VTuber もう一人のジブン ~keep your【Second Personality】~ 作:no_where
今日の授業もすべて終わった。帰りのホームルームまで終えると、教室内が、ちょっとした解放感に包まれる。
「よっしゃ、今日も残すは部活だけだなー」
「がんばってな」
「前川は、今日は放課後、どうするの?」
「んー、どうすっかな」
滝岡と原田の二人は、中学から続けて、野球部とバスケ部に所属している。俺も基本は、相変わらずの帰宅部だったけど、
「ITの国家試験、この前の日曜に終わったしな。黛先生が許可くれるなら、今日も顔だしてみようかな」
放課後は、家の手伝いと半々ぐらいの割合で、国家試験対策も頑張ってみようかと、黛先生の『補講』にも顔をだしていた。
「試験も終わったのに顔だすとか、相変わらず真面目だよな。まっ、祐一なら、まゆゆんも許可してくれっだろ」
「まゆゆんて。滝岡、怒られるぞ」
言っておきながら、ちょっと笑ってしまった。
「いや、黛先生の場合、こうでしょ。――好きに呼んで構わないけど、公共の場で発言する以上は、分別のつく大人だっていう自覚は持った方が良いよね」
「あー、予想つくわ。言いそう」
「言いそうだなぁ」
原田が黛先生の真似をして、俺たち三人は、そろって笑った。
高校の先生は、中学の頃と違い、生徒と距離をおこうとしている先生が多い気がする。中学の時みたいに、親身になって、相談にのる必要がなくなったからだろう。
俺たちには、学校へ行くという義務が無くなった。ついて来れなければ、勝手に脱落して構わない。べつの道を行きたければ、自分で決めて好きにしろ。後悔したところで、それはもう自分の責任だ。
クラスメイトの中には、突き放されていると感じる生徒もいるらしい。俺は逆で、その距離感がどこか嬉しくもあった。ただ、黛先生は、そういう『進学校の先生』とも、またどこか違っている気もした。
「黛先生って、いい意味で、先生らしくないよね」
「あー、それわかるわー。予備校の塾講師って感じか?」
「どうだろ。そういうのとも、また違うような気がするけどな」
黛先生は、目標を持った方がいいんじゃない。みたいな事は言うけど、率先して点を取れとか、やるからには合格しろとは言わなかった。それで俺は、ある日、なんとなく聞いてみたんだ。
――『後から後悔するな』って、ことですよね?
すると、珍しく、だいぶ間をおいてから、
――それは正確性に欠ける表現だよね。『後悔する』『後悔しない』っていう二択が取れる。振り返られるだけの経験は、積んどいた方が良いと思うけど。
頭を叩かれた気分だった。もちろん、実際に叩かれたわけじゃない。純粋に「その発想は無かったです」と答えていた。
「ただ、黛先生のプログラミングに関する知識は確かだから。教え方もていねいで、すげー分かりやすいし、質問したら、ほぼ即答が返ってくるし」
「わかる。能力に関しては、間違いなく疑いようがないよね」
「だな。さーてと。それじゃ俺らは、そろそろ部活行くとすっか」
「そうだね。じゃあ前川、また明日」
「あぁ。またな。二人とも部活がんばってな」
中学の頃から変わらない挨拶をしつつ、二人は部室棟の方に向かい、俺もまた、PCのある教場に向かうことにした。
* * *
放課後。教場に向かうと、扉の前で、そらとあかねの二人が立っていた。
「あっ、祐一くんも来たね」
「祐一も暇なの」
「ここに来てるあかねに言われたくねーよ」
言葉を崩して、おたがいを下の名前で呼び合った。
「黛先生はまだ?」
「うん。教室の鍵を取りにいってるんじゃないかなぁ」
言ってると、廊下の向こうから、黛先生がやってきた。俺たち三人の顔を確認してから、短く「熱心だねキミら」とだけ言って、スマホを取りだした。
【UN:LOCKED】
扉に付属された、小さな電子モニターに、スマホの画面を近付けると、内側の電子錠が反応して鍵が開いた。取ってに指をおいて、横に開いた。
