ありふれた錬成師と空の少女で世界最強【完結】   作:傘ンドラ

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長くなってしまいました
2話に分けようかなと思ったのですが、さっさと落とすこと優先

それからお気に入り100突破!ありがとうございます。


宴の開宴

「あくまでも実地訓練と、メルドさんたちはおっしゃってましたが」

 

心細げにカリオストロに話しかける愛子、

その表情は憂鬱の一言だ、ハジメたちが王都を発って数日が経過している。

 

光輝にちゃんといい子にしてるんだよなどと、

強引に愛子に預けられてしまって以降。

仕方ない、少々窮屈な思いをしなけりゃなと覚悟していた、

カリオストロであったが。

 

光輝の足音が部屋から遠のくと。

 

「大丈夫ですよ、どうか自然になさって下さい」

 

そう愛子に切り出され、カリオストロは小首を傾げる。

ここ数日はちゃんとおとなしくカワイイ女の子を演じきれていた筈だ。

 

「なんでバレた?、おめぇの前では可愛くやれてた筈なんだがな」

 

どっかと地のままにクッションに座るカリオストロ。

 

「あなたが普段見せるカワイイ女の子像と時折見せる気配りや

洞察があまりに乖離しているように思えたんです」

「ですから失礼は承知でそれに注目して観察させて貰ってました」

「まぁ…これは趣味みてぇなもんだからな」

 

それに本当に可愛い女の子は自分で可愛いって言わないものですよ。

と、微笑む愛子。

 

「ひよっこ教師と思ってたが、ちゃんと見てるじゃねえか…ククク」

 

「でもそのクククは止めたほうがいいとは思いますけどね、地でも

天之河君にはちゃんと言っておきますよ、カリオストロちゃんはいい子だって

だからまた南雲君たちをお願いしますね」

 

無闇に豪華な天井を眺めながら、

そう言ってペコリと頭を下げる愛子の姿を思い出すカリオストロ。

 

ここ数日共に過ごしてみたが、確かに頼りなさも目立つ、

しかしそれを自覚しつつも、それでも教師としてこの状況でも

自分のすべきことを必死になって探し続けている。

その足掻きはカリオストロにとっては好ましく映った。

 

何よりどれほど至れり尽くせりの厚遇であっても、

自分たちが互いに人質であり、

この地は仮想敵国なのだという認識をしっかり持っているようだ。

 

「心配ねえよ、まぁ、あのメルドがついてるんだ、

何かあっても大事には至らんだろうぜ」

 

カリオストロの目にもメルドは好人物に映った、兄貴分としては申し分ない。

だが、軍人・上官としては少々厳しさが足りない気もする。

一応は国賓待遇の勇者たちに遠慮なく叱責しろというのも立場上難しいとは思うが。

 

それからまた他愛無い雑談をしながら過ごしていると、

外から大量の人物の気配、そして軍靴や鎧の音がする、ご帰還か。

と、カリオストロは窓から外に目をやるが…その表情が曇る。

様子が変だ…空気が沈んでいる。

 

(おい…なんであの二人が…バカ弟子どもがいねぇ!)

その上最後尾に担架に乗せられ包帯でグルグル巻きにされた

無残な怪我人がいるのが気になる。

 

と、カリオストロが眉を顰めると同時に、扉をドンドンと叩く音。

メイドの制止する声も聞こえてくる。

 

「あい…」

「開いてるぞ!入れ!」

 

愛子の声を掻き消すのように大声で応じるカリオストロ。

 

「聞いてくれ!…南雲が…蒼野が」

 

と部屋に駆け込むや否や、うううと…へたり込む遠藤。

 

「コースケ!落ちつけ、何があった!」

 

だが遠藤はうううと嗚咽を漏らすのみだ、ずっと我慢していたのだろう。

気持ちは分かるが…と思いつつも業を煮やしたカリオストロは、

花瓶の水を頭から遠藤にぶちまける。

 

