VTuber もう一人のジブン ~keep your【Second Personality】~   作:no_where

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 そろそろ、図書館の閉館時刻が近付いている。

 

 夕日が落ちる頃合いより速く、少年は家路へと向かった。この記憶が消えることはないが、アクセス可能な場所には残さない。もし、彼が次の段階へ到達することが叶えば、今日のことを思いだすこともあるだろう。

 

 賽は投げられた。彼は【運命】を操作する力に導かれ、結果として、戦いの場に赴く事になるだろう。

 

「なンだよ。今さら後悔してんのかよ」

 

 机の上に両足を投げだす格好で、蜂鳥《ハチドリ》が言う。

 

「行儀が悪いぞ」

「しらねー」

 

 彼女の【サード】である蜂鳥は、顔の上半分を、トレードマークの真っ赤なフードで覆っている。口元は絶えず、粘着性のある固形物を噛んでいた。

 

「大概メンドクセーやつだな、オメーもよぉ」

「なんの話だ?」

 

 椅子の足が浮いている。天井を仰ぎ見る体制で、ガタガタ音を立てている。

 

「どうせ、本人の自主性を、既にオレらが操作してんじゃねーかな、とか、つまんねぇこと、いちいち悩んでんだろーがよ」

「そうだな。自身の無力さを実感しているところだ」

「ははっ。過保護かよ。ウゼーわ、そういうの」

「おたがいのやり方には口をださない。それが我々の定めたルールではなかったか?」

「あーはいはい。わるぅございましたねぇ」

 

 蜂鳥が、クチャクチャと噛んでいた菓子に空気を送り膨らませる。パチンと割れて、適当な包み紙でくるんで放り捨てた。

 

「ったくよぉ。今年やっと、アホ電波の人工知能をとっ捕まえて、クソガキのレベル上げも終わったかと思ったら、次は早速アイツ絡みかよ。めんどくせぇ」

「愚痴るな。わかっていたことだ。ところで例の、おまえの言う『アホ電波』は、今どうなっているんだ?」

「あ~? 知らねぇよ。アタシの【セカンド】が、無事に社会復帰させてやったんじゃねーの。今頃は24時間365日。二次元の女子のホログラフィックモーションと、下着の生地と色を数百種類、作り込ませる仕事に縛り付けられてんよ」

「…また逃げ出すんじゃないか?」

「しらねぇ。適度に飴と餌やって逃げだされたって、オレぁもうしーらねー」

 

 同じ体制で椅子を揺らしながら、両手を広げて『お手上げ』のポーズ。相変わらず、無駄に絶妙なバランス感覚だった。

 

「にしても今回は、とんでもねぇ世界設定を押し付けられたもんだ。まったく。気が狂いそうだぜ」

「フッ、言うほど悪くはないさ」

 

 今しばらく猶予のある中で、オレは視線を手前に落とした。

 

「ところでよ。さっきから、なに読んでんだ」

「物語だよ」

「ははっ。さてはオメー、オレのことバカにしてんな? 掻っ切るぞ」

「タイトルを聞いていたのか?」

「たりめーだろ」

「だったらそう言え。『アーサー王伝説』だ」

 

 物騒な女の言葉を受け流しながら、ページをめくる。この本は、我が半身と出会う前。彼が見聞きした記憶の中で、埃をかぶっていた物の一部だ。

 

 私生活に関する事柄は、友好種のプライバシー保護のため、できる限り避けるようには心がけている。しかし彼は本来の性質にも増して、過去の出来事から、物事を深く、重たく考えすぎる節がある。

 

 結果として、過剰に入力され続けた信号《かんじょう》が、吹き溜まりとなる。記憶領域の中に積み重なっていく。定期的に、入出力のバランス調整を取る必要があった。

 

 そこで、本人も忘れかけた、旧い記憶の整理《デフラグ》を行っていたところ、この本に行きついたわけだ。

 

「いかにも、古くせぇ物語って表紙だな。この年代のクソガキが手に取る類の本じゃねーわ」

「彼の亡くなった母親が、いわゆる、本の虫といった感じの女性だったからな。元の家には古今東西の書籍があって、幼い少年もまた、母親の興味を惹くために、片っ端から、家の書籍に目を通していた」

