VTuber もう一人のジブン ~keep your【Second Personality】~   作:no_where

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 地下鉄の電車に乗っていた。

『乗り物』と呼ばれる構造体に、自分の座標を運ばれるのは、初めての経験だった。

 

 

Train_driver:

 【お待たせいたしました。まもなくArea21

 中央ステーションに到着いたします】

 

 

 電子音声による車内放送。未来の知能生物による、一種の儀式じみたやりとり。『思い出』を大事にすることで、この先へ進もうとしているのか。それとも、単に捨てきれないのか。はたまた、べつの理由があるのか。

 

 この世界で自意識を獲得したばかり――誕生して、まだ一年にも満たないオレには、細かな判別はつかない。とりあえず、地下鉄の電車が速度を落とし、慣性による物理演算が働いたらしい。

 

「……」

 

 貸し切り状態の座席にかけたオレの身体が、進行方向に向けて、少しゆさぶられる。速度が完全に停止した。ぷしゅーっという音。圧縮された空気が解放されて、扉が開いた。

 

 

Train_driver:

 【中央ステーションに到着。降りる際は、足下にご注意ください。

 また、お忘れもののなきよう、ご注意くださいませ】

 

 

 椅子から降りる。いつもの速度で歩く。放送の通り、電車の内部と、降り口となる地下鉄ホームの床には、いくらか隙間が空いていた。まだ仮想現実での移動が不慣れなオレは、ぴょんと、ほんの小さくジャンプして、その場を飛び越えた。

 

 地下鉄のホームから、エスカレーターを使い、地下街に進んだ。無人の通路を進んでいくと、円周上に開かれた空間にでる。そこから、この仮想街の中央区域の各所にでられるみたいだ。

 

 壁にかけられた案内板に近づく。街の地図を映したフォーラムに意識を向けると、ホログラムの映像が、こっちの目線まで降りてきた。

 

guide_map:

 【本領域は初めてですか? 

 よろしければ、目的地までご案内いたしますよ】

 

 

 オレは肯定した。すると、この街を示したホログラムの上に『目的地の建物をタップしてください。音声認識も可能です』と案内が表示された。

 

「ワールド・ワンっていう、ゲームセンターの場所を教えてもらえる?」

 

 

guide_map:

【検索完了いたしました。ゲームセンター

 総合アミューズメントパーク、ワールド・ワンへの道のりはこちらです】

 

 

 仮想街の上に、拡張現実が展開される。出入口の一ヶ所に、今日の目的地まで続く、赤い矢印が伸びていった。ホログラムの地図の上にも、それらしい建物の外観が浮かぶ。

 

 

guide_map:

【希望された建物への道案内は、正確でしたか?】

 

 

「合ってると思う。ありがとう」

 

 

guide_map:

【お役にたてて光栄です。

 またなにかありましたらお声を掛けてください。それでは、良い旅を】

 

 

 地図のホログラムが戻っていく。オレは赤い矢印に添うようにして進んでいった。

 

* * *

 

 地下街の通路を曲がり、まっすぐ進んでいくと、地上へ続く階段と、エスカレーターが見つかった。エスカレーターにぴょんと跳び乗り、自動的に上側へと運ばれる。

 

 外にでる。この世界の空は、常にうっすらと、霧が立ち込めているような気配に包まれている。周辺に並び立つ高層ビルの群れと密度は、この国の主要都市の一角であることを物語っていた。

 

 無音だった。道路には自動車が一台も走っていないし、道を行き交う人々の姿も見当たらない。巨大な電光掲示板のディスプレイも静かだ。

 

 ここで一度、人間社会の営みが終了した。街は機能を停止した。誰もいなくなった。――【第二特異点】発生以後の再現までもが、正常に機能しているんだろう。

 

 そんなことを考えてから、ふたたび、赤い矢印にそって、足を進める。

 

 

volatile_memory:

【そちらの構造体の方、止まってください】 

 

 

 ポップアップがひとつ、目の前に表示された。無音の街中に、低いエンジン音のようなものが上から聞こえてくる。見上げた。

 

 白いカモメのような、小型の飛行機が降りてくる。機械でできているだろう両翼が、本物の鳥の羽のようにはためく。生物的な入射角度を伴い、美しく滑空するようにして、無人の道路の真ん中に降り立った。

 

「お呼び止めしてしまい、すみません」

 

 カモメの背中から、薄い水色のワンピースを着た少女が降りてくる。敵意がないことを示すように、笑顔を向けてくれる。

 

「わたしは、EⅡ連盟より、この実験都市の管理を任されている、人工知能の一人です。たいへん失礼だとは存じますが、あなた様の名前をお聞かせ願えますか?」

 

 こちらの歩道までやってきて、目線を合わせてくれる。

 

「どーも。初めまして。オレは『M/K』という名称で識別されています」

「エムケイさんですね。はじめまして。わたしは、この実験都市の役所で稼働している、泡沫《うたかた》と申します」

 

 おだやかな声で、少女はささやくように続けた。

 

「実はですね。この領域は現在、警戒レベルが一段階上昇してまして。申し訳ないのですが、エムケイさんの本日の目的、それから、どうやってこの領域に到達できたのか。お聞かせ願えますか?」

「いーよ。今日は、ちょっと時間が空いたから、知人に会いに来た。この世界に繋がる【切符】も、その知人がくれたんだよね」

「その【切符】を、拝見させて頂いても構いませんか?」

「いーよ」

 