はっ!とした風に周囲を見渡す遠藤、どうやら落ち着きを取り戻したようだ。

 

「話せ!最初から」

 

それでもやはり俯き加減でポツリポツリとしか話せないようだ。

 

「オルクスって屋台とか出ててさ…」

「そこはいい、飛ばせ」

 

遠藤の頭をはたくカリオストロ

 

「受付のお姉さんの…」

「それもいい、飛ばせ」

 

また頭をはたくカリオストロ

止めなきゃいけないと思いつつも、テープレコーダーみたいだなとも愛子は思った。

 

たどたどしく遠藤はようやく本題を…迷宮での様子を語っていく

ハジメが地割れで魔物を封じ込めたりといった感じで

確実にスコアを上げてメルドらに感心されてたこと。

光輝がいきなり大技を使って壁を壊して叱責されたこと。

 

「で、その向こうに緑色の石があって…それを檜山が…触ったら」

 

 

 

「団長!トラップです!」

 

その叫びと同時に鉱石を中心に魔法陣が広がる。

輝きに魅せられて不用意に触れた者へのトラップだ。

眩い光が。ハジメたちの視界を白一色に染めたかと思うと。

同時に一瞬の浮遊感の後、全身を包む空気が変わったなと思う間もなく、

スンという音と共に、ハジメは地面に叩きつけられた。

 

頭を打たなくってよかったなと思いつつも、尻をさすりながらハジメは周囲を見渡す。

クラスメイトのほとんどはハジメと同じように尻餅をついていたが、

メルド団長や騎士団員たち、さらに光輝やジータなど一部の前衛職の生徒は、

既に立ち上がって周囲の警戒をしている。

 

どうやら、先の魔法陣は。

 

「転移?」

 

キョロキョロと周囲を見回すハジメ

彼らが転移した場所は、巨大な石造りの橋の上、距離は────ざっと百メートルくらいか。

天井も高く二十メートルはある。

橋の下を覗き込むと、そこには全く何も見えない深淵の如き闇が広がっていた。

まさに落ちれば────

 

「奈落」

 

声に出してゾッと背筋を震わすハジメ。

 

橋の横幅は十メートルくらいありそうだが、

手すりも縁石すらなく、足を滑らせれば────

 

イヤなことばかり考えてしまう自分を呪うハジメ。

ともかく彼らはその巨大な橋の中間にいた、両サイドにはそれぞれ、

奥へと続く通路と上階への階段が見える。

 

それを確認したメルドが手早く指示を飛ばす。

 

「お前達、ボヤボヤするな!直ぐに立ち上がってあの階段の場所まで行け。急げ!」

 

これまでの楽勝モードを掻き消すかのような号令に、わたわたと動き出すひよっこ共。

だがしかし、そうは易々と迷宮の罠が突破できるはずもない、

その証拠とばかりに、階段側の入口に魔法陣が現れ、そこから大量の魔物が湧き出し始め。

彼らの撤退を阻んでいく。

 

そればかりか更に通路側にも魔法陣は出現し、そちらからは一体の巨大な魔物が……

 

いち早くその姿を捉えたハジメは妙な感想を持った。

なんかアレ図鑑で見たことあるな、あああれトリケラトプスみたいだと。

メルド団長の呻く様な呟きがやけに明瞭に響いた。

 

――まさか……ベヒモス……なのか……

 

へーあの恐竜はベヒモスっていうんだあと、他人事のようにハジメは思った。

 

 

橋の両サイドに現れた赤黒い光を放つ魔法陣。

 

まずは階段側の方からは、骨格だけの体に剣を携えた魔物、空洞の眼窩からは赤黒い光を輝かせた、

いわゆるスケルトン────この世界ではトラウムソルジャーと呼ぶらしい。

が、溢れるように出現した。

 

すでにその数は百体近くに達し…さらに増え続けているか?

