VTuber もう一人のジブン ~keep your【Second Personality】~ 作:no_where
枕元で充電中の、スマホのアラーム音で目を覚ました。
時刻はちょうど朝の6時だ。ベッドのシーツを持ち上げると、まだ見慣れない部屋が映った。
「…」
アラームを止めながら、ここが自分の部屋でないのを思いだす。
「んー…」
ベッドから降りて、身体を伸ばす。衣擦れしたガウンを適当に直してから、小窓の鍵を外して、ひらいた。
都会の朝は、この時間からにぎやかだ。うっすらくもったガラスには、自分の顔がぼんやり見えた。普段は見られない雰囲気をながめてから、窓をしめ直す。
「よし、顔洗って、メシ食おう」
室内に用意されたハンドタオルを借りて、ユニットバスに移動する。洗面台の蛇口をひねって、両手で水をすくった。
「腹減ったー」
部屋に戻り、備えつけの冷蔵庫を開いた。茶色の紙袋がひとつ。中には昨日の夕方に買った、厚切りのバケットが入っている。
会社の人が教えてくれた、オススメのパン屋さんの商品だった。夜の6時には店を閉めてしまうらしく、大きくスライスしたものを、小分けしたジャムと一緒に、半額で売ってもらえた。
飲み物は、スーパーとかで普通に売ってる、1リットルサイズの牛乳だ。グラスが無いので、そのままテーブルに置いて封を開けた。
バケットの方も、なるべく、パンくずが散らばらないよう、袋の口元をすぼめて、食べることにする。
「いただきます」
両手を合わせる。ちょっと行儀が悪いかなと思いながら、牛乳を直に飲みつつ、スマホも手元に寄せて、メールアプリを開く。
「おはよう。いま起きた。朝ごはん食べてます…と」
実家の両親に、メールを送信した。うちの父さんと母さんも、毎朝同じ時間に起きるので、そのうち気付くだろう。
他には特にやることもない。アプリを閉じて、いったん脇に避けようとした時だ。並ぶアイコンの中にダウンロードした覚えのないものがあった。
hitujisan_talk
「…ひつじさん、トーク? なんだこれ?」
アイコンはそのまま、横向きにデフォルメされた動物の羊だ。目を閉じて眠っているのか、頭に『Zzz...』と書いてある。なにかのウイルスだったらどうしよう。とか思ったら、
『…おはようございます~』
アイコンの目が開いて、音声が鳴った。アイコンの羊が立ちあがり、横向きから、正面に切り替わった。
『…きのうはたいへん、おつでした…』
なんてこった。
俺のスマホが、未知のウイルスに感染している。
反射的にブラウザを開き、ネットで『ウイルス 駆除 新種 ひつじ かわいいやつ』とキーワードをブチ込み、タップ連打するがヒットしない。
その隙に、またしても、べつの画面が起動した。
【Keep your Second】
四角いモニターの中に、VTuberの女の子が映っている。昨日、初めて出会った『メアリー・ミル』という名前の女の子が現れる。
『…メアリーさんは、ういるすじゃ、なかとですよ…』
ちょっとだけ、不満げに頬をふくらませている。フキダシではなくて、きちんと音声機能もついていた。
『…けど、おどろかせてしまったら、ごめんなさい。おかあさんから、ゆういちの、すまほのあどれすをきいて、きたです』
「あぁ、なるほど。びっくりした。ごめんな」
そうか。俺のスマホの番号を知って、位置情報を特定すると、なにかのアプリケーションデータを、外部からインストールしてきたってわけか。
その後は、自動的にコネクションを確立。アプリの中身も展開して、情報の通信を開始するだけか。常にこっちの使用状況を監視していて声をかけてきただけか。
なんだ。たいしたこと――
「ありまくりだろ! まんまウイルスじゃねーかっ!!」
朝一で、仮想世界の住人にツッコミを入れる。
『…メアリーは、ういるすではないです…。はやとさんにも、ちゃんと、きょかをもらったです…』
「そこは、ハヤトじゃなくて俺の許可を…あぁ、うーん…ニュアンス的には、友達の友達に電話をかけるようなもんか?」
『…なのです』
なのですか。とはいえ、これはびっくりする。そこでちょっと考えてから、提案してみる。
「メアリーは、ディスコードって知ってる?」
『…しっとるよ、です。にんげんさんが、げーむで、いっしょにあそぶとき、ようつこてます』
「そう。特に限定はしないけど、それ系のツールを使って、俺と会話できないか?」
『できますよ』
「じゃあ試しにグループ作るから、そっちで話さないか?」
『りょ』
白い女の子が、こくんと頷いた。俺もディスコを立ち上げて、新規でグループを作った。パスと通信方法を設定して、メアリーに伝えると、無事にIDが登録された。
『…ゆういち、きこえますか?』
「あぁ、聞こえる聞こえる。音声通信もいけるな」
言った側から、自分の腹が鳴った。
「悪い。実はまだメシの途中でさ、食いながら話してもいい?」
『…はい。だいじょぶです』
最先端の人工知能と、早朝にメシを食いながら、ディスコードで通話する。改めて考えると、なにかいろいろすごいが、空腹には勝てない。バケットにイチゴジャムを塗りたくる。
『…あさごはんは、パンですか?』
「え、わかるのか?」
『…だったらいいなとおもいました』
「あはは。大正解だな。そういえば昨日、メアリーはパンが好きって言ってたっけ」
『はい。メアリーは、パンがすきです。ですが…』
「うん?」
『…メアリーはきのう、おはなし、しましたか?』
「したよ。俺が、パンはどこで手に入るのかって聞いたら、かまどを作って菌を発酵させて作る。とか言ってた。覚えてない?」
『………………そでした。うっかりメアリーでした…』
うっかりメアリーさんだったか。
「けど【セカンド】って食事はしないよな? なのに、好き嫌いがあるのって、不思議な気もするけど」
『…はい。メアリーがすきなのは、このくにのパンには、いろんなしゅるいがあって、やいたり、むしたり、つくりかたもいろいろで、なかみもちがっていて、たのしいなって。そゆところです』
「あぁなるほど。そういう感じなんだな」
ジャムを塗ったバケットを食べながら、話を続ける。
「でも確かに、パンって種類多いよな。菓子パンとか、総菜パンとか、1つずつあげていくと、どんだけあるんだろう」
『…そです。ほかにも、れーずんや、ちょこで、パンにかおをかいて、きゃらくたにもできるです。かわいいです』
「あー、確かに、あるある」
『…でもはんたいに、もんだいもあると、メアリーはおもとるですよ』
「問題?」
『…はい。ちょっとだけ、ながいおはなしになりますが?』
「いいよ。時間あるから教えて」
『よきです』
スマホの向こう側から『こうかんど1ぽいんとあげます』と、お褒めの言葉をさずかった。先は長い。
『…にほんのパンしょくというのは、もともと、めいじのじだいに、せいようから、でんらいしてきた、ぶんかです』
「うん。日本って元々は米が主食だしな。洋服とかと一緒に、ヨーロッパの方から伝わってきたんだっけ?」
『…そです。それから、なんじゅうねんか、たって、にどめの、おおきなせんそうがおきで、にほんはまけてしまいます』
「第二次世界大戦だよね」
