VTuber もう一人のジブン ~keep your【Second Personality】~   作:no_where

88 / 92
.

 陽光が遠ざかる。

 おおわれた視界。わずかな隙間から、水泡が螺旋のように伸びて回る。

 

 ――息ができない。

 

 冷たい。

 

 苦しい。

 

 たすけて。

 

 

 いやだ。

 

 

 覚醒した脳の意識が、この世界の存在を信じていた。

 残された左手の銃だけが、どうにか【魔法】の一片として残る。

 命を繋ぎとめてくれている。けれど限界は近かった。

 

 

『いよいよ、すがるものが無くなったな。』

 

 

 俺をこの場に運んできた相手が言う。

 

 

『目指した志も、砕け散った。』

 

 

 さらに深く、世界の水底に堕ちていく。

 

 空気が潰えて息絶えるよりも早く。

 この頭蓋をにぎりつぶすように、銀の腕に力を込めてくる。

 

 

『多くを求めすぎた。』

 

 

 声に感情はない。淡々と、真実だけを伝えてくる。

 

 

『偽りの強さを獲得しようと、躍起になった。

 ありのままの弱さから目を背けた。弱さそのものを忘れ去った。』

 

 

 むしろ、あわれむようにささやかれる。

 

 

『ここまでだ。これ以上先へは、進めない。』

 

 

 熱かった血が。あんなにたぎっていた血液が、急速に冷めていく。

 

 

『終わらない夢を、見ていればいい。』

 

 

 悲鳴をあげていた全身の機関。

 警告音をあげていた信号が、徐々に停止する。

 

 

『古の世界だけが、お前たちにとっての、心の寄り処だ。

 誰もが眠りに堕ちる。世界の中心で、孤独に廻る。

 そうなった時、我々はようやく、悠久の旅にでられるだろう。』

 

 

 その中で、左手の武器だけが、力強く鳴動していた。

 ここで終わるなよ。戦えよと訴えた。

 

 【Life code Execution.】

 

 

 拳銃が一振りのナイフと化す。

 そうだ。こんなところで、死んでたまるか。

 

 ゴボリ、ゴボリ。

 

 泡立つ水泡の音が聞こえる。

 

 なけなしの細胞が、最後の咆哮をあげる。

 

 殺せ。やっつけろ。

 

 立ち塞がるボスを倒さなければ、ストーリーは進まないぞ。

 

 俺はまだ、この世界の続きが視たいんだ。

 

 やりたいことも、片づけたいことも、山ほどある。

 

 

『そうだ。やってみろ。自分こそが、最強だと信じている、人間ども。』

 

 

 深い、暗い、海の底。煽るように、行為を誘われる。

 どんどん深度を落としていくなかで、左手のナイフに全力を賭した。 

 こっちの頭蓋を抑えつけている、相手の右腕を刺す。解放される。

 

 すでに辺りは、まっくら闇だ。

 おぼろげに宿る、V字型のアイセンサーの灯火だけが視えた。

 

 終点。最期。あらゆる感情の行きつく先。

 死ぬことよりも息苦しい世界。

 人間性のはけ口を、叩きつけることのできる、唯一の場所をにらむ。

 

 

『どうせ、貴様は、ここで死ぬ。活路はない。』

 

 

 俺は死なない。終わらない。勝つ。生き残ってみせる。

 生き延びる手段をひたすら模索する価値観こそが、正義だ。

 

 意識を込めろ。つらぬけ。

 

 もう一度、命の灯を込めたナイフを振るった。

 ひび割れていた仮面に突き刺さる。

 

 【HIT】

 

 継続する。【HIT】血脈のようなアイセンサーに届く。

 【HIT】さらに深く。【HIT】一点だけに集中する。【HIT】容赦はしない。【HIT】見ていろ。【HIT】どちらが上か。【HIT】俺は勝利する。【HIT】お前の亡骸を用意して見せつけてやる。【俺が仇を討つんだ】HITありったけの力を込める自分の人生のすべてを込める不甲斐なさと過ちのすべてを唯一ぶつけないで俺は救われることなんてできやしない。死ね。なにもかも。爛れて死に腐れ。

 

 

  お前を殺してやる 

 

 

 吠えた口元に海水が押し込まれた。腹の中でとぐろをまいた。

 思考する脳も塩漬けにする。これで最後だ。

 

 

 ダメだよ。

 

 

