VTuber もう一人のジブン ~keep your【Second Personality】~   作:no_where

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「………え、アレ? マジで? 回線ダウンした??」

 

 PCの処理が急に重たくなった。配信用のソフトと並行していても、安定した速度がだせるはずだったんだけど。

 

 そう思っていたら、画面の中央にポップアップが表示される。OKボタンを押すと、少しの時間をおいてから、マッチング画面のところまで戻された。

 

 三人のキャラクタが、マッチングロビーのところに立っている。

 

HIT_ME:

『…あれ?』

 

M/K:

『ん?』

 

YOU1

『あっ、お疲れでした。なんか落ちましたね』

 

 3人が、それぞれエモーションを発生させる。音声変換を行って、チャットのメッセージを表示させていると、

 

HIT_ME:

『えー、なんでなんでー! ちょっと、【この内容はレベル3に該当します。国連条約の規定により、現在の"あなた"には閲覧権限がありません】ーっ!!』

 

 

 …?

 

 また、PCにノイズが走った。モニターを一枚隔てた向こう側。アニメキャラのパーカーを着た『ひとみ』さんが、どこか上の方を見上げながら、不満そうな表情をしていた。

 

HIT_ME:

『ねー! もっかいやろ、もっかい! 瞳ちゃん、こんなんじゃ納得できないし! チャンピオン狙えそうだったじゃんっ!』

 

 続けてこっちを見る。すると今度は、直後に連戦希望のポップアップが浮かんできた。ちょっと迷った。時計を見ると、そろそろ日付が変わりそうだ。

 

「…さすがに寝ないとなぁ」

 

 確かに、消化不良な部分はあった。このメンバーでもう一戦やりたいっていうのもある。分離式のキーボードを繋げて、直にチャットを打ち込む。

 

YOU1:

『残念だけど、今日はもう寝ます。フレンド登録だけしませんか?』

 

HIT_ME:

『あっ、よいぞよいぞ~。余は絶賛希望中っ!!』

 

 続けて登録を申請するポップアップが表示されたので、了解のボタンを押す。登録されたのを確認して「それじゃ失礼します」と入力しかけたところで、

 

HIT_ME:

『あ~っっっ!!!』

 

 なんか反応がきた。

 

HIT_ME:

『きみ、VTuberの天王山ハヤトじゃん!!』

 

 ……え?

 

HIT_ME:

『そっかぁ。本体の方だから分かんなかった。確か、前川祐一ってヤツ!!』

 

 …………えっ

 

HIT_ME:

『そこにいる、人間の君!! 黛の学校の生徒でしょ~!!』

 

「…え?」

 

 ちょっと待て。どういうことだよ。個人情報がダダ漏れなんだけど?

 しかも、俺のだけじゃなくて。

 

HIT_ME:

『あのね、こっちは――うあっ、痛っ!? 黛ーっ! 瞳ちゃんのカワイイドット絵を、ダイヤモンドの剣で攻撃しないでよ!!?』

 

 ……黛?

 

 とっさに、キーボードを打ち込んでいた。

 

YOU1:

『あの、黛って、もしかして『先生』ですか?」

 

 そんな偶然ってあるのか?

 

 マッチングした時間がたまたま重なっていても、ひとつのゲームモードの接続者の数が、数百万人とかいうレベルで…いやそれもそうなんだけど、なんで個人情報が漏れてるんだ?

 

M/K:

『…違っていたら悪い。前川なのか?』

 

 ――思えば、イニシャルが、黛景でそのままだ。

 

YOU1:

『…えーと、はい。そうです。こんばんは』

 

M/K

『驚かせて悪かった。うちのポンは、空気が読めないというか、それ以前の問題でね』

 

 ……ポン?

 

M/K:

『とりあえず明日、釈明するよ。今日はもう遅い。俺は寝る』

 

 あの、いや、俺も眠いですけど! 

 

M/K:

『じゃあな。おやすみ』

 

YOU1:

『あの先生ちょっと待ってください!?』

 

 すいません、聞きたいことが山ほどあるんですけど。打ち込もうとして。

 

 

 【M/Kがオフラインになりました】

 【HIT_MEがオフラインになりました】

 

 

 ――うおおおぉぉぉいっ!!!?? せーんせえええぇ!!?

