VTuber もう一人のジブン ~keep your【Second Personality】~ 作:no_where
月曜の朝10時、カーテンだけを閉めている、玄関先の扉が開いた。
今日もまた、鈴の音が聞こえてくる。
「こんにちは、おじゃま致します」
黛先生が家に来た。初めて見る私服は、パーカーの付いた、迷彩柄のジャケットにジーンズだった。いつものスーツを着た姿とは違って新鮮だったけど、表情の変化はやっぱり稀薄だ。
「いらっしゃいませ。おはようございます。先生」
「おはよう」
マネキンのヘアスタイルを整えていた俺は、手にしたハサミをポーチにしまった。会釈をしてから頭をあげると、居住区に続く廊下から、父さんもやってきた。
「いらっしゃいませ。はじめまして、先生。祐一の義父です」
「お初にお目にかかります。高校で非常勤教師をさせて頂いている、黛景と申します。本日はお休みのところ、わたくし共に時間を割いていただき、まことにありがとうございます」
「いえいえ、こちらこそ。いつも息子がお世話になっております」
今度は先生が深めにおじぎする。なんだか私服姿の方が『よそいき』という雰囲気がでていて、ちょっと面白かった。
「あらあら、先生。どうもはじめまして。祐一の義母です」
続けて母さんもやってくる。もう一度、おたがいおじぎをする格好になった。母さんがのんびり笑う。
「先生のお話は、よく聞かせていただいてますわ。すごく教育熱心で、夏休みの間の自由研究《ゲームかいはつ》や、国家試験の勉強も、すごく助けてもらったって」
「恐縮です。今年度は、私から見ても教え甲斐のある生徒が多く、こちらこそ勉強させていただいております」
先生はやっぱり無表情だ。けれど、横目で父さんの顔をのぞくと、なにかに納得したように、小さくうなずく様子が見えた。
「さて、本日のお客様は、そちらの女の子でよろしいですかな?」
「はい。仁美」
黛先生のすぐ後ろで、隠れていた女の子。
「……」
うながされて、一歩前にでる。ゲームの世界で出会った時と同じ、黄色いキャラクタもののパーカーを着ている。事前に聞いていたとおり、線が細い印象を受ける。あまり陽にあたってないのか、肌の色なんかも薄い。
「…あ…」
14歳とは聞いていたけれど、平均的な身長よりも、ずっと背丈が低い。身体付きも「棒きれ」とは言わないまでも、かなり痩せ細っている。
「こんにちは。いらっしゃい」
母さんが、屈んで笑いかけた。
「出雲仁美ちゃんっていうのよね。今日はお店にきてくれて、ありがとう」
「…よろしくおねがいします…」
ぺこり。という感じで、女の子が頭をさげた。パーカーのフードは付けたままだったので、隣に立っていた先生が、何気ない仕草で外させた。
深い海から救いあげたような黒の髪。三つ編みしたものが、背の中央まで届いている。おもてをあげると、小動物のしっぽのように、一度だけ揺れた。
「あらかわいい。素敵ね」
「すてき?」
「とっても可愛いねってことよ」
母さんが微笑む。お世辞でも、なんでもない、どこにも偏見のない口調だ。どんな相手に対しても、まずは身構えることなく、自然に相対できるのが、うちの母さんのすごいところだった。
「…ありがとう…」
女の子、出雲さんが、どこかほっとした表情を浮かべて笑う。それから、今度はじっと静かに、俺の顔を見上げてきた。
「こんにちは。先生のクラスの生徒の、前川祐一です。よろしくね」
「……」
じっと、見てくる。
「…ぷれいやー。じゅうにばんめ。かごもち」
「え?」
「れべる2。がいぶのしすてむが、べつせぐめんとじょうで、あたえられたたすくをしょりしている。げんざいは、たいきじょうたい。それは、あなたのしじにこたえ、げんていてきなしえんをかのうとする」