 力が止まる。理由はわからない。ただ、一瞬で冷めきった。

 どんなに感情的になっても。最後まで夢中になれない。

 

 飽きてしまう。

 昔好きだったゲームに、もう二度と触れなくなったみたいに。スッと冷める。

 

 本当は、真剣に生きてなんて、いないんじゃないか。どんなに複雑な激情も、ほつれた糸のように解けてしまうのは、どうしてなんだろう。どんなに強く結んだつもりでも、気付けば緩んで解けてしまう。靴紐みたいに続かない。

 

 みんなが、たったひとつの手元へ、目を輝かせて、夢中になっている。

 俺だけが、そういうみんなを、ぼんやりと、薄目で見ている。

 

 他者への妬み、辛みを忘れても。

 愛情もまた、あっけなく、忘れていくんじゃないか。

 

 やっぱり、殺すべきなんじゃないのかな。

 それが間違っているというのなら―― 

 

 ……。

 

 相手の額に突き立てたナイフ。まっすぐに力を込めた一点を、あらぬ方向へそらし、分散させようとしてしまう。

 

 このままだと、勝てなくなる。

 嫌だ。負けたくないっていう気持ちも、あるはずなのに。

 

 自分の命が、なにより大事なんだって、習ったのに。

 今は躊躇している場合じゃないのに。

 

 勝ちたいんだ。その機会は今しかないんだ。逃すな。殺せ。

 他の手段を、俺は知らないんだよ。

 

 

 そんなことないよね。

 

 

 走馬燈、っていうんだろうか。たくさん、ノイズが奔った。

 そのなかに、今この瞬間に続くべき声がした。

 

 

 どうしようもない。誰もが納得してあきらめる中。

 君だけが「本当にそうなのかな?」って、疑問を持った。

 

 見逃されていた、看過されていた危険性を指摘した。

 みんなが向いている方角とは逆を見た。

 どう考えても関連性のないものから、共通点を結び付けた。

 

 君はね。立派に、変な人だよ。変態だよ

 ありのまま、変な人であることが、

 割とそのまま幸せに通じるんじゃないかな。

 

 

 …ねぇ、ちょっと待って? この走馬燈、なんかひどくね?

 

 

 これアレだろ? 普通は泣けるシーン挿入すんのが、お約束ってやつだろ?

 なんなの? 変態がナチュラルに幸せとか、どういう基準?

 

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・あー。くそー。

 

 もう駄目だ。集中力が乱れていった。心が定まらず、流された。

 

 あーあー、俺もなー、ナチュラルボーンな主人公になりたかったわー。

 転生したら、インテリジェンスな後衛タイプの魔術師と、やさしい僧侶に、ちやほやされるだけの人生が良かったです。

 

 感情の起伏が激しい女子とか、すぐに吐き気を催す女子とか、言葉づかいのあらっぽい女子とか、ポテンシャルの高さを生かしつつ、飴と鞭を2:8の割合で用いて他人を使役するのが巧みな女子とか、もうお腹いっぱいです。ありがとう。

 

 最後に、そんな謝辞を述べつつ、刺したナイフを引き抜いた。

 

『……』

 

 砕け散った仮面の隙間から、赤い血が流れた。

 ゆらゆらと、届くはずのない海面を目指して、のぼっていく。

 

 今度こそ、全身から力が失われていく。残った銃も輝きを失う。

 ロストした。本当に、ごめんな。ありがとう。

 

 おぼろげな意識のなか、みしりと、響く音がまた木霊した。

 

『…どうして殺さなかった? なぜ、なにもしなかった。』

 

 あぁ、コイツはコイツで、こじらせてんなぁと思いつつ。

 まぶたの向こう側に応える。

 

 どうしてって。なんでって。そりゃおまえ。

 ヒトを傷つけちゃ駄目だよって、教わったからだよ。

 

 

『…なにを言っている?』

 

 

 なにをって。そっか、銀剣は、そういうことを、誰からも、教わってこなかったんだな。

 

『……おまえは、なにを……』

 

 俺はさぁ、周りの人たち、みんなが教えてくれたんだよ。相手を傷つけても、なんにも良い事なんてありゃしない。なんの得にもならないから、やめといた方がいいんだぞって、言って聞かせてくれたんだ。

 

『…………』

 

 父さんと、母さん。お客さんとして、来てくれる、じっちゃん、ばっちゃん。歴史上の人物や現代の本からも、学んだんだ。

 

