VTuber もう一人のジブン ~keep your【Second Personality】~ 作:no_where
学食で、花畑先輩と話した日の放課後。
授業が終わってから、手芸部の部室に向かっていた。
事前に花畑先輩から、手芸部は去年、三年生が卒業したことで、今年は三人で活動中の、小さな部だと聞いていた。
滝岡と原田は、自分たちの部活があったから、俺と、そらと、あかねの三人で、部室におじゃまさせてもらう。
扉を軽くノックすると、戸が横に開かれた。
「来たわね。どうぞ、こっちに座って頂戴」
「失礼します」
花畑先輩が出迎えてくれる。文化棟の一室には、初めて顔を合わせた先輩たちが二人いた。部屋にあった机を中央に寄せて、六人で向かい合う形になって座る。
「はじめまして、麻雀部の皆さん。手芸部の部長をしている、二年の聖《ひじり》クレアと申します」
今日はじめて顔を合わせた、手芸部の先輩が、落ち着いたトーンで口にする。まっすぐなストレートロングヘアに、色は明色のブラウン。瞳や肌の色も東洋人のものとは離れている。
「聖先輩のご出身って、海外だったりしますか?」
「いえ、私自身は、日本生まれの日本育ちです。けど、私の父が欧州の出身なので、一応、ハーフということになります」
「クレアのお父さんは、教会の神父をされているのよ」
「へー」
クレア先輩の隣に座った、花畑先輩も教えてくれる。二人が並んで座ると、それだけで、すごい絵になっていた。
お父さんが外国人らしくて、神父をされていると聞いたことがある。瞳の色も、ほのかに金色に輝いていた。
「聖先輩。お父様が神父をされてるということは、お母様も、教会関連の方ですか?」
同じくハーフで、母親が欧州人のあかねが聞いた。
聖先輩が「いえいえ~」と、やんわり否定する。
「母の仕事は、ブライダル関連…結婚式場の案内なんかを行う仕事に就いてます。私もボランティアで、時々はシスターの真似事もしますけど、敬虔な信者というわけじゃありませんよ」
聖先輩が言って、最後に付け加えた。
「あっ、でも良かったら、気軽にクレアって呼んでもらえると嬉しいです。学業以外での活動をする際は、そちらの方が慣れてますので」
「わかりました。クレア先輩。私は1年の竜崎あかねです」
「西木野そらです。本日はよろしくお願いします」
「前川祐一です。よろしくお願いします」
俺たち三人も座ったまま、会釈する。
「じゃあ、こっちも改めて。あたしは2年の花畑棺よ。よろしくね」
「はわわっ! おにゃじく2年のエリー・フルーレと申すのですよ!」
それから、もう一人の先輩が「はい!」と手をあげた。
「エリーはまだ、ニッポン来日二年生なので、言葉には、大目に見ていただけると大助かりなのですよ~!」
2メートル50センチの屈強なオネエ風の先輩と、おっとりマイペース気味なお姉さん系先輩と、若干カタコトの先輩が並んで座る場面は、いろんな意味でインパクトが強すぎた。
「うふふ。この子、ちっちゃくて、妖精さんみたいでしょ?」
「ちっちゃくないのですっ! チャイカに比べると、みんな小さく見えてしまうだけだけです! それに妖精というのは、トップシークレッツですので!」
「わかってるわよ。心の清らかな乙女にしか見えないのよネ☆」
ドシュゥゥウーン!! と、漢のウインクがとんだ。
一応、虚空に弁明するようでアレなんだけど、俺の性別は男だ。エリー先輩の姿はもちろん見えている。
「エリー先輩も、ご出身は海外ですか?」
本物の妖精かはさておき、クレア先輩よりも、もう一段、外国人の血筋が色濃い印象を受けたのは確かだ。両左右で結んだ髪の色はいっそう明るくて、瞳の色も青空のように澄んでいる。
「エリーは、私の父の故郷に生家を持つ子なんです」
応えてくれたのは、クレア先輩だった。
「今は縁あって、こっちにある、私の家で一緒に暮らしています」
「はわわっ! 左様にござりやがります! ソレガシ、エリー・フルーレは、普段はクレア姉さまのお屋敷で、メイド忍者をやっているのですよっ!」
「………メイド忍者って、なんですか?」
俺は一応、日本生まれの、日本育ちなんだけど。
そんな職業は初めて聞いた。
「はい! エリーは、姉さま達の【unvisible_LOCK この情報は監視機構に対抗する情報保全のため、レベル2以下の人間には閲覧権限がありません】ですので! 陽となり影となり、身辺を御守りしてるのですよ!!」
……?
