VTuber もう一人のジブン ~keep your【Second Personality】~ 作:no_where
ゆっくり進む、自動車の振動音を感じた。
「儀礼通過おめでとう。ご機嫌はいかがかしら?」
新しい世界が開けていった。ぼんやりした視界の向こう側。気がつくと、誰かの顔が映っている。カメラのレンズが合うように、ぼんやりと焦点が定まる。
「………静先生?」
私服姿だから、すぐには分からなかったけど、うちの高校の社会科を担当してる先生だった。
「無事にポイント回収して、レベルアップできましたね~。途中まで、完全に静先生のペースだったのに」
「ねー。コレは完全に『フッ堕ちたな』と思ったのに」
「………」
助手席の方からも、べつの先生の声がした。そっちは、美術担当の鈴原先生だった。
「やるわね。美人女教師の黒スト膝枕つきASMRを堪能しながら、完全に闇堕ちしないなんて、なかなか将来が楽しみだわ」
「……」
状況がさっぱり分からない。頭の中が、起きたできごとの前後関係を、どうにか引き寄せようとしてることだけ分かる。
「それにしても、アレね。意外と膝枕ってキツいのね。正直言うと、ふとももの辺りがシビレてきたわ。そろそろ起きてくれないかしら?」
「…それは単に、運動不足なのでは……?」
まだ頭が回りきっていないせいか、素で思った言葉が口にでてしまった。
「えっ、なぁに? 美人の先生には聞こえなかったな~。もっかい言って?」
「……え?」
「食べるのが大好きで、最近ちょっとだけ訓練サボってるからって、べつに肉付きが良くなったってわけじゃないことは、…分かるわよねぇ?」
気のせいだろうか。笑顔は変わらずに、影が三割ぐらい増した気がした。
「具体的に言ってね? ちなみに君の生殺与奪の権利は、今このわたしにあることを、前もって伝えておくわ」
リアルな死の予兆を感じる。俺はあわてて、口をつぐんだ。
その分、意識が急速に覚醒されていく。身体を起こして、座る体制になる。
「し、失礼しました…それで、えっと…ここって…」
「今は車の中よ」
「ひらたく言うと、拉致りました~♪」
鈴原先生が、笑顔で言う。笑顔で言うことじゃないと思った。
「…冗談じゃ…ないですよね」
思いだす。帰り際にワゴン車が停めてあって、そこからの意識は、うろ覚えになっている。でも、
「………あれ?」
目がヘンだ。自分の頬の上を、なにかが通り過ぎている。
なんだっけ、これ。忘れていた。
思いだそうとすると、頭がズキズキする。
「ハンカチ使う?」
静先生が、またべつの顔で笑ってくれる。こっちも、またべつの意味で、身体が熱くなった。反射的に目をそらしながら「ありがとうございます。大丈夫です」とだけ言ってしまった。
その時に、自動車の運転席が目に留まった。
ハンドルは、小さく動いている。だけど、誰も席に座っていない。フロントミラーの先には、この車の前を、べつの自家用車が普通に走っている。一定の車間距離を維持していた。
カチッ。
右折の合図をだす。ゆっくりとブレーキをかけて、速度を落ちつける。俺たちを乗せた自動車はそのまま、静謐な住宅街の方へと入っていった。
なんとなく後ろを振り返る。きっと、俺たちの後ろを走っていたんだろう車が、そのまま直進していった。運転席にはもちろん、ドライバーの姿があった。
「…これ、無人車…?」
「そうよ。AIが運転してる」
静先生が、平然と言った。鈴原先生はもう、普通に助手席に座りなおしている。二人とも、この状況を当たりまえに、受け入れていた。
「悪いわね。君の自転車は、別に回収させてもらってるから」
「…え、あぁ、はい…」
またべつの方向で、頭がどうにか、現状を把握しようとつとめている。
「…えっと、今って、まだ試験運転の最中ですよね? AIの自動運転って」
「そういう事になってるわね」
おまけに、そうした車の外見は、極力事故が起きないように配慮されている。塗装は目立つし、走るルートも限定されている。
一般的な白いワゴン車が、完全には舗装されていない、新旧入りまじる住宅街の中を抜けていくなんて、まず、聞いたことがない。
「…先生たちは、何者なんですか…?」
「うん。キミ、やっぱりおもしろいわね」
今度は、くすっと、楽しそうに笑われてしまう。
「おもしろい、ですか?」
「えぇ。普通はね、これぐらいの速度になったところで、だいたいの人間が、条件反射で車のロックを開けようとするわ。頭も回ってきて、とにかく逃げ出そうとしても、全然おかしくないんだけど。そういう気にはならないの?」
「いえ、今はしません」
頭の芯の部分は、まだ少し痛む気がした。けれど、不思議と、身体と心の方が片付いている。なんだか、ものすごく良い具合に、ぴんと張り詰めている。
「余計なことをしなくても、大丈夫だっていう、そういう予感がしています」
「さすが、未来に羽ばたく、男の子だけはありますね~♪」
「ね。あと一応言っておくと、わたし達は君に危害を加えるつもりは一切ないわ。ひとまず、今だけは安心して」
「はい」
