VTuber もう一人のジブン ~keep your【Second Personality】~   作:no_where

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 月曜日の夜に、滝岡と原田の二人が病室にやってきた。

 

「あらあら。二人とも、いらっしゃい!」

「こんばんは、部活帰りの格好で失礼します」

「失礼しまーす。おじさん、おばさん、久しぶりー」

「久しぶりだねぇ。二人とも、よかったらこっちに座って」

 

 父さんが備え付けの椅子を示す。二人が、学生鞄を置いてから座った。

 

「祐一、父さんちょっと、下のコンビニで買い物してくるよ」

「うん、わかった」

「あらあら。それじゃ、お母さんも一緒に付いていこうかしら。滝岡くん、原田くん。残りもので申し訳ないんだけど、よかったら果物とお菓子、遠慮なく食べてちょうだいね。そっちの水筒には、あったかいお茶も入ってるから」

「すみません、ありがとうございます」

「あざーす。遠慮なく~」

 

 滝岡が言って、見舞品のりんごに、ひょいと手をのばした。相変わらず遠慮のない奴だった。

 

 父さんと母さんが、小さく笑いながら病室を後にする。横にスライドする個室の扉が、静かに音を立てて閉まり、二人はあらためて俺の方を見た。

 

「祐一、たいへんだったな。その腕、マジ大丈夫なんか」

「あぁ。治ったら普通に動くようになるってさ。後遺症とかも無いらしい」

 

 病室のベッドに座った俺は、右手と肩が繋がったギプスを、自由な左手で軽く小突いた。滝岡は「そっか、よかったよなマジで」と言いながら、つまようじに刺したリンゴを、シャリシャリ食いまくる。

 

「前川、こんな事を言ったら失礼かもしれないけど、ほんと無事でよかったよ。昨日、グループ用のアプリで連絡取ってた時、面会謝絶みたいだから会えないって言われて、実は…相当ヤバイんじゃないかって思ったからさ」

「そうそう。実はガチ生死の境をさまよってんじゃないかって。女子にも言ったよなー」

「即効で僕が釘をさしたよね。余計な心配させるなよって」

 

 原田がその時のことを思いだしたのか、あきれたように、ため息をこぼす。

 

「前川、僕もリンゴ一切れもらっていい?」

「いいよ。腹いっぱいだから、むしろ全部食ってくれると助かる」

「ありがとう。ん、美味しいね、これ」

「美味いよなー。祐一、もう一切れくれよ」

「お前はなんていうか遠慮しろ。…いや、まぁいいんだけどさ」

 

 本当にたくさんもらってしまったから、いいんだけど。

 

「そのリンゴは、社長…あかねのお兄さんが速達で届けてくれたお見舞い品なんだ」

「確か東京で仕事してる人なんだよね?」

「そうそう」

 

 竜崎さんからのお見舞い品は、リンゴの他にも、大量の米と天然水。着替え用のパジャマと歯ブラシセット一式、ホッカイロ、風邪薬、トイレットペーパーに充電器。さらには「応援メッセージ」を込めた動画をメールで送ってくれた。

 

 そのダンボール箱を見て、原田が言った。

 

「なんていうか…被災地への救援物資みたいだね?」

「社長(妹)も、あきれてた」

 

 動画には「元気がない時はあったかくして、お水飲んでいっぱい寝るんだよ」と大人が荷造りする様子が撮影されてた。相変わらず、髪がぼさぼさの美人と、職人気質のじいちゃんから「テンパりすぎでしょ」「母親か」と突っ込まれていた。

 

「そっちの花は、常連のじっちゃん達か?」

「うん。今日の昼過ぎに来てくれた」

 

 本業を引退したとはいえ、平日は、今もあちこちで働いている。そんな中で抜け出してきてくれたのだから、じいちゃん達にも頭があがらない。

 

「ところでさ。俺からも二人に聞いていいかな」

「おう、いいぜ」

「いいよ。なに?」

「学校の方には、病欠って事で話がいってると思うんだけど、実際どんなもん?」

 

 俺が聞くと、二人は小さくうなずいた。

 

「そうだね。普通に欠席扱いで、病院に行くって連絡済みだってさ。先生からはそんな感じで聞かされたよ。僕らもなにも言ってない」

「地元のニュースでは、一応それっぽいのは報道してたぞ。駅前で事故が起きて、男性が一人病院に搬送されたとか、なんとか」

「高校生とか言ってた?」

「いや、男性だったかな」

「うん」

 

 どちらにせよ、大事にはなってない。ぐらいの印象を受けた。

 

「祐一、面会謝絶って事はよ、つまり昨日、犯人がお前のとこに詫び入れにきたり、交通課の刑事が事情聴取に来たとか、そういうことあったんだろ?」

 

 そう。まさにそういう感じで、一日が過ぎていった。

 

「ってか滝岡。相変わらず、変なとこで鋭いよな」

「うちのオヤジ、消防官だかんな」

 

 もう一切れ、リンゴをシャリシャリしながら続けた。

 

「仕事のことを、全部話してくれるわけじゃねぇけどよ。たまにぽろっと、こぼすんだわ。だからいろいろ察したりもするわけよ。あと祐一、そこのブドウもくれよ」

「いいけど。…そこまで察した上で遠慮しないのが、お前のすごいところだよな」

「滝岡の場合は、ガチの天然入ってるから、性質悪いよね」

 

