大観衆が見守る中、互いの秘術・秘技を惜しみなく披露していく、ハジメと光輝。
二丁拳銃で攻めに攻めるハジメ、そしてそれをも凌ぎ切り、反撃の白刃を閃かせる光輝、
そんな二人の一挙手、一投足に人々は大いに歓声を上げる。
しかしそんな喧騒に背を向ける少年、永山重吾は一人寂しげに所在無げな姿を見せていた。
その手にはやはり愛した少女の形見である、ヘッドドレスが握られている。
「……いい気なものだな」
恨むことは筋違い、そうは思っていても一人になるとどうしても、
そんな負の感情が溢れ出て止まらない。
光輝はこの世界を救うために神に立ち向かうと言った、
ハジメは皆を日本へと無事に帰してやると言った、しかし……。
今の彼にとっては、その言葉はどれも心に響く物ではなかった。
「なぁ……見ないのか?」
「とてもそんな気には、なれなくってな」
背中に掛けられた親友の声に、振り向くことなく永山は応じる。
一人になると嫌な事ばかり考えてしまうが、かといって大勢もまた辛かった。
下手に構われて腫れ物に触るような扱いもだが……
振り返ると遠目にハジメと光輝に声援を送るクラスメイトらの姿が入り、
その笑顔と、自分の境遇を鑑みてしまうと、誰彼構わず恨んでしまいそうな、
そんな激情をいつか抑えられなくなってしまうのでは……、
との思いが湧き出して止まらなくなり、結果、彼は本来従事せねばならぬ
復興作業についても、何処か上の空の日々を過ごしていた。
「……」
そんな虚ろな表情を隠さない親友の顔を一瞥する遠藤。
やはり、秘密は秘密のままで留め於いて、自分の胸の中にしまっておく方がいいのでは?
そんな思いが一瞬胸に過るが……。
だが、これは言わねばならない、今は悲しみに立ち止まる暇は無いのだ。
遠藤は頭を振り、ごくりと唾を飲み込み、巨漢と言ってもいい永山の体躯と、
そしてその拳を交互に視界に入れながら心の中で独り言ちる。
(殴られたら、絶対痛いよな)
「やっぱハズレ引いちゃったなぁ、どうせならコウキの担当が良かったのに」
「!」
失った想い人の口調や声色までも真似した遠藤の声に絶句する永山、
歪んでいく親友のその表情を認めつつ、遠藤はさらに続けていく。
「こんな安物のハデハデしいブローチなんか恥ずかしくて付けられないっての、
国から金貰ってんだからもっといいものくれりゃいいのに」
永山の顔が驚愕に大きく歪む。
あの子にブローチを贈ったことは秘密だった筈だ、なのにどうして知っている!
(すまない……)
遠藤は息を呑み込み、地雷を踏む決意を固め、核心へと踏み込む、
親友が勇気を振り絞って伝えた告白の言葉と、
そしてその告白を、裏で自身の主に伝え、共にせせら笑ったメイドのセリフをも、
彼は一字一句正確に、永山へと伝えたのだった。
「これが……真実だ」
「どうして……お前が、そのことを」
永山の顔が、羞恥とそして何よりも憤怒で赤くなっていく。
その姿が、それらがすべて実際の行為であったことを物語っていた。
「お前は……いつも、そんなことをしていたのか」
永山の問いに、沈黙で応じる遠藤。
そしてその瞬間、彼は自分の視界が反転するのを感じていた、
一本背負いを掛けられたのだ。
辛うじて受け身こそ取れたものの、背中から床に叩きつけられ、
肺の中の空気が一気に抜けていく感覚を覚える遠藤、
さらに永山はそんな彼の身体に馬乗りになり、その激情のまま力任せの殴打を加えていく。
「ああああっ、謝れっ!謝れっ!謝れよぉ!」
「目を醒ましてくれっ!重吾っ」
自身の身体に雨あられと降り注ぐ拳を一切防ぐことなく、遠藤はひたすら友へと訴える。
「あの子はスパイだったんだ!だから……例えば天之河が魔人族に情けをかけたこととかも
とっくにイシュタルたちにはバレていたんだ!」
「言うなぁ!それ以上言うなあ!」
自らのその叫びが答えだった、永山は理解していた、
遠藤の……親友の言葉が正しいということを、自分は愛した少女に利用され、
騙されていたということを。
だがそれでも憤怒の手は止まらない。
ひとしきり殴ると、今度は丸太の様な腕が遠藤の首に絡みつき、
そのまま絞め技へと移行していく、いや、締めなど生易しい、
首の骨をへし折らんとばかりに。
「何だよっ!何なんだよ!どうして抵抗しないんだよ!」
怒りの叫びは涙声へとすでに変わっていた。
