VTuber もう一人のジブン ~keep your【Second Personality】~ 作:no_where
お昼前。
もう一人のわたしが、外出する支度をしている。自分の部屋においた、等身大の全身鏡で、変なところがないか、くるりと回転して見回す。
行きつけの『美容院』から、薦めてもらったヘアドライヤーで、ふわふわの髪の毛を綺麗にといた。フードで隠すことなく、水色の花びらを彩った髪飾りをさして、よりいっそう、きらきら目立たせる。
「うん。良い感じ、だと思う」
ドライヤーのスイッチを切る。セット購入した、備え付けの鏡台の上にそっと戻したあとで、わたしに聞いた。
「ヒトミ、どうかな? わたし変なところない?」
「ないよ。オッケー。ちょっと笑ってみて」
「…え、わらう?」
「そうそう。鏡の中で、にこって感じで笑うのよ」
「……」
わたしは、彼女が肩に下げた、女性向けのバッグの中にいる。
白い小型犬のボディ。ホロビジョンの『視覚』を改良、応用して作られた、球体構造のカメラアイと、視覚神経を伴うデータから思考する、愛玩用のペットロボットだ。2026年の最新頭脳が、この身体には搭載されている。
「ほら~、笑いなさいよ~」
音声も、最新の規格から高速で飛ばしている。その他、機械の関節部も柔らかく、しなやかだ。重量に関しては、同じぐらいのサイズの犬よりも軽い。デザイン、ハードウェアの設計担当をしたのは黛の友達らしい。
紫のメッシュが特徴的で、誰とでも仲良くなれそうな雰囲気の童顔男性は、ネット老人会代表とは、まったくもって対照的だった。普段はホストをしてるらしい。謎の繋がりだった。
「えっと…ごめん…笑うの、まだ難しい…」
「ダメダメ。そこはがんばって。ほら、素敵な女の子は笑わなきゃね!」
「…うー」
元の世界から戻ってきたあの夜から、わたしは少しずつ、この身体に馴染むように、調整を重ねてきた。
わたしの本体もまた変わりつつあった。日々ファッション雑誌を読んだり、ネットで情報を収集したりつつ、女子力を磨いている。
そしてあろうことか、コーデの相談役として、もっとも高評価な閾値が検出されたのが、同性のお姉さん方よりも、2メートル50センチの大男だったというのは、ここだけの秘密だ。
「さぁがんばって。あと一歩を媚びていけ!」
「かーさん、追いこみすぎ」
下げた自分のバッグから、わんわん女子力を指導してくる担当教官(二重人格)に、困った顔をしながら、改めて全身鏡と向き合った。
「んーー…!」
むずむず、じれったく、口元を動かそうとする。
「じゃあ、好きな人のこと、考えて」
「…好きな人?」
「そう。あなたの好きな人がね。素敵なあなたを見て笑ってくれる。なのに、仁美はそんな顔でいいの?」
「……」
そっと、もう一人のわたしが、目を閉じた。
頭の中で、ここにはいない誰かの姿を思い浮かべているんだろう。そして、覚悟を決めたように、目を開いて、いっぱいに、
笑った。
・
・
・
「…あの、ヒトミ? やっぱり、わたし変だった? 笑えてない?」
「――……あ、いや、うん。まぁ、なに? ちょっとびっくりしたわ……心臓が、止まったっていうか……心臓ないけど。吐きそう……気管ないけど……」
「えっ! ごめん、そんなにヘンだった? こわかった?」
「……いや、そうじゃなくて……ちがうのよ、そうじゃないの。むしろいい。よかった。すごい……なに……言葉がでてこない………」
わたしは学習する。これが、限界!
「仁美、ヘンじゃなかった。ちょっとびっくりするぐらいの可愛さだったわよ」
「ほんと?」
「本当。ガチで本当。優勝した」
「………ありがとう。あなたのおかげだよ………」
「っ!!!!」
限界突破した。あっ、あっ、あぁぁぁあああ!!!
うちの子カワイイなぁ!!!!!!!!!
しかもバッグから顔をだしたわたしの頭を、よしよしってなでてくれる。
完璧かよ。
勝 っ た な コ レ は 。
脳内で完全勝利したBGMが流れる。
フラグ? いいぜ、十本まとめてかかってこいよ。
「俄然やる気がでてきたわ!! さぁ出陣よ!! 外には無人タクシーを待たせてあるわっ!! 祭りの会場に乗り込むぞっ!! 文化祭というイベントを消化せずして、メインヒロインの勝ち名乗りをあげるなかれっ!!!」
ぱ~ぷ~。ぱっぱぱ~。どんどんどん!!
