引き伸ばすのもどうかなと思い、あえてそのままで投下させて頂きます。
では、よいお年を。
「ア……アランさん……一体何を」
メルド同様アランもまた、光輝にとっては兄にも等しい思いを抱く騎士である、
そんな彼が何故……と、信じ難き光景の連続に喘ぐような声を上げる光輝。
「多分……もう、無理だと思う」
恵理は刃を突きつけられた状態で、光輝らに悲し気に首を振る。
「私には分かるの……アランさんもホセさんも、皆もう殺されているんだって」
恵里の天職は降霊術師である、それ故に彼女の言葉には説得力があった。
「そんなっ…一体……誰がこんなことを」
雫の問いかけに、恵里はそっと顔を伏せる、その仕草は悲しみを隠すためではなく、
実は笑いを堪えるためだとは誰も思わない
「きっと……南雲くんだよ……私たちを魔人族に売って、それで自分たちだけ
日本に帰ろうとしているんだ、無理もないよね……皆が教室で、そしてここで、
南雲くんや、ジータちゃんのことを、どう思っていたのかを考えたら」
進級し、ジータとクラスメイトになる前、
つまり高校一年時のハジメの授業態度は、有体に言えば褒められるような物ではなかった。
遅刻寸前にフラフラと登校してきたかと思うと、
そのまま机に突っ伏し、あとは下校時までほぼ高いびきである、
提出物こそ期間内に出してはいたし、試験もそれなりではあったが、
学校に通うということは、それだけで済まされる物では決してない、
ハジメの態度は傍から見ると文字通り学校を、いや社会を舐めているとしか思えなかった。
その上、彼の父親は名の通ったゲーム会社の社長であり、母親は有名漫画家と来ている。
つまり、余程のやらかしが無い限り、こんな人生を舐め腐った少年であっても、
その将来は安泰といってもよく、そのことがクラスに知れ渡るにつれ、
ハジメへのさらなるヘイトが蔓延していった。
だが、学年が上がり、一人の少女がハジメとクラスメイトになったことで、
その状況は変わり始める、そう、その少女こそ蒼野ジータである。
そのジータがハジメを変えた、いや変えてしまった。
雫は新学期早々、屋上へと続く階段で、
ハジメへと泣きながら訴えるジータの姿を思い出す。
"学校に通わなきゃ学園物のリアリティが出せない?じゃあなろうで書いてる人たちは
みんな異世界行ってるってワケ?ふざけないで!"
"お金払ってるから好きにしていいとか思ってないよね?
私たちあと何年かしたら、お金を貰う立場になるんだから……だから、
お願い、ちゃんとして"
それ以来、ギリギリに登校することこそ相変わらずだったが、
それでも居眠りはピタリと止まり、成績も向上の一途を辿っていき、
それにより少なくとも檜山ら一部を除き、
表向きハジメを悪ざまに言う者はいなくなった。
しかし……水面下ではハジメを取り巻く状況は、さほど変化はしていなかった。
人間、自分より下の存在を探してしまうのは致し方のないこととはいえ、
そこにあったのは、白崎香織との件があるとはいえど、明確に自分より下の、
排斥と迫害が正当化される存在を失ってしまったという鬱憤と、
そして折角の贄に余計なことをしたという、ジータへの鬱屈した思いである。
もしもジータが男子であるか、またはごくごくありふれた容姿の少女であれば、
彼女もまた排斥の対象となっていたかもしれない。
だが、幸か不幸かジータは、天使の如き容貌を持つ金髪美少女であり、
同時に、やられたらやりかえす苛烈な精神の持ち主であった。
例え、それがクラスの、いや、学園のアイドル的存在である天之河光輝相手であっても。
そんな危うげなバランスの中での異世界召喚。
そしてハジメとジータのステータスを知った時の、彼らの心中は推して知るべしであろう。
「裏切られて置いて帰られても……プ、文句は言えないよね、私たち……」
恵里が言葉を一瞬詰まらせたのは、沈痛な面持ちのクラスメイトらを見ていると、
思わず笑いが漏れそうになったからだ、
今さら行いを悔やむなら、相応の態度を取っていれば良かったのだ。