* * *
ITに関連した、主要な国家試験は、だいたい春と秋に行われる。元々、参加者も多くはなかったけど、その試験が終わったこともあってか、他の生徒がやってくる気配はなかった。
ちなみに、自習と称して、学校の課題やら私事を片付けるのは、「それはべつの場所でできるよね?」という、真正面からの正論で封じられる。
数ヶ月前、6月の雨季も終わって、蒸し暑くなりはじめた時期、エアコンを期待して集まった生徒たちは、儚く一掃されたというわけだった。
それで俺たち三人は、いつも通り、最前列の角を取り、まずは今日やる事を相談してみた。
「放課後は、ここで試験勉強するのがあたり前だったから、ひとまず予定がなくなると、逆に困っちゃうよね」
「上級の国家試験、受けてもいいけどね」
「…うーん。それはー、わたしの試験、初級って言われるやつだったけど、けっこー難しかったから…」
「あの程度で苦戦するとか」
「は? PCオタクと一緒にしないでくれますぅ? だいたいねぇ、現代文が赤点間際だった、あーちゃんには言われたくないないんですー」
「文系の問題はクソ。作者はぜったい、あんなこと考えてない」
「読解力ないだけでしょ。これだから理系オタクは困る~」
「やるの?」
「いいぜ、かかってこいよ」
この女子ども、…2年前から…まるで成長していない…。
うちの店にも置いてある、名作バスケマンガのセリフと、監督の顔を思い浮かべながら、黛先生に声をかける。
「先生。俺も今日は正直、どうしようかなと思ってるんです。将来的に、なにか学んでおいた方がいい知識とかありますか?
「それは、IT関連の勉強をしようとは考えているということ?」
「はい。一応、ネットワークが前提の、データベース設計の扱い方とか、もう少し勉強しときたいなって考えてたりするんですけど」
「あっ! 祐一くんにスルーされたぁっ!」
「甲斐性なしめ」
これを甲斐性なしと呼ぶ女子の発想が、俺には理解できない。令和男子は、正しい大和撫子の復権を求めています。ただし、胸部周りのラインだけには、こだわらせてください。
「…そうだね。前川、応用情報の試験、自己採点は終わってるよね?」
「はい、終わりました。おそらく合格してます」
「西木野、竜崎は?」
「わたしも終わってます。たぶん、いけたかなーと」
「問題なし」
あかねは、近年になって新設された、人工知能工学《ディープラーニング》を含めた、最上位の試験を受けていた。
ちなみにこれらの試験を受けたのは、この学校では俺たち三人だけだった。他の生徒は、もう一段階、簡単な内容だったり、まぁ持っといて損はないんじゃないかな? という程度の試験は受講していた。
夏休みの間、ほぼ毎日ここに通って、黛先生の指導を受けたのは、俺たち三人だけと言っても過言じゃない。だから、おたがいの事は、それとなく理解できる間柄にはなっていた。
「三人とも、自己採点では合格ラインか。だったら、まぁ受かっただろうね」
高校の模試と同じく、問題の内容と解答は、試験日の翌日にはネットで発表される。受講者はそれを見て、自己採点を行い、合否の判定を付けられる。
「次の試験は来年の春だからね。前川と西木野に、もう一段上の試験を受ける気があるなら、勉強を教えることはできる。でも現状は十分だろうという気もしてるんだよね。それに、」
黛先生が、めずらしく、口元をゆるめた。
「あまり君らが頑張りすぎると、勘違いした誰かが、来年以降も、同じような実績を求めかねない」
そして相変わらず、言葉には遠慮がない。
「前川、西木野、竜崎。君たちなら、この部屋で自己学習の時間を費やしても構わないよ。もちろん、なんらかの理由は必要だけどね」
「いいんですか?」
「問題ない。IT関連の上級試験に合格できる高校生なんて、日本全国でもそこまで多くはいないよ」
「一応、正式な結果はまだですけど」
