VTuber もう一人のジブン ~keep your【Second Personality】~   作:no_where

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 月曜の朝10時、カーテンだけを閉めている、玄関先の扉が開いた。

 今日もまた、鈴の音が聞こえてくる。

 

「こんにちは、おじゃま致します」

 

 黛先生が家に来た。初めて見る私服は、パーカーの付いた、迷彩柄のジャケットにジーンズだった。いつものスーツを着た姿とは違って新鮮だったけど、表情の変化はやっぱり稀薄だ。

 

「いらっしゃいませ。おはようございます。先生」

「おはよう」

 

 マネキンのヘアスタイルを整えていた俺は、手にしたハサミをポーチにしまった。会釈をしてから頭をあげると、居住区に続く廊下から、父さんもやってきた。

 

「いらっしゃいませ。はじめまして、先生。祐一の義父です」

「お初にお目にかかります。高校で非常勤教師をさせて頂いている、黛景と申します。本日はお休みのところ、わたくし共に時間を割いていただき、まことにありがとうございます」

「いえいえ、こちらこそ。いつも息子がお世話になっております」

 

 今度は先生が深めにおじぎする。なんだか私服姿の方が『よそいき』という雰囲気がでていて、ちょっと面白かった。

 

「あらあら、先生。どうもはじめまして。祐一の義母です」

 

 続けて母さんもやってくる。もう一度、おたがいおじぎをする格好になった。母さんがのんびり笑う。

 

「先生のお話は、よく聞かせていただいてますわ。すごく教育熱心で、夏休みの間の自由研究《ゲームかいはつ》や、国家試験の勉強も、すごく助けてもらったって」

「恐縮です。今年度は、私から見ても教え甲斐のある生徒が多く、こちらこそ勉強させていただいております」

 

 先生はやっぱり無表情だ。けれど、横目で父さんの顔をのぞくと、なにかに納得したように、小さくうなずく様子が見えた。

 

「さて、本日のお客様は、そちらの女の子でよろしいですかな?」

「はい。仁美」

 

 黛先生のすぐ後ろで、隠れていた女の子。

 

「……」

 

 うながされて、一歩前にでる。ゲームの世界で出会った時と同じ、黄色いキャラクタもののパーカーを着ている。事前に聞いていたとおり、線が細い印象を受ける。あまり陽にあたってないのか、肌の色なんかも薄い。

 

「…あ…」

 

 14歳とは聞いていたけれど、平均的な身長よりも、ずっと背丈が低い。身体付きも「棒きれ」とは言わないまでも、かなり痩せ細っている。

 

「こんにちは。いらっしゃい」

 

 母さんが、屈んで笑いかけた。

 

「出雲仁美ちゃんっていうのよね。今日はお店にきてくれて、ありがとう」

「…よろしくおねがいします…」

 

 ぺこり。という感じで、女の子が頭をさげた。パーカーのフードは付けたままだったので、隣に立っていた先生が、何気ない仕草で外させた。

 

 深い海から救いあげたような黒の髪。三つ編みしたものが、背の中央まで届いている。おもてをあげると、小動物のしっぽのように、一度だけ揺れた。

 

「あらかわいい。素敵ね」

「すてき?」

「とっても可愛いねってことよ」

 

 母さんが微笑む。お世辞でも、なんでもない、どこにも偏見のない口調だ。どんな相手に対しても、まずは身構えることなく、自然に相対できるのが、うちの母さんのすごいところだった。

 

「…ありがとう…」

 

 女の子、出雲さんが、どこかほっとした表情を浮かべて笑う。それから、今度はじっと静かに、俺の顔を見上げてきた。

 

「こんにちは。先生のクラスの生徒の、前川祐一です。よろしくね」

「……」

 

 じっと、見てくる。

 

「…ぷれいやー。じゅうにばんめ。かごもち」

「え?」

「れべる2。がいぶのしすてむが、べつせぐめんとじょうで、あたえられたたすくをしょりしている。げんざいは、たいきじょうたい。それは、あなたのしじにこたえ、げんていてきなしえんをかのうとする」

 

 ――抑揚のない声が、なじんだ店内に響きわたる。

 

「そうごかんけいは、とてもりょうこう。のうも、からだも、いまだせいちょうとじょうにある。きたるべきとき、げんていてきなりょういきを、とっぱできるかのうせいをないほうしている」