なにか上手く聞き取れなかった。
「そうでしたか。なるほど、それで…」
逆に俺の隣では、あかねが一人納得していた。クレア先輩も、相変わらずほんわかした表情で言う。
「エリー、それもだいじな秘密だったんじゃないんですか?」
「およ…? はっ、はわわ…っ! そ、そうなのでしたっ!! 今のエリーのめいんじょぶは、メイドインジャパンの高校に通う、17歳のじぇーけいでしたっ!!」
なるほど。わかる。俺も実家が商売人である家の子だ。
お客様の事情を、深く詮索してはならない。
「あの、ところで…チャイカっていうのは?」
「アタシのコードネームよ♪」
なるほど。わかる。コードネームね。知ってる知ってる。この世界にはいろんな人たちがいるんだ。たくさんの個性がある。たとえば俺は、普通の人に癒されたい。
「三人で一緒に活動する時は、そう名乗ってるの。クレアに、エリーと来て、棺っていうんじゃ、あたしだけイマイチでしょ? だから、チャ・イ・カ。OK?」
「OKです。チャイカ先輩」
個性の暴力には2年前に屈している。うちの店の常連のじいちゃん達は、にぎやかで、おもしろ愉快な人たちが多いなぁと思ってた。何も知らなかったあの頃に還りたいと考える日が、あったりなかったり。
「えっと…それじゃ、クレア先輩」
「はい、なんでしょうか。前川くん」
「文化祭当日は、専用の衣裳もご用意させていただけると、花畑…チャイカ先輩から聞きました」
「はい、衣裳にもよりますけどね。それでもできる限り、協力させていただきたいなとは考えてますよ」
「ありがとうございます。その場合、当日は俺たちも、こちらの部室で衣裳を着替えさせてもらっても、構わないでしょうか?」
「大丈夫ですよ。ただ強いて言うなら、文化祭当日は、外部のお客さんも大勢来てくださいます。もしかすると、間違って部屋に入ってくる方がいないとも限りません。その点だけは、注意を払ったほうがいいと思います」
「姉さま。念のため、こちらでお着換えする時は、二人一緒に行動するのがいいのでは?」
「確かに、エリーの言う通りですね」
クレア先輩も小さくうなずいた。
「着替える場所、一応あちらの隅に、ロッカーの上からカーテンを渡して、陰にはしていますけど。念のために、部屋の外で誰かが番をしてくださると、安心できると思います。どうでしょうか」
俺たち三人は、おたがいに目配せをして、うなずいた。
「異論ありません。今は部活でいませんが、当日は男子が二人加わるので、ローテーションを組んで回せると思います」
「助かります。私とエリーも、普段はチャイカさんがいてくださるので、困ることはないのですが。大勢での出し物になってくると、いろいろ、手の届かない範囲も増えてきますから」
「そうそう。チャリティーコンサートとか、毎回ドタバタだものね」
「えっ…コンサート、ですか?」
思わず聞くと、チャイカ先輩が言う。
「そうよ。ここから少し離れたところに、孤児の施設があるの。そこの団体が企画してる催しものに私たちも参加させてもらって、たまに舞台に立ったりするのよ」
「そうなのです! 姉さまは歌もお上手なのですよ! 去年はエリーも一緒に、歌わせてもろたです! みんなニコニコでした!」
――ほんの少し、胸がざわめいた。その場所は、俺も知っていたから。
「クレア先輩の歌、わたしもすっごく聞いてみたいです」
「えぇ。地声からして綺麗だものね」
「歌手を目指したりされてるんですか?」
「あ、いえっ!、そんなたいしたものじゃないですよ。あの、確かに…そういうのも夢の一つにはありますけど…歌うって言っても、会場は小さなものですし、ただ誰かの一助になれたらいいなぁって感じで…」
「いえ、とても素敵なことだと思います」
自然に声がでた。
「きっと、たくさんの人たちが、クレア先輩に励まされて、勇気付けられてると思います」
孤児院、あるいは施設と呼ばれる場所に、俺もほんの少しだけ滞在してた。でもすぐに今の両親に引き取られたから、思い出と呼べるようなものはなく、むしろ後ろめたさを抱えてもいた。
けど、今の話を聞いて、勝手だけど、俺自身が救われた気もした。
「なにか手が必要でしたら、その時も声をかけてください。微力ながら手伝いますので」
「ありがとうございます。嬉しいです」
クレア先輩が、にっこり微笑んだ。目前で笑顔を向けられると、にわかに心臓が緊張してしまう。ただでさえ、うちの学園では『真の清楚枠』と評判なのだ。
昨今の女子たちが「やぁやぁ!我こそは清楚なるぞ!頭を垂れて跪け!」と、声高に主張する戦国乱世。俺を含めた有象無象の男子一同が「今なんて?」と内心で聞き返すなかで、割と貴重な聖域だった。
たとえ、仮に、もしも、万が一、また騙されていたのだとしても…っ!