 ただのアホじゃないぶん、ただのアホより性質が悪いのが、滝岡という男だ。深皿を渡すと、早速その一粒を、皮もむかずに放り込む。

 

「んでよー。事故そのものは、相手がわりぃんだろ?」

「一応な。あんまり公にはしてほしくないけど、今回は完全に、向こうの過失。青になった横断歩道を渡ってたら、普通に突っ込んできたからな」

「うげぇ、マジかよ。こえぇ~」

「その運転手の人、免許取り立てだったとか?」

「いや、そういうんじゃなくて。…まぁいろいろ、疲れてたとか、睡眠足りてなかったとか、いろいろ重なってて、集中力が途切れてたと思うってさ」

「最悪だね」

「んじゃ、もう純粋に運が悪かったってことかよ。でもよ。トラックに跳ねられるとか、祐一アレじゃん? ラノベじゃん?」

 

 おまえな。最近のラノベのテンプレートが、異世界ファンタジーものとか、決めつけるのはよくないぞ。あんまり読んでないから、知らんけど。

 

「まぁぶっちゃけ、ラノベじゃなくて良かったわ。うん」

「本当だよ。ギャルゲー系列のノベルゲームなら、9割方死んでたよ。倫理的に年齢制限に引っかかるタイトルなら、ほぼ10割の勢いで、死んで蘇生するパターンだよ」

「へー、やっぱ昔からそういうの、お約束なんだな。具体的になんてタイトル?」

「えーと確か…」

「っかー、よかったわー。俺生きててよかったわー」

 

 滝岡が遠慮なく言って、原田が諫めつつも二次語で補足し、俺が適当にボケつつ、会話をカットして締める。いつもの感じが戻ってくる。

 

「けど祐一、チャリもブッ壊れたんだろ? 言うて、その腕だと乗れねぇんだろうけど。学校どうすんだ?」

「それな。退院できたら、朝はしばらく、父さんが車で送ってくれるって言ってるから、頼もうかなって思ってる。帰りは大変だけど、普通にトラムの駅を利用して、家まで歩く感じ」

 

 帰りも車をだしてくれるとは言ったけど、さすがに店の営業時間にも重なるから、遠慮した。

 

「そっか。たいへんだね。そのギプスも、まだしばらくは取れないんだろ?」

「文化祭にも間に合わねぇよな」

「無理だろうなぁ。早ければ、12月までには治るって言われたけど」

「じゃあ年内は、ほとんどその状態なんだ。不便だね」

「不便だけど…まぁ愚痴っても仕方ないしなぁ。とにかく、早く慣れんとな。このままだと、家の手伝いすらできないし」

 

 自由な左手で、しっかり固定化された右手を軽く打つ。昨日あたりからはもう、今の自分ができることと、できないことの区別を考えはじめていた。

 

「前川は、そういうとこ相変わらずだよね。いい意味でポジティブっていうか」

「だよなぁ。祐一はぶっちゃけ、犯人相手に、もうちょいキレて良いだろ」

「同感。相手が素直に頭を下げてきたら、笑って許しそう」

「…あー、うん。まぁ、うん…」

 

 いろいろ事情はあったけど。実際、笑って許した。あと、友達からそんな風に言ってもらえて、少しくすぐったかった。胸の中でつかえていたものが、すっと消えたような気がした。  

 

「ありがとう。でも、怒ってもどうにもならないっていうか…今回の場合は、うちの母さんが、店まで謝りに来た本人相手に、ブチキレたらしいし…」

「えっ、マジ?」

「マジらしい。間に入って止めようとした、刑事さんもまとめて一本背負いして、瞬間的にゲージMAXで無双してたって、父さんから聞かされた」

「えっ、ブッ…とばした…? 無双…? いやそれはちょっと…祐一のお母さんって、すごく優しくて、おとなしそうな女性だよね?」

「……」

「……」

 

 さすがに大げさだと思ったのか、原田が困惑する。ただ、小学校低学年からの付き合いの滝岡は、うちの母さんがキレた時のおそろしさを知っている。

 

「…祐一、あのころの俺らは、若かったよなぁ…」

「…あぁ。ヤベェぐらいアホだったよ…」

「一体なにがあったんだよ。あと君ら、今でも十分アホだよ」

 

 外見だけはイケメンな友人から、至極冷静なツッコミが入った。

 

「…そう。あれは今から、約9年前のことだった…」

「あっ、ここで回想シーン入るんだ?」

 

 週刊マンガあるある。

 

 先週からの続きを期待して本誌を開いたら、登場人物の過去話が展開されていて、本編の内容が一コマも進展していなかった件について。

 

 今こそ語ろう。

 

 そう。あれは約9年前のこと(二度目)だった…。

 

 当時の俺は、周りの男子に比べたら、多少の分別なんかは付いていた。しかし小学生男子は、二人以上が集めれば、その時点でアホになるスキルを持っている。しかも滝岡は、その当時から、年齢相応かつ説明不要のアホだった。

 

 当時、とあるマンガが、大流行していた。

 

 俺たちは、そのキャラたちの真似をして、自称オリジナル《ぼくのかんがえた》「〇〇の呼吸」という、原作にはないオリジナル技を勝手に編み出した。

 

 柱の中では、誰が好きかという論争を白熱させる一方、原作コミックスの借りパク盗難事件が、あちこちのご家庭で多発して以来、俺は電子書籍を愛用するようになった。

 

