それなりの経過を重ねた感もありますので。
ドームを抜けたその先には、大迷宮の中であるにも関わらず、
さらなる大迷路が眼下に広がっていた。
壁で区切られ、上が吹き抜けとなっているその構造は、
アスレチックパークなどでよく見る迷路そのままだが、その規模はというと……。
「横幅が十キロメートル程あるから……奥行きもそれくらいあるよね、きっと」
げんなりとした目で、自分たちのいる通路の出口から階下に伸びる階段、
そしてその先のアーチ状の入口を眺めていたハジメだったが、
そのジータの言葉に、さらに暗澹たる表情を浮かべずにはいられない。
「空を飛んで行くわけにはいかぬかの?」
「ハルツィナで試したでしょ、絶対上手く行くわけないよ」
「……やはりそうじゃろうなあ」
ティオの言葉に頷く一同。
「龍太郎くんがいたら間違いなくやってただろうね」
鈴の言葉にも頷く一同、少し懐かし気な笑みを漏らしつつ……。
彼らの頭に浮かぶ龍太郎は、果たして過去と現在どちらの姿なのかは定かではないが。
「じゃあ、壁を壊してみるか、ライセンの時はそれでも一応OK貰えたしな」
今度こそ撃てるぞと言わんばかりの、少しウキウキした顔で、
ハジメはシュラーゲンを構えると、キィイイイイイ!!とこれ見よがしに
チャージ音を響かせ、迷路外縁部の氷壁に向かって引き金を引いた。
少なくとも外観上は砕けない厚さではない筈、その見込み通り、
紅いスパークと共に放たれた閃光は、外縁部の氷壁を穿ち穴を空けることに成功した、
だが、その穴は、瞬く間に周囲の氷が寄り集まり、修復されてしまったのであった。
とてもではないが、通過など望めぬ速度で。
やっぱりな、と言わんばかりの、
それでもどこかスッキリした表情でシュラーゲンを収納するハジメ。
単に撃ってみたかっただけだったのかもしれない。
「ま、コイツがあれば大丈夫か」
「迷路の中でも正常に機能してくれるかは、分からないけどね」
気を取り直し、羅針盤を掌に乗せたジータを先頭に、
迷路の入り口たるアーチを潜るハジメたち、
否が応にも視線が羅針盤へと集まって行くのを感じるジータ、そして。
入り口入って早速の、逆T字路の分岐において、
羅針盤の針は薄い輝きと共に、右の通路を指し示すのであった。
「ふぅ~何とか行けそうみたい」
「ああ、こいつのおかげで迷路が迷路じゃなくなっちまった」
一先ず笑顔を見せるハジメとジータ。
「うぅ、これがあればミレディさんなんて目じゃなかったのに」
「……ん、仕方ない、多分、わざとハルツィナに預けてた」
「うむ、迷宮の位置的にもそうだろう」
シアの言葉に、ライセン大迷宮での苦闘を思い起こすハジメたち、
だがその表情は皆、どこか明るかった。
「随分と苦労したんじゃのう、皆」
冒険の思い出を共有出来ないことについての寂しさを隠すことなく、
羨まし気な表情を見せるティオ、
その傍らでは祈る様に、胸の前で手を合わせる香織の姿がある。
「光輝くん……大丈夫かな?そんな所に挑んで」
「今の光輝ならきっと大丈夫、それにカリオストロさんがついているんだもの」
不安げな表情を浮かべる香織の肩をそっと抱く雫、
その瞳には、だからこそ自分たちもという決意が込められていた。
「さぁ、旅を再開す……あ」
またシャレムの物真似をしようとして、本人がいることを思い出し、
申し訳なさげな表情を浮かべる鈴だったが、
当のシャレム本人はむしろ面白げに鈴へと目を細めるのであった。
「四方十キロメートルってことは、総面積は百キロメートルってことだよね」
「まともになんかやってられないよな、こんな寒いのに」
「それでも暑いよりはマシかもね」
先頭でそんな言葉を交わし合うハジメとジータに続く仲間たち。
「やっぱり圧迫感があるわね」
「うん、それに今までの壁より姿がよく映るから、ほんとにミラーハウスみたいだよ」
雫が、高さ十メートルはありそうな迷路の氷壁を見上げながら呟くと、
隣の鈴が不安そうに周囲の氷壁に映る自分たちの姿を見ながら言葉を返す。
実際、羅針盤がなければいともたやすく方向感覚を失い、
遭難の憂き目に合っていたに違いない。
そんな状況で徒手空拳でこの迷路に挑んだであろう、魔人族の戦士たちに関しては、
素直に敬意と哀悼の意を禁じ得ないハジメ。
「フリードって、案外凄かったのかもな」
「私たち、ちょっと甘くみてたね、この大迷宮のこと」
「しかしそれでも嫌らしいギミックはこれまで見受けられないな」
「戦力と装備さえしっかりしてれば正攻法でクリア出来る迷宮って感じね、今のところは」