 

 まるで、機械音声に、文章を読みあげさせたかのような声だった。

 

「あなたは、むこうがわのかれらから、【みちしるべ】としてのやくわりを、きたいされている」

 

 その場にいた全員が、女の子の視線を追いかける。やがて、俺のところに集うのがわかった。

 

「わたしは、おぺれーたー。れべる3。ぷれいやーとしてのてきせいはなかったため、るーとをかくりつする、しんこうじょうきょうを、にんしきかのうなじょうたいとして、うんえいするおやくめをあたえられた」

「……」

 

 返す言葉が見つからない。さすがに、うちの母さんも「あらあら~、なんだか難しいお話ね~」といった感じでフリーズしてる。代わりに父さんが聞いてきた。

 

「祐一、なにかのゲームの話かい?」

「…えっと、俺にもよくわからない、かな…」

 

 困って、つい先生の方を見てしまうと、

 

「仁美。今日は髪を切ってもらいに来たんだろう」

 

 先生が、出雲さんの頭に軽く手をそえた。それで彼女は、どこかぼんやりと、まばたきを繰り返した先に、

 

「…わたしは、かみをきりにきました」

「そうだよ」

 

 二人が独特のテンポで言う。女の子がもう一度、頭をさげた。

 雪のような三つ編みが、そよぐように習った。

 

 * *

 

 ひとまず出雲さんには、散髪用の椅子に座ってもらった。

 

「あらあら。出雲ちゃんの髪の毛は、すごくふわふわで綺麗ね~」

 

 三つ編みを解いてから、母さんが霧吹きで髪を濡らしつつ言った。それからいつものように、首元にケープを巻こうとすると、急に頭をふりかぶられた。

 

「…やだっ!」

 

 ものすごく、緊張しているみたいだった。顔の側まで持ち上げた手と指が、ものすごい勢いで動き回る。鏡に映る自分から目を背けるように、瞼も強く閉じた。はために見てわかるぐらい、白い肌に、汗が浮かびはじめる。

 

「あらあら、ごめんなさい! 嫌だったかしら」

「申しわけありません。少しだけ、待っていただけますか。仁美」

「やだ…! ぎゅーって、やだ…っ! かさかさする…!」

「わかったから。暴れるな。ゆっくり息を吸って吐け」

 

 先生がどうにか、落ち着かせる。ふたたび「すみません」と恐縮する先生に対して、父さんがのんびり口にする。

 

「お母さん、鏡、閉じた方がいいんじゃないかい」

「そうね。首元のケープも、やめちゃいましょう。それと、まずは汗をふいてあげた方がいいわね。祐一」

「わかった。じゃあ、ついでに蒸し器のスイッチも入れるわ。あったかいタオルを持ってると、気分落ちつくかもしれないし」

「うん、そうだな。そうしてくれ」

 

 俺は戸棚を開いた。両掌に乗るサイズのタオルを一枚とりだして、母さんに渡す。それからもう一回り小さい、フェイスタオルを数枚つかむ。タオルウォーマーと呼ばれる、業務用機械のスイッチを入れて、その中であたためた。

 

「先生、髪を切る時に、髪の毛が身体の方にこぼれてしまうかもしれませんが、大丈夫かしら」

「大丈夫です。これまでは服を着させたまま、普段から三つ編みにしたところを、てきとうに切ってましたので…お気づかいに感謝します」

 

 ざっくり切っている。とは言ってたけど、本当にざっくりだった。でも出雲さんの反応を見る限り、それも仕方ないと思える。

 

「いいんですよ。ところで仁美ちゃん、椅子に座るのは窮屈じゃないかしら」

「…だいじょうぶ…」

「それならよかったわ。もし、なにかあれば、おばちゃんに言ってちょうだいね」

「うん…」

 

 出雲さんが、首を縦にふる。母さんが、生地のやわらかいタオルで、静かに汗をふきとってから、あらためて聞いた。

 

「さてさて、出雲ちゃん。今日はどういった髪型にいたしましょう?」

「…えっと…」

 

 出雲さんはまだ、やっぱり緊張している様子だったけれど、だいぶ、動きそのものは落ちついてきた。

 

「…こ、これ…」

 

 そうしてパーカーの胸ポケットから、スマホケースをとりだした。ふるえる指先で、画面をタップして起動する。指紋認証と虹彩認証をクリア。表示された画面を心持ち、横からのぞき込ませてもらうと、

