光輝たちがブルックを出、ライセン大迷宮に向かった頃、中立商業都市フューレンでは。
「散々待たせて置いて、結局Uターンか……」
「事情が事情ですからね」
検問待ちの人々を眺めながらそんな会話を交わすのは、清水とウィルだ。
あの日、本来ならば晴れて名実ともに自由の身となれる、その期待を胸に、
王都で行われる審理へと向かった彼らではあったが、王都を目前にして
そこで彼らが目の当たりにしたのは、魔人族による襲撃によって、
炎上する王都の姿であった。
王都の惨状はすでに人々の間でも広まっており、人波へと耳を澄ますと、
復興特需になんとか食い込もうとしている、耳聡い商人たちの話し声が聞こえてくる。
勇者の祈りが魔人族を……エヒト様の奇蹟が……。
とはいえど、やはり世情が安定しないと金儲けどころではないのだろう。
商人たちの会話の殆どが魔人族を退けた勇者の話で持ちきりである。
確かに世間一般では勇者:天之河光輝の祈りによる断罪の一撃により、
魔人族は尻尾を巻いて退散したという事になっている。
だがしかし、真実をある程度察している清水とウィルは顔を見合わせる。
(あれはお前らなんだろ、南雲、蒼野)
ともかく王都での戦いは人間族の勝利には終わったものの、やはり襲撃の爪痕は色濃く、
まずは復興と新たな体制作りが先決ということとなり、
足止めを食らった挙句、真理は結局延期、フューレンへと逆戻りとなった次第である。
罪人の証であるチョーカーを何気なく弄ぶ清水、
すでに彼のその人物については疑いを持つ者は皆無であったが、
それでも立場上、その行動には制限が課せられ、
審理が延期された以上、自分は今後もギルド内で軟禁生活を送ることになる。
もちろん、本来ならばこんな程度で済むはずがない、周囲の尽力や理解によって、
この程度で済んでいることは、清水とて十分に弁えてはいる。
だが、それでも……結果的に罪人の立場から解放されず、
級友たちの元へと戻れなかったという事実は、その頭に重くのしかかっていた。
それでも忙しい時間を割いて、面会に来てくれた愛子の顔を見た時には、
自分の中でのそういう諸々の蟠りが解けていくような、そんな感覚を覚えてならなかった。
愛子の柔らかい笑顔を思い出しつつも、王都襲撃以来、より厳重となった検問の関係か、
いつもにも増しての長蛇の列を眺める清水、
その様子は何となく同人誌即売会の入場待ちを彼に連想させた。
「……ちょっと馬車を止めてくれ」
「何か?」
「あ、いや……ちょっと気になる気配があったんだ」
その力の殆どを失ってしまったとはいえど、かつての闇術の勘はまだ残っている。
その勘が人ごみの中に紛れた僅かな違和感を察知させていた。
馬車を止めて貰うと、清水は人ごみの中を掻き分けるように、
その違和感を辿って行き、ウィルが慌ててその後を追いかけて行く。
(何だこれは……)
違和感が少しづつ大きくなっていく、この気配、
いや、魂魄の感覚は……生きている人間の物ではない。
清水の目がその違和感の主、虚ろな目をした中年男を視界に入れた瞬間だった。
(この人……いや、これって……もう死んでるのか!)
「オイ……あんたっ!」
清水がその男の正体を察知すると同時に、男の身体が弾け飛ぶ……、
大量の炎を撒き散らしながら、人ごみのど真ん中で。
「人間……爆弾」
咄嗟に近くを走っていた子供を庇えたのは、まだチートだった頃の名残だろうか?