俺は騙されたままでいたい。雑木林の中のたぬきで良い。
そう思ってしまう魅力が、ある。
「ふふっ。クレア、またアナタの魅力で、年下のたぬきちを悩殺してしまったようね」
「さすがなのです姉さま! …ところで…」
スッと、エリー先輩の目の色が変わる。
「この男は、お屋敷の令嬢をたぶらかす虫さんです? 駆除るです?」
いつのまにか片手に、裁縫用の断ち切り鋏を持って、
チョキーン、チョキーン、チョキーン…と鳴らす、妖精さんがいた。
「違いますよ。エリー先輩。この男子、ちょっと人生に疲れてるだけなので。癒しスポットを見つけると、他人よりも過剰反応してしまいがちなんですよ」
「祐一、中学の頃と比べると、無駄にイキらなくなったわよね」
「ありがとうございます。社長と会長のおかげで、密度の高い人生経験を送らせて頂いております」
1ポイントでも沢山のライフポイントを確保しようって、こちとら必死だよね。
「むむむ…そうでしたか。ではそのシケた面構えに免じて、今回だけは許してやるのですよ」
シャキーン。裁縫鋏がしまわれる。戦わずして引き分けとくのがコツだよと、先達の師匠たちから学んだ事だった。最近、動画サイトによくでてくる、転職サイトの広告芸が目に留まりがちだ。おかしいな。俺まだ高1なんだけどな。
「あの、一応申し上げておきますと、今のは下心とか、そういうのがあったわけじゃないので…」
「わかってるわよ。本命は、あ・た・し・でしょ?」
「申し訳ありません。チャイカ先輩。ちょっとなにをおっしゃってるか、僕には分かりかねます」
片目から破壊光線《ウインク》を発射する先輩から逃れる。エリー先輩も「だったらいいのです」と極めて深刻な誤解をしてうなずいた。
俺が今ほしいものリスト。――平穏、安寧、休暇。
いくら払えば、どこへ行けば、おだやかな日常は買えますか?
「おもしろい後輩さん達ですね。ひとまず、一通りの挨拶なんかもすみましたし、みなさんの採寸をさせてもらっても、いいですか?」
「服の上からで大丈夫ですよね?」
「はい。着回しもするでしょうし、ある程度は余裕を持たせますので」
「うふふふふ。前川くんは、脱いでくれても、いいのよ?」
「謹んで遠慮させていただきます、チャイカ先輩」
ひとまず、重ね重ね、丁重にお断りしてから、メジャーで採寸してもらうことになった。
* * *
「あらぁ~、前川くん、けっこういい筋肉してるのねぇ~」
「…あ、ありがとうございます」
不穏な気配を感じつつも、チャイカ先輩の仕事ぶりは早かった。測定した数値を読みあげて、クレア先輩がノートパソコンのファイルに記載していく。
俺は普段、ウエストのサイズを気に留めるぐらいで、首回り、肩回りといったところまでは意識が届いてない。だけど、女子の方はやっぱり敏感みたいだ。エリー先輩も、二人を気づかい、耳打ちするように伝えていた。
「…先輩。これは平均的な数値と見てもよろしいのでしょうか…」
「そら、わたしの方がウエスト2センチ細いって。ヒップは…」
「やめてよぅ!」
そらとあかねの二人も、なんだか真剣な表情でデータを見ていた。ひとまず、そんな感じで採寸が終わったところで、
「ではではっ、当日、女子のみなさんに着てもらう衣装を発表しやがるのですよー! ぱんぱかぱーん~!」
エリー先輩が、部室の備品であるロッカーを開ける。ハンガーを外して、カバーで保護された布を外すと、噂のメイド服があらわれた。
「わっ、すごい。可愛い~!」
「思ってた以上に本格的ね」
そらとあかねが声をあげる。エリー先輩が広げるのは、白と黒を基調にしたロングタイプのエプロンスカートだ。この場に原田がいれば無限に語るんだろうけど、たぶん原点に忠実というか、本来の給仕服といった感じのやつだと思う。
「そしてメイドさんといえば、コレなのですよ!」
白のヘアバンド。あるいはカチューシャ。オリジナルのデザインとして、小さな青い花がピンポイントで添えられている。
「良いですね。これ、アイリスの花ですか?」
「あっ、えへへ…わかります?」
「ちょっとだけ。うちも職業柄、飾り物の類は、少し勉強してますから」