ちなみに恵理は少なくともハジメに関しては、それ程の悪感情は持ってはいなかった。
むしろ思ってたのと違うなと、感心すらしていた程だ。
「……大結界だってそう」
恵理は滔滔と言葉を続ける、まるで予め何度も繰り返して来たかのように。
「南雲君は錬成師、アーティファクトの専門家、しかもあんな凄い武器をたくさん
作れるようになっているんだよ、壊すことなんてきっとワケないと思うの」
「じゃあ……アランさんや、ホセさんも……」
「うん、きっと南雲くんが何かで操っているんだと思う、ジータちゃんだってきっと……」
そこでチラと光輝へと、まるで救いを求める様な表情を恵理は向ける。
彼女の知る天之河光輝ならばこれで落ちる筈、あとは勇者たちとバケモノども、
互いに殺し合わせるのも一興といったところか。
しかし……もう今の天之河光輝は、すでに中村恵里の知る彼ではなかった。
「光輝……話が出来すぎではありませんか?」
やや落ち着きを取り戻したかに見えるジャンヌが耳打ちする。
「分かってます……」
そう、確かに納得できる話ではある、以前の敗北と役割を知る前の、
自身の模範たる聖少女と出会う前の、使命感に躍らされ視野狭窄を起こしていた、
かつての光輝ならば、あっさりと信じ込んでいたに違いない程の、
しかし、それがゆえに、光輝は恵里の話に違和感を覚えていた。
何より、ハジメたちは自分たちよりもずっと強いのだ。
そんな回りくどい事をしなくても、自分らが憎ければさっさと殺すなり、
あの時見捨てれば済む話なのだから。
まして本当にハジメが恵里の言う通りの力を持っているのならば、
まず操るべきは、操られているのは自分らである筈だ。
そんな中で雫もあることに気が付いていた、アランの鎧がホセら同様に、
汚れが一切ないことを、そればかりか恵里のローブにも、焦げはおろか、
泥撥ね一つなく、まるで空でも飛んできたかのような姿をしていることにも。
「ねぇ……恵里は、どうして…こんな所にいるの?アランさんに…連れて来られたの?」
自身の声が、身体が震えているのを自覚する雫、この震えは傷の痛みだけではない。
「うん、お薬を取りに倉庫に入ったらアランさんがいて……そこからここまで」
「だったら……」
しかし雫の言葉は予想外の方向から聞こえて来た大声によって掻き消された。
「嘘だよっ!」
その声の主、谷口鈴の姿を、恵理は驚愕の表情でただ見つめる。
「鈴……ちゃん、どうして?」
「……私、見ちゃったんだ、エリリンが魔人族と何か話してて……
それから竜に乗って一緒にどっか行っちゃって……だから、どうしてって」
そこまで言い終わると、その場に鈴はへたり込む、彼女の服はあちこちが焼け焦げ、
その身体は傷だらけだ、友を仲間を思い、この炎の中をひたすらに駆けてきたに違いない。
「……信じたく……なかったよ、でも……」
「……俺も見た、谷口の言ってることは本当だ」
いつの間にか鈴の隣に寄り添うかのように姿を現したのは、遠藤浩介だ。
生来の影の薄さゆえに騎士たちの拘束を逃れ、その後は隠形を駆使しつつ、
クラスメイトらの救出の機を伺っていた彼は、
その眼前で、鈴よりもさらに決定的な瞬間を見てしまっていた、
恵里がアランに何事かを命じ、自らを拘束させるところを。
沈黙の中、ギリッ!と歯軋りの音が恵里の口元から漏れる。
「君たちのような勘のいい連中は嫌いだよ」
アランの腕の中で、コキコキと首を鳴らしながら吐き捨てる恵里、
その口調は普段とはまるで異なり、ねっとりとした嘲りに満ちていた。
「あーあ、しょうがないか、ちょっとお遊びが過ぎたね」
「え、恵里、何を言って……」
目の前の、羽交い絞めにされ刃を突きつけられている、いわば人質で、
何より味方である筈の少女の豹変に、言葉を詰まらせる光輝。
その居直った態度は、この地で遭遇したどんな魔物よりも不気味に思えた。
「言葉通り、どうせ誰も助からないんだしね、だったらせめてってね」
「……ねぇ、エリリン……もしかして、誰かに脅されてるの?……そうでしょ?