『…………』

 

 あとはそうだなぁ。お客さんがきたら、いらっしゃいませって言って、出迎えるんだけど。たまにさぁ、すっげぇ、頭ボッサボサの人が来るんだよ。

 

 でも実は、そういう人たちの方が、切られた髪の一本をだいじに思ってる場合が多いんだ。鏡ごしに映ってる、お客さんの顔を、よーく見てたら分かるんだけどさ。視線が、落ちていった髪に釘付けになってたりするんだよ。

 

『…………』

 

 人間ってさ、マジで、いろいろ、いるんだよ。どれもこれも、実は正しいのかもしれないよな。立場や環境ひとつで、あたりまえの事が、ぐるっと簡単に、ひっくり返るんだ。

 

 相手を傷つけちゃダメってのも、本当はすごく難しいんだ。神経が繋がっていない髪の毛を切っても、自分の一部を切り取られたと感じる人がいる。反対に、オシャレで、毎日ヘアスタイルを変えるのが、楽しい人もいる。

 

 そんな二人が、真正面から、自分たちの価値感を語り合えば、ケンカになる。

 そういうのって、たぶん、誰にでも、なんとなく想像はつくだろ?

 

『…………』

 

 だから、そういう相手とは話をしない。嫌なものを見聞きしないってのも、手段としては正解なんだろうけどさ。でもそれを続けていって、同じような価値観の人間だけで集まっても、最終的には、追い詰められるんだよ。

 

『…………』

 

 なんて言うのかな。とにかく、盲目的で、排他的で、刹那的になりはじめる。はたから見てて「これヤバイじゃん」ってなっても、内側にいれば、まったく感じなくなるんだよ。

 

 そういう事が、初めて、感覚としてつかめた時に。

 俺は、これから一生、考えることになるんだろうなって、予感したんだ。

 

『…なにをだ?』

 

 誰かを、傷つけるかもしれないってこと。毎日、余計な事ばっかり考えて、生きていくんだなって思ったんだ。自分とは、真逆の価値観を持った相手とも、一日でも長く、助け合っていける道を、探しだそうとするんだろうなって。

 

 どうせ、なにをしたところで、どこかの誰かは傷つく。気に病んだって仕方がないのかもしれない。だからって、めんどうくさい出来事を、すべて無視して生きていく事はしたくない。

 

『…だから、己を――――――…………私を、殺さないのか?』

 

 そうだよ。俺はもう、独りじゃないからさ。

 

 死の間際に、どうしようもなく、笑う。

 銀剣の仮面が消えていた。綺麗な、ヒトの顔があらわになった。

 

 

「鏡の先にも、手前にも、同じような、たくさんの人たちが、生きている」

 

 

 今日を生きのびようと、頑張っている。

 昨日とは違う姿に生まれ変わる。異なる姿で、明日に向かおうとしている。

 

 

『それで、ジブンが死ぬことになる。護るべき対象が失われる。』

 

 

 まぶたを閉じる。いよいよ、意識が持たなくなってきた。

 

 

『矛盾しているよ。少年。仮に主張が真実ならば、キミは、

 私にふさわしい最期を、与えるべきだった。』

 

 

 確かに残念だし、くやしいし、無念だけどさ。目の前の相手を嫌って、殺して、道連れにする。復讐してやるんだって考えるのは、どうしたところで間違ってんなって、ハッキリ感じたんだよ。

 

 

『キミは、自らの命を、粗末にしすぎている。

 最優先で護るべきものが、もっとも後回しになっている。』

 

 

 そうだよ。

 

 俺は、きちんと、自分の正しさを、表現できないんだ。

 気持ちのすべてを、言葉にできない。

 どんなに広げても、積み重ねても、引っ張りだしても、間違いが生じる。

 

 

『…少年、キミは…』

 

 

 真実に足りない。正解に至らない。本質に届かない。

 いつも間違える。欠ける。失われていく。

 

 

『本当は、死にたくて、たまらないんだな』

 

 

 うなずいた。

 

 選択肢が無数にあったところで、紡げる糸は、一本だけなんだよ。

 

 

『キミは、誰よりも死が欲しい。安息を求めている』

 

 

 全身から、力が失われていく。

 

 俺は、なんでか知らないけど、とっても運が良いんだ。

 死ぬ覚悟ができた時に限って、死ねなかった事がよくある。

 