自身の頭上を熱風が通過した感覚を覚えつつも、
子供にも自身にもさしたる傷がないことを確認し、立ち上がる清水、
そこにウィルが駆け寄って来るのが見える。
「幸利さんっ!」
「俺は大丈夫だ……けれど」
目を上げるとそこには、炎に追われ逃げ惑う多くの人々の姿がある、
どうやら爆発したのは一人だけではなかったようだ。
「愛子……先生に連絡を、多分放っておいたら大変な事になる……」
そんな喘ぐような口調で周囲の惨事に目を向ける一方で、
清水はどこか醒めた思いもまた抱えていた。
この惨事を前にし動揺を隠せない自分には、結局英雄にも悪党にもなる事など、
到底無理だったのだと。
そしてその頃、シアを先頭にハジメたちは濃霧の中、
迷うことなく大樹へ向けて、歩みを進めていた。
フェアベルゲンに帰還後、数日して大樹への道が開ける周期が訪れたのである。
樹海の魔物が霧に紛れて奇襲を仕掛けて来るが、もちろんハジメたちの敵ではない、
それでもやはり迷宮とは勝手が違う魔物の動きに加え、
感覚を容易に狂わす霧の影響もあり、雫と鈴の二人はかなり手こずってはいたが。
「お~~い、手を貸そうか?」
「いいよ!南雲君たちはそこで見てて!」
「どんなに武器が凄くても……当たらないと、どうってことないわね!ホント」
余裕綽々のハジメの声に、苛立った口調で返す鈴と雫、
そんな二人に苦笑しつつも、ハジメは慌ただしかったこの数日間を思い起こす。
大いなる歓待を受けたことは言うまでないが、中でも特筆すべき事は、
ハウリア族が今回の功績によって、正式に樹海の守護を担う、
武門の一族として承認される事になったことだろう。
とはいえど、日がな一日軍事演習というわけには行かず、
労働や納税の義務etcを、しっかりと課せられてはいたが。
そう、フェアベルゲンもまた、変わろうとしていた。
国を称するだけの、ただの寄り合い所帯ではなく、正式な国家として、
この世界、トータスにただ存在・生息しているだけという扱いから脱却し、
真に住人として認めて貰うために。
「とはいえど……」
長老会議の決定に、あからさまな不満の表情を見せた、
虎人族と熊人族の長老の顔をハジメは思い出す。
「古き因習に囚われた奴らを変えていくのには、時間がかかるだろうな……」
もちろん彼ら亜人族は、まだ歩み始めたばかりだ、猶予はある……しかし永遠ではない。
短いとは言えぬ時が経過して尚、亜人たちが、この世界の一員に足るだけの国家、
ないしは集団を形成出来ない、するに足りないと判断された場合、
今度こそ彼らは奴隷へと落ちぶれる事となるだろう。
「例え私たちの時代に叶わずとも……耕し、種を蒔く事を怠らなければ」
船出の苦難を知りつつも、慈しみの中に力強さを込め、
孫娘であるアルテナの頭を撫でる、アルフレリックの姿をジータは思い出す。
「次の世代、そのまた次の世代がきっとやってくれる筈」
本当にそうであって欲しい、いや、必ずそうなってくれる筈。
そんなことを考えていたジータの目前では、
肩で息をしつつも、奇襲めいた動きを繰り返していた魔物をようやく退けた、
雫と鈴の姿がある、そして。
「みなさ~ん、着きましたよぉ~」
シアが肩越しに振り返りながら大樹への到着を伝えた、その時だった。
「敵……魔人族か」
監視衛星からの警報を受信したハジメが、モニターを空中に投影すると、
そこには編隊を組み、樹海へと向かう灰竜や巨鳥の群れ、
そして大峡谷に潜みつつ、戦力の再編を行っていたであろう、
魔人族の部隊も、また地上から樹海に迫りつつある光景が映し出される。
「しつこいな、あいつら」
選民思想が強い魔人族に取って、亜人族は人間族以上に蔑まれ、
憎悪すら抱かれている存在とは聞いてはいるが、しかし少々しつこ過ぎはしないか?
「樹海を焼き払ってから、ゆっくり大迷宮を探そうってことかもな」
「むしろ、大迷宮ごと灰にしてもいいって思ってるのかも」
こちらが攻略出来ないのであれば、させない、ということか。
そうすれば自分たちは帰還が叶わなくなり、この世界に縛り付けられる。
確かに恵里ならやりかねない……しかし。
「……フリードにしては乱暴」
ユエの指摘通り、魔人族側にはフリードを始めとし、
純粋に神代魔法を求める者もいるだろう。
そういった者たちにとっては、こんな荒っぽい作戦は、とてもではないが許容出来まい。
それに、彼とて分かっているはずだ、自分たちの喉元に巨大レーザーの照準が、
突き付けられているという事を。
自身の行動一つで多くの同胞が、無辜の民が灰となる可能性があるという事を。
そこでユエの頭の中に、恵里の顔が浮かぶ。
南雲ハジメは蒼野ジータは、確かにいざとなれば例え血の涙を流しながらでも、
大量殺戮のトリガーを引く事が出来るだろう。
だが、彼の、彼女の周囲にいる者たちはそうではない。