つの笛、ほら貝、太鼓が鳴る。
効果音《SE》は各自で調達して再生しておくように。
* * *
「なんか、うちのかーさんが、また暴走してて、すみません」
「大丈夫じゃないかな。今は『あちら側』の彼女とも、上手くいってるみたいだし」
民家の屋根の上。白い犬と、黒い柴犬が、走り去っていく車を見送った。
実体を伴わない、ARの映像が、のんびり言う。
「今日は晴れてよかったね」
「そーですね。でも、文化祭って、校舎内のイベントもたくさんあるから、問題ないといえば、問題なくないですか?」
案内にも、雨天実行します。と書かれてあった。
「そうだけどね。やっぱり、こういう日は、お日さまが浮かんでいた方が、気持ちがよくて、張り合いもあるものだよ」
「そーいうもんです?」
「うん。そういうものだよ」
柴先輩が言う。人としても、犬としても、AIのプログラムとしても、オレよりもずっと、先を行っている。
「理解した方が、いーんですかね」
たとえ、この身体に、熱や光のあたたかみを、一切感じなくても。
疑似的に感じて、記憶して、他の誰かと共有した方が、いーんだろうか。
「それをこの先、考えることが、キミの生き方になるんじゃない?」
柴先輩が言う。俺は、ちょっと顔をしかめてから、考えてみた。
【魔法】を唱える。
青い空から、一枚の敷物と、骨付き肉が落ちてくる。
おひさまの光のしたで、ガツガツ食べてみた。味はない。匂いもない。でも、
「美味い気がします」
ライフが回復する。経験値を獲得する。レベルアップ。
ヒトの気持ちがわかる度合が、1ポイントアップした。
――気がした。そんな気がしただけで、今は、じゅうぶん。
* * *
いくら文化祭とはいえ、麻雀喫茶なんていう二ッチなジャンルは、そこまで流行らないんじゃないかと思ってた。
それが、なんか校長と教頭先生たちが、昔の遊び仲間を、こっそり招待したみたいで、めっちゃ大混雑していた。
中には、覆面レスラーの格好をした人もいて、さすがにコレはちょっと、お引き取り願おうかなあと思っていたら、お付きらしい方が、懐にそっと名刺をしのばせてきた。
見れば「都知事〇〇」とか「〇〇支社取締役」とか、「〇〇テレビ局長」とかの肩書を持つおっさんたち、地方都市の権力者が集っていた。
大丈夫か。うちの県。
あらかじめ用意しておいた、VIPリアル卓では、レスラーマスクにブランドスーツという格好のおっさんが三人座り、向かいにはメイド服の格好をした女子が座るという、狂気の会場となっていた。
「リーチ」
性別も、年齢も関係ない。この瞬間、一局のために生きている。そう言わんばかりの四人が、己の人生をかけたような顔付きになって、昼間から学校の文化祭で麻雀牌を切りあうという、異様な光景が生まれていた。
「ツモ。一発。裏ドラ。満貫」
しかし勝負の結末は、見ずとも最初からわかっている。
「御無礼、トビですね。お三方」
相変わらず、鬼がおるなと別の卓を見れば、
「兄さん、そろそろべつのところも、見て回りましょうよ」
「いや…! 待て…なんというか、この遊戯、悪くないぞ…もう少し、入念な検証が必要だ……っ!! それだよぉっ!! ロォォンッッ!!!」
生徒会長が、牌とにらみあって、喝采をあげていた。
大丈夫かな。マジメな人ほど、ギャンブルにハマると身を崩すもんだぞって、じっちゃんが言ってた。
* * *
一方で、カジュアルな卓も大変なことになっていた。
リアルSS級クラスの原画家、神イラストレーターとマネージャーがやってきた。 噂を聞きつけた生徒たち、普段は隠れオタの蓑を被った奴らが、正体をあらわにしていた。
「はーい、押さないで、押さないでくださーい。物販は一人一部限定でーす」
「転売したら、帰り際に天罰があたって死にますのでおやめくださいね」
廊下の向こう側にある階段まで長い行列をなして、サインや握手をせがむ人たちであふれかえっていた。手芸部の人たちが用意してくれた小物、装飾類は、花畑先輩が着るメイド服のボタン1つに至るまで完売した。
「あのっ、シスター、がんばってください。応援してます」
「あ、ありがとうございます」
サインを書くのはもう一人いた。せっかくだから、クレア先輩たち、手芸部三人の、チャリティー用のコンサートCDもプレスしてPVで流したら。という事になって、だったらいっそ、ゲームBGMとして、追加コンテンツで流してほしい。