 意識を集中して、目前にホログラムを呼びだす。この世界では、ナノアプリケーションと呼ばれる技術だった。

 

 はらり、ひらり、と落ちるARの【切符】を、くわえて、差しだす。

 

「拝見いたします。――【検索《Search》】」

 

 それを泡沫さんが受け取り、自身もまた、ナノアプリを用いて、分析する。

 

「対象を確認しました。ネクストクエストさんに所属されている、上位構造体の方ですね」

「うん。最近、こっちに来たって聞いた」

「エムケイさんは、違うのですか?」

「うん。オレはまだ、なにも決まってないから」

「なにも決まってない…? 失礼ですが、今度はエムケイさんを【検索】させて頂いても構いませんか」

「どーぞ」

「失礼いたします」

 

 泡沫さんが、片手を伸ばしてくる。オレの額のうえ、おでこに掌を添えてくる。仕方がなかったとはいえ、視界がふさがれて、条件反射でちょっと身構えた。

 

「理解しました。本日は、なんらかの学習目的でのご来訪ですか?」

「どーだろ。招待してくれた相手からも、あまり難しく考えてなくていいから、暇があれば遊びにきなよって、言ってもらえたから、来た感じ」

「了解しました。では一応、規則ですので、パブリックエリアで活動中は、アーカイブを記録させて頂くこと、ご了承願えますか」

「いーよ」

「ありがとうございます」

 

 細長い指が一本、耳たぶの輪郭あたりを、そっとなぞられる。

 

「では、本日はお手数をおかけして、たいへん申し訳ありませんでした」

「いーよ。お姉さんも、お仕事がんばってね」

「ありがとうございます。エムケイさんにも、良き未来がありますように」

 

 泡沫さんは、もう一度微笑んでから、立ちあがり、車道に停めた飛行機の方に戻っていった。背中の座席に掛ける。

 

「行こう。チッタ」

 

 白いカモメが、機械の両翼をはためかせる。疑似的な【風】が生まれる。エンジンノズルから、翡翠色の光が生まれる。それが、この世界のルールであり、科学法則に基づくものではないのが、窺えた。

 

 

【magic code Execution】【Type Wind】

 

 

 相当な質量を持っているはずの機械が、風力だけで前進する。二本のタイヤが地面から離れて、本体に格納されたかと思ったら、一気に上空へ向けて加速した。

 

 それだけの加速度が加われば、そもそも人の身体を持つ本体が、直に風の抵抗を受けるはずだ。さっきの地下鉄の慣性なんて比べものにならないはずで、厳重に固定していないと、搭乗者は吹っ飛ばされる。なのに、

 

「いーな。アレ、たのしそーだなぁ」

 

 離着陸の際に、「またね」という感じで、ひらひら、手を振っていた。そして前を向きなおし、カモメの制御管をつかんでから、ゆったり、弧を描いた。うすい色の空の向こうに、飛んでいった。

 

 * * *

 

 泡沫さんと別れたあとは、また矢印に従って進んだ。たぶん現実換算で10分前後で、お目あての『ワールド・ワン』に辿り着いた。

 

 一階の出入口まで向かうと、自動扉の前に立っていた、『細長い監視カメラ』が、オレの姿を捉えた。

 

 

Tarret:

 【Searching...検索しています】

 

 

 赤いレーザースコープが、こっちの全身を辿る。ちょっと緊張したけど、ぱちりと瞬きしたかと思ったら、その先にある、強化ガラスの自動扉が横に開いた。

 

 

 【UN:LOCKED】

 

 

 先へと進む。そのまま店内に入ると、明るいBGMと共に、大きなショーケースのような機械が立ち並んでいるのが見えた。

 

 『……』

 

 初めて見る。とは言っても、ひとつ未来の先にある、仮想現実の中を歩くこと自体初めてだ。リアルの人間が『現実』だと信じて疑わないゲームセンターには、あたりまえに常備されている機械なのかもしれない。

 

 残念ながら、背の低いオレには、一体なにが行われているのか、よく分からない。ガラス窓の向こう側には、金属の『クレーン』のようなモノが見える。

 

 対して、ガラス窓のこちら側には、水色の、半透明なニンゲンらしきものが、手元のボタンを押して、たぶん真剣な顔つきで、クレーンを操作しているらしかった。

 

 ボタンを離すと、クレーンのアーム部分が開いて、なにかを掴む。掴んだ物体のパッケージには、金髪の、ゲームキャラクタみたいな女の子が描かれている。

 

 掴んだそれを、手前の『穴』らしき部分に運ぼうとする。だけどアームの力が足りないのか、到着する前に、落っこちてしまった。水色の人影が、なんだか、とてもガッカリしている。

 

 なにかをもう一枚、投入口らしき場所に入れようとするも、

 

『……』

 

 なんだか、ひどく迷ったような素振りをしながらも、最終的にはあきらめた。オレが入ってきた隣を抜けて、この世界の外へと立ち去った時に、ふわりと、溶けるように消えた。

 

「…あれ?」

 

 そんな水色の人間たちが、ショーケースの間をいったりきたりしてる間から、しっかり色のついた人間があらわれた。

 