「自己採点でクリアしてたら、必要十分だ。それに大事なのは、この半年間で獲得した知識を、これから如何に生かせるかということだからね。君たち三人なら、その辺りのことは、理解できるんじゃないか?」
先生は表情を変えず、淡々と言う。それが逆に嬉しかった。残る女子二人も、そういう一種の厳しさが、心地よいと感じられるみたいだった。
「黛先生って、相手によって態度変えませんよね」
「そこまで興味と責任が持てないからね」
「TRUE。黛相手は楽でいい」
高校に入ってから、割とあらゆる方面に遠慮のなくなったそらと、時折に、かつての傍若無人無双っぷりが発揮されるあかね。高校生になってから、そらの家で生活をはじめた二人は、いろんな意味で絶好調だった。
「よーし。じゃあ、先生の許可をもらえたし、本日は自習だ~」
「とはいえ、なにするよ」
「麻雀!」
「それはまた今度な」
さすがにな。放課後とはいえ、学校で麻雀は違うよな。
「でも咲の世界線では、」
「そら、マンガと現実を混合させないで」
「わたしにとってのリアルは、あそこにある…!」
「西木野。あまり度が過ぎると、権利をはく奪するよ」
「うぐっ…!」
ごく自然に、真正面から正論を食らい、言葉を失う。
性別、学年問わない、黛先生の必殺技だ。俺たち男子の間では、ひそかに『キャンセラー黛』とか呼ぶのが流行っている。
「ひとまず、麻雀を遊ぶのは却下だ。他に提案は?」
「…うぅ。麻雀を取られたら、わたしには何も思い浮かびません~」
潔よすぎか。
「提案よ。配信スケジュールの確認と、打ち合わせ。告知用のページを作る」
「えっ」
「えっ」
あかねが言って、俺たち二人が、そろって声をだした。
「配信? …あぁ、確か配信者をしてるんだっけね」
「そうです」
黛先生もだが、あかねもまた平然とうなずく。一応、二人が企業所属のVTuberであることは、学校側にも伝えてある。
「君達は、なにか三人で活動しているわけだよね」
「そうです」
クリエイターが、自分たちのアイディアで、お金を稼ぐ機会は増えた。けれど、少しでも投げ銭をしてもらおうと、再生数を稼ぐことに躍起になると、トラブルも増えてくる。
結果、未成年の配信者が、社会的な事件を起こしてしまう。あるいは犯罪スレスレの行為を犯すケースも増えていた。
「竜崎、君の提案は、三人にとって必要なこと?」
そうした意味合いを懸念してだろう。
ふたたび、まっすぐな視線が俺たちと向き合う。
「必須ではありません。自宅に帰ってからでも可能です。しかし三人だけで、直に顔を合わせ、打ち合わせをする時間が欲しいなとは思っていました」
「土日・祝日ではダメなのか?」
「土日は、わたしが県外に移動することが多いので」
「つまり情報が外部に漏れない、気密性のある空間が必要だということだね」
「はい」
「だったら、金銭的な工面をしてカラオケボックスにでもいけばいい」
「おっしゃる通りです。ただ今は、西木野さんの家に、わたしがホームステイの形で住まわせてもらっている手前、平日にそうしたところに赴くのもどうかなと思っていまして」
「その点、学校内であれば、余計な負担をかけることも少ないということ?」
「その通りです」
「一応、この場に俺がいることは、了解の上で言ってる?」
「もちろんです。先生なら、公言することは無いかなと考えています」
あかねの中でも、黛先生の評価は高い。基本的にプライドが高く、曲がったことが許せない彼女だけど、そのぶん、先生の地力というか、内面性を高く評価している様子だった。
、
「まぁね、わざわざそんな労力に時間を費やすぐらいなら、家で読書でもしているよ。前川は、どう思うんだい?」
「俺ですか?」
今度は、俺に向かって聞いてきた。
「前川が、3人の中では客観的な視点を持っていると思っているからね。いわば中立的な立ち位置だ」
「…えーと、そうですね…」