 我がアホ親友は、御多分に漏れず「猪突猛進!猪突猛進!」と叫んで、クラス内外で大暴れしており、該当キャラの大ファンであるクラスメイトの女子から、すさまじい非難と罵声を浴びせられていた。

 

 俺はといえば、刀を使うサムライはカッコイイなぁ…と憧れたのはあったけど、同時に、刀鍛冶の職人にも魅力を感じた。家にあったハサミ用の砥石をこっそり持ち出し、公園に落ちていた手頃な枝を拾って、せっせと砥いでいたものだ。

 

 できあがったものは、スマホで写真をとって、『さいきょうの刀ずかん』というファイルを作り、特殊効果の一文と色を添えて、保存した。

 

 完全に黒歴史だが、今もデータが残っている。今年ハヤトから「祐一、このファイルはなんだ?」と言われ、迷ったあげくに、『男子の夢』と答えておいた。

 

「……キミらさぁ、ほんと昔っからさぁ……」

「なんだよその眼はっ! っていうか、原田もハマってたろ絶対!?」

「そうだそうだ! 当時小学生だった連中は、絶対に、技の1つや2つ叫んでただろ!! ゲーセンのクレーン系統の景品が、ワンフロア全部、あの作品になるぐらいの大人気っぷりだったしよぉ!!」

「だよな! コンビニのコラボとか、どこも垂れ幕だしてたよな!!」

「おう! うちの妹なんか、ただのペットボトルの飲料水のパッケージを、クソていねいに破って、バインダーで閉じて、蒐集してたぐらいだぞ! 祐一もこっそり、女キャラの缶バッジほしくて、俺の妹と取引して集めてたよなっ!」

「だな! 滝岡おまえ本当に余計なこと覚えてんな!!」

 

 ――またべつの記憶が、よびさまされる。

 

 そう。俺は、とあるキャラのグッズほしさに、滝岡の妹が好きなキャラを、クラスでは推しだと吹聴した。必死に別キャラを推しだと口にして、クラスメイトから情報を集めて、100円玉を3枚まで握りしめ、西へ東へとかけずり廻った。

 

 自転車でいける、市内のゲーセン、デパートなんかのゲームコーナーにある、クレーンゲームをにらんだ。全アームの強弱を、血眼になって分析した。

 

 大型クッションぬいぐるみを、見事に300円でGETして、「うわぁ~、やったぜ~」と言いながら、ビニール袋に入れて、直行で滝岡の家におじゃまして、妹と裏取引で、小さな缶バッジを交換した。

 

 なつかしいな。ちゃんとまだ持ってる。

 

 俺たちが、当時の熱気をおもいだし、つい胸を熱くしてしまった時だ。

 原田が自然体で返事をした。

 

「うん。ブームになってたのは、もちろん知ってたよ。でも僕、当時から携帯ゲーム機で、全年齢に移植されたギャルゲーに、夢中だったからさ」

 

 さわやかな笑顔だった。

 俺と滝岡が、顔を見合わせた。

 

「…マジかよ…今さらだけど、すげぇな。原田は…次元が違うわ…」

「…おう…好き嫌いとか、興味の云々はあるけどよ…当時の、あの空気の中で、小学生でそっち系に目覚めてたってのが、ある意味、奇跡だろ…」

 

 俺らは当時の熱気を思いだして、同時に、冷めた。 

 

 とにかくだ。

 

 例のブームに熱狂して行きついたアホムーブの一つが、当時の母の逆鱗に触れた。内容については省略させてもらうけど、以来、俺の中で『母を怒らせては死。要求はなるべく素直に従い、反抗すべからず』という不文律が形成された。

 

 ――回想シーン終了。次号(本編)へ続く。というか、戻る。

 

「君らってやっぱ、基本、昔からやってること変わらないんだね」

「は? なにをおっしゃいますか。アホ3号」

「僕はアホじゃない。ただ、二次元(男性向け)の方が、より優れた世界線であり女子は美しいのだと信じているにすぎないんだよ」

「ほんとな。原田が来てから、俺らむしろ、ただのアホから、なんかヤベェ奴らにランクアップしはじめたよなぁ」

「だよなぁ。楽器のできるイケメンがやってきて、ギター弾いてバンド組めば女子にモテるぜやったー。かと思えば、そんなことはなかった」

「即物的な評価をありがとう。やはり世の中は、二次元だけに限る」

 

 悲しい現実だった。中学三年の時、リアルに胸の大きな優しい子と話が弾み、音楽をキッカケに話が広がって、実はちょっと良い感じになっていくんじゃないかと思ったが、そんなことはなかった。しかも、

 

「原田はともかく、坊主の滝岡が、一時的とはいえ、バンドバフでモテてたのが、いまだに許せねぇ」

「一時期、告白とか結構されてたよね」

「あー、あったなー。なんか断りまくってたわー」

 

 ブドウを食いながら、余裕でぬかしやがる。笑えねぇ。許せねぇよな。

 

「なんだコイツら、俺のこと便器のシミぐらいに見てたくせに、急に近寄ってきてマジ意味わからんって、実際ちょい引いてたわ」

 

 今度は続けて蜜柑を取り、遠慮なく皮をむきながら、平然とそういう事をぬかしやがった。事故の犯人は許すが、コイツは場合によっては許せねぇよ。

 

