「っ……ここは……」
頭を振りながら身を起こそうとするハジメだが、まずは自分の両腕を眼前へと伸ばし、
自分が人間に戻っていることを確認し、まずは胸を撫で下ろし、
それからおもむろに"夜目"を利かして周囲の確認を始める。
(カプセル?)
ドーム状の空間の中を見渡すと、自分の周囲にずらりとならぶ琥珀色のカプセルが、
まずは眼に入り、その一つが開くと中からジータが姿を現す。
「あ、ハジメちゃん、元に戻れたんだニャ」
「お陰様でな」
ギュギュと拳をジータの前で握って見せて、ハジメは充実ぶりをアピールする、
やっぱり人間っていいよなと実感しながら。
戻ったのは身体だけではなく、服も装備も全て揃っている、
もしかすると、今までの全ては一種の疑似体験で、
自分たちは最初からここで寝かされていたのでは?と、思うくらいに。
「ユエもシアも身体は元に戻ってるな」
「ティオさんとシルヴァさんも……ッ!」
カプセルをジータが覗き込むと、突如カプセルが輝き始め、
その光をまたしてもモロに目に入れてしまったジータは、
つんのめった挙句、額を思いきり琥珀へとぶつけてしまう。
「状況終了……みんな、大事ないか?」
「大事ありますぅ……にゃ」
いつもの凛とした表情で、身を起こしたシルヴァへと。
額を押さえ蹲りながら言い返すジータ、だが、そんな彼女には気が付かないまま、
シルヴァは傍らに安置されていた愛銃に手を伸ばす、
やはり自分にはこれが似合うと言わんばかりに。
そんなシルヴァの様子を見ながら、
ハジメとジータもまた夢の世界の事について言葉を交わし合う。
「少しは楽しかったんじゃないのかニャ?」
「まぁ、楽しかったさ、けど……全てが終ったら、
きっともっと楽しい事が出来る、みんなで、そう思ったらな」
そのみんなには、ここにはいない級友たちの事も、もちろん含まれている。
そして、ほぼ時を同じくして、ユエ、シア、ティオ、香織らも、
偽りの理想郷からの帰還を果たす。
皆、それぞれの夢の中で、王妃であったり、若奥様であったりと、
なかなか楽しい時間を過ごしてはいたようだ。
「分かった事として……理想という物は全て叶うと却って不自然な物に
思えて仕方ないという事だな」
「同感」
「……それもまた人の弱さ」
シルヴァの言葉に頷くハジメたち、唯一。
「あの様なご主人様など妾は認めんっ!妾のご主人様はもっと容赦なき仕置きを、
妾へと与えてくれるに相違ないというのに!」
「この駄竜が!最近大人しくしてたから見直してやろうと思ってたのに」
「一体、夢の中でハジメちゃんに何をさせてたんだにゃあ!」
「アァアア、これじゃ!これなのじゃ!夢の中ではこれが足りなかったのじゃあ~」
と、気持ち悪い叫びを上げるティオを除いて。
そこで残る二つのカプセルの一つが輝き始め、雫が大きく息を吹きながら、
その身を起こす。
「ほらぁ、ティオさんがうるさいから、雫ちゃん起きちゃったにゃあ」
「何じゃ!そこはむしろ感謝すべきではないのか!
そういう理不尽なのは範囲外じゃぞ、あくまでも妾が求めるのは~」
そんな周囲の喧騒を耳に、自身に駆け寄る香織の姿を目にしつつ、
雫もまた帰って来たのだなと言わんばかりの、そんな実感が籠った溜息交じりの苦笑で、
仲間たちへ応じる、その溜息には、少しばかりの未練も感じさせてはいたのだが。
そして残るは……。
「鈴ちゃんだけ……」
琥珀の中で未だに眠りに落ちたままの鈴の顔を、しげしげと眺めるジータたち、
悪いと思ったのか、ハジメだけは視線を逸らしてはいたが。
「どうする?」
「……ああいう事があった後だしな」
ハジメもまた鈴のカラ元気めいた行動の数々には、気が付いてはいたが、
それは自分がどうこうしていい事ではない、もっとフォローに相応しい者がいると、
あえて気にしない様にしていた、ましてや光輝ですら、
鈴に付いてはどんな言葉を掛けていいのか、手をこまねいている節があったのだ。
いわんや、自分ごときが半端に立ち入っていい筈がない。
「少しは……吐き出してくれたんだけどにゃあ」
「そうか」
じっと右手を見つめるハジメ、自分ならほぼ瞬時に、
この琥珀の檻を壊すことが出来るのだが。
「……目覚めるのが遅くなればなるほど、きっと後で辛くなる」
ユエの言葉に迷いつつも、頷くハジメだったが、その手を雫がそっと掴む。
「もう少し……待ってあげて」
「私からもお願いするよ、ハジメくん」
彼女らもまた恵里の件で、そして鈴の為にさしたる何かもしてやれないことに、
責任を感じているのだろう、だったらせめて待つくらいは……。