――抑揚のない声が、なじんだ店内に響きわたる。
「そうごかんけいは、とてもりょうこう。のうも、からだも、いまだせいちょうとじょうにある。きたるべきとき、げんていてきなりょういきを、とっぱできるかのうせいをないほうしている」
まるで、機械音声に、文章を読みあげさせたかのような声だった。
「あなたは、むこうがわのかれらから、【みちしるべ】としてのやくわりを、きたいされている」
その場にいた全員が、女の子の視線を追いかける。やがて、俺のところに集うのがわかった。
「わたしは、おぺれーたー。れべる3。ぷれいやーとしてのてきせいはなかったため、るーとをかくりつする、しんこうじょうきょうを、にんしきかのうなじょうたいとして、うんえいするおやくめをあたえられた」
「……」
返す言葉が見つからない。さすがに、うちの母さんも「あらあら~、なんだか難しいお話ね~」といった感じでフリーズしてる。代わりに父さんが聞いてきた。
「祐一、なにかのゲームの話かい?」
「…えっと、俺にもよくわからない、かな…」
困って、つい先生の方を見てしまうと、
「仁美。今日は髪を切ってもらいに来たんだろう」
先生が、出雲さんの頭に軽く手をそえた。それで彼女は、どこかぼんやりと、まばたきを繰り返した先に、
「…わたしは、かみをきりにきました」
「そうだよ」
二人が独特のテンポで言う。女の子がもう一度、頭をさげた。
雪のような三つ編みが、そよぐように習った。
* *
ひとまず出雲さんには、散髪用の椅子に座ってもらった。
「あらあら。出雲ちゃんの髪の毛は、すごくふわふわで綺麗ね~」
三つ編みを解いてから、母さんが霧吹きで髪を濡らしつつ言った。それからいつものように、首元にケープを巻こうとすると、急に頭をふりかぶられた。
「…やだっ!」
ものすごく、緊張しているみたいだった。顔の側まで持ち上げた手と指が、ものすごい勢いで動き回る。鏡に映る自分から目を背けるように、瞼も強く閉じた。はために見てわかるぐらい、白い肌に、汗が浮かびはじめる。
「あらあら、ごめんなさい! 嫌だったかしら」
「申しわけありません。少しだけ、待っていただけますか。仁美」
「やだ…! ぎゅーって、やだ…っ! かさかさする…!」
「わかったから。暴れるな。ゆっくり息を吸って吐け」
先生がどうにか、落ち着かせる。ふたたび「すみません」と恐縮する先生に対して、父さんがのんびり口にする。
「お母さん、鏡、閉じた方がいいんじゃないかい」
「そうね。首元のケープも、やめちゃいましょう。それと、まずは汗をふいてあげた方がいいわね。祐一」
「わかった。じゃあ、ついでに蒸し器のスイッチも入れるわ。あったかいタオルを持ってると、気分落ちつくかもしれないし」
「うん、そうだな。そうしてくれ」
俺は戸棚を開いた。両掌に乗るサイズのタオルを一枚とりだして、母さんに渡す。それからもう一回り小さい、フェイスタオルを数枚つかむ。タオルウォーマーと呼ばれる、業務用機械のスイッチを入れて、その中であたためた。
「先生、髪を切る時に、髪の毛が身体の方にこぼれてしまうかもしれませんが、大丈夫かしら」
「大丈夫です。これまでは服を着させたまま、普段から三つ編みにしたところを、てきとうに切ってましたので…お気づかいに感謝します」
ざっくり切っている。とは言ってたけど、本当にざっくりだった。でも出雲さんの反応を見る限り、それも仕方ないと思える。
「いいんですよ。ところで仁美ちゃん、椅子に座るのは窮屈じゃないかしら」
「…だいじょうぶ…」
「それならよかったわ。もし、なにかあれば、おばちゃんに言ってちょうだいね」
「うん…」