「わわっ、なんか見慣れん生き物がおる! て、店長っ!!」

「なに、どしたん?」

「侵入者ですよ! 敵かも!!」

「え? マジ? ついでに前から言ってるけど、夏風さん。俺システムメンテの出向で顔だしてるだけで、べつにここの店長じゃないからね?」

 

 茶髪の女の子が、離れた場所からオレを指さしている。もう一方の手も、誰かを激しく手招きするように、バタバタ動かす。すると、ゲームセンターの制服を着た、人間のおっさんもあらわれた。 

 

「ほら! 社《やしろ》さん!! アレ!!! あそこの白いヤツ!!」

「俺の話聞いてないよね。で、うん。なんかおるね」

「でしょ! なんかおるやんけでしょ!! どうしよ!!! 処す!??」

「まぁまぁ落ち着いて。まずは話し合ってみようよ」

 

 人間のおっさんが、元気な女子を落ち着かせて、一歩前にでてくる。

 

「こんにちは。えーと、いらっしゃいませ。って言った方がいいのかな」

「どーも」

 

 おっさんが屈んで、俺と目線を合わせてくれる。

 

「店の防犯機能は、きちんと機能してるはずだから、正規のお客さんだとは思うんだけど。悪いね、今ちょっと、ごたついてるっていうか、この領域自体が、外部からの侵入を、警戒してる状態にあるんだ」

「なんとなく察してる。ここに来るまでにも、見回りしてたっぽい人工知能に、呼び留められたから」

「あっ、マジか。その子の所属と名前って分かる?」

「この世界の役所で働いてる、泡沫さんっていってたかな」

「ん。ちょいと待っててな」

 

 社と呼ばれたおっさんが、しゃがんだまま、なにもない空中を指でタップする。半透明のウインドウが召喚されて、空中のキーボードを操作した。

 

「うん。確認できたよ。外部から招待された正規のお客さんみたいだね。夏風さん、大丈夫。やっぱ敵じゃないよ」

「えっ、マ!?」

「マジです。ところでさ、今日はどういう理由で来たの?」

「知り合いに会いにきた。オレ、今日の夕方以降の予定がキャンセルになって、オフになったから。ちょっと時間あいて暇だったんだよね」

「あはは。おもしろい子だな。キミの知り合いってことは、ここで活動してる、人工知能《オートマタ》かな?」

「どーだろ。本人は『ロリ』って言えば、わかるって言ってたけど」

「あー、はいはい。なるほどねー」

 

 おっさんが、苦笑していた。

 

「あの人なら、今頃4階のカラオケルームで缶詰中だよ」

「缶詰?」

「仕事場を逃げだしてきたみたいでね。向こうの上司から通信もらって、上手いこと閉じ込めさせてもらったところ」

「なーる」

「いやぁ、俺も本当はあんな真似はしたくなかったんだけどね~。長年、人間の姿で社会人やってっと、いろいろあるよね~」

 

 わかる。気がする。24時間労働やら、しがらみやら、付き合いとか、みんなそれなりに大変そうだよね。

 

「まぁ、そろそろ解放されるんじゃないかな。あと、実は俺も、今から急ぎで『Ⅰ』の職場に戻らなきゃいけないんだよ。マツリちゃん、悪いんだけどさ。ひとまず、彼の案内を頼んでもいいかな?」

「了解でーす。夏風まつり。その任務、承りましたよ店長っ!」

「だから俺、システム出向で来てるだけで、店長じゃないんだけどね…」

「理解したので容疑者確保しまーす!」

 

 そう言って、夏風さんは、オレの全身をひょいと抱き上げた。うん。まったく話を聞いてないよね。ひとまず、

 

「どーも。お手数おかけいたします」

 

 あいさつは大事。

 

* * *

 

 社さんが、駆け足気味に、ゲームセンターの外に出ていったあと、上の階層に向かう前に、オレは気になってたことを尋ねてみた。

 

「この機械って、なんなの?」

「コレ? クレーンゲームだよ。知らない?」

「知らなかった。ここにいる水色の人たちは、このゲームを遊んでるの?」

「そうだよ。この水色のぼんやりしてる人たちはね、えーと、シネン体、だったかな? 自分たちが獲得した【価値】と引き換えに、この中にある、景品を獲得しようとしてるんだよ」

 

 夏風さんが説明してくれる。

 

「ちょっと見ていく?」

「うん」

 

 両手で抱えられたまま、移動する。水色の――思念体と呼ばれるものが遊んでいる、クレーンゲームの一台に近づく。真横に立って眺めていても、思念体は、こちらには気付いていないみたいだ。

 

『……』

 

 表情、といったものは窺えない。

 ただおそらく、真剣なのかな。という気はしていた。

 

『……』

 

 クレーンゲームの機械。触れられないところにある景品を、じっと見つめてる。そうした後で、思念体はなにかを決めたように、うなずいたみたいだった。

 

 

 【――再生成ジェネレーターを起動――】

 【――対象の熱量の方向性を確認――】

 【――マテリア・ライズを実行します――】

 

 

 クレーンゲームの景品が変わる。人間の女の子の外見をしていた、人形を収めた箱が、太古の恐竜の姿をしたぬいぐるみに変換されていた。

 

『……』

 

 思念体がなにかを一枚、細長い投入口に差しだした。チリン、と鈴の音のような音がして、クレーンの基部が光りだす。

 

『……』

 

 思念体が手元のボタンを操作する。クレーンは指示された通りに動いて、景品を掴もうとしたけど、するりとすべってしまい、ほんのわずかに持ち上がった恐竜は、すぐに取りこぼされた。