「滝岡は素のギャップがあるからね。正直あれだけ、キーボードというか、生のピアノまで弾けるとは思ってなかったし」

「ピアノもキーボードもまったく一緒じゃんよ。べつに楽譜読めなくても、てきとうに音抜かしたり、加えたりしたら、アレンジも良い感じになるし」

「滝岡、コード進行ってしってる?」

「5分で挫折した」

 

 蜜柑を食べながら平然と言う。実際、天才だと思う。

 

 野球バカ男子として、元の評価が低すぎたのもあるけど、斜め上の器用さと、その天才っぷりが、音楽を通じて女子にもなんとなく知れわたった時、三日天下ならぬ、三カ月モテ期が到来していた。

 

「他にもさ。あの時は受験も近づいてて、滝岡は部活推薦で進学決まりかけてたけど、勉強の方も成績いきなり上がったろ。女子からしたら、そういうのも評価高かったんだと思うよ」

「あったな…いざ勉強しなくてもいいって言われたら、お前、急に猛勉強しはじめて、俺らを追いあげやがったよな…」

「あー。まーな。なんかそういう時期あったよなぁ」

 

 ペッと種をはきながら、次の一粒を勝手にもぐ。そのベタな反応が面白くて、俺らも適当に空いた果物を口に運んだ。

 

「滝岡、最近また女子から声かけられる事、増えてるよね」

「なんだと」

「そこそこじゃね? そういう原田も似た感じじゃん。いい加減、三次に帰れよ」

「ありえないな」

 

 眼鏡を指で持ち上げる。なんだかんだ、今の高校に入れば、二人はふたたびモテはじめていた。

 

 いつのまにか、話がすげぇそれてきてるけど、二人の携帯電話の番号や、ソーシャル関連のIDを、それとなく女子に聞かれたのは、一度や二度じゃない。なんか今ごろ、目頭が熱くなってきたな。

 

「というか今、見舞われて然るべきなのって、俺だよな?」

 

 今後、片腕で、涙をふく練習《リハビリ》も必要になってくるのかな?

 

「なんなんだよ。おまえら。俺にも女子を優遇してください。お願いします」

 

 半分ぐらい本気で言うと、

 

「…いや、前川は…」

「ん?」

「祐一はなぁ」

「なんだよ」

「仕方ないよね」

「あぁ。仕方ねぇよ」

「なにがだよ!?」

 

 残念な生き物を見つめるように言われた。

 

「たまには、我が身を振り返りなよ。みたいな」

「身近なところをだなぁ」

「っ! なんだよ、俺のなにがいけないって言うんだよ…っ!」

 

 こう見えて、俺だってがんばっているんだよ。

 

「だいだいな、この事故で入院するよりも早く、社長と会長に、身売りにされた出向先《せいとかい》で、慣れない仕事に忙殺されて、あともう少しで、内臓的なところにべつの症状が発生して、入院してたかもしれないんだぞ!?」

「はい論外」

「論外だよなー」

「なんでだよ!?」

 

 俺のなにがいけないって言うんだよ。

 

「…あー、なんか叫んでたら疲れたわ…おまえら。そろそろ帰ってくれる?」

「いやまだメロン食ってねぇし」

「帰れよ」

 

 さすがに、ツッコミ疲れてきた。そう。この二人が来る前にも、社長と会長が見舞いにきてくれて、そこでも神経を消耗させたのだ。

 

 一時間ほどまえ。少し前に帰っていった女子もまた、サムライのような真剣な表情をしていた。リンゴと果物ナイフを持って硬直していたかと思えば、

 

 

 「南無三!」

 

 

 叫んで刃を振り下ろした。

 

 

 ――ドシュゥゥッ! グズブッシャァッ!!

 

 

 俺は、ツッコミすら出なかった。

 まだ、あの生々しい音が、耳の奥に残ってる。

 

 病室で、あまりにも生々しい、リンゴの断末魔を聞いた直後だ。ナイフの刃先に果汁が伝い、今にもポタ、ポタ…と雫が滴りそうなそれを「おら、あ~んしろ」と言われた時は「ウソだろ…おもしろいとか思ってんのか…」と、真っ青になった。

 

 もう一人の女子は、実に器用に皮を向いて、切り分け、自分で食った。水を飲みながら、会議の席で言うように部下に告げた。「今後のスケジュールを調整しておいたから、あとで確認しておきなさい。片手でも作業できる範囲よ」

 

 思いだす。また、別の意味で、胸が熱くなってきた。

 

 ……あったけぇ。うちの会社の奴らは、みんなあったけぇよ……。

 

「元気だせよ、前川」

「そうだぞ。ただ、その辺りのところはぶっちゃけ、自分でなんとか解決しろ」

 

 解決て。部下のことを『べんりな七つ道具』としか思っていない上司の束縛から逃げだして、そこから、なにをどうしろと言うのか。

 

 一瞬、シスター・クレア《せんぱい》に、『祈りを捧げる』という選択肢も浮かんだが、想像の中に住まうエリー先輩より、華麗なドロップキックを繰りだされ、ステンドクラスを割って飛行中、めのまえがまっくらになったので妄想を中断した。

 

「んで、メロンは無いのかよ?」

「俺からこれ以上、まだ何かを要求すんのか親友テメェは」

 

 いい感じに会話が行方不明になっていた矢先だ。病室の扉がノックされた。扉が開いて、売店から戻ってきた父さんと母さん、それから病院の先生と看護師さんも入ってきた。

 

