自分なりに、この作品なりのハジメの過去を考えてみました。
それから色々考えたのですが、今回の迷宮の試練につきまして、取り上げるのは、
ハジメ、ジータ、それからユエの三人のみとさせて頂きます、ご了承ください。
「と、じゃあまずは生い立ちから始めようか」
「時間があんまりないんじゃないのか?」
ブレる姿、ノイズ混じりの声、やはり自分の姿なだけに、どうしても心配になってしまう。
「うん、そうなんだけどね……けれどこれは必要なことなんだ、
僕という過去があるからこそ、君という現在が存在するんだから」
その人を舐めてるような態度が少し気に障ったが、
自分に対して腹を立てても仕方ないと思ったので、
とりあえずは黙って話を聞いてみようと、ハジメは三角座りで黒ハジメの言葉を待つ。
「ま、履歴書じゃないんだから、飛ばせるところはさっくりで、
子供の頃……小学校低学年くらいかな?
両親の影響こそあれど、君はまだその時はアニメやゲームへの傾倒も、
平凡の域に収まるレベルに過ぎなかった、何よりも子供だったからね」
「……そもそも子供が起きてる時間にアニメやってないもんな」
そう、アニメは本来子供のための物なのに、どうして今は深夜にばかりやっているのか?
(全くだ)
「でも、どちらかというと君はアニメそのものが好きというわけじゃなかった、
アニメの中のヒーローが好きだったのさ……そして」
黒ハジメの指摘に、何故か頬を染めるハジメ、
そう……自分がヒーローになりたかったのは……。
「そう、ジータちゃんがいたから、ジータちゃんにかっこいいところを見せたかった
生まれる前から互いの両親が親しかったこともあり、
君たちもまた、物心ついた頃から当然の様に親しい関係を築いていた」
確かにとハジメは思う。それにどういうわけか彼女とは、
ジータとは不思議なくらい馬が合った、
かといって決してそれは友情でもなければ恋でもない、
例え精神的に未成熟であったことを差し引いても……そんな奇妙な関係だった。
(今思えば……あれも兆候だったんだろうな)
ハジメはジータとのリンクを確かめるかのように胸に手をやる。
「ちょっと、話の途中」
「悪い」
「たく、それくらい正直になれてたら、もっと楽だったのかもしれないけど
まぁそれも運命のアヤだね」
「でも君は……少しずつそれが叶わない夢だということを悟るようになってしまう
何故って?もっと相応しいヒーローがいたからさ、ジータちゃんの傍には」
「グランの……ことか」
蒼野ジータの双子の兄、蒼野グラン、天之河光輝にとってのみならず、
南雲ハジメにとっても彼は輝かしく完璧な存在だった。
「君はヒーローであらんとジータの前で試みようとすればするほど、
グランとの差を確実に感じるようになってしまった」
「所詮は真似事だもんな……」
本物の前では空しくなるばかりである。
「そして決定的な出来事が起こった、不良たちに絡まれている……」
「くっ」
そこで余裕の態度を見せていたハジメが、ようやくその顔を顰め始める。
だが、ここからが大切だと影はハジメの肩を掴む。
「聞くんだ!聞かなきゃだめだ!」
その声音は試練と言うより、まるで力付けているかのようにも聞こえた。
「そう、あの日……グランが真っすぐにお婆さんを助けに入ったのとは逆に……」
「……逃げ出したんだ、俺は……けどっ……あの時は」
まだ自分は無力な子供だった、立ち向かえと言う方が無理がある、
むしろ立ち向かえる方が、どう考えても異常なのである、
実際、周りの大人たちは誰も彼を責めることはなかった、
もちろん見事すぎる機転で以って、不良たちをやり込めたグランも、
けれど……ヒーローならば……こんな時。
「そしてその日以来……君はグランのことを直視することは出来なくなっていた、
もちろん出会えばちゃんと挨拶はするし、アニメやゲームの話だってしたし、
勉強だって教えて貰った、けれど、少なくとも君にとってグランは、
酷く遠い存在になってしまった」
ちなみにこうしてハジメが蒼野家への出入りを避ける様になって暫く後、
一人の少年とその友人たちがそれと入れ替わる様に、
蒼野兄妹との交流を深めていくことになる。
そう、言わずと知れた天之河光輝と、その友人、