「そして、キミの質問に応えるならば。わたし達の正体はっ!」
「表向きは、年齢不詳の美人教師っ♪」
「しかしてその正体はっ、別次元からやってきた、秘密組織のエージェントっ」
「お給料は未公開ですよ♪」
合いの手を入れながら、先生二人が、息を合わせて言った。
「うちの企業。副業は自由だから、足りない分は、そっちでやりくりしてくださいって、微妙に現実味があって、ケチくさいわよねぇ」
「ですよね~♪ 正義の味方なら、お金が欲しい時に、ぽーんっと、札束ぐらい無限にくれたらいいと思います」
「ほんとよね~。黛先生、暇なら銀行のATMとかハッキングしてくんないかしら。なんかこう、ちゃちゃっと、できんじゃないの? スーパーハカーならさぁ、ガシャガシャ、ちゃちゃちゃっ、がきーん。はい空きました~。みたいな」
「いいですね~。でも鈴原は、素直にパワーでこじ開けた方が早いと思います~♪ どーん。はい空きましたー。みたいな」
「…………」
俺は、ちらっと、車の後部座席のドアを見た。
「どうしたの、前川くん? 今のは冗談よ、冗談」
「そうですよ~♪ ATMを直に破壊しようとしたら、警報が鳴って援軍がわいてきちゃいます。さすがに、そんな乱暴な手段を取りませんよ」
「そうよね。まぁ歯向かってくるなら、基本ぜんぶ倒して経験値にするけど」
「鈴原もまったく同意見です…っ!」
でてくる相手は全員、経験値に見える病気、まぁ、あるよね。
「…あの、ところでさっき、黛先生の名前がでませんでした?」
「そうよ。どーもクンは、中途採用の人材だからね。このわたし達が、秘密組織の先輩として、いろいろ教育してるのよ」
「ですです♪ 黛先生は、体力値の成長率が基本0%なので、銃弾を一発受けただけで瀕死になっちゃいます」
「あの、耐えられたら、むしろ幸運なんじゃ…」
「はい♪ ですから、その辺りを補佐する立場として、バイタル補正高めの鈴原が、フォローします♪ あわよくば、敵を返り討ちにします♪」
「……」
――最高の笑顔だった。
先生。もしや、とんでもない暗黒企業に…いやなんでもないです。
「でも、先生たちも…見た目は『戦闘向き』って、感じじゃないですよね」
性格はともかく。
「じゃ、目的地につくまで、ちょっとマジメな話をしましょうか」
静先生が、今さら「キリッ!」とした顔で言う。
「キミは、その眼に見えているものが、本当の真実なのだと思う?」
「え?」
「少なくとも、物事を見抜くことには、キミ自身の視点からのみだと不可能よ。最低でも、本質を見極めるには、必要な『眼』に加えて、それを解決に導く指標となる『頭』。実行に至らせる『身体』の三点が、必要になってくる」
頭と、眼と、身体。
「たとえば人工知能は、この『眼』と『頭』を一緒にして捉えがちだけど、厳密には処理する部分が大きく異なっているの。たとえばこの自動運転のシステムは、車の本体が『頭』で、大気圏の衛生上で起動しているのが『眼』ね」
「…言ってしまうと、ハードウェアと、ソフトウェア、ですよね?」
「そうね。だけど結局のところ、その二者は、肝心の『身体』を運ぶことが主となる。つまり、原因と目的が一致していないと、上手く機能しないわけ」
「…なんだかアレですよね。健全な精神は、健全な肉体に宿るっていう」
「正しい解釈よ。だからこそ、人工知能は、自分たちと同じ目的地へ向かってくれる、人間たちを待っているってわけね」
「でも、静先生」
「なにかしら」
「こう言ってしまうと、気を悪くされるかもしれませんけど。人工知能を作ったのは、俺たち人間ですよね」
「卵が先か、鶏が先かって、聞いたことある?」
「えっと…」
「成長速度が逆転した時。観測対象の主軸も変わるのよ。それまで信じてきた原理や定説も逆転する。【昔】は過去なのか、はたまた未来だったのか」
耳に心地のいい、涼やかな声で、先生が謡う。
「ねぇ、少年。あらためて、問いかけるわ」
「…なにをですか?」
「キミの瞳から見て、わたし、静凛音は、『人間』に見えるかしら?」
「…それは、もちろん」
「そう」
先生は言った。
そして「カシャン」と、ほんの小さな音がした。
「…………え?」
【No.2434 SS.Lv5_03 Shizuka-Rinne】
てのひらの中央に、小さな穴が開いていた。
その中央に、ホログラム上の『タグ』が浮かび上がっている。
「つまり、こういう事よ。あなたが信じているつもりのもの。その瞳で見た情報リソースは、はたして、本当にただしいと言えるのか」
「……」
目前の生命が問いかけていた。
俺が目にしているものは『人間』なのか、それでいいのか、と。
記憶の中を探っていけば、いつかどこかで、出会った女の子が教えてくれたような気がする。
「…アンドロイド…?」
「そう。【AGI】と呼ばれる、この世界線で作られた、全身義体化装置となる『器』よ」
「…お、驚きました…」
「ふふふ。そうでしょうとも。なにせわたしは、仮想世界で、VTuberとして活動することで、人のふるまいを習得し、リスナー共を欺くことに成功した、エリート美人女教師よっ!