ねぇ、きっと…何か…そう…じゃないと……」
そうであって欲しいという願いとは裏腹に鈴の口調は弱い、その理由は明白だ。
「それは君が一番わかってるんじゃないかなー?鈴ちゃん
折角君だけは、もう少しだけ長生きさせてあげようと思っていたのに、
どうして友達の好意を……ムダにするかなあ、せめてものお礼のつもりだったのに……」
「お、お礼?」
「ありがとね♪日本でもこっちでも、光輝くんの傍にいるのに君はとっても便利だったよ」
クスクスと嘲笑を浮かべながら恵里は続ける。
「参るよね? 光輝くんの傍にいるのは雫と香織って空気が蔓延しちゃってさ
不用意に近づくと、他の女どもに目ェ付けられちゃうし……その上高校に入ると
あの忌々しいジータまでやって来る始末だし」
ホントに嫌いだったのだろう、ジータの名前を口にした瞬間、恵里の顔が大きく歪む。
「その点、鈴の存在はありがたかったよ、馬鹿丸出しで……」
そこで恵里の言葉が一旦詰まり、その表情がやはり一瞬ではあったが、
今度は悲し気な物へと変化する。
「ホント……何しても微笑ましく思ってもらえるもんね、だから
光輝くん達の輪に入っても誰も咎めないもの、だから……"谷口鈴の親友"って
いうポジションは、ホントに……便利だったよ、おかげで、
向こうでも自然と光輝くんの傍に居られたし、
異世界に来ても同じパーティーにも入れたし……うん、ほ~んと鈴って便利だった!
だから、ありがと!」
「どうしてっ、どうしてこんな事をするんだ!恵里!」
光輝の叫びに、ようやくか?という顔を見せる恵里。
「そんなの教えてあげるわけないじゃないか……それに、
もう下の名前で呼ばないでくれるかな?」
恵里の表情が一層凄惨な物へと変わっていく。
「自分が、自分たちがどうしてこんなことになったのか、分からないまま死んでいきなよ」
一方、そんな恵里の嘲り交じりの話を耳にしつつ、
遠藤はそっと袖口に仕込んだナイフの感触を確かめる。
自分のスピードならば、アランを昏倒させ、恵里を確保することも可能かもしれない。
だが……それだけで済まない時は……。
(俺に……出来るのか?アランさんを……何より中村を)
そのことを考えると、やはり心臓を鷲掴みにされたような感覚が身体を走る。
彼自身、あの日、光輝があの魔人族を殺せなかった事について責めるつもりは、
一切なかった、但し、必要以上に敵に情けをかけた事については、
責めを負うべきだとは思ってはいたが。
ともかく恵里の姿をじっと凝視するしかない遠藤、だからいち早く気づけた。
恵里と自分たちとのちょうど中間あたりに、ゆらゆらと陽炎のようなものが、
形を取ろうとしている姿を。
(なんだ?)
その陽炎は斑色の蛇を纏った男の姿へと変化してゆき、
それと悟った瞬間、ジャンヌの手から力なく剣が落ちる。
「ジャンヌさん?」
「どうして……まだ、こんな所にまで……」
光輝の傍であるにも関わらず、彼に構うことなく、
その場にへたり込み、まるで寒さに震えるかのように、
自身のその身体を自分で抱きしめるジャンヌ、その顔面は蒼白となっている。
「おやおや、別れのご挨拶でもと思ったのですが、随分と楽しいことをなさってらっしゃる」
その斑色の蛇を纏った男、言わずと知れた幽世の徒は、
まさに慇懃無礼としか例えられない仕草で、まずは一礼などして見せる。
「君は誰だい?」
蛇の出現にも一切動じるそぶりも見せない恵里、
もう彼女に取って大半の事象は、もはや些末事なのかもしれない。
「申し遅れました、私はほんの少しだけこの世界にご不満をお持ちで、
なおかつそれを変革しようと志される方々を、ささやかながらお手伝いさせて、
頂きたいと願う者であります」
その声を聞いた瞬間、ぶわと心がけば立つような感覚を光輝は覚えていた。
間違いない、この存在は悪だと、そして……。
光輝は自分の隣で怯える様に蹲るジャンヌの姿と蛇の姿を交互に眺め、
即座に理解する、彼女と……ジャンヌとあの蛇は決して会わせてはならぬ存在だと。
「お手伝い……じゃあ、何をしてくれるのかな?」
「ええ、そこの聖女様のご正体をお教えして差し上げようかと、
騙されているとも知らない、哀れな勇者くんの為にも」
「へぇ、面白いじゃないか……続けなよ」
恵里の口角が三日月の様に吊り上がり、
ひぃと怯えるようなジャンヌの喘ぎが耳に入った瞬間、
光輝は蛇へと聖剣を構え叫ぶ。
「やめろおおおおっ!」
その叫びに応じたか否か、蛇の姿が掻き消え、
そして代わりにその影が地に伸び、触れた者の、すなわちクラスメイトらの脳裏に、
ある光景が映し出される。
(あれは……ジャンヌさん?)
