途中、何度か休憩を挟みつつハジメたちは、
ミラーハウスのような通路をひたすら進み続ける。
「頑張れ!直線距離ではもう一キロもないんだ」
先頭でハジメが必死に仲間たちに激を飛ばすが、
やはり仲間たちの顔は総じて暗く、きっと自分も似たような顔をしてるのだろうなと、
思えてしまうのはやむを得ないが、それでも自分が前を向かねば始まらない。
―――ちょっと前とはえらい違いだね。
また雑音交じりの声が聞こえる、どうやらこの雑音は自分にしか聞こえてないようだ。
それが余計にハジメの不安を掻き立てて仕方がない。
正直、声についてはそれほど気にはならない、気にはなるのは、
何故自分だけ雑音が混じっているのかという部分だ。
「くそっ」
さらに集中力が低下しているここに来て、まるでそれを見越したかのように、
散発的に襲い来るフロストオーガや、嫌がらせのようなトラップの数々が、
じわじわと自分らの精神力を擦り減らしていく。
今も奇襲をかけて来たフロストオーガの頭蓋を瞬時に吹き飛ばすハジメ。
―――力を奮うのは楽しいだろ。
―――もっと思うがままに曝け出したいだろ。
またそういう声が聞こえる、声を振り払うようにハジメが周囲を見渡すと、
重そうな身体を引きずるような仲間たちの姿が目に入る、
何せ仮眠を取ろうとしても、それを妨げるように聞こえてくるのだからたまらない。
特にユエの消耗が酷く思えるのが……またハジメの焦燥を誘って仕方がない。
「!」
と、その時、ふと見上げた正面の氷壁に映る自分の姿に、
ハジメは違和感を覚え、立ち止まるとゴーグルを使い入念に壁をチェックしていく。
「ハジメくん?」
やや神経質にも思えるハジメのその態度に、
仲間の中では比較的平静を保てているように思える香織が声を掛ける。
「どしたの?」
「いや……うう」
どう説明したものかと一瞬考えを巡らすが、
結局気のせいと誤魔化すことを選択し、また先へと進むよう
仲間たちへとハジメは促していく、腑に落ちない顔をしながらも……
(確かにあれは……でも何だったんだ)
そう、映っていたのは確かに見慣れた自分の顔だ、
しかし一瞬だけその顔がブレるように変化したのだ……何故か眼帯を付けた自分の姿に。
そしてそれから小一時間後、彼らはついにこの迷路の終着駅であろう、
巨大な空間、そして巨大な門の手前へと到着した。
門を遠目に捉えた時は、また宝珠か何か探すの!?と、少し足が萎えかけたのだが、
扉の意匠を見る限りどうやらその心配は無さげである。
「……反応あった?」
「いや、相変わらずだな」
ゴーグルでの周辺のスキャンを終えたハジメがジータに応じる。
「ん……なら行くしかない」
やはり普段とは違い、苛立ちを隠さないユエの頭を軽く一撫でし、
ハジメはジータと並び部屋へと入って行き、その後にユエたちも続く。
そして部屋の中央に差し掛かった時であった。
太陽の如く強烈な光と熱が彼らの身体を包み込む、
そしてその陽光が、空気中の水蒸気の結晶に乱反射し、
キラキラと幻想的な光景をも展開し始める。
「……きれい」
思わずそんな呟きを雫が漏らすが、
だがハジメは手放しでその光景を楽しむつもりはない。
それにかつてこういう兵器を自身でも考案したことがある……まさか。
そうハジメが危惧している間にも、氷片は刻一刻と輝きを強くしている。
「くるぞレーザーだ!皆防御を固めろっ!」
まさかを確信に変えたハジメが叫びと共にジータへと手を差し伸べ、
それに呼応しジータもまた叫ぶ。
「ギルガメッシュ!」
二人の求めに拠って降臨した背中に無数の武器を背負った半神の暴君が、
次々とレーザーを切り払っていく。
カンカンカンカンと障壁にレーザーが当たっては弾かれる、そんな音を耳にしながらも、
その雄々しき姿にほえ~~っと、鈴が間の抜けたような感嘆の声を上げる。
「お前達は…まだまだ強くなる…!」
「は、はい!」
太古の戦士にそう励まされ、やや驚いたようにではあったが鈴は頷く。
「霧まで掛かってきやがった、皆扉まで走るぞ!」
障壁を展開したままで、彼らは一斉に扉へと駆け出す、
