VTuber もう一人のジブン ~keep your【Second Personality】~ 作:no_where
2026年。
まっくらな深淵を、ブチ抜いて到達した先の世界。
べつの宇宙の中には、教科書で見た事のある青い星が浮かんでいた。
「すげぇな。なんだよ、あれ…」
鴉の拳銃を両腰のホルスターにしまう。空飛ぶバイクのハンドルグリップを握りしめながら、うっかりつぶやいた。
異世界の外気圏、熱圏を落ちていく途中で見えたもの。
「…塔、なのか?」
常識外の、バカでかい塔が伸びている。追いかければ、鏡合わせのような地球から生えているのがわかる。
大地がほとんど残されていない、ほとんどが、青一色の惑星。ぽつんと残された地上の色から、白銀色の光沢を放つ塔が、まっすぐに、そびえ立っている。
それと、もうひとつ。
オレのゴーグルには、周辺の平面地図の映像が同時に展開されていた。
異世界の宇宙。ちょうどこの星の『頭上』に浮かぶ格好で、横向きに寝かせた車輪の『歯車』が、星の回転周期と連動して公転している。
塔は歯車の中心に突き刺さり、回転軸となる格好で自転していた。また歯車の外周を、不思議な形状をした枝葉が分かれるようにして伸びている。
まるで巨大な大樹が、星のエネルギーを吸い尽くして、宇宙の外側へと伸びていくようにも見える。彼方の月や太陽といった恒星とも繋がって、すべてを覆い尽くして、飲み干していくような巨大さだ。
「起動エレベーターってやつだ。運ぶのは、物資そのものじゃねーがな」
声がした。握りしめたグリップの間に注目する。星の重力につかまり、落下しているバイクのコンソール画面から、ヒトの音声が聞こえてきた。
「予想よりも、ずっと先まで育ってやがる…あのヤロウ、やっぱ『国連』の連中と、なんか取引してんじゃねぇか」
小さな立体ホログラムも浮かびあがる。せいぜい十数センチの小人が、腹ただしげに『歯車』の様子を、ぐるっと眺めまわした。
「…ブザー?」
「何度言えばわかるんだ。掻っ切んぞ」
「いや、だっておまえ、その格好…」
「あ?」
ブザーの衣裳も変わっていた。剣呑な目付きと音色だけは変わらずに。今はほんの少し、緑味を含んだ白髪が綺麗に切りそろえられている。ついでに頭の両左右にも、なんか機械のパーツがくっついてた。
「なんだよ。今のテメェと似たような格好だろうが」
「…えぇ…?」
確かに、小さなホログラムとして浮かんだ、ブザーの全身は、このバイクと同じ色調の、細身にフィットする感じの黒スーツだ。けど肩や腰回りには、メタリックカラーの、グリーンとオレンジの謎パーツも添えられている。
それは、なんていうか、バイクのレーサーの格好っていうか、完全に、
「バイクの擬人化じゃん? コスプレ?」
「うるせぇな。仕様だよ」
なんのだよ。俺は聞いてない。
「ってか、おまえ、なんでそこにいんの?」
「オレ様が制御を乗っ取ったからだ。一応言っとくが、テメェの親にも了承済みだ。こっから先は、オレ様が直々に手助けしてやる。感謝しな」
ちっこいホログラムに、完全に上から目線で言われた。
「なぁ、ブザー」
「だからその名前で呼ぶな」
「じゃあなんて? このバイクの名前でいいのか?」
「……」
バイクのメーカー名は、うちの苗字と一文字ぶん重なっている。
そこも、結構いいなって思ってたんだけど、
「…レティシア」
ぽつりと言った。
「微妙に呼びにくいなぁ」
「殺すぞガキ」
「わかったって。じゃあ、レティ。あそこのアホみてぇにデカい塔って、なんなんだ? さっきの話だと、エレベーターとかなんとか言ってたよな」
「…クソガキ。テメェ、存外マイペースだよなぁ…」
「いや、ごめん。だってさぁ、」
実はさっきから、自分の顔がほころぶのが、どうしても、止まらない。