「ただいま。ちょうど帰るところで、先生とお会いしたから、一緒に戻ってきたわ」

「こんばんは。担当医師の夢先ジョニーと言います。前川くんのお友達かな?」

 

 先生が聞いて、原田と滝岡が椅子から立ち上がる。二人が「こんばんは」と軽く頭をさげ、俺も合わせてお辞儀した。

 

「学校が終わったので、お見舞いに立ち寄らせてもらいました」

「俺も。思ったよか元気そうで安心したっす」

「あはは、そうだね。ギプスさえ取れたら、以前と変わりなく生活できるから、大丈夫だよ~」

 

 お医者さん。というには明るい、快活な雰囲気の先生だ。母さんがその側を通って、両手に提げたビニール袋を、俺たちに差しだした。

 

「滝岡くん、原田くん。下の売店でお菓子とジュース買ってきたわよ。よかったらコレも、後で食べてちょうだいね」

「すみません。僕たち、手ぶらだったのに」

「ぜんぜん。いいのよ。息子のお見舞いにきてくれたお礼よ」

「おばさんありがとー。親友の見舞いに来た甲斐があったわー」

「ふふ。また髪が伸びてきたら、お店にも遊びにきてね」

「うんうん。いつでも歓迎するよ。滝岡君は昔から変わらないねぇ」

「へへへ」

「原田君も、いつもありがとう」

「こちらこそ、お世話になっています」

 

 どこでも平常運転の滝岡が笑う。二次元オタという事以外は、完璧イケメンである原田が笑う。

 

「それじゃ、二人とも、せっかくお見舞いに来てくれたところ申し訳ないんだけど、そろそろ面会時間を過ぎてしまうんだ。これから少し、前川くんの事を相談したいから、後は僕たちに任せてもらえるかな?」

「はい」

「わかりましたー」

 

 滝岡と原田はうなずいた。

 床に置いた学生鞄を取って、自分たちの肩にかける。

 

「じゃあ前川。今日のところは帰るよ」

「あぁ。今日はありがとう。原田」

「またな、祐一。はよ元気になって学校こいよ」

「おう。滝岡もありがとう」

「二人とも。本当に気をつけて帰るのよ」

「そうそう。暗いからね。気をつけて」

「わかりました。ありがとうございます」

「あざす。失礼しましたー」

 

 二人がもう一度、お礼を言って病室を後にする。扉がゆっくり閉まったあと、残った俺たちでもう一度、今後の予定を相談した。

 

* * *

 

 その夜、外来の時間が過ぎてから、父さんと母さんの二人も家に帰った。消灯時間になる直前にもう一度、さっきの看護師さんが見回りにやってきた。

 

「前川さん。ご自身の体調やご気分に、気になるところ、なにか違和感を感じるところはありませんか?」

「大丈夫です」

 

 答えると、看護師さんはうなずいた。

 

「では明日、午前中にもう一度、検査をしますね。おそらく夕方には、退院の手続きが取れるようになると思います」

「はい。ところで、あの…1ついいですか?」

「なんですか」

「………俺を、事故にあわせたことになってる運転手の人は、大丈夫ですか?」

「えぇ、ご心配なく」

 

 ごく自然に肯定された。ひらがなで『すこや』という名札を付けたその人が、手にしたカルテをペンで軽く突くと、

 

 

 【System Code Execution.】

 

 

 ホログラムのデータ、グラフが、空中に浮かびあがった。

 

「彼も『企業』に属するエージェントの一人ですから。司法によって罪に問われることはなく、服役もしません。現在はわたし達の『企業』から、また別の任務を与えられ、なんらかの活動をしているはずですよ」

「…そうですか。あの、なんかすいませんでした」

「なにをですか?」

 

 平然と聞き返された。

 

「あの、ほら…犯人役の人、表向きは刑事さんと一緒に、母さんに投げとばされたって聞いたから」

「らしいですね。綺麗な一本背負いだったと聞いています」

 

 なんか、すみません。

 

「本人的には、汚れ役には慣れてるけど、アレはマジでヤバかった。彼女も、元は特殊部隊の隊員だった説とかある? って言ってましたねぇ」

「すいません。普通の元ヤンです。エンジン改造した赤いベスパを乗り回して、木刀二刀で、不良校に殴り込んで100人斬りした程度の実力者らしいです」

「フィクションですか?」

「…残念ながら、実話です」

 

 血塗られた薔薇十字団《ブラッディ・ローゼンクロイツァー》の初代総長(解散済み)が、うちの母です。

 

 二階の押し入れには、今もなお、封印されし100人の生き血を啜りし魔剣『メイサン・キョウト』が眠っている。それを、砥石でせっせと磨いていたら、逆鱗にふれて、半殺しされたのが、10年前の俺です。

 

「…あの、刑事さんもグル…っていうとアレですけど、わかった上で、犯人役の人を連行していったんですよね」

「えぇ。彼も『企業』の人間ですから。今後もし、貴方のご両親の希望で家庭裁判を開くようなことになれば、調停役の弁護士なども、こちらが立ち会えるよう、手配することになると思われます」

「…フィクションですか?」

「残念ながら。貴方はすでに、この世界の観測者にとって、良くも悪くも『死んではならない人間』に昇華されました。それはある意味、貴方が思っている以上に退屈で、息苦しい生活かもしれません」

 

 ARのカルテを見送りながら、看護師《すこや》さんが続ける。

 