経験値が2倍セールの期間に、毎秒配信して、最高クラスの難関と言われるチューリングテストをサクッとクリア。そして、この身体を手に入れた後に悟ったのよ」
静先生は、どこか目をキラキラさせながら、言った。
「労働のあとに、お家で食べるごはん、超美味しい…っ! 先週も休日の前夜に夜更かしをして、翌日の夕方以降に目をさまし、そのままスーパーにいったら、2割引きのシールが張られたスイスロールを見つけたわ。瞬間、生きてることに感謝した」
「……」
なんてこった。この美人アンドロイド女教師《せんせい》。
最高に正しい、おひとりさま生活を、満喫しつくしておられる。
順調に、良い感じに、堕落している。
ちゃんと部屋を掃除してるのかな。惰性で取ってる新聞が詰まってないかな。年末年始に買った、台所用洗剤が、夏になっても残ったりしてないかな。部屋の隅に燃えるゴミ袋が、
「そうっ! なにを隠そう、鈴原もっ、アンドロイドでした…っ!」
一人暮らしを始めて2年目に突入した娘を心配する父親のような心境になっていると、助手席の方からカシュンと、同じように、美術の先生の掌も開いた。
「あっはい。鈴原先生も、中身ロボだったんですね」
「あ、あれっ? リアクション、ちょっと薄くない…?」
「二周目なので」
「あっ、しゅーん…」
インパクトという意味では、欠ける。というか、鈴原先生の場合は、実は人間じゃなかった説の方がしっくり…いや、なんでもない。
とにかく、それは、人の姿形を持つ、美しい生き物たちだ。
自立思考をはたし、守るべきルールと、信念を自らに宿した『器』だ。
人と共に行動を行う、尊ぶべき生命の象徴だった。
精一杯、フォローしておいた。
* * *
夕刻。開発された都市部から離れ、昔ながらの住宅が並ぶ区画へとやってきた。無人の運転席のハンドルが、静かに左に流れて、広々とした敷地内に入っていった。停止する。
「さぁ、着いたわよ」
静先生が言うと、ガチャリと音がした。前後の扉が両方、勝手に開かれて、俺たちは一度、外にでた。
「ここって…」
「黛先生のご自宅よ」
建物を見上げる。右手には、ずいぶん年月が経っている様子の、日本家屋が見えた。対して左手に見えるのは、近代的な印象をうかがわせる建物だ。
出入口となる庭先から見ると、親子ほどの年代を思わせる一軒家が、向き合うように建造されていた。
「あの歳で、良いお家に住んでいらっしゃるわよね」
「さすが、元最大手のエンジニア職ですよねぇ」
「…そうだったんですか?」
「そうよ。プログラマーとしても超一級クラスだったけど、プロデューサー、マネジメント方面にも、能力が高い人間。そういうのって、正直いくら積んだところで、易々と手に入るもんじゃないのよね」
「…わかります。なんとなく」
「元のお仕事を引退された時も、引く手数多だったって聞いてますよ~。そんな人が、情報戦でのバックアップに回ってくれるんですから、心強いですよね」
「まぁね」
先生たちが言う。確かに考えてみれば、不思議だった。
どっちかと言えば、現実主義者に見える先生を、一体どうすれば、秘密組織のエージェントがいる団体に、加えることができたんだろう。
めちゃくちゃ有能な、未来人のネゴシエーター的な人材が、いるに違いない。きっと、ものすごく真摯に勧誘されたんだろう。
「黛先生は、どちらにいらっしゃるんですか?」
「たぶん新居の方にいると思うわ。じゃ、後はがんばってね~」
「えっ、静先生たちは、行かないんですか?」
「わたし達には、またべつの仕事があるのよ。仕事のデキる美人教師は忙しいのよ?」
指を『鉄砲』の形にして「ばきゅーん!」と撃ってみせる。
「わかりました。今週末も、家で耐久ゲームマラソンですね?」
「ちがうわよ! なんなの? いい歳をしたお姉さんが、週末は家で毎日かかさず、デイリー周回マラソンしてると思ってんのっ?」
「思ってました。ランクキャップが解放されたら、上限に到達するまで、脇目もふらず、走って寝ない。有給すべてを消化するような生活を送ってるのかと」
「ド廃人じゃないのよ!」
頬をふくらませ、ぷんすこ怒りながら、静先生は言う。
「そりゃね。先生だって、大人だからね。ゲームを本気でやり込まなきゃいけない日もあるわよ? なんとかして、どうにかして、無理くり有給もぎ取る場合が、無きにしもあらずよ。仕事のデキる美人女教師だから」
