それはさておき迷宮巡りもいよいよフィナーレ、
ということで、後は完結目指しスパートかけて行きます。
今回の推奨BGM Jason Donovan If I Don't Have You
ハジメ、ジータ、ユエの三人が颯爽と仲間たちの見送りを受けながら、
重厚な扉の奥へと消えていってから数時間。
「大丈夫かなぁ」
ソファーに腰掛け、視線を天井に躍らせながら鈴が心配げに呟く。
「その大丈夫って、色々な意味があると思うんだけど?何に対してかな」
「うん、カオリンの言う通り……色々かな、これからのことだってそうだし
そもそも……南雲君たちがホントにそう……成功できるのか?とかさ、
あっ、ごめん……信じてないわけじゃないんだよ」
そんな少し申し訳なさ気な表情を見せる鈴の肩へと、香織は優しく手を置いてやる。
「こうやって待ってるだけだと、色々考えてしまうのは無理ないよ」
「かといって、書物もお堅い物ばかりじゃからのう」
パラパラと建築か設計かに関わっているであろう本のページをめくりつつ、
ティオも退屈気にコキコキと首を鳴らしている。
飛空艇の中には、いわゆる非電源系のゲームも多数用意されているのだが。
あいにくというか、当たり前だがここには持ち込んではいない。
「じゃあ人狼でもやる?」
「あのゲームか……七人じゃちょっと足りない気がするんじゃが、
それにちと不謹慎ではないかの」
確かに扉から出て来たハジメたちが、誰を吊るす吊るさないで喧々諤々としている、
自分らの姿を見たらいい気分はしないだろう。
「それより君たちは決めたのか?この世界での戦いに今度こそ身を投じるかどうかを」
「一週間……だっけ?」
滞りなく日本への帰還が為された後、
一週間の猶予が自分たちには与えられることになっている、身辺の整理を……、
そして自身に取って真に大切なものを定めるための。
その大切な何かを、親や兄弟、友人の手を振り切ってでも、
戦いに身を投じる覚悟が無い者を、連れて行くことは出来ない。
そうでなければ何ら関わりなき世界の為に、生命を賭ける資格はないと。
「それは今更ですよ、シルヴァさん」
即答する雫、光輝が言う、勇者の存在、いや自分たちの存在が、
人々を戦いに駆り立てたのならば、その責任を取らねばならないというのならば、
せめてその僅かでも肩代わりしたい。
それもまた自分らの、天之河光輝という存在を形作る一因となった、
白崎香織と八重樫雫の責任なのだから……。
「私はもちろん、一緒に戻るよ」
香織もまた雫に続き、戦う意思を露にする。
「私がこの身体になったのは、ハジメ君やジータちゃん……ううん、光輝君や雫ちゃん
ユエちゃんたち、皆の戦いを、運命を見届けるため……でもあったんだって」
それは自分に取って後付けの理由に過ぎないのかもしれない、それでも。
「今ならそう思えるんだ」
己の影との、今のあなたは人魚姫だとそう面罵した、
影への問答を思い出しながら香織ははっきりと口にする。
(私は海の泡になって消える程、潔い子じゃないんだ)
「鈴だって戻るよ……でもそれは恵里のためだけじゃない
そんな理由だけで、きっと戻っちゃいけない」
鈴の悲しみの中にも決意が籠った声に、頷く雫。
無論、友への義理や責任感も戦うには十分な理由となるだろう、しかし、
それだけで神と戦おうとは雫も思わない、でなければ神代魔法など最初から求めない。
それこそ光輝が、ハジメが、ジータが最も望まぬことなのだから。
一週間という期間は、そんなあやふやな思いを抱く者を、
まさに振るい落とすための時間なのだから……。
「それで、ユエちゃんは南雲君たちに付いて来るとしても、
