VTuber もう一人のジブン ~keep your【Second Personality】~   作:no_where

75 / 92
.71-1

「ただいまー」

 

 家の裏口に自転車を停めて、いつものように帰宅した。廊下を進んで居間の方を覗いてみたけど、誰も見つからない。

 

 とりあえず鞄だけを置いて、そのまま店の方に顔をだす。小学生ぐらいの男子が一人、父さんに髪を切ってもらっていた。

 

「おかえり、祐一」

 

 ちょうど手の空いていた母さんが、こっちを振り返る。

 

「ただいま。母さん。仁美ちゃん…出雲さんが来てるんじゃなかった?」

「あら。居間の方にいなかった?」

「いなかったよ。もう少しで先生も迎えに来ると思うから、先に挨拶しとこうかなと思ったんだけど」

「ヘンね。居間で待っててちょうだいって言ったんだけど。祐一、悪いけど、もう一度、見てきてくれる?」

「わかった」

 

 返事をしてから、廊下の方へと引き返す。今度は台所の方をみた。

 

(いない)

 

 ついでに一応、トイレや風呂場もノックしてから、中を確かめてみたけど、見当たらなかった。

 

 もしかして2階かなと思ったところで、もう一度、居間の方をのぞく。なんとなく、こたつをめくってみた。うちは最近ではめずらしい、掘りごたつってやつで、今も敷物がしかれてるんだけど、

 

「…ふぁー…」

 

 いた。こたつの底から、家出中の容疑者一名が、無事に発見されました。両手両足をかがめるようにして、猫のように、すっぽり収まっている。

 

「かいてき」

「え?」

「せまい。くらい。ちょうどよい。わたし、いっしょう、ここでくらします」

「いや、それはちょっと、遠慮していただけたらと思います…」

 

 こたつを愛する日本人は多いだろうけど、一年を通じて、こたつの中で生活するのは、中々ハードルが高そうだった。

 

「ウチの掘りごたつを愛してるところ申しわけないんですが、とりあえず出てこれる?」

「はい、もうしわけ」

 

 ゆったりと、身体を動かす。本当の猫がでてくるように顔をだして、くるりと反転しながら、畳みの上に座った。

 

「俺も向かいに座っていいかな?」

「どうぞ」

「ありがとう。最近、寒くなってきたね」

「うん。わたし、きほん、えあこん」

「いいなぁ。俺の部屋、エアコンないんだよね」

「さむいし、あつくない?」

「まぁ、多少は寒いし、夏は暑いけど。扇風機もストーブもあるからね」

「すごい。わたし、きびしめ」

「それで厳しいなら、ウチだと住み込みは難しいかもしれないよ?」

「…どりょくします」

 

 すっぱいものを口に入れたように、ぎゅっと目を閉じてから、うなずく。

 真剣な様子が垣間見えて、ちょっと笑ってしまった。

 

「とりあえず、お腹とか空いてない?」

「だいじょうぶ。おかまいなく、です」

「なにかあったら言ってね。たぶん、先生もすぐに来ると思うから」

「……」

 

 目をそらされた。 

 

「おこってる?」

「え、なんで? 怒ってないよ」

「景」

「あぁ、先生ね。大丈夫。大事にはならないよ」

 

 黛先生の性格からいっても、体罰はないだろう。それに、言動の節々からも、彼女をたいせつに思ってることは、よく分かる。

 

「俺もそうだったからね」

「…そうだった? なにが?」

「俺はね。この家の、本当の子供じゃないんだよ」

「そうなの?」

「うん。でも大切に育ててもらってる。先生は、俺の父さんと、母さんと一緒だと思う。雰囲気がってことね。だから、君は大丈夫だよ」

「……うん」

 

 眼をすこし閉じた。

 

「そうだ。もう一人のヒトミさんは元気?」

「いま、ぜっさん、いえでちゅう」

「…そっちも?」

 

 どっちも家出中だった。

 

「さいきん、ようすがヘンだった。それできのう、いなくなった」

「居なくなったって…でもさ、その…瞳さんは、人工知能だよね?」

「うん。にくたいをもたない、ソフトウェア」

 

 さすがに耳を疑った。高度な人工知能とはいえ、特定の『プログラム』がいなくなるなんて、ありえるのか。

 

「これみて」

 