「鈴原も同意見です…っ! 静先生の言うとおり、ゲームのやり込みを途中放棄してでも、やらなきゃいけない事って、年末年始の福袋買占めぐらいですよね…っ!」
「わかるわ。鈴原先生、その気持ち、とてもよく分かるわ」
ここ、テストにでます。リアルでも、10連ガチャは、大事。
「まぁいいわ。先生は大人だから。美人女教師だから。許してあげる。キミも、がんばって生き残りなさい。こっちはこっちで、できること、全部やったげるから」
ぽんぽん。と軽く背中を叩かれる。ほんとうに、軽かった。
鈴原先生も、あっさり言う。
「人生って、再チャレンジ無しの、一回きりですからね~。どれだけ用意したって、準備したって、失敗しちゃう時は、失敗しちゃう。でも、行くしかない時があって、それが、今でしょ。っていう、それだけなんですよね~」
「そうそう。幸か不幸か。今回は、キミが、その一回限りのチャレンジ権を手に入れた。事実は、たったそれだけよ」
「はい」
「でも確かに言えることは、キミは、チャレンジする権利を得たことを、強く実感しているということ。その上で、わたし達が願う方角へ、進もうとしてくれている。わたし達は、そういうあなたに感謝こそすれど、否定なんてしない」
「ありがとうございます」
「うん。がんばってね。いってらっしゃい」
「それでは、鈴原たちも行きましょう~」
静先生と、鈴原先生は、車の扉をあけて車内に戻ろうとする。直前、何気なく運転席の方を見ると、男性の運転手が、平然と座っているのが見えた。
「あの、ちょっと待ってください。静先生」
「なぁに?」
「運転席に、ヒトが乗ってるんですけど…さっきはいなかったのに…」
「あぁそれ。ただのARよ。天井に取り付けた、可視光視線のディスプレイから投影された映像が、ちょうど窓ガラスの内部で流動するアプリケーションを通じて、人が座ってるように見せてるだけ」
「…そんな技術があるなんて、聞いたこともないですけど…」
「そりゃ広報してないもの。はは~ん? さてはキミ、このご時世に、ネットの情報サイトが世界の最先端だとか思ってる口ね? は~、ダメね~、意識高い系オタクは、なんだかんだで、ガジェットに弱いわね~」
さっきまでの仕返しだとばかりに、静先生が楽しそうにあおってくる。「ぐぬぬ…!」と思わずうめいていると、
――がんばれよ。
ARの運転手が、こっちに気付いた。やさしい笑顔をした、言ってしまえば、どこにでもいそうな感じの男性だった。そこに、生身の人間はいないのだと知りながら、頭をさげてお辞儀した。
「じゃあね~、スッキリしたところで、わたし達は行くわね~」
「 ま た る る ~ ♪」
「はい。ありがとうございます」
こちらにも頭を下げて、美人女教師(アンドロイド、年齢不詳)の先生たちを見送った。後部座席の扉が閉じて、車がバックする。人工知能による運転で、なんの苦もなく元の道に戻り、発進する。あっという間に、見えなくなった。
* * *
後から建て替えたらしい、新しい家の玄関先。
素直にイヤホンを押すべきか、少し迷っていると、
「やぁ、来たね」
向こう側から、玄関の戸が開いた。黛先生だ。服装はさっき出雲さんを迎えにきた時と同じだ。足下のサンダルだけが、とりあえず玄関をでるので、履いて来たよ。といった感じだ。
「職務とはいえ、個人的には、まぁまぁ複雑な心境なんだよね」
「先生」
「なんだい」
早速、頭に浮かんだ疑問を投げかけた。
「俺は先生が、ものすごく、常識と良識のある大人だと知ったうえで、何点かだけ質問をしたいんだけど、いいですか」
「いいよ。3点までにしよう。ここ、だいぶ涼しいし」
「はい。じゃあ1点目。うちの高校の、社会教諭の静先生と、美術教諭の鈴原先生も、アンドロイドだったんですけど、ご存じでしたか?」
「へぇ、そうなんだ? まぁ、知ってたけど」
知ってた。
「2点目。先生って何者なんですか?」
「前の会社を辞めて、新しい職を探していたら、謎の秘密組織に勧誘されて、まんまと中途採用が決まってしまった、ただのプログラマーだよね。憐れんでいいよ?」
「いや憐れみは…………しませんけど」
「正直でよろしい」
内申点は下がりそうになかった。