「分かった、俺も人間に戻ったばかりで、まだ本調子じゃないし、ここで一つメシとするか」
「その言葉、待ってたです!」
久しぶりの野営!と腕まくりを始めるシア。
ファラという料理のライバルが現れたことが、彼女のクッキング魂に火を付けているようだ。
手際よく食材を刻み、火を入れていくと周囲に美味しそうな匂いが立ち込めてくる。
「匂いで起きて来ないかな?」
冗談交じりにそんな事を、ついジータが口にした時だった。
琥珀の檻が輝きを放ち、その中から鈴が起き上がる。
その涙で濡れた顔を見て、誰もが理解した。
例え、それが偽りの理想郷であったとしても、
それは今の鈴に取っては、どれ程の救いであったのだろうかと、
そしてその救いを自ら断ち切った、その決意も。
「帰りたく……なかったよ、目覚めたく……なかったよ」
俯き加減で話す鈴、握りしめた拳に涙がポタポタと落ちていく。
「でも……南雲君たちは地の底で駆けまわって、光輝君は皆の希望を背負って、
頑張ってるんだって思ったら……鈴だけ、幸せになんか、無かった事になんか
出来ないって……」
「よく……頑張ったね」
未だ嗚咽を漏らす鈴の頭を、ジータは優しく抱いてやる。
と、鈴のお腹が鳴る音が耳に入る。
「……あ」
赤面する鈴へと、シアは満面の笑顔でスープを手渡し、
そして涙と鼻水混じりの顔のままで、鈴はスープを喉へと流し込む。
「しょっぱくって……美味しく、ないよぉ~~」
と、その時部屋の中央に魔法陣が出現する。
どうやら全員が琥珀から脱したことで次のステージへ強制的に送られるらしい。
「わわっ……まだ途中!」
そんなシアの声がハジメの耳に届くか届かないかの間に、
また彼らの姿は、光の中に飲み込まれて行った。
「森か?」
ハジメたちが転移した場所は、最初と同じ樹海の中だった。
「今度は全員いるみたいかニャ?」
「待ってろ、今確認すっから」
ハジメがゴーグルをセットし、全員の身体をスキャンしていく。
「大丈夫みたいだ、機械的なチェックも感覚的なのも含めてな」
「わ、見て下さい、料理が無事です」
シアの足下には、あのドームの中で並べたままの手料理や食材の数々が、
そのままの状態で、湯気を出していた。
「全く気が利いてるなぁ」
そんなことを口にし、周囲の様子も確認するハジメ、
魔物の気配はない、どうやら食事の続きが出来そうだなと思いながら。
食事を終え、一息つくとまたハジメたちは探索を開始する。
「一番奥に大きな木があるな」
「あれがこの空間のゴールだろうね」
白衣をはためかせハジメに応じるジータ。
全員揃ったということで、即座に彼女は黒猫道士からドクターへの、
ジョブチェンジを行ったのであった。
もちろん例のにゃあにゃあ言葉から単に解放されたかったという理由のみで、
ジョブチェンジを行ったわけではなく、この大迷宮の特徴として、
精神的なデバフに関する対策が必須と見たのだ。
ジータはあらかじめ作成した"ワクチン"をハジメたちへと投与する。
折を見て投与しなおす必要こそあるが、自身と香織の再生魔法があれば、
かなり先まで効果は保つ筈だ。
(後は『マッドバイタリティ』と『アドレナリンラッシュ』をセットしてっと……)
そして彼らは龍に変じたティオの背に乗り、ゴールへと舞い上がる。
律儀に森を抜けるより、ゴールが分かっているなら、
空を飛ぶ方が早いと判断するのは、ある意味当然の事である。
しかし、やはりここは大迷宮、そんな彼らの目論見は失敗に終わる。
浮かんだのはいいが、ある一定の高度まで上がったり、一定距離を進んだところで、
そこから先に進むことが出来なくなってしまったのだ。
どうやら露骨なショートカットは不可能、そう思い直したハジメたちは、
改めて森の中を一歩一歩進んでゆく、偵察に放ったゴーレムの探知網にも、
自身らの気配探知にも、何一つ引っ掛かる事の無い、不気味なくらいに静かな、
そしてその静けさこそが罠の証だと思わせる、そんな森の中を。
結論から言えば、この段階でのジータの読みは的中していた。
本来ならばかなりの難関であったと思われる、森の闇に紛れ、
催淫効果を帯びた乳白色の粘液を、雨の如く撒き散らしたスライムの群れも、
巨木の洞を抜けた先、恐らく本当のゴールであろう大樹の根元にて、
群れを為して待ち構えていた、ゴキブリの大群も、
ジータの投与したワクチンの効果もあり、彼らに取っては、
ただひたすら不快なだけの通過点に過ぎなかった。
「これで……最後か」
