「……ティオ、力比べはダメ」
「分かっておる!」
一度は距離を取ったものの、なおもジータを狙う動きを見せる機神に対し、
ティオはユエの指示に従い、付かず離れずで纏わりつくかの如く、
機神の進路を阻んでいく。
「あの厄介な糸はもう使えぬようじゃの」
メイン武装であろう単分子ワイヤーを失ったとはいえど、
まだまだ装備は豊富なようだ、
流線型の胴体から生えた、四本のマニュピレーターがそれぞれに、
ビームサーベルを抜き放ち。
「ニ ソチミ ミラ コイ クチスモイシ」
そんな機械音声と共にティオへと斬りかかる。
「当たらねばどうということはないわ!」
薬によって強化された動体視力が機神のサーベルの見切りを可能にさせ、
かつ、鈴の張った障壁がその軌道をずらす。
一撃、二撃、三撃。
サーベルはことごとく空を切り、その度、ティオの爪が機神を打つ、
「くうっ…硬いのう……効いてはおるようじゃが。ぐはっ!」
決して油断したわけではないが、ティオの視界を潜り抜け、鈴の障壁をついに突破した、
四本目のビームサーベルがティオの身体を貫く。
「おおおっ……」
その吐息のような叫びは、苦悶と快楽が限りなく入り混じっているように聞こえた。
「わ……妾に取っては痛みは友達じゃ……怖くなんかないわ」
身悶えしつつもティオは、自身の背後で息を呑む鈴へと、
声を振るわせつつ、叱咤を飛ばすことも忘れない。
「じゃからお主も動じるな!自分の役目を全うせい!それにの」
自身を貫いたままのマニュピレーターを、その掌でティオはしかと握る。
「……これで動きは封じたぞ」
が、機神は僅かに前屈姿勢をとる。
と、その背中からチューブのような何かが伸び、
その先端がティオを捉え、何やら光を放ち始める。
その輝きの威力は、おそらく自分の使うブレスと同等かそれ以上……
「リラソノラミ」
幾ら何でもこれの直撃はマズイのではないか……そんな悪寒がティオの背中に走る。
「わ……妾は痛いのは好きじゃが……死ぬのは……ゴメンじゃの」
それでも決して握った腕は放そうとはしない、
それに戦っているのは自分だけではない。
すでに機神の背後には、音もなく忍び寄っていた雫の姿がある。
「俄然として夢から覚むれば、即ち遽々然として周なり」
またそんな口上が自然と口を衝いて出るのを意識しながら、
雫が太刀を一閃させると、
今まさにティオへと目掛け発射されようとしていた、光線の光が掻き消える。
先程の技、『鏡花水月』は、相手の技の発動を遅らせる効果がある、
しかも、どうやら強化効果も無効化させることができる様だ。
機神を覆う障壁が掻き消えたことを、パーティー全員がはっきりと認識し、
そしてシアが動く、地を這うように振り回したドリュッケンでもって、
遠心力たっぷりの一撃を見舞わんと。
かくして、唸りを上げる大槌が、見事に機神の左後方の脚部に、
シルヴァの言うウィークポイントへと命中する。
「テチスミニミキ」
バランスを崩し、一瞬ではあったが機神が無防備な腹部を晒した時だった、
自分らの周囲に独特の……大魔法特有の魔力の乱れを感知し、
ティオら四人がすかさず飛び退くのと。
「"天灼"」
かつてヒュドラ戦で見せた、ユエの雷撃が機神のボディを焼いていく。
閃光の中で悲鳴にも似た軋みの音声が緑の庭園に鳴り響き、
そして光が収まった時、そこには装甲をベコベコに凹ませ、
焼け焦げ、ひしゃげた姿を晒す機神の姿があった。
「寸でのところで障壁を張りなおしたか、今ので倒せぬと……流石に厳しいの」
機神が、未だに活動を停止していないことを察知し、
足元に血溜りを作りながら、ティオは一人ごちる。
まだハジメたちの治療は終わらないのかとの焦れた思いも、
同時に湧き上がるが、振り返る余裕もない。
「どうやらカウンターでしか、こっちの攻撃は届かないみたいね」