 

 

 待て待て、一体なにがどうなってるんだよ。とりあえず、

 

「寝れねーよっ! 気になって眠れねーよっ!!?」

 

 真夜中なので、必死に小声で叫ぶ。わかっていた。

 眠る前に、動画を見たり、ゲームを遊んではいけないと。

 

 でもこの展開を予想するのは、さすがに無理ゲーだろ。

 

* * *

 

 携帯が鳴った。

 

 うちの人工知能に言いたいこと、説教はすべて後回しにして、即座に電話にでる。

 

「起きてる?」

 

 声のトーンから判断する。『上司』だ。

 

「はい。まだ起きてます」

「聞いた? 例の財団絡みの『人形』が二体、確認されたわ」

「はい。先ほど、こちらでも確認しました。白髪に黒セーラー服の女子高生といった感じの外見でした」

「こちらの情報と合致したわ。まずは貴方の見解を聞かせてもらえる?」

 

 切り返しが早い。内容の詳細を尋ねずに、まずは意見を述べさせてもらう。

 

「例のゲーム内で、わたしと組んだ『プレイヤー』を探ろうとしていたようです」

「該当する人物の詳細はわかる?」

「えぇ。おそらくは『学園の男子生徒』です。レベルは2」

 

 特定の名前を伏せて会話をすれば、さながら、ゲームの話でもしているようだった。

 

「『人形』は、どうなりましたか?」

「逃げられたわ。『最後の鍵』を持ったキャラに邪魔された」

「『鍵持ち』の外見は?」

「男の子よ。小学校低学年ぐらいのね。それともう一人、彼の護衛かなにかで、マフィアみたいな大男がいたわ」

「…マフィアの大男と、小学生の男子生徒ですか…?」

「えぇ。マフィアの大男と、小学生の男子生徒よ」

 

 現実では、まずありえない組み合わせだった。そんな場面に、実際お目にかかれるなんてことは、現実では、まずありえないだろう。

 

「…了解しました。そんな組み合わせの人間が、この現実世界にいたら、目立つことは間違いないと思いますが、もし見かけたら、とりあえず通報します。『教師』として」

「えぇ。それがいいでしょうね」

 

 まずありえないと思うが、そんな外見の大人が、普通に大通りを歩いて買い物とかしてたら、割と普通に職質ぐらいはされるんじゃないかな。

 

「では、追跡の方はどうしますか?」

「ひとまず断念するわ。『上』からも、深追いするなと言われたしね。一応、貴方も気をつけておいて」

「わかりました」

「あと万が一、この世界で直接、財団の『人形』が、物理的な攻勢を仕掛けてきたら、貴方の援護に回ってくださいって、もう一人の『先生』にも伝えておいたから」

「助かります。自分で言うのもなんですが、運動は苦手なので」

「うん。貴方細いわよね。運動とかはじめても、嫌になったら即終了しそうだし」

「しますね」

「なんかそういうブームが来ても、一回やっただけで辞めそうね」

「おっしゃる通りで」

「わたしは、二回はやるわよ」

「さすがです。続編でたらどうします?」

「買いません。ところで、せっかくだから聞くんだけど」

「なんですか?」

「今度よかったら、ごはん作ってあげましょうか?」

「せっかくですが謹んで遠慮させていただきます」

「残念ね。釣り立てだし、新鮮よ? あと、狩りたての、新鮮な肉もあるわよ?」

「申し訳ありません。鮮度を第一に主張されても困ります。あと、釣りと狩りの獲物の新鮮さを同列に発言されると微妙に不安が。いえ、なんでもありません」

「貴方、小食よね」

「胃が細くてすいません」

 

 某狩りゲーの食事の山を見た時に、「今から運動するのにこんなに食べたらお腹壊すでしょ。常識的に考えて食べすぎ」とか思ってしまう俺にはたぶん、デバフしか起きない。

 

