兎と亀   作:阿部C利久

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第1話

 とある森に兎が住んでいた。彼は兎の中でも足の速さが自慢であり、他の兎にも讃えられていた。もちろんその速さは生まれ持ったものだけではなく、毎日毎日特訓をして足の速さを極めていた。「いつかチーターにだって勝ってやる」それを意気込みにしていつしか森の中で一番速い生き物になってた。 

 とある朝兎がジョギングを終えた後に一休みしていた時に亀が兎のところへ走ってきた。動きが走るモーションなだけであって決して早いとは言えないスピードだった。毎日朝をジョギングしていた兎であったから、この亀が今日初めて走っているのだと推測し亀に声をかけた。

 「君も今日からジョギングを始めたのかい?」

そうすると亀は誇らしげな顔をして答えたのだ。

 「そうなんだよ、僕はこの森で一番早い生き物になると決めたもんで」

兎の闘争心は燃えた、初めてのライバルだ。

 「今この森で一番速いのはこの僕さ!!僕はいつかチーターよりも速くなる兎!まずは僕より速くならないとね!」

そう言われた亀はムッとした表情を浮かべ答える。

 「僕はコツコツと頑張れる亀だ、一週間もあれば君より速くなれるさ!」

闘争心を逆に燃やされた亀はついつい大口を叩いてしまったのだろう。しかし兎はそれを聞き逃せなかった、なんせコツコツと特訓をしていたのは自分なのだから。何年も汗をかいて鍛えたのにそれをこの亀に一週間でこすと言われてしまい悔しかった、まるで自分の苦労をなかったものにされたようである。それでついつい大人気なく反発してしまったのだ。

 「それなら一週間後に競争だ!越えられるものなら越えてみろ!!」

それだけを言って兎はさっていった。

 兎は自宅に着き、イラつきが収まった頃反省していた。何も特訓を始めたばかりの相手、しかも森で一番遅い生き物とされる亀にあんなことを言わなくてよかったのだと。兎はそもそもあの亀と競争をするつもりはない。まるで弱い者いじめをしている気分になってしまうとさとり、次に会った時に謝ろうと考えていた。そうして次なる特訓のために外に出たら大騒ぎになっていた。兎は長い耳をすませて聞いてみる。

 「あの若い亀と森一速いあの兎が来週競争するんだってさ!」

 「本当か!?亀が兎に勝てるわけないだろう!!」

ごもっともなご意見である。しかし兎が驚いたのはあの亀が挑戦を間に受けた上に森中に言いふらしていることだ。正直本気で勝てると思っている亀にムカつきはしたが、相手にはしないのが一番だと考えその日を過ごした。森中の噂の声も同じ意見である、誰も亀の勝利なんて期待していないのだ。

 その次の朝、同じようにジョギングに出た兎は森の囁きが少し変わっていることに気がつく

 「あの亀本気なんだってさ!絶対に勝つで言い張っているよ!」

 「聞いた聞いた!ずっと特訓していて、負けるわけにはいかないとかさ!自分はいつかチーターよりも速い亀になるためにだってさ!」

兎は自分の言葉を奪われ亀を殴りたい気持ちでいっぱいだ。のしのしと亀を探し回った。ようやく見つかった亀は他の小動物に話いた。

 「来週、兎さんと競争します!絶対に勝ってみせます!応援よろしくお願いします」

兎は亀を掴みなんのつもりかと尋ねても亀は自分が速くなるのは夢だから必ず勝つの一点張りだった。その熱い亀の姿の裏腹に怒りを隠せない兎の姿の噂は醜かった。小動物たちは亀相手に大人気ない兎の噂がすぐに広がる。兎は競争に絶対に勝って自分の努力を証明してやろうと心に刻んだ。

 競争の前日には二匹の噂は伝播していた。最初は足の早い兎を応援する者の方が多かったが、亀の熱弁によりそれは逆転していた。みんな天才よりもコツコツと頑張っている負け犬の方が応援したいのだろう。あんな亀に負けるわけにはいかない兎は前日も猛特訓である。走っているとあの亀が集会を開いていたことに気づき、近寄って見た。

 「みなさんのご存知の通り、明日僕はこの森一早いと言われている兎と競争します!!きっと亀なんかが兎に勝てるわけないと思う者も多いでしょう!!しかし私が証明します!!コツコツと頑張るものが最後は勝つのだと!」

森中から集まってきた小動物は声援を送る。

 「そしてもし明日僕が競争に勝てば・・す、好きな相手に告白します!!」

この言葉には激励の言葉が返され、小動物たちはこの亀の虜になっていた。誰もが応援したくなってしまう。兎はそんなことを言っている暇があるなら特訓しろと思いながらその集まりからさっていった。

 競争の当日はすごい集まりだった。おそらく森中の小動物が競争を拝見しにきているだろう。しかし皆が声に出すのは亀へのエールばかりだった、気付かぬ間に兎は悪者扱いだ。悔し涙を我慢してスタートラインに立ち横目で亀がのこのこと皆に手を振りながらこちらに来るのがわかる。兎はと亀と口を交わすこともなく始まりの合図がなった。兎は猛ダッシュで走り50メートルほどで亀を横目で探したが、もちろん亀が横にいることなどない。まだほぼスタートラインのところでノコノコと足を動かしている。

 兎は呆れて果ててしまった、あれだけ大口を叩いていた相手がこんなにも遅いとは思わなかった。しかし負けるわけにはいかない、あの亀だけには。兎は容赦無くもうスピードでゴールへ向かってゆく。しばらく走り、コースの半分くらいのところへ辿り着いた。遠くに応援する小動物たちの姿がうっすらと見える。声援の声が聞こえ嬉しくなって手を振りながら兎は近づくのだが、近づくにつれて声援の声が消えてゆく。先頭に走っているのが兎だと知った小動物らはショックの顔を隠せず、応援の声も出さなくなる。兎はそれでも走り続けた、きっと勝てばみんな自分の速さを讃えてくれるだろうと信じて。しかしどの応援者の集まりも同じ反応をする。近づいて来るのが兎だと知った瞬間残念そうに皆下を向くのだ。

 そんなことが4回ほどあった後兎は立ち止まった。何故誰も自分を応援してくれない、兎として生まれてきたから足が速いのは当たり前だが、他の兎に負けないよう毎日頑張った自分は何故勝ってはいけない。そんな思いに押しつぶされ、兎は全てが馬鹿らしく思えてきた。自分も苦労をしたのに他者の目には速いことが当たり前に見えてしまう。兎は競争が嫌になって木の下で涙をこぼしながら眠りについた。

 目が覚めた頃には夕方になっていて歩いてフィニッシュラインに向かう。そして聞こえてくるのだ、みんなの声が。

 「亀が兎に勝つなんて!お前本当に頑張ったなー!!感動だ!!」

 兎はこの日を境に、走ることを辞めた。


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