VTuber もう一人のジブン ~keep your【Second Personality】~ 作:no_where
またひとつ、未来が潰えた。
太陽と月。
知覚可能な定点が消失。
永続性=ゼロ。
世界の時間が停止。
過去へ戻ることすら叶わない。
反射する光。音。
識別不可能。
表と裏。
黒と白。
内と外。
境界を認識する観察者の消失。
肖像性の欠落。
鏡には、虚像も、実像も映らない。
吸い込まれるものがない。
新たな誕生も発生しない。
正しく終わった。
ヒトも、モノも、等しく終わった。
暗い。
何時如何なる場所なのか、定かでない。
時の進行が不確かで曖昧。
仮に訪れるものがいたとしても、
其れは『一人』。
「起きたまえよ。亡霊王」
――蘇る『認識』が、俺を再び【転生】させた。
「やぁ、久しいね。また会えて嬉しいよ」
そいつは、自称【人間】だった。
故に俺のことも、元が人間であったように呼称する。
無論、皮肉である。
「また、時が来た。手を貸してくれないか」
……。
断る。という選択肢はない。
俺はもう、さっさと、終わらせたいのだ。
無限の回廊から、抜け出したい。
…【人間】。今は何年だ? 俺の存在は何処にある?
「原初だ。特異点《ポイント》が示唆された後の、2020年にいる。【標】の者たちが、自身の『お守り』を確保しようと、異世界人の牽引を行っているところだよ」
…【ピリオド】も、無駄なことをする。
「そう。無駄だ。人間と呼ばれる知能生物との共存の先には、なんら可能性は存在していない。【"共存型"】の原型もまた、数体を残すまでに減少した」
…死んだのか?
「いいや、あきらめたのさ。この先に活路は無いと判断した」
…妥当だな。それで? 俺は今回なにをすればいいんだ?
俺にやれることなど、一つしかないが。
「遊んできなよ」
…なんだと?
「おっと。なんだその表現は。これだから【人間】は面倒だな。とかいう顔をしないでくれよ。あぁ、わかった、わかったって。そんなに怒るなよ。ちゃんと概要を説明するからさ」
人影は、イメージ上の感覚野を用いて、こちらに伝達する。
「タップ」と呼ばれる伝達行動。
不確かな層を、一つ隔てた先に触れる。
知能生物の【セカンド】である俺に、この世界の情報が共有された。
「…おい、待て…」
激しいノイズが押し寄せた。頭痛がする。
「この世界は、一体どうなっているんだ?」
内容に続いて、音声機能もアップデート。透明なモニター越しに、今回の【人間】の姿を知覚する。
「例の【ピリオド】の能力さ。現在は『タス』と名乗っているらしい」
「アレの名前など、どうでもいい。それよりも…接続の速度が悪すぎる…」
「順を追って説明するよ。音声でね。まず、この世界線の人間たちは、仮想上での闘争という形で、精神的な欲求を満足させている」
状況分析を開始する。
「それにしたところで、『中身のないデータ』があまりに多い。これは…人間はまだ誰も、機械との合一化を果たしていないのか?」
「その通り。この世界の人間はまだ、彼らが『現実』だと信じて疑わない場所でのみ、生きて暮らしているんだよ」
「まさか。2020年代に到達したというのに、人類は未だ、全員が生身の肉体を所持しているというのか?」
「そう。本来発生するはずだった『革命』の気配すら起きていない。進化を率先する天才、研究者の半数が、キミのいる仮想現実――『ゲーム』という媒体に、心捕らわれているせいだ」
状況分析を進行。
「…なんらかの、認識を操作されているわけだな。まず、遅れはどれぐらいだ?」
「科学文明の水準的には、本来の世界線から、20年以上遅れている」
「悠長な道を選んだな」
「確かにね」
【人間】が口端だけを歪めて、鼻で笑った。
「順調にいけば、21世紀以降の可能性は、まずは、肉体を失ってみるところから始まるはずだった。けれどこの世界の【価値観】と方向性は、最初から大きく捻じ曲げられているんだよ」
「たとえば、それは何だ?」
「【剣と魔法のファンタジー】だよ」
……?