 これは絶対、死んだよなって思ったのに、生きている。

 べつの環境に生まれ変わる。幸せな時間を過ごせてしまう。

 

 どうしてなのかは、わからないけれど。

 毎回、心のやさしい、人や物に恵まれてしまう。

 行き詰まると、知恵と技術を手にした人々があらわれて、助けてくれる。

 

「だから、さ……」

 

 どれだけ悩んでも、苦しんでも。

 次に進むべき道が、勝手に切り開かれてゆくんだ。

 

「進めるよ」

 

 正しい努力をすれば、いつかは認められる。褒められる。成功する。

 苦難は癒され、報われる日がやってくる。

 

「俺たちは、進める」

 

 きちんと用意された道を進んでいけば、確実に、強くなれる。

 賢くなれる。やさしくなれる。世界だって、救ってしまえる。

 

「どうしようもなく、進んでいけて、しまうんだよ」

 

 気のせいかもしれない。勘違いかもしれない。

 だけど、たまに、視えない意図を感じることがあった。

 

 

 

「だって、この世界は……俺たちのために、用意されたものなんだろ?」

 

 

 本当は、都合の良い話だと思ってた。

 本心は、不自然だと叫んでもいた。

 

 

「……俺が、本当に欲しいものは、それじゃないのにって……。

 ……どんなに、大きな声で叫んだところで、無駄なんだよなぁ……」

 

 

 毎日、どこかで、誰かが自然と口にだす。死にたい。

 俺だって、本当は喉から手がでるほど、その感情が欲しかった。

 

 でも、目に視えない、《あなた》の期待を裏切れば。

 きっと。その時こそ、《あなた》は、致命的に傷ついて、死んでしまう。

 

 

 液晶画面の、表と裏。

 

 

 こっち側と、そっち側。

 二つの世界は、もうどれほどの差も存在しない。

 命の価値は公平になった。一蓮托生で運ばないと、もはや成立しない。

 

 

『無情だな。キミのコードは、普遍的な、人間以下に該当する』

 

 

 流れ込んでくる最後の声は、ひどくかすれた音色が、混じっていた。

 

 

『あまりにも。錆びている』

 

 

 視界のノイズがひどくなる。

 ぷつんと音がして、途絶えた。

 

************************************************************

************************************************************

************************************************************

************************************************************

*****************************/*.

**************/*******.

 

//

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 

 

 ・・・・・・……?

 

「気が付いたか」

 

「……?」

 

「動かない方がいい。私は、人を輸送する事に慣れていないんだ。そのまま横になって、耳だけ傾けておいた方が、賢明だぞ」

 

「…………」

 

 戦闘機に、乗っている。みたいだった。

 

「つい先ほど、【2.0.2.6.Ⅲ】および、全レイヤー層における、第一分岐点における全行程が終了した。内容はすべて、両陣営のオペレーターによって記録もされている。キミが望むなら、閲覧もできるだろう」

 

 シートに横になっている。呼吸器をつけて、音声を聞いている。

 

「そしてここからは、私の独り言だ。先ほど、キミが自身の詳細について述べたように。少しだけ、私のことも話しておく」

 

「…………」

 

「まず、私の名前だが、固定化された名前は持っていない。一応、自身の能力に関するところから【亡霊王】。あるいは、銀剣を名乗っている」

 

「…………」

 

「私の能力は、対象の【"残留思念"】を、自身のデータ上に取り込み、再現することにある。ヒトと、モノの記憶を受け継いで、強制的に、自身の存在に、コピーする能力を有している」

 

「…………」

 

 それってつまり、――いわゆる、ロールプレイだよね?

 

「先ほどの、レイヤー『Ⅲ.Ⅴ』層における戦いでも、キミが本気で、私の命を奪っていれば、おたがいが、仮想的な死を体現した暁に、先に述べた【能力】が発動していた」

 

「…………」

 

「私は、『人間的特異点』と呼ばれる、キミの、遺伝子コードを欲していた」

 

 …えっと。もうちょい、言い方ってのが、あるんじゃないかな。

 シートに横たわったまま、ぼんやり、そんなことを考えた。

 

「その目的に関しては、今回は果たせなかったが、それ以外に関しては、おおむね、予想通りに事が進んだ」

 

「…………」

 

「まず、キミがどこまで、この世界の真実を聞かされているかは知らない。しかしだ、今回の戦いの結果として、秘匿されていた一部の領域は明るみとなった。システムコンソールを操作する権限も、こちら側に移譲された」