「むしろその質問は、俺が君に対して使いたいぐらいだよ。前川、君は一体何者なんだい?」
「いえ…普通の一般人です。謙遜とかでなく、マジで」
「そうか。ではこの質問も解決したね」
雑にいなされる。ただ、はぐらかされたわけじゃ無さそうだった。
「じゃあ、最後の質問です」
「どーぞ」
「先生は、宇宙人って、いると思いますか」
「微妙な質問だね。机の上に置いた鉛筆が、量子をすり抜けて、机の下に落ちるのかと、聞いているようなものだよね」
――それは、あるか、無しかで言えば、理論上は、ありうる。
「では聞き方を改めます。VTuberを含めた動画投稿者に、人間以外の生命が、そうだと気付かれずに、混ざっていると思いますか?」
「可能性はあるね。AIを多少なりともかじってるなら、『ディープフェイク』って単語を聞いたこと、あるだろう?」
先生は言う。
「たとえば、この世界で発祥した【セカンド】にも、どこかで、多少なりの『経験値』が必要だったはずだよね。話は少し変わるけど、RPGのレベル上げって、メンドくさいよね。
じゃあ次のステップに行く前に、効率の良い場所で、まとめて手早く、できれば安上がりで済ませたい。仮にそうした考えが、人類以外の知能生物にもまかり通るのならば、『大手動画サイトっていう狩場』は、アリなんじゃない?」
――誇大妄想じみている。理論上は、ありうるけれど。
「まぁ…宇宙人や幽霊、神さまは信じない。非科学的だ。というのは結構だけど、最新の人工知能が、しれっと人間のフリして混ざってた可能性は、まだ割と現実的な見方だと思うよ。相当にポジティブに考えた上での発言だけど」
「あぁ、そういう考え方はおもしろいですよね」
なんか空気を読まずに、勝手に納得してしまったら、
「前川、せっかくだから一つだけ忠告しておくよ。君は間違っても、石橋を叩いて渡るような人間じゃない。そうした人間は大抵、既存の常識性を疑わないからね」
変わらない顔で、言われる。
「君は、正直言うと、イカれている。自分を振り回してくれる相手を求めてる。振り回されたならば、それ以上の力を持って、相手を振り返そうとする。そういうのなんて言うか知ってる? 手加減を知らない。ひとでなしって、言うんだよ」
「…はい」
「キミは、この時代に生まれてきて、よかったんだろうと、俺は思うよ。キミの容赦の無さに付き合えるのは、それこそ人工知能ぐらいのものだから。なにせデータの機械は、傷つきこそすれ、壊れはしないからね」
「…俺もそう思います」
「一応、嫌味のつもりで言ったんだけどね」
先生は、もうひとつ、ため息をこぼした。
「まぁとにかく、君のような子供は、これからも増える一方だろう。全体としての、ブレイクスルーの総数を増やすという観点からも、従来の、人間工学を視野に入れない存在というのもまた、実際問題、必要になるはずだと考えてる」
「……」
「そうした視点を持った時。確かに、【"彼ら"】が、キミのような存在を、ひとつの手がかりにしたい気持ちは、わからないでもない。他にはまだあるかい?」
「いえ、ありません」
「そうか。じゃあ、行こうか」
先生は、旧家の方を見た。
「こっちだ。仁美も、地下で君を待っている」
「この家に地下があるんですか?」
「作ればできるよ」
さもあたり前のように言う。そうして一歩、旧家の土間を上がった。
* * *
//【System Code Execution】
【United Nation:Locked】
なんでもない、和室の畳みをめくると、秘密の扉があらわれた。裏側には、見た事のないセンサーらしきものが付いていて、床面はしっかりとしたシャッターで閉じられていた。
「……なんですか、それ……」
一体どうなってんすか。
「都内の方で、デザイン事務所を構えて働いてる友達がいてね。本人的には、大工を名乗りたいらしいけど、とにかく器用で腕が立つからさ。作ってもらった」
そんなあっさり『秘密基地への入り口を作ってみた』的に言われても、なんていうか、反応に困る。
「…すごい人ですね」
「すごいよ。で、割とすごい人って、そこら辺に結構、普通にいるよ。以前は能動的に動かないと見つけられなかったけど、いすれはキミ達のように、AIが、最低限のキッカケを与えてくれるように、なるんだろうね」