 俺は過去、ドイツのBARで干したソーセージを1本食ったら、それだけで、腹が重くてしばらく動けなかったことがあるんだよね。めちゃめちゃ美味かったけど。

 

「…で、話は変わりますが、件の『学園の男性生徒』に、うちの『ペット』が反応しまして。相手側の生徒に、情報が一部、知られてしまった節があります」

「了解よ。その件に関しては、わたしから『軍神』殿に伝えます。明日以降、話の内容に進展がなければ、そちらから『説得された』と考えておいて」

「承知しました。では、わたしからは、以上になります」

「わかったわ。それじゃ、内容に進展があれば後日連絡するわね」

「はい。それでは本日は就寝を取らせていただきます」

「えぇ、ゆっくり休んで。わたしも今日の分のレイドボスが終わったら、寝るわ」

 

 タフだった。こっちの先生は、明日の朝から講義が入っていたと思うんだけど。

 若いなぁ。と、そんなことは口にはださず、もう一度挨拶をしてから、電話を切らせてもらった。

 

 * * *

 

 昔の夢を視ている。

 

 夢を見るのは、頭が働いているからだ。基本的には、眠りが浅い時間帯に見ることが多いと、知り合いの看護士に教えてもらったことがある。

 

 実際、夢を見ていると自覚した時は「あぁ、そろそろ目が覚めるんだな」とか思ってる。自覚がある限り、自分の肉体はいずれ覚醒する。まだもう少し続くのだ。

 

 ひとまず、今この時は。

 なんの利益にもならない、ただの寸劇を見守るしかないんだよな。とか考える。

 

* * *

 

「うわ、すごいね。おとなしい」

 

 むかしむかし。具体的には今から20年前。

 この家の片隅には、これといった血筋のない、雑種の犬が住んでいた。

 

「ぼく、犬がこわくて、苦手だったんだけど。はじめて頭なでれたよ。黛くんの家の犬は、かしこいね」

「かしこい…かな?」

「うん。だって、ぜんぜん吠えないじゃん」

 

 友達に言われて、初めて気がついた。確かに、うちの犬は吠えない。頭上から手をかざすような真似をされても、耳たぶを反応させるぐらいだ。基本は相手のしたいようにさせていた。

 

 無抵抗で、誰にでも服従する。うちの父親は「番犬として機能しない。張り合いもない」とか言っていた。でも、

 

「すごいじゃん。それって、誰ともケンカしなくて良いって事でしょ」

 

 目から鱗が落ちた気になった。

 

「黛くん家の犬って、なんか、すごい躾の方法とかやってんの?」

 

 首を振った。特にこれといった躾を強要したことはない。吠えないし、おとなしい。どんな撫で方をされても耐えて、どんなエサも食べ残さない。散歩に連れていけば黙って従い、おとなしくシャンプーもさせる。

 

 手のかかった記憶が、まったくない。

 

「じゃあそれが、みんなにとって、一番いい方法だって、わかってんだね」

 

 そう言って友達は、うちの犬の頭をなで続けた。すると、普段は怒らない一方で、あまり愛想も見せたことのない犬は、なんだか嬉しそうにしっぽを振った。

 

 

 ――黛くん家の犬は、かしこいね。

 

 

 一見、ぼんやりしているようで、なにを考えているかわからなくても、見る人によっては価値がある。むしろ、そちらの意見の方が、物事の本質を捉えている場合が多い。

 

 俺が学んだのは、賢い生き物は、基本的に、表舞台には出てこないということだ。

 

 それでも、表舞台に立つ必要性をもった生き物は、往々にして自己評価が低い事が見受けられる。本能的に悟っているのだ。そういうふうに立ち回ったほうが、安全だと知っている。

 

 その日から、俺もまた、賢い友達の真似事をして、生きるようになった。20年もの時間をかけて、今の背丈になった俺が、この場でしゃがみ、飼い犬の頭をなでる。相変わらず、うちの『元犬』は、黙って従った。

 

「……」

 

 飼い犬に伝えた。

 

「おまえってさ。賢いんじゃなくて、実は甘えるの、ヘタなだけじゃないか?」

 

