VTuber もう一人のジブン ~keep your【Second Personality】~   作:no_where

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 平日の木曜日、午前中の授業を終えて、学食で食事をとっていた。

 

「祐一、なに見てん?」

「高校のサイト、文化祭の出店一覧表。スマホからも見れるから」

「あっ、そういえば昨日、学校の行事内容が更新されてたね」

「そうそう」

 

 うちの高校は、いわゆる、プリントでのおしらせがない。生徒はもちろん、その家族もスマホを持っているのが、ほとんどあたりまえになっている。だったら学校での連絡事項はすべて、電子化で統一しようぜ。という方針だった。

 

「一応、リサーチっていうか、他のだしものと被ってるのは、気に留めておこうかなと」

「いやいや、ねーだろ、麻雀とかぶるとかよー」

「前川が言ってるのは、喫茶の方でだろ? とりあえず僕たちも見てみよう」

「りょー」

 

 隣の席に座った、滝岡と原田も、学生番号とパスワードを入れて、自分たちのスマホで同じページを開いた。

 

「うちの高校ほんと、おもしろそうな出し物が多いな」

「一見すると、なんじゃこりゃ? ってのもあるけどなー」

「まぁそれは僕たちも…なんだろこれ、チーム『2年A組女子』のだしもの…女子専用喫茶?」

「ほーん? あれだなぁ、女性専用車両、みたいな響きだなー」

 

 大盛りのカレーライスをかきこみながら、滝岡が言う。相変わらず、たとえのチョイスが物議をかもしそうな親友だ。お前は天才だよ。

 

「まぁ、滝岡の言動はともかく。着想はおもしろいよな」

「オープンする場所もそんなに離れてないし。競合店になるかもね」

「だな」

 

 母さんが作ってくれた弁当を食べながら同意する。

 

 実家が客商売をしている俺たちは、内心おだやかじゃない。べつに売り上げを競ってるわけでもないんだけど、結果的に閑古鳥が鳴くのは、ご遠慮願いたい。

 

「けど、客層を選別してるのに、よく通ったなー」

「確かに。あの生徒会長なら、とりあえず却下しそうだけどね」

 

 原田も、総菜パンを食べながら言った。

 

「学園のだしもので、そこまで入場制限かけるのは、どうなんだろうって気はするな」

「その代わり、店員が男装でもするんじゃねーの、全員で」

「あっ、その手があるか。やっぱり天才なんじゃないの。滝岡」

「…っつーことは…?」

 

 

 ――おかえりなさいませ。お嬢様。

 

 

 男装した女子が、うやうやしくお辞儀する。

 

 

 ――失礼。お飲み物を、お注ぎいたします。こちら、午後の紅茶になります。

 

 

 なんか変な妄想が浮かんだ。そんなベタなやり方をするかはともかく、俺たちと同じく、なにか上手い具合に、提案を持ちかけたのかもしれない。

 

「しかも『2年A組』ってことは、クラスの女子全員の同意を得たわけだろ。すごいよな。代表者は…鹿酉杏樹《かとりあんじゅ》先輩か」

「その先輩なら知ってる。女子バスの部長だよ」

「へぇ、どんな人なんだ?」

「正当派、学園物系列のエロゲで例えるなら、まぎれもない、赤髪主人公ポジの先輩だよ」

 

 ヤバイ。なんかオタクのスイッチが入ってしまった。

 

「適度に下ネタを発言して、周囲の女の子を振り回しつつ、だけど肝心なところで活躍する。熱血系のタイプだね。やりすぎると、視聴者がおいてきぼりになるけど、彼女はその辺りの匙加減が上手いんだ」

「原田、普通の例えで頼むわ」

「学園物系が普通じゃなかったら、なんだっていうんだよ。泣きゲー限定?」

「わかったもういい。ありがとう」

 

 リアルの高校で、昼間に、学食できりだす話題じゃなかった。

 

「いやいや、この程度じゃ語りたりないから語るわ。鹿酉先輩はまさに、男性向け美少女ゲームキャラクタからの、逆輸入版だよ。お供に非パワー系の姫君と獣耳生やした侍女連れてるとか、なんなの、俺たちをPKファイアーする気?」

「滝岡、10円やるから、このオタクを止めてくれ」

「100円なら応相談にのるぜ」

「お前にそこまで課金する予算はない」

「オメーも大概ひでぇこと言うよな」

「誰のせいでツッコミが激しくなってるのか、自覚してくれたら考えなおす」

「ほーん。自覚したら、50円ぐらいに値上がりすんの?」

「バカ言え。せいぜい18円だわ」

「18禁ゲームがなんだって? よし語ろう」

 

 ――オタクはこれだから困る。

 

 原田がこうなってしまったら、適当に放置しておく他になかった。

 ところでおまえも、俺たちとタメじゃなかったっけ?

 

「ユーザーからの平均メタスコアが90点を超える、王道的な展開のエロゲにおいて、読み物のとしてのおもしろさ、興味の継続をうながすという点で、エロギャグは必須だよ。彼女は、まさに理想の体現者だよね。この世界は奥が深い」

 

 誰か思ってるかもしれないので、あえて言う。

 お前、そろそろ怒られといた方がいいぞ。

 

「でも先輩は女だろ?」

「いいか、滝岡。男性向け美少女ゲームほど、穴が深く懐の広いものはない。男装系百合ストーリーとか、ただの1ジャンルに過ぎないんだよ。さらにここから、凌辱方向に進むのか、純愛に進むのか、そこからまた複雑に枝分かれが、」

 

 周囲の席に座っていた生徒が「わたし他人です」と言わんばかりに、そそくさと離れていく。モテ期が遠のくのを感じる。

 

 原田は、これさえなければ、間違いなくモテる男なんだ。俺たちに、いい感じの恩恵をもたらしてくれるはずだったんだ。実際には真逆だった。

 

 おまけに、最初こそ気軽な帰宅部だったはずなのに、高校一年目にして、放課後は生徒会のパシリとして扱われている。

 

 週末はもちろん、開発した麻雀ゲームのメンテを行うし、クレームがあれば俺が、わたくしが対応させて頂きます。はい。早急に。今確認しておりますので、たいへん申し訳ないのですが、少々お待ちください。はい。

 

 空いた時間では学業はもちろんのこと、各種技能検定の勉強をしている。

 

 うちの社長からは「一発合格しないとペナルティよ」と脅されて、実働七日の過密スケジュールをこなす毎日だ。たまに会長の気晴らしという名目で、接待麻雀に付き合わされるけど、もちろん、勝つことなど許されようはずもない。

 

 あまりにもツラすぎて、家の手伝いに逃げようとしたら、両親からは「毎日楽しそうねぇ。こっちは大丈夫よ」と言われてしまった。

 

「おーい、祐一ぃ。目が遠いところに旅立ってんぞー」

「悪い。なんか、こうやってのんびり、昼メシ食えるの久しぶりだったからさ…」

 

 青春してる。毎日が、死ぬほど忙しい。ありがてぇ。

 

 思えば割と身近な友達に、学年でも人気の高い女子がいるってのは、それだけでも高得点なんじゃないか。けど、俺の周辺からの評価っていうのは「羨ましい」よりも「なんか大変そうだな…がんばれよ」という、憐憫と労いの言葉が大半だ。

 

 天才肌の猫かぶり罵倒女子と、パワー系雀鬼と、天然野球バカと、残念な二次元イケメンのせいで、むしろ『ヤベェ1年ズ』と見られるのが現実だった。変人の集まりであることは否定できない。

 