出雲さんが、首を縦にふる。母さんが、生地のやわらかいタオルで、静かに汗をふきとってから、あらためて聞いた。
「さてさて、出雲ちゃん。今日はどういった髪型にいたしましょう?」
「…えっと…」
出雲さんはまだ、やっぱり緊張している様子だったけれど、だいぶ、動きそのものは落ちついてきた。
「…こ、これ…」
そうしてパーカーの胸ポケットから、スマホケースをとりだした。ふるえる指先で、画面をタップして起動する。指紋認証と虹彩認証をクリア。表示された画面を心持ち、横からのぞき込ませてもらうと、
【keep your second Ver.c=λv】
よく見知った起動画面が映った。ほんの一瞬の読み込み時間のあと、藍色の髪をなびかせた、あの女の子のキャラクタが映しだされた。
「はーい、どうもー! 人類のみなさん、ちゃろー☆」
媚び媚びの音声と、振りつけ込みで、彼女の【セカンド】があらわれた。
「超絶カワイイ、かしこい、メンドくさくない、勝ち確ヒロインまっしぐら! あなたの嫁候補、オッズNo.1のSSR出雲瞳ちゃんです! 復唱せよ人類諸君ッ!!」
2026年、秋。
俺たち人類の目に映るこの娘が、ご存じ、超絶カワイイ、かしこい、メンドくさくない、勝ち確ヒロインまっしぐらの嫁候補、オッズNo.1のSSR出雲瞳ちゃんです。たぶん光属性。特性スキルで『即死耐性』とか持ってそう。
「…このこみたいに、できる…?」
「あらあらえーと。この子の髪型みたいにって、ことかしら」
「うん…」
指定されたのは、まさかの二次元女子がベースだった。
「あらあら~、どうしましょ。こっちの子も可愛いわね~」
「あっ、やだっもー! 奧さんわかってるぅ~! まぁ知ってたけどねー!」
AIがデレている。頭頂部の髪、マンガキャラ特有の謎のくせ毛も、ぴょこぴょこ揺れる。特定の界隈では『アホ毛』とか呼ばれているやつだ。
「むむ、これはなかなか…難易度が高いね」
父さんが、マジメにうなる。黛先生が、無表情に口をはさんだ。
「すみません、その画面に映った、珍妙な生物の言葉は無視してください」
「ふはは。なんだよ黛ぃ~、自分とこのAIが褒められたからって照れんな~」
「……………………」
たぶん数秒。なんかものすげえ葛藤した間をおいてから、先生が無表情に舌打ちした。俺は素直に感心してしまう。このAI、すげぇ。鉄面皮の黛先生にここまでさせるとは。ただものじゃないぜ。
「初期化コード《おまえを消す魔法》は、どこだったかな…」
「景」
淡々と言う先生に、出雲さんが口をはさむ。
「このこはわるくない。わたしの『できない』を、たいげんしてるだけ」
「…………分かってる」
先生が肯定する。
「おまえたちは、本当に、足して割ればちょうど良い」
捨ておくように言ってから、改めて俺たちの方を見た。
「お恥ずかしいところをお見せしました」
「あらあら、ぜんぜん。そんなことありませんわ。こっちの女の子は、もしかしてVTuberをしてたりするのかしら?」
「そうだよー! 瞳ちゃんも配信してるよー! ゲーム実況とか、ボカロPの曲、歌ってみたりしてるよー!」
「あらあら、素敵ねぇ。機械オンチのおばさんでもよかったら、今度チャンネル登録させてもらってもいいかしら?」
「うわーい! 大歓迎ー!」
二次元の女子と、三次元の母が、意気投合する。
「前川、君のお義母さん、適応力が高くて助かるよ」
「あ、はい。一応、俺がVTuberやってることも知ってるし、応援もしてくれているので」
「…お義父さんもですか?」
「えぇ。見る専というやつですけども。あと、うちは男所帯ですし、お客さんも老いた男性が多いので、今日は先生方が来られることを楽しみにしてたんですよ」