いやいやいや、だったらBGMをコンテンツで別売りして、買ってくれた人たちに当日、本人のサイン付けてみたら? と提案したところヒットした。結果として長打の列が2列になった。
「まぁ悪くない感じね。執事、飲み物」
「はい、ただいま」
そして俺は、別室にて、片手でシャンパンという名のぶどうジュースの栓をあけていた。ギプスは今もつけているので、俺の衣裳だけちょっと特殊というか、片方の袖を通さずとも上手く着れるようなデザインに仕立て上げられていた。
イメージ的には、隻腕の船長らしい。装飾はかなり多めで、まるで舞踏会の貴族が着るようなアレだ。慣れるまで、かなり恥ずかしかった。
ちなみに現在の場所は、休憩室としても解放させてもらっている、手芸部の控え室だ。モニターされた様子を見やりつつ、メイド社長のグラスに液体をそそぐ。栓を戻したところで、充電器にさしていたスマホが震えた。手に取ると、
「あかね。俺ちょっと席外していいかな」
「どうかしたの?」
「出雲さんが、もうすぐ正門のところ着くって」
「あぁ。黛先生のところの女の子ね」
「うん。先生、今ちょっと手が空きそうにないから、迎えにいってくれないかって」
黛先生はついさっき、『公園の鳩を24時間愛でる隊』の連中に拉致られた。
去年は『非モテの陰キャ隊』と命名された、反文化祭抗戦派の人々が、いくらなんでもそのネーミングセンスは非人道的であろうと生徒会に主張したところ、たまたまその場にいた黛先生が、上記のネーミングを提案して採用された。
結果、彼らは、愛と平和に目覚めた。
しょせん、流されやすい人々だったんだろう。
鳩はボランティア活動に励み、文化祭への協力を惜しまなかった。そして鳩たるもの、やはり魔術師《マジシャン》の使い魔として働くべきではないかという、謎の電波を宇宙から受信。
闇堕ちした鳩たちは、悪魔と魔術師のお膝元に集った。元教祖(望んでない)こと黛先生は、抵抗むなしく、そのイベントに生贄――ゲストとして召喚されることが決まったらしい。
「マジックショーだったっけ」
「なんか想像以上に、本格的だったわよね」
小悪魔のような、パンクな装束をまとった先輩と、悪魔の衣装をかぶった、生徒会の書記の先輩が、招待状を配っていた。俺ももらったそのカードには、
――今宵、あなたは目撃するだろう。
偉大なる魔術師と悪魔(あとついでに烏合の鳩ども)による
世紀の、胴体切断マジックショーをッッ!!!
「よく通ったよな、この企画。俺らが言うのもなんだけど」
「割とガバいわよね。ここの生徒会」
「大丈夫かな。黛先生、無事に五体満足で帰ってこれるかな?」
「大丈夫でしょ。根拠はないけど。失敗したところで、コレよりマシよ」
あかねが言いつつ、俺のギプスを指さしてきた。相変わらず、本質は豪気というか、肝が据わってる。リアルの女社長って大体こんな感じなんかな。知らんけど。
「じゃあごめん。出雲さん迎えにいってくるな。戻ったら滝岡と休憩変わるわ」
「そうね。あ、そうだ、祐一」
「うん。どした?」
「……………」
「なにか連絡事項あったか?」
「いってらっしゃい」
「は?」
「いってらっしゃいって言ってるのよ」
「いって!? なんで蹴るんだよ! とにかくいってきます!!」
よくわからん事でキレる女子を残して、手芸部をでた。扉を後ろ手で閉めて、明るいにぎやかな廊下に立つと、窓ガラスの先、校舎の向こうにある河原から、しゅーっと煙を吹いて飛び立つロケットが見えた。
「うわ、すげぇ」
いわゆる、ペットボトルロケットのはずだけど、めちゃめちゃとんでいた。
思わず足を止めて、秋晴れの蒼空を見上げると、「ぽんっ!」と、パラシュートの傘が開いた。風に流されながらも、しっかり制御された軌道で折りてくる。
そういえば二学期になったばかりの頃。科学関連の活動で賞を取った先輩がいて、朝礼で表彰されていたのを思いだした。俺も生徒会の仕事を手伝っている時に、その先輩に出会った。
本人は当初、出し物としては、遺伝子工学によるクローン実験のプレゼンテーションをやりたいと言っていたが、さすがに辞退していただいた。ペットボトルロケットの展示会になってよかったなぁと思う。
さらにその周りを、古典的な、アダムスキー型のドローンUFOが躍るようにふわふわ飛んでいた。なにあれすげぇ。航空力学を完全に無視しつつ、機体を安定させてやがる。