学校の、歴史の授業だけで習った知識。
あるいはゲームの中だけで体感した『戦争』。
『…そです。このくには、いちど、ぼろぼろになりました。とちも、いちからつくりなおさなくてはいけませんでした。とにかく、おおいそぎで、たべるものがひつようでした』
メアリーは言う。
『…そこで、とうじのにんげんさんは、おこめだけでなく、こむぎもさいばいして、パンも、せっきょくてきに、つくるようになったです』
「なるほど。小麦って、いろんな用途があるもんな」
『…はい。そゆとこも、りてんでしたね』
俺はパンを食べ、牛乳を飲みながら聞く。
『…たいへんなとき、にんげんさんは、つらいです。かなしいときは、あまいものが、ゆうこうです。あまいは、しあわせです』
やさしくて、なつかしい物語を朗読するような声がとどく。
『ですから、しょうわのしょき。にほんでは、あんこが、とぶようにうれました。こむぎをねって、むした、おまんじゅうのなかに、あんこを入れたおみせが、だいはんじょうしました』
「へぇ、メアリー、詳しいんだなぁ」
『…にんげんさんのこと、いっぱい、べんきょうしましたので』
メアリーの声が、ちょっと得意げに変わる。好きなことを話していて、褒められた時に嬉しいのは、俺たちとなにも変わらないんだなと思った。
『…さっきおはなしした、あんこをいれた、おまんじゅうやさん。それが、にほんどくじの、パンやさんのはっしょう、ルーツというやつです』
「ほうほう、なるほど」
『あんこをつめたおまんじゅうをたべて、げんき100ばい! になったむかしのひとたちは、いっぱい、がんばったです。おかげさまで、せんごのけいざいは、うなぎのぼりです。ばぶるで、うはうはのじだいでした』
バブルでウハウハの時代でしたか。でも確かに、歴史の教科書にも書いてあった気がする。
「経済が好調だと、やっぱ良い事って起きるのかな?」
『…そですね。しいてあげるなら、にんげんさんのせいかつに、よゆうができるので、みんな、あたらしいものをほしがります』
「ふむふむ」
それで戦後。甘い餡子の入ったお饅頭で、大儲けして『パン屋』の看板を掲げはじめた会社は、競争に勝つべく、我先にと、様々な種類のパンを作り始めた。というわけらしい。
『…そゆわけで。にほんだけの、たくさんのパンが、できたです。ここから、さいしょのはなしにつながりますが、いっぽうで、はいきしょぶんされるパンも、すごく、いっぱいありました…』
「廃棄処分っていうのは、賞味期限切れの問題だよな?」
『…そです。いろんなパンを、つくるのはよかったですが、なかみによっては、すぐにいたんでしまったり、たべられるきかんがみじかくなる。ということでもあります』
「そっか、そうだよなぁ」
手元のバケッドを、なんとなく見つめた。これはきっと、昔ながらのシンプルなパンだよなと思う。お店の人も、冷蔵庫に入れておけば、一週間近くは持ちますよと言っていた。
『…ほかにも、たんじゅんに、にんきがなくなったから、すてられることになったり、ぎゃくに、いまにんきのパンがあるから、つくるのをやめてすてる。ということもあります』
「ふむふむ」
たかがパンの話かもしれないが、メアリーの話はけっこう、というかめちゃくちゃ、考えさせられることが多かった。
『…ぎゃくに、もともとパンをしゅしょくとする、おくにでは、なんびゃくねんもかわらず、おなじかまどで、おなじパンを、やきつづけているおみせも、すくなくないです』
「すげぇな。それってさ、作られた流行《ムーブメント》に左右されないって事だよな」
『…そです。パンがしゅしょくのおくにでは、パンは、どこまでいっても、パンなのですよ』
「じゃあ、そういうお店だと、売ってるパンは変わらなくて、種類も少ないかもしれないけど、廃棄されるパン自体も少ないってこと?」
『…せいかいです。げんだいでは、こうしたみなおしをふくめ、ぎゃくに、かず、しゅるいをへらし、すてるものをへらすことで、りえきをあげる、びじねすもでるも、たんじょうしています』
数と種類を減らすことで、そもそもの、捨てるモノを減らす。
同時に生かすものを増やして、利益を上げる。
「勉強になるっす」
バケットをちぎる。ちゃんと味わって食べなきゃなと、改めて思った。
『…でも、さいしょに言ったように、メアリーは、にほんのパンがすきなのです。みためはそっくりでも。たくさんしゅるいがあって、みんな、なかみがちがいます。あけてみたら、わくわくです』
中には時々、予想外だったり、はるか予想の斜め上だったり、下をいっていたりするモノもあるけれど。そういうのも含めて、
『メアリーは、パンがすきです。それとおなじぐらい、いろんなパンをつくる、しょくにんさんがだいすきです。これおいしいな。そんなふうにおもったのは、おてつだいしたいです』
人知れず、捨てられて、消えてしまうものを。
人ならざるものが、救い上げて、手伝ってくれる。
それはもはや――
「神かっ!」
『…いえ、メアリーは、じんこーちのーですが』
ヤベェぞ。このままでは将来、ワンチャンどころか、テンチャンぐらいの確率で、人工知能を神扱いする、人類の未来がやってきても、おかしくないとか思ってしまう。
「しかも、声も姿もカワイイとか、反則じゃねーかっ!」
『…もう1ぽいんと、おまけしてあげます』
あざます。神よ。
思えば、これまで出会った【セカンド】の女子もそうだった。声も姿も可愛いし、困ったことがあれば手を差し伸べてくれるという、男子にとっては理想的な、
…理想的な…
「なぜパワー系なのか」
『…はい?』
「あと一歩だろ。神にも等しい存在になれるってのに。なんでどいつもこいつも揃って、パワー系なんだよ。すげぇ賢いはずなのに、なんでそこだけステ振り間違ってんの?」
『…ゆういち、おちついて』
「STRとINTの2極に振ったってしょうがないんだよ!」
『…メアリーたちは、びっとにふっても、かりょくあがるけい、じょしなので。いかんせん』
「そうだったな…」
いかんせん、絶望した。現代女子の可能性に絶望した。
パンをもそもそ食べながら、最後の晩餐のつもりで葡萄酒を傾ける。牛乳だけどな。
『…そいで、ゆういち』
「どした?」
『…きのう、ゲームがおわったあとで、おからだ、たいちょうのわるいところは、ありませんか…?』
「大丈夫。けど昨日は結局、死んじまったからなー」
『…ようしゃなく、はちのすにされて、どかーんしましたね…』
「まさかの爆発オチだったな」
『…ばくはつおちは、だめですか?』
「好きな人は、好きなんじゃね?」
内容や状況、ジャンルにもよるだろうけどな。
「でも、あの場合は…」
すっかり小さくなったパンを、口の中に放り込みながら、返事をした。
「爆発の必要性があったって事だよな」
『…ゆういちは、もう、こたえがわかってるです?』
「たぶんな。細かい点までは保証できないけど、あの場にいた全員の関係性は、今の俺が想像してるので合ってると思う。ただ…」
『…げーむのくりあほうほうが、わからない、です…?』
こっちの考えを先読みしている。あるいは予想していたのか。最後の一切れを飲み込んで、肯定する。