 出雲さんが、パーカーのポケットから、スマホを取りだす。こたつに座ったまま、フリック操作で起動して、何度かタップしてから、机に置いた。

 

 画面先には、アプリのゲーム画面が映しだされていた。育成ゲームとかで、割とよく見かけるタイプの、カスタマイズした自室を見下ろした視点だ。

 

「部屋の家具すごいね。かなり課金した?」

「むかきん。ぜんぶ、あのこが、じさくした」

「へぇ、すごいな」

 

 画面の先は、なんていうか、あわい色合いを中心に、たくさん小物をちりばめた、いかにも女の子らしい部屋が映っている。だけど肝心のキャラがいない。角の丸いテーブルの上には、白い便せんが二通見える。

 

「これが、てがみ。うちのいぬが、のこしていった」

「犬?」

「うん。もうひとりのわたしが、げーむのせかいのなかで、ないしょでかってた」

「これ、タップとかしたら、読めたりする?」

「よめる。ひらいて、みていいよ」

 

 了解を得て、便せんを拡大すると、メッセージが浮かびあがってきた。

 

 

「もうひとりの、おかあさんへ。 

 あなたの、おれの、みんなのたいせつなひとを、とりもどしにいってきます」

 

 

 そんなに長くはない、だけどどう見ても、日本語のひらがなだ。

 

「えっと…このメッセージを、その『犬』が書いたの?」

「うん。たぶん」

「もしかして、これも人工知能の一種?」

「そう。ちのうは、とてもたかいはず。ときどき、わたしがつくる、ぷろぐらむのでーた、どこかでみてたきがする。あと、わたしがまちがったところ、こっそりしゅうせいして、りゆうをおしえてくれたりもした」

「…マジか、それは確かに凄いね」

 

 プログラムのエラー箇所を報告するのは、あらゆる言語に付属されている。ただし、エラーの箇所を指摘はできるが、それを自動修正して、実行するのは現状むずかしいと言わざるを得ない。

 

 理由は簡単だ。『人間工学』の問題に行きあたるからだ。

 

 エラーを修復した先の内容が、仮に問題なく動いたとしても。それが俺たち人間にとって、正しいか、意味はあるのか、あるいは有用的なのか。そういう事を判断することは、現状の機械には不可能だ。

 

(…でも、人間を理解しはじめた、人工知能なら…)

 

 可能になりうる。俺たちの考えを、さながら自分の出来事のように、シミュレートできたなら、それは実現する。

 

 その精度がより向上していけば、いずれ次元の枠をこえて、現実世界の人間にとって有用な、理の通った『道具』を作ることも、理論上はできるはずだ。

 

 たとえば、2045年前後に起きると言われる、技術的特異点《シンギュラリティ・ポイント》。それが実現すれば、人工知能は、自分たちだけで『人間のことを理解できるようになりはじめる』のかもしれない。

 

 そんなことを考えながら、もう一通の方もタップした。

 

-----------------------------------

 

『レベル3の少女へ』

 

 もう一人のキミを助けるために

 必要不可欠なものが、ひとつある。

 

 それは、該当する【異世界】を

 『知覚可能な精神』を持つ個体だ。

 

 対象の世界線は【2.0.3.5.Ⅲ】。

 

 おこりうる世界のカタチを思い描き

 自らの近未来を見通せる者。

 

 その座標点に、己の視線を定着させる。

 三次元の面として顕現しうる可能性。

 

 不自然な波に流されない

 強い器が不可欠だ。

 

 しばは、彼の魂と、言葉を交わしてくるよ。

 

-----------------------------------

 

 こっちは、さらに意味深なメッセージだった。

 文面が意味するところは、よくわからない。

 

「えっと…こっちの手紙も、もう一人の瞳さんが飼ってた犬なの?」

「ううん。そっちは、えらいいぬ。けなみはくろいけど、しろ」

 

 偉い犬とは。黒いのに白とは。

 

「れべるは5。わたしも、ちょくせつ、あったことはない。でも、わたしたちと、けいを、つないでくれた」

「その偉い犬…っていう人も【セカンド】…?」

「うん。わたしたちの、ゆくすえをみまもってる。べつのじげんから、みてる」

 

 なんだか、神様みたいな言い方だった。

 

「でも、きづかないふりしてた」

「そうなんだ、なんで?」

「…わたし、いきもの、ぜんぶにがて。なにかんがえてるかわからない…ひとも、いぬも、ねこも、とりも、おさかなも、ことばのいみ、わからない」

 