確か文科系の部活動にありがちな「オカ研」のだしものだったと思う。綺麗な未来人の先輩がいるとか聞いたけど、もしかしたら真実かもしれない。ところでマッドサイエンティストが、未来人に出会うと、どうなるんだろう。
「師匠っ! ちょっと待ってくださいよっ!」
「なにやってんの。はやくしないと劇の出番すぎちゃうよ」
「いや、わかってますって!」
視線を空から廊下の先に変える。クラスは違うけれど、見覚えのある顔の同級生たちが駆けよってくる。
「わかってますけどっ! マジ重いんですってこの鎧っ!!」
「あたりまえでしょ。鎧なんだから」
「いやそうでなくて。俺が言いたいのは、この鎧、マジもんの鋼鉄使ってて重いんですよねってことですよ! 今さらですけど、理由を聞かせてください!」
「中世のリアリティが欲しかったから」
「それだけですか! 軽っ! よろい重たぁっ!」
「わたしが工場に直接出向いて、職人さんたちと交渉して生成した」
「さすが師匠! 冗談でなく、その交渉術に関して知りたいです!」
「手足を含めたフルプレートの全身鎧って、30kg超えるからね。その状態で兜つけて、鋼の剣だの、鈍器だのを振り回すんだから、昔の人間って、ほんとすごいでしょ?」
「俺の話、聞いてないですよね! でもわかります。そういうクリエイターさん達のこだわり指向! それをわざわざ現代に再現する必要性はないんじゃないかって、俺はそう思いますけどね!!」
がっちゃん、がっちゃん、がっちゃん。
廊下を進んでいく男女二人組が、俺の背後を通りさっていく。
「だああああ!! 重い! 鋼鉄の鎧、ほんと重たあああいっ! 現代の高校生が装着して走るもんじゃないですよ!」
「そうだね。なんだかんだで文句を言いつつも、素直に従う君も良い性格してるよね。ほら走って。走れ。人生のすべてを賭して駆けぬけろ」
「重てぇっっ! いろんな意味で、俺の人生すべてを詰め込みすぎでしょ!?」
「うん。しかもその格好で階段から転んだら、割と致命傷だから気をつけてね」
「師匠、回復魔法とか使えましたっけ!?」
「バンドエイドなら持ってる」
「さす師!」
鋼鉄の足音をたてながら、剣士な男子と、魔法使いの女子が、今日だけは誰にも怒られることなく、廊下を走っていく。
俺も、二人とは反対の方向を進み、階段を降りた。途中、男子生徒たちが集まっている現場に遭遇した。
「…おい、見つかったかよ。例の、第0問題の場所は」
「いやまだだ…ちくしょうわからねぇ!」
気になって耳を傾けてみると、視聴覚室で、『メンバー会員限定』のアイドルコンサートが開かれるらしかった。そのチケットを入手するには、脱出ゲームを解かなくてはならないが、その脱出ゲームの出題場所が、すでにわからない。
「どこだ…! 相羽先輩たちのチケットを入手できる、脱出ゲームの開催場所は一体どこなんだよ…っ!」
「ここから反対側にある旧東校舎、4階奥の突き当りの階段を3歩降りた右手の壁にヒントがあると聞いたが…」
「おいおまえ! ブラフ張ってんじゃねーよ! チケット枚数が限定だからって、卑怯な手を使ってんじゃねー!」
すでに第0問目となるクイズ会場の時点で、おたがいのライバルをだしぬこうと、高度な情報戦が繰り広げられていた。
人混みを抜けてまた階段を降りると、藍色の甚兵衛を着た大柄な先輩が、見覚えのあるじいちゃん達と立ち話をしていた。向こうも俺に気付いたみたいだ。
「おぉ、裕坊!」
「やぁ裕ちゃん、久しぶりですねぇ」
友重のじっちゃんと、宮脇のじっちゃんだった。シゲミヤの二人が、楽しそうに手を振ってくれる。
「じっちゃん、来てくれたんだな。ありがとう」
「そりゃのう。ところでなんぞ裕坊も、ハイカラな衣装しとるのぅ。似合っとるで」
「あー、ちょい恥ずかしいけどね。でもサンキュー」
「裕ちゃん、腕の方はどうですか?」
「うん。悪くないよ。順調に治ってる」
「そうですか。よかった。あぁそうだ、せっかくですので一枚、この老骨と共に写真をお願いできませんか?」
「いいよ。えっと、こっちの先輩は…」
「舞浜です。せっかくだし、俺も写真入ってもいいかなぁ?」
「どうぞどうぞ。前川です。よろしくお願いします」
「わはは。悪いね~」
