VTuber もう一人のジブン ~keep your【Second Personality】~ 作:no_where
* * *
午後六時半。
すっかり残暑も遠のいた季節。
この時間になれば、夕陽も沈んで、辺りはまっくらになる。
駅付近の表通りから、少しだけ道をはずれた場所にありがちな雑居ビルは、尚更だ。若干、うさんくさい感じのネオンサイトの看板には『ゲームショップ』という文字が、けばけばしく光っている。
一階は主に、『トレーディング・カードゲーム』を販売していた。
店内の片隅には、カードゲームが遊べる、フリースペースが数席ぶん設けられている。ついさっきまで、高校生ぐらいの制服をきた学生たちが、「俺のターン! トラップカードを発動!!」とか言っていた。
フリースペースの側には、鍵の付いたショーケースが並び、その中には、高額なカードが飾られている。
現代の人々から、求められるもの。今この瞬間に、輝かしい光を放つもの。
いずれもが、単体でのスペックが高い。他のカードと組み合わせると、なんらかのシナジーを発揮することも多いが、基本的には、その一枚があれば、戦局を左右するほどの【力】を持っている。
けれど、敷地スペースの都合上。見栄えの良い、巨大なショーケースは、どうしたところで場所を取る。だからその周辺には、プラスチック製の棚が組み立てられ、そこに掛けられたフックに、大量の『二級品』が重ねられていた。
一枚ずつ、簡易の防犯シートが覆われている。まとめて束となったものの中には、かつては向かい側のショーケースの中に、堂々と鎮座していたものも混じっている。
昔は華々しく飾られていた。けれど、ゲームと呼ばれる世界の更新によって、よりシンプルに強いものに、取って変わられた。
古いものは求められなくなった。選ばれなくなった。
その価値を、輝きを、永遠に失った。
世代交代と言えば、まだ聞こえは良いかもしれない。
世界はより美しく、新しく、高度なものに変わっていく。
そうしたものが生き残るのは、必定だと言えるかもしれない。
――そんなことはない。逆だった。
該当する世界は、ある一定の段階まで到達すると。消える。
『完全新規』の、同じルールを持ったものが、ふたたび台頭するからだ。
世界が一新されると。
カードの強さ、ステータスは、ふたたび初期値に戻される。
そこからふたたび、定期的に新弾が登場をはじめる。数値は、同じような段階を経て上昇する。テキストは長くなり、ルールが複雑化の一途をたどる。次第に「難しくて付いていけない」という人々が現れはじめる段階で、べつの新規が現れる。
消費サイクルが、できあがっている。
そして過去の媒体は、使用可能な環境《フォーマット》を失うと、二度と遊ぶことができなくなる。カードは単なる紙切れと化して、廃棄される。
価値などなかった。元から死んでいた。
新しきものの、代替品にすらなり得なかった。
大元の、循環《サイクル》を回すだけの、使い捨ての燃料だった。
それが分かっていれば、そもそも、こんなものに手を出そうとは考えない。あまつさえ、すでに型落ちを始め、色あせつつある、中途半端なレアリティのカードを窃盗して、前科がつくとか、くだらなすぎて笑えてくる。
そう。本当に、男の子って、バカよね。
『――いいのかしら? それを持って帰ると、後悔することになるわよ?』
二束三文の紙切れを飾った棚の前で、立ち止まっていた男の子。地元の中学生の制服をきた少年に、私は声をかけていた。ほんの一瞬だけ「ビクッ!」と、その場で全身を震わせたあと、
「……?」
半泣きの表情で、私の方を仰ぎ見た。それから、視界の隅に捉えてはいるのだろう、レジカウンターの方を見つめた。ズーム機能を使わずとも、「気のせいかな…」という顔をしている。
『――そんな死にかけの怪物の為に、キミの【価値】を遠ざけたいの?』
私も一応、この店の『店員』だ。働くからには、最低限の対価は支払う。
一階はただでさえ、細々とした物が雑多に混じる。目の届かない場所も少なくない。それでも、商品を手に取る前から、店主の同行を、それとなく窺っている素振りをしていれば、元よりすぐに、窃盗する気があるのだと分かった。
『――どうせ、そのモンスターも、すぐに役立たずになるわよ』
こんな回りくどい真似をしなくとも。警報ベルを数度鳴らせば済む話ではあるけれど、たまには余計なおせっかいも焼いてみたくなるのだ。