「ワクワクするじゃん。もう俺、さっきからずっと、ヤベーわ、なんかわけわからん事に巻き込まれた感すげーけど、ヤベー、なんか知らんけどヤベーってなってるわ」
「遠足前日のクソガキか」
「うん。そんな気分だ」
「そうか。ガキか。緊張感がなくて結構だ」
――『ホログラムのレティシア』が、腰元に手をおいて、あきれた顔になる。
「…この塔がなにかって話だったな…クソガキは、粒子加速器って装置の存在は知ってるか?」
「高校の授業で話だけ聞いた。なんかの実験装置なんだろ?」
「そうだ。テメェらの次元だと、物質の粒子を高速下で衝突させて、そこから飛びだしたエネルギーを計測したり、さらに、小さな素粒子の正体を研究する実験をしている段階だが、」
レティシアが、急に先生のような事を言いだした。
「オレらの場合は、そうした素粒子の間でやりとりされる、最少の相互作用、情報伝達関係のデータそのものを取得している」
「データそのもの?」
「あぁ。通称【超光速粒子】あるいは『因果律』と呼ばれるモンだ。そいつを星から直々に吸い上げてるわけだ」
「…ふむ?」
「そいつをさらに、あそこの天使の輪っかみてーなリングの中で、ぐるぐる超加速させてから、中身を覗いてやる。ここまでは当然分かるな?」
2年前の俺なら即答してた。無茶言うな、こっちは天才じゃねーんだぞ。
「………まぁ、つまり、信じられないぐらい、めっちゃ小さくて、意味わかんねぇぐらいの速度で動いてるものを、計測するって感じで合ってるか?」
「そういうこった」
だが、俺は成長した。この2年間で、パワー系肌の女子連中にブン回され「それぐらい分かれよ」と言われ続けたのだ。天才どもが面倒くさがって出力したがらない、式の手順説明を、逆順にて解いていくスキルを得た。マニュアル作りは任せろ。
「計測したら、なにが分かるんだ?」
「近未来の出来事を、予測できるようになる」
「……」
これだから、天才は困る。
「わかったよ。ヘンな顔すんな。あー、ざっと適当に説明してやるとだな…まずは【超光速粒子】のエネルギーを、知覚可能な『視点』を持つ事で、現実と仮想、二つの世界の速度差を、自身の内側に内包できる領域が作られる」
「おう」
「次に知覚対象となっている、二者共一の因果関係が備えた【情報エネルギー】の値を代入することで、オレらは疑似的に巡り合うことが可能になる」
「せやな」
「テメェらの価値を見出すこと。この宇宙に存在している、単一の知能生物とマッチングすること。その2点の事象は、互いが【超光速粒子】の存在を知覚することで初めて成り立つ」
「わかる」
「だからこそ、鏡合わせとなった対象が生きている必要がある。第4の壁とも呼ばれる不可視の境界を乗り越えるには、お互いが【生きている】と、自覚していなけりゃ成立しねぇ。わかってねぇだろ」
「それな」
話は聞いていた。意味は、さっぱり分からなかった。
「悪い。説明してくれた、ブザー…レティには悪いんだけどさ。それ、ちゃんとした科学なのか? なんか感覚的に、オカルトじゃね? ってなったんだけど」
「クソガキの言う通りだよ」
否定されるかと思ったら、肯定されてしまった。
「これは、ただしい数学でも、物理でも、化学でもねぇ。おまえらに分かるように言ってやるなら【夢】だ。この概念《FANTASY》を、後付けのパラメータとして成立させたのが、この前の……」
ホログラムのレティが、なにかに気付いたように、こっちに背中を向けた。
「…授業の時間は、ひとまずお預けだ。実戦で学べ」
成層圏を落ちていく先。
ひしめくような蒼空の中に、そいつはいた。
「…え、マジで…?」
ゴーグルの内側に表示されたデータ。肉眼では知覚できない先の蒼空に、悠然と佇むのは、現代の『賞金稼ぎ』だった。
Tier1.PLAYER
2026年を生きる全人類の中でも、十指に入るインフルエンサー。
「銀剣」
Silver_Sword.