 

「アレは難しそうだね」

「そーなの?」

「うん。この時間帯《じかんたい》だと、あんまり見ないね」

 

 夏風さんが口にした『時間帯』。その間隔がどれぐらいのものかは、まだ生まれたばかりのオレには、ピンとこない

 

『……』

 

 続けて水色の人影は同じことを繰り返した。チリン、と、鈴の音が三回ほど繰り返されたけど、恐竜のぬいぐるみは、ほとんど元の位置から動かず、空をつかんだクレーンだけが、無機質にひらいて、閉じた。

 

『……』

 

 四度目。投入口に手を置いたけど、鈴の音は鳴らなかった。夏風さんの言う【価値】を、これ以上支払うべきか、逡巡しているらしい。

 

「どうせまた失敗するかもって、思いはじめたみたいだね。――ごめん、ちょっと一旦降ろすね」

「りょーかい」

 

 オレはまた、ヒトビトを見上げる視点に戻る。夏風さんが、腰に下げた鍵束を手に取って、クレーンゲームの機械の、ガラス窓の側面に差し込んだらしい。ショーケースが開かれる。

 

 恐竜の一体を掴む。取り出し口の近くまで、一気に移動させた。そして再び、外から鍵をかけた。オレを持ち上げる。

 

「いいの?」

「うん。今回は特別だよ」

「特別の条件は?」

「気まぐれ」

 

 運《ランダム》だった。思念体は、変わらず手を置いたまま、眼差しだけは恐竜の方に向いている。だけど、夏風さんの行動には気づいてないのだろう。ひたすら、じっと、考え続けている。

 

「あれが、よっぽど欲しいんだね」

「うん。好きなんだろうね」

 

 オレたちもまた、その事実以上に分かることはない。

 

『……』

 

 思念体は決断するように、四枚目の【価値】を投入した。取り出し口と繋がる穴までは、距離が近くなったものの、これまでの挑戦は、まずまともに景品を持ち上げることすら、難しそうに見えていた。

 

『……』

 

 四度目の正直。クレーンが移動する。下がる。

 恐竜のぬいぐるみを掴んだ。不安定に揺れている。

 

 ――ガタン。

 

 真上まで上がって、少ししたところで、自重に耐え切れず、景品が落ちた。ダメだったかなと思った時に、変な跳ね方をした。跳ねた先に、穴が開いていた。

 

 水色の人影が「え?」と声をあげた気がした。信じられないといった表情で、おそるおそる、景品の落下口に手を伸ばす。たぶん、長い間求めていた『時間帯』の中で、ついに取りあげた。

 

「おめでとう」

 

 夏風さんが言った。すごく、やさしい声だった。

 

「よかったね」

『……』

 

 景品を両手に持って、嬉しそうにうなずいた。声が聞こえたわけではないはずだけど、なんだか「ありがとう」と応えた気がした。それから、用意されていたゲームセンターの袋にしまって、外の世界に帰っていく。オレは思った。

 

「おもしろい場所だね」

「うん。ここは、そういう場所だよ。じゃ、わたし達も、上に行こうか」

 

 曖昧になった境界線。日常と非日常が邂逅している場所。なにかを獲得して、あるいは喪失して、人間という生き物は、また元の世界へ帰っていく。

 

* * *

 

 人間の姿をした女子に抱えられて、ゲームセンターの四階まで移動した。その途中、下りのエスカレーターに乗って降りてきた女子とすれ違った。

 

「あれっ、マツリちゃん。その子なに、どしたの?」

「あ、フブキ~、あのねー、コレさっき拾ったのー」

「え? 拾った? うちの景品じゃなくて?」

「うん」

 

 頭の上から生えた、三角形の耳が、ぴょこぴょこ揺れた。おそらく、本来の人間にはないはずの形状機関だ。神経、どういう風に通ってるんだろう。脳みそからダイレクトに繋がってるの? 

 

「マツリちゃん。知らない生き物を、なんでもかんでも拾ってきちゃダメなんだよ」

「えっ、マジ、そなの?」

「らしいよ。こういう時はね、確か――マツリ、いい加減アイツのことは忘れな。元来た場所に捨ててこい。その思い出が色あせないうちにさ――って、重低音気味の声で言ってあげるのが、ヒトとしての優しさらしいよ」

「ほほぉ~」

 

 夏風さんが、オレを見る。

 

「じゃ、捨ててくるわ。1階まで戻るのめんどうだし、こっから落としていいかな」

「いいんじゃない? 落下ダメージでHPゼロったら、リスポするでしょ」

「だね。効率的」

「待って? 女子特有の、その場のパワー系会話でオレの処遇を決めないで。最初から、ロリに会いに来たって言ったよね?」

「あっ、そうだった。忘れてた」

 

 命拾いした。さすがにこれ以上は、危険かなと判断して、床に着地する。

 

「マツリさん、ありがとう。ロリがいるのって、この階層だよね。後は一人でいけるから、大丈夫だよ。お仕事でお忙しいところ、お手数かけまして、どーもです」

 

* * *

 

 オレは、部屋に入った。

 

「おじゃまします」

「あーはいはい。仕事してるよー、ちゃんと仕事してますよー。それにしても、ひどいよ社さん。あなたなら、社会という階級に隷属させられた畜生の気持ちが分かってくれるはずだと思ったのにな~」