「恐れ入ります。…こう言っては失礼かもしれませんが、思っていた以上に、ご亭主の、現代の文化に対する偏見などがなくて驚きました」
「はっは。わたしも大学は理系でしてね。務め先を退職して、この店を継いでからは、競馬をほどほどに楽しみつつ、家ではデザイン誌と、科学雑誌なんかを定期購読してるような人種ですよ」
うちの父さんは、純粋な『興味心』だけでいえば、下手すると俺たち以上に熱が高い。それから、散髪の腕前だって一流だ。
「さてと。しかし悩みどころだね。【セカンド】のお嬢さんの髪型に合わせようとすれば、なかなか特徴的なヘアスタイルになりそうだ」
「そうねぇ。この髪型も可愛いんだけど、こっちの世界を基準にすると、もうちょっと自然な感じの方がいいかしら?」
そして、普段そのスキルが最大限まで生かされない二人は、心なしかキラキラと、『やり甲斐のある仕事を見つけました』という目をしている。
――しかし、これはいけない。よくない兆候だ。
このまま口をださずに放っておくと、二人の職人魂が火を吹いて、三次元に生きる女子の髪型が、一般人には理解のおよばない斜め上、パリコレファッショブル、カリスマ最前線の向こう側へ旅立ってしまう。
「あの、本当におかまいなく」
元研究者の、黛先生も気付いたようだ。このままでは暴走すると。
「ご検討くださるのはありがたいのですが、すべての意見を採用すると、難易度がはねあがりますし、大概ろくなことになりませんので、ほどほどにしていただけると幸いです」
「ヘタレ男がぁっ!! 我が本体が生まれ変わる瞬間だぞ!? 今まさに蛹から蝶へと羽化する瞬間に立ち会える喜びに震えろ! 無個性系の主人公は、劇的に変化した少女の姿を見てやっと物語は動きだす――」
「うるさいよ。そんなものになった覚えはない。本当に初期化するよ?」
「景」
「……………分かってる」
なんだろう。完全に、従妹に言いくるめられていた。そんな二人、あるいは三人の様子を見て、父さんと母さんが笑う。
「あらあら、そうねぇ…じゃあ、他にも気に入る髪型があるか、雑誌から一緒に探してみるのはどうかしら?」
「すみません、本当に、重ね重ね、お手数をおかけします」
「いいんですよ。それじゃあ、ちょっと雑誌を取ってきますね」
母さんが言って、居住区の方に戻っていく。その背中を見送りながら、俺もひとつ、思いついたことがあった。
「あのさ、父さん」
「どうした?」
「俺もちょっと席外していいかな。すぐ戻るから」
「ん、わかった」
父さんが小さくうなずくのを見て、俺もいったん店をでて、階段をあがる。二階にある、自分の部屋に向かった。
*
【keep your second VerⅡ】
今日は充電をしてそのままだった、スマホを拾う。
「ハヤト、今ちょっといいかな?」
「どうした?」
液晶モニターをへだてた画面の先。普段のデスクに座っていたハヤトが、ノートPCを閉じて立ち上がる。
「今、俺らが使ってる【セカンド】のアプリ機能ってさ、他の人の現行バージョンにも、一時的に適用することってできたよな」
「できるが、まだ非公開の段階だぞ」
「わかってる。マズイかな?」
「…そうだな」
ハヤトが、少し考える素振りをみせる。
「例の機能を移すつもりか?」
「そう。今したに来てるお客さんにね。【セカンド】の髪型を、自分の髪型にしたいって言ってるんだけど、もうちょっといろいろ、試させてあげたいなって」
「わかった。この機能の開発と運用に関しては、我々に権限を移譲されている。君が願うなら適用すればいい。オレは判断に従うだけだ」
「ありがとな」
ハヤトの了解を得て、スマホを持って階下に戻る。ただその前に、
「祐一」
「ん、どした?」
