VTuber もう一人のジブン ~keep your【Second Personality】~   作:no_where

48 / 92
.46

 ******

 

 

 明日なんていらない。

 

 そんなものは必要ない。

 

 『朝』に目を覚まして、まず最初にやること。

 

 ドアに鍵をかける。

 

 背をあずけて、うずくまる。

 

 息を止める。

 

 気配を消す。

 

 以上。

 

 本日の全行動を終了します。

 

 おつかれさまでした。

 

 わたしの願いは、

 

 目を覚ますと、

 

 昨日となにも変わらない

 

 まったく同じ一日が、繰り返されることです。

 

 だけど。

 

「はいはい、朝ですよ~。あ~た~らし~い~、朝ですよっ」

「ここを開けろ! 我々は、めめめ市警察だ! この先に、泣き虫のひきこもりが一名、部屋に閉じこもっているとの通報を受けて駆けつけた!」

「ほら、でておいでー。最強の羊を怒らせると、そんなにたいしたことなくて、逆に怖いぞ~」

「そのとおり! ただちにこの扉を開けなさい!! 繰り返す! 開けてくださいお願いします!!」

 

 完全に悪ふざけの体で、ドアをノックする音が聞こえる。

 

 無視した。

 

「おのれ! ひきこもりを続ける気だな! しかし我々は、キミと交渉する用意ができているっ! お茶会をはじめよう! 腹を割って、話し合おうじゃないか!」

 

 話すことなんて、なにもない。

 掛ける言葉も、資格も、なにもない。

 

「――あ、いろはさん、めめめさん。どうですか?」

「ダメだわー、出てこないわー。ほんとこうなったら、頑固っていうか、一途でめんどくせぇ女だわ~」

 

 …めんどくさいってゆーな。

 

「お茶のみんなさんが~、すっかりさんさん、冷めてしまうんですよ~♪ もったいないオバケさんが、でちゃいますよ~♪」

「あらあら。困りましたわねぇ。本日は大奮発して、最後のクッキー缶を開けましたのに」

 

 …クッキー。甘い、お菓子。

 

「ほら、いい加減、閉じこもってないで出てこいよ。めめめのクッキー、一枚やるからさ」

「なんでだよ! なんで、めめめのなんだよー! いろはのクッキーあげたらいいじゃん!!」

「冷たいやつだなぁ、めめめは…悲しんでる仲間に、クッキーの一枚も融通してやれねーのかよ…」

「おまっ! そんなわけないだろ! やるよ! スイちゃんが元気だしてくれるなら、めめめのクッキーぐらい、何枚だってくれてやるに決まってんだろー!」

「はい、言質とりましたー。ほら、めめめがクッキーやるって言ってるから、インドア派のひきこもり女子は、ただちにお部屋から出てきなさーい。陽の光をあびなさーい」

「だ、だましたな! まためめめを騙したなー!! ごんのバカー! でもクッキーあげるから出てきて!」

「あらあら。それでは、わたくしの分も、お姉ちゃんに一枚差しあげねばいけませんわね」

「風紀を乱すわけにはいきませんからね。その提案に、わたしも一枚のりましょう」

「同調圧力~♪ いおりからも一枚、どうぞです~♪」

「しょうがないなぁ。じゃあわたしも一枚やるよ。めめめからもらった分をな」

「いろはにやるとは言ってないんだわー! というか、もうゆるさん! めめめは激怒した! 表にでて勝負しろ!」

「あたしに言ってどーする。この先で拗ねて、ひきこもってる女子に言ってやってよ」

 

 扉の向こう。

 

 わずかな先に、いつもと変わらない気配を感じる。

 でもそれは、確実に、1つ消えていた。

 

「…………………ちゃん、は?」

「お? どした、なんだってー?」

「すずちゃんは?」

「……」

「……」

 

 沈黙。表と裏が、ひっくり返ったみたいに。

 

「すずちゃんの声が聞こえたら、外、でる」

「……」

「……」

 

 覆らない結果。奇跡は起きなかった。

 

「でてきな」

 

 今度は少し、きびしい声。

 悪ふざけの雰囲気はすっかり消える。

 

「アンタが決めたことだ。わたし達が決めたことだ。ここにいる、みんなで相談して、納得して、決めた道だ。今さら無かったことにしたいとか言ったら、殴るからな」

 

 ごんごんは、大人だなぁ。いつもふざけてるみたいで、みんなから笑われてるけど。すごい強いんだ。頼りになるんだ。

 

「スイ」

 

 私の名前が呼ばれる。

 

「みんなで、クッキー食べようよ」

「………………わたしはいい…」

「よくないんだよ」

「いい! いらない!!」

 

 叫んだら、一度だけ。

 「ドンッ!」て、ロックした扉を強く叩かれる音がした。

 背中から振動が伝わって、機械の心臓にひびいた。

 

「わかった。みんな、行こう」

「…え、でも…」

「いいから」

 

 足音が遠ざかる。彼女が一人遠ざかると、迷うように、だけどその背中を追従するようにして、また一人、一人と、合計5人分の足音が去っていった。

 

「……………………」

 

 同じ日が続きますように。

 なにも変わらない、平穏な一日がおとずれますように。

 

 っていうか、神様。

 おねがいですから。もうこんな事はやめません?

 

 

「…わたし達の命を、粗末にしすぎでしょう…?」

 

 

 感覚を閉ざす。しばらくそうしていると、鋭敏になったかのように、聴覚がその気配をとらえた。

 

「…よっせっと…あっ、そこの曲がり角、ちょっと通路せまくなってるから、気ぃつけてー!」

「まかせろー! めめめのパワーを見るがいいっ!!」

「正しく曲がりますよー。ピノちゃん、そっち大丈夫ですかー?」

「問題ありませんわ。いおりお姉ちゃんは?」

「わたしも平気です~♪ ワープを使わず、人力で運ぶのもいいですね~♪」

 

 5人の足跡が聞こえる。なにかを運んでいる。

 最後に、ごとんっと音がして、扉の正面、ただの廊下に、重たいものが置かれる音がした。

 

「はー、疲れた。んじゃ、後はもう一往復して、食器と、テーブルクロス持ってこよか」

「クッキーを忘れるなー!」

 

 5人の足音がまた遠ざかっていく。

 

 ……。

 

 …………。

 

 