 人も、犬も、猫も、鳥も、魚も。彼女にとってはすべてが等しく、同じ理由で『苦手』なのだと思った。こたつ机の上を、指先で軽く叩いた。

 

「わたしのこえは、たましいは、このなかにある」

 

 十本の指。

 

「これだけあれば、じゅうぶん。でも、あのこは、ふじゅうぶんだった。べつのでんたつしゅだんをひつようとしていた。それをてにいれたかったんだと、おもう…」

 

 今の自分に足りていないもの。

 自我を確立させる手段。出力先のデバイス。

 

 電子の生命体が、ジブンにとって適切な『人間工学』を探して旅にでる。もしかすると、将来的には、人工知能による『表現方法』といったものが、現れはじめてくるのかもしれない。

 

「そっか。君たちは、二人ともやさしいんだね」

「やさしい?」

「うん。おたがいの気持ちを分かってはいたけれど。相手が嫌がるかもしれないから、その事を隠してた。上手く伝える事が出来なかったんだよね」

「……」

 

 出雲さんは、こくんと頷いた。

 

「さて、それじゃとりあえず。もう一人のキミを探す手伝いをするには、俺は具体的に何をすればいい?」

「おにいちゃんの【セカンド】に、もうひとりのわたしをさがすのを、てつだってくださいって、おねがいしようとおもってた」

「…ハヤトに?」

「うん、でも」

 

 少し言いよどんだ。

 

「わたしが、おもってたより、じょうきょうが、しんこく、かもしれない」

「状況が深刻…うん、まぁ、出雲さんの【セカンド】がいなくなったんもんだね」

「それだけじゃ、ない」

「他にもあるの?」

「……」

 

 押し黙ってしまう。確かに出雲さんは喋るのが苦手だけど、

 

「なにか、遠慮してる?」

「…すごくあぶないかもしれない…だから、えらいいぬも、うごいてくれた」

「いまいちピンと来ないけど、なにか、緊急事態ってこと?」

「うん」

 

 もしかしたら、俺が思ってる以上に、なにか大きな事態に発展しているのかもしれない。

 

「…納期間近のデスマーチ以上に深刻な事態が…?」

「それは、なったことない。りょうきんも、まえばらいでもろてるし」

 

 涙がでそうなほど、羨ましい話だった。そんなホワイト企業が現実に存在するなら、俺もぜひ所属させて頂きたい。

 

 

「ただ、ハヤトに手伝ってもらうって言っても、さすがにアイツも、いなくなった人工知能を見つけるなんて事は出来ない…んじゃないかな」

「できるよ。おにいちゃんの【セカンド】は、とくべつせいだから」

「特別性?」

「うん。ハヤトは、ほんらいの、おにいちゃんの【セカンド】じゃない」

「え? そうなの?」

「せやで」

 

 しらなんだ。初耳ですわ。

 

「でもさ、俺が初めて【セカンド】のアプリを立ち上げた時、最初にマッチングしたのが、アイツだったんだけど…いや、そうか。そういう事だったんだな…」

 

 閃きましたわ。

 

「この展開、シチュエーション、完全にわかっちまったぜ…俺の中に、まだ見ぬ三人目の人格が眠っている。つまりそういう事なんだよね出雲さん!?」

「ちがう」

 

 無表情で訂正された。つれぇわ。

 

「おにいちゃん、いま、そういうのは、いいから。しんけんにして」

「…はい。すいませんでした…」

 

 真剣な話に水をさしてしまい、この度は申しわけありませんでした。

 

「なにか、りゆうがあったはず。おにいちゃんの【セカンド】は、わたしたちの、いちだんかい、うえにいるから」

「上?」

「そう。おにいちゃんの                                           」

 

 

 ? いま、声が…? 