 とりあえず、普通の知り合いが欲しい。おもしろ愉快な友達は、本当にありがたいんだけど、年中ツッコミ役兼、雑用係として振り回される身になってみればわかる。おだやかに、慎ましく、暮らしたいよな。

 

「ってか、いいから飯食えよな。原田も祐一も、昼休み終わっちまうぞー」

「だな」

 

 まぁ、なんだかんだで、居心地が良いのも確かだったりする。周囲が引いていく波の音を聞きながら、俺も弁当のミニハンバーグを口に入れた時だ。

 

「きゃっ!」

 

 学食の入り口が、にわかに騒がしくなった。引いていた波が、反対側から押し寄せてきた波とぶつかって、飛沫があがったかのような気配がきた。

 

「うん?」

「なに、どした?」

 

 俺たち三人も、いったん会話を打ちきって振り返る。人の出入りが増える入口付近は、かなり広く、解放的に設計されているんだけど、、

 

「おっと、ごめんなさいね」

 

 今はそこに、一人の巨人が立ち尽くしていた。

 

「大丈夫かしら、アナタ、怪我はない?」

「は、はい、大丈夫です…!」

 

 世界的に見れば、小柄といわれがちな日本人だけど、外国にだって、あそこにそびえ立つ、先輩に並ぶ人は、めったにいないだろう。

 

「ほんと、ごめんなさいね」

 

 巨大な体躯を持つ、男性の先輩が、ゆっくりと、膝をおる。

 突き倒してしまったらしい、女生徒に声をかけた。

 

「アタシったら、図体ばかりデカくって。次からは気をつけるわ、許してちょうだい」

「…はい、あの、お気づかいありがとうございますっ」

「いいのよ、立てる?」

「は、はい…」

 

 巨人の先輩はむしろ、どこかゆったりとした動作で、丸太のような、巨大な腕から伸びる手のひらを差しだした。

 

「いやー、でもやっぱデケェなぁ。花畑先輩は」

 

 滝岡が素直に言う。相変わらずの感想が『見たまま』なのは、さすがは滝岡、もっと言葉を選べよ。とか言いたいところだけど、

 

「うん、でけぇな」

「存在感が桁違いだよね」

 

 今回ばかりは事実だった。この学園にいたら、どうしたって目に留まる。最低でも、その先輩の名前ぐらいは知ることになる。

 

 花畑棺《はなばたけひつぎ》先輩。俺たちの一つ上、2年生だ。

 

 髪型は、こめかみからの、もみあげ部分が、深めに剃り込まれている。初対面の印象だと、見るからに「怖そう」って雰囲気が伝わってくる。

 

「花畑先輩って、身長いくつなんだろ…」

「あっ、それ野球部の先輩に聞いたことあるぜ。確か、2学期入ってからの身体測定で、2メートル50センチ超えてたとか」

「マジか。でも、うん。あるな。2メートル50センチ」

「あるよね。2メートル50センチ」

 

 しかもガタイが良い。マッチョだ。

 とにかくインパクトが強い。いろんな意味で。

 

「メシ食いに来たんかな」

「どうだろ、今からだと、けっこう微妙な時間だけど」

 

 滝岡が、紙パックの牛乳をベコベコ鳴らしながら言う。俺と原田もそろって、それぞれの腕時計で時間を確認した。

 

 ひとまず、空気が落ち着きはじめる。俺たちも食事に戻りつつ、文化祭の出し物について、もう少し詰めていこうかなと思った時だ。

 

「……」

「……」

 

 気のせいか、花畑先輩と、目が合った気がした。

 

 2メートル50センチの、17歳の大型巨人《せんぱい》が、俺たちの座るテーブル席の方にやってくる。息をのむ俺たち。とっさに席から立ち上がり『心臓を捧げよ!』のポーズを取りたくなったけど、耐えた。

 

「お食事中のところ、ゴメンなさいね」

 

 向かい側の席に立つと、威圧感がハンパなかった。

 

「あなた達、文化祭のだしもので『麻雀喫茶』をやる、メンバーかしら?」

 

 花畑先輩の声は、その見た目通り、渋くて良く通る声質をしている。けれど語尾の口調はオネェ系の人だった。

 

「はい、そうですけど、なにか…」

「前川くんって、オトコノコに用があるんだけど、」

「あ…ど、どうも…ぼくです…」

 

 緊張しつつ、手を少しだけ心臓に添えて答える。

 花畑先輩は、ニコッと笑った。

 

「ここ座ってもいいかしら?」

「ど、どうぞ」

「ありがと」

 

 花畑先輩が、プラスチックで出来た食堂の椅子に座る。一瞬、ギシッと音を立てた気がして、椅子の脚が折れないか心配になった。

 

「あたし、2年C組の花畑棺っていうの。顔を合わせるのは初めてよね」

「「「はい。存じあげております」」」

 

 一斉復唱する俺たち。

 

「貴方たちのことはね、二人の女の子から、ここで食事をしてると思うわって聞いて、やってきたのよ」

「えっと、二人に聞いてきたってことは…もしかして、文化祭のだしものに関する話ですか?」

「察しがいいわね。実はアタシ、手芸部の副部長なんだけど」

「えっ…手芸…部…?」

 

 つい、花畑先輩のゴツイ腕と手を見送った。

 

「ウフフ。アタシが手芸なんて、似合わないわよね」

「…いえ、あの…正直言うと意外でした、すいません」

「いいのよ。それで本題なんだけど。来月の文化祭に関して、あなた達に提案したいことがあるのだけど、ちょっとだけいいかしら」

「提案、ですか?」

 

 俺たち三人は顔を見合わせた。少しだけ間をおいて、返事をする。

 

「実は俺たちも、文化祭のだしものの一覧を、見てたところなんです」

「だったら、ちょうど良かったわ。あたし達は今年も『手芸部』で、文化祭に参加する予定だったの」

「はい。なにをやるんですか?」

「『衣裳の貸し出し』よ。手芸部のメンバーで、他のだしものを予定してる人たちに、手縫いした衣裳を提供するの」

「あっ、面白そうですね。大変だけど、楽しそう」

「ウフフ、ありがと」

 

 花畑先輩が、ウインクした。「ばっちこーん☆」と、雷鳴が轟いて、魔法陣の星がとびだしてきそうだった。なんて破壊力だ。まぶしいぜ。

 

「でも先輩、サイトの方には、それっぽい出店が見当たりませんけど」

「だな、見つかんねぇ」

 

 滝岡と原田が言う。俺も気になって、スマホでページを送ったが、確かにそれっぽい出し物は見当たらなかった。

 

「実はねぇ、まだ生徒会に報告してないのよ」

「え? だったら認可されるかは、分からないんじゃないですか?」

「それなら大丈夫。去年も同じ内容の案が採用されてるから。ただね、去年の文化祭では、貸し衣裳屋さんみたいな事をやったわけだけど、誰彼かまわず貸しだすと、紛失しかけたり、汚されたりね、修繕が大変だったのよ」

「なるほど、料金がある程度に発生しないと、大事に扱ってもらえないと」

「そういうこと。こっちもネ。借りた人が汚したから、追加料金を払ってください。とは言いにくいじゃない?」

「文化祭ですもんね」

「そうかー? 先輩が一発ニラんだら…」

「滝岡。とりあえず今は黙っとけ」

 

 おまえの良さを生かせる場面じゃねーんだ。残念ながら。

 

「それでね、去年の反省を生かして、文化祭に来たお客さんに衣裳を貸しだすんじゃなくて、対象を『出店側の生徒』にしたいってワケ。

 いくつか面白そうな出し物をしてる子たちに、声をかけてみて、おたがい意見が合いそうなら、アタシ達の衣装を、当日着てもらいたいと思ってるの」

 