 

しかし、何百体いようが所詮は雑魚、

訓練場での騎士たちの動き(手心あり)の方が遙かに鋭い、

むしろ…ジータは反対の通路側の方をチラと見る。

 

反対の通後側の魔法陣は直径十メートルはあるだろうか?

 

そこから姿を現したのは、やはりスケルトン同様瞳を赤黒く輝かせ、

なおかつ鋭い爪と牙を打ち鳴らしながら、頭部の兜から生えた角から炎を放っている

恐竜のような四つん這いの巨大な魔物だった。

 

ベヒモス、というメルドの呟きはジータの耳にも入っていた。

 

 

(後の祭りだけど、ここまでお前は…)

 

 

ジータはここ数日の出来事を思い起こしていた。

 

「檜山くんたちは重傷よ、手は出さないで!」

「大丈夫、手は出さないよ♪足でやるから!どいて」

 

あの日────ズタボロの檜山らの姿を見て多少は留飲は下がったが、

勿論ガマンなど出来よう筈も無い。

ジータは病室に殴り、いや蹴り込もうとしたのだが、

 

「香織だってガマンしてるんだからっ、お願い!」

 

と、必死で制止する雫に免じて結局自重したのだった。

 

 

やはりあの時…奴らの足腰が立たない内に始末をつけて置くべきだった。

いや、檜山だけのせいじゃない、これは…と思い直すジータ。

要は順調すぎて緩んでいただけだ、全員が…。

魔物が落とす魔石がガチャのリソースになることがわかり、

ジータ自身も手ごたえを感じていたし、

 

何よりハジメが皆に認められつつある空気が心地よかった。

きっとハジメ本人も得る所が大いにあったのだろう。

その高揚する感覚がジータの胸にしっかりと届いていたのだから。

 

(この身体のこと…カリオストロさんに聞けなかったな)

 

 

 

ベヒモスの咆哮が響く。

 

「アラン! 生徒達を率いてトラウムソルジャーを突破しろ! 

カイル、イヴァン、ベイル! 全力で障壁を張れ!」

 

メルドの叫びが聞こえる。すぐ近くの筈なのにどこか遠くに聞こえる。

 

 

 

今回の最終目的地である二十階層へと向かう途中の事もジータは思いだす。

 

「大切なのは発想と精度か、いや恐れ入った」

 

ハジメの意外な活躍に目を細めるメルド。

 

「団長さん、ありがとうございます」

 

ペコリと頭を下げるジータ。

 

「彼の価値を分かって頂けたみたいで」

「いや、全てはあの時の…君の勇気ある行動あってのことだ」

 

ジータの肩にポンと手をやるメルド。

 

「彼には今後正式にその発想と精度を生産や開発に

遺憾なく発揮して貰うとしよう、あの天才少女殿と共にな」

「はい!」

「それからもう団長なんて他人行儀な呼び方は止せ、メルドでいい」

「光栄です!それなら私もジータと呼んでください」

 

笑顔で頷くジータ。

その輝きはメルドといえど思わず頬を染めるほどだ。

ジータの背後でカチャリと鎧の鳴る音が背後で響いたが、別段気にもならなかった。

 

「…兄妹揃って」

 

鎧の人物が無意識に放ったこの呟きも。

 

で、さらに会話は続く。

 

「お前さんも畏まった言い方は止めて貰いたいな、特に『彼』はないぞ ジータのXXなんだろ」

 

メルドの言葉に一瞬赤面し固まるジータ、その瞬間、ぶわと肌が総毛だつ。

流石にこの気配には気が付いた。

 

「え?え?」

 

キョロキョロと周囲を見回すジータ、案の定、香織が物凄い目でこっちを睨んでいる

 

(なんか般若みたいなの香織ちゃん纏ってるぅ~)

 

必死のパッチでジータは香織にアイコンタクトを送る。

 

(だ…大丈夫、裏切ったりしない、しないから)