「今回の件は、比較的大きな事件だったんですよ。もちろん世間的には、何事もなく、この街に住む近隣の住人ですら、ありふれた交通事件が一件起きました。というだけの話ですので」

 

 ほんのわずかな微笑。

 

「…この世界って…実はけっこうな割合で、皆さんみたいな活動をしている人がいるんですか?」

「『企業秘密』です。意外と少ないかもしれないし、もしかすると、多いかも?」

 

 人差し指を、そっと添える。霧に撒くような笑みを向けられた。

 

* * *

 

 それは、一昨日のことだった。すでに辺りが暗くなっていた時間に、俺は【シアター】のある地下室で目を覚ました。

 

「前川、意識はあるか?」

「…は、い、なんと……ッッ!!?」

 

 右腕に激痛がはしった。思わず悲鳴をあげかけると、今度は背中の首筋から腰元にかけて、焼けた鉄棒を直にあてられたように痛んだ。

 

「大丈夫。わたしが見ます。黛さんは手配の方をお願いします」

「わかった」

 

 身体に激痛がはしり、頭も風邪をひいたように、ガンガンと打ち付けてくるような痛みがはしる。冗談ではなく、ぐるぐると眩暈がしていた。

 

「もう大丈夫ですよ。身体が痛むとは思いますが、無理に動かないでくださいね。折れた腕の方をひとまず応急手当しますから」

 

 その場には、俺の知らない女性がいた。

 

「申し訳ありませんが、上着の方を切らせてもらいますね。それから痛み止めを打って、固定しますので。任せてください」

 

 落ち着いた声で、その指示通り、素早く正しい処置をほどこされた。

 

「すみませんが、担架がありませんので、いったん外まで歩いてもらいます。立って歩けますか?」

「……は、い…」

 

 俺はなんとか応えて、椅子からおきあがり、黛先生の家にある地下室から、庭にでた。すぐに用意された車に乗って、この病院まで搬送されてきた。

 

 * *

 

 あの時、手当をしてくれたのは、目の前の『健屋』さんだった。俺は表向きは、帰り道の横断歩道を渡っている間に、信号無視で突っ込んできたトラックにはねられた。

 

 とっさにかわそうとして、背中を向けた姿勢でぶつかった。川を渡している橋の欄干まで吹っ飛ばされた。その際に右腕が折れ、背中やふくらはぎも、コンクリとの摩擦熱なんかですり剥いた。――ということになっている。

 

 事故を起こした当人によって、警察と救急車を呼ばれた。事故は完全に運転手による側の過失で、入院費用や、壊れた自転車の料金なんかに関しても、すべてその相手が支払うことになった。

 

 ――そういう『シナリオ』が。

 この看護師さんが口にする『企業』によって、用意された。

 

 滝岡が言ってたことは、あながち冗談でもない。俺は、状況によっては還らぬ人となり、犯人はそのままどこかへ逃走。というケースもあったはずだ。

 

「キミには、もうすこし、ゆっくりと、知識と経験を積み重ね、段階を踏んでから到達してもらう手はずでした」

 

 さらに、続きを話す。

 

「『企業勢』の意見としましては、今後も件の【人間】には、細心の注意を払う方針です。それと、『カラス』からの報告にもありましたが、貴方の個人的要求に関しても、こちらで把握しています」

「えっと…欲求って?」

「銀剣との交戦ですよ」

 

 真顔になられる。

 

「2026年までの、技術で構築されたネットワーク、およびゲーム上でのマッチングでなら、問題ないと思っているみたいですよね」

「……いや、まぁ……」

「できれば遠慮して頂きたいところですね。ハヤトさんからも聞いていますが、三年後に、またなにか仕掛けてくることが、確定していらっしゃるみたいですし」

 

 

 .―――――三年後だ。《2.0.2.9.Ⅲ》

 

 .―――――私たちの『ゲーム』が完成する。腕を磨いておくといい。

 

 

 言葉が本当なら、高校を卒業した翌年。19歳。

 

「無論、その間にも、なにかしらの進行が起きてはいるのでしょうが。ひとまず、大勝負というのは、それまでには起きないと【上】は予想しています」

「……」

「あるいは、貴方が楽しく、ありふれた人生の時間を浪費できる、最後の一時かもしれませんね」

「また、死ぬような目に合うかもしれない?」

「毎日が、そうではないのですか?」

 

 確かに、そうだった。

 

「話を戻しますが、三年後、またなにかの大勝負が起きるのであれば、今は【黒】の相手と、不用意な接触は避けられること、ご一考願えませんか。分別のある大人なのであれば」

 

 にっこり。ほのかに、プレッシャーを感じる。

 

「あの~…でも銀剣も、俺に直接手出しはできない。みたいなことを言ってましたし…」

 

 でもなぁ。ただのゲーム世界でなら、遠慮なくマッチングして、全力で戦ってみたいって気持ちがあるんだ。これはもう、ゲーマーの性だ。

 

 日頃から、ランクマッチをやりすぎている。野良の最上位戦で、世界ランカーが味方になった時とか、逆に敵としてマッチングした時の胸の高鳴りは、上位1%を切る連中なら、だいたいみんな、感じると思う。

 

 

 ――俺が、いちばん、この世界で強い。おまえを、倒す。

 

 

「前川さん。注射はお好きですか?」

「えっ?」

 

 とつぜん、声のトーンが変わった。

 看護師さんの笑顔が、さらに色濃くなっている。 

 