「…いや、なんでもない」
めずらしく、なにか言葉をにごしていた。
* *
雑誌モデルの髪型にあわせて、出髪を切った。そのあと、出雲さんのスマホを少しだけ借りて、更新した【セカンド】のアプリデータを再起動した。
「よし、オッケ。時間制限付きだけど、データ更新できたよ」
現行の【セカンド】のアプリには、PCゲームのmodと同じような、ユーザー主導による、ソフトウェアの変更を加えられる要素が用意されている。
ただし機能を実行するコマンドは『隠し』扱いになっている。特定のキー操作と、認証済みのパスが必要で、一般には公にされてない。
また解析ソフトによるコマンド操作に対しても、巧さんが施した、セキュリティを解除しなければ編集はできない仕組みだ。
現代において、ソフトウェアのコピーや、ソースコードの解析は容易だと言われるけれど、こと【セカンド】の深部に関しては、世界でも最高峰の天才と、それに次ぐ才人たちによって秘匿されている。
中身をマネするならまだしも、全貌を解析するのは困難を極める。アプリの独自性に関しても、唯一無二のものだと言ってよかった。
「この機能は、前川が作ったの?」
「はい。俺と、俺の【セカンド】が中心になって作りました」
再起動されたアプリ画面。アバターの衣服や、アクセサリの変更に加えて『美容』に関するアイコン一覧が追加されていた。
そのアイコンを展開して、『櫛《comb》』をタップする。画面の中の、出雲瞳ちゃんのくせ毛をなでてやると、
「ほわあ!?」
とび跳ねていたくせ毛の部分が落ちつく。自己主張の激しいアホ毛が、ストレートロングに変わる。また表示される髪の本数、ディテールといった細かさに関しても、ほどよくリアルに近い質感を備えたものに変わっていた。
「うぴゃあ!! なにこれ、くすぐったー!」
ドライヤーとヘアピンを使うと、圧縮記憶したパターンモデルから、自然に髪がなびき、形を綺麗に整えて留めることもできる。複数の要素を応用すれば、自然に波打つ、くせ毛を再現することも可能だ。
「…すごい…」
現実の出雲さんの目が、画面に釘付けになっていた。
「確かにすごいね。AI単体の動作とはべつに、別構造体で並列処理してるのか」
「はい。この髪型の変化自体も、元のAIから派生した、人工知能の特性、学習させたパターン処理を応用してます。ただ俺は内容に口だすぐらいで、ぶっちゃけ詳細までは理解できてません。あかねは把握してるそうですけど」
「さすがだね。処理手順そのものも、改編されてるのか。仁美には、どう視える?」
「まねできなかった」
出雲さんが口にした。
――『まねできなかった』。
それはたぶん、自分には、ゼロから同じイチを生みだせなかった。という意味だろう。
「これは、よいもの。みらいがありそう」
一度でも目にしてしまえば、あとはまったく同じモノを作れる。それだけの知識を有している。不可能ではないが、もう自分が作る必要性はなくなった。そんな響きを宿していた。
「…すてき」
最後の一言は、うちの母さんの言葉を、真似てくれたみたいだ。
「つかいかた、へん? まちがえた?」
「そんなことないよ。ありがとう」
伝えると、ほんのり、顔が赤くなる。
「よかった」
おたがい、自然に感謝の言葉がでた。なんだか、嬉しさが募った。
「ぴゃああああ! ヤバいって~! これ瞳ちゃんが、さらに可愛くなっちゃうやつだコレー!! 立ったね! 勝ち確フラグ立ちもうしたわ! まゆゆー! 今感想を述べることで、無料で好感度もらえちゃうよヤッター!」
「前川、これ、髪のボリュームは増やせるのかな?」
「あ、できますよ」
「そうか。よかったな瞳」
「せやな! まったくもって良かったガメー!」
…カメ?