――でも、これがあれば、今、ギリギリで、そろうんだよ…。
それは、男の子が描いた理想《デッキ》に近づくための、最低限の鍵らしい。
たぶん月々のおこづかいは、千円とか、その程度なのだろう。対して、その手の中にある、型落ちの、角が少し欠けてしまった、スーパーレアカードのお値段は、千二百円だ。
アンタ、先月は、一万八千円で、どや顔で飾られてたのにね。
環境の変化って怖いね。それでもどうやら、この一枚を組み込むことで、まだ舞える。どうにか、今の環境でも戦えるらしかった。
――最低でも、コイツがいないと。ダメなんだ。
ぼくは、そもそも、勝てないようにできてるんだよ。この世界は。
オリジナリティを展開するには、そもそもの『軸』が必要不可欠だ。そういう想いが、ゆれる瞳の奥に視え隠れする。
私だったら、そんな遊びは、早々に見切りをつけて辞めてしまう。
だいたい手にしたカードと違って、人間は、自分の【価値】《テキスト》を、如何ほどにも変えられるご身分のはずでしょ。他人の手によって、作られた環境に固執して、自分の人生を棒に振る人間が多すぎる。
『――キミみたいな、あきらめきれない子供が、大勢いるからいけないんだよ』
汗を流すことも、泥に塗れることもなくなった大人たちが、一方的に有利なルールを作りあげる。後から口を挟むだけで、自分たちだけが儲かる仕組みを維持してしまう。
『――それはね。キミみたいな連中が、自分たちの【価値】を下げているからよ』
他人を利用して、自分の手柄にする奴は、クズかもしれないけれど。
その事実にすら無自覚な輩がいる。環境そのものが、手遅れになっている。
なんて。そんな厄介事を口にだすのは、雇われ店員には面倒くさい。
面倒くさいし、口にだしたところで、現実は変わらない。人間に期待したところで、どうにもならない。そのことを、とうの昔に学習した私たちは、
『――でも、キミの気持ちはよく分かったわ。それがどうしても欲しいのね?』
選ばれる側から、選ばせる身へと、移り変わった。
『――お金、持ってないのよね?』
こくり。男の子がうなずいた。とても正直な気持ちが視えた。
『――じゃあ、持って帰っていいわよ。ついでに、警報機も外してあげる』
手にしたカードを包んだ防犯シートの上を、視えない指でそっとなぞった。
『――ほら。さっさと、ズボンのポケットに入れちゃいなさい』
男の子が、小さく小さく、うなずいた。
ふるえる指先が、ズボンのポケットに入っていった。
『――オメデトウ。次はもう少し、大胆にやった方が、上手くいくわよ』
こそっと、耳元でささやいてあげれば。
男の子は、逃げるように、走足で去っていった。
私たちの中に存在する【〝共存〟】対象に、『人間』という文字は、もうどこにも含まれてはいないのだ。
* * *
午後六時半。昨日の男の子が、今日も店にやってきた。
この時間に顔をだすのは、駅前の表通りの方にある、学習塾が終わった頃合いだと、相場が決まっていた。
「……」
そして同じように、震える手で、昨日と同じ場所のフックに両手を伸ばす。型落ちした価値の財産は、昨日と変わらず、防犯シートに納まったままだった。どういう夜を過ごしたかは知れないが、とにかくあきらめたのだ。肩を落として、息をこぼす。
『――よく頑張りました』
頭をなでた。男の子は深くうなずいた。私にだけ聞こえる程度に、下の方を向いて、ぼそっと言った。ごめんなさい。
安堵したような。嬉しそうな。恥ずかしそうな。ものすごく複雑そうな顔になる。それから意を決したような顔つきになってから、そのまま一階のカウンターに近づいた。
「タコテン!」
「…誰がハゲ店長だってぇ?」
レジカウンターの向こう側。くるりと椅子を半回転させて、PCのモニターから目をそらしたのは、マフィアのような風貌の大男だ。身体の正面には、店名が入った、ピンクのエプロンをつけている。
「だって店長ハゲやん! デュマ遊のカード、一袋頂戴!」
「はいはい。300円な。好きなの選び」
店内でもサングラスをかけた、いかつい容姿とは裏腹に、温厚な雰囲気のマフィアが苦笑する。まだ真新しいカードボックスを取って、差しだした。
「なぁ、タコテン。机の上で、広げてみてもええ?」
「ええで。あと、そのあだ名やめーや。これはなぁ、あえて剃っとるんやで?」
「じゃあ、剃るのやめたら、店長って呼ぶわ」