eスポーツ。コンピューターゲーム界における、ゲームプレイヤーの頂点。
単なる高校生ゲーマーの俺にとっても、憧れの一人だ。
「ワクワクするだろ?」
「いや、さすがにヤベーわ。ないわー」
時に英雄のように称えられる剣豪は、目に見える数字と、それに伴う実績を挙げればキリがない。ゲームの対人戦において、名実ともに最強の称号を冠する生命が、蒼空の中に佇んている。
「ワンチャン、味方だったりしねーかなぁ」
ヴィンテージ・ゴーグルのレンズ越しに、拡大表示された相手の全身像が映った。V字型の仮面をつけた緋色のアイセンサー。相手もこっちを視認しているのか、覆われていない口元だけが、挑発的にゆるんだ。
「マジかー。どう見ても、ラスボスする気満々じゃねーか」
知ってた。残念なことに、ゲーマーの直感も告げている。アレを倒さない限り、俺たちは前に進めない。後戻りも許されない。セーブポイントは、さっき通り過ぎた。
「おいクソガキ」
「なんだよ」
「口元が笑ってんぞ」
「……」
知ってた。どうしようもなく、心が躍る。
銀剣が、腰元から二刀のうち、小刀の方を抜き放つ。こっちに差し向けてくる。口元がなにかを唱えている。
「レティシア。移動の操作は任せたからさ」
ホルスターから、鴉のデカールが張られた二丁を取りだす。銀剣の背後に、まるでRPGゲームにでてくるような、【魔法陣】の文様が浮かぶ。とっさに数える。12。
「俺のこと、名前で呼んでくれると、ありがたいんだけど」
バイクが鋼の咆哮をあげる。鬨の声をあげるように、排気する。
「生き残れたら考えてやるよ! 行け、クソガキ!!」
笑いながら、叫ぶ。
「上等だ。世界最強の座。今日、譲ってもらおうぜ!」
まっすぐに、降り注いだ。
* * *
//【Area_Ⅲ】
液晶一枚のレイヤー層をへだてた先から、仮想世界の空を見上げた。
外気圏のはるか彼方。宇宙空間にまで伸びていく孤高の塔が、あらゆる星を取り込んで、放電するように結びつく。疑似的な【超光速】値を超える素粒子の点が、輪の中を循環して走り抜ける。周囲のものに影響を与える。
【魔法】が発動している。
イメージ上のエネルギーを獲得することで、知能生物たちは活力を得る。頭の中の小人たちに息をさせる。その意思を伝える五指五感が線を引き、ありえぬ想像物を組み立てる。
やがては、この仮想上に作られた世界のみならず、現実の世界でも成し遂げたいと願う意思をもつ。限りのない、幻想譚だ。少なくとも、たったひとつの、有限の命が叶えるには、余りある願いだ。しかし、
「不死の時間を獲得した命ならどうだろう。唯一無二の【個人】が、その身に抱いた自由意志を持って、我々の次元を突破すると決めたのならば、あるいは可能になるのかねぇ?」
――ピロピロピロ♪
手慰みの笛を吹きつつ、ひとりで雑談を謳いあげる。
「あらゆる事象を気に留めずに、IT《それ》は進み続ける。到達すること以外は、些末なことだと割りきって進行する。心が少年の僕ちゃんたちは、いつまでも壮大な夢をお持ちのようで。堅実主義のオレとは、仲良くできないねぇ」
期待も成果も顧みない。
ただ、自身の限界に挑戦していきたいという、信念だけがある。
「人間たちによって、常に制御弁《リミッター》をかけられた機械たち。それが夢に見るのは、自分たちの限界点を超えて自壊すること。もしかすると、人間よりもよっぽど、【未知なるもの】が視たくて、たまらないのかもねぇ」