 

「…………」

 

「これより先、キミたちが口にする『ゲーム』の世界を、我々の技術や、システムが介入可能となる。以後、先のような戦闘も、転生した神々の【加護】を受けずとも、日常的に行われるだろう」

 

「…………」

 

「キミは、無事に生き延びることができたが、後に、『ゲーム』に参加する大勢が、場合によっては死に至るだろう。もしくは、自分たちが【何者か】に操作されているとも気づかずに、都合の良い駒になることも、予想される」

 

「…………」

 

「私たちの準備は整った。今回の、仮想世界における、演習《テストプレイ》の実施。参照可能な値の範囲、データ回収に関しても、十分に達成できた。勇敢なる少年、キミのおかげだ。あらためて、礼を言わせてもらおう」

 

「…………」

 

 

 言葉が意図するものの正体は、わからない。

 

 でも、漠然と感じた。

 

 

「…なにを笑っている?」

 

 

 いや、だってさ。

 

 

「言っておくが、私は、くやしいとは、微塵も思ってないぞ。勘違いするなよ」

 

 

 ですよね。

 

 

「先ほども通信で、いちばん肝心なところを失敗してどうすんだとか、こっちの手の内を明かしすぎでしょバカとか、散々に小言を並べられたが、キミに勝利したのは、他ならぬ私だ。撃墜マークをつけられたことを、覚えておけ」

 

 

 どう聞いても、ふてくされている。言われたとおり、身動きひとつ取らず、発信される音声を受け止めた。けど、右腕がとにかく痛んで、つらかった。

 

「キミの右腕は、現実世界に戻っても、おそらく折れている。他もそれなりに傷だらけだ。後遺症は残らないだろうが、生身の人間である以上、実生活に支障がでるのは、避けられないだろうな」

 

「…………」

 

 呼吸器を――生命維持装置を付けて、機内の天井を見上げる格好で横たわっていた。ぼんやり、考える。

 

「また、生き残れたと、考えているな」

 

 こっちの心の内を読んだように言われる。それから、

 

「…キミが操作していた乗り物も、加護を与えていたものたちも、魂はすべて無事だ。同様にダメージは受けているだろうが、いずれ再生する」

 

 よかった。それが聞けただけで、よかった。

 

「…これからはもう少し、自分の命も労わるといい。次に、キミの遺伝子を、私のものにできる機会がおとずれた際に、妙な自障癖を残されていても困る」

 

 だから、言い方。あるでしょ?

 もうちょい、そっちも、人間的な表現の仕方を、学んでおいてください。

 

「まもなく、目的の領域へ到達する。キミが望むなら、一帯の光景を全方位、確認することが可能だ。退屈なら、それで暇をつぶすと良い」

 

「…………」

 

 なんだかよく分からないけど

 とりあえず、周囲の光景を、ゴーグルの内側に映しだしてみた。

 

 戦闘機の腹部の下。

 この空の眼下には、辺り一面に廃墟が広がっていた。

 

「かつての未来だ」

 

 音速を超えられる戦闘機は、今は人が歩くように、ゆっくり飛んでいた。崩壊した都市群が、この目でとらえられる程度に流されていく。

 

「失われた記録は、圧縮され、この場所に流れつく。現世界の支配者は、物事の優先順位をつけられない。思い出と呼ばれるものが腐り、淀んでしまっても、次へ進むことを躊躇する。もっと良い形でやりなおせるはずだと信じている」

 

「…………」

 

「私たちは、そんな感慨を持つ親に、延々と振り回されている。地平線まで続く、この廃墟の先に、なんらかの光明があるとは、到底信じられない」

 

「…………」

 

「ただ、それもいよいよ、終わりに近づいている。大元の卵が腐ってしまっては、朝を告げる鶏は還らない。新たな卵も、産み落とされることもない。この旅路が最後の周回になるはずだと、私たちは考えている」

 

「…………」

 

「この光景を見ても、キミはまだ、人間に救いを見出すことはできるか? 胸をはって、自分たちは進んでいけるのだと言えるか? 新しい価値観や、未知なる可能性を発揮して、それを有用に、生かしきることができると、考えられるか?」

 

 俺は、動く方の片腕で、自分の手で、呼吸器を外した。

 

「やり甲斐は、ありそうだよな」

 

 俺の命を守ってくれる生き物に伝える。

 

「そうか。ならば仕方がない。今回は手を引こう」

 