シルヴァと雫の言葉に納得しつつも、
ジータは、かつてのミレディの言葉も同時に気に掛っていた、
最初は氷雪洞窟に挑んで欲しかったという、彼女の本心ともいえる言葉を。
そして次はいよいよオルクスかしら?と尋ねたリューティリスへ、
いえ次は氷雪洞窟ですと答えた時の、何ともいえない表情も。
「でも、何かは……あるよ、必ず」
恐らく解放者たちが出来れば最初にと用意した試練が必ず。
と、そこでハジメが不意に立ち止まり、
そして視認も難しい速度でドンナーを後ろ向きに抜き撃ちする。
鈴の頭上を掠めた一撃は、壁から音もなく生えてきた鋭い爪を持った腕を粉砕する。
「今のは振り向いて撃つ余裕があったぞ、横着をするなハジメ」
こと射撃に関しては一切の妥協を許さない師の叱責の言葉に、
身が引き締まる思いを覚えつつ、愛銃を構え振り向くハジメ。
「来るよみんな!左右の壁!」
続くジータの声に、突然のことに泡を喰っている鈴を除く全員が、
すかさず戦闘態勢に入る、と、左右から五体ずつ、
鋭い爪と一本角を持った筋骨隆々な見た目の氷の彫像、
名づけるならばフロストオーガであろうか?が、咆哮を上げて襲いかかる。
しかし、それはもはや彼らの敵ではなかった。
その後、突然氷の槍が突き出すトラップや、
氷壁そのものが倒れてくるトラップなど様々な迷宮らしいトラップと、
奇襲をかけてくる魔物共を突破して行くハジメたち。
確かに多少は手こずる箇所もないわけではなかったのだが、
それでも雫の言う戦力と装備さえしっかりしてれば正攻法でクリア出来る迷宮の域を、
未だ出ていないと感じる一行。
そして、探索を続けること十数時間。
そろそろ休憩でも……と、誰しもが思い始めた頃、
彼らの前に、大きな両開きの扉が立ちはだかったのであった。
「これはまた壮観な扉じゃのぉ」
「……ん、綺麗」
その巨大な扉は、氷だけで作られているとは思えないほど荘厳で美麗だった。
茨と薔薇のような花の意匠が細やかに彫られており、四つほど大きな円形の穴が空いている。
「はぁ、セオリー通りなら、この不自然に空いている窪みに何かをはめれば、
扉は開くってことなんだろうな。全く、面倒な……」
開くわけないなと思いつつも、取り敢えずは
その扉の前に立ち渾身の力を込めて押してはみるハジメ、やはりユエたち同様に、
扉に施されたその美麗な細工に目を奪われつつ……。
(確かこの迷宮を作った解放者の天職って……)
「……ハジメ、取り敢えず」
何かを促すユエ、その視線の示す先には雫と鈴の姿がある。
口では大丈夫と言い張りつつも、やはり疲労の色は隠せない。
「そうだな、一旦、休憩にしよう」
奇襲を受ける可能性が高い壁際は避け、部屋の中央に巨大な天幕を張るハジメ。
本来ならば、その外見は遊牧民族が使用するそれに酷似した物になるようであったが、
奇襲に備え、壁の部分は取り払われている。
それでも、下は床暖房な上に、支柱それぞれを結ぶように、
結界と冷気を遮断する機能が施されている。
「外はこんな寒いのに、なんだか不思議な気分だね」
そういいつつも、掌を擦り合わせながら早速部屋の中央のコタツへと潜り込む鈴。
「何か気が付いた点があるなら、大いに言ってくれ、参考にしたい」
「……南雲君はこれから先を見据えているのね」
「ああ、これは俺たちだけが使うものじゃないからな」
戦う意思があれど、戦う力のない者を戦いに駆り出さない、
それはハジメにとっては誓いのようなものである。
ぶっちゃけ、自分たちの後ろでがんばれと旗を振っていて貰うだけでも構わないのだ。
自分で望み、好んで行う戦いである以上は。
しかし反面こうも思う、それを許すリリアーナでは、メルドでは、シモンでは、
そしてこの世界の人々では決してないだろうと。
だからこそ、彼らは自らの意思で神の馘から、
神に与えられた価値観からの脱却を図る道を選んだのが何よりの証である。
そして相手が本当に"神"に相応しき力を持つのならば、この世界の人々に、
戦士たちに必ず力を貸して貰わねばならぬ時が来る筈。
ならばせめて、この世界の戦士たちが戦場であっても万全の状態でいられるように。
この天幕にはそういう思いも込められていた。
ともかくめいめいに寛ぐ仲間たちを眺めつつ、
ハジメとジータはそれぞれのクロスビットを迷宮内へと放つ。
「ま、素直に四つの鍵を探して歩き回る必要もないだろ」
「クロスビットに回収させて、私たちはもう少しのんびりしよ」
「でも、悪いよ、だってそれ」
確かこの装備は脳波コントロールだと聞いている、自分たちだけ寛いでいいものか?
