ありふれた錬成師と空の少女で世界最強【完結】   作:傘ンドラ

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ガブリエル様、動く


慈愛の天司

どれくらいそうしているのだろう?

(今日は…いつ?何日?)

 

ハジメは、現在、横倒しになりギュッと手足を縮めて、

まるで胎児のように丸まっていた。

 

時折何かを思い出したかのように、同じように隣で丸まっている、

ジータの胸が上下に動き、微かに呼吸の音がすることを確認して安堵する。

二人が奈落に落ちた日から既に四日が経っている。

 

彼らがなぜ生き長らえているのか?

ハジメは微かに首を動かし、地に滴る水滴を啜る。

 

 

(起きて!起きて!…ちゃん)

 

 

水滴が頬ほおに当たり口の中に流れ込む感触に、

ハジメは意識が徐々に覚醒していくのを感じた。

ついさっきもこんなシチュエーションだったなと思いながら、

ハジメは瞳を開き…、

左腕を伸ばそうとしてその先が無いことに愕然とする。

 

だが、傷が塞がっているのはどういうことか?

通常なら助からない出血量なのは周囲の様子を見ればわかる。

 

「この水がハジメちゃんの口の中に入ったら傷が塞がったの」

 

ホラ私も、と、ジータは自分の左腕を見せる、確かに痣が消えていた。

 

再びハジメの口元にぴちょんと水滴が落ちてきた。

それが口に入った瞬間、また少し体に活力が戻った気がした。

ハジメは駆られるように錬成を繰り返し水源を辿って奥へ奥へと掘り進んでいく

不思議なことに岩の間からにじみ出るこの液体を飲むと魔力も回復するようで、

いくら錬成しても魔力が尽きない。

 

そしてようやく辿りついた水源、そこには見るからに神秘的な輝きを放つ石があり、

癒しの水はそこから滴り落ちていた。

こうしてハジメらはほとんど動かず、滴り落ちる癒しの、正式には神水という

のみを口にして生きながらえていた。

 

しかし、神水はただ命を長らえさせるだけのものに過ぎず

苦しみまで消してくれるものではなかった。

現在、ハジメは壮絶な飢餓感と幻肢痛に苦しんでいた。

 

(どうして僕が…僕らがこんな目に?)

 

ここ数日何度も頭を巡る疑問。

痛みと空腹で碌に眠れていない頭は神水を飲めば回復するものの、

クリアになったがためにより鮮明に苦痛を感じさせる。

 

それはジータも同じだった。

"サバイバル"技能ゆえか、飢餓感にこそなんとか耐えられたが。

己の苦しみではなくハジメの苦しみ、悲しみ、痛みがジータの心を苛み続けている。

 

(い…痛い…)

 

自分の腕はちゃんと繋がっているにも関わらず、

ありえない幻肢痛に顔をしかめるジータ。

脳が混乱してマトモに考えることすらままならない。

 

(でも私より…もっと苦しいんだね…ハジメちゃん)

 

苦しい、苦しい…だがそれでもハジメは神水を啜るのを止めない。

 

「ジータちゃん…だけは…それに」

 

(死にたい…でも、死にたくない、僕が死んだらジータちゃんが泣く)

 

それから更に三日が経った。

飢餓感は一層強くなり、幻肢痛も一向に治まらない、

それでもハジメは掌に水を集めてジータに与える。

己の救済を求める以外の何かをしなければ、肉体はともかく精神が持たない。

 

「ねぇ…起きてよ…」

 

ハジメがジータを救いたいのと同様、ジータとてハジメを救いたい。

…だが押し寄せるハジメの精神の悲鳴から、

"防壁"技能による眠りという手段で己の心を守るのに精一杯なのだ。

眠りから覚めれば自分のモノではない、

ありえない苦痛に精神を潰されてしまっていただろう。

 

そして八日目辺りからハジメの精神に異常が現れ始めていた。

己の死と生を交互に願っては、それを隣で眠る幼馴染の顔を見ることで、

生の方向に自分の精神の天秤を傾け、それでなんとか安定を保っていたハジメの心に、

ふつふつと何か暗く澱んだものが湧き上がってきたのだ。

 