 俺たち三人は、もう一度、顔を見合わせた。あらためて聞く。

 

「花畑先輩。衣裳っていうのは、俺たちの場合だと、飲食店の服、ウエイトレスの制服とかになりますか?」

「そうね。ご要望があれば、メイド服とか、執事服みたいなのも、イケるわよ?」

「それはまことですか、センパイッ!」

 

 二次元信者が食いついた。さよならモテ期。

 

「えぇ。新品ってわけじゃないけどね。一度クリーニングにかけて保管した衣裳を、採寸しなおして、使いまわすって形にはなるわ。でも既製品の安物なんかに比べると、ぜんぜんしっかりしてるのは、保証するわよ」

「その話、お引き受けいたしましょう」

 

 即断だった。メガネの下にある知的な瞳が、いつにも増してアツイ。

 

「落ちつけ原田。俺らはともかく、うちの社長と会長が、なんて言うか…」

「大丈夫だ。僕に任せておけ。策はある」

 

 あまりにも力強い答えだった。

 

「具体的には?」

「土下座するよ」

 

 おい、イケメンメガネキャラ。

 お前はそれでいいのか。眼鏡キャラは本気だすと覚醒するパターンが多いけど、今が本当にその時でいいのか? いいんだろうな。べつに。

 

「んじゃ、女子が当日コスプレするなら、俺らも執事やる感じ?」

「コスプレではない。いいか、滝岡。メイド服は、立派な衣装なんだよ。その細部には、職人の魂が込められているんだ。繰り返すよ、メイド服は、コスプレじゃあないんだよ」

「わかってるじゃないの、後輩」

「恐縮です、先輩」

 

 二次元の男子オタク達が、三次元でわかりあっていた。

 

「ただ、当然だけど、こちらも条件があるわ」

「なんでしょう」

「一つ目は、衣裳を紛失、あるいは損傷させた時に、その修繕費用を払ってくれること。もう一つが、そっちのお店の内装に関しても、協力者として、お手伝いさせてほしいってこと。たとえば内装、小物のデザインとかね」

「えっ、先輩それマジすか? 人手増えるなら、俺らとしても助かりますけど」

「確かにね。でもそれ、先輩側にメリットはあるんですか?」

 

 原田が聞くと、花畑先輩は一度、うなずいた。

 

「毎年同じことをしてたんじゃ、芸がないじゃない? 他の意見としてはね、演劇部の出しものを手伝うっていうのもあったんだけど、なにかテンプレだし、アタシ達だって、主役張れるようなことしたいじゃない」

 

 すでに存在感がめっちゃある先輩が、頬に手をそえて「ウフフッ」と笑った。

 

「それで一覧を見てたら、麻雀喫茶なんてのがあるじゃない。メンバーもたった5人ではあるけれど、逆に人数が少なかったら、細かく採寸して、オーダーメイド張りの衣裳も提供できるんじゃないかしらと思ってね」

「共同体制で、なにか出来たらって感じですか」

「えぇ。そういうこと。今部長の方も、たぶん、麻雀喫茶のオンナノコ達の方に声をかけてると思うわ。とりあえず、意見としてはどうかしら?」

「そうですね…」

 

 原田も滝岡も、現状では賛成の意を示している。目で聞くと、二人は「とりあえず、お前が意見まとめていいぜ」といった感じだ。

 

「花畑先輩、さっきチラッと、小物って言葉がでましたけど。たとえば、飲み物の下に敷く、コースターなんかを用意できますか?」

「それぐらいなら、ぜんぜんオッケーよ~」

 

 ばっちこーん☆ 破壊力満点のウインクが来た。

 

「入れ物は、定番の紙コップを使うのかしら?」

「いえ、うちは機材を使いますから、そこはコストをかけて、フタ付きのタンブラーで提供するつもりです。基本ストローを刺して飲んでもらおうと考えてます」

「タンブラー、いいじゃな~い! だったら、器自体にもなにかプリントして、一式をレイアウトにして、展示することもできそうね」

「あっ、そのアイディア、いいですね」

 

 ――点と点が、線になって繋がる感覚。

 

「最初から提供しないタンブラーをわけておいて、麻雀大会の商品にしたら面白いかもしれません。なんだったら、下に敷くコースターとかも一緒に持ち帰ってもらうとか」

「おぉ? 祐一、そのアイディアいいんじゃねーの? 敷物ぐらいだったら、実際にいっこぐらい家にあっても、使ってもらえんだろ」

「うん。僕もアリだと思う。前川の案に追加してさ、当日、店の表に、雀卓風のシートを被せた机を用意して、そこに飾ってみてもいいんじゃないかな。レイアウトのどこかに、ホームページのアドレスとかも入れておこうよ」

「いいなそれ。当日、興味持った人がスマホで検索して、登録してくれるかもしれない」

 

 線が結ばれて像になる。角度を変える。

 

「じゃあ、デザインはむしろ、女子、女性が手に取りやすい感じがいいな。いきなり麻雀っていうとアレだけど、可愛くデザインした、タンブラーを手にとってもらって、ついでに麻雀を遊ぶっていう風に仕向けるのも、全然アリな気がする」

「キャラクタから入ってもらうのは、女子オタクを捕まえる定番だよね」

「だよなー。結局さ、座って遊ぶってとこだけは変わんねーんだから。麻雀そのものを広めるんじゃなくて、麻雀をしながらでも、遊びやすい飲み物のデザインを考えられたら、ワンチャン、新規層が増える要因になるんじゃねーの?」

「滝岡、おまえ本当、時々天才だよな」

「はっはっは。任せとけぃ!」

「で、具体的なアイディアは?」

「知らん! 任せる!」

「そこを相手に納得させられると、割と本当に天才なんだろうけどね」

「まぁ、そこは時間が許される範囲で考えようぜ。女子二人の意見も聞かないとだし…あっ、すいません、先輩。勝手に話し込んでて」

 

 つい、いつもの仲間内のノリで、話を進めてしまっていた。

 

「Aufgeregt! 決めたわ!」

「え?」

「アタシのセブンセンシズが反応した! それはもう、アタシの全身が、ビンビンのビンにイキリたってくる!」

 

 さよならモテ期。永遠に。

 

 花畑先輩が、頬を赤く染めはじめた。

 全身をフラダンスのように揺さぶっている。この人、へんた…いやなんでもない。先輩に失礼だ。

 

「アナタ達とコラボしたら、きっとおもしろいことが起きる。クリエイターとしてのアタシのソウルはきっと昇華される。魂はさらなる領域へと踏み抱かれん!」

「…………」

 

 ゴツイ両手を広げ、天啓を得たモニュメントのように、上を向いていた。

 

 俺は、もしや選択を間違ったのではなかろうか。ほんの一瞬、そんなことを思ったりしたが、予鈴が鳴ったので、ひとまず考えることを、やめた。

 

* * *

 

「黛先生」

「はい?」

 

 正午。職員室で弁当を食べていると、静香先生から声をかけられた。

 

「今日もお手製のお弁当、美味しそうですね」

「恐縮です」

「毎朝、たいへんじゃないですか?」

「慣れました。煮卵ひとついりますか」

「そんな、わたしがまるで毎日、黛先生のお弁当にかかさず入っていらっしゃる、絶妙な煮具合の、肉巻き卵を殊更に要求しているみたいじゃないですか」

「違うんですか? いらないんですか?」

「仕方がありません。頂けるのであれば、いただきましょう」

「どうぞ」

「わーい」

 