「前川くん、さん、のお家は、なにかのお店屋さんだったりするのです?」
「はい。散髪屋です」
「わ。いいですね~」
ちょっとだけ打ち解けてもらえる。エリー先輩も楽しそうに、自分のことを話してくれた。
「エリーの………『マスター』は、外国でお花屋さんをしてるのです。お店の看板イメージが、エーデルワイスと、アイリスなのです。それで、クレア姉さまと、わたしのお誕生日には毎年、素敵なドライフラワーを送ってくれるのですよ~」
「いいですね。うちの知り合いにも、花屋をされてる方がいますけど。造花って、本職の方が手掛けると、すげぇ綺麗なんですよね」
「そうです、そうなのです~! エリーもいつか、お花屋さんか、フラワーアレンジメントみたいなお仕事を、やりたいなって思ってるのですよ~! それでそれで、お店のエプロンのデザインなんかも、自分で出来たら素敵だな~って!」
表情が、ぱあぁっと明るくなる。あちこちに、飛び散るような笑顔がまぶしくて、その夢もまた、クレア先輩と同じ様に叶って欲しいなと思う。
「うふふ。妬けちゃうわ。これはアタシも本気をだす時が来たようね…」
一方どこの誰に、なんの本気を、どのように発揮するのかは、皆目見当がつかないけれど。チャイカ先輩がもうひとつのロッカーに近づいた。
「さぁ、今こそ封印を解き放つわよ…! 我が英知を封ぜし至宝なる扉よ。主の命に応えよ。今こそ幾星霜なる時を超えて開闢せん――!」
謎の詠唱を唱えて、チャイカ先輩が両手に力を込める。男子ってさ、結局みんな、そういうのが大好きなんだよね。
「ぬぅん!」
唸り、筋肉がもりあがる。紅葉色のカーテンを渡された、ロッカーの扉が悲しげな声をあげる。ギギギ…と開かれていく。
「姉さま。あのロッカー立てつけ悪すぎです。壊滅的に悪すぎなのです」
「扉が壊れないのが不思議よね。でもうちの部、三人しかいないから予算が降りないし」
せちがらい世の中だった。そして時刻は夕方の六時が近づいている。ずいぶん暮れた秋の西日が、まるで黄金の流砂のように、窓から降り注ぐ。そんな中、ガゴォンと音がして、ついにロッカーの扉が解かれた。
フシュウウゥ…。
うっすら湯気のような気配が漂う。ホコリが舞っていた。
床下の隙間にたまりやすいよね。
「エリー。文化祭当日は、あたしも全力でイかせてもらうわよ…!」
同じように、ホコリよけのカバーを付けた衣裳があらわれる。それにしても、サイズがやたらデカいのは、気のせいじゃないだろう。
「これがあたしだけの戦闘装束《トゥルーフォーム》。アーティスト、花畑棺あらため、チャイカの作った、世界で一着限りの限定版《リミテッド・エディション》よ!」
気のせいじゃなければ、それもまた、あろうことかメイド服だった。ただし装飾過多で、スカート丈の部分がやけに短い。気のせいであってほしいけど、残念だけど気のせいじゃない。
「むむっ! でましたねっ! エリーは、チャイカのお裁縫力は認めてますけど、そのお洋服は断じてメイド服ではないのですっ! 無しなのです!」
「うふふ…青い、どこまでも明瞭に青いわね。フェアリィガール…!」
そろそろ陽も沈みはじめた宵闇の時間。自分の席に座りなおし、バーテンダーの女店主を思わせる佇まいで、口元に手を添えたチャイカ先輩が言う。
「ありかなしかは、お客が決めるコトよ…」
二本の指先ではさんだシガレットから、細長い煙がくゆる様子が見える。もちろん俺の幻覚だ。疲れているのかもしれない。
「あたし達は、時代にあったニーズを選択して、事業を展開すべきなの。おわかり? フェアリィガール」
「その答えがミニスカメイド服というのでしたら、チャイカは間違っているのですっ! お洋服とお花、人々を飾っておもてなしする気持ちは、いつだって心意気あってこそ。ハラキリ覚悟あってのモノダネなのです!」
「否定はしないわ。あたしの意志も、貴女の意志も、ね…ただ自分の信じる道を貫き通すだけ…決着は文化祭当日につけましょ」
「望むところなのです!」
――すれ違う、二人のメイド道!
次号! 巻頭カラー! 俺たちの高校に接客の火花が吹き荒れる!!
