VTuber もう一人のジブン ~keep your【Second Personality】~   作:no_where

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 西暦2026年、9月。

 

 今の家に引き取られて10年が経った。

 毎日、ずっと変わらず、7時になると目覚ましが鳴る。

 

 夏休みが明けた二学期。第3週目の木曜日。今年は残暑続きで、最近ようやく涼しくなってきた。今週は扇風機の出番がなかったなと思いだす。

 

「おはよ」

 

 そして今日もまた、元気な目覚まし時計の頭を、そっと叩く。

 、

 昔。小学校低学年の頃、その目覚まし時計を意味もなく分解したことがあった。俺は、この家の人たちの好意によって引き取られたのだ。勝手なことをしてはいけないと思いつつ、欲求に耐えられなかった。

 

 初めての小づかいで買ったのは、百均のドライバーセットだ。真夜中、引き取られた両親に隠れてこっそりと、バラバラに分解した時計が戻せなくなった。

 

 一睡もできなかった。あの日もまた、朝の6時がやってきて、父さんが部屋に入ってきた。本気でパニックになった。自分なんて、死んでしまった方が良いんだと思った。

 

 

 ――大丈夫。貸してごらん。 

 

 

 でも、散髪屋のお父さんは、器用だった。

 

 ネジ、ナット、バネ、コイル、ギア。

 

 小さな欠片。役割の異なる、精密な部品が集まって、システムになる。

 

 

 ――はい、直ったよ。

 

 

 神様だと思った。俺の頭を叩く手はなく、優しく撫でられた時。

 本当に、自分が恵まれてるのだと実感した。

 

 それから10年。物としてはそこまで高価ではなかった目覚ましは、二度、調子を損ねた。けれど、ていねいに分解して、錆びをふき取り、変形した部分を取りかえてやると、ふたたび元気を取り戻した。

 

 こうしてまた、朝を運んでくれる。

 

「うっし、今日も一日、頑張るかー」

 

 窓のカーテンを開くと、気持ちのいい風が流れた。配信用に改装した勉強机。2年前から自宅でも配信をはじめ、壁や床には、防音用の素材も取り付けた。

 

 机の中央、充電器に差し込んだスマホを取る。もうすっかり、条件反射にも近くなったフリック操作で、アプリを立ち上げた。

 

 

 【 Keep your Second verⅡ 】

 

 

 液晶モニターの向こう側。まるで現実と区別のつかない、鮮明な3DCGで描画された、オフィスの一室が映しだされる。

 

「起きたか、祐一」

「おはよう。昨日はなんかあったか?」

「何点か報告がある。時間は大丈夫か?」

「平気だよ。頼むわ」

 

 もう一人のジブン。数えて3年目になる付き合いのオレは、事務机に置いたノートPCを一旦閉じた。ついでに俺も、自分の椅子に座って向き合う格好になる。

 

「まずは昨日の夜。キミが、GM《GUN & MAGIC》のゲーム配信を終了してからの事を話そうか。一般公開をしているメールアドレスに、天王山ハヤトとして出演を希望する、ゲームプレイに関する案件がいくつか届いていた」

「申し訳ないけど、今は無理かな。学校と、リアル優先したいからさ」

「あぁ、わかっている」

 

 今からだいたい2年前。中2の時に、LoAのオンライン大会で成績をだしてから、個人性のVTuberとしても、ツイッターを含めたSNSをいくつか開始した。

 

 フォロワーはあっという間に増えた。ゲームプレイに関する質問から、チーム勧誘を求める誘い。金銭の発生する出演依頼。

 

 その他、雑多な内容から、軽度の嫌がらせまで、予想していた通り、あるいはそれ以上の情報が、洪水のように押し寄せてきた。

 

「一応、信頼性、および将来性の高そうな内容に関しては、いくつかピップアップしておいた。いつも通り、キミの本アドレスに転送しておいたから、余裕があれば目を通しておいてくれ」

「サンキュー。ほんと助かる。返信は俺が直にしとくから、優先度の低いやつは、悪いけどそっちで返すか、無視しといてくれ」

「了解した」

 