坂上龍太郎、白崎香織、八重樫雫の四人である。
従ってもしも彼が、南雲ハジメが足繁く蒼野家への出入りを続けていれば、
ともすると剣道少年南雲ハジメが誕生していた可能性もまたあり、
もしもそうなっていれば、彼らの異世界での辿る運命もまた大きく変じていたであろう。
ともかく、天之河光輝もまた蒼野グランの、いわば本物の輝きに、
心を奪われその運命を歪ませた者の一人となったのは、何度となく語られた通りである。
輝きばかりを追い、自分の足下を省みなかったのが天之河光輝ならば、
自分の足下しか見ずに、輝きに背を向けたのが南雲ハジメである。
そんな二人が出会ってしまえば、例え己の抱えた見えざる因縁を知ることがなくとも、
衝突するのは自明の理であろう。
「そして君は自分の好きな分野に、得意分野に傾倒するようになっていった
どちらかというと、ゲームやアニメにしても、最初のうちは、
いつか両親の仕事を手伝えるようにという目的で、
楽しむというより学んだという印象が強いよね?」
「……」
確かにそうだ、あの日以来自身の中の無力感を、敗北感を埋めるように、
プログラムを習い、ひたすらに絵を描いた。
本来向き合わねばならぬ物に、目を背け続けて……、
そうすることで"差"を取り戻せると思ったから。
元々才能もあったのだろう、その甲斐あってか、
ハジメのプログラミングと絵の実力はメキメキと伸びて行った、しかしそれでも……。
あの日もそうだった。
母の菫から、グラン君飛び級で海外留学するんですってという話を聞いた時、
心のざわつきをハジメは覚えずにはいられなかった。
もちろんグランと比べているわけでもなければ、悪意などあろう筈もない。
だか、その言葉は彼のコンプレックスを確かに刺激していた。
いてもたまらずに街へと出たハジメ、そこにあの祭りの日と同じように、
不良に絡まれる老婆の姿が目に入った。
―――別に何か手があったわけじゃない。
ただただ発作的に、まるでそうすることで……失ったあの日の咎を、
敗北感を取り返せるのではないか、とそう一瞬思えただけに他ならない。
そしてその結果、何も手がなかったから、思いついたことを大声で喚くしかなかった。
力の無い自分を呪いながら……不良どもを薙ぎ倒せる力を渇望しながら。
「でも彼女は、白崎香織は……そんな君を優しいと言ってくれた
本当は優しさどころか、さしたる考えすらもなかったくせに……」
「強い人が暴力で解決するのは簡単だよね……か、お笑い草だよ、
本当は暴力で薙ぎ倒したかったわけだしな」
寂しげに笑うハジメ、こんな表情を浮かべたのはいつ以来だろうかと思いながら。
「だから君は彼女が怖かった、いつか彼女が思っている程の、
大した何かを持ち合わせていない自分に気が付き、そして離れてしまうのではないかと」
「それについても認めるよ……俺は、あいつの、香織の好意を悟っていながら、
それを受け止める勇気も、自信もなかったんだ、かといって拒絶するわけでもない、
卑怯者だよ、俺は……」
きっとそれは……今も。
「そしていよいよ高校入学だ、正直に言わせて貰うと酷かったよね、僕」
「ああ……酷いな」
確かに今思うと、もう少し如才なく振舞っても良かったと思う。
「無理もないさ、実際に君はお金を稼げていて、将来も安泰と言っても良かったんだ
そりゃ周囲全てが無駄な努力をしていると思っても仕方がない、
それ以前に……君自身が何処かで努力や学業を空しい物だと思っていた」
「別に……そこまでは……」
いや、思っていたのだろう……、
実際そうやって高校三年間をただやり過ごせればそれでいい、
中卒は流石に聞こえが悪いが、高卒ならば……。
それに何より自分自身に何処か諦めを抱いていたのもまた事実だった、
所詮、生まれながらの本物には追いつくことなど叶いはしないと。
「けれど、君のその目論見は頓挫することになる」
「ジータが……」
そう、ジータが本来通っていた筈の幼小中高一貫のお嬢様学校から、
二年次より何故か転入してくるということが明らかになったのだ。
彼女が名門といわれるお嬢様学校から、ハジメらの通う庶民的な学校へと、
どうして転入することになったのか?