「逆に、向こうがバリアを張っている間はこっちにも攻撃が……」
それでも多少は攻略の目処が立った、
そんな気分で顔を見合わせる雫たちだったが……、
その時鈴が、震える指先を機神へと向ける。
そこには、信じられない速度で修復を開始する、機神の姿があった。
ちぎれた脚部は根元から生え、そしてひび割れ焦げた装甲も、
まるで巻き戻すかのように元に戻っていく。
「嘘……ですっ」
「勝手に直っていってるよぉ」
口元を押さえるシア、泣き言めいた叫びを吐く鈴。
さしものティオも、身体から力が抜けるのを感じていた。
これは決して血を流しすぎただけではないと、自身の中で認識しながら。
「……あんな物にどうやって勝てばいいのじゃ」
「そんなもん決まってるぜ」
その声に振り向くと同時に、
クロスビットによるバリアが彼女らの周囲に張られ、
そして、ポーションの雨が傷を癒していく。
「再生の余地がなくなるまで粉砕するしかないよね!」
「おお……」
歓喜にその身を震わせるティオの、いやシアの、雫の、鈴の視界の中には、
ユエとシルヴァに支えられながらも、サムスアップを見せる香織と、
そして完全復活とはいかないまでも、未知の強敵への闘志を漲らせた、
ハジメとジータの姿があった。
「で、具体的に策はあるのかの?」
ティオの言葉に、まぁ待てといわんばかりに、ハジメとジータは、
ほぼ同時に、己の首筋へと注射器を突き立てる。
「かぁ~~すっげえぜ、ハウリアの奴らじゃ、これじゃ一溜りもねぇわなぁ~~」
ハジメの紅眼がぐりんと云った風に見開いていく。
「ユエちゃんはこれね!」
やはり瞳を爛々と輝かせたジータが、
自分たちに打ったのとは別の薬品が入った注射器を投げ渡す。
「……私はいらんぞ」
「私も……ちょっと」
もっともシルヴァと香織は注射器をポケットの中にこそ入れたが、
使用するつもりはないようだ。
血に染まった衣服のままで、ガンギマった表情を見せる、
ハジメとジータの姿は正直言ってかなり怖いのだが、
それは多分お互い様なんだろうなと、先程までの自身らの姿を鑑みつつ、
雫もまた渡された注射器を首筋に打つ。
「ティオさんと、シアちゃん、鈴ちゃんは消耗が激しそうだから、二本目は無しで」
「ま、論より証拠だ」
そう言うなり、ハジメらの姿がティオたちの前から掻き消える。
「奴のバリアは厄介だが、それでも攻撃を完全に相殺出来るわけじゃねぇようだ」
「だからまずは!」
二人は、カウンターの一撃をセオリーどおりに機神へと叩き込んで行く、
もちろんこれだけでは決定打に欠くのは了解済みだ、そこで。
「飽和状態になるまで一方向から攻撃を仕掛け!」
ハジメの二丁拳銃が電磁の火花を散らし、機神の展開した障壁を前面へと集中させ。
「それから、他方向からの時間差攻撃!行くよ!雫ちゃん!」
ジータの言葉にすでに無言で宙を舞う雫、光輝からも聞いてはいたとはいえ、
その手にした太刀、八命切を与えられて以来の、
彼女の戦闘センスの向上ぶりには、舌を巻くばかりだ。
「雪華が如く散れ!」
口上と共に、ハジメの弾幕に劣らぬ斬撃が雫の手から繰り出され、
それから僅かなタイムラグを置いて。
ジータの両手に握られた、飾り気なき火属性の短刀、
その名もシンプルに"ドス"が、ハジメと雫の猛攻により薄くなった障壁を突破し、
機神の装甲と装甲の継ぎ目に突き立つと、
機械片がまるで血渋きのように飛び散り、それはまるで何かの生物のように、
ジータの服の上で、地面の上でのたうった。
さらに黒光りする短剣を、ひび割れた装甲へとジータは突き立て、と、同時に、
ユエが再び雷撃を放つ、その帯電率を限界まで高められた短剣へと
そう、これはミレディゴーレム攻略戦で使用した、
触媒を用いることによる内部への浸透攻撃だ。