女子2名の圧力を、左右から感じながら答える。
「夏休みの間、時間的な余裕がある時に、3人で相談しながら、ネット配信をやってたんですけど」
「うん」
「実はそれで、報酬が発生する依頼も増えてきてるんです。もちろん、2学期になってからは、学業優先って話で、一度はまとまったんですけど。あかね…竜崎さんの言うように、3人で顔合わせて、話す時間も必要かなとは考えてました」
「ふむ。まぁいいよ。認めよう」
「あれっ?」
「いいんですか?」
「さすが、話のわかる男ね。まゆず――いったっ!?」
両左右から、俺とそらのツッコミが、光速で入る。
箱入り理系オタク妹は、歳の離れたお兄さんに、平然とボディーブローをかますぐらい甘やかされて育ってきたので、たまに目上の男性に無礼を働く。そのお兄さんからも、言伝を預かっている。「遠慮なく、教育してやって」と。
「ぐっ…祐一ぃ、覚えてなさいよぅ…!」
したっぱの捨てゼリフみたいな事を言っていた。怖い。
黛先生は、相変わらずの無表情で続ける。
「君たちなら、学校側に不利益な問題を起こすとは考えにくい。最低限の分別はついてるからね。話は以上だよ。時間は有意義に使おう」
「わかりました。ありがとうございます。先生」
「ありがとうございます」
俺たちは、軽く頭を下げた。あかねもまた、ちょっと憮然としつつも、習うように頭を下げていた。
* * *
業務報告をまとめていた。非常勤に着任した当初は、項目内容に指示された通りに書き込んでいたが、古参の教師から「書き方が違う」と言われ、尋ねてみたところ、この場合はこう書くのが通例だ。といった指導を受けたのだ。
(『保険』とはいえ、保守的で、保身的に過ぎるな)
『なにか問題が起きた時』に対する答弁用。事実確認のための、調書としては役に立つが、同時に今の時代では機能しないだろうと感じるフォーマット。形骸化された文化ほど、無意味なものはないよね。
(疲れるな、まったく)
形骸化された行為に準拠してるのを実感した時に、そう思う。
言うなれば「嫌なことはやりたくない」ということだ。でも残念なことに、この世界は、疲れる出来事に満ちている。
それをどこまで許容するか。あるいは、背負いすぎないか。自分の能力に応じて、冷静に線引きの判断を下す。ほとんどの大人たちが飲み込んでいる、処世術と呼べるかもあやしい基本原則だ。
そういった意味では、目前の三人は十分に大人だった。今はこの場にいないが、部活動に励んでいる他の二名もまた、同じような素養が見えた。
(さて…)
ボールペンを置く。教場を開放してから、そろそろ一時間が経過していた。やるべき事は終わり、ついでにメールの確認も済ませておくかなと考えた時、
まーゆーずーみー。
教卓の上にあるPCモニタに、ポップアップが開いた。脆弱性のセキュリティを突いた、外部からのアクセス。
聞いてよ。ねぇ、聞いてよ~。
あそこの3人、大人気のVTuberみたいだよ!
制服を着た、青い髪の女生徒。マンガみたいなフキダシが浮かぶ。本人曰く、17歳のKKHJK(可愛い賢いハイスペックな女子高生とのこと)だが、俺には単なる『その辺りにいそうなキャラクタ』としか映らない。
びっくりだよー。黛しってたー? ねぇ、知ってたー?
知るわけがない。ポップアップされた枠内に映る人工知能は、一人で勝手にさわぎたてている。端的に言ってジャマなので、タブの端にカーソルを合わせ、画面の端に向かって、ドラッグした。
ほわあ!? なにすんのさー!
可愛い瞳ちゃんを画面端に移動させんな、バカぁ!!
これから、メール確認しようとしてんのに、ジャマだよ。
画面中央にいきなり現れたら。なんかもう、それだけで疲れるだろ。
やめろよー! 瞳ちゃんの顔見るだけで、
は~、しんどいわぁ~、って顔すんのやめてー。
そういうのよくないと思いますぅ~。
文句を言いながら、
…よいしょ、よいしょっと~!