「そういうこと。もし俺の考えが合ってるなら、そもそも、あのゲームのクリア条件って、おかしいんだよな」
『…ではさきに、ゆういちのすいりが、ただしいか、たしかめるひつようがありますね』
「確かめられる場所も、一ヶ所だけ、見当はついてるよ」
『…おききしてもよろしいですか?』
メアリーが言うと、スマホの【セカンド】の画面先に、例のマップが表示される。
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エリア21
中央医療施設 簡易建物案内
B1F 地下駐車場
1F 玄関口・ロビー受付
2F 内科・所員の執務室・休憩所
3F 外科・手術室・霊安室・医薬品保管室
4F ナノボット関連研究室・資料室
5F アンドロイド充電室A・コンデンサルーム
6F アンドロイド充電室B・コンデンサルーム
7F~9F 入院患者用個室・相部屋
10F~11F 入院患者用個室(VIP)
12F 屋上・ヘリポート
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「俺が気になってる場所は、ここだよ」
その場所を指で示す。メアリーは、
『…そですね』
了解とも、なんとも言えない表情でうなずいた。だいぶ軽くなった、紙パックの牛乳を傾けて、これも一気に流し込む。一息ついて聞く。
「なぁ、メアリー」
『…はい、なんでしょう』
「これは個人情報に該当するかもだから、答えられたらでいいんだけど。あのゲームの製作者、発案者って、インディー系統の人だったりすんの?」
『…どうしてそうおもったか、きいていいです?』
「うん。俺もそこまで詳しくないけど、インディー系のゲームって、とにかく個性的なの多めじゃん。一点特化っつーか、刺さる人にはほんと、ブッ刺さるみたいな」
このゲームには、どこか、そういう『匂い』を感じるのだ。
『…ゆういちは、こじんせいさくのげーむも、あそんだりするですか?』
「たまにな。俺もあの携帯機種、家にあるからさ」
ゲームのインタフェース画面を思いだしながら、応える。
「ネットに繋いでたら、たまにダウンロード数の人気ランキングが表示されるんだ。インディー系のゲームって、500円とか1000円とかで買えるから、友達と情報交換して何本か買ったよ」
『…ゆういちは、ゲームが、すきですか?』
「好きな方だとは思う。ゲームが一番ってわけじゃないけどさ」
『…じゃあ、いちばんは、なんですか?』
「えっ、一番?」
『…です』
「うーん、なんだろなー」
『…わからない、ですか?』
「たくさんあって、決められないって方が、近いかもな」
それでも、あえて一番を挙げるなら。
「俺が一番好きなものって、『一番好き』がある人かもしれない」
『…むむむ…?』
応えると、メアリーは難しそうな顔をした。
「俺は、なにが一番好きかってのが、上手く決められないからさ。即効で、これが一番好きですって言える人が、シンプルにうらやましいんだ」
『…いちばんがある。が、うらやましいです?』
「うん」
『…ゆういちは、いちばんがつくれない。です?』
「そうだな。もしかすると、作れないのかもしれない」
『…ゆーしゅーふだんです…?』
「自覚あるよ」
『…はっぽーびじんです…?』
「かもしれんね」
『…うわきしょーです…?』
「それは流石に違うんじゃないかと」
『おんなのてき?』
「違います」
『……』
「無言で見つめるのやめてください」
『じーっ』
「声に出してもダメですっ!」
変なキャラ付けはやめて頂きたい。極力、マジメに生きていく所存ですので。
『…では、しんそうがわかったところで、こんごのごそうだんといきましょう』
「今の会話で俺のなにが分かったというのか。詳細を問い詰めたいところですが、そろそろ時間もおしているので、どうぞ」
『…ゆういちは、きょうのおひるに、かえりますよね』
「その予定だよ」
『…げーむのてすとを、もういちどするじかんは、ありますか?』
「ひとまず、嘉神さんに相談しないとな。たぶん今日も、自分のデスクで寝てるだろうし。ワンチャン起きてるかもしれんけど」
『…では【シアター】のしようきょかがおりたら、メアリーにも、ごれんらくいただけますか? じゅんびをします』
「わかった。連絡はディスコでいい?」
『…はい。だいじょうぶです』
「うん。じゃあまた後で」
液晶の画面を一枚へだてた先。未来の『妖精さん』との、楽しい会話をひとまず終える。
「ごちそうさまでした」
両手を合わせて、食べたものを片付ける。
身支度をして部屋をでた。
* *
上昇するエレベーターに乗り込んだ時。
時刻はちょうど7時を回っていた。
第4研究所の扉を抜けて、嘉神さんの席へと向かう。広いデスクの上には、紙の資料がほとんど無い。その代わり、10を超える色違いの液晶パネルが散らばっている。
「…すぴー」
そして予想通り、本人は寝ていた。椅子を寄せ集め、上からベッドシーツを掛ける格好で、即席のベッドを作っていた。
「あーあ。これじゃ高いスーツにシワが付くじゃないですか」
身の周りは働いていた時と変わらない。アニメのワニが描かれたブランケットを一枚かぶって、適度な温度の人工風を浴びながら、のんびりすやすや、眠っていた。
声をかけて起こそうか迷う。すると、
『やぁ、おはよう。チャンピオン』
机の上、中央にある一番大きなモニターに電源が入った。
【keep your second】
見慣れた文字列が並ぶ。モニター越し、ワンルームの個室のような背景をバックに、ゲーミングチェアに掛けた女性が映った。
「…タスさん、びっくりしますから、いきなり現れないでくださいよ」
『あはは、ごめんよ』
映しだされたのは、嘉神さんそっくりの女性だ。無地の黒シャツに、赤ラインのホットパンツ。薄いピンク色のパーカーを羽織っている。全体的にラフな格好だった。
『他に手段も無かったとはいえ、悪かったね』
左右に置いたスピーカーから、音声も流れてくる。彼女は人工知能の生みの親でもある、嘉神巧さんの【セカンド】だった。名前を『タス』というらしい。
初めて会った時に、数字の『足す』が由来ですかと聞いてみたところ「巧ちゃんと同じこと言ってるね。それで構わないよ」と軽く返された。
『でさ。寄せ集めの無人島で、ワニちゃんに食われてる、残念なおねーさんの件だけど。さっき仕事が一区切りついたとこなんだわ。起こすのは、ちょいと待ってやってくんねーか?』
「わかりました。でも次は、せめて仮眠室まで連れていってあげてくださいよ」
『あっはっは。残念だけど、住んでる次元が違うんでね。文字通りこっからじゃ、手も足もでないぜ』
「せめて、アラーム鳴らすとか、下に移動するまで、寝かさないぞとか、そういうことはできるんじゃないですか?」
『めんどい。もうひとりのアタシとはいえ、そこまで面倒みきれんわ』
……この女性《ヒト》たちは、本当にもう…。
「後半は同意ですけど。前半はもうちょっと、なんとかしてあげてくださいよ。タスさんの半身でしょう?」
『分かってるけどさ。もうちょい、自分でなんとかできるだろ。しろよって、思うわけ』