天之河光輝が、畑山愛子が、白崎香織が、八重樫雫が、谷口鈴がそうはさせない、
もちろん自分やシアやティオだってそうだろう。
そして彼らの訴えを、懇願を、今の二人が無視することは決して出来ないという事を、
人の優しさを盾にするやり方を、あのメガネ女は……中村恵里は、
心得ているようにユエには思えた。
「……小狡い」
忌々し気に吐き捨てるユエの声を少し珍し気に耳に入れつつも、
空をチラと見やるハジメ、爆撃の備えこそしてはあるが、
地上戦力に関しては、ハウリア族だけでは荷が重いように思えた。
霧の護りも、魔人族が操る魔物相手では役には立たないことも、すでに承知済みだ。
(……戻るか)
ハジメの目が険しい光を放つ……。
だが、次に大樹への霧が晴れるのを待つ余裕は幾ら何でもない。
王都、樹海、そして帝都で、必要な事であったとはいえど、
時間をロスしている事は確かなのだから……しかし。
(もとより天秤にかけるような事じゃないだろう……南雲ハジメ)
小さく頷き、ハジメが大樹から踵を返そうとしたその時、
彼の内心を見透かしたような声が、その背中に掛けられる。
「行け……オマエら、ここはわたちが引き受けた」
「……シャレム」
「わたちは神代魔法などというカビ臭いものには興味はない、
それにこういう時くらいは素直に頼れ」
豊かな金髪をシャレムは掻き上げる。
「この樹海は第七元素の気を感じられる……これなら少しばかりは全盛期の力を
発揮できる筈だ」
そういえばシャレムだけは、霧の中でも普通に動けている事に、
ハジメたちは今更ながら気が付く。
「シャレムさん……あんまり暴れ過ぎちゃだめですよ」
悪食を一撃で焼き尽くした姿を思い出し、一瞬背筋が凍る思いを覚えるジータ。
「シルヴァ、オマエはハジメに付いててやれ、この霧ではオマエの銃も本領を発揮出来まい
で、ハジメ……まだ大事な事を言って貰えてないんだが」
尊大にして、あからさまな恩着せがましさを感じつつ、
ハジメはシャレムへと感謝の言葉を口にする。
「……ありがとう」
「オイ、ございますと、シャレム様を忘れているぞ」
「……ありがとうございます、シャレム様」
「実に敬意と感情が籠っていない事務的な感謝だが、まぁいいだろう」
おしゃぶりを咥えている関係上、口元には変化はないが、
それでもシャレムが、よく出来ましたと言わんばかりに微笑んだようにも、
ジータには見えた。
「シアちゃんは……?」
だが、シアは心配げなジータへと笑って首を横に振る。
「……きっと父様たちは、戻って来た事を怒ると……思います……それに」
シアは眦を引き締め、はっきりと叫ぶ。
「フェアベルゲンは私たちの国です!だから私たち自身が守らないといけないんですっ!」
南雲ハジメはいつまでもこの世界にはいない、いてはならない、
そんな意思表示が、はっきりとその声には籠っていた。
「ふむ、もう迷うな、オマエらのすべきことは迷宮の攻略だ、
魔人族だの何だのという些末事は、このシャレム様に今は任せろ」
その尊大だが、どこかユーモラスな物言いに、ハジメたちは思わず笑い、
笑う事で、心の余裕を取り戻す事が出来た。
意識してかはともかく、彼女はジャンヌや光輝、愛子らとは、
また違ったやり方で、人々を困難に立ち向かわせる事が出来るようだった。
「空から森を焼かれる心配はないんだったな」
「ああ、地上のハウリアたちにまずは加勢してくれ」
魔人族が率いる魔物のデータも、ある程度は把握出来てはいる。
シャレムの力なら、さして苦戦する事もないだろう。
「心得た、さぁ、オマエらは旅を再開しろ」
軽く頷くと、ふわりと宙を滑るように、
来た道を戻っていくシャレムの背中を見送るハジメたち。
「……気にしちゃダメ、この借りをいつか返すことを考えるならいい」
「何を要求されるか怖いな」
「ホラ、二人ともシャレムさんに作って貰った時間、無駄にしちゃダメだからね」
ジータに急かされ、枯れた巨木のたもとへと彼らは向かう、
雫と鈴が、すごいねこの木、アメリカかどっかのよりまだ大きいわねと、
天を仰いでいる姿を横目にしつつ、ハジメは大迷宮の証を一つずつ石板の窪みへと、
嵌め込んでいく。
【オルクスの指輪】【ライセンの指輪】【グリューエンのペンダント】【メルジーネのコイン】
「まずは"四つの証"だな」
一つ嵌め込んでいく度に石版の放つ輝きが大きく強くなっていく、
そして、最後のコインをはめ込んだ直後、石版から光が放たれ、
今度は大樹そのものが眩い光を放ちだす。
「……次は、再生の力?」
大樹の幹に浮き出た七角形の紋様へと、ユエは手を伸ばし、再生魔法を行使する。
そしてその直後、ユエの手が触れている場所から、
まるで波紋のように何度も光の波が、天辺に向かって走り始め、
そして光を受けた大樹は、まるで根から水を汲み取るように光を隅々まで行き渡らせ、