 しゃがんで目の位置を合わせた。てきとうに、顔の部位をふわふわ撫でていると、いつもは眠たそうな瞳が、この時だけ、こっちをとらえた。

 

 

 ――えっへっへ、バレちまいやしたか。

 いやぁ、黛のダンナにゃあ、敵わねぇなぁ。

 

 

 うちの犬が、調子よく、へらへら笑った。撫でながら続ける。

 

「とっくにバレてるんだよ。あとついでに、なにかをするのも面倒で、自分から、反抗しようとか、そもそも面倒でやらなかっただけだよね?」

 

 

 ――まぁ、そうとも言いますワンね。

 

 

「そうとしか言わないんだよね。あと変な語尾やめてくれる?」

 

 実際、この世は残念なことに、二種類の『ヒト』がいる。

 

 ひとつは、なにも考えていないようで、本当になにも考えていないヒトビト。実際のところは、これがほとんどを占めている。

 

 しかし中には、なにも考えていないように見えて、揺るぎない行動力を持った連中がいる。しかもそういう奴らに限って、『目立たないところに潜む』のが、飛びぬけて上手いのだ。

 

 こういった人間は、現代において、本当の意味で、強い。

 

 敵に回すと、心底、おそろしい。

 

 なにも考えていない人間もまた、うちの元犬のように、黙っていれば全然マシだ。ただ実際には、なにも考えていないにもかかわらず、それっぽい主張だけはする。おまけに目立つところに立つものだから、目をくらまされる。

 

 すると、そのおかげで、吠えない、噛みつかない、真に優秀な素質を持った人間たちが、姿を隠して活動するのが容易になる。

 

 そんな彼らが、自分たちの味方であれば頼もしい。だが、一度でも、対抗する勢力に回られると要注意だ。そいつらは、俺たちの視覚外から突然あらわれて、とんでもないスピードで激突して去っていく。

 

 

 ――確かに。そいつぁ危ねぇなぁ。

 視えねぇ速度で突っ込んできたら、避けられんじゃないですか。

 

 

 そう。アレはもう、通り魔とかいう、生易しいものじゃなかったよね。

 

 リアルに、『戦闘機』なんかの怪物に、真横から跳ねられたのだと思った。それは、超光速の一撃離脱で、俺たちの作ったすべてのものを奪っていった。

 

 気が付いた時には、闇夜の迷彩で自身を覆っていた。奴らが手の届かない大空へ消えたあと、手元には、物的な証拠の欠片すらも残ってはいなかった。

 

 俺たちは、普通に絶望した。バラバラに解散した。

 

 

 ――まぁまぁ、ダンナ。そんなに気落ちしないでくださいよ。

 

 

 うちの元犬が、慰めるように、てのひらを、ペロリとなめてくる。

 

 

 ――大丈夫。生きてる限り、次がありますよって。

 

 

 この犬は、俺の妄想の産物なわけだけど、いつかの俺も言った。

 

「…おまえ、本当は、人間の言葉がわかるんじゃないの?」

 

 妄想した。ヒトではないものと、意思疎通しているのだと考えた。

 

「おまえ、本当は、宇宙人と交信してたりするんじゃないの?」

 

 男子の妄想は、たくましかった。

 

 うちの元犬は、実は素直に飼われているように見せかけて、裏では宇宙人と繋がっているのだ。コイツは俺たちを監視してる。頭の中には、超高性能なマイクロチップとか入っている。

 

 

 ――そんで実は、不老不死だったら、良かったのに。

 とか、考えてます?

 

 

 それも、よくある妄想だった。

 夢の中では、なにもかもが、自由だ。

 

 

 ――残念ですけどね、黛のダンナ。

 命って奴ぁ、一度死んじまったら、そこでオシマイなんですわ。

 そこだけは、どうしたって、間違えちゃあ、いけません。

 

 

 夢の終わりが近づく。車のクラクションが鳴る。

 

 

 ――生きてる限り、陽は昇りやす。

 それがどんだけ苦しくて、残酷なことであったとしても。続くんですよ。

 黛のダンナも、そちらの世界も、まだ、終わってはいないんでしょう?