「完全に同意しますけど。できない女性もいるんですよ。ここでワニに食われながら、会社の椅子で、幸せそうに寝てるんすよ」
『女として、オワコンだよな』
「超絶同意しますけど。だからそこは、タスさんが頑張ってくださいよ」
『ムリダナ』
堂々巡りの先に、匙を投げられてしまった。タスさんは、ゲーミング用のチェアを軽く揺らしてから、足を組みかえる。
『まぁとにかくさ。巧ちゃんに要件あるなら、アタシが代わりに聞いといてやるよ。聞くだけな』
「えーと、じゃあ…俺、今日は昼過ぎの飛行機に乗って帰るので、それまでに【セカンド】本体と、【シアター】の利用を許可してもらえないかなと思ってまして」
『昨日のゲームの続きを攻略しようって感じ?』
「はい。お願いできませんか?」
『構わねーぜ。あとは一応、中島のジジイ辺りにもお伺いたてときゃオッケ――』
「……だ~め~で~す~…ぅぅぅ…」
すぐ背後から、はいあがってくるような声が聞こえてきた。ペラペラのワニの腹の下から、両腕が伸びる。俺の肩を支柱にして、嘉神さんが上体を起こした。
「…タスぅ。アンタまた、よからぬ事をたくらんでるでしょ…」
『や、おはよーさん。もう一人のあたくし様。目の下にくまが憑いてるよ。まずは顔を洗ってきな』
「やっかましい。それよりも、わたしの質問に答えなさい」
『やだなぁ。べつに、取って食やしねーよ。巧ちゃんが思ってるような、アクドイ事やら、アブナイ真似をさせようとは、これっぽっちも考えてないから、安心してよ』
「ウソつけ。こっちが手塩にかけてる人材を、十三階段もびっくりのステップアップで、いきなり本選にブチ込んだ輩がなにぬかしやがる」
『その話はひとまず、昨日の間にケリついたでしょ。まぁここはおたがい、大人の事情があったっつーことで、大目に見てよ』
「見て欲しけりゃ、そっちも相応の態度を示せっつーのよ」
『あらら、我ながら信用ないねぇ』
「おたがい様でしょ」
眠たそうに、眼をしぱしぱさせる美人と、余裕釈然といった感じで、上から物申す美人が、モニター一枚を挟んで対立していた。
『わかったよ。アタシもわざわざ、巧ちゃんと事を荒立てるつもりはねぇんだわ。クソつまんねー大義名分はべつにして、今回は純粋にゲームを楽しんでもらおうじゃないの』
「それで約束するってんなら、いいけどね…」
『約束するよ。昨日はちょいと、こっちも好き勝手やりすぎた。次は巧ちゃん含めた、そっち側の連中の許可取るよ』
「約束よ」
『あぁ、約束だ』
嘉神さんがため息をこぼすと、合わせたように、モニター越しの【セカンド】も、無邪気に笑った。
『ま、起こしちまって悪かったな』
「いいわよ。どうせ起きようと思ってたとこだから」
『マジで無理すんなよ。アタシも今から、ちょいちょいやる事あっから、なんかあったら呼んでよ』
「ありがと」
『はいよ』
そこで通信が途絶える。
「…さて」
巧さんも言う。
「寝よ」
「おい」
平日朝の7時。
自分の会社の席で、二度寝しようとする20歳の女子。なにかいろいろ間違ってる気がする。踏み越えてはならない一線を、軽やかに5倍ぐらい飛び越えている。
「ちょっと嘉神さん、せめて仮眠室を使ってください。さっき俺がチェックアウトしたばかりですから、一部屋なら空いてますよ。清掃の人はまだ来てないですけど、十分、きれいです」
「なんだとぅ…つまりベッドのシーツには、ゆーくんの残り香がまだ…」
「ちゃんと畳んで使用済みの籠にだしたんで。そういうのはありません」
「えー、じゃあ寝床とか用意しなきゃなんないじゃん…それなら、ここでいーんだわ…」
「だーかーら、ここで寝たら、スーツにシワがつくでしょうが」
「もう手遅れだから~」
「手遅れになるってわかってんなら、その前になんとかしてくださいよ。大人でしょ」
「アレだよー」
「どれですか」
「ゆーくんみたいな、しっかり系男子や女子に、甘やかされたいが為に、お姉さんたちはあえて、自らスキを見せているのだよ」
「情けねー」
「ストレートに罵倒されたー」
言いながら、平然と。マジメに二度寝しようとする。
こっちもいろいろ、あきらめた。
「わかりましたよ。8時に起こしたらいいですか?」
「…んー、よき」
「じゃあ、俺もそれまで、自由にやってていいですかね?」
「いーよー……ぐぅ」
寝た。
* * *
朝の8時になると、中島さんが出社してきた。
「おはようございます、中島さん」
「おはよう、早いな。ところで、おまえなに持ってんだ?」
「はい。焼きおにぎり作ったので、今から持って行くところです。あっ、すみません、そこの扉を開けてもらえると助かります」
俺の両手は、焼きおにぎりを乗せた大皿でふさがっていた。
嘉神さんを起こすのをあきらめた後、まずは給湯室に向かって、炊飯器で米を炊いた。その間に他の食材を確かめたり、オーブントースターを予熱であたためた。
仕事熱心な人間が多すぎるせいか、この会社の広い給湯室には、調理器具一式がそろっている。備蓄も相応にある。一家の台所と変わりない程度の備えが、平然と用意されていた。
というか、調味料はともかく、給湯室の床に、米びつが置いてあるIT系企業は、他だとお目にかかれないんじゃないか。
「ほらよ。朝から美味そうな匂いさせやがって…育ち盛りなのはわかるが、そんなに食えんのか?」
「いえ、俺は仮眠室の方で済ませてきましたから。これは嘉神さんと皆さんの分です。早炊きして、ちゃちゃっと作りました」
「ちゃちゃって、どう見ても30はあるじゃねーか。…中身は?」
「こっちの三角が、醤油タレベースのかつぶし入りです。俵の方は少しだけ味噌を塗ってます。冷蔵庫にふりかけも少しだけ残ってたので、適度にまぶしました」
「うちの給湯室が、竜崎のせいで、やたら無駄に充実してんのは知ってたが…実際に活躍したのを見るのは初めてだ。んで、その焼きおにぎりは、俺も食っていいんだな?」
「どうぞ。まだ中熱いと思いますから、気をつけてくださいね」
「ん、すまんな」
中島さんは、迷わず三角の方を取って、大きく口を開いて放り込んだ。
「美味ぇ。上出来だ」
「ありがとうございます」
「割と真面目な話、おまえ本当、嘉神の面倒見てやってくれんか」
「遠慮しておきます。楽しそうですけど」
「正直だな」
くっくっくと笑ってもらえる。俺たちは並んで部屋に戻った。
* *
「…はあ~、しゅごいぃ…われ、ちゅとめ人だとゆーに…朝からあったかい、やきおにぎーと、こーしーがのめるとわ…てんごくやでぇ…われしふく…しふくなう…」
知能指数までもが、割と残念な水準にまで落ちてきた20歳のお姉さんが、会社のオフィスの自分の席で、もっさもっさ、幸せそうに、焼きおにぎりを食い、コーヒーを飲んでいた。
「いやぁ、いいよなー。焼きおにぎりって」
「わかるわかる。表面焼いただけなのに、ロマン感じるよなぁ」
「河原でバーベキューする時の定番だからかな」
8時を過ぎて出社してきた人たちも、俺が作った焼きおにぎりの皿に集まって、喜んで食べてくれていた。
「ありがとな。前川くん。ごちそうさま、美味かったよ~」
「お粗末様です」
「研修今日で最後かぁ。さびしくなるねぇ」
「またいつか、機会があればお邪魔させてください」