(ホントねホントね、ジータちゃん)

 

香織から般若の気配が消えていくのを確認して一息つく。

 

(香織ちゃん…ヤンデレの気があるよね…)

 

 

 

「おい!」

「へ?」

「おい!なにボサッとしてる!」

 

メルドに肩を揺さぶられ正気に戻るジータ。

 

 

「ハジメちゃ…」

 

いた、さっきとそんなに位置は変わらず、

混乱を避けるように慎重に階段へと向かっている。

どうやら"飛んで"いたのはほんの少しだけだったようだ。

 

「色々報告は受けてたが、やっぱりたいしたタマだよ」

 

そういえば何か戦いの経験があるのかと訓練中に聞かれたことがある。

 

(そりゃ勿論ないけど、でも)

(経験以前に、私、ゲームの世界の女の子だしね。こういうのに、

耐性があるのかな?)

 

「ヤツを食い止めるぞ!ジータを残して、光輝、お前達は早く階段へ向かえ!」

「待って下さい、メルドさん! 何故ジータだけなんですか!

俺達もやります!あの恐竜みたいなヤツが一番ヤバイでしょう! 俺達も……」

「馬鹿野郎! あれが本当にベヒモスなら、今のお前達では無理だ! 

ヤツは六十五階層の魔物、かつて、"最強"と言わしめた冒険者をして

歯が立たなかった化け物だ! さっさと行け! 私はお前達を死なせるわけにはいかないんだ!」

 

メルドの鬼気迫る表情に一瞬怯むも、「見捨ててなど行けない!」と踏み止まる光輝。

正義感が暴走しているのだ。

 

「だから何故俺じゃ…」

「ジータは守りに適している、攻めしか出来ない今のお前とは違って!」

 

どうにか撤退させようと、再度メルドが光輝に話そうとした瞬間、

ベヒモスが咆哮を上げながら突進してきた。このままでは、

撤退中の生徒達を全員轢殺してしまうだろう。

 

そうはさせるかと、ハイリヒ王国最高戦力が全力の多重障壁を張る。

 

「「「全ての敵意と悪意を拒絶する、神の子らに絶対の守りを、

ここは聖域なりて、神敵を通さず――〝聖絶〟!!」」」

 

二メートル四方の最高級の紙に描かれた魔法陣と四節からなる詠唱、

さらに三人同時発動。一回こっきり一分だけの防御であるが、

何物にも破らせない絶対の守りが顕現する。

純白に輝く半球状の障壁がベヒモスの突進を防ぐ、が…だが止まらない。

 

ベヒモスは障壁に向かって突進を繰り返す、何度も何度も。

障壁に衝突する度に壮絶な衝撃波が周囲に撒き散らされ、

石造りの橋が悲鳴を上げる。

障壁も既に全体に亀裂が入っており砕けるのは時間の問題だ。

既にメルド団長も障壁の展開に加わっているが焼け石に水だった。

 

「頼むぞジータ!お前さんの力を貸してくれ!」

「ファランクス!」

 

ジータの叫びに呼応し、その背中に背負った盾が宙に舞い、幾多にも分裂し

障壁を、いやそれのみならず橋を、生徒たちをも保護して行く。 

 

だが混乱は収まる気配を見せない、前門には先のラットマンやロックマウントとは

一線を隔する強さを持つ骸骨兵士が、さらに後ろからは恐竜モドキが突進してくるのである。

これでひよっこ共に統制ある動きを望むのは無理があろうというもの。

誰も彼もが隊列など、いや仲間でさえも無視して、

我先にと階段を目指してがむしゃらに進んでいくのみだ。

騎士団員の一人、アランが必死にパニックを抑えようとするが、

目前に迫る恐怖により耳を傾ける者はいない。

 

(優花ちゃん、危ない!)