「出来るかよ……」
苦しい息の中で遠藤は絶え絶えの、それでもはっきりとした声で、
親友へと答える。
「お前の方がきっとずっと辛いんだからな……だよな、騙されていたからって
お前の愛が、想いが間違っていたわけじゃない」
それでもあえて真実を遠藤は突き付けた、もちろんこんな状況だ、
単純な友情のみで動いたわけでは決してない、
それでもやはり悲しみに沈み、見当違いの恨みを燻らせる親友の姿を、
見るに絶えなかったという理由の方が大きい。
(悲しみに埋没するよりは、心を怒りで燃やした方が……きっと)
そして遠藤の、親友のその思いは確かに永山へと伝わっていた。
こんな思いをしてまで、きっとこうなると恨まれることを覚悟の上で、
教えてくれたのだ、という……。
いつしか永山の腕から力が抜け、そして静かな嗚咽の声が路地裏から響くのであった。
「お前に殴りかかったのは謝る、この通りだ」
泣いてようやく落ち着いたか、率直に永山は遠藤へと頭を下げる。
「……でもな、正直今でも納得できない」
「無理もないさ」
その手に少女を抱いた感覚が未だに忘れられないのか、遠い目で掌を眺める永山。
遠藤は思わずにはいられない、きっとあんなことにならなかったら、
例え騙されていたとしても、もう少し甘い夢を見させてやることが出来たのではないかと。
「……俺は、これからどうしたらいい」
「何もしないでくれ……」
遠藤の意外な言葉に、首を傾げる永山。
「誰よりも辛い目にあった筈のお前が、大切を奪われたお前が自重してくれれば、
きっと皆も大人しく引き下がってくれる」
「俺は……この世界が、こんな世界を作った神が許せない、
もちろんあの子が死んだ原因になった中村のことも」
だから、ハジメのことも最初は恨んだが、もしも神と戦うというのなら、
喜んで力を貸したい思いが今では強い。
「それでも頼む……我慢してくれ、神への恨みは南雲や天之河に託してくれ、
もう嫌なんだっ!生き残りたい、欲しい物を手に入れたい、
そんな我が身可愛さで裏切る奴が出て来るのは!」
それは情報収集という名の元に、
闇を覗かざるを得なかった男の心からの叫びだった。
「俺は抑え役になればって……ことか」
永山の言葉に、遠藤は静かに頷く。
「みんなで帰りたいんだ、そのために俺たちがやらないといけないことは
南雲や天之河が後ろを気にせずに戦えるようにすることなんじゃないのか」
そこで体勢をぐらつかせる遠藤、気が済むまではと思っていたが、流石に貰い過ぎた、
暫くは寝込むことになりそう……そんな彼の身体を永山は慌てて支えてやる。
(こうまでして……俺の為に)
「すまない……俺は勘違いをしていた、一番悲しいのは自分なんだって思ってた」
「いいんだ、誰だって好きな子がああなったら……きっと」
傷の痛みを押して、永山の背中をポンポンと遠藤は叩いてやる。
「でも無茶し過ぎだぞ、一歩間違ったら……もっと上手いやり方があっただろう」
親友の口調が、冷静さよりもおっとりとした大人しさを思わせる、
いつもの物に変わりつつあるのを確かめ、何をいまさらと遠藤は笑う。
「こんなこと……誰にも相談できるわけないだろ」
そんな二人の耳に、最高潮となった観衆たちの声が届く、
いよいよ試合はクライマックスのようだ。
御前試合は白の勇者と黒の錬成師の秘術を、
(正確には綿密な予行練習を重ねたものではあったが)駆使した、
互いに一歩も引かぬ攻防に大いに湧きかえっていた。
「大成功ですな」
貴賓席にてメルドは傍らのリリアーナへと話しかける。
「ですが大切なのはこれからです、あくまでも私たちの狙いは」
「試合を通じての二人の和解、ですからな」
そんな会話を交わす二人だったが、急速に静まり返る観衆の様子を察すると、
その表情が見る間に引き締まっていく。
「いよいよ始まりますな」
先程とは打って変わって静寂に包まれたステージ、
五メートル程の間合いで、まるで彫像のように微動たりともしないハジメと光輝。
ここからが本当の勝負、クイックアンドドロウの一発勝負。
それが二人が取り決めた決闘の方法だった。
受ける者と挑む者、二人の視線が空中で交錯する。
間合いは互いに取ってイーブン、下手な剣士ならば、
その刃が届く前に眉間に風穴を開けられ、下手な銃士ならば、
