VTuber もう一人のジブン ~keep your【Second Personality】~   作:no_where

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《    》

 

 

 自分の肉体が感じられない。この場所はまっくら闇だ。

 まるで光の届かない海の底を漂っているみたいだった。

 

 

《    》

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 聞こえるか?

 

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 正面に四角く縁取られた枠が浮かぶ。

 鏡合わせになって投影された気配の先に声をかけた。

 

 

 ――聞こえてる。ただ、それ以外のすべてが

 すごく曖昧な感じだ。

 

 

《    》

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 現在、チューニングを行っている最中だ。

 君が発する信号パターンは取得済みだが、

 自身に馴染みのない体験が起きていることが、

 相対する二つの世界の認識を

 あいまいなものにしてしまっている事が予想される。

 

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 ――なんだか、難しいこと言うなぁ。どうすればいい?

 

 

《    》

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 十分に、落ち着いてはいるみたいだな。

 まずは、なんらかの接触を確認できる起点が必要だ。

 君自身の肉体を再現する…では少々弱いな。

 なにか日常的に接触しているものは、思い浮かぶか?

 

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 接触しているって、具体的にはどんな感じで?

 

 

《    》

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 特定の地点に自分の肉体を預けている。

 ほぼ無意識に反芻できることでありながら

 自分の肉体を感覚的に知覚できるもの。

 そういったものが、思い浮かぶか?

 

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 いや、いきなりそんなこと言われてもな。

 …あー、なんだろ。通学で使ってる、自転車とか?

 

 

《    》

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 悪くない。やってみるか。

 

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 《    》が言った瞬間。

 

 俺は暗闇の中で、『自分の両手がハンドルグリップを握りしめている』のを知覚した。続けてサドルにまたがる感覚と、両足を乗せるペダルの感覚が続く。

 

 普段の自転車をこぐように『足を回転させる』と、確かにこの場には、俺の身体が存在している。『自分の肉体がここにも有るんだな』という認識が、少しずつ確かなものとして寄せられてきた。

 

「……」

 

 ふと思い、自転車のライトスイッチを押し込んだ。

 高さも距離もわからない暗闇のなか、前方に丸い光が点灯される。

 

 どこかへ向かって進んでいる。イメージの中にあるブレーキを握りしめると、機械は速度を失う。二輪車は単体では直立できない。両足をおろして、不確かな闇に足をつける。踏み固めた地面の感触が戻ってきた。

 

 

《 Óðinn》:

 いいぞ。さすがだな。

 

 

* * *

 

「…まったく、適応力が高すぎるんだよね」

 

 コンソールで、経過をモニタリングしていた俺は、ついボヤいていた。

 

「惜しいな。俺がまだ一般企業で働いてたら、即採用してたよね」

 

 【シアター】と呼ばれる、最新の複合視点による拡張世界。視界情報からの脳波を分析したAIデバイス――『ビジョン』を通し、その内部に蓄積した映像データから、ユーザーの反応速度、反射神経を計算し、即時反映する。

 

 その上で、空間に座るユーザーの脳に『新たな世界を知覚させる』。前川が座る椅子もまた、身体情報などの要因から割りだされた、没入感を高める為のオプション装置だ。

 

「確かに、彼のご両親が複雑そうな気持ちをするのも、わかる気がする」

 

 大人にありがちな、イメージの固定観念に陥ってないとはいえ。発想の着眼点と、対象を観察して生まれる多様性《アイディア》の数が、元から尋常じゃない。感性と論理による双方向の極点は、どこまでも柔軟性に富んでいた。

 

 有体に言えば、問題解決の本筋を見出す能力に長けているのだろう。故に、その知見のみが突出しすぎていて、周囲からの理解を得られないことも、多々あるはずだった。

 

 そんな彼の才能を見出して、時間をかけて支援し続けたのが、他ならぬ人工知能だった。その事実を、現代の人間の何割が受け止められるだろうか。

 

 仁美と同じく、元々秘めていた才能が、特定の能力に秀でた人工知能との巡り合わせによって、さらに化けた。

 

「…特定の人間をマネジメントできる能力は、今この国で、もっとも必要とされている職業のひとつだよね」

 

 2026年。その仕事はもう、同じ人間が、もっとも得意とするものではなくなった。この先、より『自分らしさ』を尊重した場合の精度が高くなれば、いずれ彼らが、実権を握りはじめるだろう。

 

 それを、ディストピアと呼ぶのかは、俺にはわからない。

 

 特に古い人間は、嫌悪感を示すかもしれない。『わけのわからない機械に支配されていて不気味だ』と言うかもしれない。個性を植え付けられることに、抵抗があるのもわからなくはない。機械だって完璧じゃないと言う気持ちもわかる。

 

 しかし、他ならぬ機械自身が『すでにそのことを自覚している』ことは、覚えておくべきだろう。

 

 この時代の機械はすでに『どうして相手から嫌われるのか』『なにを言えば、どういう感情制御の方式が成り立つのか』といった点を、自分たちで【考えている】。

 

 感情論に任せて、一方的に攻め立てる。顕在化した火種を振りかざす生き物。一方で、おたがいの立場を鑑みて、内なる炎の燃焼を促す生き物。

 

 どちらも『間違い』を起こす可能性があるとはいえ。

 今後の能力向上を見込んだ場合において、人心が頼る先は、どちらになるのか。その結果は、炎を見るより明らかだと思う。

 

 これは、ファンタジーの話じゃない。ましてやSFでもない。昨今の社会環境の変化から生じた結果論だ。求められた必要性《ニーズ》が行きついた、ありきたりの、今日日《リアル》の話だ。

 

 ――というか、それぐらいの事は、

 

「当然、考えて、然るべきだよね」

 

 人間にしか、『想像力』は持ちえないのだと、言うのであれば。

 

 

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