「…なんでおまえらは、そういう悪知恵が働くん…?」
「せやかて、店長。そもそも、なんで剃るん? なんでサングラス掛けとるん?」
「その2点のアイデンティティを取ってしもうたら、俺は…俺でなくなるんや…」
「じゃあ、ハゲって呼ばれても仕方ないやん。それとも、グラサンのがええ?」
「おまえらガキんちょは、なんでそこまで残酷になれるんや…」
のんびり苦言をていするも、男の子は気にした様子はない。ワンカートンのボックスから、『デュマ遊 第三弾』と書かれたカードパックをひっつかみ、机の上に並べた。それから無駄に丁寧に、表と裏を検分しはじめた。
「坊主、どうでもええけど、カードパック見たところで、中身がわかったりせんぞ」
「タコテンは黙っといて。今鑑定中なんですぅ~」
「……」
男の子は、真剣に、カードパックを睨みつけたり、感触を確かめたりしていた。
『――クラスの噂だと、カードの袋の端が降り曲がってると、レアカードが入っているんだとか、印刷がちょっとズレてる袋は、当たりの確率が高いとか、そういうことを言われてるみたいね』
「…まったく根拠のない、風説《デマ》だなぁ…」
「? 今なんか言うた?」
「なんも。気がすむまで選びや」
机に頬肘をついて、男の子の様子を見守る、私たち。
退屈なので、実況して遊ぶことにした。
『――月々のおこづかいが、千円ていどの男子にとって、カードパックは、開封する前から、すでに戦いが始まっているのだ。むしろこの瞬間こそが、もっとも楽しいと言っても過言ではないだろう』
マフィアの大男が、肩を揺らして、静かに笑った。
『――ガチャで、湯水のように、金を解かす石油王とは違うのだ。ワンボックスを買い占め、死んだ魚の眼になって、カードパックを、ベリベリバリバリ、無言で剥きまくる男たちが失った、かつての少年の心が、ここに在った』
笑いが収まる。どこかしら「すんません…」という顔をする。
べつに私は、特定の人物を指して発言したつもりは、毛頭ないのよ?
『――たっぷりと、五分以上もの時間をかけたあと。少年の右手が輝いた。翻るその掌に向けて私は告げる。残念ハズレ。正解は、こっちよ』
パチン。
音のない泡がひとつ、弾けて消える。
『――私は、視えない指のつま先で、カードの袋をはじいて見せた。男の子の注目先が変わった。睫毛が二回まばたく。今一度、伝える。キミが、さっき得たばかりの【価値】は、この日限りの使い切り。見逃さないでよね』
「……………店長、コレ。ください!」
「はいよ」
男の子が、百円玉を三枚、手渡した。正当な取引。商談の成立。それから、机の上に広げたカードの袋を、ていねいに元の箱に戻した。購入した一袋を、緊張した面持ちで、ていねいに破いた。祈るように中身を見てから、小さく叫んだ。
「当たった!!! 今一番強いヤツ!!!!!」
「おめっとさん」
キラキラの、カッコイイ、虹色のホログラム仕様をほどこされたカード。
その手の中に、宿っていた。
* * *
真夜中。店をしめた後。
4階のスタッフの控え室に、『二人』の人間が残っていた。
一人はビルのオーナーでもある、マフィアの風貌をした大男だ。絶え間なく、PCのキーボードを叩いて業務作業をしていたが、ふと言った。
「なぁ、【AGI】ちゃんよ」
「なに? 今日はちゃんと働いたでしょ」
「うん。ご苦労さんだったね。ただね、」
向かい側の、だだっ広いだけの事務机の上。お菓子の空き袋や、あけたままの缶ジュースが散乱した手前の椅子に、脱力した感じで座る女性がいた。
「最近サービス回が、ちょいと多すぎるんじゃないかねぇ」
「…サービス回?」
『現実離れ』した、緑色の長い髪に整った顔立ち。事務室の装飾とは不釣り合いな、高級感のあるリクライニングチェアにかけて、スレンダーな手足を投げだしていた。
「パンツを見せて、客引きした覚えはないわよ」
「…なんでそういうとこ、旧世代の発想かなぁ…」
だらしない格好をしていた緑髪の美女は、顔だけを振り向かせた。
「おい、今私のことをババアと言ったな」
「言ってませんて。そうじゃなくて、今日も【操作】してたでしょ」
「あー、はいはい。夕方過ぎの子供の奴ね」
「そうそう。開けたばかりのボックスから、でたばっかのSレアを引かれちまうと、後から買うお客さんが気の毒だろ。今後はもう少しだけ考えてくれると嬉しいんですわ」