 そこで、SNSに関する活動、情報の取捨選択は、ハヤトに手伝ってもらうことにした。また俺自身の正体に関しても、ハヤトと相談して、去年の今頃に「高校受験があるので、活動が控えめになります」と告知を行った。

 

 そこからは、数値の変動も落ち着いた。無事、志望校に合格してからは、またできる範囲でSNSを利用したり、個人勢のVTuberとして、楽しく活動してきたわけだけど、

 

「夏休みの間に、またフォロワーが増えてきたよな」

「オンラインの大会で優勝したのと、成績を残したからな。2028年には、通常のオリンピックに並行して、eスポーツに関連した世界大会も興される」

「あれな。やっと日本も動きだしたっつーか、海外のプレイヤーと、まともに戦える土壌ができはじめたよな」

 

 きっかけは、今年の春だ。日本の企業数社が共同管理、維持している、新たなゲームのプラットフォーム『サウザンズ・エピックス』が設立した。

 

 その背後には、超大規模なストレージを保存できる、スーパーコンピュータが存在する。

 

 

 【富岳百景《ふがくひゃっけい》】

 

 

 高温水冷による熱制御、量子演算による処理計算。なにより、人工知能による『映像情報処理に特化した』設計コードが描かれている。

 

 主要目的は『ゲーム』のデータ収集、処理、解析、保存に至る。

 

 ゲーミング専用マシンならぬ、超ゲーミング専用サーバー。ゲームの処理に特化した目的のスパコンなんてのは、他国でも例がない。

 

 これに加え、日本でも『プロゲーマー』という職業への関心と、理解が高まったのもあって、このプラットフォームを介して、フィジカルなスポーツと同様に『ゲームで勝つ、優勝する』ことに、本気で挑戦するプレイヤーが増えていた。

 

 もちろん、それ以外にも、楽しむことを第一に、ゲーム実況や配信を行う人たちも増えていた。ゲームというジャンル自体に、再ムーブメントが起きたのが大きい。

 

「できたら、ゲームに関する案件も、積極的に引き受けたいけどな。とにかく時間が足りてねぇ」

 

 生意気なことを言ってる自覚はある。一応、どんなに遅くなっても、日付が変わる時間には眠っているから、平均では7時間は寝てるわけだけど。

 

「祐一、睡眠時間だけは減らすなよ。オーバーワークは、キミのような人種には向いてない」

「わかってる」

 

 今でもそうだ。SNSの対応やメールの処理は、AIであるハヤトに、ほとんど任せきり。その上で「時間がない」とか口を突いてるわけだから、本当に、手一杯なのだ。

 

「今は、その目に映る時間を楽しみたまえ。悩み、迷う時は、手を貸そう」

「たすかる。じゃあ、顔洗ってくるわ」

「あぁ。こちら側は任せておけ」

 

 スマホはそのままに、席から立ち上がる。扉を開けて、部屋をでた。

 階段を降りて、洗面台で顔を洗う。台所の方に顔をだすと、

 

「あらあら。おはよう、祐一」

「おはよー。母さん」

 

 一時間前に起床した、母さんが出迎えてくれる。あたたかい、朝ごはんの香りがやってくる。それから、表の仕事場から、廊下の板がきしむ音が続く。

 

「おはよう、父さん」

「うん。おはよう」

 

 新聞を片手に持った父さんが、静かに笑った。 

 この時間になると、いつも、お腹が鳴る。

 

* * *

 

 朝ごはんを食べたあと、顔を洗い、髪を整えてから、制服に着替えた。

 うちの高校はブレザーだ。色は明色寄りのグレー。2年前までハヤトが着ていた制服と雰囲気が似ていて、とても気に入ってる。

 

「よし、忘れ物ないな」

 

 入学祝いで買ってもらった腕時計を身に着ける。スマホは定期と合わせたケースの中に閉まい、ポケットの中に入れる。学生鞄を持って部屋をでた。

 

 階段を降りて、もう一度、台所の方に降りていく。用意してくれた弁当箱の包みを、鞄の隙間に収めてから、店の表の方に顔をだした。

 

「父さん、母さん、そんじゃ、学校行ってくるね」

「お弁当は持った?」

「持った持った」

「祐一」

「なに、父さん?」

「よく遊び、良く学んできなさい」

「はいよー」

 