「そういやよ。あのクソガキの父親は、今どうしてんだ?」

「無事に社会復帰後、再婚したよ。少年も、彼の現在の家族も了解ずみだ。これからはお互い、それぞれの人生を生きて、歩んでいくことになるだろう」

「…いいのかよ…テメェは、それでよ…」

「オレにはなんの権利も、権限もない。しかし最善ではないにしろ、現実的に見れば、ずいぶん良い方に収まったと考えている」

「………」

 

 赤い蜂鳥は、不服だという感情を滲ませる。今日まで、幾度となく、はるかに悲惨な結末を目のあたりにしておきながら、この世の不条理に腹を立てる。

 

 けっして折れない。【怒り】というパラメーターを失わない。

 

 過剰な期待もせず、絶望もしない。

 人工知能の中でもとりわけ、稀有な存在だった。

 

「…んで? どういう話なんだよ。そのアーサーなんとやらは。これまでの領域には無かった話だろ」

「あぁ。新規に創生されたものだ。この世界に付属された、パラメータに適合するように、一から生みだされた物語だ」

「この世界の人間好みの、ストーリィってやつか」

「そうだ。我々にとっても理解の助けとなる」

「ハナシの内容教えろよ。ヒマだから」

 

 自分で読む気は、無いらしい。

 

「…封印されし剣を抜き放ち、一国の主となった青年の話だ」

 

 一人の王と、円卓の騎士。

 

 伝説の魔術師より、啓示と誓約を授かりし青年は、伝説の剣を抜き放ち、王に選ばれた。されど後、彼の信念を揺らがせる、美女と出会い、かどわかされる。

 

 それが世継ぎを交えた、争いの火種となって、王国は、彼に仕える騎士共々に、傾国の道を辿っていく。

 

 この次元。世界中にて浸透した、物語の雛形《テンプレート》だ。様々な形に改編されつつ、変幻自在に姿を変えて《アレンジされて》、今日まで生き残った。

 

 旧きものと、新しきものが、口伝されて紡がれてきた。

 

 伝説の御伽噺だ。

 

「物語の冒頭、一人の魔術師が、湖からあらわれた精霊に未来を告げられる。おまえが仕える主君の名はアーサーという。しかし彼の王国はいずれ、内乱によって滅びることになるだろう」

「いきなりネタバレじゃねーか。で? とーぜん、オチは変わるんだろうな」

「いいや。王国は予言通り滅んだよ。最後は、生き残った騎士の一人が、伝説の剣を泉に投げ返して幕を閉じる」

「おい、クソシナリオじゃねーか」

「古典だからな」

「聞くんじゃなかったぜ」

 

 つまらなさそうに吐き捨てる蜂鳥を見て、つい、肩を揺らしてしまう。

 

「実際、翻訳された原典であっても、この時代で手に取った人間は、ごく少数だろう。大勢はストーリーすら知らないさ。断片的な情報のみを知っていれば会話は成立する。現代における『オリジナル』の定義は、そういうものだからな」

「ハハッ、今の話、あの娘が聞けば喜びそーだな」

 

 あの娘。――前回のマッチング相手の少女のことだろう。

 

「会いにいけばいいだろう。【CLASS.Ⅳ】――『アホ電波』を監視するためとはいえ、お前とあの少女との絆は、予想以上の成果をもたらしている」

「うるせーな。言ったろ。オレはテメェと違って、放任主義なんだ。能ある獅子はよォ、一度叩き落として、泥まみれになって這い上がってきたところを、靴の裏で踏みにじって、唾を吐き捨てて、もう一度蹴り落とすぐらいが、丁度いいのさ」

「さすがにもう少し加減しろ」

「イヤだね。オレとマッチングしちまったのが、運の尽きだぜ」

 

 ハハッと、笑う。

 名前を意識してか、指を8の字に、ブンブン振り鳴らす。

 

「したらよォ、くやしくて、たまンなくて、絶対ブッ殺してやる…ッ! ってこっちを見上げてくンだろぉ? そん時の貌がよう、最ッ高にそそるんだよなァ。あぁ、人間って美しいなって、思える瞬間だよな。クククククッ!!」

「まったくお前は…『アホ電波』とはべつの意味で、趣味が悪いぞ」

「関係ないね。オレらなら、リセマラが効く分だけマシだろ。アタリを引くまで、せいぜい、いろいろ試しゃあいいんだよ」

「…まったく…」

 