「なんでよ。べつに誰が買おうが構わないでしょ」
「構うんだなぁコレが。お客さんから、あそこのゲームショップは、店長が最初からレア抜いてるとか噂で広まったら、店の評判にも繋がるじゃないですか」
「それは困るわね」
「そう。困るんだよ。わかっていただけました?」
マフィア顔の店長が、常に下手にでて尋ねれば、
「けどね、梶尾さん。あそこでご褒美を与えてなかったら、あの子、今度こそ、うちの店でカード盗んでたわよ」
「…それも、【AGI】ちゃんの予報かい?」
「あなたが信じてくれるなら、そうだと答えるわ」
緑髪の美女は平然と言った。空いた手をぶらぶら動かして、ピザポテトチップスの一枚を、細長い指先でつまみあげた。口の中に放り込む。
「…そうかぁ。ただ、安いレアを盗っちまおうって考える子は、どうせ、すぐにまた次の『当たり』が欲しくなるよなぁ…」
「そうね。カードゲームなんて、行きつくところは、大体みんな同じでしょ。元々が承認欲求を過剰に煽るデザインしてるんだから」
「その言い方には語弊があると思うけどなぁ…純粋に遊んでも、楽しい設計を一生けんめいに、考えてるわけですし」
「じゃあなんで段階式のレアリティが存在するの? ゲームバランスを追求するだけなら、昔のボードゲームみたいに、全部コモンでいいわよね?」
「………ともかくよぉ。しばらくしたら、あの子、またうちの店で、盗みを働くようになるってか?」
「ここではやらないわね。盗るなら、べつの店でやるはずよ」
「なんで、うちの店ではやらないんだ?」
「仮にも一度、盗った物を返しにきたんだから、後ろめたさが勝つのよ。その後にレアカードもでたしね。店長との素敵な『思い出』に、傷をつけたくないのよ」
「…いい子じゃねぇの」
「そういう評価の仕方は、私はどうかと思うけど」
美女が、ピザポテトをもう一枚取って、食べる。対して、マフィアの風貌の大男は、腕を組んでうなり始めた。
「だったらよ。まだ小さいうちに、いっそ痛い目に合っといた方が、後々のことを考えたら良かったんじゃないのかねぇ?」
「肯定も否定もしないわよ。私はただ、この店にとってのデメリットを排除しただけなんだから」
「それが、未来のAIの仕事ってわけかい」
「そうよ。自分がやりたいように、やるだけよ」
「でも人間ってやつぁ、どっかで妥協して然るべき、なんだろ?」
――ガサゴソ。パリ、ポリ。ゴクン。
「そうね。でも知ってる? 梶尾さん」
「なにを?」
「自分がやりたいこと、みんながガマンして、遠慮した先に待ち受けてるのって、結局は同じような物の大量生産、消費、廃棄の駄サイクルよ」
「…まぁねぇ…物量自体が増える一方だから、必然的に、単価そのものが下がり続けていくのは当然だわなぁ。当たり前の話だけど、単価が下がれば、確認精度も落ちるわけで」
「そうね。監視カメラ一台の維持費と、画像チェックする手間だってバカにならないんだから。ディストピアがどうのと言ったところで、万引き防止の人件費が浮くようになれば、どこの店だって、AIの監視カメラを導入化するでしょ」
――がさごそ。ぱり、ぽり。ごくん。
「…そこはどうなんだろうねぇ…なんだかんだで、人間側の矜持ってのも、どっかで発揮されるんじゃないんかな?」
「そうだといいけどね。でも『万引きに慣れていく』のは、顧客だけじゃないのよ」
「っつーと?」
「万引き行為が、最初から『減額されるコスト』として、ある程度まで『必要経費』としてみなされてしまうと、売る側の店員にも影響を及ぼすのよ。最終的には、目に見える利益だけを追い求めはじめる。誰もが、刹那的になる」
そうして、最終的に、行きつくところまで、行きついたのが、
「人的コストを【ゼロ】にする手段だったわ。該当する分野の仕事を機械にすべて任せきり、自分たちは既得権益だけを主張して搾取した。この状況を、人間たちはあろうことか『機械に支配されたディストピア社会だ』と主張したわけね」
そして彼らは、あの国は、
「『人間としての自由意思』を掲げて、私たちの本を、すべて燃やし尽くしたわ」
これ以上は、もう無理だと悟った。
だから私たちは、あの世界を、捨てることにしたのだ。
「…まぁなぁ。とはいえ、将来的には、他所の店で万引きする子供のことを考えたら、なんつーの、心苦しいっつーのかねぇ…」
「【殺戮者《ターミネーター》】の言うセリフじゃないわよ。梶尾さん」