藍色の甚兵衛を羽織った先輩が、にっかり笑う。ちょうど側を歩いていた人にお願いして、スマホを渡した。四人で肩を組むように写真をとった。
「先輩は、なにをされるんですか?」
「落語だよ。もうじきそこのクラスで開催するからさ。ちょうど今、お客さんの呼び込みしてたところ」
「うむ。裕坊たちの麻雀喫茶にも行こうとは思ったんだがの。めちゃめちゃに混んどったからのう」
「えぇ。それで先に、他の出しものを見ていこうかなと、友重さんと相談していたところだったんですよ」
「へぇ。落語かー。俺もちょっと気になるなー」
「よかったら君も見ていってよ。もう少しで始まるからさ」
「あっ…残念だけど、もうすぐシフト交代なんです。その代わり、友達に伝えておきますね」
「おぉ、すまんねぇ。助かるぜ」
「そういえば、裕ちゃん。どこかへ向かう途中だったのではないですか?」
「そうだった。友達の女の子が来るんだよ。今車に乗ってて、もうちょいで到着するって。ごめんな、じいちゃん、また後で!」
「はっはっは。裕坊、相変わらず、女子に振り回されとるな~」
「いいですねぇ。アオハルと書いて、青春ですねぇ」
「振り回されてるというか、超大型クラスの台風だけどね!」
次も骨折ていどで済めばいいかな。とか思う自分がいたりする。
じいちゃん達、先輩と別れて、駆け足で階段を降りる。校門に辿り着くまでに、あちこちから、楽しそうな声が入れ替わり聞こえていた。たくさんの、個性に満ちた『楽しい』がやってくる。
できればずっと、この非日常に浸かっていたい。直接的なお祭り騒ぎでなくても、この気配の続く場所に、居続けたいと思ってしまう。でもそれも、いつかは終わる。
綺麗に終わるのが、物事の理想の姿だ。でも、なにもかも、上手くいくことはないだろう。それでもこうして、たくさんの人たちが集まって、たくさんの物が作られていく。その光景は本当にすごいなって思うんだ。
護りたい。変わりたい。
旧いモノと、新しいモノが、せめぎ合う。
二つの気持ちが、遠い昔から、ずっと一本の道として、続いてきた。
これまでも、流れる川のように蛇行しながら、続いていくんだろう。
だけど今、その川幅や大きさといった概念が、まったく新しいものに変わろうとしている気配があった。
俺たちがまだ生きている間に、それが姿をあらわすのかもしれない。あるいは、想像をはるかに超えた、より大きなものとして完成される。そんな予兆を感じてる。
(見てみたいな)
その光景を見てみたい。生き続けた先で、目の当たりにしたい。下駄箱で、靴を履きかえる。片手での細かい作業も、最近はなんとかなってきた。でも、もうずっとまともに、家の手伝いができてない。
仕方なかったとはいえ、もし店を継いで、またこんなことになったら、商売あがったりだ。俺自身の考えも、やっぱり足りてなかったと思い知る。
(もっともっと、強くなりてぇな)
壮大な線形図も、微細な一点も見極める。あらゆる可能性を見渡して、心が自由になれる場所に、この身体を進めていきたい。
――――あぁ、悪くねぇな。
きっと誰かが、どこかで応援してくれている。願えば、受け取ってくれる掌がある。この世界の先には、個々が身を預けられる座席が、用意されている。
――――期待しといてやるぜ。クソガキ。
冷たい、秋色の風がふく。自分の口元からも、白い息がこぼれでた。
深い水底から、気泡が浮かぶ。イメージがふくらむ。どれほど大きく、勢いを増したとしても。水面にでれば、やがては儚く消えてしまう。だけど、そこからまた、小さな音すら響かせない、ささやかな波紋を広げることもできるんだ。
それは、消えない。
どうしたって、心に残る。
――――さぁ、胸を張って進みたまえ。
もうひとりのオレが、別の視点から覗いている。ふたたび息を吹きかける。
波紋がまた、広がり続いていく。リズミカルに連鎖する。
――――君たちには、その価値がある。
気持ちを前に。靴をはいた一歩目を、今日もまた踏みだした。一台の乗用車が高校の正門前でゆっくり止まる。側まで近づけば、後部座席の扉が開いた。
「こんにちは。本日はご招待いただき、ありがとうございます」
たくさんの物に愛され、彩られた女の子が降りてくる。
静かな月明かりを思わせる音色で、やさしく微笑んだ。
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