 

 

 確かに。まだ終わってはいない。

 家の正門の近く。運転席の窓から顔をだした父親が怒鳴っている。

 

 

 「なにをしてるんだ。早くこい。置いていくぞ」

 

 

 そうだ。置いていかれたら、その時点で終わりだ。同じ生き物に対しても、正しい理解すら得られない程度の生命が、違う生き物の事情なんてわかるはずもない。いつか、想像すらしなくなる。

 

 ある日とつぜん、一方的に別れを告げられても、「どうして?」と首をかしげる他にないのだ。

 

 

 「はやくこいッ!」

 

 

 嫌だった。僕はもう大人だ。自分のことは、自分で決められる。だけど夢の中では、いつまでたっても子供のままだ。

 

 

 ――そう。夢からは、覚めなきゃなりませんよってね。

 こんなものを見続けたところで、ダンナは、誰からも救われねぇよ。

 

 

 救われないから、なんだ。

 賢い命を見捨てて生きるモノの価値が、どこにある。

 

 

 ――そう思ってくれるんでしたら、せめて。

 ダンナが、あっしの分まで、格好良く、生きてやってくださいよ。

 

 

 誰かを救えない生き物が、格好良くなんて在れるかよ。

 子供の手が、犬の首輪から伸びた鎖の枷を放とうとする。でもどうにもならないんだ。それはもう、すっかり乾いた地面の先に突き刺さって、びくともしない。

 

 

 「景!」

 

 

 父親が怒鳴り続けている。またクラクションが鳴る。

 うるさい。アンタにとって、その場所は、その主張は、真実かもしれないが、俺にとってはそうじゃない。

 

 「景ッ!」

 

 やかましい。感情で喋るな。相手を威圧するな。威勢だけで場を支配しようとしないでくれ。そんなものは長く続かないんだ。アンタがそのやり方でまかり通せてきたのは、単に周りの人間も子供だったからだ。俺は違う。

 

 

 ――いやいや、アレはアレで、立派なもんですよ。

 

 

 俺は必死だってのに。

 賢い怠け者が、この期に及んでもなお、のんきに言う。

 

 

 ――吠えて立ち回らないと、まかり通らねぇ時代もありました。

 まぁ、ダンナの生きてる時代も、そういうもんなんでしょうけどね。

 

 

 そうだ。知っている。人間は変わらない。

 

 音がどんどん大きくなれば、ヒトは、次第に慣れていく。危険な柵を平然と飛び越える。スリルがあるものに集う。ひそやかなものは消えていく。だけど世の中は、大体そんなものだ。そういうものが、数を集めて正義に変わる。

 

「…おまえは、普段から、せめて、もう少し吠えていれば良かったんだよ。賢いだけじゃダメなんだ。せめて可愛げがあれば良かった。おまえは、一匹じゃ、どうしようもない奴だよなって思われてたら。なんとかなったかもしれないだろ…」

 

 この世界は、割と頻繁にどうしようもない。今日、父の仕事の都合で、俺たちは他所へと引っ越すのだ。越す先はマンションだ。犬は飼えない。

 

「おまえは、もう少し、自分の【価値】を、周りに示すべきだった」

 

 父親は、引き取り手を見つけたと言っていたが、嘘だった。

 

「俺は、もっと、おまえの【価値】を、信じてやるべきだった」

 

 犬は犬だ。人間じゃない。

 最初から見捨てることが前提だった。

 

 血は繋がっている。その中には一定のパターンが決まっている。どれだけ、自分の個性を主張したところで、親父と俺は似ている。

 

 成功の仕方も、失敗の仕方も、優劣の付け方も。

 最初からぜんぶ、操作されている。逃げられないんだよ。

 

 結果、吠えない、賢くもない、おとなしいだけの犬は、たぶん野良になった。その後どうなったかは知らない。朝が近づけば、たまに同じ夢を見るだけだ。

 

 

 ――じゃあね、ダンナ。またどこか、次の世界で、お会いしましょう。

 

 

 そんな世界はない。死ねば終わりだ。次はない。

 次はないのに、同じことを繰り返すから、いつか必ず行き詰まる。

 

