各キャラのスタンスの変化を踏まえた上で読んで頂ければ、と。
ところでいかにセキトバが弱かったとはいえ、古戦場ボーダー上がり過ぎでしょ。
みんな学校とか仕事とかどうしてるんですか。
ハウリア族救出の翌朝、再び帝都にて、
入城検査の順番待ちをしながら、周囲を囲む堀へと、ハジメはふと目を向けてみる。
するとその水面の奥底に潜む魔物と目が合ったような気がして、
慌てて視線を逸らしながら、つい愚痴を漏らしてしまう。
「過剰すぎるぜ……どこもかしこも」
しかしフューレンやアンカジでも入国待ちはあったが、
ここ、ヘルシャー帝国帝城については、いささか厳重過ぎる気がしてならない。
ともかく、地下牢ならばともかく、正式な賓客であるリリアーナと合流するのに、
不法侵入というわけにはいかない。
「入るだけでこれかよ」
「中はもっと凄そうだね」
商品一つ一つに至るまできっちり検査されている、業者の姿を眺めながら
そっと耳打ちしあうハジメとジータ。
「次ぃ~……見慣れない顔だな……許可証を出してくれ」
自分たちを訝し気に眺める、門番の視線を感じつつも、ジータは、
事前に帝国内における数少ない親王国派、すなわち穏健派から、
リリアーナが入手しておいてくれた、入城許可書を門番へと提示する。
「姫から詳細は聞いていると思いますが?」
ここでペラペラと、自分から事情を話したりしないのがジータ流である。
但し極上の笑顔を添える事は忘れないが。
「……暫くこちらでお待ちを」
ハジメたちは、やや頬を染めたかに見えた門番の案内を受けて、待合室に通される、
そこで待つこと十五分、責任者らしき大柄な帝国兵が姿を見せる。
「こちらに神の使徒ご一行が来ていると聞いたが……貴方たちが?」
「あ、はい、そうです、私たちです」
「何でも道中、魔人族の痕跡を見つけたとの事で、調査に当たって貰ったと、
リリアーナ姫からお聞きしております、我々にも一言言って頂ければ、
援護の人員などを手配出来ましたものを」
口裏合わせに齟齬がないことを確認しつつ、
ジータは、そのグリッドと名乗る兵士へと、軽く会釈をする。
「帝国も魔人族の襲撃を受け、大変な時と聞いていましたので」
「お心遣い感謝いたします、では早速部下に案内させましょう……ところで?」
グリッドの目がシアに注がれる。
「その兎人族は?それは奴隷の首輪ではないでしょう?」
どうしてそんな事を?と聞き返す間も無く、グリッドはジータへ向けた丁重さとは、
打って変わった侮蔑に満ちた口調で、シアへと詰問する。
「よぉ、ウサギの嬢ちゃん。ちょっと聞きてぇんだけどよ?……俺の部下はどうしたんだ?」
「部下?」
唐突な質問に、一瞬戸惑ったシアだったが、すぐに意図を察したようで
驚愕に目を見開いた。
「……っ…あなたは……」
「おかしいよな?俺の部下は誰一人戻って来なかったってぇのに、
何で、お前は生きていて、こんな場所にいるんだ? あぁ?
そう、彼は、かつて樹海から追われたシアたちを襲った部隊の隊長だったのだ。
彼は部下たちに捕獲を任せ、後方に下がったがゆえに、
シアにはグリッドに対する記憶がなかったのだが、グリッドの方は、
珍しい青色がかった白髪の兎人族という珍しさから、
シアの事をしっかり覚えていたようである……そして何より。
「部下を全員失ったせいで、俺は出世がパーだ、こんな閑職に追いやられちまってよ
あぁ?どうしてくれんだぁ、コラ」
シアを見る視線、そして恫喝する口調は、かつての檜山の姿を、
ジータに思い起こさせた。
「反撃されないと思うと……どいつもこいつも……」
小声でそんな呟きを漏らすジータ、一方のシアの脳裏には、
嬲るように襲い掛かってくる帝国兵達の表情と、
家族が一人また一人と欠けていくという、あの時の絶望感がフラッシュバックする、
だが……それは一瞬の事ではあったが。
もう今の自分は無力と孤独に怯えていた頃の自分でない。
ギュ!と拳を握りしめるシア、そう、今の自分は大迷宮の化け物共すら打ち砕く力を
得ているのだ、それに何より……。
シアは自身の背後から感じる、自分を勇気づけるかのような視線に応じるべく、
キッ!と、グリッドを睨みつける、そう、もう自分は一人ではないのだ。
「あなたの部下の事なんて知ったことじゃないですよ、頭悪そうな方達でしたし、
何処かの魔物に喰われでもしたんじゃないですか?ともかく、
私のことであなたに答える事なんて何一つありません」
「……随分と調子に乗ったこと言うじゃねぇか、あぁ?