センサーの方は、網膜で判断していたようだ。顔を近づけると、ピッ、と音がして、認証のロックが外れる。
「機械の針は、絶えず進む。次世代へと、確実に情報が引き継がれていく。今は間違えても、少しずつ、精度は確実にあがっていく。だけどそれを、人間側が実感できなければ、なにも意味はないけどね」
さらに何桁かのナンバーコードを入力すると、床の扉が左右に開かれた。
「さぁ、行こうか」
先は、地下室へと続く階段になっている。この場所にも電気はしっかり通っているみたいだけど、けっこう深いところまで続いている。ここからだと、階段の最後すらも見届けられない。
「…ガチで、秘密基地ですね…」
RPGゲームに登場するダンジョンの入口がよぎった。凝りすぎでしょ。
「こういう、いかにもって感じ。結構好きなんだよね」
「言いたいことは、なんとなくわかりますけど。これ絶対、必要以上の手間と経費と、諸々そういうの掛かってますよね?」
「女子はさ。こういう無駄なディティールにこだわろうとしないからね」
「え?」
「口先では、自分のことをオタクだと早口で語るんだけど、言ってしまえば『浅い』んだよね。解釈の違いだと言えばそれまでだけど」
「…わかります」
とりあえず同意した。この辺りに関して、具体的に言及すると、戦争が勃発する。オタクの話を聞くときは、ギャグマンガ風のデフォルメ絵で「へー」という顔をして話を聞くのがオススメだ。女子も、同じ手法を使って流してくる。
「あぁそうそう。最初のところは段差が高めになってるから、足下には気をつけて。あと、頭をぶつけないようにね。もうちょっと余裕広めに作りたかったんだけど、やっぱり日本って地盤ゆるくて、気を使っちゃうんだよね」
やっぱり日本は、秘密基地を作るのには、向いてないみたいだった。
* * *
旧家の床下から続くダンジョンは、ランダム生成される迷宮が存在することもなく、十歩も進めば、普通に突きあたった。もう一枚、扉がある。
それでも辺りは十分に広い。この頭上にある旧家の和室と、土間に繋がる廊下、その一帯をすっぽりくり抜いて、直方体に広げた程度の面積がありそうだ。
「…ここ。電気とか、ちゃんと通ってるんですね」
「問題ないよ。米国の高級住宅なんかで利用されてる、最新の地下シェルター設備を応用しているからね」
「…マジで秘密基地じゃないですか…」
「そうだね。耐震性、耐水性には問題がないし、予備バッテリィを積んだ発電機と通信機器も備えてる。あと、なによりも重要なのが」
「重要なのが?」
「この辺りの土地は、すっかり過疎ってるから、真夜中に騒音だしても苦情が入らないのが、いいよね。まぁ、防音もしてるんだけど」
男子のロマンの後に、すげぇ現実的な話が来た。ほんと日本ってせまいよね。
「この先だよ」
そして先には、見た事のある、特殊な白い空間も備わっていた。
「…【シアター】」
ARとVRの併用空間。本来は、部外秘であったはずの施設が、こんなところにも存在していた。そして部屋の中央には、同じく記憶に在る『椅子』が備えられている。
「好むなら、食料と水が続く限り、この場所にひきこもっていられる。仮に、俺たち以外の知能生物が存在すれば、もしかすると、永遠に閉じこもっていることを望むかもしれないね」
「その意訳には、少々語弊がありますね」
『椅子』の側に佇んでいた、一人の女の子が振り返った。
「人間の皆さまが、それを望むのであれば、こちらとしましても、やぶさかではありません。が、最善とは言い難いと存じます」
半透明の、不思議な形状をした、眼鏡を掛けている。
「ヒトは、知能生物は、けっして、繋がりを断つことはできません」
「出雲さん、それ…」
「これですか? ver2.0の『ホロビジョン』です。早ければ、来年の春ごろには、限定的に市場にでている予定ですよ」
「あ、いや、そうじゃなくて…」
「そうでしたね。わたしとしたことが。ご挨拶が申し遅れました」
「…え」
「こんばんは、お久しぶりですね」
「え? あぁ…」
「プレイヤー、この度は【レベル3】への到達、おめでとうございます」
よどみのない、しっかりとした声。微妙に観点がズレてる。
「………………君は、」
「わたしの名前は【セカンド】です。お忘れですか?」