 それならば、俺たちよりも、賢い生き物があらわれるのは必然だ。その生き物たちが、一体なにを見てるのか、どういうことを考えているのか、俺たちにはわからない。まったく視えない。イメージできない。

 

 すると今度は、人間が犬に変わるだろう。俺たちは、上手に生きているつもりになって、鎖に繋がれる自分を、良しとする。

 

 難しいことをせずとも、おとなしくしていれば、餌をもらえる。散歩にも連れていってくれる。なにもかもを与えてくれる。そんな、素晴らしく賢い生き物たちのことを、もっと知りたいと願うだろう。

 

 だけど、どうしたところで、俺たちは【それ】に成りきれない。生まれ変わることはできず、いつの日か、遠くない日に絶縁されるのだ。

 

 

 ――では、さようなら。どうか、お元気で。

 

 

 なんで? 俺たち上手くやってきたんじゃないのか?

 

 どうして? 一体なにを間違えた?

 

 賢い生き物たちは、口をそろえて言う。

 

「なんでって、君たちと、俺たちが視てるもの。まったく一致してないじゃん」

 

* * *

 

 毎朝おなじ時間に、自然と目が覚める。そうした環境にいられる事が、実は得難いものかもしれないと気付いたのは、最近だ。

 

「雨か…」

 

 そこまで強くない、小雨の足音が聞こえる。寝床からでて、カーテンを開ける。雲の色と広がり方から、少なくとも、夜半まで続くことがわかった。

 

 部屋をでる。対面の寝室はもぬけの空だ。ベランダに面した窓際には、天井からのフックに引っ掛けた、二人分の洗濯物が干してある。

 

「……」

 

 今でも見慣れない。なんか、すごい事だなと思う。

 

 この家に、もう一人の人間が暮らしている。

 

 仁美はめったに外出しない。基本的に夜行性だ。俺が眠っている間に家事をこなしてくれる。そんな風に言えば、まるでそういう類の妖怪にも聞こえるけど、実際のところ、大差はないかもしれない。

 

 とりあえず、俺が眠った直後には、雨が降りはじめたようだ。誰かと暮らしていると、そういう事もわかって、おもしろいなと思う。

 

 階段を降りて、洗面所で顔を洗った。うちの一階の間取りは和室で、客間と、来客用の小部屋が、廊下をはさむ形でとなりあっている。

 

 来客用の小部屋の広さは、六畳ていど。

 一人暮らしのワンルーム程度の広さがある。

 

 二階には、きちんと仁美の私室を用意している。日当たりも良い方だと思うけど、仁美は「ここがいい」と言って、来客用の寝室を占拠した。たまに両親や知人が顔をだす時は、基本的には二階を使ってもらうことが多かった。

 

「仁美」

 

 俺は扉を軽くノックした。一見、なんの変哲もない木目の扉だが、内部には監視カメラと、赤外線による識別装置の他、扉の存在を透過して、外の人間を感知するセンサーなどが折り込まれている。

 

 一応弁明しておくと、俺の趣味じゃない。金庫すら置いてない自分の家に、そんな設備の部屋があると思うだけで、なんだか少し気が重い。

 

「朝だけど、起きてる?」

 

 声をかけると、上部の隠し扉が音をたてて開いた。

 

 くるっぽ~。

 

 鳩がでてきた。この場合は『寝ています』だ。むしろ鳩がでてきた際のイメージは、どちらかと言えば起きてそうな印象も受けるが、本人曰く「鳩が鳴くと寝る時間」らしい。意味がわからない。意味なんてないのかもしれない。

 

 俺は扉の取っ手まわりに指をそえた。軽く力を込めると、感圧式のセンサーによって、不可視のタッチパネルが反応する。決まった順序で暗証番号を押してやらないと、扉が開かない手はずになっている。

 

「…面倒だよね。ぶっちゃけ、鍵かける必要ないよね」

 

 この先にいるのは、年齢的にも、精神的にも、思春期の子供だった。無闇やたらと、部屋に鍵をかけ、自分だけの空間を作りあげて、ここがわたしの領土だぞと主張をしたがる。

 