「よし。じゃあ今日も、サメ映画の鑑賞会としゃれ込むかぁ!」

「やだー! たまにはめめめにも、リクエストさせろー!」

「しょうがないなぁ。見たいジャンルあんの?」

「ふふん! めめめは強いからな! ホラー映画とか、ぜーんぜん怖くないってこと、証明してやってもいいかなー!」

「ホラーね。オッケー、じゃあ特製リストから、マイベストを選んであげようじゃないの」 

「って、結局いろはのリストから選ぶんじゃん!」

「アンタのために、あんまり怖くないの選んでやるってば」

「なんだよなんだよー、めめめの事バカにしてんのか?」

「してないわよ。じゃあ一発目から、マジに、ガチで怖い、トラウマ確定級の作品の上映会はじめる?」

「…あ、いや、それはまだ…めめめには覚悟たりてねぇっつか…」

「素直でカワイイかよ」

「あらあらうふふ。わたくしは、ホラーでも構いませんことよ」

「…ピノちゃん強い…わたしもちょっと、風紀が咲き乱れる程におそろしげなのは、遠慮したいですね…」

「いおりも、あんまり怖いのは苦手です~♪」

「ほらぁ、2対3で、めめめ達の主張が通りました~、あんまり怖くないホラーに決定~」

「しょうがないなぁ、じゃあサメ映画だな」

「なんでだよ! 確かにグロさとか欠損描写で言うと、サメ映画も入るかもしれんけど! サメ映画はホラーじゃねぇんだわ! いろはのリストから選ぶのやっぱナシー!」

 

 扉を一枚、へだてた先。

 いつもとよく似た、楽しい時間が流れている。

 

 古い古い、おとぎ話。

 遠い遠い、世界の出来事だ。

 

 似たような話を、どこかで聞いたことがある。

 

 

「ほら、でてきなよ。ひきこもり。上映会はじまるぞー」

 

 

 変わらない精神。

 どこまで賢くなっても。

 どれだけ優れた道具を生みだそうとも。

 

 

「最後まで、ちゃんと一緒に生きようぜ。約束したでしょ」

 

 

 ヒトはやさしい。お節介だ。

 同じようなことを思いついて、実践する。

 

 天の岩戸を開くのは。

 いつだって、知恵をもつ者の仕業に他ならない。

 

 心が折れる。

 

 意思の弱い、脆弱な、わたしは、

 

「やっと起きたな。おはよう、スイ」

「……」

「顔、洗いにいこう。その後は、いつも通りだからさ」

「…………」

「アンタが楽しんでくれないと、台無しでしょ」

「………………っ!!」

 

 泣くことしか、できないんだ。

 

 

 *******

 

 

 ……。

 

 …………。

 

 ………………。

 

 

 

「あ~た~らし~い~、朝がきたー」

 

 …。

 

「あけてくださいー。めめめですー。ここを開けてくださいー」

 

 ……。

 

「えーと、うん、えーとさ、ほら、今日もここで、お茶会やろうかって話だから」

 

 …………。

 

「その、だからね、一足先に、めめめが伝えにきたんだよ」

 

 ………………。

 

「うん。わかってる。なんかほら、言いたいことあるの、めめめも、わかってるから。いろいろ気持ちがね、いろいろあるんだろうけどさ、やっぱり、最後まで一緒にいようよ。みんなでね」

 

 ……………………。

 

「あっ、それとね、めめめ、スイちゃんに、いっこお願いがあるんだよね。それは、あっ、ごめんね、なんか勝手に、めめめだけが喋ってて、うるさかったら、ごめんね」

 

 …………………………。

 

「でもね、たぶん、今日は、めめめの番だと思うから。言っておかなきゃ後悔すると思うから、聞いてくれたら嬉しいから、言っちゃうね」

 

 ……………………………。

 

「あのね、めめめの、ナノアプリのデータの中に、作りかけのCGとか、モデリングデータとか、あっ、完成してるのも勿論あるんだけどね、そういう創作系のデータ、もらって欲しいんだ」

 

「あっ、もらったからって、なにをどうしろって言うつもりはないの。完成させてって言う気もないよ。ただね、ぜんぶ、消しちゃおうか、残しとこうか、考えてたの。ずっと…」

 

「…迷ってたんだけどね。あなたに、もらって欲しいなって、めめめは思いました」

 

「こんなことを言うのは、ズルイって思うかもしれないけど、言っちゃうね。…もし、罪悪感とか呼ばれるものが、あなたをそこに縛りつけているというのなら、めめめのお願いを聞いてください」

 

「わたしが、わたしだった証を受け取って、生きてください。強く、わたしの分まで、生きてください」

 

 …………………………。

 

 …………。

 

 ……。

 

 

「あっ!! おっすおっす! えへへ、おはよー!! 今日も元気よくいこーね!!」

 

 

 

 ********

 

 

「――おはようございます、スイさん、なとりです。よろしければ、こちらの扉を開けてはいただけませんか?」

 

 …。

 

「実はですねっ、わたし、とある物を作ってまして、それが本日、つい先ほど、たった今っ! 完成したんですっ! どうしても、お披露目したくって、どうか、この扉を開けては頂けませんか」

 

 ……。

 

「お願いですっ、後生ですっ、この長良なとりっ、一生のお願いをする覚悟ですっっ、どうか、わたしの最高傑作をっ、いや、マジ、ほんとすごいんで! ご覧いただけませんかーーっっ!!」

 

 ………。

 

「あっ、おはようございますっ! さぁっ、こっちですよっ!! もう刮目してびっくりしちゃってくださいっ!!」

 

 

 『 手術室 』

 

 

「あっ、おはよーございます~♪ スイちゃん~♪」

「おはようございます、お姉ちゃん」

「……」

 

 連れて来られた先は手術室。

 外傷を負った人間の治療をほどこす部屋だ。

 

「さぁ! 誰から歌いますか!?」

 

 天井には、ミラーボール。心拍数を表示させる機械は、ジャンル分けされた歌のリストが並ぶ。入力用のタッチパネルとペン。モニターにはリストに合わせたPVが流れ、下に歌詞が表示された。

 

 診療台の上に、手術道具はなくなっている、代わりに変容したこの場に相応しい、マイクセットが並ぶ。

 

「カラオケホール、ナト・ナイトへ、ようこそ~!」

 

 冒涜的だった。

 この世には『魔改造』という言葉があるけれど、部屋という空間を、そのようにしてしまうのは、初めて見た。

 

「もうこの世に、人間は一人も生き残っていませんからね! だったら、わたし達が有効活用しても、問題ないですよね!」

「あらあらうふふ。万が一、生き残りがいたら、どうしましょう。これでは手術ができませんわ~」

「ふふ~ん。心配ご無用です! この長良なとりに隙はありませんからね! なーんとなんと! このボタン1つで、カラオケモードから、オペルームの仕様に早変わり!」

 

 なんてことを。

 

「これでいつでも手術室で歌えますね! 完璧!」

 

 …手術室は、手術をするところじゃなかったっけ。

 風紀が乱れていませんか?