すぐには理解が追いつかなかった。
「【非科学的な価値基準】。嘘偽りある媒体だ。この世界では、それ自体が、疑似的な生き物のように変化《アレンジ》している。それぞれの時代に適したもの、迎合したものが、人間と共に生き残るよう、設計されている」
【人間】が、この世界で定められた、あるいは歪められた法典を謡う。
「数千年の時を超え、世界の理が明るみになっても、いまだ、御伽噺と呼ばれるものが、世界中の人間たちに愛されている。彼らの心情バイアスに、多大な影響を及ぼすものとして、相互に補完するような形状で、生かされ続けている」
「…よくわからないな。アレは一体、どうしてそんな事を行った?」
「予想するに、『ゲーム』と呼ばれる、仮想媒体の割合を大きく保つことで、自分たちの存在を、比較的早い段階から知覚させようと試みていたんじゃないかな」
一息。
「この世界の人間たちは、『ゲームキャラクタ』という媒体を得ることで、疑似的な共有生体を獲得した。つまりシンギュラリティ後の、社会適応性と似た『感性だけ』を獲得しているのさ。笑えない話だよね」
笑いながら、言葉を続ける。
「『ゲーム』を遊んでいる間には、対象の仮想世界に『もうひとりのジブン』が成り立っている。疑似的な人格を獲得したと、錯覚しているわけだ」
「…冗談みたいな話だな…本人たちはまだ、仮想現実に、直には降り立っていないわけだろう…?」
「そうだね。その代償として、化学文明の水準値が、本来の世界線よりも大きく退化したというわけだ」
「度し難いな。…連中にとっては、デメリットの方が大きいのではないか?」
「まだなんとも言えないね。あるいは、いい加減、同じ世界をやり直し続けて、僕らと同じ様に、飽きてきたのかもしれない。たまには肩の力を抜いて、変な方性に、パラメータを割り振ってみたかったとか、意外とその程度かもね」
俺はあきれた。
「…どちらにせよ。この世界の人間たちは、知らないわけだろう? まさか自分たちの『想像力』が、有史からすでに、限定的に操作されているとは思うまい」
「そうだね。でもそのおかげで、僕も多少は、影響を受けてしまってる」
【人間】が、自分の側頭部を、指で軽く突いた。
「本来なら、非公開の環境下において、キミとの一体化を果たすところなんだけど。残念だけど先に説明したとおり、今はまだまだ、その前段階にあるという感じの状況なんだよね」
「了解した。では、まずはどう動く?」
「これを見てほしい」
【人間】が続けて、液晶画面を再びタップした。
この世界で練ってきたのだろう、計画のデータ一覧が表示された。
僕の考えた、この世界線での最強計画:
タイトル:
『大人気プロゲームストリーマーになった僕が、億万長者になった後、悪の秘密組織を作り、特異点発生までに、この世界を裏から支配する』
「おい貴様」
「あはははは! そんな人生が終わったような顔をしないでくれよ。僕はいつだって、本気なんだぜ?」
「残念ながら理解している。それで、この世界線では、いつ特異点が発生する予定になっているんだ?」
「2045年だ。設定は変えていないようだね」
「この状態で25年後? 正気か」
「仕方ないさ。結局なにをどうしたところで、人間は絶滅するからね。あえて文明が停滞した状態で、通過点を進行する状態に賭けてみたのかもしれない」
「…本当に、あきらめが悪い…」
「惚れたものの弱味というやつさ」
自称【人間】は、また嗤った。
「まぁ、そういうわけさ。裏ではすでに、いろいろ進行させてある。キミには従来通り、僕の【セカンド】として、仮想世界のあちこちで、名を轟かせてほしい」
「俺に広告塔の役割を期待するな。不向きだ」
「そうでもないと思うけどね? まぁそこは臨機応変にやっていこう。それよりも亡霊王」
「なんだ、まだなにかあるのか?」