シアちゃんやティオさんはどうするの?」
「妾は……残ってご主人様たちの帰りを待とうと思うておる、どの道神と戦うのならば
里に戻って一族の協力を取りつけねばならんからの、シアはどうする?」
「私は……ハジメさんたちに一先ずついて行こうと思います、
皆さんの住んでいた世界を見たいというのもありますし……」
口ではそんなことを言いつつも、やや憂いの表情を浮かべるシア、
実際、彼女の中では今一つ、新しく生まれ変わりつつあるフェアベルゲンにて、
自分の為すべきことが掴み切れてはいないのだから。
もちろん一族は自分を暖かく迎えてくれるであろうことは承知している。
それでも、それが本当に自分の存在すべき居場所なのだろうかという不安を、
どうしても拭い切ることが出来ないのだ。
それがかつて忌み子として扱われた過去が関係していないかといえば、嘘になるだろう。
「ハジメくんたちも一回で成功するとは考えてないみたいだし、気長に待とうよ」
「お腹が空いたら一先ず戻ってくるですよ」
「うむ、あの三人はこれまでも困難を乗り越えて来ておる、待てば海路の何とやらじゃ」
「その困難なんだけど……」
そこでまた申し訳なさ気に鈴が口を開く。
「でも……正直知らないんだよね、南雲君とジータちゃんがどんな風に過ごして来たのか
もちろんさ……疑ってるとかそういう理由じゃないんだよ」
無理もない話だと雫たちも思う、自分らですらそうなのだ。
あいつに出来て俺たちにと……クラスメイトの間から、
かつて、そういう声があったことも承知している。
「でも少なくとも……精神と時の部屋なんてものじゃなかったのは、確かみたいよ」
もっとも……そんなかつてのハジメの戯言を半ば本気で信じ、
奈落に挑んでその結果、帰還こそ出来たが、
身体をそっくり取り返えざるを得なかった龍太郎の惨状を見て、
ピタリとそんな声は聞こえなくなったのだが。
「けど……今でもさ、時々思うんだ」
自身の影の言葉と、そしてあの滑落する瓦礫の中、闇へと消えて行く、
ハジメとジータの姿を、数秒の差で届かなかった闇を思い起こしながら、
香織が重々しく口を開く。
「もしも……ジータちゃんの……代わりにって」
それだけはどうしても押し殺せない、吹っ切れないことなのだろう、
だが、それは無理もないことでもある、
そんな香織の想いをここにいる誰もが承知しているからこそ、その言葉を咎める者は誰もいない。
と、その時であった。
絶大な魔力の波動が、まさに衝撃となって邸内を、そして彼女らの身体を通過していく。
その明らかに尋常でない事態に、シアを先頭にハジメらが籠る部屋へと向かう、
香織たち……荒れ狂う魔力の波を掻き分け進んだその先には……。
「開けますよ……」
シアの声に一同が頷き、シアは意を決し、重厚な扉を押し広げて行く。
と、そこには、紅と蒼と金の魔力が渦を巻く中、互いの手を繋ぎあい、
瞑目するハジメとジータとユエの姿があった。
「ふむ……少しばかり焦ったが、どうやら何かを掴んだようにわたちには思えるな」
「だったら、邪魔すべきではないですね」
雫の言葉にそっと頷きつつ、ハジメたちの集中を削がないように、
静かに扉を閉めようとしたシアだったが、その瞬間。
彼女らの前に突如として何かの映像が映り始めた、それも洞窟であったり、
工房であったりとまちまちの光景が。
「これは……」
「あれってオルクスかなぁ、緑光石あるし」
「でも、こんな場所は……」
「恐らくこれは記憶じゃな、ご主人様たちの辿った……」
ティオの言葉に合点のいったような表情を見せると、