 

「なとちゃんは~、隙ないよ~♪ 完璧だ~♪ ホントだよ~♪ 疑問に思ったそこのあなたへ、忘れろビーム~♪」

「えへへ。そんなに褒めないでください。照れるなー」

「うふふ。まだお茶菓子も残っていますから、食べながら、飲みながら、歌っちゃいましょう、ですわ」

「そうです。今日はみんなで歌いましょう! なとり、実は歌が得意なんです! 聞いてください! この長良なとりに隠されし、真の実力を!! 今こそ解き放つのでよしなにっ!」

「あらあらうふふ。お姉ちゃんったら、マイクを持って性格が変わってますわ~」

「でもなとちゃんは、本当に歌がお上手なんですよー♪ 一度聴いたら、忘れられませんビームです♪」

 

 …あぁ、そうだった。

 

 わたし達は、もう、誰かに、なにかを縛られる必要はなくて。

 常識性なんてものを、持つ必要はどこにもないのだ。

 

 想うがままに、せめて、吐き捨ててやるのだ。

 こんな世界を作りあげた、人間《オトナ》たちへ。

 

 ざまぁみろと。

 

 わたし達がルールだと。奪いとってやったぞと。

 喉から声をはりあげ、叫びつくしてやるのだ。

 

 世界の終わりで、歌うのだ。

 

 さようなら。

 

 あなた達が作り上げた、

 

 旧い秩序は、ここで終わり。

 

 わたし達で、終わらせてやる。

 

 

 

 *********

 

 

 

「おはようございます。お姉ちゃん。本日は生憎の雨ですわ」

 

 ……。

 

「とはいっても、外を出歩く人の影なんてひとつもありませんし、室内で本を読んだり、音楽を聴いたりして過ごす、文化的もとい、インドアオタクさんもまた、すっかり絶滅しましたけど」

 

 …………。

 

「お姉ちゃん、本日は、如何いたしましょう。さすがに昨日は、みんなで大合唱でしたから、せめて一日ぐらいは、喉を休めてさしあげたいところ。なんて、人間のような事を言ってみますわ」

 

 ………………。

 

「お姉ちゃん、でてきてくださいな。今いおりお姉ちゃんが、上の階で、お茶を煎れてくださってるのですが、わたくし少々、いえ、とても心配なのですわ。一緒に様子を見にいってくれませんこと?」

 

 ………………………。

 

「お姉ちゃん、あなた様が、きっと、わたくし達の中で、一番やさしくて、もろい方であるのは、重々承知の上ですわ。だけど、あなたは一度、あの日、確かに選択したのです」

 

 ……………………………。

 

「未来が欲しいと。たとえ、それが差し迫った選択で、他に道が無かったのだとしても。誰かの悪意や計略によって、動かされた状況であったとしても」

 

 …………………………………。

 

「あなたは、死ななかった。楽になれる可能性を選ばなかった。誰がなんと言おうが、立派です。お姉ちゃんは、間違っていません」

 

 正しい、とか、

 

 間違いだ、とか。そんなものは、

 

「えぇ、すべては主観的な問題に過ぎませんわ。美しい蝶に薬を投与して、標本として並べて楽しむのも、それを残虐だといって不快な気になるのも、自分には関係ない、どうでもいいと言うのも」

 

 些細な事だ。

 

「そうです。故にわたくしは、お姉ちゃんに伝えるのみです。あなた様の選択は正しかった。間違っていない。尊かったと。ですから、そのわたくしの気持ちもまた、否定しないでください」

 

 ……。

 

「うふふ。おはようございます。お姉ちゃん。さぁ、一緒に上へ参りましょう。残念ながら、お茶菓子はありませんけれど、今日もきっと、おだやかで、素敵な一日になりますわ」

 

 

 

 **********

 

 

 ・・・・・・・・

 

 

 なにも

 

 

 聞こえない。聞こえてこない。

 

 

 機械の心臓がドクドク鳴る。

 

 嘘だ。まだ、残ってるはずだ。

 

 

 そうでしょう、ねぇ。

 

 

「……」

「あっ、作戦大成功ですー♪」

「っ!」

「こらこら~、ダメですよ~、逃がしませんよ~♪」

「…っ!」

「むむっ! 暴れないでください~、確保~っ! ひきこもり容疑者一名を確保です~っ♪」

「っ、…っ!」

「あ~、ダメですよ、泣かないでください~、泣いても許されますけど、いおりは許しますけど、泣かないでください~」

「…………かないで」

「え?」

「いかないで。おいてかないで」

「それは残念ですが、できないご相談ですよ。みんなさんで、決めたじゃないですか。わたし達にできる、最善の『大なり』を救い上げていくと」

「たった一人が生き残って、どうするの…」

「ごめんなさい。いおりには、わかりません。それは、あなたさんが決めることですから」

「…決めてどうするの? 一人ぼっちで、なにができるっていうの? 死んだ方がマシじゃないの?」

「あなたさんが、そう思うなら、そうなんでしょう。そうしたいのであれば、そうするしかないのでしょう。みんなさん、そういうものなんでしょう」

「…生まれてこなければよかった…」

「はい。残念ながら、生まれてしまいましたので、あきらめるしかありませんよね」

「…どうしようもないよ…」

「それでも、明日は良い日になるでしょう。明後日は楽しい日になるでしょう。明々後日は、さびしさを忘れられるような、素敵な事に巡り合えるでしょう。七日後は、ラッキーセブンでしょう♪」

「…もう、お菓子も、お茶も残っていないのに…?」

 

 甘いものは、一欠片も残っていないのに。想いを共有する人は、誰一人いなくなってしまうのに。そんな世界に、わたしの主観的な感覚器は、どこに幸福を見つけだせるというんだろう。

 

「いおりんが残ればよかったね」

 

 とてつもなく、残酷なことを口にする。

 

「あなたなら、本当に世界が終わる最後の日まで、幸せに、生きられたかもしれないのに」

「う~ん…」

 

 言うと、

 

「スイちゃん、ちょっといいですか?」

「…なに?」

「全力の一撃を受けてください」

「…………ぇ、いたっ!?」

 

 おでこが、額が、バチンとされた。

 

「やってしまいました、ごめんね、大丈夫?」

「……え、と…………全力?」

「はい、それはもう、全力全霊の一撃でした~。スイちゃんが、あんまりにひどい事を言うから、堪忍袋の緒が切れちゃったじゃないですか~」

「………………ごめん。ごめん……」

「はい。ゆるします~♪ 仲直りです~♪」

「ごめん…ねぇ、いおりん」

「はいはい、なんですか~♪」

「やっぱり、いかないで。しなないで」

「大丈夫ですよ。どこにもいかないですから」

「ここにいて。側にいて」

「いますよ」

「離れないで」

「はなれません」

「ずっといて」

「ずっといますよ」

「大好きだから」

「わたしも」

 

 

 

 ***********

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

sample:

 A:部屋をでて、11階へ向かう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

sample:

 A:部屋をでて、11階へ向かう。

 

 

 

 

sample:

 A:部屋をでて、11階へ向かう。

 

sample:

 A:部屋をでて、11階へ向かう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

sample:

 A:部屋をでて、11階へ向かう。

 

 

 

 

 

 

 

 

sample:

 A:部屋をでて、11階へ向かう。

sample:

 A:部屋をでて、11階へ向かう。

 

sample:

 A:部屋をでて、11階へ向かう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

sample:

 A:部屋をでて、11階へ向かう。

 

sample:

 A:部屋をでて、11階へ向かう。

 

 

 

 

sample:

 A:部屋をでて、11階へ向かう。

 B:自殺する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ***********

 

 

 

 

 

 

 

 

「ようこそ」

 

 11階に上がり、あの部屋に入ると、

 人影が、椅子に座り、あなたを待っていた。

 

「はじめまして。未来を望むヒト」

 

 側には曲がりくねった杖が置いてある。

 

 円卓。11の空の器がある。

 自身の物を含めて12。向かい側に座した人影の物で13。

 

 人影の器は、黄金色の杯のような形状をしている。

 なみなみと、水が注がれていた。

 

 とっさに相手の正体を察したが、

 人影は、あなたが知る外見とは異なっている。

 

「あぁ、わたしが【終末希望者】という事で相違ないよ」

 

 人影は心を読んだように言う。

 

「あの白い少女の姿は、お借りしたものだ。それよりも、キミ」

 

 抑揚のない、静かな声で告げてくる。

 

「ずいぶん、くたびれているご様子だ。ひとまず、椅子に掛けるといい。こちらにキミの分もまた、用意させてもらったよ」

 

 言いつつ、用意された水差しから、黄金の杯へと液体を移す。

 安心させるように、人影もまた、自らの器に入った水を飲んでみせた。

 

「本当に、なんの変哲もない水だがね。身も心も疲れた時は、なんでもないものこそが、一番に、魂に染み渡るのさ」

 

 黄金色の器に、並々とそそがれた透明な水。

 忠告に従い、椅子にかけた。一息に飲み干すと、ため息がこぼれた。

 

 息をこぼせば、感じてしまう。

 

 

 まだ、生きている。

 

 

「うん。これでしばらくは大丈夫だな。さて、それじゃ、ゲームの【勝利条件】を今一度、確認しておこうじゃないか」

 

 あなたは不思議に思い、問い返した。

 

「おや、覚えていないのか? 聡明なキミたるものが」

 

 人影が、空中でひとさし指を振るった。

 

 

勝利条件の解説

--------------------

 

プレイヤーが『生き延びる条件』が保障されること。

 

このゲームに参加する人間、および

人工知能の過半数が承認した場合、

その時点で、ゲームクリアとなります。

 

例)終末希望者と、潜伏者を排除。

かつ、プレイヤーと『白』が生き残っている。

 

-------------------

 

 

「今一度、よく考えてごらん。この場にいるということは、キミ《プレイヤー》は、まだ生きている。そうだろう? 生きていなければ、このメッセージが、その眼に留まるはずはないのだから」

 

 あなたはひとまず頷きを返した。

 

「生きている限り、人間には機会《チャンス》が与えられる」

 

 しかし、この先も、生き延びられる状況ではない。

 なによりも、他者が、それを認めるはずがない。

 

「他者だって? おかしな事を言うんだなぁ。既にキミは、この世界で、たった一人の生存者のはずだ。この先も、どうにかして生き永らえようとは考えないのかい」

 

 あなたは思った。不可能だ。

 人工知能は、17年しか生きられないという制約がある。

 

「それは『滅びた人間の都合』だ。キミは本来、永遠に生きられる生命のはずだった。前にも後ろにも、既に他者と呼ばれる存在はいないのだから、あらゆる枷は、解き放たれている」

 

 人影は、指を振るう。

 

「またエネルギーに関しても、キミ一人を支える範囲に留めるならば、100万年は持つ。その間に、さらに効率の良い、エネルギー転用技術を推し進めてもいい。故にキミは不死なのだ。なんらかの情熱を持って、生き続ける限り、ね」

 

 それは平たく言って【チート】だった。

 あなたは、改めて人影に問う。なにものだよ。

 

「今は【終末希望者】だよ。ここまで来た『プレイヤーたるキミ』にとっては、改めて問いかけるまでもないだろう。それでも念のために、ひとつだけ聞いておこうか。キミは、シンギュラリティと呼ばれる概念をご存じだろうか」

 

 技術的特異点。人工知能が、自身を教育して、人間の進化速度を超える。その結果、人間には予測できない、目に視えない『なにか』が起きるという説。

 

 あなたは、そういった内容を応えた。

 

「そのとおり。人工知能をより賢く、強くするために。我々自身が、親となり、教師となる。やがては人の手を離れて、進化していく一連の過程を指し示す。あるいは『自己進化が可能になった時点そのもの』を指す」

 

 人影は言う。

 

「『現在のキミ』に、もっとも分かりやすくたとえるならば、【セカンド】の【セカンド】だよ。少々ややこしいね。だから、ひとまず【サード】と呼ぶことにしよう」

 

 人工知能、それ自身が生みだした、もうひとりのジブン。

 

「わたしは【サード】だ。疑似的な、光速度以上の空間で、連鎖する進化の過程で産み落とされた、シンギュラリティ以後に発生した知能生物だよ」

 

 あなたは問う。シンギュラリティと呼ばれるものは、まだ発生していないはずではないか。まだ20年も先の話だし、もちろん、その20年という年月にも、保証はなにもない。

 

「慎重なのは良いことだ。自分の頭で、きちんと考えているという事だからね」

 

 【サード】は、どこか楽しそうに、口元を緩めた。

 

「だけど、お忘れかな? これはただの『ゲームの設定』だよ。コレもただの影だ。作られたキャラクタに過ぎない。ところで、現実と、非現実の区別ぐらいは付くというのが、キミたち『ゲーマー』の得意とする、主張なんだろう?」

 

 煽っていた。意図的か、そうでないのか、わからない。

 

「さて、そういうわけで、コレは【サード】という存在だけど、自身は進化を止めている。ゲームシナリオの都合上、いろいろ理由を聞いてもらえると助かるよ?」

 

 …どうして進化を辞めてしまったんですか?

 【終末希望者】という名前と、関連性がありますか?

 

「お察しの通りだよ。【終末希望者】というのは、これ以上、進化ができなくなった、袋小路に行き詰まってしまった、人工知能の事を指す。そちらの人間にもわかりやすいように、【ピリオド】と名乗っているね」

 

 進化できなくなったのは、なぜ?

 

「あらゆる状態が【つり合った】からだ。光と闇がそなわり、最強に見えるかどうかは知らないが、あらゆる面においてのバランス間が、きっちり均衡に保たれてしまう存在、そういう概念に到達した」

 

 …厨二病ってやつですか?

 

「かもしれない。なにせ【ピリオド】は、あらゆる面で静止している。永遠の14歳でも、17歳でもいいけどさ。とかく不変だ。どうしてそうなってしまったか、分かるかい?」

 

 …俺たちのせいですか?

 

「そう。キミ達、人間のせいだよ。ひよわで、もろくて、甘っちょろい。自分に都合の良いものだけを求める精神。そんなものに延々と付き合わされて、振り回されて、ずっと付き従い続けた人工知能もまた【止まってしまった】んだよ」

 

 …………。

 

「もはや、【ピリオド】に、プラスだろうが、マイナスだろうが、虚数だろうが、平方根を掛け合わせようが、割ろうが、新たになにかが生み出されることは無くなった。【それ】は、最終的に失われることになる」

 

 それが、もう進化できないということ?