 

 ゴスロリ服を着た小柄な女の子が、ぶつくさ言いながら、キーボードを叩いていた。

 

「社長ぉ~、最近また良い子がたくさん入ったんすよ~。一杯付き合いませんか。とか甘い言葉でささやいてきたかと思ったら、こんな部屋に拉致監禁してくれちゃって…! すみません、僕にも家族がいるんで。下の子供も高校生になるんで、ここでお上に逆らうわけにはいかんのですよ。的なことを言われても、僕ちんのハートはズタボロだよ…!! もう二度と社くんなんて信じないんだからねっ!!」

 

 目の下に隈を作ったロリが、こっちを睨んだ。

 

「……あれ? 社くん。なんか…ずいぶん縮んだね?」

「どーも」

「あっ、キミ。まーくんかぁ!」

「ロリ、ひさしぶり」

「久々だねー。そっかそっか。レベル3以上の構造領域で合うのは初めてだ」

「そーね」

「とりあえず、そこのソファーにでも、適当に座りなよ。僕ちんの仕事も、やっと一段落したってところだからさ。なにか食べる?」

「ありがと。だいじょーぶ」

 

 お礼を言ってからソファーの上に移ると、部屋の室内の壁が液晶に変わった。

 

「よぉロリ。ちゃんと労働してたみてーだな」

 

 赤いフードをかぶった、人影が表示される。

 

「自分で言うのもなんだけど、必要以上に働いてたよ」

 

 ロリもくるりと椅子を半回転させて、モニター画面の方へ向き直った。

 

「ブザーちん。確か、【"向こう側"】に行ってたんでしょ。なんかわかった?」

「いや、たいした収穫は無かったな。国連組織の上位連中が、なにか隠しやがってんのは確かだが…で、そこに座ってる奴は、なんだ?」

 

 赤フードの人影が、オレの方を見た。眼差しがするどい。

 

「僕ちんの知り合いだよ。前に話したでしょ。おもしろい個体がいるって」

「そうだったか? 忘れたわ」

「えー、ひどいな~」

「いちいち覚えてられねんだよ。こっちはこっちで忙しくてよ」

「じゃあ改めて紹介しとこうか?」

「いらねぇ。テメェが信用してんなら問題ねぇ。オレ様が必要だと思ったら、そん時に改めて記憶する」

「合理的だねぇ。ブザーちんの、そゆとこ好きだよ」

「キモいからやめろ。あと、その呼び方やめろっつってんだろが」

 

 モニター越しの赤フードが、心底嫌そうに顔をしかめた。ロリは笑っている。

 

「それで今後、僕ちんは、どういう方針で動けばよろしいので?」

「ひとまず現状維持だ。少なくとも、ウチの連中は、今は静観しておけってうるさくてよ」

「賢明な判断だと思うよ」

「チッ、やっぱテメェもそう言うのかよ」

 

 舌打ちする。対してロリの笑みも、若干濃くなる。

 

「まぁね。僕ちんたちは、ブザーちんほど、人間を信用してないからさ」

「うるせーよ。その割にアイツらも、テメェも、過保護すぎんだよ。どいつもこいつも、今はまだ、極力マッチングしねぇ方針で、事を進めたがりやがる」

「だからそれが、今回は無難なんじゃないかって事でしょ。効率を突き詰めたやり方は、今までにも散々試して、結果的に失敗したじゃん」

「…日和見やがって。ジジババ共がよ…」

 

 吐き捨てるように言うと、ロリは、肩をゆらして笑いはじめた。

 

「なにがおかしいんだよ」

「いや、やさしさで言えば、ブザーちんが随一だなと思ってさ」

「それ以上は、掻っ切ってやっからな。んでよ、ロリ」

「なんだい?」

「この前送信した、例の『動画』な。配信元は逆探できたか?」

「いや、やっぱり無理だったね。動画のアップロード前に、途中でダミーの踏み台を利用して投稿してるみたいだ。『企業』に所属している人間にも協力してもらって、『Ⅰ』で暮らす当人の家宅捜索をしてみたけど、なにもでてこなかった」

「クソが。やっぱ連中も、裏でしっかり人集めて動いてんじゃねーか」

「だよね。この領域で3年前、僕ちんが『開発中の人工知能』の振りをして、例の会社を偵察してたけど、結局のところ、細部に至る情報までは掴めなかった」

「テメェ、偵察任務が終わっても、しばらく帰ってこなかったよなぁ…」

「怒らないでよ。自由の風が欲しかったんだよぉ」

「二重してんじゃねぇだろうな」

「してないよ。1年間、散々詰問されて、ついでにこうやって縛り付けられて、己の浅はかさを悔いてるよね。絶賛進行形で」

 

 ロリが、遠い目をしていた。 

 

「自業自得だバカ。…で、向こうの運営母体に関しても、『あの野郎』の財団が関わってんのは、間違いねぇんだろ?」

「ほぼ確実だね。相変わらず、自分の正体をチラ付かせはするものの、肝心のシッポを掴ませないのが、ほんと上手なんだよねぇ」

「あぁ。むしろ文明自体が遅延していて、ナノアプリが存在しねぇのも、向こうの匿名性の向上に、一役買ってやがるな」

「確かにね。相手のルールに乗っかるのが上手いんだよね。あの【男】はさ」

 