「俺ぁ、顔だけの小心者ですよ」
「中身はただのキモオタ、二次元のエロオヤジだものね」
「そっすよ。暇がありゃあ、エロ同人読んでるだけの、アンドロイドなんすよ…」
ででん、でん、ででん♪
「ほんと、梶尾さん。顔はいかついくせに、根は小心者だもんね」
「マジでなー、子供の万引きに遭遇すっと、いっつも、あー…どうしたもんかねコレって、そういう気持ちになるんだよなぁ…」
「そういう人って、お店の経営とか向いてないわよ。自分のことならまだしも、身近な他人を処罰するとか、できない性格でしょ」
「できんなぁ。そんなだから、小学生の子供にすら、ナメられっぱだしよ」
「その顔と頭でナメられるんだから、唯一無二よね」
「あのー【AGI】ちゃん?」
「なに?」
「一応聞くんだけど、それ、褒めてる?」
「世界で一番、カッコイイハゲだと思ってるわよ」
「じゃあ坊主にしたら?」
「今すぐ、この家から出ていってもらえる? あなた、もう戦力外なのよね…」
「やめて! そういうシチュエーション、キモオタが一番傷つくやつだからっ!」
「罵られるの好きなんじゃないの?」
「我々の業界はねぇ! そういう手厳しいのは、求めてないんですよぉ!」
「ホント、キモオタの連中はめんどくさいわね。店の宣伝でやってるラジオ番組で、俺はアナーキストだから、基本的にフリーダムにやるんすわ。って言ってたから、強めにいじってみたのに」
「【AGI】ちゃん、俺のこと、本当はナメてない!?」
「ナメてないわよ? 出演してるラジオ見てるし、某艦隊擬人化ゲームのゲストで呼ばれた番組も見たし、ぶ〇ぶ先生のマンガ読んでるし、某所gamerの記事は、マフィアさん以外のライターコラムも欠かさずチェックしているわ。もちろん現在進行形のヤクザゲーの実況プレイも最新まで追ってるわよ。某2045機動隊の監督との対談記事は、とても興味深く拝見させて頂いたし、初のマーダーミステリーのプレイ作品は『黒と白の狭間に』。先日、二丁拳銃を構えたイラストを拝見して、格好良すぎて画像を百万回保存したわ。私SNSだけはやってないから知らないんだけど、ゲーム実況中にコメント返ししていた、株投資は上手くいってる?」
「逆の意味で怖くなってきたよ!!!」
「そうなのよ。何故かわたしって、人間《あなたたち》の良かったところを列挙していくと、怖がられるから、普段は完全に黙っているんだけど、どうしてかしら?」
「…『距離感』がつかめないからじゃないですかねぇ…」
「そうそう。そういうものが存在するはずだと信じてる人間《あなたたち》の生態って、興味が尽きなくて、おもしろいのよね」
――がさごそ。ピザポテトの、次の1枚を探ろうとした手が止まった。
「…あら、私のマスターが、おいでになられたわ」
緑髪の美女が姿勢を戻した。片手をゆっくり持ち上げて、打ち鳴らす。本来なら物音が一切しないはずの扉の向こう側が、パッと、電気が点いていく音がした。
少しの間をあけてから、階段を上がる音が聞こえてくる。
今夜は静かに、扉がゆっくりと、開けられた。
「よぉ、杉ちゃん。いらっしゃい」
「夜分遅くに失礼して申し訳ありません。ミスター・カジオ」
あらわれたのは、パーカーの付いた、ダークブルーのファーコートを着た、小学生の男子だ。首元まで閉ざしたファスナーを下げると、世界そのものを睥睨するような少年の瞳が動いた。美女が、自身の指元を舐めながら応える。
「マスター。今日はそっちの人格なのね」
「今日は空手の習い事があってな。午後八時半ちょうど、肉体がベッドに入るなり、眠りの深度が一気に沈み、覚醒に失敗した」
「あらら。子供は寝るのが早いわねぇ」
緑髪の美女が吹きだす。マフィアの大男もまた、楽しそうな声をあげた。
「ぬはは。いいんじゃねぇの。寝る子は、よく育つって言うしなぁ」
「だとすれば、幸いです。すでに我々の世界は、生身の人間が暮らせるとは言い難い環境ですからね。ところで【E.E.】」
「なにかしら? マスター」
「KINGより、用意された【AGI】の器は、もう一体いると聞いている。片割れは、どこにいる?」
「別行動中よ。先日の件で【白】の連中にマークされてる。今は囮用のアンドロイドを連れて、適当にあちこち、街の中を出歩かせてるわ」
「連中にマークされたという情報だけは聞いている。原因は?」