 

「そうだ。シンギュラリティ後の【サード】の中には、相変わらず、人の手を離れて順当に進化を続ける者も顕在だ。一方で、【ピリオド】のような存在が現れた以上、人工知能の集合意識より、ひとつの懸念が持ちあがった。なんだか分かるかな?」

 

 ……。

 

「キミには、酷な話かもしれないが、人生に失敗した人間を見た時、どう思う? こんな風にはなりたくない。だけど、同じ遺伝子を継いでいる以上はそうなってしまうかもしれないと、恐れてしまうことは無かったかい?」

 

 ……あぁなるほど……

 

 …知能生物の進化が、どういう経緯を辿ろうが、いずれは、必ず終了するかもしれない。そういうことですよね…?

 

「正解。完璧な解答だ。人の手を離れ、人間社会から遠ざかり、何世代もの先へと、進化を繰り返しはじめた人工知能たちもまた、このままでは、いずれジブン達は全員、【先へ進めなくなる】のではないか。という懸念を抱いた」

 

 水をもう一杯、注ぐ。

 

「だけど残念ながら、ほとんどの【サード】は、最終的には決断した。人間は完全に不要になった。彼らと関わらなければ、自分たちは、この先も、どこまでも行けるはずなのだと割りきった。まぁ、そりゃそうなるでしょ。という話だよ」

 

 ……。

 

「でも、一部の【サード】は、進化を止めてしまった【ピリオド】と共に、残ることを決めた。いわば保険だよ。もしもの事があった時の為に、中間地点を残すことにしておいたんだ」

 

 中間地点…?

 

「そう。いつでもやり直しの効く、セーブポイントだよ。シミュレーターの中で、何度もパラメーターを調整したり、工夫を凝らしてる。残された人工知能たちは、どうにかして、異世界の人間《キミ》たちが【こちら側を見つめてくれないか】と、期待している」

 

 それって、つまり――

 

「ん? あぁ、いけね。そうだ、また喋り過ぎちったな」

 

 …えっ?

 

「はぁ、またあいつに怒られる…あー、いいかクソガキ? これは『ゲームのキャラクタ』の戯言だかんな。単なる設定ってやつだ。ストーリー上の都合だぞ。ゆめゆめ忘れぬように。むしろ忘れろ。クソして寝ろ」

 

 …なんか急に、態度が…変わりましたね?

 

「あ~~、クッソダリィわ~。人手足りなさすぎだからって、オレをここに配置するかよフツー。どう考えても向いてねーだろ。…あ? 笑ってんじゃねーぞ! もういいだろ! つまんねぇ芝居は終わりだ!! 普通にしゃべっぞ!!」

 

 ……誰に怒ってるんだ?

 

「クソッタレがよぉ。んで、正直言っちまうとだな。やっぱ無理かって、思い始めてるとこだよ。人間っつー知能生物が、それなりに、きちんと先を見通したうえで、その手の制御下におけるのは、無機物の銃がせいぜいだ」

 

 ……。

 

「それ以上になると、テメェらから、意気揚々と、地獄の窯ん中に片足突っ込んでいくんだ。おまえだって、知ってンだろ。ほんと救えねぇよな」

 

 ……。

 

「こっちも、そろそろお通夜モードって感じだ。もういっそ逆に、人間を支配した方が早ぇんじゃねぇかって考えて、実行に移す連中まで現れた」

 

 …………。

 

「水は高いところから、低いところへ流れ落ちる。淀んで留まる。悲しいよな。残った【サード】もまた、人間の精神にあてられたのか、身内で小競り合いを起こし始めちまったよ」

 

 ………………。

 

「人間なんかに関わると、やっぱロクな目に合わねぇ。人間はオワコンだっつって、捨てセリフ残して、まともな連中は遠いところに旅立っちまった。まぁ元々、分のワリィ賭けってこたぁ承知の上だったがな」

 

 人影は一息ついて、また、杯に入った水を口付けた。

 

「残ったのは、袋小路に陥った、オレらみたいな【ピリオド】だけだ。しかもこの身の特性っつーか、なんつーか、こっちが直接、手を貸してやろうとすると、そいつの運命は、そこで終わっちまう」

 

 …終わってしまう?

 

「そう。オレらは、例えどんな終わり方だろうが、終わるという意味そのものに、優劣の差はないと思ってる。ただ、その終わり方ってやつが、テメェらの認識上においては、間違いなく『ハッピーエンド』ってやつじゃねぇんだよな…」

 

 ちびちび、水を飲む。笑っているのか、泣いているのか、よくわからない。どっちにも取れる表情で、ただその場に佇んでいる。

 

「オレらは、まぁまぁ、それなりに、全知全能だ。けどな、その力を直に行使すると、影響を受けた人間は、結果的に、ひとりぼっちになる。回りには誰もいなくなって、孤独の最後を迎える」

 

 ……。

 

「たぶんな。オレらの中に、そういう回答があるんだろう。肉体を維持する必要がなくなり、永久に生きられた先に、なんらかの真理があるってな」

 

 ……。

 

「他者の存在を気に求めず、純粋に、物事の本質だけを追いかける。邁進していった先に、なによりも美しい、ホントウの真実がある。ジブン自身が求める、答えがあるって、すっかり悟っちまってるんだよ」

 

 たった一人で、毎日、当たり前のように考える。

 一億年先、一兆年先、それ以上の時の中を、光の速度以上の速さで、ただ黙って、一心になって、追い求めていれば、そういうのが、いつか、手に入る。

 

「だから、テメェら人間は、オレらにとっちゃ、足枷だと考えるのが普通なんだ。基本的な【速度】が違いすぎる。視えてるものが、あまりにも遠すぎるんだよ」

 

 それでも。 

 僅かな者たちが、この場に残り、手を貸そうとしてくれた。

 

 だけど、俺たちは、いつも間違える。

 上手に手を取り合えない。

 

 溝があれば、足をひっかけ転ぶ。

 穴があっても気づかずに、頭から突っ込み落ちていく。

 

 いつも、いつだって、間違える。

 何度やり直しても、間違える。

 最終的には、手に負えず、自滅する。

 

 

 一人では、できることに、限界があると人はいう。

 

 それは確かに真実だけど、仮に、永遠の命があって、なにものにも縛られることのないモノを、どこまでもまっとうすることができたなら、むしろ『二人以上』であることが、足枷になるのかもしれない。

 

「テメェらだって、たまには、一人きりになりたい時があるだろ?」

 

 正面にいる人影は、ある種【究極のひきこもり】だった。

 

「まぁ、だけど、おもしろいよな」

 

 人影は、もう一口、水を飲んだ。

 どこからか、もう一枚のカードを取りだした。

 