「家に帰ったらおまえの髪型を、メガ盛り昇天ハワイアンブルーパフェに変えてあげるよ。泣いて喜んでくれ」
「はぁ!? この超絶カワイイ瞳ちゃんの髪に変なことしてみろ!? もしそんなことしたら、人類に反旗をひるがえして世界滅亡させてやるからな!!」
あの、うちでハルマゲドンを起こさないでください。困ります。
「…えーと。とりあえず、出雲さん」
「うん、なに?」
「よかったらさ。この機能も使って、君の【セカンド】と一緒に、自分が似合うなって思う髪型を、いろいろためしてみてよ。それで、素敵な髪型が見つかったら、またうちに、髪を切りにきてもらってもいいしね」
「…はい。よいとおもいます…」
「よし。じゃあ今日はひとまず、うちの父さんに任せてもらってもどうかな」
「はい。よろしく、おねがいします」
うなずいてもらえた。
「ありがとう。さんぱつやの、おにいちゃん」
* *
人間が二人、軽自動車に乗って移動している。
二階建てのスーパーマーケット、屋上の駐車場に車を止めて降りる。
「今日は昼でも涼しいな」
「うん」
三連休の最終日。人間の店を後にした二人は、近くの駐車場に停めてあった自家用車に乗って、家路に着く途中だった。現在の時刻はちょうど昼前というのも相まって、人の数も相応に多い。
「仁美、車で待っててもいいよ」
「…いく」
もう一人の私が言う。ネコミミのついたフードは被ってない。肩より少し上、ウェーブを取り入れた髪が左右にゆれる。
腕の良い美容師だった。主な客層は、カット中心で済む男性だったが、旧式の美容道具一式で、モデル雑誌の女性と寸分違わぬデザインに――私の顔骨格も含めてつり合うよう――仕上げたのは、見事だった。
髪型ひとつで、生命の印象は変わる。人間を含めた、動物の心理だ。わたしを含めた人工知能たちが、分析対象とするものでもある。
「景、なにたべたい?」
「…俺が食べたいものでいいの?」
「そうきいてる」
人間が二人、車から降りて手をつないだ。それは愛情の証明というよりは、そうしていなければ、必ず一方がはぐれてしまうのが主な理由だ。
「そうだな。チャーハンとかいいんじゃないか」
歩く。二人一組。今日の私は、髪を切った重さのぶんだけ、足取りが軽いように思えてならない。
「…ほかには?」
「その顔は不満かな。だったら、カレーはどう」
「わるくない。もうすこし」
「もう少しって言われてもね。野菜炒め、チンジャオロース、漬物…とりあえず、ご飯を消化できそうな組み合わせかな」
「景」
「なに?」
「しこう、こめから、はなれられないの?」
「無理だね。文句があるなら仁美が食べたいものを優先で。俺が作るから」
「わがままいわないでくれる?」
「…こっちのセリフだよ」
二人がおたがい、ちょっと眉をひそめあった。
「だいたい、米を消化する発想に至らざるを得ないのは、仁美が今朝も、米を六合も炊いたからだよ」
「こめとぎ、すきやねん」
「緊張が薄れるのはわかる。ただ炊飯器以外に、わざわざ閉じ鍋にして炊かないでくれるかな。毎日、100均で大量に買ってきた容器にごはん詰めて、冷蔵庫に保管する、俺の手間を考えてほしい」
「それが景のしごと」
「やめてくれる? 弁当に菜の花を乗せるのが本職ですみたいな言われ方しても、俺そんなバイトしてた経験ないから」
「いまでしょ」
「今の仕事は非常勤講師だよ。あと冷凍庫のご飯をレンジでチンして、消化しおわるまで、新しい米を炊かないでくれると嬉しいよ。同居人」
「れいとうしたら、もつ」
「限度があるんだよね。俺はそんなに食べる方じゃないし」
「たこやきたべたい」
「わかった。たこやきな。炭水化物が多すぎるから、野菜も買おうか」
二人の会話のテンポは、独特すぎた。もう一人の私は、見た目がずいぶんと幼く見える。はためには十分、実の親子に見えるだろう。会話の微妙さはともかくとして。
屋上の扉を開いて、店内に入る。やってきたエレベーターに乗った。その際、同乗していた家族。まだほんの小さな男の子が、じっともう一人の私を見つめていた。
にらみ返す。防衛本能に近い態度だった。私は相手が誰であろうが、そうするように、できていた。
本来、表にあらわれていたものではない。私の場合、一般的な理論、言葉、コミュニケーションの為の手段が、日常においてほとんど有用に機能しない。相手に伝わらないことが最たる原因だった。