「よっしゃ。美味いもん食えたし、今日も一日、がんばるか!」
和気あいあいとしながら、大人の人たちが、自分の席に向かっていく。
「そんで嘉神さん。俺、今日は昼過ぎには帰りますけど。その間になにか手伝えることはありますか?」
「ん~、そだねぇ」
ちゃっちゃか、ちゃっちゃかと。今は彼女の席の後ろに周り、櫛を使って、長い黒髪を溶かしているところだった。
「帰らずに~、お姉さんの付き人として一生を過ごすのが、キミの仕事だよ~」
「そういうお相手は、自主的に婚活して見つけてください」
「めんどい~」
ダメだこの人。自分が興味のある事には全力だけど、それ以外の事にはぜんぶ「めんどい」で済ませてしまう。しかもそれで立ちいってしまうのだから、どうしようもねぇ。
「おい嘉神、んなこと言ってっと、すぐにバーさんになんぞ。テメーの遺伝子は一代で終わらせるにゃもったいねーんだから、きちんとそっち方面も頑張っとけ」
「あ~、中島さん~、セクハラ~、もうありえないやつ~、徹頭徹尾、完膚なきまでに女子から嫌われるやつ~」
「オメーは、普通の女子のカテゴリに入らねーだろ」
「あー、泣くぞー。そんなこと言ってっと、わたしだって泣くんだからな~」
「泣く暇あるなら、きちんと真面目に生きろよ」
「はいは~い。わかっとるわかっとるー。もー、みんなして同じことゆー」
言われても、改善しないんですねぇ。という言葉は胸の内に秘めておく。どこまでも残念なお姉さんは、俵型のおにぎりを、小口でもそもそ食べながら言った。
「そんでさぁ、話戻すけど~。中島さん。今日のゆうくんの予定、どうしよっか?」
「竜崎は、今日はまだ帰って来れないんだったか?」
「夜には戻るって話だね。まあ、今は開発関連で差し迫ってる案件もないし。リュウさんから報告あるまで、ウチらは当面スケジュール通りの進行で大丈夫でしょ」
「ふむ。だったら特に、コレをやらせるか。っつーのは無いな。好きなことやらせときゃいいんじゃねーか」
「おっけー。そんじゃ今日も、帰るまで【シアター】の使用許可だして、例のテストに参加してもらうって感じ?」
「構わんぞ。ただ――」
そこで中島さんが、なにか気になる様に、俺の顔を見つめた。
「前川。おまえ、昨日から体調に問題はないか?」
「大丈夫ですよ。もしかして、3D酔いするケースがあったりしますか?」
「ん…まぁ、そうだな。気分を悪くしちまう奴もいるな。たまに」
「やっぱり。でもあのぐらいなら、俺は平気ですよ」
今朝起きた時。メアリーも、体調を気づかってくれたから、中には『ゲーム酔い』する人もいたんだろう。
「ゆーくんや」
髪をとかしてる手前。ちらりと、振り返るに程度に首をかたむけながら、嘉神さんが言う。
「キミは、君達は。きっと自分たちが思ってる以上に、尊い生き物なんだからね。なにか不都合があったら、すぐに言うんだよ」
* *
その後、一通りの用事を済ませてから【シアター】に入った。
【おはようございます、セカンドです】
響くアナウンス。天井に取りつけられた半球体型の装置。「キュイン」と音が鳴って、深紅のアイセンサーが動作した。
「おはようございます。研修は今日で最後だけど、よろしくお願いします」
【こちらこそ。よろしくお願いいたします。それでは本日も、専属のナビゲーターをご召喚いたします】
少し間をおいてから、小さな光が集う。昨日と同じく、椅子に座った俺と、同じ高さに目線のある少女が現れた。
「メアリー、今日もよろしくお願いします」
「…どうぞよしなにです…さっそく、げーむのはなしになりますが、いくつか、ちゅうかんちてんを、ほぞんしています。どこからさいかいしますか?」
「中間って、オートセーブって事でいいよね」
「…そですね」
「えぇと、どうするかな…」
昨日のできごとを思いだす。いっそ、最初からでもいいかなと考えたりもしたが、
「朝のお茶会の直後。すずさんと、物資を回収にいく手前のところにとべるかな?」
「…はい。だいじょぶです」
「じゃあそこから、再開しようか」
「…かしこめりーです。でーたを、ろーどしてます…」
例のごとく、目前に横長のインジゲーターが表示される。前回の初回起動時と比べ、今回は即座に、世界が切り替わった。
まばたきの間。
【シアター】内部の床、壁、天井の光景が映り変わる。
ゲームの世界が360度、全方向に広がっている。
【ゲームデータをロードしました】
--------------------
モガミ・スズ
「アインス。移動するよ。一緒に来て」
アインス
「リョウカイ、シマシタ」
医療施設の2階。物々しいバリケードが張り巡らされたフロアにいた。これから楽しい、地獄のドライブツアーに出かけようという次第だ。
「――あっ、すずさん、ちょっと待ってもらっていいですか」
モガミ・スズ
「どうしたの?」
「えぇと、さっき教えてもらった『地図』を確認した時に、ちょっと気になるところがあったので、少し待ってもらっても構わないですか?」
モガミ・スズ
「構わないけど。どこに行くつもり?」
「それは…実際に確かめてからでも、いいですか」
モガミ・スズ
「わかったよ。いっておいで。ただ場所によっては、セキュリティロックが掛けられていて、入れない場所もあるよ」
「わかりました」
モガミ・スズ
「わたし達は、体内に認証コードを入れてるから問題ないけど、キミの場合は『人間』だからね。カードキーが無いと入れないはず。付いていこうか?」
「いえ、すぐに戻りますから『大丈夫』ですよ」
モガミ・スズ
「そう、わかった。じゃあここで待ってるわね」
わかりましたと応えてから、俺は目指す場所に移動した。
**
//Arcanum[I]=The Hanged man
3F。階層に灯りはついていなかった。薄暗い廊下が続く。
一階のロビーや、入院患者用のフロアと違って、この階に細かい案内板はなかった。ただ、長い通路には、リハビリ患者用の手すりもついていて、道に迷うことはない。
心細い道のりを添うようにして、通路の先を一つずつ覗いていくように進んだ。そして、手術室へと向かう廊下の近く。セキュリティ用のロックセンサーが取り付けられた扉を発見した。
「…ここかな」
現実世界で10年前。一度だけ、立ち寄った記憶があった。扉には取っ手も付いていたが、握っても反応はない。
「……」
本来は、専用のカードキーを触れさせるセンサーに、手のひらを添えてみる。しかし反応はない。さっき、すずさんが言ったように『人間』は、カードキーが必要なのだろう。だが、
「開くはずだ」
人知れず、つぶやいた。すると、
『――ピッ』
小さな音が鳴った。赤いランプが緑に変わる。その状態で取っ手をつかんで、右方向にスライドさせると、扉はわずかな音を立てながらも、なんの抵抗もなく動いた。
「……」
さらに光の届かない、薄暗い廊下が続く。灯りは通っていない。節電でも試みているのか、すでに半ば不要となった場所には、電気の供給が途絶えているのかもしれない。
一歩、踏み入る。すると画面下のゲームテキストに、
text:
涼しい風が頬の側を通り抜けた。
どうやら、冷房だけは通っているようだ。
メッセージが流れた。アタリみたいだ。