そして、やはりというかあの時と同じように機神の装甲が弾け飛ぶ、が。
「ンラナ テニリリ コイ シイトカスラン」
そんな音声と共に、ここで機神は一気に攻勢に出る。
回復よりも攻撃を優先、修復はここにいる全員を文字通り、
"シイトカスラン"してからでも良いと判断したのだろう、
ほぼスケルトン状態になりながらも、
腕部脚部併せて八本のマニュピレーターに、ビームサーベルを生やし、
まさしく荒れ狂うという言葉がふさわしいまでの、
一方的な攻撃を展開しいていく、それこそ薬で強化されたハジメらですら、
回避に専念するしかない程の速度で。
そんな乱戦の中でシルヴァは真上へと銃口を向け、一見無造作に引金を引く。
だが落下、いや精密極まりない予測によって放たれた弾丸は、
寸分たがうことなく、機神の頭上からその胴までも貫通する。
この好機を逃すまいと、ユエは魔晶石での魔力回復に加え、
先程ジータに渡された『アドレナリンラッシュ』を自身の首筋へと打つ。
この薬品の効果は魔力の充填速度を三倍に高める効果がある。
「……くぅ」
金髪を掻き上げ、小さく呻きを漏らすユエ、
牙を覗かせたその口元が、人為的な高揚感と充実感に歪んでいるのが、
はっきりと見て取れる。
「"絶渦""絶渦""絶渦"」
ユエは矢継ぎ早に次々と重力球を重ね掛けし、機神の動きを封じていく。
そして、まるで機神がピン刺しの標本のように、空中に固定されると同時に、
ハジメはパイルバンカーを取り出し、
シアがドリュッケンを構え、ジータが召喚の体制に入る。
「なんだかんだで結局力押しか……よっ!」
そんなボヤキと同時にハジメは地を駆け、
パイルバンカーのアームを機神へとロックすると、一気にチャージを始め、
ほとばしる紅い魔力光と共にトリガーを引く。
『シヴァ!』
炎の破壊神の加護をも込めて。
キュウウウウウン。
これを直撃しては元も子も無いと、
機神は文字通り全エネルギーを注ぎ込んだ障壁を展開し、
断罪の杭をその心臓部の僅か数センチのところで防ぎとめる、が、
さらにシアの振りかぶった大槌が、パイルバンカーへとまるで釘打ちの要領で、
おもいっきり振り下ろされる、しかしそれでも止めを刺すには及ばない。
「だめか……」
パイルバンカーを義手から切り離し、宙に身を躍らせながらも、
そんな言葉を呟くハジメ、だが、その顔は言葉とは裏腹に勝利を確信していた。
そう、機神が前面への防御に意識を集中させるあまり、
その側面が完全に無防備になっていることを、
ハジメは確かに察知していたのだ、そしてその側面を狙える位置には……。
「さっきはよくもやってくれたのう」
「やっちゃえティオさん!」
怒りに燃える竜の、ティオの姿があった、
そして荒ぶる竜の放つ、破壊神の加護が乗ったプレスが炸裂し、
ついに文字通り機神を粉々に粉砕したのだった。
粉砕された機神は、それでもコアを中心にまた再生を図ろうとするが、
その前にハジメがコアを取り上げ、すかさず"鉱物系鑑定"でもって、
その活動を停止させる。
「やっぱりだ……そっちの世界のものだな、これは」
コアをジータに投げ渡すと、ジータの身体の中から、
空の世界へのゲートである前世からのスマホが、
魔方陣と共に展開され、その中へとコアが吸い込まれる、そして。
『新ジョブ開放、レリックバスターが使用可能となりました』
そんなメッセージが表示される。
「これで……やっと……終わり」
誰かがそんな呟きを漏らした時だった。
「合格ですわ、皆さまお疲れ様」
そんな声が、石版、いやその傍らの大木から聞こえた。
「本当に一時は……どうなるかと、皆さま良かった……」
大木から響く声には、そんな風な、限りなき安堵の感情も込められていた。
やはり先程の戦いは、この迷宮の主に取っても想定外の物だったようだ。
次回ハルツィナ編完結。