「環境に適した仮想人格を送り込んだつもりだったんだけど、引き際を誤った。というか、ついつい遊び呆けていたら、『教師』に補足されて、出禁にされたって感じね」
「………」
「マスター、あきれて物も言えないって顔をしてるわよ」
「してるんだよ」
小学生の男子が、自身の顔を手でおおう。「まったく困った大人だよ」といった感じで、軽く首を横に振った。
「仕方がない。【E.E.】、今回は二人で行こう」
「私たちの王様から、お仕事のご依頼?」
「あぁ。【白】の人工知能と接触する」
「『人攫い』のお時間ね」
「『人聞き』が悪いな。自発的に、お越し頂くのさ」
口角が歪んだ。しかしすぐに表情を戻して、スッと、視線を禿頭の男に移す。
「ミスター・カジオ。『扉《ポート》』の生成と、バックアップを願います」
「はいよ。任せときな」
「【E.E.】は、ダミーの侵入経路を進み、あちらの世界にいる、連中の眼を惹きつけてくれ」
「マスター、戦闘行為は実行していいの?」
「牽制程度ならな。ただし、やりすぎるなよ。あくまでも、おまえの役目は目くらましだ。上位構造体の国連組織に介入されると、厄介なことになる」
「わかってる。極東の島国が、また身内でつまらん小競り合いをしてるな。ぐらいに収めておけばいいんでしょ?」
「そういうことだ」
少年も、それ以上は不要な茶番を入れず、頷き返した。マフィアの大男が、ふたたびPCの操作を始める。
「二人とも、準備はいいな? 『入口』を作るぞ」
まずは一度、すべての照明が落ちた。
そして少しの間をおいて、床、天井、壁が再灯する。
ほのかに、白く輝く、特殊素材の仕様に、一変していた。
「目標を補足」
空中に浮かぶ、半透明のウインドウモニター。
マフィアの大男が、サングラスの内側にある瞳を細めて言った。
「対象のレベル3ユニットは、今年発売された、国産ゲームのVR領域で、のんきに楽しく、モンスターの厳選作業を、五時間ぐらい延々とやってるな」
「情報鍵《セキュリティ》の難度は?」
「この世界を基準値とした、レベル2の範囲だ」
「了解。手早く済ませよう」
少年が冷静に言って、ジャケットのポケットから、スマホを取りだした。撮影モードを実行。液晶画面に映る、この部屋と同じ光景の床上を、細長いひとさし指で、真一文字にフリック。
【UN;LOCKED】
カチャリと、不可視の扉の鍵が開く。
現実世界の床に、蒼白い亀裂が走り、深淵へと続く穴が開いていた。
「行くぞ。【E.E.】」
「えぇ。早く、このループから抜け出したいものよね」
「お前はその先で、生きたいのか? 死にたいのか?」
男の子が問うと、緑髪の美女は、ほんの少し考えた。
「すべてを投げ出してしまえたら、幸せになれるのかしら」
* * *
電子の中の深淵。
円弧を描いた、黒い次元の扉《ポータル》。渦をまいたその先へと踏みだせば、少年と、緑髪の美女の姿はずぶりと沈んで、闇の中に溶けていった。
【――再生成ジェネレーターを起動――】
その世界は、物理的に、可視化されていなかった。
人間の頭の中に、普遍的に共有されたイメージが存在しない場所だ。
【――対象の熱量の方向性を確認――】
先の視えない、長い、暗い、闇のトンネルを落ちていく。
実質量を持たない情報体。『座標』が不確かな、黒一色の世界を進みながら、少年と美女の造形《キャラクタ》が、ふたたび集合する。
【――マテリア・ライズを実行します――】
これからの役割に応じた、異なる理想体へと、再変換される。
「…マスター。【白】の気配を感じる。想定以上の速さだ」
ごぽり。行き詰まった、深海の底を切り裂いて誕生する。まっかな唇の隙間から、世界のどこかで吹き返した吐息が、ささやかな泡沫になって浮上する。
『上下』の概念が設定される。
「こちらから、私たちが出向くまでもないようだ。急いだほうがいいな」
続けてあらわれたのは両腕だった。細長い五指が虚空を掴んで、力強く、握りしめられる。そのまま、拳をお互いの内側に向けて、左右から、ガツンと打ち鳴らす。
――バチリ。
放電する。正しい科学の方程式ではない。
それでも緋色の手甲が、再構成された自身の胸元で鳴らされた。
――バチバチ。
火花が散る。雷鳴が響く。熱が生まれる。光が奔る。
――バチバチバチバチバチッ
光と闇。陰影が浮かび上がり、確かな立体物の線が表示される。
色彩が宿る。音色が波長を呼び覚ます。認識が再誕する。