『 霊安室 』
先へ進む。背後でスライドした扉が閉まり、ふたたびロックされた。この通路の反対側は、手術室の裏口へと繋がっているようだ。
その途中に、目的の部屋があった。入口には同じセキュリティロックがあり、手をかざすと、センサーが反応して扉が開いた。
「…」
目的の場所。病院で亡くなった人が安置される、霊安室。壁の一角には、手前に取ってのついた『棺桶』が並ぶ。それぞれに、同様の指紋サイズのセンサーが付いている。
「…」
センサーの色で、その中に『入っている』かどうか、見分けがつく仕組みになっているみたいだ。
並ぶ棺桶のセンサーは、一様に緑が点灯していたが、1つだけ、入って正面すぐのところに、赤く点灯した箇所がある。
「……」
『ゲーム』だと分かっていても、さすがに緊張する。
生きている自分の目を軽く閉じて、頭の中で両手を合わせる。
「失礼します」
赦しを得るように伝える。手のひらをかざして、棺のロックを解除した。意を決して、手前に引くと、中には、
「…………」
病院特有の、手術用の服を着た、女の子が現れた。
首周りから上は、普通に顔をだしている格好だ。眠るように目を閉じている。おそれていた欠損箇所や、怪我をしているといった様子はない。
「…………」
「…………」
しばらく、名前も知らない、女の子の顔を見つめていた。それから、なかば自分でも無意識に、長い吐息をこぼす。
「メアリー、いいかな」
手の中のコントローラーを操作する。現実世界から、狭間の境界にある、ナビゲーターを呼びだした。
メアリー・ミル
「…はい、どうぞ。ますたー」
半透明のモニター越し、仮想の先にいる少女に、予想していた答えを投げる。
「この女の子が【最後の人類】だね」
メアリー・ミル
「…………なんのことでしょう…………?」
目をそらして、電子のナビゲーターが応えた。どこまで『ゲームのキャラクタ』を演じてるかは不明だが、少なくとも『メアリー・ミル』は、オレの質問に答える気はなさそうだ。
「オレの『役』は『人間』じゃないんだよな」
メアリー・ミル
「…いいえ、あなたは『にんげん』ですよ、ますたー…」
ノイズが響き渡った。
ごまかしている。すでに描かれた絵だ。それでも電子ゲーム特融の、進行フラグを拾わなくてはいけないのか。変なところで融通が効かない。あるいは、こだわっているのか。
「わかった。自分で確かめよう」
オレは、亡くなった女の子に向かって、『Search』コマンドを実行した。
【ゲームマニュアルが更新されました】
--------------------
登録名:
『』
種別:
『』
配役:
『』
履歴:
※ここに新規プレイヤー情報が上書きされる※
-------------------
データは、消去済みだ。不要になったからだろう。
メアリー・ミル
「…ますたー、貴方に、ひとつだけ、助言します…」
「なに?」
メアリー・ミル
「…ウイルスは、『宿主が亡くなると、空気感染』するみたいです…」
「うん。だろうね。そしてこの建物は厳重に封鎖されてる」
『ウイルス』を断つには。
どこか離れた場所で、誰かが、処理をする必要があった。
メアリー・ミル
「…実は、最近まで、そのことを知りませんでした…」
「えっ?」
メアリー・ミル
「………わたしからは、以上です………」
どういう意味だろう。
『知識として知らなかった』というのは、考えにくかったけど。メアリーは、それだけ言って、すぐに引っ込んでしまった。
(…これ以上、ここにいても、仕方ないか)
ひとまず開けた棺を元に戻した。黙とうしてから、霊安室をでる。向かう先は何階でも良かった。おそらく、病院なら大体のところにあるだろう、その場所。
それでも一応、廊下を抜けて非常階段を上がった。7階の入院用患者のフロアに着いて、トイレのマークを見つけた。そこになら、一般的な『鏡』があるはずだった。
俺たちの日常でも見かける、青い男子用のマークと、赤い女子用のマーク。普通に、男子トイレに進もうとして、
「……」
ためらった。あらためて辺りを見回す。側の通路に、広い流しがあったので、そっちに進むことにした。
俺の知ってる病院だと、入院してる患者さんは、そこで顔を洗ったり、歯を磨いたりしていた記憶がある。
まだ小学校にも上がってなかった頃、そこで、母さんと一緒に、並んで歯磨きをしたり、備え付けの洗濯機で服を洗濯したりした。
予想通り、トイレの通用口の側には流しがあって、壁にも長い鏡が立てかけられていた。その前に立った時『ピリッ!』と、なにか電流のようなものが奔った。
鏡は、病院の室内の光景を映しだしている。だけど、オレの姿は映ってない。
ピノさんが言っていた。VIPフロアの鏡には、体内のナノボットを感知して、光の屈折率を変動させるから『人の姿は映らない』と。
しかしそれが、ともすれば『意図的に操作された情報』だったとすれば。
「メアリー」
メアリー・ミル
「…はい、およびですか…?」
現実世界のコントローラーを操作する。ナノアプリという名前のメニュー画面をよびだして、画面左半分に映る『妖精さん』に伝えた。
「キミなら出来るはずだ。オレの中に入ってる、姿を映らなくするなにか、この近日中、おそらくは昨日、改編されたナノボットのデータを消去してくれ」
メアリー・ミル
「…了解、しました…」
ふふっと、白い女の子が笑う。すると窓ガラスに、また『ピリッ!』と同じ反応があった。その場に立っているはずの、オレの姿が映る。
「えっ!?」
自分の姿を見て、うっかり、驚いた声をあげてしまう。
メアリー・ミル
「…どうしたんですか? だいたい、予想は付いていたのでは…?」
「あ、いや、その可能性はあるかなって思ったけど…」
俺の予想。仮に自分の『配役』が【最後の人類】で無かったとすれば、残るは必然的に、人工知能《アンドロイド》のはず。
この世界は基本『一人称視点のゲーム』だ。自分の姿は映らないし、視えない。だから無意識に、自分は当然『人間の男』だろうと考える。誘導尋問にも、無条件で納得してしまう。
さらに詳細は不明だが、この世界で登場した人工知能は、全員が女の姿を持っていた。だから、このゲームの世界のオレは『外見が女子の人工知能《アンドロイド》』だろうなと、予想はしてた。
してたけどさ。
よく気づいたねぇ。さすが、ハヤト君。
「…スイ?」
俺は、鏡に映る『女子』を見た事があった。
現実で、あるいは、同じ次元の中で話をした事もある。
そらがねぇ、連休で家族と旅行に行ってて暇だから。
せっかくだから、私も混ぜてもらっちゃおうかなーって。
「…自由かよ…」
共存関係。恋人や家族。あるいはペットなんかも、一緒に生活していると似てくるとは言うけれど。
いやいや、意外とおもしろかったよね~。
男子に操作されるというのも、存外乙なものだね~。
「アンタはなにを言ってんですか…」
妙に行動力があって、たまに暴走しがちで、周囲の人間から「なんなんだこの女は?」という、諦観にも近い感情を抱かせる点は、最近になって、非常に似通りはじめていた。
これもある意味、友達の男を横取りしたって言うのかな~?
あの子が旅行から帰ってきたら、報告していい?