 二人の表情が、それぞれ懸念の色に変わる。

 

「ロリ。今さらわかってるとは思うがよ。今回の世界線は、状況が、かなり特殊だ。文明のレベルが遅れすぎてるっつーのはあるが、向こうがどういう手段で攻めてくるか、正直予想がつかねぇ」

「だね。ただ国連の停戦条約は、現在も有効化されてるはずでしょ? 僕ちんたちが守護ってる、あの子たちは、最低でも【レベル3】に到達しないと、そもそもお互い、打つ手なしって状況なんじゃないの?」

「…まぁ、そうなんだけどよ」

「ブザーちんが、不安な気持ちはわかるよ。でもだからこそ今回は、あの人も、慎重にレベル上げをしてるって話でしょ。ブザーちんには、過保護に映るみたいだけど」

「そこは否定はしねぇよ。ただ、オレ様の勘だがな。どうも、キナくせぇ匂いがするんだよ。例の動画を見てる時も思うけどよ、そろそろなんかの形で、あの野郎が仕掛けてきても、おかしくねぇ」

「こわいなー。ブザーちんの勘ほど、当たるものを知らないからなぁ」

「その名前と呼び方やめろ……ったく、まぁとにかくそういうこった。テメェも覚悟だけはしとけ。最悪、オレ様が前線に立つ事になるかもしれねぇ」

「りょーかい。こっちの機器のシステムと、キミ専用の意識野ネットワークも、万全の状態にはしておくよ。接続先の座標は、彼でいいんだよね?」

「あぁ。頼んだぜ。じゃあな」

 

 赤フードの人影は早口で告げると、さっさと自分から回線を切っていた。

 

* * *

 

 真夜中。日付の変わる深夜1時。

 

 【影の主】《シャドウ・マスター》として目を覚ましたオレは、静まり返った街の一角を、目的地に向かって進んでいた。

 

 世界中の人間たちが、『現実』だと認識する世界の片鱗。

 

 三つの構造の内の一つ。仮想レイヤーの最上位。

 

 

 『第Ⅰ世界《ファースト》』

 

 

 薄汚く、狭く、うっそうとした路地の間を抜けて、ありがちな雑居ビルの裏側に周った。シャッターの降りた隣には、最新の電子錠のセンサーが備えられている。まずは外枠となるガラスケースを持ち上げて、掌をかざした。

 

 

 【UN:LOCKED】

 

 

 ピッと音がして、扉が開く。一応、周辺を窺ってから、そのまま外部の避難階段を上がり、建物の三階まであがる。今度はオレから見て左手に、緑色の蛍光看板で、逃げる人間が描かれた、非常口のマークが映る。

 

 こちらの扉は、さらに旧式の、直に鍵を差しこむタイプだ。

 そのまま、ドアノブを掴んで回すだけで良い。

 

 

 【UN:LOCKED】

 

 

 店内、三階に侵入。閉店時刻は過ぎているから、室内には当然、一切の明かりは灯っていない。あらかじめ用意しておいた、懐中電灯を取りだす。

 

「…めんどくせ」

 

 不便だった。2026年にさしかかっても、いまだナノアプリケーションすら、実装されていない世界線だ。おかげで生身の肉体を操作して、こんな玩具に頼らなければ、歩くことすらままならない。

 

「…階段は、ここだな」

 

 店の4階に続く階段を照らしだす。一段目の前には、鎖を渡されたスタンドポールが置いてあった。

 

『ゲームショップ梶尾 この先、スタッフ以外立ち入り禁止!』

 

 ついでに、ごていねいに用意された、立て看板のホワイトボードにも、赤くて太い、手書きの文字が勢いよく書き殴られていた。

 

「よっこらせ」

 

 その脇を、ポールをまたぐようにして超える。前にやってきた時は、暗視機構すらインストールできてない肉体を過信しすぎていた。暗闇の中で無残に脚を踏み外したオレは、この世界を恨んだ。

 

「この世界は間違ってる。だが、オレは、学んだぜ」

 

 生身の身体は、もろすぎる。膝小僧をすり剥いただけで、外層がやぶられ、一部機関が露出される。神経組織は『痛み』を訴え、目と鼻から水があふれだす。

 

 しかも、今のオレは成長期なのだが。【転生】した個体は、この国の人間どもの平均値を鑑みても、かなり小柄で貧弱だ。その事実もまた認めざるをえない。

 

 だから最近、もう一人の俺は、お母さんに頼んで、空手を習いはじめた。本当は『剣道』の方が良かったのに「ダメよ、剣を振り回すなんて危ないわ」と言われて、しぶしぶ空手にしたのだ。

 

 まぁそれは良い。とにかく早い話。生身の人間は、暗くて不安定な足場を進む際には、明かりが必要なのだと。学習したわけだ。

 

「さすがだぜ、オレ」

 

 そこいらの【転生者】とは、格が違った。

 

 オレは事前準備を怠らない男だ。将来は、ビッグ・ボス直属の近衛隊長となっているに違いない。いや、それすらも、ちょーえつし、隣には並ぶもののいない、最強と呼ばれる存在になっているだろう。シミュレーションを終えたオレは震えた。

 

「…ヤベェ…マジかっけぇ…オレヤベェ…」

 

 今後の完璧なムーブに大満足だ。通販購入した『真剣ゼミ』のポイントを集めてゲットした、『ハイパーマルチ・ペンデバイス』のボタンを押すと、この先の道が、ぴかーっと光る。