徐々に瑞々しさを、生命力を取り戻していく。
枯れ枝に緑の若葉が芽生えたかと思うと、
大樹は一気に生い茂り、鮮やかな緑を取り戻す、それはまるで或る植物の一生を撮影した、
記録映画の一編のように、ハジメたちには思えた。、
そして彼らの眼前には、正面の幹が裂けて出来た洞があった、
数十人が優に入れる程に巨大な。
「大丈夫なのかな?」
「ここって南雲君言ってたけど、四つ以上大迷宮を攻略してないと駄目なのよね」
「あー、それに関しては多分問題ないと思うぞ」
本来攻略の証が二つ必要だったと、後からミレディに聞いたバーン大迷宮……。
正確には跡地だが……にも、大迷宮攻略に関わっていなかった、
愛子とカリオストロも入ることが出来、神代魔法を習得する事が出来たのだから。
「ま、論より証拠だって」
ジータが雫たちの背中を押し、洞の中へと入っていく。
問題なく全員が洞の中へ入ることが出来た、どうやら雫たちの心配は杞憂だったようだ。
と、彼らが一息吐く間も無く、洞の入口が逆再生でもしているように閉じ始め、
足下に巨大な魔力を感じ始める。
その魔力には独特のクセのような物があった、確かこれは……。
「慌てるな!転移系の魔法陣だ!転移先で呆けるなよ!」
ハジメの叫びよりもやや早く、足元に大きな魔法陣が出現し、
強烈な光を発ち、その光をマトモに目に入れてしまったジータが、
思わず手で両目を覆ってしまう。
そして……光が晴れた後、彼らの目の前にあった物は……。
木々の生い茂る樹海だった。
「樹海の中にまた樹海?……そういえば」
オルクスにも密林の階層があったことを思い出すジータ、
またあのトレント出て来ないかなーと、かつて味わった果実の甘さを思い出しつつも、
周囲の確認は怠らない、
ジータ、ユエ、シア、ティオ、香織、雫、鈴、シルヴァと、どうやら全員揃っているようだ。
が……ジータは、魔眼石スコープを取り出し、おもむろに彼らの身体のスキャンを開始し、
何かを察したか、ジータの瞳が冷たい光を放ち始める。
「……ジータ? どうし――」
雫が、スコープの底に覗くジータの冷たい眼に声をかけた……その瞬間、
抜き撃たれたジータの短剣が、雫のすぐ隣にいた、
ハジメの肩を刺し貫き、次いで拘束用アーティファクトであるボーラを、
ユエ、シア、ティオ、シルヴァの四人へと投げつける。
突然の、なによりあり得ないジータの暴挙とも言える行為に、
唖然とする雫たち、そんな彼女らへとジータは説明を始めて行く。
「……本物のハジメちゃんの気配はここよりもっと遠くにある、つまり偽者だよ」
目の前のハジメからは、自身とのリンクが全く感じられない事を、
ジータは瞬時に察知していた。
「で、偽物がいると分かった時点で、このスコープで全員をスキャンしてみたら、
ユエちゃんたちもそうだったというわけ……で」
例の舐めるような上目遣いで、ジータはハジメへと話しかけていく。
「ねぇ?……その傷痛くないの?もしかして悲鳴を上げないのは痛覚が無いから?
それともしゃべれないからなのかな?」
ジータの詰問に、やはりハジメは答える事も、表情を変える事もない。
しゃべれない相手に、しゃべれないのかと聞く意味は果たしてあったのかと、
妙な疑問を覚えつつ。
「皆、見たくないなら目をつぶってていいよ」
ジータはもはや躊躇うことなく、ハジメの……、
自身の特別な存在と同じ姿をした少年の頸動脈を、短剣でもって一気に切り裂いた。
鮮血とはやや違う色合いの、赤錆色の粘液が周囲に飛び散り、
そして頸部を半ば切断された、ハジメの身体も赤錆色のスライムへと変じ、
そしてそのまま地面へと溶けて行った。
「いきなりやってくれるね……流石は大迷宮」
紛い物とは言えどパートナーを斬らせた事への怒りも手伝い、
ジータの声には隠し切れない苛立ちが籠っていた。
「転移の時、別の場所に飛ばされちゃったんだと思う」
「……確かに、記憶を探られるような感覚がちょっとあったね、他の大迷宮の時みたいに」
だとすると、ハジメたちも同じ試練に直面してるのかもしれない。
「ハジメくん……私でも、見た瞬間に気づいてくれるかな?」
香織がポツリとそう呟いたのが耳に届くが、ハジメちゃんなら大丈夫とか
自分が言うのも妙な気がするので、ひとまず聞こえないふりをするジータだった。
もしもユエがいたなら、ずるいと怒られたかもと思いながら。
「でもちょっと妙な形での分断になったわね」
ジータ、香織、鈴の三人を見て、そんな事を雫は思ってしまう。
もっともそれはジータたちも同じだったようだ。
「なんか教室を……あの頃を思い出すよね」
寂しい生き方をしないってことは、人との関わりの中で生きるということなので、
色々と考えるべきことは、そりゃ増えますよね。
ということで、次回はクラス会。