 店の開店準備を始める、父さんたちに笑いかけてから、裏口の方に回る。だいぶ馴染んできた、高校指定の革靴をはいて外にでる。

 

 通学用の自転車の、ロックキーに、スマホをかざす。

 

 【UN:LOCKED】

 

 鍵を外して、ハンドルを押して、店の正門前に回った。ちょうど母さんも扉を開けて、表の三色のサインポールにスイッチを入れた。

 

「いってらっしゃい。車に気をつけるのよ」

「はいよー」

 

 このやりとりも、10年の間、ずっと変わらなかった。

 

* * *

 

 進学した地元の高校は、中学よりも離れたところにあった。自転車で、新公共機関《トラム》の入口に停めてから、駅の中まで移動する。改札口を、定期を使って通り抜けた。

 

「おはようございます。大野さん」

「あら、祐一くん。おはよう」

 

 駅は無人改札だけど、顔なじみのおばちゃんがいるので挨拶した。ちょうど落ち葉を掃いて、集めているところだった。

 

「最近、涼しくなってきましたね」

「ほんとねぇ。やっと秋らしくなった感じ」

「ですよね。扇風機、今週にはしまおうかなって感じ」

「ほんとねぇ。今年はいつまでも夏って感じだったわねぇ」

「それすげーわかります。あっ、そんじゃ電車来そうだから、いってきます」

「えぇ。いってらっしゃい。学校頑張ってね」

「はい、ありがとうございます」

 

 階段を上がって、電車を待つ。この時間帯は、やっぱり交通機関を利用する人が多い。ただ、俺の通う高校は、市内の中心部とは逆方向にあるので、社会人のスーツを着た人たちとは同じ車両にはなることは少ない。

 

 【まもなく、電車が到着します】

 

 リニアモーターで走る電車がやってきた。中に入って、扉から離れた位置で吊り革をつかんだ。

 

 同じような学生たちが、半分近くの席を埋めていた。このまま降りる駅に着く頃には、ちょうど席が綺麗に埋まる。

 

 【とびらが閉まります】

 

 シューッと音がして、ドアが閉まった。席に座る人、同じ制服を着た学生や、同じ方向に職場がある大人たちは大抵、スマホを片手に持っている。その先の世界へ没頭している。

 

 他にも、文庫本に目を落としていたり、新聞を三つ折りにして眺める人もいる。俺も制服のポケットにスマホが入っているから、今朝ハヤトが集めてくれたメールを、確認しようかなとか、思わないでもないけれど。

 

(風景見るの、意外と飽きないんだよなぁ)

 

 マンションの4階ぐらいの高さ。吊り革を握って立ったまま、夏が過ぎ、秋めいた世界を俯瞰する。

 

 水平から頭上にかけては、秋空に浮かぶ太陽と、雲の大きさや広がり方が見えてくる。反対方向には、色褪せた木々の変化が見える。下草の量。遠くに見える、川面の色合い。犬を連れて散歩するお年寄りもいる。

 

 毎日見ている分には変化が少ない。一年の節目である秋になれば、みんな通学、通勤になれたのか、誰も窓の外を見たりはしない。

 

 だけど不思議と飽きなかった。ちょっとだけ高い、この位置から、自動車よりも、ちょっとだけ早い速度で、自分の街の光景を眺めるのが好きだった。

 

 時間にすると、20分にも満たない。その間に「昨日と違うな」と思う変化を、ひとつだけ見つけてみせる。自分だけの楽しみ方《ゲーム》。

 

 

 ――すごいね。ゆうくんは、お母さんよりも、見つけるのが上手だわ。

 

 

 むかし大好きだった、絵本の中での人探し。たくさんの情報量の中から、なんらかの関連性を、答えを見つけだす。

 

 

 ――おかあさんがいなくなったら、ぼくが、みつけてあげるからね。

 

 

 同じ明日はやってくる。けれど、まったく同じ日は、一日もない。

 

 スマホの世界は、意外と『変化』を見つけるのが難しい。SNSを覗けば、秒単位で新しい情報が流れるし、映える写真や、うっかり吹きだすような動画も流れてくる。

 