香織たちもまた、食い入るようにハジメの道程へと目を凝らしていく。
覗き見をするようなバツの悪さを覚えつつも。
まずは工房にて錬成に、そして開発に精を出すハジメの姿が映る、
これはジータの目を通してのものだろう。
教室でのイジメはもとより、八重樫道場のシゴキもかくやと雫ですら思わずにはいられない、
そんなカリオストロの苛烈極まりない指導を受けつつも、何かを造り出さんとする、
ハジメの瞳には充足の思いが満ちているように思え、そしてそれを眺める一同は理解する。
これがハジメの言う知りたいと願う心の原点なのだろうと。
そして今度は洞窟の……恐らく落ちた先なのだろう、
奈落での出来事が映し出される。
ウサギに熊に蹂躙され、ジータと共に逃げ惑い、穴倉の中でひたすらに生を繋ぎ、
そして生を掴むため、何より守るべきもののために、
勇気を振り絞り立ち上がるその姿が……。
それは見る者に生き残りたいという帰郷の、生への渇望の原点を思わせてならなかった。
「ハジメくん……」
涙を隠すかのように顔を覆う香織、その肩を雫が優しく抱いてやる。
そしてハジメはジータと手を取りあい、ウサギに爪熊にリベンジを果たす、
その手に自身の力と師の教えによって造り出された牙、ドンナーを携えて。
もちろん戦いばかりの記憶では決してない、その後の様々な人々との出会いや
経験もまた映し出されて行き、その中で少しずつ願いが育って行く様子を、
見る者たちは追体験していく、そして……。
そんな記憶の奔流の中で、ハジメ・ジータ・ユエ……三人の想いが、願いが、
少しずつ結実していくのが見て取れる。
――知りたい。――生き延びたい。――帰りたい。――傍にいたい。――掴みたい。
「あれは、鍵……かな?」
「そうね。水晶で出来たアンティーク調の鍵みたいね」
香織の呟きに雫が同調する。
ハジメとジータとユエの間で形作られていくそれは、
持ち手側にいくつかの正十二面体の結晶体を付け、
先端の平面部分に恐ろしく精緻で複雑な魔法陣の描かれた鍵だった。
そしてその鍵が完全に形作られた瞬間、三人が目を見開き同時に言葉を紡ぐ。
「「「――望んだ場所への扉を開く」」」
その瞬間、眩い光の奔流が部屋を白く染め上げて行く、
それこそが新たな概念が、理がこの世界に刻まれた証であった。
「ハジメさん!ジータさん!ユエさん!大丈夫ですかぁ!」
光が晴れると同時に、魔法陣の上に手を繋いだまま倒れ伏す三人の元へと駆けて行くシア、
しかし少々慌て過ぎだ、三人を心配するあまり、足元の鍵を踏んづけそうになり、
たたらを踏んだ挙句、いち早く起き上がろうとしたジータの頭が、
その顔面にスマッシュヒットする。
「うぷっ!」
まるでいつぞやの出会いを再現するかのように仰け反るシア、
しかし今回は体勢を立て直すことが出来ず、そのまま尻餅をつきそうになってしまう、
……鍵の上に。
「鍵ッ!」
雫が滑り込むようにして、シアの尻から鍵を守るが、
掴み取るつもりで伸ばした手は、逆に鍵を部屋の外へと弾き飛ばしてしまう。
まるでカーリングの石のように廊下を滑る鍵を追う香織たち。
「なんで玄関を開けているんだ!」
「換気が必要だと思ったからじゃ!悪いかの!」
「外の池に落ちちゃったら大変だよぉ!」
と、ティオたちが言い争う声を尻目に、鍵は勢いを殺さないままに、
玄関の敷居でバウンドし、そのまま宙へとその身を躍らせるが、
間一髪で鍵を追うような軌道でジャンプした香織がその両手に鍵をしかとキャッチする、
が……彼女が着地すべき地面は、そこにはなかった。
もちろん釣られるようにジャンプした後続の仲間たちに取っても……。
ばっしゃぁぁぁぁん!!