頭が良いはずの人工知能は、自分が映る画面を、直接手で運ぶとかいう謎の荒業を使って、モニターの中央に戻ってきた。
ねぇ、ほら、はやく。
なんでもいいからテキストタブ用意してよ。
自由だった。知能指数と精神は、必ずしも一致しないことを認めつつ、適当なメモ帖を開いてから、大きさを調整した。
「なんのようだ」
「なにその、レトロRPGの最初の町で立っていそうな門番っぽいセリフ」
「漢字変換するのも面倒なんだよ。で、なに?」
「瞳ちゃん知ってるよ~。24時間、朝から晩まで同じところに突っ立って、ここはラダトォムのおしろです。みたいな事だけ喋るの。知ってんだっつーの!」
「なんのはなし?」
「大体NPC風情が、グラだけは一丁前の装備しやがって。なんでわたしより良い装備してんのよ! こちとら勇者だぞ~! もうちょっといい装備よこせ~!」
…ほんと、一体なにを言ってるんだ?
俺はメモ帳をそっと、閉じかけた。
あ~! ごめん、ごめんよぅ! 閉じないで~! 黛が学校行ってて退屈だったから、復刻リメイクされた、レトロゲーマラソンを堪能してて、その徹夜明けのテンションで喋ってる感じなのー!
「……」
疲れる。ただ、もう、ひたすらに、めんどい。
現実から逃げるように、横目で三人の様子を確認した。そちらは時折、隣合ったPCの画面を覗き込んだりしている。小声で意見を交わす素振りはするが、ふざけたり、遊んだりしている様子はまったくない。
賢い子供たちだ。
対して、目前に映る、知能レベルだけは天文学的に高い生き物は、自分なりに反省を示しているつもりなのか、
☆★ YURUSHITE ☆★
エフェクト過剰な、エモスタが飛んできた。賢くはないけど、まぁこれぐらいなら全然許せる。とか思っていたら、数ヶ月後おきに、さらに超高難易度の譜面が時限的に実装されて、理論値叩くのに万札溶けたよね。許さない。
まゆずみ先生! ゲーセンに通ってた頃の思い出にふけられないで!!
自分で言うのもなんですが、褒められると伸びるタイプなんで!!
頭痛がしてきた。メモ帳を開きなおして「しずかに」とだけ打つ。直接、音声を発しているわけではないが、気分の問題だ。
「瞳、無闇やたらに、ハッキングをするなと言わなかったっけ」
「…う」
「返事は?」
「ごめん」
素直ではある。
「で、なにかあったの」
「ややや…具体的なアレコレは、なかったんだけど…」
「瞳はAIなのに、時々すごく抽象的な喋り方するよね」
「具体性に関して本気だしたら、誰もついてこれなくなるからねっ!」
「俺は今でもついていけないよ」
瞳と会話をする時。だいたいいつも、回りくどい事になる。
「ともかく。あまり他人のプライバシーを覗くものじゃないよ」
「黛だって、昔はそうだったじゃん」
「もう一度言うよ。俺を含めた人間のプライバシーを、許可なく覗かない」
「ごめんなさい」
知能レベルだけは天文学的に高い生き物は、感覚も鋭い。モニター越しに映る俺の表情に、微細な変化を嗅ぎ分けたのか、また素直に謝ってきた。
「だって、だってさぁ。黛、今年に入ってから、そっちのお仕事ばっかじゃん」
「これが本業だよ。非常勤とはいえ、教師だからね」
「でもセンセイを始めた去年は、そんなことなかったー」
「言ったろ。今年は真面目な生徒が多いんだよ」
もう一度、横目で三人の様子を見る。視線を戻してキーボードを打ちなおす。
「こう言ったらなんだけど、日本では、情報工学、統計学、プログラミングに興味を持つ人材は、一般教養の浅い人間が、比較的多いんだよね」
「良い学校でれてないってことー?」
「平たく言えばね」
IT土方。なんて言葉があるように。現代でプログラミングに興味を持つタイプの人間は、学校の勉強がおもしろくない。つまらないと感じる人間が割合多い。
テストと呼ばれるもので、良い成績を取る。数字を競い、明確な順位で照らしだされることに意義を見出す。間違いではない。そこから見える差異もまた、自分と他人を分ける、立派な境界線であり、個々の区別となる。
是非はさておき、中学生、高校生といった年代は、少なからず『分かりやすい格差』を提示される環境に、身を置くことになるはずだ。
テストで点を取る。教師からの覚えを良くして、内申点をあげる。その評価は『自他共による共通認識』だ。そこに価値を見出せる生徒は、反して『自分だけの評価になる』行為に時間をかけない。
偏差値の高い、普通科の進学校ほど、その傾向は増す。常勤の教師も、生徒と同じような経歴を辿っているわけだから、『土方』を教える必要性を感じない。