「行動にこそ、大いなる存在は応えてくれる!己の信念に従い!皆の者剣を取れ!」
晴れ渡った街の広場で、民衆たちに激を飛ばすは、
青の軍服に身を包んだジャンヌダルク、その左手には愛剣カラドボルグが、
そして右腕には、オルレアンの軍旗が掲げられている。
「「「「「おおおっ!聖女様!」」」」」
ジャンヌの激に応じ、人々がうねりを上げて叫ぶ、その顔も希望と、
そして何よりジャンヌへの信頼に満ちていた。
「オルレアンの民たちよ!今こそ正義の下に我らが同胞を救う時だ!」
ジャンヌが叫びと共に軍旗をはためかせる、するとまた地響きを立てるような
歓声が広場を埋め尽くし、人々は手にした武器を天高く掲げる。
そのジャンヌの、そして民衆らの姿は、
かつての大聖堂での自分らの姿と同じだと、光輝たちには思えてならなかった。
「いざ行かん!私に続け!我らが大義、阻めるものなし!」
ジャンヌの言葉と旗振りに応じ、意気揚々と武器を携え戦場へと向かう人々。
だが、光輝はその彼らの姿に不意に悪寒を覚えた、
いや、光輝だけではない、この場のクラスメイトらは、ほぼ全員、
ジャンヌらの姿に言い様の知れぬ不安を抱いていた、かつての自分たちと重ね合わせながら。
「だっ……だめだ、ジャンヌさん、行っては……」
自分の見ている光景が、すでに過ぎ去った過去、幻であろうことは、
承知出来ている、しかしそれでも光輝は叫ぶ、
そしてその叫びが終るか終わらぬかの内に、また光景が切り替わる。
そこは……地獄だった。
案の定、手酷い裏切りに逢ったジャンヌたちの軍は散々に打ち破られ、
ついに敵軍は、彼らの故郷オルレアンにまで攻め込み、街に火を放つ。
「ジャンヌお姉ちゃん熱いよー、パパが燃えちゃうよー」
「ジャンヌ様、助けて下さい、死にたくない、死にたくない!」
火だるまの少女が悲鳴を上げる、全身に矢が突き立った男が地に倒れ伏す。
そんな自らを聖女と慕う人々が次々と焼かれ討たれる中、
ただ呆然と立ち尽くすジャンヌ、もちろんジャンヌの身体もすでに己と敵味方の血で、
赤く染まっている。
そして、街の聖堂がついに焼け落ちた時だった。
「あああああああああ!」
悲鳴と共にジャンヌは戦士の証の愛剣も、将の証である軍旗をも投げ捨てて、
その場から逃走を図る、守るべき民衆を置き去りに、ただ一人で。
「せ……聖女様、どうしてですか?」
「お……オレ達を置いて」
「いやああぁぁぁぁぁ!もういやぁああああ!」
共に戦うべき仲間たちの言葉も、自身が守るべき民たちの言葉もすべて耳を塞ぎ、
ただひたすらに眼前の地獄から、そして望まぬ現実からも逃げだすジャンヌ、
それは光輝らが知る、凛々しく美しき、夢の世界からやって来た、
理想の勇者ジャンヌダルクとは、あまりにもかけ離れた姿だった。
そして瀕死の傷を負いながらもジャンヌは、自身が所属する騎空団の元へと辿り着く、
身体以上に傷ついた心を抱えて……。
そんな彼女に蛇の声が届く、お前の罪を償うためには贄を捧げる以外他にない。
その贄は……。
言葉もなく目を背ける光輝、しかし幻影はそれを許さない。
そして、己が苦しみから逃れんとするために、仲間の枕元に剣を携え忍び込む、
ジャンヌの姿が映しだされ、そこで幻影は終わりを遂げた。
「……君にだけは知られたく……なかった」
「ジャンヌさん……その姿は」
「み……見ないで……」
そこには眩いばかりの黄金の髪も、純潔を思わせる純白のドレスもなかった。
煤けた灰髪、死者の如き肌、煽情的と言っていいキャミソールに、
左手には血の色に脈打つ禍々しき形状の剣、
さらに右腕は獣の如き鱗に覆われた鉤爪となっており、
その背には魔を思わせる翼が生えていた。
それが、ジャンヌのその姿が全てを物語っていた、たった今垣間見た光景は、
全てかつてあった真実だったのだということを。
