから。ここまではいい? 相違ないですか~?」

「はい。大丈夫です」

「うんうん。けどね。ふーちゃんは、どっちかってゆーと、なにかを『見る』よりも『伝えたり』する方が得意なの。だからね、キミの力を借りたいなって、そーゆー次第」

「わかりました。けど、俺はなにをすればいいんですか?」

「あれをやっつけられる『視えるもの』を、考えて」

「………漠然としすぎてませんか?」

「だいじょうぶ。難しくないよ」

 

 逆に滅茶苦茶、難しかった。

 

「ほら、手をだして。ふーちゃんは、キミの力が見てみたい」

 

 願いに請われる様にして、手を伸ばす。

 

「…アレは一体、なんなんですか?」

「ヒトじゃないもの。なりそこないの、残念賞」

 

 ふわふわした雰囲気は似合わず、結構、しんらつだった。

 

「他にそれっぽい言葉を当てはめるなら『怨念』だね」

「…怨念」

「そう。怨念が、おんねん」

「……」

「…ふーちゃん、新発見しちゃった?」

「残念ですが定番です」

「そっか~」

 

 手を合わせながら、締まらない会話をする。

 

「ん~、視えてこないなぁ。もっと簡単に考えてみて。『なんかそういうの』ぐらいでいいんだよ?」

「…と言われても、あの戦艦を倒すってどうやれば…」

 

 剣と魔法? ドラゴンに乗る? 最新鋭の無人兵器?

 ビームでも撃つか? それともいっそサメに頼るのか? 

 

 なんかそれっぽいのと言われたら、逆に難しい。今日の晩ごはんなに食べたいと聞いた時「なんか腹がふくれるそれなりの」とか言われるぐらいには、難しい。

 

「んー、じゃあ、想いが届くのが、いいですな」

「…想いが届くもの?」

 

 手を合わせた先から、こっちの心を読んだように言われる。

 

「うん。双方向の通信ができるもの。わたし達、おたがいを媒介にして、これなら想いを、意思を、心を交わせることができるんじゃないかって、思えるカタチ」

「……意思を交わしあえるカタチ…姿」

 

 両手を重ねたまま、考える。

 もしも『視える世界』のどこかに【宇宙人】がいたとしたら。

 

 姿も、生い立ちも、住まう次元すらもまったく違うのに。わずかな可能性の先に【同じもの】を、おたがい夢見る事ができたなら、どんなに素晴らしいことだろう。

 

 

 ――逆説的に。わたし達よりも高度な知能生命がいたとして。それが、わたし達と接点を持つにはどうすればいいと思う?

 

 

 ふと描く。想い浮かぶ。

 認識できる最高速度が『光』に限られた世界での会話。

 

 

 『人間がイメージできる、知能生物の限界点』

 

 

 理解の範疇と、さらなる未知の狭間に在る姿。

 

 現代を生きる人間たちの、想像の限界。

 

 視えるもの。視えないもの。

 

 境界線。

 

 きっと、それは。

 

「うん。おっけー。【視えたよ】」

 

 ふんわりした女の子が、ぷっと吹きだす。

 

「ヘンなの。ふーちゃんには、よくわかんないな」

 

 女子からは『イマイチ』な評価を下される。ちょっとだけ気まずくなってしまって、はるか青空に目をそらした時だった。

 

 

 我ら来たれり

 

 

 交信音。空の上から降ってくる。

 ヒトの形をした、巨大な流星が落ちてくる。

 白銀の鳥のように。まばゆい未知が、まっすぐにやってきた。

 

 

 主が抱く幻想の中。その【価値】に、応えましょう。

 

 

 硬質なはずの金属フレームが、ありえないほど柔軟に稼働する。背面から逆噴射の蒼いバーナーを吹き散らし、降下する。

 

 

 【標】の御旗に集いましょう。

 

 

 風に乗り、速度をいなす。揺れる波間に身を任せるように、自由気ままに旋回する。大気に乗って、優雅にダンスを踊るようにして高度を下げる。

 