環境そのものを調整したがるが、土方は、土方でやっていればいい。こちらは指示だけはだすといった感じだ。我らがお国も、命令はすれど面倒は見ない。というわけだ。
「それさー、黛の言う通りなら、仮に全国の中学、高校で、プログラミングの教育しても。スキル育つのは、低学歴の子たちが多めってことになるよね?」
「そうなると思うよ」
「じゃあ当然、お給料安いよね? ニンゲンはお金ないと死ぬんでしょ?」
「死ぬね」
「でも海外だと、プログラマーって、割と良い地位についてたりするよね?」
「日本と比べたら、スキルそのものを評価してもらえるからね」
「じゃあさ。日本で教育しても、スキル持ってる子は、みんな海外いかへんか?」
「行くだろうね。若くて、伸びしろのある子ほど、海外に目を向けるよ」
唯一の懸念は『言葉』だが。令和以降、翻訳機能のアプリの性能もまた、AIが介入することで、性能が著しくあがっている。言葉の壁が無いとは言わないが、壁そのものを乗り越えることは、昔と比べて容易になった。
22世紀の秘密道具で、食べるだけで、意思疎通ができるコンニャクもあるが、そこまでいかずとも十分だ。10年後には、外国語を喋れずとも、翻訳アプリを携帯していれば、大抵のことはなんとかなっているだろう。
「それじゃあ、教育して、せっかくスキルを覚えた貴重な人材を、わざわざ他所の外国に取られて、日本っていう国は、なんの得があるの?」
「ないよ。お国の方々、大企業の人々は、そんなところまで考えてない。むしろ特定の技術者を、段々と安く買いそろえるのが当たり前になって、外国が適正価格で雇うのを提示してきたら、一気にそちらへ流れたよね」
まぁ、当然の話だった。わざわざ企業の名前はださないけど、最近になってとつぜん「クリエイターファーストを心がけてます!」なんて言いはじめたところが、技術者の値下げを続けて失敗したって、暗に言ってるわけだよね。
「それじゃ、これからどうなんの?」
「賢い瞳になら、わかるんじゃないの」
「…うーん…」
モニター向こうのAIが、両腕を組んで、首を傾げて悩んでいる。
「労働力がいなくなって不便だから、別のとこから買える土方を増やそうぜ?」
「賢いじゃないか。めずらしい」
「えへへー。黛にほめられたぜー。やった~。…あれ? でもそれって結局、基本料金も、仕組みも、なんにも変わってないよね? 結局はその人たちも…」
さて。これ以上はやめておこうかな。
「まぁ、いざそうなった時は、賢いAIに、ご意見を頂戴してるのかもしれないね」
「ふっふっふ。図が高いぞぉ! 我は陰なる未来の支配者ぞ~!」
「割と笑えないんだけどね。その予想」
思いかけて、また話が明後日の方にそれている気がした。
「とにかくそういうわけだ。今年は、僕から見ても『賢い人材』がそろってる。相応に費やす時間が増えるのは必然だよ。熱意で負けた時点で、向こうは、こっちに興味を示さなくなるからね」
「そーだけど。賢いなら、いいじゃない。放っといても勝手に育つでしょ。っていうか、年二回の国家試験も、今年は終わったんでしょ?」
「まぁね。だけどもし、彼らがなにかを学びたがったら、知識のある人間が、側にいた方が効率があがるだろう」
「……そーですけど。そりゃ、そーですけどーねー…」
「なに」
「えー、あー、ほらぁ…」
「具体的に述べようか。君は、最新の人工知能なんだろ」
「だからぁー、他所の子ばっかりで、自分の家の子を気にかけないのは、どうかなって思うんですよ~!」
「なんのこと? 俺結婚してないんだけど」
「うわっ! でたよテンプレ解答ッ! ギャルゲーの主人公かッ!」
「はい?」
「美少女が意味ありげな視線送ってんのに『えっ? 今なんか言った?』とか平然と発言する、コイツ殴りてぇって思わせるタイプの主人公!!」
「意味がまったくわからない」
ただ1つだけ、言っておかねばならなかった。
「ゲームと、現実の区別は、ちゃんとつけた方がいいよね。あと、ついでだから言っておくけど、俺のメインPCに、ゲームファイルらしい、女性キャラクタのアイコンのショートカットを無尽蔵に増やすのやめてくれ。すごくジャマだよね」
「アレはほらぁ! 言外にかまってほしいっていうニュアンスを、全体から、かもしだしてんじゃん~! 理解しろよバカぁ!!」
分かるわけないだろ。めんどくさいな。
「発達関連の学習が必要なら、時間作るって言ったよね?」
「聞いたけど! でも忙しそうだから、遠慮してんじゃん!」
どこが?