 

その内、一人の女子生徒────園部優花が後ろから突き飛ばされ転倒してしまった。

「うっ」と呻きながら顔を上げると、

眼前で一体のトラウムソルジャーが剣を振りかぶっていた。

 

「あ」

 

そんな一言と同時に優花の頭部目掛けて剣が振り下ろされる。

が、ジータの放った盾の効果で剣の軌道が逸れ、優花の鎧を叩くに終わり、

さらにその時、骸骨の足元が突然隆起し、バランスを崩したトラウムソルジャーは、

まるで滑り台のように数体纏まって奈落の底へと落ちて行く。

 

橋の縁から二メートルほど手前には、座り込みながら荒い息を吐くハジメの姿があった。

ハジメは連続で地面を錬成し、滑り台の要領で魔物達を橋の外へ滑らせて落としたのである。

カリオストロの特訓の効果もあり、ハジメは連続で錬成が出来るようになっていた。

錬成範囲も当初よりかなり広がっている。

 

もっとも、錬成は触れた場所から一定範囲にしか効果が発揮されないので、

トラウムソルジャーの剣の間合いで地面にしゃがまなければならないのだが、

ハジメの心にはまだ余裕があった。

 

(怖い…けどカリオストロさんの方がずっと怖いや)

 

「早く前へ、大丈夫、冷静になればあんな骨どうってことないよ。

うちのクラスは僕を除いて全員チートなんだから!」

 

優花を起き上がらせその背中をバシッと叩くハジメ。

 

「遠藤くん、早く園部さんを!」

 

先頭近くにいたにも拘わらず、何故か人込みをすり抜けるようにして、

最後尾まで戻ってきていた遠藤に優花を託す。

彼も何だかんだでカリオストロの薫陶を受けた身である、ハジメ同様余裕がある。

 

「南雲!お前はどうするんだよ!」

「もう少し粘るよ!早く逃げて!」

 

俺も…と言いかけたが自分がいると却って邪魔なのかもしれない。

 

「死ぬなよ!」

 

それだけを叫ぶと優花の手を引き階段へと走る遠藤、

遠藤に手を引かれる優花からの「ありがとう!」の声が聞こえる。

その後ろ姿を見送りながらハジメは自ら殿を務めるかのごとく

周囲のトラウムソルジャーの足元を崩して固定し、足止めをしていく。

 

(ハジメちゃん…助けに行きたいけど、頑張って!)

 

メルドの傍らでハジメの様子をチラチラと確認するジータ、

今すぐ駆け寄っていきたいが、こちらも一杯一杯だ。

だが心配はいらないのかもしれない。

ハジメの精神から恐怖よりもむしろ緊張感や充実感が伝わってくる。

 

(だよね!ハジメちゃんは)

 

自分の出来る仕事を、務めを果たしているだけだ。

だったら自分は自分の出来ること、やらねばならぬことに集中せねば。

……コイツとは違って。

 

「光輝、早く撤退しろ! ジータを残してお前達も早く行け!」

「嫌です! メルドさん達を置いていくわけには行きません! 

絶対、皆で生き残るんです!」

 

そんな教科書通りの美しく、現実味のない言葉をのたまう光輝の声。

ド派手なことが起きたので明らかに正義感が暴走している。

「いい加減にしてよ!光輝、迷惑かけてるの分からないの!」

 

必死で光輝の腕を引き、撤退を促す雫、わたわたとそれを見ているだけの香織。

この狭い場所であのベヒモスの巨体を回避することは不可能に近い

だから結界を張りながらラインを押し下げてゆるゆると撤退するのがセオリーなのだろう。

その為に結界の強度を補助出来るジータを残し下がるようにと

メルドは再三説明しているのだ、しかし

 

「俺は卑怯者にはなりたくない!」

 

この期に及んでまだ言うかと、傍らのジータは心底光輝を軽蔑する。

そう、正義感だけではない、光輝のその心の奥底には対抗意識がある。

自分を決して認めない守らせてくれない少女と、そしてどうしても届かなかった彼女の兄への。

 

「へっ、光輝の無茶は今に始まったことじゃねぇだろ? 付き合うぜ、光輝!」

「龍太郎……ありがとな」

「状況に酔ってんじゃないわよ! この馬鹿ども!」

「雫ちゃん……」

「それにこの五人が揃ったんだ!