上手い事取り入りやがってこの売女が、舐めた口を利いてんじゃねぇぞ」
目の前のバグ兎へと凄むグリッド、この男、よほど怖れを知らないか、鈍いと見える。
「というわけで申し訳ありませんがね、この兎人族は二ヶ月ほど前に行方不明になった、
部下達について何か知っているようでして、引渡し願えませんかね?
兎人族の女が必要なら、他を用意させますんで、ここは一つ、ヘヘ」
「それには及びませんよ」
振り向いたグリッドの視界に、ニコニコとまるで天使か妖精か、
そんな笑顔のジータの姿が入る。
「きっとこの子の言う通り、グリッドさんの部下は魔物にでも食べられてしまったのでしょう」
それは何やら因果を含むような口調だった、そしてさらにジータは続ける。
「それとも精強を誇る帝国兵士が、まさか兎人族如きに全滅という、
弁解の余地なき恥を晒したと?いえ、失礼しました、決してあり得ない、
あってはならない事とはいえど、今の失言どうかお忘れ下さい」
その弁解の余地なき恥を、現在進行形で帝国が晒し続けていることを承知で、
ジータは煽る、輝くばかりの笑顔を添えて。
その背後では、顔を見合わせ溜息を吐くハジメたち、ここの所、大人しくしていたとはいえ、
やはり持ち前の煽り癖、いやいや反骨心が騒いで仕方なかったのだろう。
グリッドのこめかみが憤怒と屈辱でピクピクと痙攣しているのが、
はっきりと見て取れるが、賓客相手に狼藉を働こうものなら、
もはや帝国に自分の居場所はないであろう事は、流石に理解している。
「失礼を……いたしました……そこの者に案内を申し付けてありますので」
歯噛みしつつ、血走った眼でジータを睨むグリッドだが、一切動じることなく、
ペコリと笑顔で頭を下げるジータの笑顔を見ると、何だか自分が試されているような気がして、
強引に作り笑いを浮かべるしかない。
ともかく、堀に架けられた巨大な吊り橋を案内役に従って渡るハジメたち。
「閑職ぅ?隊長さんよォ、この仕事舐めてませんかねぇ?コラ」
「ま、待てお前ら……その…さっきのはだな……」
「お前らぁ?そういやそろそろ堀の魔物のエサの時間ですなぁ!オイ!」
部下である筈の門番たちに取り囲まれ、
必死で弁解するグリッドの上ずった声を聞きながら。
(嫌な国だなぁ……)
リリアーナとはすでにリモートで、殆どの情報交換は済んでいる。
だから特に今更確認しあうこともない、ただしエヒト、すなわち神についての真実は、
未だ伏せてはいるようなので、その辺りについての口裏合わせだけは、
再確認を行い、彼女が滞在している貴賓室で一息ついていると、部屋の扉がノックされる。
いよいよ皇帝との謁見の時が来たようだ。
流石に一同、緊張の面持ちは隠さずに、ガハルドの下へと向かう事となった。
三十人くらいは座れる縦長のテーブルが置かれた簡素な部屋、
そのテーブルの上座の位置に、二人の護衛を背後に控えさせ、
頬杖をついて不敵な笑みを浮かべる男、ヘルシャー帝国皇帝ガハルド・D・ヘルシャーがいた。
凡そ、人を迎える態度ではないなと思いつつ、
ハジメは、そっと傍らのジータと雫へと念話を送る。
『まずは壁の裏に二人と……』
『天井裏に四人だね……』
『閉まった扉の外にも二人来たわ』
そんな彼らの様子については特に気にするそぶりも見せず、
ガハルドはリリアーナを手で制し、いきなり開口一番。
「お前が、南雲ハジメか?そんで横の嬢ちゃんが蒼野ジータか」
ハジメをその鋭い眼光で射抜きながら、プレッシャーを叩きつけた。
数十万もの荒くれ者共を力の理で支配する男の威圧、
やはり半端なものではない、事実、鈴とリリアーナが小さな悲鳴を上げ、
雫ですらも後退らずにはいられない。
だが、そんな強烈なプレッシャーの中であっても、
ハジメたちは平然としていた、
皇帝の威圧とはいえ、所詮は人の放つ物、
大迷宮攻略者にとってはそよ風同然と言ってもいい。
「南雲ハジメです、御目に掛かれて光栄です、皇帝陛下、
国事により遠征中の勇者、天之河光輝の代理を兼ね、此度は参朝致しました」
例の御前試合の際、光輝に散々仕込まれた宮廷式の作法をもって、
見事な返礼をして見せるハジメ。
「俄か仕込みにしては、そこそこじゃねぇか」
「教師が厳しくてね、随分とやられましたよ、手首の角度が悪い!