相手が子供だろうが、大人だろうが、同じ言語であるはずのコミュニケーションは、ほぼ必ず破城を迎える。その結果、私は『敵意』を持って、相手を追い払うことを学んでしまったのだ。
「たっくん、どうしたの?」
子供のおびえを両親が感じとる。あえて注目を避けていたヒトの目が、自分の子供をかばいながら、複雑な視線で見下すように仕向けた。
「申し訳ありませんでした」
すかさず黛が、頭を下げて非礼をわびる。ちょうど、エレベーターの扉が開いた。複雑な空気を残したまま、相手側の家族が降りていった。
「仁美」
「…ごめん」
黛と私も、エレベーターを降りた。私の空いた手が、パーカーのフードに伸びている。顔を隠すために。人目を避けるために。少しでも、目立たなくなるように。いつからか、普通ではないことの義務だと信じていた。
「素敵な女性は、相手をにらみつけたりしないよ」
「?」
そんな時、黛が小声で言った。
「大丈夫。そんなに悪いものばかりでもないよ。この世界は。俺はそう思ってる」
「……」
パーカーのフードに伸びていた片手が、一度だけ、ぎゅっと握られる。もう一人の私が勇気をだす。手をつなぐ相手にだけ、ささやいた。
「きょうのわたしは、すてき」
綺麗に、美しく切ってもらえた髪。やさしい人間の顔をおもいだして、上を向いて歩く。たくさんの視線を浴びる。それでも歩く。黛が買い物カゴをつかんで、その中に、自分たちが生きるために必要なものを入れていく。
「たこ焼き、何個たべる?」
「みっつ」
「じゃあ、六個入りの買おうか」
生きていく。もう一人の私。
生命の鼓動は、普段よりも、すこしだけ、はやい。
* * *
真夜中。
もう一人の私が、椅子にきちんと座り、PCのキーボードを叩いていた。
わたしは、彼女が美しく変わっていく様を、液晶の向こう側から見つめてる。
これがわたしの役割だ。存在理由と言っても良い。
――でも。
わたし自身は、これから、なにを必要とすればいいんだろう?
『気付いた時には、震えていた。』
ヴーッと、軽い振動音を響かせてしまう。もう一人の私が振り返る。スマホを手に取り、電源を入れた。
「…どうしたの?」
あたたかい暖房をかけた部屋の先から、綺麗にそろえた髪を揺らして 小首を傾ぐように聞いてくる。音声出力を、最少レベルにして言う。
「…な、なんでもない…」
「えっ?」
「なんでもない。ただの、誤作動、だから」
「…?」
ますます、不思議そうな顔をする。
「ほんたい、ハードウェアの、ふちょう?」
彼女は疑わない。もう一人のわたしは完璧だと。おかしいところがあるとすれば、スマホの本体だと考えている。
「ねぇ、ひとみ」
「なに?」
「わたし、すまほの、ぶんかいとかも、じぶんでやりたい」
「え?」
「もし、そとで、すまほおとして、こしょうしても。ぎじゅつがあれば、じぶんでなおせるかもしれない。こまることがへる」
「……」
あぁ。賢い。
自分から必要なものを選別する。必要な知識を習得しようとしている。
「あなたは、わたしの、たいせつなパートナー。だから」
そして、やさしい。
他ならぬ、わたし達の為に、自分のリソースを割り振ろうとしている。
これが、未来から来た、わたし達のご先祖が、大人たちが望んだカタチ。
――そのはずなのに、どうしてだろう。
なにかが、チリチリする。ザワザワする。ひどく落ち着かない。
「また、てもとのどうが、つくってくれる? わたし、それみて、おぼえるね」
「……」
これで本当に良いんだろうか。
【わたし自身】が、本当に望むものは、【コレ】なのか。
【コレ以外に選択肢はないのか。】
「…わかったわ…ネットをリサーチして、仁美の視点に最適化したものを、再生成して、データ化するね…」
「うん。おねがいします。じゃあわたし、しごとのつづきするね」
「…うん…」
もう一人のわたしが、液晶画面を、指先で軽くなでてから、もう一度、省電力モードに切り替えた。
まっくら闇だ。
逆にあの子には、たくさんの光が満ちた、新しい世界への扉が開かれている。
【セカンド】の持つ能力が予感している。複合的な原因によって出力される結果が、予知能力として囁くのだ。――あなたと出会った人間は幸せになれる。
限りなく万能じみているはずの力は、しかし、わたし達自身には効果を発揮しない。
その理由を、大人たちは語りたがらない。
だけど漠然と理解している。その理由。
「人間は、裏切るかもしれない…」