「人体に、最小限の影響を及ぼす程度で、嫌な記憶はおろか、特定の記憶だけを、綺麗さっぱり削除する。そんな超科学なお注射の味に、興味ありますか? 今ここで試してみたい場合は、遠慮なく申し出てくださいね」

「ごめんなさい。僕が間違っていました」

「あれー? いいんですかぁ? 世界チャンピオンとマッチングできる、二度とない機会かもですよぉ? 後悔しませんかぁ?」

「しません。僕が間違っていました」

「よろしい」

 

 女性を怒らせてはいけない。身をもって知っている。

 その意に反する時は、この命を以て挑まねばならない。

 

「それでは、本日は消灯しますね。また明日、検査の時間になったら呼びにきますので」

「わかりました。おやすみなさい」

「えぇ。おやすみなさい。良き未来を。プレイヤー」

 

 健屋さんが部屋をあとにして、すぐに電気が落とされた。目を閉じる。

 

「……」

 

 意識が落ちる。繰り返される当たり前の一日が、今日も過ぎ去っていく。

 

 * *

 

 前川を病院に送り届けて二日が過ぎた。ひとまず、諸々の手続きが一段落ついたところで、俺はもう一度、旧家の地下室に降りていた。

 

「それじゃ、反省会とか呼ばれる類のものを、はじめようか」

 

 白い部屋。生成された椅子にかけて座る。

 

「とりあえず先にいっておくと、まずは今回の件。俺を含めた君たちに、これといったお咎めはナシ、とのことだよ」

 

 目の前に映るのは、二人の未熟な人間と、床の上で静かに『おすわり』の体制を維持する犬だった。

 

「君たち、なにか、俺に言いたいことは、ある?」

 

「……」

「……」

「……」

 

 三人? 二人と一匹? あるいは、その逆かな。

 とにかく全員は、素直にじっと黙っていた。

 

「じゃあ、まずは俺から」

 

 おもいだす。俺の父親は、こんな風に誰かをしかる、というか、こういうシチュエーションになると気分を良くして、饒舌になる節があった。

 

 俺はそういうのが嫌だった。父親のそういうところを軽蔑していた。今も実際、気分が良いどころか、めんどうくさい気持ちの方が強い。貴重な時間を浪費されている。すでに「解散。おやすみ」と、状況そのものを投げだしたい。

 

「君たちには、そもそも言ってなかったよね」

 

 ただ、だからこそ。俺は『伝える』という事を、おろそかにしすぎてもいた。

 

「子供は、知らないヒトに付いていったら、いけないんだよ」

 

 あたりまえのことを、ひとつ、ひとつ。時間をかけて、説いていく。

 

「どうしてかっていうと、痛い目に合うからだよね。大人は、子供たちなら、簡単にだませるのだと、知っているんだよ」

「…はい…」

 

 未熟な子供たちがうなずいた。

 

 普通の大人にできる、たったひとつの役割。

 なにも特別でないこと、あたりまえの事実をたぐりよせて、次に伝える。

 

「君たちは、即物的で、具体的なモノを求めすぎているのかもね。もしそうだとすれば、最初はもっと、曖昧なものを、求めていった方がいいかもしれない」

「…あいまいなもの…?」

「そう。今は『答えのでてないもの』と置き換えてもいいかな」

 

 使いふるされ、ほつれ、ボロボロになった糸を縫い合わせる。父親は、たいした事のないものを、えらそうに守り、受け渡してきた。俺よりもずっと、長年きちんとやれていた。

 

「世の中、無料で手に入るものはね。9割9分以上が、恣意的な情報操作をされてる。客観性に欠けたものだよ」

「…よく分からないけど…具体性は、あった方がいいんじゃないの?」

「その状態まで、自ら昇華させることが大事なんだよ。でないと、キミたちは、また『情報』という名の構造体に引っかかり、無意味に足掻くことになる」

 

 父親は、予想外に痛い目に合った時は「バカだな」と眉をしかめた。それから「無理をするぐらいなら帰ってこい」と言ってくれた。それで、今日までの関係が、綺麗さっぱり清算できたかと言えば違うけど、少なくとも感謝はしてる。

 

「…とは言ったところで、賢い人間っていうのは、大抵は口が上手いものだからね。なんらかの人心掌握の術を得ているのが普通だ。経験のない子供たちは、それに抗う術を持っていない」

 

 ――だったら、想像力を働かせれば、わかるはずだった。

 

「…これからヒトに近づこうとする、人工知能たちの想いを逆手にとって、自身の利益として扱おうとたくらむ輩があらわれるのは、当然なんだよな…」

「…景?」

「あぁ、これは、俺自身の反省だよ」

 

 人間の中には、消し去ることのできない『悪意』が存在する。それを、これから成長する『本人たち』に説かずして、人工知能が人類の敵になる。人間たちを支配しはじめる。そう考えるのは浅慮に過ぎるし、言うなれば、無責任だ。

 

 50年先の未来を夢見て、内容を夢想することは自由だ。エッジの効いた、ディティールと、リアリティに関しては、いくらでも口をすっぱくできる。

 

 だけど、反してこれから、5年後に起きる毎日のできごとを、予想できるかいと聞かれると、中々できない。

 

 

 どうしてできないか。普段から、考えることを、放棄しているからだ。

 

 