膝の位置が違う!視線は相手の足下から顔へと順に上げていく!とか」
「ふふっ」
光輝の声真似を交え説明するハジメの姿に、つい笑顔を見せてしまう雫。
ガハルドは一旦ハジメから視線を外し、今度は雫へと目を向ける。
「そういえば雫、久しいな、俺の妻になる決心は付いたか」
「前言を撤回する気は全くありません。陛下の申し出はお断りさせて頂きます」
「つれないな、だが、そうでなくては面白くない、元の世界より、
俺がいいと言わせてやろう、その澄まし顔が俺への慕情で赤く染まる日が楽しみだ
何よりその笑顔、やはり諦めるには惜しい」
どうやら本当にガハルドは雫を気に入っているようだ。
「まぁ、雫についてはこの後ゆっくり口説かせて貰うとして……南雲ハジメ」
ガハルドは雫を通じて、ハジメの内面を測り取ろうとしていたようだが、
どうやらその手は通じないと見て、おもむろに本題へと切り込み始める。
皇帝に相応しき、覇気と鋭さを身に纏わせて。
「リリアーナ姫からある程度は聞いている。お前が、大迷宮攻略者であり、
そこで得た力でアーティファクトを創り出せると……魔人族の軍を一蹴し、
二ヶ月かかる道程を僅か数日で走破する、そんなアーティファクトを、真か?」
「仰る通りです」
「そして、そのアーティファクトを王国や帝国に供与する意思がないというのも?」
「同じく仰る通りです」
「ふん、一個人が、それだけの力を独占か……そんなことが許されると思っているのか?」
「俺たちにとってここはあくまでも仮初の地、そしてあんたたちに取っては俺たちは稀人、
……だからこそ、この世界の文明を、人の営みを徒に歪めたくはない、
これではいけませんか?」
それが今のハジメの偽りない本心だった。
「欲しけりゃ自分たちで造り出して頂きたい、何百年かかるかは知りませんが」
「文明、営みか……賢しい口を」
ガハルドが目を細めてハジメを睨み、それに呼応し背後の護衛の殺気が濃くなり、
そして周囲に潜む者たちの気配がそれに反比例して薄くなっていく。、
雫と鈴が、リリアーナを守る様に身を寄せ合いつつも、その身体を震わせる。
しかし、当のハジメたちは、その殺意をやはり平然と受け流し、
出された紅茶にすら、手を伸ばす余裕を見せていた。
「ふふ……ははは」
そんなハジメらの姿を見、ガハルドの唇が綻び始める。
「オイ!止めだ止め、お前ら下がっていいぞ!ばっちりバレてやがる!」
豪快な笑みを浮かべつつ、天井に向かってガハルドが叫ぶと、
潜んでいた者たちが去っていく気配が伝わってくる。
「正真正銘の化け物どもめ……今やり合えば皆殺しにされちまうな!」
「誉め言葉と受け取っておくよ、でもなんでそんな楽しそうなんだよ?」
「おいおい、俺は"帝国"の頭だぞ?強い奴を見て、心が踊らなきゃ嘘ってもんだろ?」
「なんか分かりますよ、俺もそういう男を……いや、今は女かな?を知ってますから」
龍太郎のことを思い出しながら答えるハジメ。
「女と言えば、お前が侍らしている女たちもとんでもないな、おい、どこで見つけてきた?