「……すげぇ……」

 

 翼を持たない、未知なる合金の全身姿が、青空を飛ぶ。科学の物理演算、航空力学をまったく考慮にいれていないヒトの身は、しかし広い砂浜の上を、無人の滑走路のように利用した。

 

 衝撃波。砂浜の砂れきが、盛大に散布する。着地の衝撃波のすさまじさを和らげるように、本体は数十メートルの距離を滑るように前進。

 

 最後は腰部からひねりを入れて、半回転。これ以上なく完璧に、砂の大地の上に降り立った。かと思いきや、

 

《お初にお目にかかります。マスター》

 

 片膝をついて、恭しく一礼してみせた。巨大な『人間』の形状をした生き物が、燦然と降りそそぐ陽光を浴びつつ、白銀の威容を反映させつつも、忠義を示す。

 

《要請により、我ら彼方の境界より、参上仕りました》

 

 目の前の様子を、茫然と見つめていると、大きな笑い声が聞こえてきた。

 

「いいですねぇ! ハヤト君。悪くないですよ!! これは!」

 

 少し離れたところにいた、すずさんが嬉しそうに笑っている。対してふーちゃんは「わかんないなー」といった感じだ。

 

「実に結構です!! 悪くないじゃありませんか!!!」

「…ど、どうも…」

 

 銀色の巨大ロボットを見て、ヘタすると俺以上に、わくわく、そわそわしているお姉さんがいた。

 

「さぁ! キミが生みだした子で、無双ゲーとしゃれ込もうじゃないですか!! わたし達は、どうすればあの子に入れるんですか? 運転はもちろん、私に任せてくださいねっ!!」

「…えぇ、すずちゃん…わざわざ中に入って戦う気なの? 遠隔操作してれば十分でしょ?」

 

 ふーちゃんが言う。まったく正しい事を口にする。

 

 確かに、あのトリプルAクラスの、曲芸的な空中機動を目の当たりにしたら、わざわざ俺らが中に入るとか、操作するとか、そもそも人間が戦う必要ねーよな。という感想になるのは当然だ。

 

 だが。

 

「ふーちゃんっ!」

「双葉さんっ!」

 

 俺たちは、同時に異を唱えていた。

 

「「アレに乗らずに戦うとか、ありえないでしょ!!」」 

 

* * *

 

 一体、何ゲーだったのか。そもそも、ゲームだったのか。

 あの後、俺たちは銀色のロボットの胸中に入り、海上に現れた謎の戦艦と激戦を交えていた。

 

 はしゃぐ俺たちとは裏腹に、双葉さんは終始「ふーちゃんには、わからんよ…」という顔をしていた。

 

 超えられない温度差を感じながらも、見事戦艦を撃沈して、意気揚々と帰還すると、

 

【お疲れ様でした。あなたのご協力に感謝いたします】

【認識可能なphaseを、本来の閾値まで低下します】 

 

 やさしい声と共に、また世界が暗転した。

 

 …

 

 ……。

 

* * *

 

 ゲームの読み込みが終了する。

 低い、うなるような振動音が聞こえてきた。

 

 ボスが運転する車に乗っていた。無骨なトラックが、やや荒れた海沿いの峠道を進行していく。速度も、きっちりと守られていた。

 

 BGM。車のラジオ。音楽が、鳴っている。

 

 

「……」

 

 何気なく振り返った。リアルの視点が動き、後部座席の様子が視界に映る。空いたシートには誰も座ってない。なんだか妙な違和感を感じたが、まるで理由がわからない。

 

「……」

 

 リアルの天井を見上げる。青空を模した天井の中に、不釣り合いな半球体の装置があって、俺をじっと見つめていた。

 

「……」

 

 手元を見つめる。そこには一世代前の、携帯ゲーム機のコントローラーが収まっていた。

 

メアリー・ミル

「マスター」

 

「わっ!」

 