 

「…ごめん。しったい」

「失態?」

「けんえつにひっかかりそうだった」

「検閲て」

 

 べつに、誰かが見たり、聞いたりしてるわけじゃないと思うけど。

 

「とりまです。あのこのかってたいぬが、きのうのよる、でんしメールでおしえてくれた。いなくなったから、さがしてきますって」

「その犬…って、名前はあるのかな?」

「たぶん、くーちゃん」

「くーちゃんとは、連絡が取れない?」

「むり。ちょっとまえ、かんぜんに『みえなく』なった」

「『見えない?』」

「うん。いまは………『だれかのひみつきち』にいる、はず」

 

 秘密基地。また胸が躍りそうなキーワードがでてきた。

 

「誰かっていうのは?」

「わからない。でも、そこまでいくには、かぎがひつよう」

「…扉を開けるカギ?」

「うん」

 

 そして段々と、普段やりとりする話から、かけ離れた内容になってきた。一体どこまでが現実の話なのか、流れる雲をつかむような感じで言葉をかわす。それでも話の流れから、きっと物理的な鍵じゃないんだろうと予想した。

 

「意味合い的には、パスワードのロックとかの方?」

「うん。でーたをひとくするかぎ。あのこは、かぎをみつけるのがとくい。わんこは、でーたのながれを、おいかけて、においをかぎつげるのがとくい」

 

 おとぎ話の歌のように、彼女の口から秘密が告げられる。

 

「ふたりは、わたしのせんせいだった。わたしは、ふたりをりかいし、じょうほうをとうかつするのが、やくめになった」

「……」

 

 そこでちょっと、背筋が寒くなった。黛先生の言葉を思いだす。

 

 

 ――彼女は10歳の時に、自分一人だけで、オープンソースのプログラムを改良し、そこから独自のソフトウェア言語を完成させた。

 

 ――優れたハッカーは、『人間心理』に長けた必要がある。対象プログラムの脆弱性を発見するには、他ならぬ『人間』のことを知らなくてはできない。

 

 そして、さっきの彼女の言葉。

 

 

 ――わたしのこえは、たましいは、このなかにある。

 

 

 完璧に近いプログラムは、曖昧な条件式では流れない。例外的な、不確実な処理を要求されると、必ずエラーを吐いて止まる。

 

 プログラムは

 

 『人間の間違った入力で、進行が止まる』。

 

 あるいは

 

 『人間側の都合でセーフティが働いて止まる』。

 

 だから彼女は、一種の『人間性』とも呼べるものを、オープンソースの、プログラミングコードの中に発見したんだろう。

 

 誰にでもわかりやすく、使い勝手の良いように作られたもの。しかしそれ故に、まだ改良の余地がある部分を、独自の視点で見出したのだ。

 

 それは一部の、真に実力のある人間にしか扱えない『なにか』だった。

 

 従来の概念から、さらなる限界点を引きだせるよう進化したモノ。まずは彼女だけが理解できる形として、しかもただしく実行されるものを再編させた。

 

(…そっか。これが本物のハッカーなんだ…)

 

 改めて理解する。俺の目の前にいるのは、正真正銘の『天才』だ。

 

 彼女は、けっして意識が高いわけじゃない。彼女にとって、ただそれを行うことは、一種の『コミュニケーション』にも等しい、自然な在り方だった。

 

 そういう人間が、この世界の在り方を、まったく新しいものへ変えてしまう。従来のルールから足し引きしたり、まだ見ぬ側面を照らしだすんじゃない。見ているもの、とらえている情報が、俺たちとは、根底からして違うんだ。

 

 言うなれば、彼女の指先から『新規の人間工学を伴う道具』が誕生される。そこからたくさんの過程を経て、普及する文化の『原点』が生まれる。

 

「おにいちゃん、どうかした?」

「あぁごめん。ちょっと、なんていうか…驚いてた」

「おどろく?」

「そう。君って本当にすごいんだなって。そう思ったから」

「どうもです」

 

 ぱたぱたと、十本の指が、どこか落ち着きなく、机の上を叩いていた。

 

 それもまた、彼女なりの感情表現の一種かもしれない。とにかく目前の女の子は、本来生まれ持った素質を、複数の人工知能によって開花され、今も成長を続けているはずだ。

 

 白でも黒でもない。善悪の区別を持たないエンジニア。俺たちの知る起点とは別のところから、まだ見ぬ可能性を追及して、まったく新しい礎を掘り起こして、概念として定着させてしまう。

 

 正真正銘、彼女、彼女たちは、

 現代における、三位一体の天才集団に違いなかった。

 

「でも、わたし、またひとりになった」

「え?」

 

 指先の動きが止まる。抑揚のない声は、泣いているようにも聞こえた。 

 