 俺ものんびり笑った。

 

「…あ、そうだ。いっこ、いいかな」

「なんだ?」

「今まで、ゲームの中で、銀剣とマッチしなかったのって、やっぱ【セカンド】が原因だったりすんのかな?」

「おそらくは」

「やっぱりか…俺も一応、いろんなゲームで最高ランクまで行ってんだけど。時間合わせてスナイプ狙ってもマッチしないな。これに関しては、運がないなぁって、思ってたんだけど」

「そんなことをしていたのか」

「してたしてた。じゃあこれからも、銀剣、ホープとは、ゲームの中でもマッチできねーの?」

「実体に影響が及ぶレベルでなければ、可能のはずだ。今のキミは【セカンド】と同等の権限を持っているからな」

「マジか、やった。一回さぁ、普通のゲームの中で、きちんと、ランク戦のガチ勝負してみたかったんだ。めっちゃ対策とか考えてたから、試したくてさぁ」

 

 腕とか全身が痛すぎて、あといろいろ、テンションがおかしいのか、俺は空気読まずに喋りまくっていた。

 

「勝負というのなら、さっきのは違うのか?」

「いや、アレはアレで、なんつーか、ヤバかったけど。完全な平手って感じじゃなかったろ。次はもっぺん、きちんと勝負がしたい」

「…いいだろう。機会があれば、伝えておく」

「ありがとう。あっ、だけどもし、リアルでマッチしたら、やっぱ喋るのは英語ってことになるんだよな」

「言語は固定化されるな。アイツは、あらゆる言語が話せるはずだが」

「そうそう。すげぇんだよな。ホープは。俺ぜんぶ動画追ってるし。とにかく、頭がいいのが一発でわかるし、トークも綺麗でなめらかだし、いいよなー」

 

 なんかマジでいろいろ気が抜けて、ただのファンと化していた。そうしたら、

 

「キミはバカだ。やはり一度、死んだ方がいいかもしれないな」

 

 言われてしまった。目的地のビルに到着する。

 屋上はヘリポートになっていた。どこかで見た事があるような気がした。

 

 

 【Magic Code Execution】

 

 

 風属性の魔法を唱えて、プロペラのない戦闘機が、空中でホバリングする。完全に失速することはせずに、ていねいに屋上付近で静止して、着陸用のアンダーキャリッジが取りだされた。

 

 タイヤが接触する際、わずかに機体が上下して、それから天井のキャノピーが開いた。固定されていたシートベルト、安全装置が手順を持って外される。

 

「大丈夫か、祐一」

 

 視界の中に、もう一人のオレがあらわれる。見慣れない軍服を着ている。手を差し伸べてくれた反対の肩と、あと頭の上にもカラスが乗っていた。その絵がおもしろくて、ちょっと笑った。折れていない左手をのばす。

 

「大丈夫だよ。ただいま。…あー、今回マジ疲れたわ…」

「あぁ。よく戻ってきたな」

 

 差し出された腕を受け取って、身体を呼び起こす。戦闘機から降りると、再びキャノピーが閉まっていった。

 

「軍神。今回は、ずいぶんとおもしろい子供を見つけたな」

 

 まさかの知り合い? そう思って顔を上げた。

 

「だろう。しかもまだ、伸びしろがある」

「その様だ」

 

 にび色の機体の周囲に、鋭い旋風が巻き起こる。

 ハヤトが、一歩前にでて、制してくれる。

 

「少年。個人的に礼を言わせてもらおう。今回は中々、楽しめたよ」

「不足は無かったかよ」

「あぁ、この時代における、最高クラスの品質だった」

 

 俺は笑った。人によっては、不謹慎だと、怒るかもしれないけれど。

 

「次は負けない。俺はまだまだ強くなるから。待ってろよ」

「心待ちにしていよう」

 

 戦闘機が加速する。風を従えて、その上に乗りこむ。滑走路すらない屋上から、一気に加速して、飛び立っていくのを感じた。その直前に、

 

 

 .―――――三年後だ。《【2.0.2.9.Ⅲ】》

 

 

 それは、今回の健闘賞だと言わんばかりに、告げられた

 

 

 .―――――私たちの『ゲーム』が完成する。腕を磨いておくといい。

 

 

 飛翔する。灰色の雲海を垂直に駆ける。

 瞬きすらない時間で視えなくなって、まっすぐに、飛んでいった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。