四方から放たれる熱線は、いかに"聖絶"といえども晒され続ければ、
容易く貫通してしまうであろうと思われた。
しかし暴君の刃によるカット効果が加わることにより、
熱線は本来の威力を発揮することなく、乾いた音を残して弾かれて行く。
これならば出口まで辿り着ける筈、しかし、やはりと言うべきか、
床に映った巨大な影にハジメが上空に目をやると、
そこから大型自動車くらいの大きさの氷塊が複数落ちて来たのだ。
その中心部には赤黒い結晶がこれ見よがしに輝いている。
「本命か……」
氷塊は床にクレーターを穿ちながら着地するなり、
大斧と盾を両手に構えた氷の巨人へと変形する。
その数は全部で十体、ちょうど自分たちと同じ……と、それだけを確認すると、
ハジメはやったるでーとばかりにメツェライを取り出し、
ジータがすかさず指示を飛ばすと、残りのメンバーは一か所に固まり、
また障壁を、鈴に代わってユエが"聖絶"を、
そしてジータが『タクティカル・シールド』をそれぞれ展開し備える。
(やってやるよ、お望み通り思うがままに、な)
満を持して、そしてここまでのフラストレーションを発散するかの如く、
ハジメはメツェライのトリガーを引く。
その時、僅かに囁き声が聞こえて、すぐに掻き消えた。
「オマエも結構ムチャするな」
粉々になったフロストゴーレムの残骸が広がる中、
シャレムが感心しているのか呆れているのか、よくわからない口調でハジメへと話しかける中、
その一方でジータは何か考え深げな表情を見せている。
「んー、何かのデバフがハジメちゃんが攻撃した時に発動するようになってたみたい」
例の声とは違い、明確な状態異常を引き起こす何かであったのだろう、
だからバリアが反応した。
「やっぱりジータちゃんの張ってくれてるバリア凄いね、
デバフまで防いでくれるんだから」
本来の防御担当である鈴が感嘆を隠さず声を上げる、
彼女の障壁の強度も目を見張るものがあるが、それでも状態異常までは防げない。
(状態異常……あの囁き声……)
ジータがもしもいなければどうなっていたのか?それは今更検証不可能なので、
ハジメは考えないことにした、結果オーライなど恥ずべきことと思いながらも。
しかし今に至ってなのだが、確実に背中が凍るような予感を覚えているので、
きっとロクでもないことにはなっていたには違いない。
「すまん、もしかすると軽率だったかもしれない」
とりあえず予感に従い、仲間たちへとハジメは頭を下げ、
仲間たちも、やはり腑に落ちぬところは感じつつも、それについては笑顔で応じる。
「それはいいとしてさ、でも、そのデバフが試練に直結する物だったとしたら……」
心配げな鈴の声にはシャレムが応じる。
「オマエたちは自分の能力に則ったやり方でここまで来ている、
そう心配することはあるまいと、わたちは思うが」
「ああ、別にカンニングってわけじゃない、それに……」
自分の想定した解法じゃないから、正解を認めないというのは、
出題者の傲慢であろうとハジメは思う、同時に出題者の特権でもあるがとも。
「それでも私たちのやってることって、試験に辞書や電卓を持ち込んでるような物だしね」
「そもそも異世界の人間が挑むことなど想定してる筈もあるまい」
シルヴァの指摘に頷くハジメたち、だが一方でこうも思う、
いつまで経ってもこの迷宮のコンセプトが見えて来ないと。
これではやはり雫の言う通り、装備と戦力さえ整えばクリア可能な、
単に難易度が高いだけのダンジョンの範疇だ。
確かに徒手空拳で、半端な覚悟で神に挑むなという、
いわば戦いの厳しさを教えるという意味では、十分に試練の域に達しているとは思うが。
しかし太陽やレーザーは消えたものの、肝心の扉は未だ開く気配はない。
審議中……そんな言葉が一行の頭に浮かび、
そしてその視線がやり過ぎたハジメへと集中する、決して責めてるわけではないが、
「そんな目で俺の方を見ないでくれ」
内心のやっちまった感を誤魔化すように苦笑いするハジメだが。
―――いつまで仮面を被る?