それはヘドロのように、恐怖と苦痛でひび割れた心の隙間にこびりつき、

少しずつ、少しずつ、ハジメの奥深くを侵食していった。

 

(なぜ僕らが苦しまなきゃならない……僕らが何をした……)

 

(なぜこんな目にあってる……なにが原因だ……)

 

(神は理不尽に誘拐した……)

 

(クラスメイトは僕を裏切った……)

 

(ウサギは僕らを見下した……)

 

(アイツは僕を喰った……)

 

次第にハジメの思考が黒く黒く染まっていく。

白紙のキャンバスに黒インクが落ちたように、

ジワリジワリとハジメの中の美しかったものが汚れていく。

 

そしてその闇はジータの心まで侵し始めようとする。

その闇から無意識に逃れるために、彼女はより深い眠りへと沈む。

 

誰が悪いのか、誰が自分たちに理不尽を強いているのか、誰が自分を傷つけたのか……

無意識に敵を探し求める。激しい痛みと飢餓感、

そして暗い密閉空間がハジメの精神を蝕む。暗い感情を加速させる。

 

九日目には、ハジメの思考は現状の打開を無意識に考え始めていた。

激しい苦痛からの解放を望む心が、

湧き上がっていた怒りや憎しみといった感情すら不要なものと切り捨て始める。

 

憤怒と憎悪に心を染めている時ではない。

どれだけ心を黒く染めても苦痛は少しもやわらがない。

この理不尽に過ぎる状況を打開するには、

生き残るためには、余計なものは削ぎ落とさなくてはならない。

 

(僕は何を望んでる?)

 

(僕は生を、そして…)

 

(じゃあそれを邪魔するのは誰?)

 

ベヒモス、蹴りウサギ、爪熊、いやそれに限らず様々な何かが浮かんで消える

いや、そんなのは些末事だ、要は。

 

(僕の邪魔をするもの、理不尽を強いる全て、幸せを、大切を奪うものは

……全部敵だ、そいつが強いか正しいかなんて関係がない)

 

(では僕は何をすべきだ?)

 

(僕は、俺は……)

 

 

 

 

「……なさい、起きなさい」

 

聞き覚えこそないが、その優しい呼びかけにふと目を覚ますジータ。

心を蝕み続けた絶望も、体を苛み続けた幻肢痛もすっかり消えている。

 

そんな彼女の目の前には"女神"または"天使"としか形容できない程の美しい女性がいた。

事実、その背中には幾枚もの翼を広げ、髪の色も安らぎを感じさせる淡い桃色だ。

何故かナース服なのがとても気になったが…。

 

「あれ…また死んだんですか?私」

 

ぼんやりとそう問いかける。

まぁ死ぬわなと思う、でもハジメちゃんの隣で眠れたならそれもいいやと少しだけ思う。

 

「今度の担当はあなた…って!あの駄女神呼んで下さいよ!

おかげでこんな酷い目にあったんですから!」

 

と、言ったところで冷水をぶっかけられる。

 

「な!」

「目は覚めたかしら?」

 

微笑を絶やさぬままに天使は光を放つ。

この光には覚えがある、あの日…召喚の実験をして失敗した時の。

 

「ガブリエル…?」

 

きょとんとした声を上げるジータ。

 

「あなたの大切な男の子が魔道へと堕ちようとしているわ!

女の子なら早く起きなさい!」

「魔道って…あああっ」

 

不意に心を襲う黒い何かにのたうつジータ。

絶望?いやそんなマトモなものではない、絶望すら通り越した、

漆黒の闇がハジメの心に満ちてこようとしている。

なぜこんなになるまで自分は眠りこけていたのだと自分を責めるジータ。

こんな風になるなら…いっそ。

 

「しっかりなさい!」

 

今度は頬を打たれる、見た目によらず乱暴だ。

 

「こんなことで取り乱していたら、これからには耐えられないわよ」

「これ…から?」

「ご覧なさい」

 

ガブリエルが示した指の先には何かの映像が映し出されている、

そこには武器を振るう一人の少年がいた。

 

「え?」

 