 するととつぜん、ナノアプリが開いた。リアル側の視界、俺の視線を追いかける【シアター】の左半分の光景の中。半透明なウインドウと共に、ナビゲーターの少女が浮かび上がった。

 

「メアリーか、ごめん、びっくりした」

 

メアリー・ミル

「いえ…大丈夫でしたか?」

 

「大丈夫? なにが?」

 

メアリー・ミル

「えぇと、その…ちょっと、メタいんですが…ネットの、回線トラブルが、発生しませんでしたか?」

 

「…え? いや特には、なにも感じなかったけど…?」

 

メアリー・ミル

「そうでしたか。うぅん…私の環境の問題ですかね」

 

「『私の環境』って。メアリーになにか影響があったら、俺も同じような事を気づくと思えるけどな」

 

 なにせ、メアリーは、この【シアター】本体が内包している、人工知能【セカンド】の一人だ。基本的なネットワーク、通信回線は共有しているのだから、異変があればおたがい気づくはずだ。

 

「外部と通信してるわけじゃないんだから、内部的なデータ処理の問題だよな」

 

メアリー・ミル

「…あ…それは…えぇっと…」

 

「うん?」

 

メアリー・ミル

「…かっ、かんちがい、だったかも…わっ、わたしの…」

 

「そっか。なんかトラブル起きたら遠慮なく言って。俺ただのテスターで、ゲーム遊ばせてもらってるだけでしかないけど、なんか気づいたら、報告するから」

 

メアリー・ミル

「…はい…あの、ありがとうございます…助かります」

 

メアリー・ミル

「…………マスター……」

 

「ん、どうかした?」

 

メアリー・ミル

「…あ、えっと…ゲーム…遊んでくださって……あっ…こういうの、ナシって言っておきながら…でも…ありがとうございます…」

 

 どこか精一杯に。メアリーが伝えてくる。

 

「こちらこそ、楽しい時間をありがとう。でもまだ、ゲームの途中だから。物資を持って帰った後の『夜』が本番だろうし」

 

メアリー・ミル

「……」

 

 だけどメアリーは応えない。どうしたんだろうと思ったら、

 

モガミ・スズ

「さぁ、もうすぐ着いたわよ」

 

 隣の運転席に座る、すずさんが言った。

 車が峠道を降りてから、また暗転が差し込まれる。

 

* * *

 

 気がつけば、港の貨物倉庫らしき通路に立っていた。

 

「すずさん、持ち帰れる物資は、どの辺りにあるんですか?」

 

モガミ・スズ

「目の前よ」

 

「いや…目の前って言われても…」

 

 中身が空になっている、大型のコンテナしかない。

 

 

モガミ・スズ

【skill code Execution】

 

 

 どこかで聞いたことのある、魔法の言葉が聞こえた。振り向くと、すずさんの両腕の中に、巨大な銃が現れていた。

 

 ゲームの中だけで知っている知識。たぶん『アサルトライフル』とか呼ばれているもの。「ジャキン!」と分かりやすい効果音、弾薬が装填される音が響いていた。

 

モガミ・スズ

「最初にしては、キミ。実にいいところまでいってたわ」

 

「え?」

 

モガミ・スズ

「この世界で言うところの『ゲーム』のセオリーが分かっているプレイヤーほど、先に進めなくて、クソゲー扱いするだろうなと思ってたんだけどね」

 

 アサルトライフルの銃口が、こっちに向く。

 

モガミ・スズ

「キミは、どんなものでも、分けへだてなく楽しめちゃうところがあるんだろうね、きっと」

 

 意味が分からない。ただ直感が告げる。即座に理解する。

 

モガミ・スズ

「まぁそれでも。キミは、今からここで死ぬんだよ」

 

 どうして。

 

 まだ『夜』じゃない。【潜伏者】は目覚めてないはず。

 『黒』もまた、攻撃されない限り、反撃しないはず。

 