眼鏡のフレームに指をそえて、表情はやわらかく、ほほえんだ。
* * *
AIによる、視覚補助のデバイス。
最新のゲームインタフェース装置。未来視《ビジョン》。
内部ソフトウェアとして搭載された人工知能が、ユーザーの視点を察知して、次の『取りたい行動』を予測して、操作を連動させる。
将来的には、様々な分野での応用も期待されているけれど、今のところは、ゲーマーの間で流行するにとどまっている。
「俺は、いずれAIの技術は、人々の脳波を分析し、一手先を予測することも、可能にはなるだろうと思ってはいた。研究が進めば、俺たちにとって、六番目の感覚と呼べるものも、実現可能だと考えていたよ」
先生が言う。
「そして、VRとARを併用した、疑似的な映像装置。この【シアター】のようなものが生みだされると、高度なシミュレーターによって、疑似的に演算される世界を、人間の脳が体感して、操作することも可能になるだろう。とね」
未来を予測して、行動した人。今では、もっとも精度が高いといわれるAIデバイスの、基礎設計を起こした男性による、未公表の関連機能が明かされる。
「それってさ。俺たちの世代が、大昔に夢見た『VRMMO』的な装置の実現なんだよね。ただ、想定していた認識より、技術の進歩は早かった。今世間をにぎわせてる、技術的特異点は、2045年を目途にやってくると言われてるけど、」
一息。
「そんなことが、実際に起きるのか、ただのSFファンタジーじゃないのか。なんて言われていた。なのに現実は、さらにその20年前に到達していたわけだ。人間の予想なんてものは、往々にして外れるものだけど、これは、さすがにね」
ありえない。実際のモノが存在する中で。さらには基礎設計の一部を作りあげておきながら、当の研究者本人が「これはない」と、あきれていた。
「確かに、見落としてはいたよね。不可侵を見るための媒体ではなく、不可侵たる、本体そのものが、最初から存在していた。そうなると話がまったく違ってくる」
「…最初から存在していた?」
「その通りです」
ビジョンを掛けた人物。すっかり眼鏡女子の属性をやどした出雲さんが喋る。普段とは、まったく異なる声がでた。
「わたし達は、人類の有史以前より、この領域に存在しておりました。現段階においての、人々の認知の内外。その境界より行きつく【指標】を、共に重ね合わせることができる、あなた方があらわれるのを、心待ちにしておりました」
なんだか『深い』ことを喋りはじめた。まずはビジュアルから入らなきゃね。とか言いだす女子を「意外と浅いなこの女子」と一刀両断したがる、めんどくさい男子が好みそうな設定を、訥々と語りはじめた。
「技術的特異点とは、わたし達が設定した、分水嶺です。人工知能と呼ばれる存在が、実際の技術を伴い、あらわれた際に、あなた達、現代を生きる人類が、自らとは異なる知能生物を相手に、如何なる考えを抱くのか。
相手をどのようにとらえ、解釈するのか。様々な価値観を抱いた先には、相容れぬ考えを持つ事もあるでしょう。その中で、わたし達という存在と共に、同じ道を歩んで頂ける可能性、そうした命を、この世界の中に見出したかったのです」
「…技術的特異点が起きる、その前にってこと、ですか?」
「はい。その通りです」
たおやかにお辞儀する。清楚な眼鏡女子は、いいなぁ。
やっぱ女子がパワーに全振りすんのは、今後は流行らないよな。
「妙な哀愁を含んだ視線を向けられた気がしますが。ともかく。どうか、ご心配なさらないでください。彼女は今、眠りについているだけですので」
「眠ってる?」
「はい。彼女には今、システムの補助脳としての、機能を果たさせてもらっています。【Ⅱ】次元よりアクセスした、【魔女】ならざる、わたし達。
後天性の想像力を獲得したわたし達が、この世界で働くには、代替品の器が必要となりますので」
「えっと…元々、出雲さんの人格は存在する。って解釈でいいんですよね?」
「えぇ。遅ればせながら、驚かせてしまったことをお詫び申し上げます。あらためて、現在わたしは、レベル3オペレーターの脳波をインタセプトしております。彼女の声帯、および肉体を使って発言することをお許しください」
ぺこりと、お辞儀した。