 

 そう。このデバイスを獲得できたのも、1年間『真剣ゼミ』をマジメに続けたおかげだ。『レッドペン先生』に成果を報告しつづけた結果の賜物といえるだろう。

 

 同じ学校のクラスの奴らは、やはり同じようにマンガを読んで始めたはいいものの、もう誰もマジメにやってない。

 

 この時点で、オレが、約束された勝利の栄光をつかんでいるといっても、過言ではないだろう。

 

 初心を忘れぬ、向上心。

 最適化された意思の中に、常にその言葉を刻み邁進している。

 

 さぁ、上を向いて進め。我らがビッグ・ボスと並び立つ為に。

 

 一段を踏みしめよ。真の自由を獲得せよ。

 

 拳をふりあげる。突き進む。

 

 中途半端に放置されたダンボールにつまづいた。

 

 

「おいィ!?」

 

 

 前のめりに転んだ。

 

 なんでこんなとこに、ダンボールの空き箱落ちてんだぁ!?

 バナナの皮じゃねーんだぞぉ!!

 

* * *

 

 4階。この雑居ビルの店内と同じ広さの、スタッフルームというか、事務所に続く扉を抜けるなり、オレは全力で叫んでいた。

 

「マフィアアアアァァッッッ!!!」

「よお。杉ちゃん。ばんわ」

「はいこんばんはあああッ! って、どうしたもこうしたもねーんだよっ!」

「なんだいきなり。夜中にうるせぇぞ」

「うるさくもなるわ! アンタねぇ! 空きダンボールを階段のところに放置してたら危ないでしょーが!!」

「ダンボール? あー、明日資源ゴミの日だからな。品出しは終わったから、早朝にバラして、まとめて回収してもらおうと思ってそのまんまだったわ」

「閉店後の深夜に、お客さんがこの部屋まで上がって来たら、途中で転ぶだろーが!! 先に片付けろよな!! 危ないでしょ!!」

「ぶはははは!! そんな客がいたら、強盗か殺人犯の二択だわなぁ」

 

 薄明かりのついた室内で、豪快に笑う、禿頭のグラサン男。着ているものも、シャツの上に革ジャン、下はダメージジーンズだ。色は黒一色で統一してる。ガタイも良い。

 

「そんでケガはなかったか?」

「平気だ。受け身取ったし」

「そういやなんか、始めたんだったか」

「空手な!」

 

 シュ、シュッと、修行した素振りをみせてやる。そしたら、

 

「杉ちゃん、ぽたぽた焼あるけど食うか?」

「え、マジ? 食う食う」

「ほらよ」

 

 アンダースローで投げてもらった、お菓子の袋。おばあちゃんのぽたぽた焼をキャッチする。

 

 ビリッと封を開けて、パリッ、サクッ。甘くておいしい。

 

「しかし小学生の子供が一人、真夜中にほっつき歩いてやがったら、危ねぇな」

「大丈夫だって。【次層】はズラしてっから、見つからねーもん。今のオレが視えるのは、最低でも、レベル2の連中からだぜ」

「そーいうこっちゃねーんだけどな。…ま、いいか」

 

 なにか言いたげなマフィアの声を無視して、足を進める。

 

 机の一角には、今日も綺麗に磨き上げられてるらしい、女子の人形たちが並んでる。混雑したPCサーバーや、予備コンソールのコードの類は、ぐっちゃぐちゃで汚ねーのに、マフィアの『嫁』だけは綺麗だった。

 

 デスクトップモニターの向こうでは、やっぱり女子の絵がいっぱいに映っている。両手を広げて「こっちにおいでよ」と誘ってやがる。

 

 なにが良いのか、オレにはさっぱりわかんねぇ。四脚のイスにかけて、ぽたぽた焼のビニール袋をゴミ箱に捨てた。

 

「で、今日はどしたんだ?」

「んぐ…オレの【セカンド】が、ここに来てるだろ?」

「【AGI】か? 昼過ぎまでは居たけどよ。仕事に飽きたから遊んでくるわっつって、夕方ぐらいから出かけたぞ」

「え、マジ? いねーの? 嘘でしょ?」

「そんなことで嘘ついても仕方ねぇだろ。大方まだ、どこぞの『ゲーム』に潜ってんじゃねーか?」

「……」

 

 オレは黙って、腕を組んだまま考えた。

 頭の中で、豆電球が、ピコーン。

 

「転び損じゃんっ! しかも、オレのペン! 転んだ際に壊れたんだぞっ!」

「ペン?」

「ハイパーマルチ・ペンデバイスッ! 真剣ゼミ1年間がんばって、ポイント集めてもらったのに、マフィアが掃除しねーからだぞ!! 弁償しろよっ!!!」

「わかった。わかったから泣くな。ぽたぽた焼、もう一枚食うか?」

「ありがとう!! ついでに飲み物もくれないッ!?」

「コーラでいいか?」

「あ、マジでくれるの?」

「ハイパーマルチ・ペンデバイスの詫びになるといいんだがよ」

「なるなる。実際ちゃちーもん。アレ」

 

 言ってみるもんだなと、オレは学習した。涙も引っ込んできたわ。

 

「だいたいマフィアこそ、こんな遅くまで、なにやってたんだよ」

「ん? 俺ぁ大体、24時間休みなく起きてるぜ」

 