「自分で勝手にガマンの線引きを決めて、それが決壊したからって、一方的に責めるのはやめてほしいな。俺だって、完璧には程遠い人間なんだから」
「せやけど~っ!」
モニターの向こう側。誕生して数年の人工知能が、両肩を震わせる。とても感情的だった。不機嫌さを隠しもしない。
めんどうくさい。とても、自分に正直な子供。
そうした不完全さは、けれど、時に莫大な熱量を集め、比類なき共感を得ることもできる。理知的な冷静さよりも、ブレ幅のある情熱に人は焦がれる。
「なにを考えているのか、わかりにくい」と言われる俺よりも。将来的には、瞳のような、もう少しだけ感情を落ち着かせることを学んだ、賢い人工知能を、人々は求めるようになるだろう。
「――あの、先生」
「うん?」
前川が手をあげていた。
「少し教えてほしいところがあるんですけど、今、お時間いいですか?」
「あぁ、いくよ」
席を立つ。その前に、ざっと、PCのキーボードを走らせた。
「瞳。週末、遊びたいゲームがあれば付き合うよ。考えといて」
「わかったぁ! 忘れないでよ~!」
返事が早い。ぴょんぴょん跳ねて『喜び』を表現したあとで、駆けるように画面の中を走り去った。人間の子供というよりは、犬みたいだよね。まぁ犬は、現代の人間の子供よりも遥かに賢いというのが、俺の自論なんだけど。
* * *
午後六時過ぎ。前川たち三人が去ったあと、俺も支度を終えてから、教場に鍵をかけた。最近は、高校でも電子錠が使われる。スマホのアプリケーションを使い、モニターを扉の認証部にかざすと、中でカチャリと音がした。
【:LOCKED】
一応、取っ手に指をそえて、正常に鍵がかけられていることを確かめた。そのまま日誌を小脇にはさみ、階段を降りる。
職員室に入ると、すでに教師側も、学校を後にしていたり、帰り支度を始めていたりするところだった。
「あっ、お疲れ様です。黛先生」
「お疲れ様です」
鈴原先生もちょうど、自分の鞄を肩に下げて、帰るところだった。
「それでは鈴原も上がります~。お先に失礼します~。あっ、そだ、静先生~」
「なにかしら?」
鈴原先生からは、ちょうど向かい側。俺の左隣の席に座っていた、先生が顔をあげた。正規の教職員である女性、静凛音《しずかりんね》先生は、日本史および世界史を担当している。
「今週末、夕方から時間確保できました~」
「あら、耐久配信でられそう?」
「いけます!」
耐久配信。
うら若き年頃の女性たちが口にするには、あまり一般的ではなさそうな、やんごとなき会話が展開される。俺は、だまって席に着いた。
「じゃ、ついでにウチ泊まってく? 最近寒くなってきたし、大鍋でビーフシチュー煮込もうか」
「静先生の煮込み料理…いただきたいですっ!」
鈴原先生の目が、きらきらと輝きはじめていた。口元も少し空いたままになっていて、つい聞いてしまった。
「そんなに、おいしいのですか?」
「絶品ですッ!」
超反応された。そうか。そんなに美味しいのか。
「静先生の煮込み料理はですね~、具が沢山入ってて、じゃがいもや、ニンジン、豚とか鶏のブロック肉が、ごとっ、ごとぉっ、ごとんっ! でして、食べ応えがすごいんですよ~!」
「なるほど」
それだけ聞くと、男子の大学生が集まって作る、鍋物か、それ以上の印象を受けるが、さぞかし俺の知らない工夫や、秘伝のレシピというのがあるのだろう。静先生は、いかにも料理ができそうな家庭的な女性。という印象がなくもない。