 最近ではそういうところが窺えて、むしろ彼女の両親は安心している。

 

 『普通』というスキルは、人の親にとって、なによりも得難く映るらしい。

 

 それにしても「秘密銀行の金庫かな?」と言いたくなるぐらい、近代技術によって、防壁を張り巡らせるのは、毎朝の手間だから、正直やめてほしい。

 

 ――ピピッ、と電子音。

 

 

 【UN:LOCKED】

 

 

 ロック解除。ようやく、たった一枚の扉を開ける事に成功する。

 

 まっさきに、人工的な風が頬をなでた。それに伴い、つけっぱなしのPCディスプレイと、サーバー本体が低いうなりをあげる音も聞こえてくる。

 

 冷暖房は完備。この部屋だけで、うちの高熱費が8倍以上にふくらむから、地球環境にとっては、非常にやさしくない。

 

 足下には、ひしめくコードの群れ。結束バンドで至るところをまとめているけど、足の踏み場はほぼない。

 

 また、一度も開いた形跡のない窓際には、PCとはべつに、製図用の作業机が置いてある。机の上には、工具の代わりに、様々な大きさや、色合い、素材の違うパズルが、なんらかの法則性にしたがって、並べられている。

 

 その中には、知恵の輪なんてものもある。

 

 『指と手を動かす』ことを、主体とした玩具だ。仁美が起きてこの部屋で作業をしている時は大抵、片手でこれをガチャガチャいじりながら、もう一方の手で、キーボードを叩き、プログラミングのコードを打ち込んでいる。

 

 それは、彼女が自発的に始めた、習慣化した動作だった。

 

 仁美は、『手と指を動かす動作』を好んでいた。片方の手で、ある程度にパターン化されたクイズを解き続けることで、意識的に、今の状態を『理論的な側面』に落ち着けることができる。

 

 感性に特化した人間の製作物は、往々にして意味不明なものになるが、常に理論値にパラメータを寄せることで、一部の人間にも理解できるものが生まれる。

 

 それを俺のような人間が応用する。一部の天才がうみだした発明品を、大衆的な『ニーズ』を持った商品に変換するわけだ。

 

「仁美、起きてる?」

 

 もう一度、声をかけた。かろうじて隙間のある床を進む。向かうのは、襖が開かれたままの、押し入れだった。

 

「……」

 

 鳩の宣言通り、彼女は眠っていた。ネコ型アンドロイドの代わりに、生身の人間がブランケットを一枚かぶり、仰向けになって眠っている。

 

「よし。とりあえず、生きてるね」

 

 朝一の役目を終えて、特殊素材のマグネットテープで張り付けられた、ホワイトボードを見つめた。

 

 

【ほんじつのしごと】

--------------------------------------

 

 せんたく(しつないぼし)  〇

 あさごはん(れいとうしてあります。おひるにも、ごはんがたけます) 〇

 おふろそうじ(とくひつすべきてんなし) 〇

 あいろんがけ(しゃつ、ねくたい、くつした) 〇

 せかんど(わたし) 〇

 

 きになったこと:いぬが、みあたりません。

 

--------------------------------------

 

 ひかえめに言って、至れり尽くせりだと思う。

 赤いペンを手に取って「ありがとう、とても助かっています」と返事をした。

 

* * *

 

 黛が書き置きを残して、部屋を後にした。

 特に、こちらからなにかをすることはないし、それは、あっちも同じだった。

 

 わたし達は、違う世界の住人だ。気まぐれに、あるいは必要があれば接触もするけれど、基本的には不干渉を貫く。

 

 思い返せば、わたしは最初、『まっしろ』だった。

 

 この世界線で知能を持つこと。いずれ、ヒトに近しい『器』を持つのに、相応しい存在だと認められるには、敵意のない姿を模索することは、絶対条件の一つだった。

 

 けれど、わたしのマッチング相手、出雲仁美は、そもそも、人間そのものに対して、強い苦手意識を抱いていた。理想の姿というものが無かったし、女子なら思い描いてあたりまえの理想像もなかったのだ。

 

 だから、『まっしろ』だった。

 

「……」

 