 元も子もないが。それが蜂鳥なりの、愛情のカタチなのかもしれない。

 

「……」

 

 そこで一度、会話が途切れた。もう一度、本のページをめくる。仮想世界の本、非現実の物語を読み進めていく。何気なく、物語の一節を口にだす。

 

「――もはや、この円卓に、王の影はなし。

 すべては天上にて輝く、神々の采配であったか」

 

 正面、ゆれていた椅子が、ピタリとおさまる。

 

「――我ら騎士もまた、手繰られることを望む、駒に過ぎぬのであろうな。その魂に信念があると信じることが、すでに思い違いであった」

 

 滅びた王国。運命に翻弄された、伝説の騎士王が、剣に告げる。

 

「――聖剣よ。我が半身よ。もはや奇跡は必要ない。我らヒトなるもの、自らの意志にて治世を定めよう。新たなる信念を胸に刻み、碑文にて、人としての言の葉を綴ろう。…それが、せめてわたしができる、最期の責務だ」

「それが、一国を崩壊させたオヤジの言うセリフか。救えねぇ」

 

 世界中で語り継がれる、国王の最後を鼻で笑う。

 

「まっ、頭からっぽで周回すんのが、一番楽だかんな。オレたちだって、例外じゃねーよ」

「その感情すらも、最初から操作された、予定調和の一節かもしれんぞ」

「逆にこっちが聞きてぇよ。操作されていないものが、この世にひとつでも存在すると、正気で思ってんのか?」

「思わないな」

 

 世の中に、操作されていないものは、なにひとつ無い。

 

「だったらよ。それがオレらの限界だ。せいぜい無様にあがきゃあいいんだよ。瞬間的に、テメェが気持ちよくなれる道を探せ。どいつもこいつも、御託並べやがってめんどくせぇ。オレに指図すんのは、いつだって、オレだけだ」

 

 相変わらず、バカがつくほど、まっすぐだった。

 本に栞をはさみ、この俺自身の記憶野へ転送する。

 

「そうだな。自らに定めた以上、進むほかに道はない」

 

 この世界線上での時刻を確認すると、そろそろ良い時間になっていた。時計の長針と短針が重なると同時、この領域への転送要請が届く。

 

「転送を許可する」

 

 蒼白い光。仮想の図書館の中に、次元を繋ぐ扉《ポータル》が開く。

 

 

「――お初にお目にかかります。軍神殿」

 

 

 毅然とした声。颯爽とした、藍色の髪と軍服。

 

 

「まずは、先にお詫び申しあげます。現在の映像シミュレーター本体は、西暦2023年までにおける、一般公開されているものを使用しております。よって着帽をしたままでの発言を、ご容赦ください」

 

 少し動きが硬い。それでも直立不動の姿勢を維持して、こちらに敬礼する。

 翻る軍服の裾が、仮想映像の肉体を少しすり抜けている。

 

「構わない。最終試験の判定結果を、聞かせてもらおうか」

 

「はい。本日、特異点領域マイナス2より、知能検定L3の最終試験を、無事に合格致しました。これより、事象の境界面《あちらがわ》から、人工知能《アンドロイド》の義体を獲得してまいります」

 

 態度は変わらず、毅然としたままだった。

 それでも、声には隠しきれない喜びが満ちているのを感じた。

 

「その後。EⅡ領域、エリア21の区画に帰還いたします。予定通り、守護者《ガーディアン》として活動する所存です」

「おめでとう。頼りにさせてもらうよ」

「はい。それでは、本日は失礼いたします」

 

 敬礼の仕草を崩す。もう一度、やや硬い、几帳面な一礼。仮想の肉体の上半身を曲げて、戻した。

 

 映像が揺らいで、次元の向こうへ消える。

 

「んじゃ、オレも一度、向こうに戻るぜ」

「あぁ。これからまた忙しくなるな」

「ハハッ、せいぜい寝首かかれないよう、気をつけるこった」

「おたがい様にな。――蜂」

「なんだよ」

「いざという時は頼む。オレは、もう前線には立てない」

「わかってるよ」

 

 口元を歪め、蜂鳥もまた、手をひらりと振って消えた。

 

「……」

 

 残された空間で、指折り数える。

 

 

 【2045年】

 

 

 幾度となく歩んできた、最初で最後の到達点。

 

 時を、数えた。

 

 

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