引金を引く前にその首が宙に飛ぶ、そんな距離だ。
しかし二人の表情にはまったく硬さはない、
そう、これから行われることは、決闘であると同時に、
納得を与え、納得を得るための一種の確認作業でもあるのだから。
どこからともなく飛んできた一匹の小鳥が、二人の間の床をテケテケと動き回る。
二人の間には緊張はあれど、一切の殺気がない証だ。
そして小鳥が飛び立った瞬間、二人の右手が閃き。
光を纏った剣風を紙一重で避けた、ハジメの前髪が僅かに風に散り、
そして光輝の眉間にはドンナーの照準がピタリと合わさり、
ハジメの首筋には聖剣の刃がピタリと添えられていた。
恐らく勝負の綾を見切った者は、ほんの数人程度だったであろう。
しかし、この場に居合わせた殆どの者は理解した、
自分たちはとてつもなく凄い物を見ることが出来たのだと。
一瞬、時が止まったかのような雰囲気が周囲を支配した後、
噴火のような大歓声が沸き上がる、そんな声を背に、
ハジメと光輝は頷きあうと互いにコーナーへと下がる。
「いい勝負でした、よくぞここまでと言いたい、ですが光輝、君の負けです」
「分かってます」
まずはジャンヌへと笑顔で頷く光輝。
「でも、光輝が欲しかったのは勝ち負けでも決着でもないわよね」
雫の言葉にも光輝は笑顔で頷く。
「俺……わかったよ、雫」
何故結果を知っていながら、雫がグランに告白したのか、
どうしても理解出来なかった、あの冬空の下での、
涙と共に浮かべた爽やかな笑顔の意味を。
「負けることに意味なんてないと、今まで思ってた……」
「ん?」
「いや、何でもない」
そんな二人の様子を微笑ましく暫し見つめた後、
ジャンヌは光輝へと促すような声をかける。
「さぁ、前へ、観客は英雄たちを待ち望んでいます」
そして一方のコーナーではやはりハジメが笑顔でジータとユエに話しかけていた。
「清水に謝らないとな」
「世界最強は案外短い夢で終わるかもね」
今回はこちらの勝ちだった、だが……いずれは、
ハジメとジータにそう思わせるだけの何かを、確かに光輝は届かせていた。
「ま、こちとらありふれた職業だし、そういうのはもっともらしい肩書の奴に任せるわ」
「……んっ、でも大丈夫、ハジメはハジメの最強を、最高を目指せばいい」
ユエの手がハジメの掌を包み込む。
その手は戦いのためだけにあるのではないと、そう伝えんとするかのように。
そして観衆の声に応えるかのように、ジータはハジメの背中を押す。
「ホラ行きなさい、今から仲良くしとかないとね」
ステージの中央、ごく自然に握手を交わし合う二人に、万雷の拍手が鳴り響く。
「で……俺はこれからどうしたらいい?」
「どうもしないさ、好きにしてくれたらいい、俺たちに付いてくるもよし、
ここに残って復興のシンボルになるもよしだ、けど日本に帰る時だけは、
大人しく従ってくれたらいい」
「そうか……」
自分たちを囲む観衆たちの視線を感じつつも、
光輝は自身の後ろ髪を引かれるかの如き思いを飲み込む、これもまた現実なのだ、と。
しかし、そんな気分はハジメの次の一言でいとも簡単に吹き飛んでしまう。
「身の回りの整理は、帰って一週間あれば足りるか?」
何か考えがあるのだろうという事は察してはいた、だが……、
耳を疑いつつも、ハジメへと視線を向ける光輝、その言葉の意味するところは……。
「ま……まさか、戻るのか、またここへ」
「神と戦わないなんて、俺は一言も言ってないぜ」
リングサイドのジータがほらねと言わんばかりに笑顔を見せ、
やっぱり分かってなかったかと思いつつも、ハジメは話を続けていく。
「お前は一人で戦えばいいって思ってるんだろうが、
今のお前を放っとけるわけないだろう、俺たちだけじゃなく、皆も」
己が身を捨てた無法は、時として天に通ずる。
無謀ではあったが、それでも無私の覚悟で只一人、
命を賭して世界に、現実に立ち向かおうとする光輝の言葉は、
確かにクラスメイトたちの心を掴んでいたのだ、かつてのまやかしめいた物とは違った意味で。
ただし、それゆえに当の本人の意図とは真逆の効果をもたらしつつあったのは、
皮肉な話ではあるが。
「でもな、ここから先は戦いたい奴だけで、平和な日本での暮らしや、
待っててくれてた家族や友達を捨ててでも、この世界の為に命を投げ出せる奴じゃないと、