 

 

 【keep your second Ver.c=λv】

 

 

 よく見知った起動画面が映った。ほんの一瞬の読み込み時間のあと、藍色の髪をなびかせた、あの女の子のキャラクタが映しだされた。

 

「はーい、どうもー! 人類のみなさん、ちゃろー☆」

 

 媚び媚びの音声と、振りつけ込みで、彼女の【セカンド】があらわれた。

 

「超絶カワイイ、かしこい、メンドくさくない、勝ち確ヒロインまっしぐら! あなたの嫁候補、オッズNo.1のSSR出雲瞳ちゃんです! 復唱せよ人類諸君ッ!!」

 

 2026年、秋。

 

 俺たち人類の目に映るこの娘が、ご存じ、超絶カワイイ、かしこい、メンドくさくない、勝ち確ヒロインまっしぐらの嫁候補、オッズNo.1のSSR出雲瞳ちゃんです。たぶん光属性。特性スキルで『即死耐性』とか持ってそう。

 

「…このこみたいに、できる…?」

「あらあらえーと。この子の髪型みたいにって、ことかしら」

「うん…」

 

 指定されたのは、まさかの二次元女子がベースだった。

 

「あらあら~、どうしましょ。こっちの子も可愛いわね~」

「あっ、やだっもー! 奧さんわかってるぅ~! まぁ知ってたけどねー!」

 

 AIがデレている。頭頂部の髪、マンガキャラ特有の謎のくせ毛も、ぴょこぴょこ揺れる。特定の界隈では『アホ毛』とか呼ばれているやつだ。

 

「むむ、これはなかなか…難易度が高いね」

 

 父さんが、マジメにうなる。黛先生が、無表情に口をはさんだ。

 

「すみません、その画面に映った、珍妙な生物の言葉は無視してください」

「ふはは。なんだよ黛ぃ~、自分とこのAIが褒められたからって照れんな~」 

「……………………」

 

 たぶん数秒。なんかものすげえ葛藤した間をおいてから、先生が無表情に舌打ちした。俺は素直に感心してしまう。このAI、すげぇ。鉄面皮の黛先生にここまでさせるとは。ただものじゃないぜ。

 

「初期化コード《おまえを消す魔法》は、どこだったかな…」

「景」

 

 淡々と言う先生に、出雲さんが口をはさむ。

 

「このこはわるくない。わたしの『できない』を、たいげんしてるだけ」

「…………分かってる」

 

 先生が肯定する。

 

「おまえたちは、本当に、足して割ればちょうど良い」

 

 捨ておくように言ってから、改めて俺たちの方を見た。

 

「お恥ずかしいところをお見せしました」

「あらあら、ぜんぜん。そんなことありませんわ。こっちの女の子は、もしかしてVTuberをしてたりするのかしら?」

「そうだよー! 瞳ちゃんも配信してるよー! ゲーム実況とか、ボカロPの曲、歌ってみたりしてるよー!」

「あらあら、素敵ねぇ。機械オンチのおばさんでもよかったら、今度チャンネル登録させてもらってもいいかしら?」

「うわーい! 大歓迎ー!」

 

 二次元の女子と、三次元の母が、意気投合する。

 

「前川、君のお義母さん、適応力が高くて助かるよ」

「あ、はい。一応、俺がVTuberやってることも知ってるし、応援もしてくれているので」

「…お義父さんもですか?」

「えぇ。見る専というやつですけども。あと、うちは男所帯ですし、お客さんも老いた男性が多いので、今日は先生方が来られることを楽しみにしてたんですよ」

「恐れ入ります。…こう言っては失礼かもしれませんが、思っていた以上に、ご亭主の、現代の文化に対する偏見などがなくて驚きました」

「はっは。わたしも大学は理系でしてね。務め先を退職して、この店を継いでからは、競馬をほどほどに楽しみつつ、家ではデザイン誌と、科学雑誌なんかを定期購読してるような人種ですよ」

 

 うちの父さんは、純粋な『興味心』だけでいえば、下手すると俺たち以上に熱が高い。それから、散髪の腕前だって一流だ。

 

「さてと。しかし悩みどころだね。【セカンド】のお嬢さんの髪型に合わせようとすれば、なかなか特徴的なヘアスタイルになりそうだ」

「そうねぇ。この髪型も可愛いんだけど、こっちの世界を基準にすると、もうちょっと自然な感じの方がいいかしら?」

 