 

周囲を、そしてジータを見て微笑む龍太郎。

 

「もう何も怖くねぇぜ!」

 

自信に歓喜に満ちた龍太郎の声だったがジータにはまるで響かない。

自分の想いを仲間意識に転嫁するなとさえ思う。

ジータは龍太郎が自分に淡い想いを抱いているであろうことは知っていた。

だが、友を支えてるつもりでその実、支えられているそんな男など彼女の眼中にはなかった。

 

それは雫や香織にも言える。

結局彼らは天之河光輝という存在から精神的支柱から脱却出来てないのだ。

だから…。

 

(コイツに頼らないと…いけないとはね)

 

「いい加減にしてっ!雫ちゃんの言う通り早く下がってよ!」

「だから俺がっ!俺たちがベヒモスを倒すんだ!ジータはそうじゃないのか! 

まさか君はメルドさんを犠牲にしてまで生き残りたいと…そうかやはり…」

 

ジータ!君はあの男の…

と続ける筈だったが、ぱちんという音と頬の痛みで遮られる。

 

ジータが光輝の頬を張ったのだ、その目に涙を浮かべて。

驚愕の表情を浮かべる雫ら三人。

 

「私のことなんてどうでもいいでしょ!なんで自分のやるべきことをやらないの!

ハジメちゃんを見なさいよ!恥ずかしくないの!」

 

示した手の先には骸骨を食い止めるべく孤軍奮闘しているハジメの姿。

 

「だから俺はっ…」

「天之河くんのやることはあのデカブツを倒すことじゃない!皆を無事に逃がす!

そうじゃないの!」

 

「悔しいけど…アンタはこのクラスのリーダーよ…

みんながパニックになってるから」

 

その視線の先には訓練のことなど忘れ右往左往し

てんでバラバラの戦いを繰り広げるクラスメイトたちの姿。

 

「一撃で切り抜ける力が、皆の恐怖を吹き飛ばす力が!輝きが必要なの! 

それが出来るのは天之河くんだけでしょ、違うの!」

「――俺は」

 

光輝が何かを言おうとした瞬間、メルドの悲鳴と同時に

遂に障壁が砕け散った。

暴風のように荒れ狂う衝撃波がメルドらを襲う。

 

「ファランクス!」

 

ジータは叫ぶ、だが減衰は出来ても遮断は出来ない。

そして荒れ狂う衝撃がジータの身体を飲み込んでいった。

 

 

「う…ん…え!」

 

意識が戻ったジータが目にしたのは、

ただ一人橋の上に残りベヒモスを相手取るハジメの姿だった。

 

(なんで…なんでハジメちゃんが)

 

「どーして一人で戦ってるんですか!どういうことですかっ!」

傍らのメルドへと叫ぶジータ。

「ッ…最初から生贄にでもするつもりだったの!うまい事言って!」

「こういう事態を招いてしまったのは俺の責任だ…」

 

心から"すまない"という表情でメルドは頭を下げる。

傍らには大技を使ったのか、のびてる光輝とそれを治療する香織の姿。

 

「だがこれは坊主の…ハジメの提案だ」

 

錬成をもってベヒモスを封じ足止めをする、その間にソルジャーどもを突破し

安全地帯を作ったら魔法で一斉攻撃する作戦をメルドは説明する。

 

「もちろん坊主がある程度離脱してからだ!