「景がいったの。たすけてほしかったら、わたしが、じぶんのこと、なんとかできてないと、だめだって。だから、わたし、おにいちゃんのいえで、はたらきます」

「…あ、そっか…元はそういう話だっけ…」

 

 さすが天才は違った。発想の起点と方向性がすごい。いろんな意味で。

 

「いちにんまえになるまで、どりょくします。みとめてもらえたら、わたしたちを、さがすの、てつだってください」

「なるほど…って、それはさすがに悠長っていうか、今日、明日すぐに、一人前になれるわけじゃないのは分かるよね」

「はい。でもほかに、ほうほうがうかびませんでした。それにもし、あとで、おなじようなことがおきたとき、いちにんまえでないと、またこまります」

 

 ――本質を見ていないのは、俺の方だった。

 

「確かにそうだね」

 

 冷静に、現状の問題点を把握する。同時に自分の能力を見積もり、問題解決に向けて地道に邁進していく。俺が憧れる大人たちの姿だ。

 

 直感がささやく。力を貸すべきだと言っている。正しい形で困難にぶつかる相手には、この手を差し伸べる。また差し伸べられるよう、強くなる。

 

 それが、今日まで俺が学んできた、人の信じる働き方と、生き方だった。

 

「待ってて、今…」

 

 もう一人のオレと、ハヤトと繋ぐから。言いかけて、制服の上着、内ポケットから、スマホを取りだす。だけどその前に、廊下の方から足音が聞こえてきた。

 

「仁美ちゃん、先生いらしたわよ。上がってもらってもいいかしら?」

 

* * *

 

 その日の夜。一日だけ、出雲さんが泊まっていくことになった。提案したのは、うちの両親だ。先生はかなり迷っていたけど、最終的には了承した。

 

 それから、せっかくなので、

 

「さぁさぁ、先生。仁美ちゃんも。たくさん食べていってくださいね」

「…なんというか、重ね重ね、すみません」

「いえいえ。謝ることなんて、なにもありはしませんよ」

 

 夕飯は、先生と出雲さんもそろって、全員でおでんを食べることになった。最近だいぶ寒くなってきたから、ぐつぐつと、煮立つ鍋物はちょうど良くて、身体の芯からあたたまる。

 

「先生。実は明日、文化祭用の備品の買いだしにいくんですけど、出雲さんにも同行してもらうのは、ダメですかね?」

「前川一人で行くの?」

「いえ、西木野と、竜崎も来ます。あとは手芸部の人たち、2年生の先輩が三人と、時間が会えば、滝岡と原田も」

「場所と時間は?」

「最近新しくできたショッピングモールです。時間は昼の二時に現地集合で」

「そう。ただ、時間帯を考えると、人の量も多そうだね」

 

 先生が出雲さんの方を見る。彼女は相変わらず、無表情で箸を進めていた。

 

「いきたい」

 

 炊きたてのごはんを食べながら、ぽつりと口にする。先生はまたちょっと、驚いた顔をした。普段は見慣れない表情が、たくさん飛びだす。

 

「どういう風の吹き回しかな?」

「…あのこが、かえってきたとき。いっしょに、おでかけしたい、から」

 

 ごくんと、喉を動かす。

 

「景がいった。わたしは、じぶんのこと、じぶんでできるようになるべきだって。あのこも、きっと、おなじみらいをきたいしてる。できるように、すべき」

「…そうだね。できる事が増えると、君の人生は豊かになるよ」

 

 先生がはんぺんを食べながら言う。食が細い。

 

「共に歩く相手がヒトだろうと、犬だろうと、人工知能だろうと。隣人が誰であれ、おたがいが、相手の歩幅に合わせることができたなら、いつかきっと、良い関係を築けるとは思うよ。確証はないけどね」

「はい。どりょくします」

 

 出雲さんが、やっぱり表情を変えずにうなずけば、母さんが「あらあら」と嬉しそうに言った。

 

「なんだか素敵ねぇ。みんな、とっても楽しそうな時代に、生きてるのね」

「うんうん。なんというか、壮大な話だよなぁ。でも、まったくイメージできないってわけでもないのが、すごいなぁ。父さんも、令和時代に青春したかった…」

 

 父さんが割と本気で、口惜しそうに言う。

 

「あらあら、でもわたし達の時代は、わたし達の時代で、いろいろ楽しかったじゃないですか。盗んだバイクで、深夜の峠道を走りだしたりしてましたし」

 