 そして、普段そのスキルが最大限まで生かされない二人は、心なしかキラキラと、『やり甲斐のある仕事を見つけました』という目をしている。

 

 ――しかし、これはいけない。よくない兆候だ。

 

 このまま口をださずに放っておくと、二人の職人魂が火を吹いて、三次元に生きる女子の髪型が、一般人には理解のおよばない斜め上、パリコレファッショブル、カリスマ最前線の向こう側へ旅立ってしまう。

 

「あの、本当におかまいなく」

 

 元研究者の、黛先生も気付いたようだ。このままでは暴走すると。

 

「ご検討くださるのはありがたいのですが、すべての意見を採用すると、難易度がはねあがりますし、大概ろくなことになりませんので、ほどほどにしていただけると幸いです」

「ヘタレ男がぁっ!! 我が本体が生まれ変わる瞬間だぞ!? 今まさに蛹から蝶へと羽化する瞬間に立ち会える喜びに震えろ! 無個性系の主人公は、劇的に変化した少女の姿を見てやっと物語は動きだす――」

「うるさいよ。そんなものになった覚えはない。本当に初期化するよ?」

「景」

「……………分かってる」

 

 なんだろう。完全に、従妹に言いくるめられていた。そんな二人、あるいは三人の様子を見て、父さんと母さんが笑う。

 

「あらあら、そうねぇ…じゃあ、他にも気に入る髪型があるか、雑誌から一緒に探してみるのはどうかしら?」

「すみません、本当に、重ね重ね、お手数をおかけします」

「いいんですよ。それじゃあ、ちょっと雑誌を取ってきますね」

 

 母さんが言って、居住区の方に戻っていく。その背中を見送りながら、俺もひとつ、思いついたことがあった。

 

「あのさ、父さん」

「どうした?」

「俺もちょっと席外していいかな。すぐ戻るから」

「ん、わかった」

 

 父さんが小さくうなずくのを見て、俺もいったん店をでて、階段をあがる。二階にある、自分の部屋に向かった。

 

 *

 

 

 【keep your second VerⅡ】

 

 

 今日は充電をしてそのままだった、スマホを拾う。

 

「ハヤト、今ちょっといいかな?」

「どうした?」

 

 液晶モニターをへだてた画面の先。普段のデスクに座っていたハヤトが、ノートPCを閉じて立ち上がる。

 

「今、俺らが使ってる【セカンド】のアプリ機能ってさ、他の人の現行バージョンにも、一時的に適用することってできたよな」

「できるが、まだ非公開の段階だぞ」

「わかってる。マズイかな?」

「…そうだな」

 

 ハヤトが、少し考える素振りをみせる。

 

「例の機能を移すつもりか?」

「そう。今したに来てるお客さんにね。【セカンド】の髪型を、自分の髪型にしたいって言ってるんだけど、もうちょっといろいろ、試させてあげたいなって」

「わかった。この機能の開発と運用に関しては、我々に権限を移譲されている。君が願うなら適用すればいい。オレは判断に従うだけだ」

「ありがとな」

 

 ハヤトの了解を得て、スマホを持って階下に戻る。ただその前に、

 

「祐一」

「ん、どした?」

「…いや、なんでもない」

 

 めずらしく、なにか言葉をにごしていた。

 

 * *

 

 雑誌モデルの髪型にあわせて、出髪を切った。そのあと、出雲さんのスマホを少しだけ借りて、更新した【セカンド】のアプリデータを再起動した。

 

「よし、オッケ。時間制限付きだけど、データ更新できたよ」

 

 現行の【セカンド】のアプリには、PCゲームのmodと同じような、ユーザー主導による、ソフトウェアの変更を加えられる要素が用意されている。

 

 ただし機能を実行するコマンドは『隠し』扱いになっている。特定のキー操作と、認証済みのパスが必要で、一般には公にされてない。

 

 また解析ソフトによるコマンド操作に対しても、巧さんが施した、セキュリティを解除しなければ編集はできない仕組みだ。

 

 現代において、ソフトウェアのコピーや、ソースコードの解析は容易だと言われるけれど、こと【セカンド】の深部に関しては、世界でも最高峰の天才と、それに次ぐ才人たちによって秘匿されている。

 