 魔法で足止めしている間にハジメが帰還したら、上階に撤退だ!」

 

「なら私もっ!」

「ダメだ、そんなことをして坊主が喜ぶと思うか!」

 

ハジメの側へと駆け出そうとするジータをメルドが制止する。

ここでまたハジメの精神がジータの胸を打つ…それは

 

(そっか、そうなんだよね)

 

ジータの中に流れ込むハジメの感情、

それはやはり恐怖以上の充足感。

それはきっと誰かを"守る""守れている"という…。

 

橋の上には未だに数百体の骸骨どもが蠢いている。

騎士団員たちのフォローと優花と遠藤の呼びかけで

ギリギリ連携らしきものは取れているが

限界が近いように思える。

 

「動けるか?安全地帯を早く作らんとな、もう一踏ん張りしてくれよ」

「はい!」

 

 

 

 

「――天翔閃!」

回復した光輝の活躍もあり純白の斬撃が骸骨どもを切り裂いていく。

ようやく階段が…希望が見えた。

光輝が、雫が、龍太郎が、香織が、遠藤が、優花が、そしてジータも

一丸となって骸骨どもを蹴散らしていく、

そしてついに彼らは階段前を確保したのだった。

 

あとは…。

 

あの坊主を援護しろ!とメルドに言われるまでもなく

彼らはすでに援護射撃の準備を整えていた。

 

ジータもまたメルドのハジメへの援護の命令を聞くまでもなく、

すでにハジメへと駆け出していた。

 

(もう大丈夫だよ、それにね)

 

「南雲ってやるじゃねーか」

「すげえよな、見直したぜ」

 

クラスメイトたちのそんな声を思い起こしながらジータはハジメの元へと走る。

その後ろにさらに香織も続いていく、

 

((うん、凄い、ホントに凄いよ!))

 

だが彼らはまだ知らなかった、クラスメイトの中に

一人邪な意思を偲ばせている者がいることを

 

その邪悪なる者、檜山大介は憎しみを込めた目でハジメの奮闘を見やっていた。

先日の件以来、周囲の自分への目があきらかにこれまでと変わりつつあることを

彼は肌で感じていた。

昨夜…ハジメへの襲撃を仲間たちに拒絶されたのがその証拠だ。

 

そして…その直後、今まで見たことも、

誰にも見せたことのないであろう輝きに満ちた笑顔で

ハジメの部屋から出て来る香織を…大胆極まりないネグリジェ姿で出て来る姿を目撃した瞬間

檜山は何が起こったのを理解、いや誤解し。

 

一瞬すべてが白くなったかのような衝撃と全身の血液が沸騰するほどの憎悪にその身を焦がした。

 

(どうしてテメェなんだ!いつもいつも)

 

檜山は香織に好意を抱いている、ハジメを普段からいたぶるのもそれ故だ。

 

(オタクで不真面目で無能なアイツでいいなら…俺でもいいじゃねぇか!)

 

だから彼は自分でもやれるところを見せたかった。

あの緑色の、グランツ鉱石だったか?を採りにいったのもそのためだ。

 

だって…きれいと呟いた香織のその横顔があまりに美しくて、だからその顔を

自分の物にしたかったのだから。

 

その結果がこれだ…クラスメイトを危険に晒した挙句。

 

(あの無能を活躍させちまった!)

 

ハジメを救うため無数の攻撃魔法が流星の様に飛び交う、その様を何もせずに

(誰がアイツのために!)眺めていた檜山だが。

 

不意に悪魔の考えが頭に閃く。

 

(今なら…バレずに)

 

今度はそれと同時にあの忌々しいガキの…カリオストロの笑顔が檜山の頭を過ぎる。

 

(あのガキィ…)

 

あの笑顔を思い起こすたびに怒りがまた血液を巡る。

お前には何も出来ないだろうという…あの蔑みに満ちた顔を。

カリオストロは失敗していた、思考が愛弟子の恨みを晴らす方向に行き過ぎ

檜山に恐怖より苦しみを、痛みを与えることを優先しすぎたのである。

ともかく今の檜山の頭の中はカリオストロへの恐怖より憎悪の方が勝っていた。

 

ああ…やってやる、やってやるさ…。

 

(テメェの大切な弟子をブチ殺してやるぜ)

 

今ここでやらねば自分は一生あの無能の後姿を拝みながら、

過ごすことになるだろう。

さらにその無能の両の手には…。

ハジメへと駆けるジータと香織の姿をその目に捉える檜山。

 

――その無能の両の手には――二輪の美しき華がある。

 

(香織も蒼野も栄光もお前には何もやらねぇ!無能のままで死ねや!