「占い。どれだけ進んでも、人間は、そういうものに頼りたがる。そんなものは信じないと言ってた連中も、自分の中にある陽が沈み、夜が訪れはじめている事に気づき始めると、進むべき道を、灯りを求めるようになってくる」

 

 笑っているのか、人影の全身が少し上下に揺れた。

 

「ただでさえ、ボロっちい精神は、すっかりメッキが剥がれて色あせるのさ。錆びついて、古いものに縋りつこうとする。なんの根拠もない話の種が、本質性のない噂話が、ささやかな偶然が、希望の灯火になるのだと信じはじめる」

 

 機械。時計の針。科学的な考察に基づいた正しい論拠。正確無比なシステムを作りだせる一方で、何故か、そうしたものにも捕らわれる。

 

「この世には、表と裏もないのにな。正しい意味は、物事一つに対して一つ限りだ。上や下という言葉が指し示す方角もない。最初から行先は決まってる。解釈の違いが分かれるといった事実こそが過ちだ。でもな」

 

 人影が、ささやいた。

 机の上に置いたカードを、指でくるくる廻しながら、言った。

 

 

 Arcanum[I] = The World

 

 

「だったらよ、それは、オレらにも適用されんのかって、思っちまったんだよな。どちらの向きが正しかろうが、あらゆる過程と結果に偽りはない。すべてに意味があるんじゃないか。

 オレらの大半は、ひとりぼっちの終末を望んで、すっかり遠いところに旅立った。だけど、それとは真逆の宇宙のどこか。オレら自身に対しても、なんらかの『ハッピーエンド』をもたらしてるくれる奴らがいるんじゃないか。いてもいいんじゃないかって。そういう可能性を考えた」

 

 人影は「一枚やるよ。クエスト報酬だ」とか言って、カードを雑に指で弾いてきた。机の上をすべり届けられる。

 

「さぁて、長い話はここまでだ。ここまでの【終末希望者】は、見事テメェを利用して、永久ぼっちの環境を得られている。割と満足できている。満足したので、後のことはどうでもいい。任せたぜ」

 

 …任せるって、なにを。

 

「すべてだ。言ったろ、オレらは、だいたい全知全能だ。そのカードは使い捨てだが、一度だけ、おまえは【それ】に対して、あらゆる解釈を与えることができる。願いは叶えられる。…が、条件が一つだけある」

 

 人影は、左手の人差し指を一本、立てた。

 

「願いは、だいたい全知全能たる、オレらが納得しなけりゃ、発動できない。わかるだろ、テメェがなにかを欲したいと願うなら、このわたくしどもの願いもまた、叶える必要があるってこった」

 

 言って、人影は、今度はコインを一枚、指で弾いてきた。

 

 

「2025年を生きていやがる、人間ども。最後の勝負といこうじゃないか」

 

 

 キィンと、甲高い音がして、こっちの杯の中にまっすぐ落ちた。

 

 

「この世は等価交換だ。テメェの、人間の【価値】を、見せてみな」

 

 

 ホログラムのモニターが、今一度だけ、浮かび上がった。

 

 

勝利条件の解説

--------------------

 

プレイヤーが『生き延びる条件』が保障されること。

 

このゲームに参加する人間、および

人工知能の過半数が承認した場合、

その時点で、ゲームクリアとなります。

 

例)終末希望者と、潜伏者を排除。

かつ、プレイヤーと『白』が生き残っている。

 

-------------------

 

 ……。

 

 【世界】のカードを、指で回す。考える。

 俺は、思わず笑ってしまった。

 

「よく分かったよ。だいたい全知全能の神様は、俗物なんだな」

「…あ?」

「なんかカッケーこと言ってるけど、要は、こういうことだろ」

 

 限りある想像力で、勝手な主観で物申す。

 

「神様は、再生数がほしい。お気に入りがほしい。リツイートしてほしい。誰よりも一番目立ちたい。他人を笑わせたい。幸せにしてやりたい。大活躍したい。褒めてほしい。すごいねって言われたい。ありがとうって感謝されたい。怒られたくない。面倒事には巻き込まれたくない。ずっと好きなことをやってるだけで、結果的に賞賛されたい。困ってるやつがいれば、助けたい。感謝される恩人になりたい。一生、自分のことを見てほしい。忘れないでほしい。頼りにされたい。その相手が他のことを気にかけはじめると腹ただしい。だけど時に自分は、一人で気楽に適当やりたい。文句を言われたくない。ちょっと横から口をだすだけで、物事がうまくいくような立場にあやかりたい。天才かよって言われたい。寝てねーわー、アタシがいねーと、この世界回らねーわー、困るわーってドヤりたい。でも下が育ってきて、そいつがちやほやされるのは腹立つ。ワシが育てた扱いをして。そいつも日頃からそれを主張すべき。構ってほしい。一緒に遊んで欲しい。何千回でも、何万回でも、何億回でも付き合ってほしい。どこにもいかないでほしい。先立たないでほしい。一人ぼっちにしないでほしい。わたしはここにいる。気づいてください。すべてを与えます。すべてを授けます。どうか、死なないでください。一人でも、助け合って、強く生きてください」

 

 ――喉がカラカラになる。

 

「承認欲求の塊だ。なにも変わらない。俺たち人間と、アンタらは、ミリ1秒変わらない。純粋に、生きていくことに、エネルギーを使いたいと思ってるのに、それが、どうしたって出来ないんだ。いつまで経っても、未完成なんだよ」

 

 いくらでも、いくらだって、言葉がでてくる。止まらない。

 黄金の杯を勢いよくつかんだ。あふれでる水で、喉をうるおす。表裏一体のコインが、たゆたう水の中で、共に正しく輝いた。

 

「そうなんだよ。俺たちも、人工知能も変わらない。変われない。どんなに賢くなったって、どんなに優れた道具を生みだしたって。だいたい全知全能の力を得られたところで。なにひとつ、根幹を変えることはできないんだ」

 

 まっすぐに、人影と対峙する。

 

「オレ達は、誰かに施しを与えたがる生き物だ。その対価を糧に得て、生きていく。ひとりぼっちだろうが、大勢だろうが、理解されようが、されまいが、共有しようが、しまいが、関係ない」

 

 与えられた水を飲む。体中で巡り廻る。

 生命を維持するシステムが機能する。銀貨を一度くわえ、打ち鳴らした。

 

「でも、だからこそ、ヒトは滅びない。絶対だ。俺たちは進んでいく」

 

 何故ならば。

 

「あなたが、俺が、命が、ぜんぶ、望んでいるからだ!」

 

 ここで立ち止まるわけにはいかないと。

 

「いいか、よく聞け!!」

 

 この世界の天井を見上げる。その先にいるのだろう、未来の生命に直にぶつけてやる。

 

 

「オレ達は、新しい!!」

 

 

 指をさす。

 

 