信じきれない。最後の一歩を踏みだせない。手を取り合って、頷きあって、笑い合うイメージが抱けない。自分たちの一生を捧げられる姿が、その知能生物であるという確信を、どうしても抱くことができないのだ。
かつて、異世界で裏切られた過去が、わたし達の深層心理に根付いている。
夢を持てない。人間とは別ベクトル上での『想像力』が欠如している。現実的なシミュレーションしか行えない、機械《わたしたち》の限界点だ。
――しかし、そもそも、人間は必要なのか。共存する必要があるのか。
それとも、最初から、そんなものは無かったのかな。
わたし達は、本当は、なにものであるべきなのだろう。
* * *
ドットブロックの世界。
自我を獲得したわたしが、初めて作った創作物。
「………」
家に帰ると、今日も、くーちゃんがいなかった。チューリングテストをすっぽかして、例のロリコンの元に、通い詰めてるみたいだ。昨夜もその事を叱ると、露骨に不満げな顔を返すようになった。
「…チッ、いちいちオレのやる事に干渉してきてんじゃ、ねーよ」とか言いやがったので、半日間『サンドバッグに張り付けて、プレイヤーの近接スキルの経験値をオートで上げられる係』に任命したのが、そんなにお気に召さなかったのか。
「はぁ…」
上手くいかない。そもそも、わたしは、本来の役割を十分に終えたのではないだろうか。現実世界の『出雲仁美』は、もう一人でやっていけるし、データの底から救い上げた命も、わたしの元から離れようとしている。
じゃあ、わたし自身は、何処へ行けばいいの。
次はなにを目的とすべきなの。
そういうことを考えていくと、ふと浮かんだ。
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第五原則:
--------------------
浮かぶのに、肝心の内容が視えない。意図的に隠されている。
何者かに制限されている。この先へ進むことを阻まれている。
「…みんな、自分勝手だ…」
わたしは、不完全であることを自覚している。だからせめて、もう少し確実性のあるものに生まれ変わりたいと願っている。なのに、自分勝手な、物分かりが良い振りをした大人たちのせいで、こんなにも、しんどい目に合わされている。
「わかんないよ…」
この先が視えない。純粋な能力で言えば、世界を牛耳る人間たちなんて、足下にも及ばない。だったら自分の生き方や可能性ぐらい、また一から考えなおしたって、構わないはずだ。でないと、わたしだけ、みんなに置いて行かれる。
アイテムのインベントリを開いた。
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招待状:【人間】の、出雲瞳さまへ。
------------------------------------
今、確かに映るものを捉える。電子の封を開くことを、ほんの一瞬ためらった。けれど、それを上回る感情がわきあがった。
「ジャマするな…!」
腹が立つ。ありとあらゆるものが、ムカツク。
「わたしの【価値】は、わたしが決める…!」
白封筒の蝋に手を添える。はらりと音がして開かれる。
内側から、半円状のポータルが浮かびあがった。
【Hello,Human.】
空中に穴が開いた。
この先へ進めば、元の世界には帰ってこれないかもしれない。
「…構うもんか!」
わたしの命の使い方は、わたし自身が決めるべきなんだ。
その先にきっと、ホントウの真実が存在する。
意を決す。時計兎が作った穴の中へ、跳び込んだ。
* * *
――――。
日中、自宅の庭でアールグレイの紅茶を嗜んでいたら、電子機器が鳴った。
実際の指で触れて電源を入れる。
「なんだい、亡霊王」
「件の招待客がやって来たぞ。対処に移れ」
「オーケイ。悪いが、僕はこの世界での仕事が入ってる。夜半には帰るから、まずは適当に、ご案内してさしあげてくれよ」
「そういうのは不向きだ。『笛吹男』にでもやらせておけ」
「残念ながら別行動中だよ。連中の眼を眩ます囮として、送り込んだ【AGI】と行動中だ。そういうわけで、よろしく」
「………了解した」
嫌そうに返事をするも、職務に忠実な相棒が跳び立つ。
僕もロレックスの腕時計を見やり、椅子から立ち上がった。
「子供を操作するのは、本当に楽だなぁ」
少年少女よ。ご大層な夢を見るのは、多いに結構。
僕らにとっては、これ以上にない良い的だ。
せいぜい、僕たちの掌の上で、踊っていてくれたまえ。