喰われる側に回ったとしても、お前を喰うのは俺なんだよ!)

 

彼はまだこの時点では知らなかった、喰われる側の恐怖を

 

 

 

 

極彩色の流星のごとき魔法の雨の中をひたすら駆けるハジメ。

ただでさえ乏しい魔力はもうスッカラカンだ。

チラりと背後を振り返るハジメ、すでにベヒモスとの距離は数十メートルは離れている。

そしてハジメが見据える先には彼を出迎えるべくこちらに駆けるジータと香織の姿があった。

しかし。

 

「!」

 

ハジメを援護しているはずの魔法の一つ、赤い輝きを放つ火球がおかしな方向に曲がり

ハジメの方へと向かっていく。

その軌道は明らかに誘導された物の様にハジメは思えた。

 

(避けられない!)

 

だが、火球がハジメに着弾する瞬間。

 

「え」

 

瞬間移動してきたかのように、いやまさに瞬間移動でジータがハジメに覆い被さる。

 

 

『かばう』

 

 

シンプルなスキルだが文字通り自らを盾とし"攻撃"を受けた対象のダメージを

完全に防ぐことが出来る。

ただし…ファランクスと違い対象は単独でなければならず。

またその有効範囲も狭い。

なおかつそのダメージは…全て自分が負うこととなる。

 

ハジメのさらに後方へ吹き飛ばされ、石畳に思いっきり叩き付けられるジータ。

急所は避けたものの、着弾の衝撃は相当なものだ。

起き上がれない…這いずる様に上半身だけを起こし前方を睨みつける。

その視線の先は。

 

「檜山ぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

先ほどの一撃、ハジメの盾になった際に彼女ははっきりと

檜山の醜い笑顔を視界に捉えていた。

その叫びに、例え届いてなくとも、その修羅の形相に気圧されたか、

第二撃を放とうとしていた檜山は、慌ててその詠唱を中止する。

 

「南雲くん!ジータちゃん!」

「ジータちゃん!」

「早く…行って!ハジメちゃん!香織ちゃん!」

 

吹き飛ばされたジータへと駆け寄るハジメ、そして香織。

それを制するジータ。

 

その時…ズン!と一際大きな振動と衝撃、ついに橋が崩壊を始めた。

度重なる強大な攻撃にさらされ続けた石造りの橋は、遂に耐久限度を超えたのだ。

 

「グウァアアア!?」

 悲鳴を上げながら崩壊し傾く石畳を爪で必死に引っ掻くベヒモス。

しかし、引っ掛けた場所すら崩壊し、抵抗も虚しく奈落へと消えていった。

ベヒモスの断末魔が木霊する。

 

「ハジメちゃ…」

 

石畳に広がる亀裂、橋が彼らを分かつようにVの字に折れ曲がって崩壊し、

宙に投げ出されるハジメ、ジータは渾身の力でハジメへと跳躍しその身体を強く抱きしめる。

彼らの足元には暗闇しか無かった。

 

どうしてとハジメの口が動く、ずっと一緒だよと応じるジータ。

 

ハジメを強く深く抱きしめ、ジータはハジメと共に奈落の闇へと落ちていった。

限りない至福感を抱いて。

橋上に取り残された香織の絶叫が耳に届く、これって抜け駆けになるのかな?

もしそうでも別にいいやと薄れゆく意識の中で思った。

 




いよいよ奈落へ、気張れよハジメ

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