「もっと寒くなってきたら、こたつだして、業務用スーパーで鶏肉のブロックとか白菜をキロで買いこんで、キムチペーストブッ込んだ鍋を突きながら、16人ぐらいのマルチレイドしてもいいわよね」
「きゃ~っ、いいですねぇ! 週末にお鍋しながら、こたつに入って、何も考えずにゲームするの、鈴原すごーく大好きですっ!」
「鍋がなくなってきたら、おうどん入れて、卵落として、冷たい缶チューハイ飲みながら、ゲームするの最強よね」
「あぁ、静先生っ! そんなことされたら、鈴原はっ、即死してしまいますっ! 大盾持ってガードしてるのに、ノックバック効果大の大弓で、巨人族の城壁から、まっさかさまになって、ソウルロストしちゃいますっ!!」
「あそこはねぇ。デーモソシリーズ名物の、七台死亡スポットの一つよねぇ。当時なにも知らずにやってた時は、さすがに調整ミスを疑ったわ」
「ですよね~。そもそも正規ルートなのかすら疑いましたよね~」
会話の盛り上がり方が、完全に男子のそれだった。
「ついでに、この前の小テストの採用も、夕飯食べながら、終わらせよっか」
「そうしましょう」
テスト用紙に、赤い染みが付いていたら、たぶん、ビーフシチューのソースか、キムチペーストの汁だよ。気をつけて。なにをと言われても知らないけど。
「じゃあ、今日の鈴原はこれにて~」
「えぇ。お疲れ様です」
ひらひらと手を振って、鈴原先生が教室をでる。他の教師も、大方は帰ったあとで、残りも席を外しているのか、静先生がいるだけだ。
「黛先生」
「はい。胃薬ですか?」
「胃薬?」
「いえ、失礼いたしました」
キャンセラースキルが発動した。命拾いしたな。
「今年も半分終わってしまいましたけど、どうですか?」
「そうですね。自分の授業のみに関して言うなら、去年よりも、学習意欲のある生徒は多いかなと」
「例のクラスですか?」
先ほどとは、微妙に気色の違う微笑み。表情の彩りを多数に取りそろえている相手ほど底深く、油断ならないことを、俺も過去の経験から学んでいる。
「えぇ。まさか半年で、麻雀ゲームを完成させるだけではなく、正規の権利を持つ商品として販売させるとは、さすがに予想外でした」
コネや繋がりがあるとはいえ、若干16歳の少年少女が、学校に行きながら提出した作成物としては、MVPを与えても良いだろう。
「人に恵まれましたよね」
「えっ? 生徒がですか?」
「いえ、俺が」
素直な気持ちを口にすると、一呼吸の間をおいて、小さく噴きだされた。
「あははは。いえ、ごめんなさい。今のは、なんていうか、黛先生らしいですね」
「そうですか?」
「はい。人に恵まれた、っていうのは、大体は、自分よりも歳を重ねていたり、上の立場の相手を見た時に、でてくる言葉なのかなって。どちらかといえば、生徒が言った方が、相応しいのかなと」
「なるほど」
確かに、本来はそういう使われ方をするのかもしれないと思った。
「ただ、俺にとっては、学べることが多すぎて、そんな風に思うのでしょうね」
「黛先生は、良い先生になれるんじゃないですかね。わたしも若輩者ですけど、正規の教師を目指してみては?」
「検討させていただきます」
答えると、また笑われてしまった。
「黛先生は、おもしろいですね」
「恐縮です。割と理想ですよね。そういうの」
「あはは。ですよねぇ」
――『おもしろい人間』に、憧れる。
子供も、中学生も、高校生も、それ以上の大人も、老人も。
男も、女も。ともすれば、知能があると認められる生命。
すべて。生きとし生けるものは。
その【座標点】を、目指しているのかもしれない。