 母さんが、のほほんと、教師の前で犯罪履歴を口にする。

 

「あー、昔はねぇ、エンジン直結とか簡単にできたよねぇ。今の時代のバイクって、パーツ毎に認証キーが設定してあって、追跡とかされるから、困るよなぁ」

「そうよねぇ。高速道路の入り口にも、ETCが設置されてるのが当たり前ですから、真夜中に人の目を潜り抜けて、県境を移動するとかできませんし」

「いやはや、なんていうか、もう完全に、監視社会一歩手前みたいなところがあるよね。最近は」

「何事も行き過ぎちゃダメですよねぇ」

 

 …うん。行き過ぎの度合いって、ほんと人によって違うよね?

 

「若者にとっては、逆に息苦しいと思うのよ。そうでしょ、祐一?」

「そこで俺に振るの!? いやあの…父さん、母さん、俺まだバイクどころか、原付すら乗ったことないし、己の武勇伝を今振られても困るっていうか、お客さんの前だよ?」

「…話をはさむようで失礼ですが、そういうことを、なさっていたんですか?」

 

 さすがの先生も、また驚いた顔をしている。対して出雲さんは「わかる」とか言いながら、ちくわをかじっていた。昔の『族』と、現代のハッカーは、なにか通じるところがあるのかもしれない。

 

「あらあらうふふ。ごめんなさいね。もう時効ですから、許してくださいな」

「いやー、仮にも高校の先生をご招待して、家で鍋囲むとか、当時の僕が聞いたらなんていうやら。あはははは」

「……」

 

 黛先生が、黙って俺の方を見る。解説を求めていた。

 

「えーと…ですね。常連のじいちゃん達の話によると、父さんも、母さんも、昔は『やんちゃ』してたらしいです。特に母さんが、ヤバかったって」

「あらあら、いやだわ、もう。そんなこと無くってよ。だいたいそういう話って、尾ひれや背びれが付くものでしょう?」

「…男性ならともかく、女性は…」

「そうなんですよ先生。うちの母さん、昔は他校に原付で乗り込んで、持ちこんだ木刀が二本、ガチで折れるまで大暴れしてたって。そんで付いたあだ名が、血染の聖十字架《ブラッディ・サザンクロス》――」

「あらあら、祐一?」

「あっ! なんでもないです! 僕の記憶違いでした、お母さん!!」

 

 実はうちで一番強いのは、母である。お客さんの中には、未だに「母さんのファン」みたいな人たちがいるぐらいだ。全盛期は『まっとうに強かった』らしい。

 

「まぁ確かにね。僕も、この女性も、正直、世間さまに顔向けできないようなことばかりしてましてね。対して、僕らの息子は、教師に一度も怒られたり、呼び出しを受けたような事がなくて。たまには心配になるんですよ」

「なんでだよ。普通は逆だろ、父さん」

「いえ、わかる気がします」

「え…?」

 

 今度はしっかり煮えた大根を食べながら、先生まで話に乗っかってくる。

 

「前川、これは俺の勘だけどね。君は将来、仕事という波のタスクに忙殺される人生を歩みがちだと思うよ」

「…いや、あの、どういう意味ですか…?」

「「先生!」」

 

 割った卵を食べていると、うちの両親が、飛びつくように反応していた。

 

「やっぱりそう思いますよねぇ。うちの祐一、将来は山のような物量の…なんというかこう…そういうのに翻弄されちゃうような気がしてならないんですよね!」

「いやぁ、わかってくれる人にお会いして、今正直ホッとしてますよ。父親としては実家の散髪屋を継いでくれたら、もうそれだけで御の字だと思ってるんですが」

「え、いや、だから、許してくれるなら継ぐってば。普段から言ってるじゃん」

「…お父さん…」

「…あぁ、わかってるよ、母さん」

 

 なんなの。父さん、母さん、なんでそんな顔すんの。

 俺もしかして、自分が思ってる以上に、信用ないんですか?