とかいう煽り文句で締めくくられそうな雰囲気になる。少年マンガにありがちな、ギャグ時空から、とつぜん熱いバトル展開に変わるアレだ。
見てる分には楽しい。だが当事者として巻き込まれると、俺のようなモブは大変だ。観客席に跳んできた波動球とテニスプレイヤーに巻き込まれ「…う、うぅ…」と擬音を発し、大怪我するだけの係になる。
「はいはい。チャイカあらため、花畑棺くん。エリーも。お客様が今週の超展開についていけてないから、ひとまずクールダウンしてくれると、お姉ちゃん助かるなって思うんだけど、どうかな?」
クレアさんが軽く柏手を打って、俺たちを現実に引き戻した。子供相手のやりとりに、慣れてる感がすごかった。
「いやだわ、あたしったら、つい熱くなっちゃったわね」
「はわわわわっ! エリーも、申し訳ござりませんでしたっ!」
先輩方が頭を下げてくる。あわてて俺も返した。
「いえそれは、うちも毎日同じようなものですから。全然大丈夫なん、がふっ!?」
両サイドから、絶妙な角度で脇を突かれた。ゼロ距離波動球やめてください。
「…というか、今さら改めてお尋ねしますけど、チャイカ先輩は、男性ですよね?」
「心は女よ」
「いやいや、外見は漢ですよね?」
「心は乙女よ」
意図的な誤翻訳が発動していた。
「それこそ、タキシードでも着たらすごく似合うと思います。先輩は姿勢もいいですし、当日は、女性客も呼び込めそうな気もしますが」
「貴方の言いたいことはわかってる。けど、これがあたしの正装なのよ」
「わかりました」
ダメか。そこは曲げてくれないか。クリエイターって、みんな素敵で、すごい人達ばかりなんだけど。必ずどこかが一途というか、「ここだけは曲げられませんよ」っていうところがある。うちの父さんにもある。
「べつに悩むことないでしょ。祐一も、メイド服着ればいいじゃない」
「社長、アンタなんてことを」
ついでに、そういうクリエイターの急先鋒である身内からも、ありえない解答が飛んできた。
「あー、それいいねー。採用でーす」
「本人の意向を無視しないでもらえますかね、会長」
「じゃ、会長命令を発動します! みんなでメイド服を着ようっ!」
「いいわね。社長命令も発動するわ。着ろ」
「…謹んで辞退させていただきたく存じます…」
パラメータを、パワーとセンスに極振りした上司が二名、トップの座に君臨せし時。
中間管理職《ひらしゃいん》は、転職サイトのPVを真剣に見始めるであろう。気をつかって頂けると幸いです。
「あら、いいじゃない。確か二年A組も女子専用喫茶を開くんでしょ? 競合店になりそうだから、当日はみんなで、メイド服を着て偵察にいきましょ」
「待って先輩! それはさすがにやめておきましょう!?」
たとえばの話だよ。女子専用車両に、女装した変質者が集団で――うち1名は、2メートル50センチで筋肉体質の巨人――がまぎれこんでたら、迷わず通報するでしょ。普通に捕まるでしょ。
「当日は暗躍するデモ部隊対策として、風紀委員が活動します。あやしい動きをしたものは、体育館倉庫に簀巻きにされて放り込まれ、文化祭終了まで、放置されるみたいなんで」
「仕方ないわねぇ。じゃあ、当日にメイド服を着る乙女《おとこ》は、あたしだけ?」
「チャイカ先輩…なんでそんなにメイド服が着たいんですか?」
「だってお祭りの日でもないと、着る機会ないじゃない?」
「祭りの日だからって、公の場で、漢が女装していいわけじゃないと思うんです。そもそも、今回の俺たちの顧問というか、責任担当者は黛先生になるので、無理ですよ」
「じゃあいっそ、黛先生もメイド服着せちゃえば問題ないわね」
――どうしてそう(いう発想に)なった?
「それこそ真顔で否定されますよ。『俺の性別を知ったうえでの提案だよね?』とか即答してきますよ」
「あ~、確かに言いそう~、でも先生って実はノリいいから、ぐいぐい押してけば、ワンチャン着てくれるかもって思うんだよねぇ」
「確かにね。可能性としてはありえるわね」
「エリーもそう思いますですよ~」
「意外と名案かもしれませんね」
なんなの。なんで皆そこだけ、そんなにノリ良いの?
冷静に考えて、黛先生が、女言葉とか。幼い子供の声真似だとか。
仮に演技だとしても、喋るわけないじゃないか。
あの人そういうキャラじゃないでしょ。
みんな、わかってないなぁ。
周りが喜んでくれるからとか、おもしろがってくれるからとか、たまにはいいかなとか。そういう、エンタメサービス精神のある先生じゃないでしょ。