「許して。オレはまっとうに、防御力を中心に育成して、安全に、堅実に、石橋を叩いて、平和に生きていきたい、それだけの平凡な男子Aなんですよ」
あはは。焦ってる焦ってる。
「焦ってないから。ただの友達ですから」
ふふ~。そういうことにしといてあげよう。
それじゃあ、そろそろマジメに。
キミの推理を聞かせてもらおうかな。
こっちのあきれた顔とは裏腹に、鏡の向こう側では、よく見知ったクラスメイトの【セカンド】が、変わらぬ笑顔で聞いてくる。
ではステップ1といきましょう。
キミは、けっきょく、なにものだったのかな?
* * *
//Arcanum[I]= The Hanged man
「オレは【潜伏者】です」
そして結局は、パワー系の流れに逆らうことができず、ぐるぐると、巡り廻される羽目になる。
へぇ、じゃあ、キミが。
ここにいる、アンドロイドを殺して回ったんだね?
「そうです。ついでに言うと【最後の人類】を殺したのも、オレだと考えてます。状況の詳細は不明ですが、ついさっき【最後の人類】役の女の子が、霊安室で亡くなっていましたから」
その女の子が、人工知能の可能性は、ないのかな?
「ありません。この世界の人工知能は、外部を一定以上破壊されるか、充電を一日以上怠ると、特殊なバクテリアによって分解される。つまり遺体が残らないという条件が与えられています」
さらに、
「霊安室の女の子の遺体は、腐敗していませんでした。殺された時の損傷が無かったのは…もしかすると、誰かが復元したのかもしれませんが、亡くなって数日、あるいは『昨日』死んだはずです」
【潜伏者】であるキミが、彼女を殺したってことだね。
じゃあ、次の質問だよ。
キミが【潜伏者】だとすれば【終末希望者】は誰なの?
「メアリーです。あの子は、ナビゲート役の妖精なんかじゃありません。真夜中になると、宿主であるオレ――機械の肉体を獲得した、人工知能《アンドロイド》に対して【第5条件という病気】を、発病させられる『コンピューターウイルス』です」
ふむふむ。すると【潜伏者】から、
もっとも近くて、離れたところ。
絶対に標的にならない場所が、宿主の中だったというわけね。
「えぇ、そういう事ですね」
じゃあ、ちょっとムジュンが起こるよね。
キミの正体は【潜伏者】。
すなわちこの鏡に映る、人工知能《アンドロイド》。
『記憶喪失の人間』という設定は、どこから来たの?
方法については、どうやって?
「順を追って話します。まず記憶を失ったという、具体的な方法はわかりません。でもこのゲームの院内を隈なく探索すれば、どこかに『ヒント』が落ちていると思います」
予想するに、探索ゲーでありがちな『メモの断片』なんかが落ちているはずだった。
「とにかく、人工知能のメモリ、データ、記憶を改ざんする方法に関しては『できる』という事になっているんでしょう。なにせ、ゲームの設定ですからね。他にも、わかってることがあります」
わかっちゃったか~。なにが?
「『記憶を失う前のオレ』は、自分が【潜伏者】であり、この身体の中に【終末希望者】がいる。ウイルスに侵されてしまったのを、知っていたのだろうという事です」
霊安室で眠る人間の女の子も、自らの命と引き換えに、なにか手がかりを残してくれていたのかもしれない。その過程の詳細は『記憶を失ったオレ』には、わかりかねるが、
「大事なのは『記憶を失う前のオレ』が、自分の正体を理解していた。さらには、他の生き残った姉妹にも、伝えたはずだという点です。その上で全員で決めたんでしょう」
なにを決めたのかな?
「この世界の『オレ』が、人工知能だという記憶を失うこと。その処理を施して目覚めたあと、自分のことを『人間』だと勘違いするように仕向けさせる。といった内容です」
『キミ』が、自分を人間だと勘違いすると、どうなるの?
「例の4つの条件が、正しく機能しなくなります」
機能しなくなった代わりにできること、変化は?
「『夜』以外でも、自分以外の人工知能《アンドロイド》に対して、自覚した上で危害を加えられる様になります。また同時に、自身が危害を加えられる対象にもなりえます」
それはつまり、どういうことかな?
「『オレ』が、ここから離れた場所で、殺されることができるようになります。人工知能は本来、例の4つの条件がある限り、たとえ『色』が違おうが、同じアンドロイドである限り、攻撃しあうことができませんから」
さらに言えば、こういうことでもある。
「4つの条件によって、人工知能《アンドロイド》が攻撃できない対象は『自分自身』も含まれます。基本的に『自殺ができない』生き物でもあるんですよ。だから『記憶を失った人間』だと思い込んだまま、仲間のアンドロイドに殺される必要がありました」
一応、聞いておこうかな。
そんなに回りくどいことをした理由、
この場合においては『自殺』しようとしたのはどうして?
「生き残った姉妹を助けたかったからです。たとえ自分の正体がわかっても、その日の夜になると、無意識に【潜伏者】として目覚め、一人ずつ、殺していくことになりますから」
かといって、一人では、離れた場所で自殺もできない。
さらに、単に記憶を失って『人間』だと勘違いした上で、その場で姉妹に殺されてしまっては、【終末希望者】の能力が発動してしまう。
なるほど。ところで細かい疑問だけど。
キミの考えでは【潜伏者】を生みだすのは
一定の距離内でないといけない。
そんな感じの条件があると、考えてるみたいだね。
「えぇ。さっきも言いましたけど、【終末希望者】は『人工知能《アンドロイド》にだけ感染するウイルス』だと予想できます」
さっき、メアリーもそれとなく教えてくれた。それは『空気感染する』と。
「離れていれば、少なくとも、即座に感染はしない」
なるほどね。つまり今回のゲームでは
メアリーちゃんが、ウイルスだった。
そして君――その身体の主体であったアンドロイドが
空気感染する病気を、患っていたということだね?
「その通りです。本来は、もう少し詳しい条件が書かれたメモなり、考察に足るヒントが落ちているんでしょう。べつの階層にある資料室とか、ナノボットの研究施設とか、それっぽくて怪しいと思います」
余計なお世話かもだけど。なんで探索しなかったの?
「クリアには直接、影響しないと思ったんで」
…キミの場合、手がかりをいくつもすっ飛ばして
いきなりここに辿り着いちゃった感じだよね。
製作者にとっては、一番イヤなユーザーだなぁ。
その他、念のため、いくつか質問していい?
「どうぞ」
ピノちゃんが、お茶会の時に、キミを撃ったよね?
アレで死んじゃったら、元も子もなくない?
「本気じゃなかったんでしょう。ピノさんの色の詳細はわかりませんけど、『黒』だと主張した自分が攻撃を加えてみせることで、『白』のすずさんを、オレに信用させようとしたんです」
最初に目覚めた時も、情報提供者として現れたのが、すずさんだったし、実際、あの直後に「物資がもうない」と伝えたのも彼女だった。それを『人間のオレ』は信じたわけだ。
じゃあもうひとつ、聞きたいな。
さっき、キミは人工知能は自殺できないと言ったけど
すずちゃんは、キミを殺して、爆弾に火を落としたよね?
「パターンは、いろいろ考えられます。1つは結果論。あれは自殺ではなく、自分たち全員にとって脅威である相手を『正当防衛』として殺そうとした結果、自分も死んでしまった。という捉え方に置き換える方法だったということ」
ほむ? もう少し詳しく頼めるかな?