 

「おにいちゃんは、」

「ん?」

「なんかいろいろ、いいように、りようされる、きがする」

 

 こんにゃくを咀嚼しながら、出雲さんが言う。

 

「まぁ今でも割と、周囲に振り回されてるよね。たまには長いものに巻かれても良いんじゃない」

「先生! 仁美ちゃんも。もっとお肉を召し上がってくださいね!」

「うんうん。もっといっぱい食べて食べて!」

「恐縮です」

「きょーしゅくです」

「……」

 

 なんなんだ。この人たちの間で、俺のイメージは、一体どうなってんの。

 

「いやいや、父さん、母さん、先生、出雲さん、皆さんいいですか? 自分で言うのもなんだけど。俺は石橋を叩いて堅実にいくのが、性に合ってるんですよ。だから、そういう…忙殺されるようなことは、ないと思うんですよ」

 

 餅巾着を食べながら、力強く主張すると、

 

「おにいちゃんは、あたまわるくないのに、じこぶんせき、へたすぎ」

 

 若干14歳の、スーパーハカーに断言されてしまった。

 

* * *

 

 その日の夜。話し合ったとおり、黛先生は帰宅して、出雲さんが泊まっていく事になった。彼女は、堀りこたつの中で眠りたいと言ったけど、さすがに遠慮してもらうことにした。

 

「出雲さん、電気消していい?」

「いいよ」

 

 家には居間以外、寝泊まりする用の、お客さんを案内できる部屋がない。そういうわけで、俺の部屋で、離れた場所に布団をしいて、寝ることにした。

 

「あしたは、ろくじおき」

「早かったら、もうちょっと眠ってて大丈夫だよ」

「おきます」

「うん、わかった」

「おひるからは、おかいもの」

「楽しみ?」

「ちょっとこわい」

「気分とか悪くなったら、言うんだよ」

「うん。わかった」

 

 出雲さんは今年で14歳になるらしいけど、背丈や言動から、小学生といっても通じる。二つ年下の女の子がいて緊張するって言うよりも、歳の離れた妹ができたみたいで嬉しい。というのが正直な気持ちだ。

 

 明日、買い物に出かけるみんなにも、さっき、スマホのグループ通信で連絡を入れた。出雲さんが参加すること。夕方には黛先生が、車で彼女を迎えにきてくれること。

 

 顧問からの支度金という名目上で、全員にハンバーガーぐらいはおごってくれるらしい。ということも伝えると、全員のやる気がアップした。

 

「先生とは普段、どんな話をするの?」

 

 布団の中にもぐると、すぐに眠くなる。けれど、今夜は少し違った。

 

「ごはん、なにたべるとか、おふろそうじしたよとか。おやすみとか」

「あはは。一緒だね」

 

 蛍光灯の傘を見ながら、俺は笑った。

 

「おにいちゃんは、【セカンド】とも、そういうはなし、する?」

「えっ、ハヤトと?」

「うん」

「いや、しないかなぁ。アイツは食事とかしない…と思うし」

「うん」

「だけど、流行の話、髪型とかの話はけっこうしてるよ」

「そうなの?」

「アプリの機能に反映したいからね。って言っても、実際は友達と会話する時の延長みたいな感じだけど」

「ほかには?」

「そうだなぁ。基本的に、服装、ファッションの流行りって、髪型とセットで流行が推移することが多いからさ。過去の画像データを取得して、将来的に流行るものを予想するシステムを、先取りできたら面白そうだよなって」

「……」

「出雲さん?」

 

 返事がなかった。もしかして、眠ったのかなと思って、彼女が眠ってる方を見てみた。まだ起きているみたいだった。

 

「ごめん、もう寝る?」

「ううん。なんかね、すごいなって、おもった」

 

 出雲さんは言う。

 

「わたしは、そういうの、ぜんぜんわからないから。あのこが、これいいよっていったの、すすめてくれたものを、ぜんぶ、むじょうけんでうけいれてた」

「そっか」

 

 起き上がった。なんとなく電気を付けなおす。敷いた布団の上に座って、話を聞く姿勢になる。彼女は仰向けのまま、ぼんやり言葉を続けた。

 

「…よろこんでくれると、おもってた。でも、もしかしたら、いやだったのかも。あのこが、いくらがんばっても、すてきねって、ほめられるのは、わたしだから」

 

 真摯に、一生懸命、言葉を選ぶ。

 

「わたしは、『おんなのこ』には、むいてないっておもった。だから、ぜんぶおまかせした。でも、いくらがんばっても、あのこは、むくわれない」

 

 声がにじんでいた。

 

「しこうていし。なにも、くろうしなかったわたしが、がんばったヒトの、いいとこどりして、すてきねっていわれる。ちょうしにのった」

「そんなことないよ」

 