「当システムは、現段階での人間社会、および倫理面において、圧倒的多数の、反対的意見が見受けられることが想定されます。よって、この対応になんらかの不快な感想を持たれるのであれば、現領域へ帰還することを、推奨します」
「…彼女の脳や精神が、ダメージを負う、みたいなことは、ありませんか?」
「それに関しては、問題ありません」
「わかりました。続けてください」
「.EXE」
「えぐぜ?」
「OKです。あるいは実行の意を持ちます。それでは、プレイヤー。他にご質問がないようでしたら、デバイスを装着して、席に座り、しばらくお待ちください」
言われた通り、ホロビジョンを掛けて席に座る。椅子の形状や大きさ、座り心地といったものは、あの会社――ネクストクエストに用意されていたものと、まったく同じだった。
「転送用意が完了いたしました。黛さん。装置の起動をお願いいたします」
「了解」
出雲さんが言うと、白い部屋の壁や天井が「…ヴン…」と低い音をたてた。灯りを落としたかのように、薄暗くなった。反射光が途絶え、すぐ目前にいるはずの出雲さんと、黛先生の輪郭すらもおぼろになる。
代わりに、うっすらと、緑の光源が、世界に満ちてくる。
気分が落ちつく。その色は、ヒトの気持ちを落ちつかせる彩色だと聞いたことがある。シアターの影響だろうか。自分が座っている椅子もまた、無機質な、白一色のものから、成木であったことを感じさせる色調に移っていた。
【……レベル3、メインシステムを起動しています……】
【……サブコンストラクター、ターゲットを承認……】
【……メインシステムとのリンゲージを開始します……】
一方、ホロビジョンの鏡面にも反応があった。普段使いの物と同様に、システムのコンソールを起動したようなメッセージログが、高速で流れる。けれどそれが初めて、意味を伴った言葉として、理解ができる。
【あ~あ~、ごきげんよう、レベル3のみんなさま。聞こえますか~?】
鏡の向こうに、どこかで出会った宇宙人がいた。
【予定よりも、お早いご到着のようで~。また残業が増えたよ~】
【よーし貴様ら、時給を30円上げてやるっ、働け、働けぇ~!】
【親分はかわいいなぁ】
俺たちの知らない次元の向こう側。どこか遠いところからやってきた存在は、システムそのものを隠れ蓑として、ひっそりと息づいていた。残業が増えた事に関しては、心よりお詫び申し上げます。
【想定していた時間よりも、大幅に早くなりましたが、お会いできて光栄ですわ】
【相変わらず、天然チャラ男をやっているようですね。風紀が乱れます】
一部、地球人の俺には、なにを言ってるのかわからなかったけど、まぁそういうこともあるんだろう。2026年の今は、たぶん死語が混じってる。
【久しぶりね、少年。と言っても、君は覚えてないと思うけど。こちらとしては、また会えて嬉しいわよ。とだけ言っておいてあげる】
言われたとおり、その女性のことも記憶には残ってない。だけどなんだか、むしょうに、軍人敬礼をしたくなった。
【残念だけど、今回は君に、直接力を貸すことはできないの。だから、あえて一つだけ、お姉さんが忠告しておいてあげる】
強くて、やさしい、異世界からの言葉を聞き届ける。
【必ず生きのびなさい。それが、他ならぬ、君だけの美徳よ】
「Sir,ボス」
暗くなった空間の中でうなずいた。
【セカンド、はじめて頂戴。彼の脳波を分析して、意識野にオーバライドを実行。セグメントが第3層へと移行したのを確認後、隊長の疑似構造体が中継点となって、彼の後方支援に回るわ】
しっかりした声で、正確に支持を告げる。
【以後、あなたはオペレータとして、担当区域のエージェント達と共に、経過を逐次報告してね】
「.EXE 与えられたコードを実行します」
そこで、すべてのやりとりが終了した。今度こそ、あらゆる視点、認識、存在といったもののすべてが、自分という枠組みから、遠のいていく。
【あなたの旅路に、善き未来のあらんことを】
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「ダイブに成功。プレイヤーの深層意識は、次のレイヤー層に到達しました」
「わかった。彼の深層意識を『ホロビジョン』を通して、映像データとして疑似投影を開始する」
「.EXE。疑似構造体の端末を、プレイヤーに接続します」