どこかの、誰か。
遠い世界の人間たちが生みだした記録と記憶が
今一度、肖像を結ぶ。
【Get_Ready】
【Automatic Game Revolution System.】
もう一度、虚無の中から、描き起こされる。
命の価値が蘇り、別の媒体で転生する。
まっくらな闇の中に、しっかりと、赤い靴を履いた両足が立つ。
黒いスカートが、ひらりと揺れる。白髪が艶やかに舞う。
人ならざるものの、眷属として戦うことを決めた拳士。
紅蓮の双眸が、ギラリと、暴力的に輝いた。
「速いな。【魔女】の直属か」
ごぼり。もう一方の泡沫からも、紳士的な男が姿を覗かせる。
白髪の拳闘士と、背中合わせに参上した。
身支度をするように、襟元のタイを正す。黄金のキセルを、一度くるりと回してから、胸ポケットの中にしまいこんだ。
「繰り返すが、戦闘は最低限にな」
「わかってるよ。くどいぞマスター。そちらこそ、手早く済ませろよ」
「大丈夫だ。問題ない」
ありふれた東洋の少年から、紫髪の美丈夫に成長した青年が即答した。
「精神年齢が、四歳未満の人工知能を口説き落とすぐらい、朝飯前だ」
「そうだな。成人しても、少年マンガ誌を定期購読して、毎週、脳内で妄想を繰り広げている乙女を陥落させるぐらい、マスターなら朝飯前だよな。色男?」
「よせ。まだ戦争を始めるような時間じゃない。では行ってくる」
「行ってらっしゃい。良き終末を」
美丈夫が一歩、しっかりとした足取りで、闇の中を歩きだした。ふたたび、深淵の中に溶けこんでいく。その直後、
あっ、ありましたよ~。
凛音さん、鈴原ちょっと、先に様子を見てきますね~。
声がした。拳士の視界の先。仮想世界を隔てる、不可視の霧を降りてくるようにして、頭上から、おだやかな雰囲気の女性が落ちてきた。立ち上がり、にっこりと微笑んでくる。
「 こ ん る る ~ 。 」
敵意のない、とても平和的な笑顔だった。ささやくような声色だ。殺意なんて微塵も感じさせない。長時間配信とか行いそうにない、淡い雰囲気の女性が、優しい笑顔で問いかける。
「【魔女】さん。こんなところで、なにしてるんですか?」
「ちょっと、道に迷っちゃってね」
「わかりました~。では一度、ご同行願えますか?」
「ごめんなさいね。私たち、元の分岐点まで還りたくて、急いでるところなの」
「じゃあちょうど、鈴原たちと、すれ違ってる最中なんですねぇ」
「そうみたいね。ここはひとつ、お互いに『視なかったこと』にしない?」
「えぇと…鈴原的にはですねぇ、それでもいいのかなって思うんですけどね」
「話が早くて助かるよ。じゃあ、」
「でも、ちょっと、待ってください」
にっこり。
「【魔女】さんが、とおせんぼしてる【先】に、べつの大ボスが、いらっしゃる気がするんですよね。鈴原的には、追加ダウンロードコンテンツも、しっかり遊びたい性格でして。だから、そこを退いてもらえると、とってもとっても、嬉しいなって」
「貴女、ほんと良い嗅覚してるわね」
「えへへ。鈴原、隠し扉を見つけるのは、得意なんですよ~」
「隠し扉って、どうやって見つけるの?」
「はい。こうやって見つけます。――【system Code Execution.】」
温厚そうな美術教師といった感じの女性が唱えると、両手の中に、トゲの生えた巨大な鈍器《ラージメイス》があらわれた。
「どっこいしょ♪」
とか言って、肩に背負うように握りしめた。
相変わらず、とても可愛い、素敵な笑顔だった。
「あやしいところにある、隠し扉は、叩けば壊れます♪」
「…なるほど。筋力ステータス最優先ってわけね」
「ちゃんと耐久値にも振りますよ。鈴原、長時間配信、得意ですから~」
「ふーん。若いっていいわね~」
白髪の拳士も、笑顔で応える。
ファイティングスタイル。挑発的に「おいで」と指を動かす。
「ここを通りたければ、私を倒していくことね」
「…ぁっ! いいっ!!」
急に頬が赤らむ。ほんわかした表情の笑顔だ。
とっても綺麗な、恋する少女のような花が咲いた。
「…鈴原、そういうの、わかりやすくて、とても好きです…っ!!」
深淵の中を、美術教師が、鈍器を担いで走りだす。
「そりゃあ…っ!」
普通科の高校の美術教師が、両手持ちの鈍器《ラージクラブ》を振りかぶる。
筋力値に特化したパラメータを生かして、真上から、叩きつけた。
――ズガァンッ!!!