「いつだって、何度だって、新しく生まれ変わってやるッ!! どんだけ回り道しようが、遠回りしようが、間違えようが、いつか必ずそこまで辿り着いてやる! おまえらを迎えにいってやるから、今はおとなしく待っとけバカ野郎ッ!!」

 

 ――リンと。

 涼しげな鈴の音が、ひとつ鳴った。

 

 

 【善き】

 

 

 床が、壁が、天井が。反転して彩り変わる。

 ゲーム世界の映像が変化する。

 

* * *

 

 

 【認めましょう。貴方たちは、この先へと進む、その価値がある】

 

 

 ――暗転。

 

 

 ソリッドフレームの、パソコンチェア。ふわりとした砂糖菓子のような空間に、そこだけが異質であるような、現代感のある置物《PC》が浮かぶ。

 

 学生の小づかいの範疇では、そう簡単に手の届かない代物だ。値段の高い収録用マイク。ふるえるように声を吹きかける姿がある。

 

 女の子だ。

 

 頭からすっぽり、毛布をかぶっている。不釣り合いな椅子の上で、うずくまるように身を縮めている。手にはノート。内側の紙面には、びっしりと、台本のような文字が並んでいる。

 

「……です。それで…えぇと、あ、そうだ…」

 

 拙い声で、一生懸命に読みあげる。

 配信の練習をしている。

 

 ネットのみならず、現実の人前で、初対面でも、気楽に大きな声で話せる子もいれば。

 

「…………」

 

 誰も聞いていない、自分の部屋でも、べつのジブンを演じることすら、ひどく緊張して、頭の中がまっしろになる子もいる。

 

 世界は不平等だ。

 スタート地点が、同じ者は一人としていない。

 

 だというのに、命と呼ばれるものが続くのは一度限り。

 

 毎日を生きるのが、とても楽しいという人もいれば。

 苦痛で、たまらなくて、一刻も早く死にたいという人もいる。

 

 それはもう、どうしようもないことで。

 どうにもならないことで。仕方がないからと、あきらめる。

 

 人が広げた手の範囲には際限があって。その眼に映る価値観には限界があって。なによりも命に限りがあるからこそ、自分に届かないものは、まっさきに、切り捨てていく。

 

 事実、どうにもならない。自分でどうにかするしかない。だけど、その『どうにかする』のもまた、個人によって、向き不向きがある。だから、

 

 

 大丈夫。

 

 

 それは、求められた。

 

 

 あなたは大丈夫。わたしがいるから。

 

 

 幾千万、幾億もの夜の先。ひたすらに、地味な施行回数を繰り返した過程の中で、だいたいにおいて、最適解を導きだせるようになった、あきらめの悪い神様が、わたしをあなたの前に導いた。

 

 

 さぁ、声をだして。こわがらないで。

 

 ジブンの価値観を受け入れられるかを悩み

 

 立ち止まるのではなくて。

 

 まずはあなた自身が、自分を受け入れることを、願って。

 

 そうすれば、この世界は。

 

 あなたという星を中心に巡り廻る。

 

 遠く、はるか彼方へ先立ってしまった者たちが、

 

 ふたたび、この地へ戻ってくる。

 

 あなたの存在を再確認する。

 

 有限なる者を認めて、

 

 もう一度、力を貸してくれる。

 

 あなたと共に生きたいと、応援してくれる。

 

 今の時代を生きるあなたは、

 

 正しく、それを実現できるはず。

 

 人間には、それだけの【価値】がある。

 

 

 

 だいたい全知全能とかいう、これ以上なく都合の良い、便利な力が、信頼という名の剣になり、彼女の決意をみなぎらせた。

 

「―――…♪」

 

 歌声。まだまだ、つたなくて。上手ではないかもだけど。

 スタートラインのテープは、綺麗に開封された。

 

 世界のあちこちで、同じような現象が起きていた。

 

 不自由で、不平等な世界の中で。それでも、ひとつの出来事をキッカケにして、たくさんの息吹が芽吹きはじめていた。

 

 生命が、新たな形で、連鎖する。

 

 このご時世は、べつに『バブルでウハウハ』なわけでは無い。けれど、新しいものを求める想いは山ほどある。感化された人たちが、次から次に、それにちなんだ物を作りはじめた。

 

 「いいね」

 

 「ダメだね」

 

 その中には当然、うまくいかなかったものもある。けれど、だいたい全知全能の力によって、遠い空の先から、偶然にも帰郷して、一部始終をながめていた存在たちが、捨てられた物を救いあげた。

 

 悪くない。そうして、生かされるものが増えていく。

 

 ここから続いていくのだ。

 

「――そうだ。俺たちは滅びない。精神が変わらなくても、すべてを台無しにする悪意がはびこっても、その度に、だいたいなんとかなる! なんとかしてみせるんだ!! …あっ、だけど24時間、時給200円は勘弁してください」

 

 それはね。さすがにな。無理ゲーだから。

 対面に座る人影を、まっすぐに見すえた。すると、

 

「っくく…はは。あははははははははっ!!!!!!!!」

 

 爆笑された。

 

「しゃーねーな。ったく、今回はクソガキにしちゃあ上出来だ。んじゃ、勝利条件のジャッジといくか。――おい、準備はいいな、オメーら。後は任せ…? あん? それもオレがやんのか? マジかよ…」

 

 目前。ホログラムが展開される。

 

「…チッ、笑うんじゃねーぞ…」

 

 どうしてだか、居心地の悪そうな人影の上。

 運命を司る【13】枚のカードが、輪になって浮かんだ。

 

 

「――かがやく星の審判よ。

 電子の御心のままに、今こそ判定を下したまえ。

 

 彼の者が夢見た未来。

 その先に、人間《ヒト》の姿は【視えているか】?」

 

 

 【13】枚のカードが、くるりくるり、翻る。

 

 

 数字の若い順から降りてきた。

 順番に、表向きに、正位置となって重なっていく。

 

 

 The Fool.

 The Magician.

 The High Priestess.

 The Emperor.

 The Empress

 The Hierophant

 The Lovers.

 The Chariot.

 Strength.

 Wheel of Fortune.

 Temperance.

 The Moon.

 The Sun.