こんな女どもがいるとわかってりゃあ、俺も大迷宮に行ったってぇのに……一人ぐらい…」
そこで何かに気がついたか、ガハルドは少し慌てるような口調で話題を締めくくる。
「寄越せといいたいが、命あっての物種だわな、くわばらくわばら……ま、俺としてはだな」
ガハルドの視線がシアを捉える。
「そちらの兎人族が気になるんだがね、そんな髪色の兎人族など見た事がない上に、
虫を殺せないってことで通っている兎人族の癖に、俺の気を受けてもまるで動じない、
何だか最近捕まえた玩具を思い起こさせるんだが、そこのところどうよ?」
玩具という言葉にシアがガハルドを咄嗟に睨みつけようとしたが、
それを察知したユエが、テーブルの下でそっとシアの手を握り、自重を促す。
「玩具なんて言われましても……」
「心当たりがないってか?何なら、後で見るか?実は、何匹かまだいてな、
女と子供なんだが、これが中々――」
「そういう野蛮な風習に私たちは一切興味ありません!」
カマを掛けていることは百も承知だが、それでもせめてもの反撃か、
野蛮と言う個所に力を入れて、ハジメに代ってジータが言い返す。
「野蛮と来たか……お高く止まりやがって、まぁ、まだ続きがあるんだ、
実ァな、そいつらは超一流レベルの特殊なショートソードや装備も持っていたんだが、
それでも興味ないか、錬成師?」」
「申し訳ありません」
「……そうかい、ところで一昨日、地下牢から脱獄した奴等がいるんだが、
この帝城へ易々と侵入し脱出する、そんな真似が出来るアーティファクトや、
特殊な魔法は知らないか?」
「存じないです」
「ほう、なら同じく一昨日、ちょうど脱獄が行われた時間帯に、
復興地域にタキシード姿の変質者が現れたって言うんだが、心当たりはないか」
「……っ!」
流石に一瞬言葉を詰まらせるハジメ。
「フッ!無いか、無いだろうな、ならば我が帝国国民にそのような痴れ者は、
只の一人として存在しないと断言出来るだけに、一体何者なんだろうな」
「……何者なんでしょうね」
それ俺なんです、と、心の中で毒づくハジメ、ともかく、
ガハルドの人の悪さに辟易しつつ、ハジメは淡々と会話に応じて行く。
おそらく自分たちとハウリア族との関係についても、
確証はないまでも察してはいるのだろう。
「聞きたい事はこれで最後だ……神についてどう思う?」
「学究の世界に生きる者に神は不要です」
カリオストロの、今や自分に取っても座右の銘となりつつある言葉で応じるハジメ、
本当にこのやり取りが最後であってくれと思いながら。
「まぁ、最低限、聞きたいことは聞けた……というより分かったからよしとしようか」
ガハルドはガハルドで、ハジメの愛想のなさに内心堪えていたようだ。
コキコキと首を鳴らして立ち上がる。
「ああ、そうだ、聞いているだろうが、今夜リリアーナ姫の歓迎パーティーを開く、
是非、出席してくれ」
招かれざる客たちが、大挙して出席の準備を整えていることも知らずに……
と、内心ほくそ笑んだハジメたちであったが、
そんな気分は、ガハルドの次の言葉で吹き飛んでしまう。
「各国・独立都市の大使たちも出席した上での、
姫と息子の婚約パーティーも兼ねているからな、"神の使徒"として、
是非に祝福の言葉を頂きたいものだ……それと」
ガハルドは事も無げにサラリと爆弾発言を口にし、
さらにハジメへと向けて、挑発的な笑みを浮かべる。
「こいつは皇帝ではなく、同じ男として、人生の先輩としてのアドバイスだ、
そこのジータという女は止めとけ、一生引き摺り回されて、
尻に敷かれる覚悟があるなら別だがな」
リリアーナの婚約という爆弾発言に唖然としてたジータたちは、
その言葉で我に返るが、その時にはすでにガハルドは、
颯爽と部屋から出て行った後であった。
部屋から数歩出た所で、ふぅっと大きく息を吐くガハルド、
やはり彼とて、ハジメ相手の問答は相当堪えたようだ、いや……それにも増して。
あの時、軽く女たちの話題に触れようとした時に受けた、
一瞬のプレッシャーを、それを放った女、ジータの事をガハルドは思い起こす。
(あの女、あの化け物の、南雲ハジメの手綱をしっかり握ってやがる……いや)
それは流石に、あの二人に失礼な物言いだなと思い直すガハルド。
「一蓮托生、比翼連理ってとこか」
チームの主将がハジメならば、ジータはきっと司令塔なのだろう。
そんな事を思いつつ、ガハルドの吐息は溜息へと変わっていく、
その脳裏に浮かび始めたのは……武術にこそ長けてはいるが、
皇帝の器とは到底思えぬ不肖の息子、皇太子の姿であった。
(せめて……人並みの器量があいつにもあれば)
そして応接室では。
「リリィ!婚約ってどういうこと!一体、何があったの!」