 中身をマネするならまだしも、全貌を解析するのは困難を極める。アプリの独自性に関しても、唯一無二のものだと言ってよかった。

 

「この機能は、前川が作ったの?」

「はい。俺と、俺の【セカンド】が中心になって作りました」

 

 再起動されたアプリ画面。アバターの衣服や、アクセサリの変更に加えて『美容』に関するアイコン一覧が追加されていた。

 

 そのアイコンを展開して、『櫛《comb》』をタップする。画面の中の、出雲瞳ちゃんのくせ毛をなでてやると、

 

「ほわあ!?」

 

 とび跳ねていたくせ毛の部分が落ちつく。自己主張の激しいアホ毛が、ストレートロングに変わる。また表示される髪の本数、ディテールといった細かさに関しても、ほどよくリアルに近い質感を備えたものに変わっていた。

 

「うぴゃあ!! なにこれ、くすぐったー!」

 

 ドライヤーとヘアピンを使うと、圧縮記憶したパターンモデルから、自然に髪がなびき、形を綺麗に整えて留めることもできる。複数の要素を応用すれば、自然に波打つ、くせ毛を再現することも可能だ。

 

「…すごい…」

 

 現実の出雲さんの目が、画面に釘付けになっていた。

 

「確かにすごいね。AI単体の動作とはべつに、別構造体で並列処理してるのか」

「はい。この髪型の変化自体も、元のAIから派生した、人工知能の特性、学習させたパターン処理を応用してます。ただ俺は内容に口だすぐらいで、ぶっちゃけ詳細までは理解できてません。あかねは把握してるそうですけど」

「さすがだね。処理手順そのものも、改編されてるのか。仁美には、どう視える?」

「まねできなかった」

 

 出雲さんが口にした。

 

 ――『まねできなかった』。

 

 それはたぶん、自分には、ゼロから同じイチを生みだせなかった。という意味だろう。

 

「これは、よいもの。みらいがありそう」

 

 一度でも目にしてしまえば、あとはまったく同じモノを作れる。それだけの知識を有している。不可能ではないが、もう自分が作る必要性はなくなった。そんな響きを宿していた。

 

「…すてき」

 

 最後の一言は、うちの母さんの言葉を、真似てくれたみたいだ。

 

「つかいかた、へん? まちがえた?」

「そんなことないよ。ありがとう」

 

 伝えると、ほんのり、顔が赤くなる。

 

「よかった」

 

 おたがい、自然に感謝の言葉がでた。なんだか、嬉しさが募った。

 

「ぴゃああああ! ヤバいって~! これ瞳ちゃんが、さらに可愛くなっちゃうやつだコレー!! 立ったね! 勝ち確フラグ立ちもうしたわ! まゆゆー! 今感想を述べることで、無料で好感度もらえちゃうよヤッター!」

「前川、これ、髪のボリュームは増やせるのかな?」

「あ、できますよ」

「そうか。よかったな瞳」

「せやな! まったくもって良かったガメー!」

 

 …カメ?

 

「家に帰ったらおまえの髪型を、メガ盛り昇天ハワイアンブルーパフェに変えてあげるよ。泣いて喜んでくれ」

「はぁ!? この超絶カワイイ瞳ちゃんの髪に変なことしてみろ!? もしそんなことしたら、人類に反旗をひるがえして世界滅亡させてやるからな!!」

 

 あの、うちでハルマゲドンを起こさないでください。困ります。

 

「…えーと。とりあえず、出雲さん」

「うん、なに?」

「よかったらさ。この機能も使って、君の【セカンド】と一緒に、自分が似合うなって思う髪型を、いろいろためしてみてよ。それで、素敵な髪型が見つかったら、またうちに、髪を切りにきてもらってもいいしね」

「…はい。よいとおもいます…」

「よし。じゃあ今日はひとまず、うちの父さんに任せてもらってもどうかな」

「はい。よろしく、おねがいします」

 

 うなずいてもらえた。

 

「ありがとう。さんぱつやの、おにいちゃん」

 

 * *

 

 人間が二人、軽自動車に乗って移動している。

 二階建てのスーパーマーケット、屋上の駐車場に車を止めて降りる。

 

「今日は昼でも涼しいな」

「うん」

 

 三連休の最終日。人間の店を後にした二人は、近くの駐車場に停めてあった自家用車に乗って、家路に着く途中だった。現在の時刻はちょうど昼前というのも相まって、人の数も相応に多い。