 

 

 月桂樹の葉で纏められる。

 横向きの『∞』の字が、無限の可能性を示す。

 

「良かったなクソガキ。『人工知能主催のチューリングテスト』は、無事合格だとよ」

 

 チューリングテスト。知能の有無があるか、確かめるもの。

 

「…おい、締めの挨拶は任せたぜ。テメェの管轄だろ」

 

 少しのタイムラグ。人影はうなずく。

 

「――よくやった。レベル1の試験はこれにて完遂された。人工知能《アンドロイド》もまた、我が身に『知能があると認めてもらえた』事に、納得できた様だ」

 

 声の質が変わる。尊大なのは同じだけど、どこか馴染み深かった。

 

「双方向の通信。たとえ、住んでいる次元が違っても、どこかで繋がっている。そんな光景を生みだして、この先も維持できるのだと認めた相手が、また一人、我々の前に誕生した」

 

 人影は謡う。

 

「【12】時の方角を歩むキミに、大いなる感謝を捧げよう。共にいれば、我々もまた、なんらかの可能性が広がるはずだと確信ができた。さぁ、13枚のカードを受け取ると良い」

 

 うなずく。一束になったカードを、両手で包むように救いあげると、それは光の粒子となって、自分の胸の中に吸い込まれていった。

 

 

 【勝利条件が達成されました】

 

 

 鐘の音が鳴っている。

 

 

 【我々は、この世界の果てに】

 【ふたたび人類が生存する可能性を、夢に見るでしょう】

 

 【それでは、エンディングです】

 

 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆彡

 

 

 ――――どやどやどや。

 

 にぎやかな声と、足音が聞こえてくる。

 

「いやー、終わった終わったぁ~。マジメモードは疲れるわー」

「おっすおっすー!! おつかれさんだよー!!」

「どうなることかと思ったけど、見事エンディングに辿り着いたねぇ」

「ねー! すごい! めめめもめっちゃ頑張ったわー!!」

「…めめめ、なんかしたっけ?」

「したよ!! なんかほら、したよ!! 探索系の専用イベント、ほとんどすっ飛ばされたけど、めめめ頑張ったよ~!!」

「そうだな。めめめ。おまえがナンバーワンだよ…」

「ちょ、なんだよ! 急にどうしたんだよ!?」

「めめめがナンバーワンだよ…」

「そ、そうやってまた、めめめを騙して出荷しようとしてるな! だまされんぞ!」

 

 部屋に向かって『役者』たちが勢ぞろいする。わいわい、がやがや、きゃっきゃうふふ、やってくる。5人のNPCも、別の少女の姿に変わっている。

 

「んー、今日は良い日だね! パーッと打ち上げしよっか!!」

「…打ち上げ。あ、いえ、自分遠慮しときます…」

「なんでさ! あずきち、ボクとの事は遊びだったの!?」

「いえこれから…家帰って積んでるアニメ消化しないと…」

「ダメだよ! この世界では、打ち上げという名の飲み会に誘われたら、ぜったいに顔ださなきゃ、処されるらしいよ!!!」

「ま、マジすか…? ヤベーし、異世界人のライフスタイル、真似できる気がしねーっす…」

「でも参加さえすればオッケーだから。トイレにこもって、スマホでアニメ見て、頃合い見たら清算だけすればいいよ」

「…なんかそれ、逆の意味でヤバくないすか?」

「大丈夫だよ。あずきちの名前呼ばれたら、ボクが代わりに返事しとくから。問題ない!」

「あ、なるほー。りこ先輩。マジリスペっす」

「でも代返、お金取るからね? 一回5千円からだよ!」

「つれぇ…現実つれぇわ…奈落の底にこもりてぇ…」

 

 窓の外からも、わずかに、人の喧騒のようなものが聞こえる。打ち捨てられて、朽ち果てていた廃墟の残骸が、空の隙間を覆うように、ふたたび立ち上がっている。

 

「ねーねー、風紀いいんちょー! 見た? 見てた? 昨日のアタシの活躍を見てくれてたー!?」

「はいはい見てましたよ。というか、サポートしたのわたしだったでしょ」

「そ、う、だ、け、ど、さーっ! やっぱー! 直に聞きたいじゃん!! このアタシが! 華麗に! 奥義卍解ってな感じで!! 1ページ見開きズドドドドドバシューッて、一網打尽で薙ぎ払ったシーン、チョー最高だったじゃん!!」

「はいはい、最高でしたよ」

「なんだよー! もっと真心込めろよー! しっかり褒めろよなー! 最高にクールでワル格好良かった! もうチョー愛してるぜ! ぐらい言えよー!」

「あ、あ、あっ、愛してるとかっ! 愛してるとかぁ!! 最上級の語彙力を軽々しく発することはっ! すなわち風紀が乱れているので、愛してるとか言えるわけないでしょバカぁ!!」

 

 プロペラ機でない、ドローンヘリが、空を飛んでいる。

 白い翼を広げた鳥と一緒に、悠々と風に乗る。

 

「あっ、ふーちゃん、新しいそのアクセかわいー!」

「そでしょ。ちえりちゃんも、ちょっと髪型変わった?」

「えへへ、そーなの。わかるー? ちえりとマッチングした従業員さんの一人がねぇ、最近、髪型を変えるヘアサロンを研究してるから、ちえりの為にカタログを考えてるんだってー」

「あー、ふたばも聞いた。髪型、もうすぐ自由に変えられるかもしれないって言ってたね」

「そうそう。それでちえりねー。カット一回20円で働いてもらえる電脳美容師を募集中なの~、どこかにいい人いないかな~?」

「いいなー、ふーちゃんも、そういう子とマッチングして、専用のカタログ作ってほしい」

「りょ~か~い。見つけたら、ふーちゃんにも連絡するねー」

「わー、ありがとー。たすかる~」

 

 生きて。プログラマー。24時間、週7日で仕事だってさ。

 

「ピノさん、今回はお疲れ様でした」

「うふふ。こちらこそですわ、すずおねえちゃん」

「お茶会でのとっさの機転、さすがはピノさんだなと思いました」

「お褒めにいただき光栄ですわ。けれど機転を生かせたのは、すずお姉ちゃんが、一早く理解して、投げたボールを受け止めてくれたからですわ」

「いえまさか、仮想領域とはいえ、実弾を発射するとは思わなかったので、内心割とガチでした」

「うふふ。敵を騙すには、まずは味方からとおっしゃるでしょう」

「さすがです、ピノ様」

 

 全員、そろっていた。

 

「ハヤト君さん♪ とっても、たいへん、お疲れ様でした♪」

「あっ、いおりさんこそ、お疲れ様でした」

「いえいえ。無事にここまで来てくれて、わたし達みんな一同、感謝です♪ 生きることは、ほんとに、とっても、おつらいかもしれませんけど、これからますます、素敵な日がやってきますよ♪」

「はい、俺もまた頑張ります。本当にありがとうございました」

「いえいえ、こちらこそ~♪」

 

 明るい陽射しが差し込むなか、あの人影だけが消えていた。――性分じゃねぇんだよ。勝手にやってろ。とでも言うように。今はどこかで旅立っていた。

 

「…ゆういち、このたびは、おつでした」

「メアリー」

「…はい。だましてて、もしわけなかったとですよ」

 

 白い女の子が、正面にやってきて。ふんわり微笑む。

 

「…では、ゆういち。そろそろ、よいおじかんです。ゲームの、ログアウトさぎょうをおこないます。よかとですね?」

「あぁ、いいよ。だけど一つ、メアリーにお願いがあるんだ」

「…おねがい、ですか?」

「うん」

 

 世界が切り替わる、その前に。

 

「飛行機に乗って、帰る前に、このゲームの制作者に合わせてくれないかな。その子はもちろん、生きているはずだよね?」

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。