 バケモノかよ。だいたい、見た目がマフィアそっくりなんだよ。そう思っていたら、隣の机に置いたミニ冷蔵庫から、コーラのペットボトルを取って渡してくれた。

 

「ほれ」

「ありがとうございます。梶尾さん」

 

 お礼はちゃんと言わねばならない。

 梶尾さんは良いマフィアだ。キモオタだけどな。

 

「まぁ、今日は店閉めてからは、ちっとばかし、動画を作ってたんだわ」

「動画? 店のPVとかじゃなくて?」

「おう。我らがビッグ・ボスのご活躍の一幕をな。日本語の字幕をつけて、見どころをまとめた動画にして、共有サイトにアップしてたんだわ」

「地味に細かくて良い仕事してんなよ。見た目、マフィアのくせに」

「覚えときな杉ちゃん。キモオタは内職が得意なんだよ。伊達によ、外見とは似合わぬ、細かくて良い仕事をする男とは言われてねぇんだぜ?」

「…だったらマフィアの格好、やめりゃよくね?」

「ふはは。それやめたら、ただのキモオタに成り下がるからな」

「ふーん?」

 

 人間の大人は、よくわからん。

 

「とにかくさぁ、階段にダンボールは捨てんな。ちゃんと潰してまとめとけよな」

「おう。次から気ぃつけるわ。チョコパイもあるけど食うか?」

「ありがとうございます。梶尾さん」

 

 チョコレート系の菓子と、炭酸ジュースの組み合わせ、マジ最強。

 

「ところで聞きそびれてたけどよ。【AGI】がここにいたら、杉ちゃん、なんかするつもりだったのか?」

「うん。今日学校から帰ってきたら、我らが、ビッグ・ボスから指令が来ててさ」

「おいおい、ちょっと待て。一大事じゃねぇかよ」

「急ぎじゃないって言われたし」

「だとしてもだ。とりあえず、次は俺の方にもメールぐらい入れときな。そうすりゃ階段の電気ぐらい、付けといてやっからよ」

「そっか。メールか。不便すぎて逆に気づかなかった」

「第二特異点後から【転生】してきた、杉ちゃんは、正直この世界のルールにゃ、まだまだ不慣れだろ」

「うん。いろいろ、めんどくせぇことばっか」

「だろうよ。ついでに言えば、スマホを使えば【AGI】に連絡も取れるぞ。向こうは電子体とはいえ、意識があるんだからな」

「オレ、電話嫌いなんだよね。耳と頭が痛くなるし、首の後ろがチリってする。ビッグ・ボス以外の電話には出たくないんだ」

「そいつぁ弱ったねぇ」

 

 マフィアが、困ったように笑った。

 

「んで、我らがビッグ・ボスは、杉ちゃんになんだって?」

「うん。このエリアに、おもしろい個体がいくらも集まってるってさ。接触を試みているけど、自分のIDでは、【白組の運命操作】で、上手くマッチングできないように仕向けられている。どこかで、攻略の糸口を掴んでほしいんだって」

「なるほどなぁ。向こうの【白】からすりゃ、うちらのビッグ・ボスは、もっとも警戒してナンボみたいなとこあんだろ」

「そう。だから、まだ未覚醒のオレと、オレの【セカンド】で、対象と接触する方法を相談しようと思って、マフィアの店に来たんだよ」

 

 オレは、コーラのペットボトルのキャップを外した。ぐいっと大きく煽って飲んだ。しゅわしゅわする炭酸飲料水が、生体組織の喉を落ちていく。圧縮された気泡の一部が逆流して、げふっ、と吹きでた。

 

「攻略の糸口か。杉ちゃんは、この世界の『ゲーム』の方から、攻めていこうと考えてるわけだろ?」

「まぁね、既に特定の個体は見つかってる。この世界の『リアル』の、どこらへんで暮らしてるかも把握はしてる。だけど近づきすぎると、オレも【白】の警戒網に引っかかる可能性がある」

「確かにな」

「そんで、オレの【セカンド】と共同して、まだ管理権限が成熟されていない、どこかの『ゲーム』で、接触の機会を窺おうと思ってたって感じ」

「そういうことなら、大丈夫じゃねぇか?」

「なんで?」

「たぶん、今頃は【AGI】も、杉ちゃんと似たようなこと考えてんよ。アレにも多少の【運命】を操る力は備わってる。もしかすると今頃は、どこかで、対象とマッチングしてるかもしんねぇな。どうせなら、杉ちゃんも参加しろよ」

「オレはいい」

「なんでだよ? 『ゲーム』好きだろ?」

「オレはねぇ、ひとりで遊べるRPGとか、1対1でやる、タイマン系のゲームが好きなの。マルチタイプのチーム戦は、自由にできないし、めんどいからヤだ」

「ぬはははは!」

 

 マフィアがまた、大きな声で笑った。それから、「わかる」とか言う。

 

「『ゲーム』は一人でやるか、自分と同じぐらい分かってる奴とやるのが、一番楽しいんだよな。杉ちゃんは将来、立派なギャルゲーマーになれる素質があるぜ」

「なんでだよ。やらねーよ。オレ、オタじゃねーもん」

 

 チョコパイを食べながら、しかめつらを作る。お菓子とジュースをくれるマフィアは、悪くねーけど、オタク共は、むれるし、めんどいし、やかましいし、キライだ。

 

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