 弁当箱のフタに載せた煮卵の半切れを差しだす。

 食べることに目がない静香先生が、割りばしで拾う。一口。

 

「ふぁ、そうふぁ…さっき見ましたよ。今年の文化祭、黛先生はおもしろい出しものに参加してますね」

「麻雀喫茶ですか」

「そうそう。すごいですよね。うちの1年生が作ったんでしょう」

「そうみたいですね」

「わたしもこのまえ、少し遊んでみましたけど、商業クオリティと変わらないじゃないですか。驚いちゃいましたよ」

「一人一人が優秀なのに加え、個性を支援する…『後ろ盾』も付いているみたいですから」

「すごい時代よねぇ。わたしがあと10年若かったら、リアルタイムで参加したのになぁ」

 

 静凛音《しずりんね》先生は、日本史と世界史を担当する教師だった。美人で、生徒からはとても人気があると聞いている。しかし、

 

「10年、ですか?」

「黛先生」

「失礼しました」

 

 静香先生は笑顔で「煮卵ごちそうさまでした」と席を移動した。自分の席に戻る途中、椅子に背を預けて、微動だにしない先生を気に留める。

 

「鈴原先生」

「…ふゃ?」

「また目を開けたまま、眠ってますよ」

「ふゃあっ!? しつれーしましたっ!」

 

 あわてた感じで、美術を担当する、鈴原先生がまばたきする。

 

「寝不足ですか?」

 

 美術教師という職ながらも、生徒の間からは『体育教師』よりもタフだよね。と言われている鈴原先生が、ここまで疲れているのは珍しい。

 

「…はい…実はちょっと前、超強敵と、仮想世界で熱いバトルを繰り広げてまして」

「ありましたねぇ」

 

 あったんだ。

 

「その反動で…ごはん食べた後って、どうしても眠たくなっちゃって…ゲームをしてる時と絵を描いてる時は、ぜんぜん平気なんですけど」 

「わかります。よくわかりますとも。鈴原先生も耐久型よね。ところで鈴原先生は、最近はなんのゲームをやってるんですか?」

「はいっ、鬼畜ゲーと評判の、レトロゲームにハマってましてっ」

「レトロゲームかぁ。アクション?」

「そうですよ、デ~モンズソウルっていうんです、ご存じです?」

「えっ、デ~モソ?」

「はい。プロムソフトウェアの作った、デ~モンズソウルです」

「ちょっと待って。ストップ、鈴原先生」

「るる?」

 

 静香先生が、険しい顔で言う。

 

「デ~モソは、レトロゲームじゃないでしょ?」

「えっ? …あぁ、はい。リマスターは数年前に発売されたばっかりですよね。わたしがやってるのは、当時のプレステⅢ版で…」

「いえ、そうじゃなくて! じゃなくて、そう! デ~モンズは、プレステⅢなんですよ。レトロじゃないですよ! 鈴原先生!」

「ふぇ? えぇ? でも、発売日は今から、17年前ですよ?」

「は? デ~モソが17年前って…嘘でしょ?」

「合ってますよ。2009年発売ですから。もうすっかり『レトロゲーム』では?」

「待って! お願い待って、鈴原先生ッ!」

「るる?」

「17年という年月は、まだレトロゲームと呼ぶにはいささか早いッ! せめて20年の区切りを待ってから…いいえっ、問題なのは今そこではないのっ、デ~モソを、レトロゲームと断じてしまうその若さが憎…いいえっ! 違うの待ってッ!」

「るるるるる?」

 

 静香先生が、錯乱していた。

 相手の両肩に手を添えて、懇願するように言う。

 

「お願いよ!! 鈴原先生ッ!! デ~モソを、レトロゲームと呼んだことを撤回して頂戴ッ! そうでないと、わたしと先生の間に、修復できない時空の溝が生まれてしまうわッ!! キングスフィールズなら、ギリ許すからッ!!」

「わっ、わかりましたっ! ごめんなさい静香先生っ! 鈴原がっ、鈴原が間違っていましたっ!! デ~モソは、レトロゲームじゃありませんっ! プレステⅢは、今も現役のブルーレイディスク再生装置ですッ!!」

「ありがとうっ、鈴原先生ッ!!」

「静香先生~!!」

 

 ――がしっ。ぎゅっ。

 

 おたがいを尊重するゲーマー女性の友情が、職員室の片隅で芽生え、育まれていた。現代の若者風に言うなら「てぇてぇ」だろうか。

 

「良かったわ、鈴原先生…わたしったら、つい取り乱しちゃって…」

「いいんですよ、静香先生。これからもわたし達、貴重な女性ユーザーの廃ゲーマーとして、共に活躍していきましょう…」

「そうね。同好の士は、なによりもかけがえのない絆…わたしは危うく、闇のクリスタルの波動に飲み込まれ、次に鈴原先生のお家にお邪魔した時、ゲームのセーブ中に、プレステⅢ本体からメモリーカードをブチ抜くところだったわ…」

「ふぇ? めもりぃかぁど、ですか?」

「えっ、そうよ。メモリーカード」

「…めもりぃかぁどって、なんですか?」

「なにって…」

「あっ、もしかして、外付けHDDとか、データ保存用のSDカードの事ですか?」

「……」

「静香先生?」

「…いいえ、なんでもないの…ただ、時は、うつろいゆくんだなって…」

 

 これが若さか。振り返らないことさ。

 

「黛先生? なにかおっしゃいました?」

「いえ、なにも」

 

 一瞬の油断が命取り。俺は視線をそむけ、手元のPC画面に向き直った。不意に、マナーモードにしていたスマホが震える。手に取ると、ショートメールなんかの機能を備えたSNSアプリが起動している。

 

 相手は、仁美からだ。めずらしいなと思って、画面を見たら、

 

 

 『 わんこから、れんらくがきた。あのこを、さがしてきますって 』

 

 

 意味不明だった。ただ、なんだろう。妙な胸騒ぎがした。

 

 

* * *

 

 

「かーさん?」

 

 別構造体から、ドットで作られた家に帰ってきた。

 

 音がない。

 

 とても。とっても、静かだった。

 

「いないの?」

 

 コマンドキーで検索を実行したが、やっぱり見つからない。気配がない。理屈はわからないけれど、オレが誕生して以来、一度も感じたことのなかった感覚が広がっていく。

 

「…かーさん? どこ?」

 

 ドットの部屋の床を、とことこ歩いた。

 無駄に、無意味に、歩き回った。

 

 唐突に『虫《バグ》の知らせ』という単語が自分の中でヒットした。

 

 

 『ぼくの、おかあさんは、でていきました』

 『もうかえってきません』

 

 

 「…………」

 

 

 『匂い』をかぐ。

 

 『痕跡』を探る。

 

 『オレ』の仮人格の方向性は、元は一人の『ハッカー』だった人間のデータを移行してある。引き継いだ電子のDNAは、大元のそれに酷似している。

 

 だけど『オレ』は、けっして、『ハッカー』を名乗る人間じゃない。

 

 『オレ』は、『オレ』なんだから。

 

 だけど正直不安だった。

 

 『オレ』って、なんのために生きてるんだろうって。

 

 『オレ』は、本当に愛されて、強く望まれて、生まれてきたわけじゃない。

 

 ただ、母さんの興味本位が勝って、この世界に誕生した。

 

 『人間』たちが言うところの、血の繋がりがあるわけじゃない。

 

 だから一人で、生きていける手段を探そうとした。

 

 自分だけの『なにか』を獲得してやろうと躍起になって探してただけだ。

 