きっと耐えられない」
だから帰る、自分のためだけではなく、戦わぬ者、戦えぬ者のために、
そして戻る、真に戦える者の覚悟を備えた者たちだけで。
「……そうか」
視線を落とす光輝、やはり自分はまだまだ周りが見えてないようだ。
「それに帰ったきりだなんて半端な物作って、あの人が承知するはずないだろう」
ハジメの視線の先にはカリオストロが、自身に道を開いてくれた師の姿がある、
それだけではない、きっと家に帰りたいという気持ちだけでは、こうは思えなかっただろう。
今の南雲ハジメを突き動かしているものは、望郷の念だけではない。
自分の故郷の世界、地球の外に無限に広がる世界を巡りたい、
そしてそこに在る多くの知識を技術を真理を得たい、という、
望郷の念に等しき、練成に携わる者全てが抱く無限の探求心なのだから。
「あ……ありがとう」
「べ、別にお前のためじゃない……」
ハジメの目はリングサイドで手を振るユエたちへと注がれる、
そう、この世界は彼女たちの故郷、そして。
「お前に取って、ここは第二の故郷なんだな、きっと」
そして自分にとってもきっと……そんな光輝の言葉に頷くハジメ。
「お互いに怠け者とは言われたくないだろ」
「ああ」
頷きあう二人、もうこの世界は自分たちに取って縁も所縁もない世界ではないのだから。
「ま、帰ったら」
「五等分の花嫁の答え合わせもだな、俺は五だと思うんだが?」
「いや、三だろ、どう考えても」
「三?マンガに詳しい割には分かってないぞ、南雲」
やや脇道に逸れたような言い争いを始める二人、
その声はリングサイドのジータたちにも聞こえてくる。
「何話してるんだろ?二人とも」
「んっ、どうせくだらないこと」
「ですが二人はそんなくだらないことを言い合える仲になれた、
それはきっといい事ではありませんか?」
「……だよね」
本当にそう思う、そしてそのくだらない事こそが、
きっと彼らを人の領域に留めてくれる鍵の一つになってくれる、
そう願わずにはいられないジータだった。
そして本屋さんで結果を知って四かと……二人が思わず口にする、
そんな未来もまた在り得るのかもしれない。
と、ここでこの話を終えていれば、青春ええやないか的な友情譚として、
幕を閉じる事が出来たのかもしれない、しかし、この世界はそう甘くはないのである。
未だ御前試合の興奮冷めやらぬ、そんな夜、
リリアーナの命により王宮の一室に集められたのは、
ハジメ、ジータ、光輝、愛子、カリオストロの五人。
「お疲れの所、ご足労感謝します」
彼らを前にし、まずは頭を下げるリリアーナ、
こういう口調、態度の時の彼女は公務ということ、
自然、襟を正すハジメらへとリリアーナは端的に本題を告げる。
「檜山君への判決が下されました」
続けざまにリリアーナはつらつらと檜山に課された罪状を読み上げていく。
国家反逆……外患誘致……なんとなく中二心をくすぐられる言葉の数々に、
不謹慎ながらも、少しこそばゆい気分を覚えるジータ。
「以上により、被告檜山大介は明日明朝より市中引き回しの上、中央広場にて磔刑、
その屍は見せしめとして十日間晒されます」
「そ……んなっ!」
余りにも苛烈な刑に絶句する愛子、もとより極刑は避けられないと覚悟して、
司直の手に檜山を委ねたのは言うまでもないことではあったが、
これは予想外だ、酷すぎる、との思いが胸中に広がっていく。
「彼には王国の綱紀粛正の為の贄となって頂きます、これが彼の犯した罪について、
我々ハイリヒ王国が、人間族の代表として下す結論です」
そんな愛子の心中を察しつつも、リリアーナは冷徹な口調のまま話を締めくくる。
「ここから先に付きましては約束通り、皆様の判断にお任せします、
ただし処刑の開始は明朝八時……それを迎えた時点で彼の身柄は王国の物となります」
時計の針は十時を指していた、あと十時間……。
それまでに檜山の処遇について判断を下せということか。
この場の誰もが複雑な表情を隠せぬ中、時計の音だけが部屋に響き……。
そして深夜二時、檜山が幽閉されている地下牢へと向かう影があった。
ちょっと距離が近すぎるかもしれませんが、
世の中敵だらけなんだし、せめてクラスメイトとくらい仲良くすべきですよね。
ということで次回は王都編終章、仲良く出来なかった人たちの末路を