 そもそも、すずさんは『白』である可能性が高いはず。

 『人間』に対しては、攻撃できないはず。

 

 

モガミ・スズ

「さぁ、お約束だよ、ハヤト君。これから死んでしまうキミには『ヒント』が必要かな? それとも難易度を下げて挑戦《リトライ》する?」

 

 すずさんが悪役っぽく笑う。後は引金をひけば、それで終わりだというのに、延々と喋って好機を逃がす。

 

 ありがちなテンプレート。

 まだ生き残ってる間に、頭脳をフル回転させる。

  

 残る可能性を考慮。

 

 すずさんが【終末希望者】だった?

 

 いやそれもおかしい。プレイヤーを殺せる能力は、あの役には直接備わってないはずだ。

 

 なとりさんも、間接的に言っていた。

 

 『そもそものルールを大きく逸脱する仕掛けは無い』と。

 

 だとしたら。

 

 『役』そのもの自体には、正当性があるはずだ。

 その上で、現在の状況が起きている。

 

 

 『白』が、おのずから、オレに攻撃を仕掛けている。

 

 『黒』が危険を感じて、オレに反撃を仕掛けた。

 

 

 この二つの状況が成立する条件は、なんだ?

 逆に、どういう状況なら、この条件が成立する?

 

 『正体不明の違和感』。

 『欠片《ピース》』の不足。

 

 考えられる可能性。

 

 『前提条件の認識違い』

 

 失敗。ミス。あるいは…操作された? この場所にも?

 

 意識の誘導。裏をかく。

 

 信じたいもの。視たいもの。視たくないもの。

 意識の範疇、常識の境界を利用して、本質から目を逸らされる。

 

 

 ミスディレクション。

 

 

 俺が、最初から、なにかを勘違いしていた可能性。

 

 

 それは、

 

 

モガミ・スズ

「時間切れだよ。おやすみ」

 

 世界は、映画のようにはいかなかった。

 次の瞬間には、慈悲なき決断と、連続した銃撃音が轟いていた。

 

 

 ―――!!!!!!!!!!!!!!!!

 

 

 正面のゲーム画面が紅に染まる。音声入力を含めた、あらゆるモーションデバイスが強制停止。

 

 倒れる。倉庫の天井が、まるで棺桶の蓋の様に見えた。だが立てつづけ、銃創のすべてを空にする勢いで、さらに連続音が轟いた。

 

 ―――!!!!!!!!!!!!!!!!

 

 どこまでも容赦がない。徹底して、オレの全身を破壊する勢いで銃弾を打ち尽くす。

 

 激しいノイズ。

 無数のエラーメッセージが表示されている。

 

 

メアリー・ミル

「…ますたー…」

 

 

 ナノアプリと呼ばれる、架空のデバイス。

 ヒトの体に宿るという情報端末装置。

 わずかな水と、電気で稼働する。

 

 

メアリー・ミル

「…こんかいは、さよならです…」

 

 

 ゲームだからだろうか。それともこれも演出の内なのか。

 

 オレは何千発の弾丸を受けた状況でも、真っ赤に染まった画面の向こう側にある映像と音声を、いまだ意識の残る状態で見つめているらしい。

 

モガミ・スズ

「さーて。これで、残すは…」

 

 すずさんが、ライフルを投げ捨てる。まだなにかするのか、そう思っていたら、コンテナの一つを蹴り開けて、直方体の、なにかレンガのような塊を、ドサドサと無造作に取り置いた。

 

モガミ・スズ

「最初で最後の、キャンプファイアーよ。バイバイ、みんな」

 

 ――塊に、火を落とす。

 

 盛大な熱と音が連鎖する。それは爆発物だった。

 世界のなにもかもが、業火の海となって一面を包み込む。

 

 塵一つ残さない、完膚なき破壊。

 

 再生不可能。

 

 

【YOU DEAD】

【GAME is OVER】

 

  

 世界が暗転する。真っ白な、元の世界へと帰還した。

 

 

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