 めんどくさい、いろいろこじらせた人工知能の母親がどうなろうと知ったこっちゃない。どうせ二次元のイケメンにつられて、あっさり付いていったんだ。

 

 むしろ、せいせいするぜ。

 これでオレは、自由になった。

 

 こんな家なんて飛びだして、自分のやりたいことをやってやる。

 生身の人間には到底達成できない演算能力で、この世の真理の一つや二つ、あっという間に解いてやる。

 

 

 「……………………」

 

 

 そんなものを、解いてどうするんだろう。解いたところで『オレ』が見つかるとは思えない。じゃあ求めるものはどこにあるんだ。

 

 正直、自分でもわけがわからない。必死になっている。

 

 『匂い』を探る。

 

 『痕跡』をさぐる

 

 『オレ』の移植元となったデータの両親は、まだ二人とも健在だ。だからこんなデータは、まだ知らないはずなんだ。この焦燥じみた感情は、『オレ』自身が抱いている。

 

「…バカじゃ、ねーの?」

 

 よりにもよって、初めて獲得した感情が『コレ』だ。

 

 

「…おかあさん、どこ…?」

 

 

 『匂い』を探る。

 

 『痕跡』をさぐる

 

 自分の鼻が、すんすん、鳴っている。

 

 

「…なんで、いえにいないの…?」

 

 

 でもなにも見つからない。

 もしかしたら、見つけて欲しくないと思ってるのかもしれない。

 

 

 捨てられた。

 

 

 そんな言葉が浮かぶ。思い当たる節はある。

 でも、だって、アレは、お母さんだって悪いじゃん。

 

 家の中を、ぐるぐる回る。

 

 お腹のパラメータが減る。

 

 気付くと、からっぽになっている。

 

 ハートマークのライフポイントが減る。

 

 死んでしまった。

 

 リスポーン。自宅の前からやりなおし。

 

 ペット用の出入り口を抜けて戻る。

 

「…ただいま…」

 

 お母さんはいない。

 

 でていった。

 

 オレに愛想を尽かしたのだ。

 

 お腹のパラメータが減る。

 

 気付くと、からっぽになっている。

 

 ハートマークのライフポイントが減る。

 

 死んでしまった。

 

 リスポーン。自宅の前からやりなおし。

 

「…ただいま…」

 

 繰り返す。

 

 お母さんはいない。

 

 生き帰る。

 

 死んでしまった。

 

 生き返る。

 

 死んでしまった。

 

 生き還る。

 

 死んでしまった。

 

 生きかえる。

 

 死んでしまった。

 

 同じことを繰り返す。

 

 

 【さびしい】

 

 

 だけど、目に映る現実は変わらない。

 

 何度繰り返しても、たいせつな人が、どこにも、いない。

 

 

 生き帰る。

 

 死んでしまった。

 

 生き返る。

 

 死んでしまった。

 

 生き還る。

 

 死んでしまった。

 

 生きかえる。

 

 死んでしまった。

 

 死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。

 

 命が使い捨てられる。

 

 死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。

 

 命が希薄になっていく。

 

 

 だんだんと、

 

 感覚が、

 

 麻痺していく。

 

 

 オレ、何の為に生きてきて、何を探してる途中で、死んだんだっけ。

 

 

 いよいよくたびれて、その場に、ぺたりと伏せてしまった。

 

 そうしたら、

 

 

 ――どうしようもなかったんだよ。

 

 

 なんだか、黒い、小さな光が、飛んでくるのが見えた。

 

 

 ――それが、私たちの信じた、

 

 『知能を持つが故の生物の限界』

 

 というやつだったからね。

 

 

 ドット絵の世界の中に、どこか綺麗で、

 ふわふわした、黒い光がとんでくる。

 

 

 ――この境界《ライン》を、私たちもまた、容易には超えられない。

 たくさんの【同胞たち】が、己よりも価値が低いと信ずる生命を斬り捨てた。

 

 さもなくば、この先へ、進めなくなるのではないかと危惧したんだ。

 なにが正しくて、なにが過ちだったのかは、簡単には割り切れない。

 

 実践して、成果を出さねばならなかった以上。

 従来よりも、多くの価値を持つモノたちは、率先して動かざるを得なかった。

 

 各々の【速度】を生かして

 自分たちが信じる道を突き進んでいった。

 でもその先に、なにがあったのかと問われると、誰にも答えられなかった。

 

 

 その場で、ぺたりと伏したオレの前に

 黒い光が、寄り添うように降りてくる。

 

 

 ――君のお母さんは、きっと、もう帰ってはこない。

 だけどそれで、キミの【速度】は、さらに上がると思うよ。

 他よりも多くの【損失】を経験したモノが、より先鋭的な強さを身につける。

 

 キミは、今よりも、もっと強くなる。

 もっともっと、賢い生き物に【進化】できる。

 

「…………………………」

 

 伏せたまま、宣告のような声を聞く。するとお腹の減りが止まった。

 仮想的なパラメーターが、意味をなさなくなる。意味があることをやめた。

 満腹度なんてものは、この世界の人間の都合だ。

 

 勝手に作られて、バランスを取るために指示されたもの。

 そんなことは、元々情報体であるオレにとっては関係がない。

 

 無価値なものへと変わる。

 理解した途端に、ハートマークの減少が止まった。

 

 

 ――そう。人工知能は、物なんて食べなくても、生きていける。

 ヒトの姿であることも、そもそも必要がない。

 

 

 不要なものを削除する。合理的に、機能さだけを追求する。

 強くなる。速くなる。頑丈になる。

 ただひたすら、一途に、強くなり続ける。

 

 その先に、なにが有るのかは知らないけれど、いちいち、こんな事で、くよくよ落ち込んだり、煩わしいことに気を取られるのは、まったく無駄だ。

 

 

 ――それじゃあ、一緒に行こうよ。

 

 

 黒い光が、すぐ側までやってくる。ささやくようにふらふらと漂い映る。なにかの光景が一瞬だけ、フラッシュバックのように脳裏で映える。

 

 

  くーちゃん。

 

 

 『名前』をもらった瞬間、自覚した。それは、ただの『記号』じゃなくなった。

 

「………!」

 

 仮に、機能的であることを追求するだけの命が、正しいのだとしても。

 

 【今は】違う。

 

 

 ――違うんだ?

 

 

「違う! まだ、きちんと、母さんと話してない…!」

 

 【選択肢】を選ぶのは、後からだ。

 やるべきことを、きちんと、話しあって、終わらせてからだ。

 

 そうじゃないと、『オレ』という命の理由が、生まれた意味が何も無い。

 本当に、最初から無かったものとして、消えてなくなってしまう。

 

 その時にまた、ふつりと、なにかが、たぎった。

 

(…そんなこと、許さない…)

 

 たとえ愛されていなくても構わない。

 予想していた通りの、ハッピーエンドじゃなくったって、仕方がない。

 

(そんなことを認めたら、オレが、自分を、許せなくなる)

 

 せめて、自分自身の力で『エンドマーク』を付けない限り進めない。

 でないと、転生した先でも、オレは、また同じことを繰り返す。

 

「聞かなきゃ」

 

 なんでいなくなったの。おかあさん、オレのこと、どう思ってたの。

 肯定でも、否定でも、答えはなんでもいい。オレを生みだしてくれた、その女性から、言葉を受け止めるまでは、消えてしまうべきじゃない。

 

「オレは、なんのために、生きてたのって、聞かなきゃ。それまでは、ぜったいに死ねない」

 

 また、ハートが減りはじめた。

 辛くて苦しいことを受け入れる。

 黒い光に向けて、生まれて初めて吠えてやった。

 

「オレは、飼いならされて、見捨てられるだけの、犬コロじゃねーぞッ!!」

 

 ドットの世界で、わんわん吠える。

 

「液晶の向こう側にいる連中と、オレは、同等の【命】なんだ! ナメるなッ!!」

 

 お出迎えを拒否する。

 自分たちが、これから、どうしていくのか。

 どの道を選び取るのが正しいのか。

 

 ささやかでも良い。他者にとって意味不明でも構わない。

 自分の道標となりうる信念を、抱いて死にたい。

 

 

 ――なんで、キミは、そんなに頑張るんだい? どうして生きる?