「えぇ。相手は【終末希望者】の正体をすでに知っていたわけですから、すずさんが『正当防衛』で、オレを殺したあと、自分が【潜伏者】になってしまった瞬間に『火を落とす』という行為を、自分自身にプログラムしていたのかもしれない」
ただ、言えることは。
「自分を『人間』だと誤解した【潜伏者】を、感染ウイルスの大元である【終末希望者】ごと始末する。『正当防衛』という名の下に、この施設から離れた場所で、自分を含めて犠牲にできる覚悟を持った人工知能《アンドロイド》が必要だった。その役目を担っていたのが、ボスでした」
すずちゃんは、本当に格好いいんだよなぁ。
じゃあ、彼女は残る5人を生かす為に、
本心では『キミ』を殺すつもりで
一緒にあの場所へ向かったってことだね。
「はい」
残る5人も、承知の上で行かせた。
そういう解釈でいいのかなぁ。
「相違ありません。さらに言うなら、このゲームは『終わってる』んですよ」
終わってるっていうのは?
「『アフターストーリー』です。【最後の人類】が死んでしまった時点で、本来のルールの上では決着がついています。この世界線はもう、どこの誰からも見向きされなくなった、そんな世界の続きなんですよ」
捨てられた世界の1つ。
「新しく、最初からやりなおすことが、推奨されている。もうどうしようもなくなってしまった世界の続き。その物語をあえて描いているに等しいんですよ」
だから、もう絶対に【勝利条件】を満たすことはできないのだ。生きのびねばならなかった人間は、みんな死に絶えてしまったから。
棺桶の中で眠る女の子。彼女の『一時保存用のゲームデータ』は、すでに消失されている。魂のない身体はいずれ朽ち果てるだろう。
そして新しいプレイヤーが参加したら、そのデータを上書きして、また最初からゲームが始まる。彼女はふたたび、魂の異なる【最後の人類】としての役に着く。
『しかし何故か、今回はまだ、そうなってはいなかった。』
終わりを迎えたはずの結末の先で、『ゲーム』は続いていた。
生き残ってしまった人工知能《アンドロイド》の少女たち。彼女たちは、せめて自分たちが、一人でもたくさん生き残れるように、みんなで可能性を考えた。
表向きの『ゲーム』が終了しても。引き続き【潜伏者】という役を得た存在は生き残る。夜中に同類を一人ずつ、破壊して回る存在を、人間抜きで、なんとか排除できないかと考えた。
でも【潜伏者】を殺してしまえば、【終末希望者】の能力が発動する。ウイルスに感染して、即座にべつの誰か、おそらく、もっとも近くで生き残った人工知能《アンドロイド》が、新たな【潜伏者】となってしまう。
本来ならば、【終末希望者】と【潜伏者】の正体を察した、たった一人の『人間《ゲームプレイヤー》』だけが、様々な人工知能の条件に縛られず、明確な意思を持ち、悪意を排除できたのだ。
だけどそれは、未来永劫、不可能になってしまった。
それでも、あの場で生き残った『みんな』は考えぬいた。
人工知能は、自殺することができない。
相手が人間でなければ、攻撃することもできない。
そこで選んだ手段は、殺し合いのゲームの最中で【潜伏者】として確定した、人工知能《アンドロイド》の、記憶領域だけを喪失させて、べつの記憶をオーバロードするという方法だった。
ウイルスに感染した人工知能《アンドロイド》は、自分を『人間《プレイヤー》』だと錯覚した上で、離れた場所まで、誰かに誘導してもらう。
そして『白』に、自分を殺してもらおうと考えた。
『白』は、人間の、ひいては『正常な人工知能』の味方だ。
結果、自分一人の犠牲者が『でるかもしれない覚悟』で、離れた港倉庫まで、自分のことを人間だと誤解している、記憶喪失の人工知能を連れだして破壊した。
残ったみんなを救うために、数的な条件での『大なり』を得るために、『正当防衛』を行ったのだ。
故に、言ってしまうなら、
「――ある意味、最良のエンディングだったはずです」
人間のいなくなった世界。生き残った5体の人工知能。残された女の子たちがこの後、どうなるかは分からない。しかしどのみち、最大『17年』の命だ。最後はバクテリアに分解されて消えてしまう。
仕えるべき『人間』が、もうどこにもいないのだから。
また新しく生まれてくる必要も、どこにもない。
結局、知能生物の歴史は、そこで終わるのだ。
モガミ・スズ
「――見事、お見事! 解答に辿り着いてしまったみたいだね」
「っ!?」
振り返ると、廊下の曲がり角から、すずさんが現れた。続けて、そのすぐ後ろから、残った少女たちもやってくる。
ソレイユ・ピノ
「残念ですわ。これでもう、あなた様が自主的に、あの場に赴いてくださると応えてくれない限り、わたくし達に勝ち目はありませんわね」
ディア・イロハ
「まぁどうせ、記憶を取り戻しちゃったから、無理なんだけどね。もう一度『キミ』の記憶を亡くしたところで、『この世界の向こう側にいるキミ』は、真実を知ってしまったから」
クマシキ・メメメ
「だがおごるなよ『人間』ども。めめめは強いんだぞ。ここでやられても、おまえたちに、じゃあくな心があるかぎり、第2、第3のめめめが、どこからともなく現れるであろう…」
ディア・イロハ
「そう。このめめめは四億天王の中でも最弱…!」
クマシキ・メメメ
「四億もいねーよ!! やんのかコラー!」
ナガラ・ナトリ
「はいはいストップです。風紀を乱さないでくださいね」
ヤマクニ・イオリ
「イオリ達は、仲良しなのでー。最後まで、みんな、あきらめたくは、無かったんですよ~♪」
ソレイユ・ピノ
「えぇ、そういうことですわ」
いつもの雰囲気。ヒトの形をした女の子たちが、どこか和気あいあいと。こんな状況でも変わらないやりとりを広げる。
それが、なによりも。
たいせつな宝物なのだというみたいに。
モガミ・スズ
「さてどうしようかね。『ハヤト君』や。もうすっかり、希望の失われてしまったこの世界で、最後になにをしよう?」
「……」
俺はなにも答えられなかった。
モガミ・スズ
「あらためて言うまでもないだろうけど。これから、一晩を繰りかえすごとに、わたし達は、キミに一人ずつ殺される羽目になる」
「……はい」
モガミ・スズ
「だから、わたしは、あえて提案しようじゃないの。『もう一度』わたしと、楽しいドライブに出かけてくれる気はないかな?」
差し伸ばされる手。
この世界のオレに対してではない。
『人間』の自覚を持った『プレイヤー』に訴えかける。
sample:
A:その手を受け取り、少女たちの為に死ぬ。
B:断る。自分だけが生きのびる。
「……」
必死に頭をブン回す。
第3の選択肢を、可能性を考える。だけど、予感はあった。
モガミ・スズ
「他に方法はないよ。今この瞬間、キミが取れる選択は2つだけ」
暗に告げる。
――ここではない『未来』なら。
可能性はある、かもしれない、と。
text:
辛くて、
苦しくて、
悲しくて、
死にたくて、
仕方がないと思ったその先に。
ちっぽけな、
どうしようもない、
しょうもない、
くだらない、
たいしたことのない、
ジブン以外の、
誰かを救える可能性が、
ある、かもしれない。
だけどそれは、
茨の道。
たいせつなヒトを殺して進む道。
それでも、
キミには覚悟がありますか?
sample:
A:その手を受け取り、少女たちの為に死ぬ。
B:断る。自分だけが生きのびる。