またそんな声がハジメの耳に届く、雑音交じりで。
と、その時、例の……神代魔法習得の際の、記憶を精査されるような独特の感覚が、
各自の頭を走り、そしてようやく出口となるはずの巨大な門が、
クリアを示すように燦然と輝き出し、開くのではなく光の膜を形成し始めた。
「これで終わりかな?」
「いや……」
香織の言葉にハジメは首を振る。
これで、この程度で終わりなら解放者たちがわざわざ最初にと、
直接自分ら相手に口にする筈がないのだ。
恐らくこの先に待つ物こそが、真の最終試練なのだろう。
ともかく、道が拓けたことに安堵しつつ、ハジメは仲間たちと共に、
光の門へと飛び込んで行くのであった。
視界を染め上げた輝きが収まると、そこでハジメはゆっくりと目を開いた。
「……分断されたか。まぁ、予想はしてたがな」
一瞬、羅針盤が無くって皆大丈夫か?そんな心配が頭を過ったが、
鏡に囲まれた一本道を眺めつつも、安堵の息を吐き、
ハジメは足音を響かせつつ、ひたすら前進する。
ジータやユエたちも、今同じように一人でこんな寂しげな道を歩いているのだろうか?
そんな思いを巡らしつつも、歩くこと十分。
やがてハジメは、中央に天井と地面を結ぶ巨大な氷柱のある大きな部屋に辿り着く。
鏡のような氷壁と同じく、円柱型の氷柱もよく自分の姿を反射している。
「あの氷柱か……」
もう一度周囲を見渡し、無駄とは知りつつもスキャンも行う、
ハルツィナでの失敗を重ねないように、ましてや今は一人なのだ。
やはりというか目に見える異常は発見できず、
観念したかのようにハジメは氷柱に歩み寄る。
まるで鏡の奥の世界からもう一人のハジメがやって来ているかのように、
ハジメが近づくにつれ、その姿が徐々に大きくなっていく。
あの時の……まだ自分が教室にいた頃の姿が。
「ようやく分かった、この迷宮のコンセプトが」
ハジメの声に、鏡像のハジメが頷く。
「ハルツィナが集団としての絆の強さを試す迷宮なら、
ここは個人の心の強さを試す迷宮ってことか」
ならば確かに、ミレディがリューティリスが最初に挑んで欲しかったと望むのも頷ける。
心弱き者が力のみを得ればどうなるか……。
「そうだよ、この迷宮は自分の心の奥底に仕舞い込んでいた負の部分を否応なく
曝け出し向き合わせる、それこそ……」
そこで鏡像のハジメが鏡から抜け出していく、その身体を、髪を、服を、
黒く染めながら。
「普通に生きてさえいられれば、生涯気が付くことも無いようなことまでも、だね
「そうでもしなきゃ神には勝てない、いや、戦わせるわけにはいかないってことか」
が、一方のハジメは、目の前の現象にも動じることはない。
ただし動じてはいないが、興味深々と言った表情は隠してはいない。
「なぁ、なんでお前……姿が時々ブレてるんだ」
だからとりあえずは眼に付いた疑問を口にしてみる。
「それにあのノイズは何だ?俺にしか聞こえてなかったみたいだぞ」
「そこを気にするんだね……今の君は」
「自分と自分で話が出来る機会なんてそうそう無いからな、
それに正直ここまでカンニングしてるような罪悪感があって、ちょっとキツいんだわ
だからせめて最後くらいはってな」
避けられない試練であるのなら、真っ当な試練であるのならば、立ち向かうしかない。
戦いもまた同じだ、避けられないのならばこの手を血に染めねばなるまい、
実際に汚して来たという自覚もある。
「戦うのはいつでも出来る、そう言いたいんだよね」
「避ける努力はしてるつもりさ」
実際は避けても避けても、難題がやって来るような状況ではあるが、
ともかく黒ハジメは、そんなハジメの返事に苦笑するような仕草を見せるが、
すぐにその表情は真顔に戻る。
「残念だけど時間が無いんだ、君の場合は……だから早く確かめないとならない」
それがブレる鏡像や、ノイズ交じりの声の理由なのはすぐに推測出来た。
とりあえず、どちらかともなく錬成でベンチを作ると、
そこに座る様にやはりどちらかともなく促す。
「やっぱり俺は俺、なんだな」
ハジメの言葉に黒ハジメは揺らぐ姿であっても、にこやかに頷いた。
次回は、この作品におけるハジメの過去話の予定です。