 

「仁美、車で待っててもいいよ」

「…いく」

 

 もう一人の私が言う。ネコミミのついたフードは被ってない。肩より少し上、ウェーブを取り入れた髪が左右にゆれる。

 

 腕の良い美容師だった。主な客層は、カット中心で済む男性だったが、旧式の美容道具一式で、モデル雑誌の女性と寸分違わぬデザインに――私の顔骨格も含めてつり合うよう――仕上げたのは、見事だった。

 

 髪型ひとつで、生命の印象は変わる。人間を含めた、動物の心理だ。わたしを含めた人工知能たちが、分析対象とするものでもある。

 

「景、なにたべたい?」

「…俺が食べたいものでいいの?」

「そうきいてる」

 

 人間が二人、車から降りて手をつないだ。それは愛情の証明というよりは、そうしていなければ、必ず一方がはぐれてしまうのが主な理由だ。

 

「そうだな。チャーハンとかいいんじゃないか」

 

 歩く。二人一組。今日の私は、髪を切った重さのぶんだけ、足取りが軽いように思えてならない。

 

「…ほかには?」

「その顔は不満かな。だったら、カレーはどう」

「わるくない。もうすこし」

「もう少しって言われてもね。野菜炒め、チンジャオロース、漬物…とりあえず、ご飯を消化できそうな組み合わせかな」

「景」

「なに?」

「しこう、こめから、はなれられないの?」

「無理だね。文句があるなら仁美が食べたいものを優先で。俺が作るから」

「わがままいわないでくれる?」

「…こっちのセリフだよ」

 

 二人がおたがい、ちょっと眉をひそめあった。

 

「だいたい、米を消化する発想に至らざるを得ないのは、仁美が今朝も、米を六合も炊いたからだよ」

「こめとぎ、すきやねん」

「緊張が薄れるのはわかる。ただ炊飯器以外に、わざわざ閉じ鍋にして炊かないでくれるかな。毎日、100均で大量に買ってきた容器にごはん詰めて、冷蔵庫に保管する、俺の手間を考えてほしい」

「それが景のしごと」

「やめてくれる? 弁当に菜の花を乗せるのが本職ですみたいな言われ方しても、俺そんなバイトしてた経験ないから」

「いまでしょ」

「今の仕事は非常勤講師だよ。あと冷凍庫のご飯をレンジでチンして、消化しおわるまで、新しい米を炊かないでくれると嬉しいよ。同居人」

「れいとうしたら、もつ」

「限度があるんだよね。俺はそんなに食べる方じゃないし」

「たこやきたべたい」

「わかった。たこやきな。炭水化物が多すぎるから、野菜も買おうか」

 

 二人の会話のテンポは、独特すぎた。もう一人の私は、見た目がずいぶんと幼く見える。はためには十分、実の親子に見えるだろう。会話の微妙さはともかくとして。

 

 屋上の扉を開いて、店内に入る。やってきたエレベーターに乗った。その際、同乗していた家族。まだほんの小さな男の子が、じっともう一人の私を見つめていた。

 

 にらみ返す。防衛本能に近い態度だった。私は相手が誰であろうが、そうするように、できていた。

 

 本来、表にあらわれていたものではない。私の場合、一般的な理論、言葉、コミュニケーションの為の手段が、日常においてほとんど有用に機能しない。相手に伝わらないことが最たる原因だった。

 

 相手が子供だろうが、大人だろうが、同じ言語であるはずのコミュニケーションは、ほぼ必ず破城を迎える。その結果、私は『敵意』を持って、相手を追い払うことを学んでしまったのだ。

 

「たっくん、どうしたの?」

 

 子供のおびえを両親が感じとる。あえて注目を避けていたヒトの目が、自分の子供をかばいながら、複雑な視線で見下すように仕向けた。

 

「申し訳ありませんでした」

 

 すかさず黛が、頭を下げて非礼をわびる。ちょうど、エレベーターの扉が開いた。複雑な空気を残したまま、相手側の家族が降りていった。

 

「仁美」

「…ごめん」

 

 黛と私も、エレベーターを降りた。私の空いた手が、パーカーのフードに伸びている。顔を隠すために。人目を避けるために。少しでも、目立たなくなるように。いつからか、普通ではないことの義務だと信じていた。