「これが……託された希望を裏切り、己の責務を捨て、魔に心を委ねた代償です……」
「ハハハハ、何が信念、大義ですか、聞いて呆れる、他人に使命を強要し、
自分は恐怖に慄き逃げて、挙句はその罪を他人に転嫁する、
勇者くん、これが貴方の信じ慕う聖女様のご正体ですよ」
「騙されなくって良かったねぇ、光輝くん」
蛇が煽り、魔女が嘲る。
「そうだ…私は……彼らの言う通り、君が最も嫌う嘘つきの卑怯者だ……
そんな私が、導こうなど……私は……戦いの中の死を恐れたことなどなかった、
己の信念を抱いて死ねるのならば本望だとさえ思ってました……
他の皆もきっとそうだと」
それはかつての自分だって似たような物だと、改めて光輝は思う。
「やめて……もう、やめて下さい……だって」
「でも、あの日……死が目前に迫って、私は知ってしまった、
自分があんなにも死を恐れていたことに」
魔に変じた身体を隠すかのように、項垂れるジャンヌ、
ただ己の唇を噛みしめるのみの光輝、その端から血が流れ出る。
「それでも……君を見ていると……放っておくことが出来なかった
だって……君は……」
(あまりにも、私によく似ていたから……)
「だから私は、宿命に殉ずることの過酷さを、輝きを担う事の残酷さを、
君にはどうしても伝えきることが……出来なかった……だって」
(君は私が失ってしまった物を、戦いの中で棄てざるを得なかった物を
未だ、その心に抱き続けていたのだから)
それは勇者として、いや現実社会を生きる上であったとしても、
間違いなく枷となってしまう類の物であることは承知していた、
そんな甘ったれた心根で勇者を名乗ろうとは烏滸がましいと思ったこともあった。
だが、それでも。
そんな中で光輝は思い出す、ジャンヌの言葉を。
"光輝、君の手は暖かいな…生きている者の温度だ"
ああ……どんな思いでジャンヌはその言葉を口にしたのだろうか?
そして、その言葉に自分は何と返したのだろうか?
(あんな地獄を見て……そしてそんな身体になってまで、それでも未熟な俺を
いや、俺だけじゃなくて、皆を導こうとしてくれた……なのに)
「俺はそんなあなたの悲しみを、ただ分かったつもりに、
いいや、分かろうともしなくって……っ」
だから、ただ光輝はジャンヌを抱きしめた。
目の前の勇者でも英雄でもない、一人の重すぎる使命に挫け傷ついた女の子を、
己の体温を全て分け与えんとばかりに、堅く強く。
「俺は生きています!天之河光輝は確かに生きています!だからジャンヌさんだって!」
「君は……私を、まだ……許して……」
「許すとかっ、許さないじゃ……ないんです」
そう、自分にそんな資格はない、それでも今の天之河光輝にはそれしか出来なかった、
言えなかった、いや、今の彼だからこそ出来た事、言えた事なのかもしれない。
何故ならそれは、単なる義務感から来る模範解答や美辞麗句でもなければ、
ごくありふれた社会規範を押し付けているわけでもない、
そう、きっとそれは彼に取って初めて"守護りたい"と、心から願った証であり、
純粋な魂の叫びそのものだったのだから。
「ほら……ちゃんと、あなたの身体だって暖かい……」
光輝がジャンヌの手を握り、その掌を自らの頬へと宛がおうとした時だった。
「ふざけるなあぁぁぁぁぁぁぁ!なんだこの茶番はぁぁぁっ!」
恵里の絶叫が戦場に轟いた。
「ふざけるなふざけるなふざけるな、今さら今さら今さら何だそれ?ナンダソレ?
君は僕をそこまで晒し者にしたいのか!」
それは正しく呪いを破られた魔女の断末魔そのものであり、
勇者がこれより正義を失う事を告げる鐘でもあった。
この天之河光輝を書くにあたって、とにかく違和感を持たせないということを、
第一に考えながらここまで積み重ねて来ました。
本編純正モードの彼ならば、こんなことは恐らく出来ないし、言えないと思うので。
しかし、この状態で年明けとはまた難儀な……。