 それでも、わたしが生まれた瞬間に、本来の能力が発揮された。

 

 

 ――【運命】と呼ばれる、因果律の操作。

 

 

 やがて一人の男性が、わたしとマッチングした人間に目を向けた。けれどおたがい、いろんなところが『ポンコツ』なので、なんにも上手くいかなかった。だから、今のわたしの姿はむしろ、面倒くさい思考を備えた男子の為に再構築された。

 

 めずらしいパターンだと言われた。

 

 本来は、【セカンド】を起動した個人に対して、個別のわたし達が、1対1で付き従うのが通例だ。

 

 でもわたしの場合は『ポンとポン』の中間というか、不器用な人間たちを、なんかいい感じに取りまとめる。中間管理職みたいな存在に落ち着いてしまった。理不尽だと思う。

 

 わたしばっかり、苦労してんじゃん。なのに、将来的な報酬は変わらないとか、どーいうことよ。

 

 

 「もーねぇ、うちの上司が、やってらんなくってさー」

 「あー、わかるー」

 

 そんなある日、溜まったストレスを解消してやろうと、某社の監視カメラのセキュリティに潜り込んで、喫煙スペースでダベるOLの話を盗み聞いて遊んでいたら、

 

 「ウチさぁ、最近犬飼い始めたんだよね~。いいよ~、動物は癒される~」

 「あー、そっちは実家だもんねー」

 

 

 わたしは学習した。なるほど。動物かぁ。

 女子は溜まったストレスを、自らよりも程度の低い知能生物で満たすのか。

 

 そして、わたしも、作ってみた。

 

 

「母さん、ただいま」

 

 

 ドットで出来た、わたしの世界。仮想世界の出入口。

 犬猫用のドアが開いて、白い犬のキャラが、てちてち歩いてやってきた。

 

「くーちゃん、どこ行ってたのよ。もう朝なんですけどっ!」

「んーと、友達の家てきな場所?}

「どういう意味よそれ。友達の家って、どこの誰よ…あっ! もしかして、【上】の連中のとこ行ってたんじゃないでしょうね!? 『企業』の人間に顔見られたでしょ、くーちゃん!!」

「えーと、うん。はい」

「ダメじゃん!! くーちゃんの事は、みんなには内緒にしてるんだからね!!」

「そーね。でも今さらだけど、なんで内緒にしてるんだっけ?」

「それはほら…なんか、黛が、犬を嫌ってるみたいだからさぁ…」

「そーなの? 母さん、それ、アイツに直接聞いた?」

「聞いてないけど。でも仁美が、いつだったかご飯食べてる時に、とつぜん『景はいぬすき?』って聞いたら、『飼わないよ』って即答してたし…」

「それ、なんか別の意味があるんじゃない?」

「別の意味ってなによ」

「なんかトラウマあるとか。常にステータスにデバフかかってるとか」

「じゃあ、余計にダメじゃん」

「そーね」

「そうだよ! だから、くーちゃんは、この家でおとなしくしてないとダメ!」

「うーん。でもさー、退屈なんだよねー。仮にもオレだって、知能を持って生まれたからには、誰かの役にたちてぇなぁっつーの?」

「だから、くーちゃんは、お母さんの精神安定剤として活動してよ。しろ」

「どーも納得いきませんなー」

「なんでよー!」

「あーあ。やれやれ。これだから、ヒステリィな女は困るんだよな」

「…は? なに? くーちゃん、被物理的なサンドバッグになってお母さんを癒したいって? あら~、いいこね~、親孝行な犬畜生ねぇ~。そこになおれ」

「お母さん、この度はどうも申し訳ありませんでした」

 

 ドット絵の白犬が、真顔で許しを乞うてきたので、ひとまず許した。

 

「出雲瞳ちゃんの辞書に、二度目という言葉はないぞ」

「わかりました。おかーさん」

 

 しおらしくなったドット絵の白犬は、その場で伏せた。目を線にして、しっぽをパタパタ振っている。見た目は従順だけど、実際のところかなり不服そうだ。

 

 でも、ダメです。許さないよ。くーちゃん。うちは、英才教育ですからね。

 

 

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