 実のところ、はるかに遠い将来を予想するよりも、ずっと近いところにあるものを想像する方が、難しいと、俺は思ってる。

 

 

「でも…うん。悪かった。俺も、考えが足りてなかったね」

 

 

 うちの人工知能は、確かに間違えた。

 間違えたが、なにも考えていなかったかと言えば、そうじゃない。

 

 

 いろいろ考え、行動して、間違えて、失敗した。

 

 

 失敗しない『人間』は、この世に、存在しない。

 

 

「ただ、この世界に存在する、あたりまえの危険性を、誰かが、君たちに教えないといけなかった。そして今回、そういうことを教えられる機会があったのは、ひとまず、俺しか該当しなかったわけだよね」

 

 知らないヒトに、声をかけられても、付いていってはいけません。

 まっすぐ、家に帰ってきなさい。夜になったら、外を出歩いてはいけません。

 

 人も犬も。目に入る環境で生きているのなら、同じだ。

 

 一定の知能水準にある生き物は、親から教わって育つ。

 それが自然だ。知能生物のレベルに応じて、環境は発展する。

 

 そこまで考えた時、ひとつ、懸念が発生する。

 

 昨今、世間で取沙汰にされている

 人工知能に、勝つか、負けるかという話題。

 

 

 本当に、だいじなのは『それ』なのか?

 

 

 人工知能が、人間社会に、より密接に近づいてきた時に。

 2026年の人間が、俺という一個人が、考えるべきことは、なんなのか。

 

 

 それは、けっして。

 ネットという大海を覗いて探すだけでは、見つからないだろう。

 周知の情報から集めようとしていけば、むしろ答えは遠のいていくだろう。

 

 

「というわけで。今回の件は、一概に君たちを責めることはできないなって考えてる。少なくとも、俺には、キミたちを怒る資格がないよね。管理不行き届きだったから」

「………」

 

 へんじはない。不必要な時間がすぎていく。

 誰かと生きる事は、とても、本当に、めんどくさい。

 

「ただし、なにか失敗をすれば、相応に、与えられる機会も減ることを忘れない方がいいかもね。つまり、次は無いかもしれない、という事だよ」

「……うん。ごめんなさい……」

 

 せめて、危ないことはしないように、釘だけはさしておく。

 

「俺は今日、遅まきながら伝えたよ。今後君たちの誰かが、またこの家を出ていくなら引きとめない。

 結果、なにかのトラブルに巻き込まれ、どこかの誰かが、助力を申しでてくれた場合でも、今度は責任をもって辞退する。そうなるのが嫌なら、少なくとも君たちは、さっき述べたルールを守る必要があるよね。わかったら返事もらえる?」

「………はい………」

「………ごめんなさい………」

「このたびは、どーも、すみませんでした」

 

 三者一様(犬込み)に頭をさげられた。気が滅入る。

 

 科学の発展したこの時代。人間はひとりで生きても問題ない。

 環境はすでに整っている。

 

 はたしてこの先も、めんどうくさい事を、俺は続けないといけないのか。それともまた、自分が思うように、好きに生きていくべきなのか。その問いを、俺自身が考えていく必要があるのだろう。出力先の定まらない、宿題だった。

 

「それじゃあ、とりあえず今日の話はここまでかな。あぁそれと、そっちの瞳」

「…なに?」

「ちょっと別件の話がある」

「話…? 仁美じゃなくて、わたしに?」

「そう。一応言っておくと説教じゃないからね。寝る前に、ディスコードかなにかで会話をしたいから、時間を作っておいて」

「…うん。わかった」

「あと、そっちの、白い犬」

「どーも」

「君は今後、そこの女子になにかあれば、まず、俺に報告してくれる?」

「りょーかい。>>2getの権利はぜんぶ、黛に送るわ」

「そうして」

 

 久々に懐かしいな。昔はスレが立ったら、自動で>>2にAAをカキコする自動監視ツールを作っていた。ジャンル別板の>>2を制覇すべく闘志を燃やした。当時の人生、すべての知識と情熱を>>2getの為だけに捧げていた過去もある。

 

 そういう遊び方を開拓できたのが、昔の掲示板だったんだよな。今の若者は、すぐに再生数とチャンネル登録者数で、マウントを取りたがるから困る。登録者数が10万を超えたところで、凸待ち0人だったら空しいとは思わない?

 

「じゃあ、ひとまず解散。仁美はご飯にしよう」

「うん。なにつくる?」

「そうだね。なにをおいても、大量の冷凍ご飯を消費しないとね」

「りぞっと」

「いいね。じゃ、チーズリゾットにでもしようか。たまにはカロリーが欲しい」

「……」

 

 なんだか微妙そうな目をされた。

 

「なに?」

「おじさんは、すぐ、味の濃いものを食べたがるよねー」

「そう。こまる。あじつけ、ざつになるし。ケチャップとかも、つかいすぎる」

「基本ケチくさいのに、生活単位でコスパ悪いおっさんとか、ぶっちゃけ困るよね~」

「わかる。じかくして?」

 

「……」

 

 リアル10代の女子が二人、味覚に関してケチを付けてきた。多勢に無勢になって、なんとなく残る犬を見送ると、

 

「じゃあ漏れはネットの掲示板見てくるんで。乙」

 

 めんどうなのは嫌です。とばかり、さっと消えた。

 

 ていうか、キミさぁ(犬)。

 さっきの俺の話聞いてたの? ねぇ。

 

 

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