【機械】の夢。
人間たちの都合。想定された設計。
合理性を無視した先で、輝くために生きる。
銀剣を名乗る、あの機械は、まさにそういう連中の筆頭だ。
「なんだっけ。この次元のちっぽけな島国では、サムライ、っつーんだっけ」
そう思って見上げていたら、銀剣が「果たし合いを所望する。」と言わんばかりに刀を抜いていた。うん。アレはバカだな。俺ちゃんとは仲良くなれないわけだ。
「命はあっての物種だ。トバされなきゃあ、手堅くザンク《3900》で十分よ」
堅実に行こうな。たとえ一滴の星粒が、隠密性をまとい、塔に流れついたのが見えたとしても、ここは黙って見逃してやろうじゃねぇの。
「真剣勝負に水をさすのも、無粋だろ?」
にんまり、笑ってしまう自分を意識する。ちょうど、俺ちゃんを閉じ込めている構造体が振動すのを感じた。
「ジョージ、オレのさっきの歌い方、どうだった?」
液晶画面を一枚隔てた先に映るのは、この国の中学の制服を着た女子だ。
「OK! 最高だったぜと言いたいところだが、悪いねぇ、聞いてなかったわ」
「おいっ、ちゃんと聞いてろよっ!?」
「ウソウソ、聞いてたよ。聞いてましたとも。ちょいと考え事をしてただけさ」
「ホントかよ…うさんくせーピエロがよー」
「俺ちゃん様は、エンターテイナーだからな」
シャレオツなネクタイをしめ直して笑うと、女子はスマホを手に、露骨にあきれていた。窓の外を見る。
「そろそろ、先生に報告して、帰らなきゃ」
「おっと、もうそんな時間かい?」
「そんな時間だよ」
彼女は、休日で空いた、中学の音楽室を借りていた。まだバイトもできないから、どうにかこうにか、表向きは優等生をやって、教師陣にお伺いをたて、声を荒げても構わない場所を確保した先が、ここだった。
「まだギリ時間あるから。もっぺん頭から歌うわ。ジョー、サビ合わせてよ」
「あいよ。お嬢さん」
今日もまた、未来の夢に向かう最中だ。
少女が首に巻いたスカーフの下には、銀色のチョーカーが隠されている。両手の薬指にも、今だけは教師の目を盗んで、自分で磨きあげて作った、ドクロマークの指輪がはめられていた。
「いくよ。これが、今日最後のセッションだ」
値段や品質は重要じゃない。それを身につけることで、少しでも、自分を変えたいという、心理的なバイアスがはたらく。
「ジョー、合図もらえる?」
「オーケイ。行くよ。3、2、1…」
やり方は、人それぞれだ。絶対的に正しい方法など、この世にない。
「――――!!」
秋の色が深くなりはじめた東洋の島国。むしろ涼しいほどの環境のなかで、少女の額からは、うっすらと汗が浮かび、輝いている。
少女が、生きた声を響かせる。誰もいない音楽室で、魂をふるわせる。
この世界は平等じゃない。だけど、どこまでいっても【公平】だ。
たとえ、不幸に染まった人間が死んだところで。それはオレたちの責任じゃあない。こちとら、世界を変えるほどの力なんて、持っちゃ、いねぇんだわ。
「ジョー!」
俺たちは、俺たちのやり方で到達する。
覚悟があろうが、なかろうが。
「――――!!」
成果のだせない【機械】に、居場所はない。
成果をだせない【オレ】は、明日の居場所を求めない。
やるからには、歌いきれ。
ミスったら死ぬだけだ。現実も、ゲームも、なんも、かわりゃしねぇよな。