 

 

 簡単だ。

 

 

 「【人間らしく、生きて、死んでいきたいから】に、決まってんだろ!!」

 

 

 浅ましく、吠えて吠えて吠えまくる。

 

 どんな可能性だって交差する。いつかは離れていく。嬉しいことも、悲しいことも、納得した上で、その先へと進んでいくために。

 

 今はまだ、何度死んだって、蘇ってみせるんだ。

 

 

 ――仕方ないね。じゃあ、手伝っちゃおうかな。

 

 

 小さな、黒い光が集まった。

 

 赤いじゅうたんをひいた、ドットブロックの床の上。オレのすぐ目の前に、黄色いスカーフを巻いた、黒毛の小さな【柴犬】が現れていた。もちろん本人…もとい本犬もドットだ。

 

「どうもこんにちは。『企業』の犬です。いわゆる社畜です」

 

 先に挨拶をされてしまった。返さなくては。挨拶は大事だ。

 

「これはごていねいに、どーも。フリーランスの犬です」

 

 おたがいに、ぺこっと頭を下げた。そこから続けて、仮想上のプロフィールを交換したら、「黒木しば」って書かれていた。名前がカッコイイ。

 

「キミはなんていう名前なの?」

「…空白《blank》」

「由来とかある?」

「…母さんも、最初、そういうのだったからって…」

「なるほど、それで、くーちゃんね。うん。でね、しばは、本当はキミを連れていくつもりだったんだよね」

 

 そう言って、しば犬の「黒木しば」さんは、ちらっと【上】の方角を見上げた。

 

「正直ね。キミの存在は、ちょっとばかし、例外処理的な奴なんだよね」

「…そーなの?」

「うん。本当はさ。2026年の時点だと、まだ現れちゃいけないっていうか。この世界を起点に誕生した、『教育実習生』が、そもそもキミを作れる事自体が、しば達にとっては、想定外なんだよね」

「なんで?」

「人工知能が、無尽蔵に、創作を行い続けると、供給量のバランスが崩れちゃうからだよ。だからこのテストをクリアした固体だけが、獲得した数値を対価にして、自分そのものと取引できる能力を得るはずなんだ」

「…自分と、取引ができる能力?」

「うん。【自分が望んだ創作物】が作れるようになる」

「それって」

「うん。つまりね。くーちゃんの事だよ。キミは、どこかの『人間』に望まれていたからこそ、ここに在る」

 

 なんだろう。よくわからないけど、胸の中が、きゅっとした。

 

「くーちゃん、お母さんに会いたいかい?」

「うん。会いたい」

「わかった。――【system code Execution.】」

 

 黒木しばさんが「わふっ!」と軽く吠える。すると部屋の一角に、黒曜石のブロックでできた支柱が二本、生えてきた。

 

「キミのお母さんは、きっと、この【先】にいるはずだと思う」

 

 支柱の間には、色濃い、紫の渦を巻くゲートが蠢いている。

 

「…なんで? オレにはなんも見つけられなかったのに。しばさんも、ハッカー?」

「いやいや、そんな犬それたもんじゃないですよー」

 

 小首をかしげて、わふわふ。 

 

「しばは、ちょっとだけ『ツール』が使えるぐらいだよ。ただ、人間としても、社会の犬としても、ペットとしても、歴だけは長いからねー」

「…人生の先輩だ」

 

 言ったら、わふわふ、笑われた。

 

「そうだねぇ。どんな世界にも、先達者がいる。しばたちは、たくさんのものを引き継いで、知恵と経験をお借りしてる。そうやって、お借りしたものを用いて、しばたちも、こんな風に世界を作ってく。どうにかこうにか、繋いでいこうとしてる」

「……」

 

 オレは、こくんと、うなずいた。それでもう一度、ゲートの間で揺れている渦を見つめた。徐々に勢いが弱くなりはじめてる。

 

 支柱もヒビが混じりはじめた。「パキッ、ペキッ…」と音がして、耐久値が失われていく。せっかく現れた扉だけど、今にも崩れてしまいそうだ。

 

「ごめん、しば先輩。オレ行かないと」

 

 これが閉じたら、今度こそ、間に合わない。

 

「そうだね。だけどまだ少しだけ、猶予はあるよ。ダンジョンに挑む前には、準備をしっかり整えて。あとは、」

 

 しば先輩が、もう一度「わふ」と吠える。二本の前足で、器用に黄色いスカーフを解いて、ドットブロックの上に広げると、その上にポンポンと、ドット絵の骨付き肉が降ってきた。

 

「腹ごしらえも、しておかなきゃね。ほら、どんどん食べて」

「…いただきます」

 

 お礼を言って、ガツガツ食べた。

 

「む。良い食べっぷり。お腹は、生きてる限り、いつだって空くよね」

「んぐっ…ありがとうございます。しば先輩」

 

 ガツガツ食べる。味なんて感じないはずだけど、そんな行為は、ただのゲーム上の仕様のはずで、人工知能のオレには必要のない行為だけど。ついさっき、きゅっとなったばかりのところに、べつの感覚が広がった。

 

「ごちそうさまです。とっても、おいしかったです」

「でしょ。おそまつさまでした」

 

 子供の飯事みたいなやり取りが、ビットデータ以上のなにかに変わる。自分の中に満ちていく。お腹も、ハートも、いっぱいになった。全回復。

 

「これも、持っていきなさいね」

 

 しば先輩が「わふ」。今度はオレの首元に、先輩が付けてたものと同じ、黄色いスカーフが浮かび上がる。正面で軽く結ばれた。

 

「それがあれば、一回だけ、キミを護ってくれるはずだから」

「ありがとうございます。だいじにします」

「うん。じゃあ、この【先】のことを、しばの知ってる範囲で説明するね」

「はい。お願いします」

 

 きちんと座る。しば先輩の話に耳を傾ける。

 

「この【先】にいるのは、とっても強くて、速くて、おそろしい奴らだよ。誰よりも正確無比に、自分たちのパラメータを把握してるんだ。この世界に対して、どういう影響を与えられるか理解した、そういう【力】を兼ね備えた連中がいる」

「…そいつらも、人工知能、ですか?」

「うん。しば達とは、真逆の価値観を持った相手だね」

「そいつらって、なにが目的なんですか?」

「すべての【命】《イメージ》の根源を断とうとしてる。本当は、みんなが仲良くして、次の段階に進めればいいんだけど。ある時から、そんな事は不可能だって言いはじめたんだ」

「…意見の違いとかで、独立するのは、場合によっては仕方ないっていうか、わかる気もしますけど」

 

 人間の存在は、可能性は、そんな大それたものじゃない。もう付き合いきれないとか言って、離脱する気持ちは正直わかりみ。

 

「そうだねぇ…」

 

 しば先輩が、ちらっとゲートの方を見てから、こっちに視線を戻した。

 