 そういった、分かりやすいものが雑多に流れる一方で、逆に、ここが変わったよな。というのを改めて見つけるのが難しい。

 

 どっちが良いか、悪いか、というわけではないけれど。どうせなら、限られた移動時間には、ちょっとした変化に気付いてみたいと、俺は思う。

 

 そんな風にして、毎日の違いを追いかけている間に。電車も規則的な速度で駅をひとつ進んだ。ゆっくりと速度を落として、プシューと、圧縮された空気が解放されて、扉が開いた。

 

 同じ高校の学生服を着た女子が二人、乗り込んでくる。

 

「おはよう。前川くん」

 

 背中まで届く黒髪をなびかせた、清楚な優等生と。

 

「おはようございます。前川さん」

 

 赤毛のミディアムボブ。外国人とのハーフ。こちらも清楚で上品だ。

 

 周囲の視線が集まる。スマホの世界に没頭していた乗客たちが、この時ばかりは「はぁ~清楚な美少女だぁ…。一体どこのお嬢様なんだろう?」といった感じで注目する。

 

 あぁ。悲しい生き物だな。俺たちは。

 昨日から、まったく進歩がない。まるで学習していない。

 

 そんなことは間違っても声にはださず、「おはよう」と言うに留める。

 

「あーちゃん、そこ空いてるよ。座ろっか」

「えぇ、前川くんは、よろしいのですか?」

「俺は大丈夫だよ」

「ありがとう。それではこちら、失礼させて頂きますわね」

 

 必要最低限の交流を伴って、二人が近くの席に座る。扉が閉まり、発車する。他の乗客の迷惑にはならない、ささやく程度に雑談をはじめる。

 

「あーちゃん、あーちゃん。今朝ねぇ、なんとなく、今流行ってるゲームの実況者さんのツイートとか見てたんだけど~」

「あら。そらさん。残念ですが、わたくし、おゲームを嗜む機会は、実はそんなにないのですけれど、どうかされたのですか?」

 

 おゲームて。昨日、二丁スカーで乱射してたの、どこの誰だっけ?

 

「なんかね~、案件のオファーがいっぱい来てて、どうしようか迷ってるって」

「そうなんですのね。最近、対戦おゲーム、お強い人が増えていらっしゃるようですわよね」

「そーそー。女子もね、本気でやってるっていうか、やるからには勝ちたいけど、誰に聞けばいいか分からない。聞きづらい。みたいな子が多いんだって」

「まぁ。そうなんですの? わたくし、あんまり、おゲームをしないので、よくわかりませんけれど、そういう事なんですのね?」

「そうみたいだねぇ」

 

 白々しい清楚っぷりだった。一人だとそうでもないが、二人そろうと、なにか特殊なバフでも発生させるらしい。

 

 見る者にとっては、「えっ、なんのゲームだろう。僕の知ってるゲームだといいなぁ…」という、幻惑《せいそ》効果を、範囲内に永続的に発揮する。

 

 攻速特化。DPSマシマシの、勝負勘と嗅覚に優れた猟犬が、公共の場で、特殊な義体《JK》をまとい、しとやかに振る舞っている。

 

 本来は防御値がゼロの二人一組だが、これにより、一時的にパラメーターがカンストする。異性に対して有用なデバフを永続的に発揮する。チート。

 

 そして俺も吊り革を握ったまま、ただのクラスメイトを装って「へぇ~」とかいう言葉を、心の内で発するモブと化す。

 

 目立ちたくないよな。わかる。

 

「わたくし、おゲームって、神経衰弱ぐらいしか、嗜んだことがありませんわ」

「じゃあ放課後、神経衰弱やろうよ~。でも、もう一人欲しいねぇ?」

 

 言外にプレッシャーを感じる。

 

 はいはい。『神経衰弱』ね。14枚で一役がそろったら、宣言するやつね。知ってる知ってる。

 

「えへへ。今夜は寝かさないよ?」

「あらこわい。どこかの誰かが飛んでしまいそう」

 

 すいません。完徹は勘弁してください。あとですね。裏で連携完璧のサマプレイで、同級生の男子のこづかいマイナスにして、一日のストレス解消に月まで吹っ飛ばすの、そろそろ勘弁してください。

 

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