時期や枠の問題はさておいて、それは絶大な貸しと引き換えに、
とある不祥事を庇ったからではあるが、そこは本筋と関係がないので省く。
少なくとも南雲ハジメや八重樫雫がいたからとか、そういう理由ではないことは、
付け加えて置く。
ともかく表面上は同じ学校に通える様になったってことで、互いを祝福はしたものの。
「内心は穏やかじゃなかったよね?」
「何とか繕ってみようとは思ったけどさ……まぁバレバレだったよ」
進級初日、いきなり屋上に引き摺るように連れ出され、
泣きながら自らに訴えるジータの顔と声は忘れられない。
「ゲームを止めなかったのはせめてもの意地かい?」
「別に……ゲームだけじゃない……てかお前は本当に俺か!知っているんだろうが!」
今度は少し照れるように叫ぶハジメ、
子供じみた意地で、ゲームもアニメも一切控えることはなかったが、
眠っていた分を取り戻そうと、深夜まで勉強に励んでいたのも事実である。
その甲斐あってか実際に、ハジメの成績は向上の一途を辿り、
学年でも上位を伺える位置にまで上昇していた。
「と、ここまでが君の日本での軌跡さ……どう思う?」
「認めるよ……自分で選んだように見えて、何処かで取り繕ってばっかりだってことを」
あのオルクスの橋の上でムチャをしたのも、決してあれは勇気でもなければ、
かといって虚栄心でもない。
「そう、そんな君が図らずも得てしまった巨大な力の使い方に、君は未だ迷っている
かといって開き直ることも出来ない、何よりこんな半端な自分が得ていい力ではないと
さえ内心は思っている」
黒ハジメはずいと身を乗り出す、心なしか姿のブレが声の歪みが、
さっきよりも顕著になって来たとハジメには思えた。
「つまり結局は、自分の未来が怖いんだ、君は……」
「確かに怖いな」
暫しの沈黙の後、ハジメははっきりとそう口にする。
元はといえば生き残るために得た力だ。
最強になりたくって世界を救いたくって望んで得た力では決してない……それでも。
「今更そんなつもりじゃなかったとは言えないよな」
もう世界は動き始めてしまっている、良くも悪くも南雲ハジメの持つ力の影響によって。
「開き直って、徹頭徹尾自分の為だけに思うがままにこの力を振えれば、
きっと楽になれるって……そう思うこともあるさ」
その果てにあるのが魔王と呼ばれる未来なのだろう、しかし……。
「だからと言って名も知らぬ誰かの為に己の全てを捧げることも、俺にはきっと出来やしない
俺は幸福の王子様になんてなりたくない」
力の有無ではなく、それを行える者こそ"勇者"と呼ばれるに相応しいのだろう。
逆に言えば……その覚悟なくしてそれを行えば、その果てに待つ物は魔王となるよりも、
遙かに恐ろしい破綻なのだろうとハジメには思えた。
「ただ、はっきりと言えることがあるとするなら……」
じゃあ言ってごらんよと、黒ハジメは促す、またその姿のブレが酷くなったかのように、
ハジメには思えた。
「俺は……俺一人だけの力でここまで辿り着けたわけじゃない、ジータがいて、
ユエがいて、シアがティオが香織がいた……いいや、それだけじゃない」
雫や鈴、愛子や優花、カリオストロやシルヴァやメドゥーサにシャレム、
光輝や清水や遠藤、リリアーナやメルド……、
そんな多くの人々の支えや理解があったからこそ、
今もまだ自分はここに立っていられるのだから、そのことについてだけは応じねばならない。
そして応じたその先にこそ、きっと未来はあるのだろう。
「未来なんてものは、きっと自分ただ一人だけで切り開けるものじゃないし、
決まるものでもないだろ……だからさ」
今度はハジメの方から黒ハジメへと話しかける。
「分からない物は、決まってない物は変えたくても変えられない、
けれど、近くの未来なら何とか努力出来るし、して見せるさ、
蓋を開けてみなきゃ、猫が入ってるかどうかだなんてわからないだろ」
「そこは生きてるか死んでるかの、間違いだね」
黒ハジメのツッコミに言ってくれるなと苦笑するハジメ。
「それに割とあるだろ、主人公が次回作のラスボスってのもさ」
エヒトも実はそうだったのかもな、とハジメはふと思った。
「そんな遙か未確定の遠い未来に、新しい主人公が君を倒しにきたらじゃあどうする?」
「まずは倒されるような未来にならないのが一番だよな」
自分が南雲ハジメのままでいられる限りは……。
「でもまぁ……その時は……I am Your Fatherとでも言ってやるかな」
自分を倒しに来るのなら、そういう嫌がらせの一つくらいはしてやらないと割に合わない、
だから絶対言ってやろうと思った。
その一方で自分はベイダー卿って柄じゃないなと思いながらも。
「だから……まだ決まってもない何かを俺は殊更に恐れたりはしない
応じられる限りは俺は歩くことを、求めることを考え続けることを止めないさ」
例えその結果が魔王と呼ばれる未来であったとしても、後悔しないために。
黒ハジメの姿が一層激しくブレ始め、声のノイズもそれに比例し大きくなっていく。
「なら……君の家族や君を取り巻く日常が、君とその仲間たちを拒絶したらどうするんだい?
これは確実に訪れるかもしれない近い未来さ、さぁどうする?」
「その時は南雲ハジメとその仲間たちがありふれた存在でいられる、
そんな世界を探す旅にでも出るさ」
それについては即答するハジメ、その為の力を求めるのも冒険の理由の一つである。
納得したかのように黒ハジメは頷く、その姿を背景に溶け込ませるかのように薄くしながら。
「辿り着けるかも分からない遠い未来は変えられなくても、近くの未来なら変えられる、
変える努力をしてみせる、そう言ったね」
すでにハジメの聴力をしても、聞き取れぬ程にか細くなった声で黒ハジメは続ける。
「ここから先は君自身の試練さ、迷宮の試練じゃない……だから」
「……ああ、別にこいつを倒してしまってもかまわないよな」
影の姿が変わり、そして姿を現したのは。
「驚かねぇのか」
「驚いてるよ……十分すぎるくらいにな」
直感するハジメ、これが魔王と呼ばれる道を辿った己の姿だと。
次回、激突。