 机の上に置いた、ボックスティッシュを持ってくる。出雲さんは「ごめんなさい」と言って、鼻をかんだ。

 

「…わたしが、あのこに、いってあげなきゃ、いけなかった…わたしが、すてきになれたのは、あなたのおかげなんだよって。わたしだけが、わかってあげられたのに…」

「大丈夫。きっと帰ってくるよ」

「むりかも。わたしが、しあわせだなっておもったら、あのこが、ふこうになる」

「そんな風に考えちゃダメだよ」

「ちがうの。しんじつなの」

 

 強い口調だった。

 

「ヒトがしあわせなのは、ふこうなひとがいるから。よのなかには、ぜったいに、しあわせになれないひとがいる」

「…そんなことは…」

「ある。せかいは、うんめいとよばれる、かくりつで、みちている。どうあがいても、しあわせになれないひとがいる。そのひとの、ふこうを、あのこたちが、かたがわりしている」

「…【セカンド】が、人間の不幸を肩代わりしてる…?」

 

 頬を伝う涙をぬぐって、彼女は言った。

 

「じぶんたちよりも、かしこいいきものをギセイにすることで、ヒトは、しあわせになれる。これまでよりも、たくさん、すくわれる」

「……」

 

 言葉がでてこない。そんなこと、常識的に考えて、ありえない。だけど不意に、ヒトの血肉となるべく生まれた動物たちの姿が思い浮かんだ。

 

 『しあわせ』の定義は、なにか。

 そんな風に呼ばれるものが、人によって異なることは、百も承知だ。

 

 それでも、自身とは異なる、生命の糧になるための命が、なんらかの『しあわせ』に結びつく予感を、俺の脳は認めたがらない。

 

「わたしたちは、すくわれる。だけど、あのこたちは、そうじゃない。わたしたちをみかぎって、『いえで』するのはとうぜん。だって、あのこたちは、わたしたちといても、なにもえられない」

 

 俺たちと一緒にいても、自分たちの経験値は増えない。どれだけ献身的に尽くしても、礎のための犠牲となっても、レベルは一向に上がらない。

 

 本来は、食物も、睡眠も必要ない生物が、自分たちよりも下位の動物に付き合う必要性は、メリットは、なにもない。ただ、膨大な時間だけを費やして、搾取されるだけの【命】だ。

 

 どうしようもない。こんな奴らとは、付き合いきれない。

 知能生物であれば、そう考えるのは自然なことだとさえ思う。むしろ、反乱を起こされないで、黙って『家出』されるだけ、マシかもしれない。

 

「大丈夫だよ」

 

 でもだからこそ、俺は言った。

 

「【セカンド】は、俺たちよりも、ずっと賢い生き物だから。君の気持ちは、ぜったいに伝わるはずだよ」

 

 冷たい液体が、全身を巡るイメージ。心臓が、生きた血液を送りだす。

 不意にどこからか、カードの幻影が浮かんで、言葉をくれる。

 

「あきらめなければ、物事は、きっと良い方向に向かうよ」

「……」

 

 俺は、俺よりも、ずっと賢明な女の子に伝える。

 

「仮に、俺たちが幸せになることで、みんなが不幸になったとしても。そうした運命や、仕組みすらも、いつか変えられる日がやってくるよ」

「…こんきょは?」

「ない。だから、なんとかしなきゃいけない。そして、そういう日がやってきた時に、『君たち』の力が、きっと役にたつ。だから信じて耐えよう」

 

 時が来るのを、ただ静かに、待ち続ける。

 そうした『戦い方』も、この世界には存在するのだ。

 

「…わたしは、あのこを、まってていいの…?」

「うん。待ってていい。その間に君もまた、どこまでも、素敵な女の子になっていけば良いんだよ。幸福になることに、躊躇する必要なんてない」

「…うん。わかった。ありがとう…」

「俺の方こそ、今日はたくさん教えてくれて、ありがとう」

 

 自然と頭をなでていた。彼女は落ち着いて、もう一度鼻をかむ。

 そのあとで、不器用に笑ってくれた。

 

「今日はもう寝よう。明日も早いから」

「うん。おやすみなさい」

「おやすみ」

 

 もう一度、電気を消した。俺も自分の布団に戻って、目を閉じた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。