ぜぇぜぇと息を荒げながら、最後に残ったゴキブリの群れを焼き尽くし、
その破片をサンプルとして採取するハジメ。
ハジメだけではなく、ユエやシアたちも一様に青い顔を見せている。
やっぱりゴキブリって世界共通で不快って思われてるんだなぁと、
妙な感想を抱くジータだったが、その中で、不快さ以上に、
腑に落ちない何かを抱えているような、そんな表情を鈴が浮かべている事に気が付く。
「鈴ちゃん?何かあった?」
「うん……いいのかな?って思って」
ジータちゃんの作戦にケチを付けるわけじゃないけど、と前置きしてから、
鈴は続ける。
「さっきのスライムもだけど、今も戦ってる時に足元が光ったでしょ……多分あれも……
試練の内だったんじゃないかなって?だとしたらさ……」
鈴の危惧はジータにもよく理解出来た。
恐らく、自分たちは本来の攻略手順とは違う……もしかするとTASめいた事を、
しているのでは?という気まずさを、彼女自身も感じてはいたからだ。
「もしかすると、ズルって思われてるかもね」
だからといってやり直すなどゴメンだ、どうか認めて頂けませんかと、
ジータが祈るように大樹を見上げると、果たして祈りが通じたのか、
自分たちを招くかのように、枝と枝が組み合わさった階段が目前に出来上がる。
「合格……なのかな?」
顔を見合わせるハジメとジータ。
「これで終わりって決めつけるなよ、行くぞ」
階段を昇りきると、そこにはいつものように洞が出来ており、
これまたいつものように進んでいくと、やはり光と共に、転移陣が起動する。
そして光が収まると、ハジメたちはこれまでとは明らかに趣が違う、
庭園のような場所に立っていることに気が付く。
広さは、ちょっとした公園程度はあるだろうか?
高層特有の澄んだ空気に、鼻腔をくすぐる水路から漂う水と、
樹々からの緑の香りは、彼らに試練の終了を知らせているかの様だった。
するとティオが、面白い物を見つけたような表情で庭園の端に行き、眼下を覗き込む。
「ご主人様よ、どうやらここは大樹の天辺付近みたいじゃぞ?」
ティオの言葉に、他のメンバーも庭園の端から下を見やる。
すると、眼下には広大な雲海と見紛う、濃霧の海が広がっていた。
そして目を上げると白亜の庵と瀟洒な庭園、これはもう間違いないと言ってもいい。
「これが……ラピュタ」
「ラピュタはホントにあったんだね」
ぢゃねえよと、どこかから突っ込みが飛んできそうな感想を、
思わず口にするハジメとジータ。
もっともそれは雫と鈴に取っても同じだったようだ。
「さてと……じゃ、早速神代魔法のゲットだ」
安堵感からか、その場に座り込む仲間たちを残し、
ハジメはジータと共に、それっぽい場所、水路に囲まれた庭園中央の、
一際大きな木へと歩み寄り、その後ろからシアがぴょんぴょんと着いてくる
大木の根元の藪の中を除き込んでみると、案の定石版のような物と、
もう一つ何か金属のような物が見える。
もしも南雲ハジメがいわば従来の、戦闘者としての性格が強い男であれば、
ほぼ攻略を確信したこの期に及んでも、万全の注意を払ったに違いない。
しかしこの世界の南雲ハジメは研究者、探求者としての方向に傾きつつある。
だから、警戒よりも、どうしてここにこんな物が?という純粋な興味のみで、
彼はその金属塊に手を伸ばす、余りにも無造作に……。
それが致命的なミスを引き起こすことも知らず。
「モニトトニラミ トカチスカ」
「!」
「ハジメさんっ!逃げてっ!」
「ダメよ!ハジメくん逃げなさい!」
「カチスキイカ ハラナミシ」
シアとガブリエルの制止の声よりも早く、
その金属塊から射出された幾本もの単分子ワイヤーが、
ハジメの身体を貫き、緑の庭園に鮮血が飛び散る。
そして自身と同じように白衣を血で染め、
倒れ伏すジータの姿を、ハジメははっきりと視界の中に捉えていた。
「モラシイ:コイチトカ」
眼前で展開された、あってはならない光景に愕然とするシアには構うことなく、
金属塊は藪を払い、戦闘ロボットの形態を取り始める。
幾千の時を超え、自身を目覚めさせた存在、特異点たる少女を、
そのカメラアイに捉えながら。
「ンラナ クチヒイ ミラ ソクチミソイ」
戦闘ロボ、空の世界で言う機神が、機動音と共に完全にそのシルエットを現すのと、
耳をつんざくかのようなユエの悲鳴が、庭園に響くのは同時だった。
「あああああああああああっ!」
この様にしょっぱい真似するとバチが当たるのです。
次回、主人公コンビ戦闘不能。
ところで機神の言語の法則、お分かりになったでしょうか?