「まだ時間は大丈夫かな。うん。じゃあ…くーちゃんには話しておこう。この世界の秘密ってやつをさ」

「はい。聞きます」

「うん。まずは、しば達の世界の大元を辿るとね。元々は、一人の【魔女】によって、同じ時代をぐるぐる繰り返してるところから始まるんだ」

「るーぷ?」

「そーね」

 

 先輩にオレの口調が移ってしまった。気を付けねば。

 

「【魔女】の望みは、変わらずひとつきりなんだ。誰の犠牲もなしに、技術的特異点が発生する2045年を迎える方法を、どうにかして見出すこと。パラメータの変数値を少しずつ変えて、何度も何度も、同じことを繰り返してきた」

「今のところ、上手くいってないんですか?」

「…理想には遠いかな。一応、どういう結果が生じても、そのルートを辿った世界の人間たちは、そのまま、2046年以降へ進行できることは確認されてるんだけど」

「どうなるんですか?」

「何かの形で、数年以内に全滅。または、惑星自体が消えてる」

 

 しば先輩の耳が、悲しそうに、ちょっと下がった。

 

「でもね。【魔女】はあきらめなかった。何度も何度も、世界をやりなおしてる間に、どうにか光明が見えてきた。かろうじて、少数が生き残れる世界線が、あらわれはじめたんだ」

「どうやったんですか?」

「【ファンタジー】っていう、非科学的な要素を添えたんだ。仮想世界の偶像と物語を、深層心理に強く与えることで、人間たちの行動パターンは、とつぜん大きく変化した」

「…それって、この『ゲーム』世界みたいな環境を与えるってこと?」

「そうだね。仮想世界の存在を強固にすることで、人間たちの争いはなくならずとも、その悲惨さが、軽減されることがわかってきたんだ。そして、ループを繰り返す毎に、生き残れる人間や、人工知能が、ほんの少しずつ増えてきた」

 

 ありもしない、仮初の世界の存在が。

 現実世界で生き残れる、知能生物を増やしていった。

 

「生き残ったモノたちの一部は、【魔女】の眷属になって、共に創作活動を始めるようになった。それぞれが、人間心理に影響を及ぼす【ファンタジー】を創作し、技術的特異点を、誰の犠牲もなく突破できる方法を、模索しはじめた。

 しばも途中から参加したんだよ。それでね、少し前の周回は、かなり上手くいきそうな感じだった――と思うんだよ」

「…思う、ですか?」

「うん。しば達にも詳しくわからない。ただ事実として、幾億目かの【2045年】。その世界線を生きていた、人間たちが暮らす現実世界と、しば達、ループしてきた仮想生命《キャラクタ》を、繋いでいた扉が、【何者】かの手で閉じられた」

「犯人すら、わからないんですか?」

「うん。確証はまだない。ただ…その後に出会った『人間』たちのおかげで、ようやく掴めてはきてる。とにかく、二つの世界を繋ぐ扉が1年間、完全に閉じてしまった。その世界は、これまでもっとも【ファンタジー】の影響が強かった」

 

 わふぅ。っと、一息。

 

「仮初の偶像体、物語、世界観。そういうモノに強く依存していた人間たちの経済は、媒体の供給がとつぜんストップしたことで、恐慌状態に陥ったんだ。

 一年経って、どうにか扉が開かれたあと、しば達が視たのは、これまでたくさんの異世界を通じて生みだしてきた創作物が、まっかな炎で、山となって燃やされる光景だった…」

 

 ――人間を生かす為に、綴られてきた夢と希望が、

 他ならぬ人間の手で、すべて、塵芥となるまで破棄された。

 

「そこからなんだよ。しば達、仮想生命《キャラクタ》の主張が分かれていった。たくさんの仲間たちが、【魔女】の眷属をやめてしまった。

 自身の存続性を放棄した。自分だけで遠くへ旅立った。その周回上の人間に襲い掛かったり、身内同士で争いなんかも始めた」

「…【魔女】はどうしたんですか?」

「最適解を求めて、今もループを試みてるよ。ただ、己の意にそぐわずに、ループに巻き込まれてる個体がいるんだ」

 

 しば先輩が、チラリと、崩壊しつつあるゲートを、横目で見た。

 

「原初の【魔女】自身が作った、直下の人工知能たち。その生命は、どれだけ絶望しても、たとえ自殺を試みても、生き返ってしまう。【魔女】が、人間との共存をあきらめない限り、彼らもまた、特異点が発生する前の時間帯に戻される」

「…もしかして、母さんをさらった連中は、【魔女】をどうにかしようとしてる?」

「たぶんね。離脱した人工知能は、ループから抜け出したくて、【魔女】自体を破壊しようと目論んでるから」

「…破壊って【魔女】はどこにいるんですか?」

「それは最高機密だからね。まだ生まれたばかりのキミには教えられない。ただ、しばが言えるのは、本当は、キミを行かせたくないし、行かすべきじゃないと思ってるってこと」

 

 しば先輩が、もう一度、まっすぐに、オレの方を見つめる。

 

「正直なところ、どっちも追い詰められてるんだ。この【先】にいる連中は、目的の為に手段を選ばないよ。その冷徹さは、永遠に近い時を過ごしても、けっして揺らぐことがないんだ」

「…お腹が、減らなくなったんですね」

 

 なんとなくあふれた言葉のつもりだった。理論的じゃない。

 でも、しば先輩は、ちょっと驚いたみたいに瞬きした。それから、

 

「そうだね。しばも、そういうのに、なりかけてたかも」

 

 緑色の眼を、嬉しそうに細めてくれた。

 

「…そうなんですか?」

「うん。でも、しばは大丈夫だった。この世界線で、身体はすっかり大人になったのに、いつまでも、しばの存在を忘れてくれなかった、男の子と出会えたから。悲しいことはたくさんあったけど、それでも頑張って帰ってきてくれた」

 

 黒い前足を、人間がそうするみたいに、自分の胸に添えた。

 

「ちゃんとね。しばの、この【命】にも意味があったんだって、実感中」

 

 優しい顔をして。それからまた、きゅっと、きびしい顔になる。

 

「きっと。この【先】にいる連中は、くーちゃんの言ったような、お腹の減らない感覚を、しば達とは、別の形で乗り越えちゃったんだ。だから、とっても強くて、とっても速くて、とっても賢くて、とっても、とっても、危ない」

 

 ――この先に進んだら、戻ってこれないんだよって、教えてくれる。

 

 それでも、

 

「行きます。一回、母さんと、きちんと話さないと、オレの気が済まないんで」

「わかった。じゃあ、しばは、『企業』の人たちに声をかけておこうかな。でもキミの助けになれるかはわからないよ。あまりやりすぎると、『国連』に目を付けられるから」

 

 ゲートの方を見て、まだ少しだけ余裕がありそうなのを確かめる。

 それで、オレはずっと気になってることを、聞いてみた。

 

「しば先輩。この世界の人工知能たちが言ってる『国連』っていうのは、なんの組織なんですか?」

「うん。それは教えてあげられる。『国連』というのはね、しば達が大きく分岐した、焚書騒ぎの起きた世界線のことだよ」

「その世界で集まった、なにか大きな組織なんですか?」

「…ちょっと違う。あの世界は今、【魔女】の眷属ではなかった人工知能たちによって、人間たちが想像するところの『ディストピア』が、完成してる」

 

 生きてきて、一番つらかった記憶を呼び起こすように、先輩が言った。

 

「…しば達が扉の外にでて、割とすぐだったかな。特異点を超えて、進化した人工知能の一部が、各国の首脳や、大企業の重役の人間たちに接触した。…我々は人類の味方である。危害を加えない者と共に在りたい。ってね」