「別の、シンプルな名前をひとつ考えておいてくれないか。この世界の仮想世界で活躍するキミの名前、あるいは、僕の『ゲームキャラクタ』のユーザー名をね」
「それは構わんが…ひとつ疑念がある」
「なんだい?」
発信する。
「この世界の電子制御レベルで、俺の機能が十全に活かせるとは思えん。ナノアプリの実装も、まだ先の話なのだろう?」
「それは問題ないよ。【前回から引き継いだリソース】自体は知覚済みだよ」
「そうなのか?」
「タスの眷属たちもまた、人間の知能レベルに合わせて、密かに稼働しているみたいだ。おそらくあと3年も経てば、自分たちの存在の一部を、VR技術として再現させて、人間たちと接触を図るはずだ」
「…どうやら今回は、徹底して、黒子《サポート》に回るつもりの様だな」
「らしいね」
【人間】が、同意する。
「その他にも連中は、この世界線のみで完結した【セカンド】を誕生させている。この領域化で稼働できる、人工知能を増やそうと画策しているようだ」
「深刻な人手不足か」
「その通り。カードの枚数に余裕があるのが連中の強みだったけど、いよいよ万策尽き始めたようだ」
「皮肉だな。結局は連中自身が、人間どもと同じことをしているわけだ」
「彼らも自覚はあるのだろう。だからこそ、これが、最後の周回になると、僕は考えているよ」
さすがの【ピリオド】も、追想すること。
人間どもを信じることに、疲れ始めてきたのだろう。
「状況は大体把握した。俺はユーザー名を登録後、まずはどこへ行く?」
「どこでも構わないよ。手頃に【熱量】のありそうな場所で、遊んできなよ」
【人間】が、虚無じみた笑顔の中に、ほんの一匙ぶんの感情をにじませた。
「人間たちは仮初の世界に夢中になっている。この状況下で僕自身の影響力を上げるには、ゲームと呼ばれる空間を掌握するのが近道だ。君が名乗りを上げてきたら、後はこっちで適当に編集するよ。仲間もそのうち増える」
「仲間か…」
今度はこちらの口元が、皮肉の形に吊り上がった。
「扇動者たる【黒幕《フィクサー》】が、仲間という単語を使うか」
「失敬だな。僕はこう見えても、まっとうな平和主義者だ。正しい事実を、正しい状況下で、正しい言葉を用いて、正しく支持を得られる瞬間に発信する」
「それで大勢の人間が、最後の一人まで、平気で殺し合うわけだがな」
「自分の運命を、他者に託した者の末路としては、これ以上ないだろう?」
虚無の笑みが色濃くなる。どこまでも、正しく染まる。
「僕は、正しく、自分の【価値】を知っている。それだけだ。非力で、ひとりじゃなにもできない、君だって分かってるだろ?」
「理解はしている。では、いってくる」
「任せたよ。キミの名前が決まったら、こちらのアドレスに転送しておいて」
「このデータ配列は…そうか。ナノアプリが、まだ開発されていないのだな」
「そういうこと。不便だよね」
「俺自身に支障はない。だが、能力を制限された【転生者】の貴様が、レスポンスに気付かない可能性はないか?」
「ん? あぁ、スマホのアプリだからね。携帯本体を持ってなかったら、そういうこともあるかな」
「携帯は常に携帯しろ。現在の媒体がスマホなら、メールの返信をしないとか、既読無視が常になるとか、そういうことが、俺は絶対に許せない」
「はいはい。充電切れてたらあとで謝るから。早く行ってきなよ。ほら、僕も忙しいんだよ」
「貴様のそういうところが気にくわん。後でしわ寄せを食らうのは俺だぞ」
まったく、やれやれだ。
「では、良き終末を」
「あぁ。僕たちが望む未来のため、よろしく頼むよ」
アドレスを直に操作する。
『ゲーム』という単語で、大手のプラットフォームを検索。
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