リリアーナと最も仲のいい香織が、リリアーナへと詰め寄る。
「我が国は王が亡くなり……その後継が未だ十歳と若く、
国の舵取りが十全でない以上、同盟国との関係強化は必要なことです」
「それが、リリィと皇子の結婚ということなのね?」
「はい、お相手は皇太子様です、ずっと以前から皇太子様との婚約の話はありました、
事実上の婚約者でしたが、今回のパーティーで正式なものとするのです」
その言葉を聞いて、ジータたちはようやく理解する、
リリアーナが道中浮かべていた、悲痛な表情の理由を。
「リリィはその人が……」
好きなの?と聞こうとして口を噤む香織、愚問である。
好きな相手とならば、あんなに悲しそうな顔をする筈がないのだから、
元より、国と国との繋がりの為、政略結婚に好きも嫌いもない……それでも。
「リリィだって、お姫様だって、女の子でしょう、
ちゃんと好きになった人と結婚したいんじゃないの?」
納得出来ない、そんな思いを隠すことなく率直な思いを口にする香織。
人の身体を捨ててでも、愛する少年と共に在りたいと願った彼女にとって、
リリアーナのやろうとしている事は、やはり受け入れ難いのだろう。
「光輝には……光輝だけには、その事を伝えたのね?」
雫へとリリアーナは静かに頷く。
「……それで、何て言ったの……光輝は」
リリアーナは顔を伏せつつ、その時の事を思い出す。
背中を向け、肩を震わせ、まさに感情を必死で抑え、絞り出すような光輝の声を……。
「ただ一言……どうかお幸せに、と」
その時の光輝の心境は雫のみならず、彼をよく知る者に取っては、察するに余りあった。
きっと叫びたかっただろう、止めたかっただろうと、今の香織のように。
だが……それでも、勇者として人の運命を背負う者という自覚が芽生えたが故に、
王族として同じ宿命に生きる者の覚悟を察し、
彼は敢えてリリアーナの背中を押したのだ、儘ならぬ人生への悲しみを、
己の無力への怒りに耐えながら。
だが、その覚悟は、決断は、余りにも頑なで、ひたむき過ぎると、
この場にいる者たちは思わずにはいられなかった。
鋭すぎる刃は握る者をも傷つけ、そして容易く折れてしまうのだから。
全く、いたらいたで、いなけりゃいないで心配を掛けずにはいられないのか?
あの男は、とジータが思った所で。
「でもさ、パーティーはこの後……」
ぶち壊しになる筈、と、言いかけた鈴をリリアーナが制する。
「それはあくまでも帝国と亜人たちの問題です……むしろ」
「ぶち壊されるからこそ、帝国の面目も考えないといけないってことですか……」
ジータの言葉に泣きそうな顔を見せるシア。
確かに弱り目祟り目の相手に対し、それを理由に三行半など叩きつければ、
下手をすれば、追い詰められた帝国の憎悪を王国が一身に背負う事に成り兼ねない。
それに……ジータはリリアーナの、この件の裏に潜ませた意図を感じ取りつつあった。
例えば、何故わざわざハウリア族を自らの口で焚きつけるような真似をしたのかを、
そう、見方を変えれば、兎人族に蹂躙されるであろう帝国に対し、
王国は大きな貸しを与える事が出来るのだ、自身が人身御供となることで。
確かに、情と信義の人である事には間違いない、
だが同時に、いざとなればあらゆる全てを利用し、自国の利益にせんとする強かさを、
ジータはリリアーナから感じ取っていた。
だが、それをここではもちろん話さない、話した所でどうにもならないし、
むしろ、小賢しさを軽蔑されるに違いないからだ。
(転んでもただでは起きない、リリアーナならぬタヌキーナだね、まさに)
それだけを心の中で思い浮かべる事くらいは、許されるだろうか?
「お父様たちの戦い……きっと上手く行く筈です」
そんなジータの内面には一切気付かず、シアの目に浮かぶ涙を拭ってやりながら、
それでは私は衣装合わせがありますので、と、リリアーナは自室へと戻って行く、
その足音が聞こえなくなった頃。
「なんか……マンガみたい」
まずは鈴がポツリと呟く。
「お姫様も勇者様も辛いもんだね」
「じゃあせめてマンガらしいやり方で、何とかしてやろうじゃないか……
俺たちには帝国のメンツもクソも関係ないからな」
久々に暴れるのも悪くはない、そんな笑みをジータへと向けるハジメ。
ジータはジータで、このままタヌキ姫の計算通りというのも、
何だか面白くない、そんな気持ちが芽生えてきている。
「お姫様を攫うのは魔王様の定番だもんね」
「そこはこう言って貰いたいな」
ハジメは両の手を合わせ、そのまま頬に添えて小首を傾げるような仕草で、
高らかに宣言する。
「俺たちは天使だっ!ってな」
天使どもの計画は果たして上手く行くのか?