そんな表情を浮かべる香織へと、ハジメは苦笑しつつ説明する。
「この天幕は回復機能やリラックス効果もあるしな、
クロスビット数機を操るくらいどうってことないさ」
「ハルツィナの事を思うと少し気にはなるけど……」
「こいつに頼ってる時点でもう今更だしな」
今も光を淡く放つ羅針盤を見つめるハジメ、
その一方で、あの裏技めいた手段でクリアした試練の数々、
そしてその先で自分たちがいかなる目にあったかを思い出すジータ。
「でもきっとヴァンドゥルさんがまだ奥で生きてたら、やっぱり怒るかもね
ズルだって」
「いや、ミレディやリューティリスに聞いた性格通りだと、一番後回しにされたことに
腹を立てそうなタイプと俺は見てる」
リューティリスが語る、ヴァンドゥル・シュネー評を思い出す二人。
『彼の写真は見たかしら?見ての通り独特の美意識があって……
よくオスカーとは喧嘩していましたわね』
「ヴァンドゥル・シュネー……か」
不意にその名を口に出すハジメ、
その鼻腔にシアが作ってる鍋料理の食欲をそそる香りが、
そしてコタツの上にはコンロが乗せられているのが目に届く。
どれも、自分たちの世界ではありふれた当たり前の物に過ぎない、
だが……この世界では?
解放者が生きた時代より数千年。
数千年あれば、この世界の人々はもっと進歩出来た筈なのだ、
自分たちの世界がそうだったように。
だが神の悪戯により未だ彼らは中世の価値観と、剣と魔法の世界に縛られたままだ。
(あんたも……そしてオスカーも悔しいだろうな)
先人たちの築いた文化を、技術を文明をいとも容易く無に帰すような真似を、
神がするのであるのならば、やはり、技術や創造に携わる者として許すわけにはいかない。
そんな決意を新たにしつつ、今度はかつて牢獄で使った、
空間を繋げる鍵型アーティファクトである"ゲートキー"をハジメは取り出す。
「まず……一個」
そんな呟きの元、ハジメはおもむろに鍵を探索させているクロスビットとの間に空間を繋ぐ、
おお……そんなどよめきを背中に受けつつも、ハジメは台座の上の宝珠に視線を向ける、
と、その瞬間、凄まじい雄叫びと共に、宝珠の向こう側から鬼の形相で迫ってくる、
体長五メートルはあるフロストオーガの姿も見える。
「ふぎゃっ!」
「だ、誰かタオルっ!……早く」
何やら悲鳴と慌てる声も聞こえるが、それには構わず、
ハジメはゲートに手を伸ばして黄色の宝珠をひょいと取ると、
プレゼントとばがりに手榴弾を投げ込み、そのまましれっとゲートを閉じる、
ちゃんと戦ってやらんで申し訳ない、と、そんな思いも込めて。
そしてその直後、遠くで盛大に爆音が鳴り響いたのを確認すると、
ようやく出来立ての鍋を思いきり床にぶちまけてしまい
ベソを掻くシアを慰めてやるハジメであった。
敵だから殺すという単純明快さもハジメの、
ひいては原作を構成するエッセンスの一つとは思いますが。
それだけじゃちょっとなという思いもありましたので、
今作ではより明確に戦う理由を与えることにしました。