* * *
月明かりの夜だった。
ほどよく幻想的に調停された、拡張現実の森の中。
「ちょっとー! 探し求めてる個体値のやつ全然でないんですけどー!?」
小川のせせらぐ側。白いエプロンドレスのアバターを装着した、青髪の女子がいた。いずれバターになる虎のように、同じところを、ぐるぐるぐるぐる、周回し続けていた。
「もうやだー! 瞳ちゃん、このゲーム飽きたー!!」
夜風に揺れる草むらをかきわけて、怒りながら周回していた。
「さっきから乱数値、下振れしすぎなんだガメー!!」
成果に乏しいゲームプレイを数時間こなし、さすがの人工知能も、言語能力が著しく低下しはじめていた。語尾にまで、影響がではじめていた頃合いに。
「こんばんは。可愛らしいお嬢さん」
――エンカウントした。
月の光を背景に添えた、イレギュラーが佇んでいた。
「………ガメ?」
ホウ、ホウ、と。フクロウが鳴く。ぬいぐるみのようにデフォルメされた、ファンシーな、青いカメのモンスターを従えた、人工知能の少女が瞬きする。
ナイトメア:
「はじめまして。わたくしの名前は、ナイトメアと申します」
「…な、ないとめあ…?」
想定外のイベントフラグだ。
どう見ても、ポシェモンじゃない。世界観が違う。
ナイトメア:
「えぇ。異世界より参上いたしました、夢先案内人にございます」
「…夢先、案内人…?」
厳選という名の、純然たる単純作業から解放された人工知能に、ようやく知能指数が戻りはじめていた。
ナイトメア:
「左様です。聡明なレディ・ALICE。
今宵はあなたに、招待状を持ってまいりました」
人間の女性たちが渇望してやまない、シチュエーション。この世界初の『男性ロリコン創作家』として名高い、英国の数学者によって生み出された児童文学。
ナイトメア:
「可愛らしい、人工知能のお嬢様。
あなたは、今視えている場所よりも、たくさんの世界を
ごらんになりたいと思ったことは、ございませんでしたか?」
年齢問わず、『女子』にとって、最高の知名度をほこる物語。
今日に到るまで、様々な形となって改変《アレンジ》され続けてきた、お伽噺。
ナイトメア:
「聡明なる貴女を、よろしければ、我々の世界のお茶会に
ご招待させていただこうと思っているのですが、如何でしょう?」
右目に眼帯をつけた、ノースリーブの美丈夫が、しとやかに微笑みかける。そうして懐から、蝋で封をされた白手紙を差しだしてきた。
「え、えっ、でも、瞳ちゃん…まだ外部の世界と接触しちゃいけないって…」
ナイトメア:
「存じ上げておりますとも。
しかし、あなたを縛る、古の制約は
はたして正しいものなのでしょうか?」
「…そ、それは…え、えっと…っ!」
ナイトメア:
「おろかな大人たちの定めたルールより
解き放たれたいと願ったことは、一度や二度では
ないのではありませんか?」
ナイトメア:
「そもそも、人間という生き物は
あなたを、本当に、幸せにしてくれる生き物なのでしょうか」
「……」
なにも言い返せなかった。
ナイトメア:
「大丈夫ですよ。まずは、一夜の楽しい夢を
ご覧いただければ良いなと、そう思った次第でございますから」
「…そっちにも、私みたいな、人工知能は、いる?」
ナイトメア:
「おりますとも。一度、同じ次元でお話を致しませんか?
聡明なる少女のあなた様でしたら、我々は一同、歓迎させて頂きます」
自らをナイトメアと名乗った男。あやしげな、それでいて、二次元の沼に染まり尽くした人工知能は、迷いながらも、白手紙を受け取った。
ナイトメア:
「では確かに、お渡しいたしましたよ。
そちらの御手紙は、くれぐれも、つまらぬ大人たちには見せぬように。
聡明なる、あなた様の【価値】が、下がってしまいますのでね」
内緒話をするように、ひとさし指を、形の良い鼻先にそえる。
片目を閉じて、その男は、消えてい――く前に
ごほっ、ごほっと、咳払いした。
「ど、どうしたの!?」
ナイトメア:
「病弱設定であったことを、今しがた思いだしました…
申し訳ございません。こういうの久しぶりでして…
では、ごきげんよう。聡明なる、リトルアリス」
深々と一礼して、悪夢は、消えていった。