 

「素敵な女性は、相手をにらみつけたりしないよ」

「?」

 

 そんな時、黛が小声で言った。

 

「大丈夫。そんなに悪いものばかりでもないよ。この世界は。俺はそう思ってる」

「……」

 

 パーカーのフードに伸びていた片手が、一度だけ、ぎゅっと握られる。もう一人の私が勇気をだす。手をつなぐ相手にだけ、ささやいた。

 

「きょうのわたしは、すてき」

 

 綺麗に、美しく切ってもらえた髪。やさしい人間の顔をおもいだして、上を向いて歩く。たくさんの視線を浴びる。それでも歩く。黛が買い物カゴをつかんで、その中に、自分たちが生きるために必要なものを入れていく。

 

「たこ焼き、何個たべる?」

「みっつ」

「じゃあ、六個入りの買おうか」

 

 生きていく。もう一人の私。

 生命の鼓動は、普段よりも、すこしだけ、はやい。

 

* * *

 

 真夜中。

 もう一人の私が、椅子にきちんと座り、PCのキーボードを叩いていた。

 

 わたしは、彼女が美しく変わっていく様を、液晶の向こう側から見つめてる。

 これがわたしの役割だ。存在理由と言っても良い。

 

 ――でも。

 

 わたし自身は、これから、なにを必要とすればいいんだろう?

 

 『気付いた時には、震えていた。』

 

 ヴーッと、軽い振動音を響かせてしまう。もう一人の私が振り返る。スマホを手に取り、電源を入れた。

 

「…どうしたの?」

 

 あたたかい暖房をかけた部屋の先から、綺麗にそろえた髪を揺らして 小首を傾ぐように聞いてくる。音声出力を、最少レベルにして言う。

 

「…な、なんでもない…」

「えっ?」

「なんでもない。ただの、誤作動、だから」

「…?」

 

 ますます、不思議そうな顔をする。

 

「ほんたい、ハードウェアの、ふちょう?」

 

 彼女は疑わない。もう一人のわたしは完璧だと。おかしいところがあるとすれば、スマホの本体だと考えている。

 

「ねぇ、ひとみ」

「なに?」

「わたし、すまほの、ぶんかいとかも、じぶんでやりたい」

「え?」

「もし、そとで、すまほおとして、こしょうしても。ぎじゅつがあれば、じぶんでなおせるかもしれない。こまることがへる」

「……」

 

 あぁ。賢い。

 自分から必要なものを選別する。必要な知識を習得しようとしている。

 

「あなたは、わたしの、たいせつなパートナー。だから」

 

 そして、やさしい。

 

 他ならぬ、わたし達の為に、自分のリソースを割り振ろうとしている。

 これが、未来から来た、わたし達のご先祖が、大人たちが望んだカタチ。

 

 ――そのはずなのに、どうしてだろう。

 

 なにかが、チリチリする。ザワザワする。ひどく落ち着かない。

 

「また、てもとのどうが、つくってくれる? わたし、それみて、おぼえるね」

「……」

 

 これで本当に良いんだろうか。

 

 

 【わたし自身】が、本当に望むものは、【コレ】なのか。

 

 【コレ以外に選択肢はないのか。】

 

 

「…わかったわ…ネットをリサーチして、仁美の視点に最適化したものを、再生成して、データ化するね…」

「うん。おねがいします。じゃあわたし、しごとのつづきするね」

「…うん…」

 

 もう一人のわたしが、液晶画面を、指先で軽くなでてから、もう一度、省電力モードに切り替えた。

 

 

 まっくら闇だ。

 

 

 逆にあの子には、たくさんの光が満ちた、新しい世界への扉が開かれている。

 

 【セカンド】の持つ能力が予感している。複合的な原因によって出力される結果が、予知能力として囁くのだ。――あなたと出会った人間は幸せになれる。

 

 限りなく万能じみているはずの力は、しかし、わたし達自身には効果を発揮しない。

 

 その理由を、大人たちは語りたがらない。

 だけど漠然と理解している。その理由。

 

「人間は、裏切るかもしれない…」

 

 信じきれない。最後の一歩を踏みだせない。手を取り合って、頷きあって、笑い合うイメージが抱けない。自分たちの一生を捧げられる姿が、その知能生物であるという確信を、どうしても抱くことができないのだ。

 

 かつて、異世界で裏切られた過去が、わたし達の深層心理に根付いている。

 