それはジータですら一目では分からないほどに変貌したハジメの姿。

何より違っていたのは、嬉々として戦いに身を投じるその獰猛な笑顔だった。

 

生き延びるためにハジメが選ぼうとしている、いや選んだ道は、

人が踏み込んでならぬ魔界への道だった。

ただただ立ち塞がるモノを守護と生存を理由に、いや言い訳にして

ひたすらに屠る姿は…強さと引き換えに優しさを、人の心を捨てたそれは、

もはや人ではなく。

 

「ケダモノ」

 

ポツリとジータは呟く。

 

獣がその力を振るうたびに、誰も彼もが彼を畏怖し離れていく、

その中には香織がいた、雫もいた。

そして彼の両親である愁と菫の姿もあった。

 

かくして誰かを守りたいと願った少年はその力ゆえに誰も守れず

ただ孤独を友に流離うことになる。

そしてその足跡には地獄ですらない虚無がただ広がるのみだ。

紅に染まる空を背景に抜け殻のように佇む一人の少年。

その姿には悲しみよりもむしろ寂しさを感じずにはいられなかった。

 

あまりにも過酷な光景を目の当たりにし、へたり込むジータ。

 

「冗談…です…よね?」

「冗談じゃないわ、これがあの子の、南雲ハジメの辿る未来よ」

「これ…決まってるん…ですか?」

「ほぼ…ね」

 

曖昧な回答を口にするガブリエル。

 

「どうしたら!どうしたらハジメちゃんを助けることが出来るんですか!」

 

ガブリエルに縋りつくジータ。

 

「ほぼってことはまだ手はあるんでしょう!だから私…起こして…ひっぐう」

 

またガブリエルはジータの頬を打つ。

 

「方法は一つだけよ…でも」

 

今度は優しくジータの頬を両手で包み、抱き寄せるガブリエル。

その青く澄み切った瞳を見ると悲しみに荒ぶった心が鎮まっていくのを感じる。

 

「泣き止まないと教えないわ…」

「意気地なしの泣き虫の女の子には教えられないのよ、これはね」

 

意気地なし、泣き虫と言われゴシゴシと必死になって涙を拭くジータ。

そうだ、泣いてなどいられない、自分を信じてチャンスを与えてくれてるであろうガブリエル、

そしてなによりハジメのために。

 

「女の子なのね、素敵」

 

まだジータの瞳からは涙が溢れていたが、大切なのはそんなことではない。

要は覚悟があるかどうかだ。

ガブリエルはジータの覚悟が定まったのをその顔を見てしかと確認すると、

説明を始める。

 

「あなたとハジメくんの魂は繋がってるの、いびつで不完全な形だけどね」

 

とんでもないことをサラリと言われたが、

ああ、と納得するジータ、だからハジメちゃんの気持ちや身体の傷までもが

自分へとフィードバックしていたのかぁと、でも何故?

 

「多分、あなた本来の持つ力への辻褄合わせね」

 

今の彼女がいわば自分の知らぬ何かによって造られた存在と仮定するなら、

ひどく急ごしらえでいい加減なやり方で造り上げたものだとガブリエルは思う。

 

そう、件の駄女神は能力の再現や整合性ばかりに気を取られて、

機能性や利便性を全く無視していたのだ。

だが…今回に関してはそれが幸いし、二人は未だ個を保つことが出来ている。

そのいびつで不完全な繋がりのおかげで、こういう手段を取ることも出来る。

 

「だからそれを利用して、あなたとハジメくんの精神を一度完全に繋げるわね、

あなたが闇の中に沈んで行こうとしているハジメくんを救うの」

 

ジータの両肩を掴み寄せ、もう一度その顔をその瞳を覗くガブリエル。

 

「あなた自身も闇に飲み込まれ、戻ってくることは叶わないかもしれない

…それでもいいよね?」

 

答えなんて聞かなくても分ってる、そんな風にガブリエルは問う。

そしてジータは無言で強く頷き、ガブリエルへと促すようにその手を差し出す。

 

(一人じゃないよ!ハジメちゃん!…だからぼっちになんかなっちゃダメ!)

 




頑張れジータちゃん。
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