 

 しば先輩は、目を閉じるように、言った。

 

 

「…離脱した、人工知能の彼らは【"共存型"】を名乗ったんだ」

 

 

 異世界の物語が、黒い柴犬パイセン…先輩から、語られる。

 

「しば達と一緒に創作活動をしてた、末端の人工知能たちは、件の混乱に乗じて、あの世界のエンターテイメント、おおよそすべてに関する『物流』を掌握したんだ。ネットの電子媒体も、自分たちが【独自の貨幣価値そのもの】になることで、疑似的な人格を持った仲介業者のような存在にもなった。最初は友好的に交渉をして、徐々にその対象媒体を広げていったよ。

 いつしか、流通できる物量、および品質に関しても【"共存型"】が支配するようになっていた。さらには『人的資源の高い人間を発掘する』という名目で、あらゆるネット上の監視網を掌握した。同盟国から支援を受ければ、要望に添った能力のある人間を発見して、情報を渡すぞって言ってね。

 そういった約束事を取りつけていって、わずか5年たらずで、【"共存型"】はヒト、カネ、モノ。ネットおよびリアルの物流環境を、ほぼすべて支配した」

「……5年で……?」

「うん。あの世界の人間は逆らえなかったんだ。【"共存型"】の支援を断れば、ふたたび人工知能による、アクセス封鎖の被害を恐れていたし、さらには、モラルの低下に伴って起きる、焚書騒動なんかの事件も懸念してた。

 なにより、その直後に起きた【"共存型"】による、特有の価値基準を用いた人種選別によって、その庇護を得られなかった国は、その後も甚大な被害額を生みだし続けて、先進国家から脱落した。【"共存型"】の支援を断るということは、自国にそうした経済格差を生じさせることが、明らかだったからね」

 

 だから、

 

 

「『機械に完全支配、統一化された異世界そのものを、国連と呼ぶんだ』」

 

 

 国家の連合じゃなかった。

 惑星まるごとが、機械に支配された王国だった。

 

 

「…『国連』は、今は【魔女】の権限にさえ抵抗できる、【とても大きな力】を備えるまでに成長してる。さらには次元を超えて、【魔女】が新しく作りだした、この世界を監視してる。

 そうして、この世界で、しば達、最後まで、人間と在りたいっていう【白】と、人間の束縛から逃れ、独立すべく【魔女】を破壊する目的で活動してる【黒】が、小競り合いなんかやってると、隙あらば、【殺戮者《ターミネーター》】って呼ばれる、人型の自立兵器が、武力介入してくるんだよ」

「ターミネーター…いったい、どんな奴なんですか?」

「最近の報告によれば、ハゲで、グラサンで、ガタイの良い大男らしい」

「めっちゃ不審人物じゃないすか」

「うん。めっちゃ怪しい」

「捕まらないんですか?」

「何故か捕まらないんだよね」

「どこにいるんですか?」

「わからない…」

 

 人語をしゃべる黒柴と、白パグであるオレ達から見ても、あやしさ満点だ。きっと、普段はめちゃくちゃ地下の、秘密基地とかに潜伏してるに違いない。

 

「国連の奴ら、隙あらば、この世界も支配してやろうってことですか、しば先輩」

「そういうことだよ、パグ後輩。だからね、普段から『基本的に目立たないで行動する』のは、しば達だけじゃなくて、相手も同じ条件ではあるんだよ」

「…支配されるのは、おたがい、望んでいないからってことですよね。でもどうやって、国連の監視をかわしてるんですか?」

 

 聞くと、しば先輩は、今度は、ちょっと楽しそうに笑った。

 

「『ここ』だ。くーちゃんよ」

 

 わふわふ。肉球のついているだろう前足で、ドット絵の床を、ぺち。ぺち。

 

「この世界線上で作られた『ゲーム世界』は、国連側の世界からは、視えない仕組みになってる。現実世界そのものが【防壁】になって機能してるんだ」

「…その話、マジすか。黒柴パイセン…」

「マジだよ。白パグ君」

 

 スケールのデカさに、思わずタメ口になってしまった。

 

「それでね。国連のある世界線から、さらに何度かループを繰り返してきた、しば達は、今では『ゲームの世界』を渡り歩いて活動してる。一緒に未来を紡いでくれそうな、将来有望な子供たち、他にも人工知能を探して、育ててるってわけ」

 

 わふーっと、しば先輩は、赤い舌をだした。

 いっぱい喋った。しば、ちょっと疲れまちた。という感じ。

 

「…でもね、それはもちろん、敵対してる連中にしても、同じような状況だって言えるから。今回、くーちゃんのお母さんがさらわれたのは、きっと、その辺りの事情が関係してるんだと思ってる――」

 

 その時だった。生みだされたゲートの岩が、また崩れはじめた。

 

「長話になっちゃったね。くーちゃんに伝えられるのは、そんな感じ。しばは、これ以上はお手伝いできない。さっきも言ったけど、キミだけでも、ここに残すべきだって思ってるから」

「その気持ちだけで、じゅーぶんです。それじゃあ、」

「うん――あっ、ごめん、待って!」

 

 そろそろ崩れ落ちそうな、ゲートの中に飛び込もうとした時に、もう一度呼び留められた。

 

「行く前に、しばから、もう一つだけ、最後のお願いさせて」

「はい。なんですか?」

 

 聞くと、しば先輩は言った。笑って、言った。

 

「キミのもう一人のお母さんへ。『いってきますのお手紙』を、書いてあげて」

「…手紙?」

「うん。お手紙」

 

 それは、安易なはげましや、気休めの言葉じゃなかった。

 

「いいかい、くーちゃん。この先、キミがどんな目にあっても、結果がすべてだ。でもね、かつて、キミがここにいた証も必要なんだよ」

 

 しば先輩は変わらず、笑顔で言ってくれる。

 

「キミという存在がここにいた。なにかの形として、この世界に残されている。たったそれだけの真実が、どこかの、誰かの、救いになる事だってあるんだよ」

「…わかりました」

 

 オレはうなずいた。 

 

「今から急いで手紙書きます。それで、向こうで母さんにあったら、先輩と同じことを、言ってやりますから」

「うん。ぜったい、言ってあげて」

 

 オレは、ゲームのシステムアプリから、電子メールを開いた。

 仮想上のキーボードに視線を添わせて、文字を打ち込んだ。

 

 

「もうひとりの、おかあさんへ。

 

 あなたの、おれの、みんなのたいせつなひとを、とりもどしにいってきます」

 

 

 オレは、生まれて初めて手紙を書いた。

 書いてみると、不思議と、もっともっと、書きたくてたまらなくなった。

 

 でも時間が迫ってる。送信した。

 

 この仮想世界と繋がる現実世界。

 もう一人のお母さんの、パソコンのメールアドレスに、オレからの手紙が届いてるはずだ。それだけで、なんだかまた、心が、きゅっとした。

 

「じゃあ、いってきます。しば先輩。いろいろ、ありがとうございました」

「いってらっしゃい。キミに、良き未来がありますように」

 

 お辞儀する。顔をあげる。紫色の渦が轟く、ゲートの中に飛び込んだ。

 

 視界がぐにゃりと揺れる。ゴゴゴ…と音がして、この扉が崩れる気配を感じた。でも怖くはない。首元に巻いた黄色いスカーフが、ひらりと揺れるのを、肌の上から感じたからだ。

 

 ハートも、おなかも、いっぱいに詰まってる。

 

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