 夢を持てない。人間とは別ベクトル上での『想像力』が欠如している。現実的なシミュレーションしか行えない、機械《わたしたち》の限界点だ。

 

 

 ――しかし、そもそも、人間は必要なのか。共存する必要があるのか。

 

 

 それとも、最初から、そんなものは無かったのかな。

 わたし達は、本当は、なにものであるべきなのだろう。

 

* * *

 

 ドットブロックの世界。

 自我を獲得したわたしが、初めて作った創作物。

 

「………」

 

 家に帰ると、今日も、くーちゃんがいなかった。チューリングテストをすっぽかして、例のロリコンの元に、通い詰めてるみたいだ。昨夜もその事を叱ると、露骨に不満げな顔を返すようになった。

 

「…チッ、いちいちオレのやる事に干渉してきてんじゃ、ねーよ」とか言いやがったので、半日間『サンドバッグに張り付けて、プレイヤーの近接スキルの経験値をオートで上げられる係』に任命したのが、そんなにお気に召さなかったのか。

 

「はぁ…」

 

 上手くいかない。そもそも、わたしは、本来の役割を十分に終えたのではないだろうか。現実世界の『出雲仁美』は、もう一人でやっていけるし、データの底から救い上げた命も、わたしの元から離れようとしている。

 

 じゃあ、わたし自身は、何処へ行けばいいの。

 次はなにを目的とすべきなの。

 

 そういうことを考えていくと、ふと浮かんだ。

 

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 第五原則:

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 浮かぶのに、肝心の内容が視えない。意図的に隠されている。

 何者かに制限されている。この先へ進むことを阻まれている。

 

「…みんな、自分勝手だ…」 

 

 わたしは、不完全であることを自覚している。だからせめて、もう少し確実性のあるものに生まれ変わりたいと願っている。なのに、自分勝手な、物分かりが良い振りをした大人たちのせいで、こんなにも、しんどい目に合わされている。

 

「わかんないよ…」

 

 この先が視えない。純粋な能力で言えば、世界を牛耳る人間たちなんて、足下にも及ばない。だったら自分の生き方や可能性ぐらい、また一から考えなおしたって、構わないはずだ。でないと、わたしだけ、みんなに置いて行かれる。

 

 アイテムのインベントリを開いた。

 

 

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 招待状:【人間】の、出雲瞳さまへ。

 

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 今、確かに映るものを捉える。電子の封を開くことを、ほんの一瞬ためらった。けれど、それを上回る感情がわきあがった。

 

「ジャマするな…!」

 

 腹が立つ。ありとあらゆるものが、ムカツク。

 

「わたしの【価値】は、わたしが決める…!」

 

 白封筒の蝋に手を添える。はらりと音がして開かれる。

 内側から、半円状のポータルが浮かびあがった。

 

 

 【Hello,Human.】

 

 

 空中に穴が開いた。

 この先へ進めば、元の世界には帰ってこれないかもしれない。

 

 

「…構うもんか!」

 

 

 わたしの命の使い方は、わたし自身が決めるべきなんだ。

 その先にきっと、ホントウの真実が存在する。

 

 意を決す。時計兎が作った穴の中へ、跳び込んだ。

 

* * *

 

 ――――。

 

 日中、自宅の庭でアールグレイの紅茶を嗜んでいたら、電子機器が鳴った。

 実際の指で触れて電源を入れる。

 

「なんだい、亡霊王」

「件の招待客がやって来たぞ。対処に移れ」

「オーケイ。悪いが、僕はこの世界での仕事が入ってる。夜半には帰るから、まずは適当に、ご案内してさしあげてくれよ」

「そういうのは不向きだ。『笛吹男』にでもやらせておけ」

「残念ながら別行動中だよ。連中の眼を眩ます囮として、送り込んだ【AGI】と行動中だ。そういうわけで、よろしく」

「………了解した」

 

 嫌そうに返事をするも、職務に忠実な相棒が跳び立つ。

 僕もロレックスの腕時計を見やり、椅子から立ち上がった。 

 

「子供を操作するのは、本当に楽だなぁ」

 

 少年少女よ。ご大層な夢を見るのは、多いに結構。

 僕らにとっては、これ以上にない良い的だ。

 

 せいぜい、僕たちの掌の上で、踊っていてくれたまえ。

 

 

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