こうして鍵と引き換えに盛大な音と水飛沫を上げ、
氷の張った池へとダイブしてしまった香織たち、そしてそんな彼女らへと。
「何やってるんだ?お前ら」
という、こちらの苦労をまるで考慮しないハジメの声が掛けられるのであった。
と、一騒動あった後、香織たちがお風呂から上がり、またリビングに集うのを待ち、
ハジメは満を持して説明を始めて行く。
「加減がよく分からなかったから、取り敢えず全力でやったせいで、
ちょっとぶっ倒れちまった、なんか心配かけたみたいで、その……悪かった」
ハジメはまずは仲間たちへと軽く頭を下げるのだが、
ポリポリと頭を掻きながらのその姿は、どこか苛立ったような態度に見えて仕方がなかった。
(ついでにあの眼帯魔王に一発くれてやりたいって思ったら、一気に成功しただなんて
まるでアイツに助けられたようじゃねぇか!クソッ!)
「……ん、でも魔力の面なら大丈夫、何となくコツは掴んだ、
概念に昇華できるほどの意志を発現できるかは問題だけど」
「まぁ、そんな簡単にポンポンポンポン願いが叶うもんじゃないよね」
極限の意思大安売り、そんな言葉がジータの頭の中に浮かんだ。
「と……傍から見た感じはまるでマンガの博士キャラが実験に失敗した、
そんなイメージだったと思うけど」
ハジメに自嘲めいた言葉に、うんうんと思わず頷いてしまう鈴。
「でも、はっきりと言える、こいつは会心の出来だ」
手元のクリスタルキーを自慢げに手に持つと、早速羅針盤と組み合わせ、
とある場所の座標を特定すると、キーに魔力を注ぎ、
文字通り扉を、"望んだ場所への扉を開く"イメージで前方へと突き出してみる。
空間の中にぐんぐんと魔力が吸い込まれている感触に顔を顰めつつも、
ハジメはそのままクリスタルキーを捻った、すると……。
「おじさま……私……もう、自分の気持ちが抑えられない」
「馬鹿をおっしゃる……幾つ年が離れているって思っているのかね!」
何やら後暗さを思わせずにはいられない男女の声が聞こえてくる、
とても聞き覚えがある声の……。
そして完全に開ききったゲートの奥には……。
「私とではいけませんか!」
「私のこの手は血に塗れている、そもそも身分違いだ!君と私とじゃ……」
「どうかその先は……ああ、おっしゃらないでおじさまぁ!」
トレンチコートを互いに纏ったカムとアルテナが、
まさに偲び合い、そんなすっかり出来上がった雰囲気でもって、
熱き抱擁を交わし合っている姿があった。
ちなみに何故か天気は晴れなのに、二人の周囲にだけ霧雨が降っている。
「お、御大将!? な、なぜこんな場所にっ!」
「……むしろいい機会ですわ」
明らかに泡を喰ったような表情のカムとは対照的に、
アルテナは居直った態度でハジメたちへと向き直る。
「シア……良く聞いてください、私は貴方のお父様を……愛していますの」
「え……へ?」
突然のことに事態を飲み込めずきょろきょろとただ視線を巡らせるだけのシアだが、
それには構わずに、完全に自分に酔っているような口調で、
アルテナはさらなる問題発言を口にしていく。
「だから、いずれ私のことをお母様と呼ぶ日も……」
そこでゲートが唐突に閉じる、シアの様子を鑑みたジータが、
キーを半ば強引に引き抜いたからであった。
そして……いたたまれない空気の中、シアの悲痛な声が部屋に響く。
「もうフェアベルゲンに……私の帰る場所は無いんですね」
そう思うのも無理はない、よりにもよって実の父親が自分の友人と、
見た感じガチで交際しているのである、どう見ても再婚を前提に入れた感じで。
それだけでもショックだというのに、ましてや同級生の母親など、
マンガやドラマだからこそ笑えるのであって、現実に現れてみれば笑いごとではない。
「バジメざぁ~~ん、ジーダざぁん~~~わだぢどおぢだらいいんでずがぁ~~~」
行き場を無くした思春期の少女の叫びが木霊し、顔を見合わせるジータとユエ。
これはもう致し方ない……少なくともシアについては、
こちらで何とかしてやる必要があるだろう、しかし同時に雫らの顔を眺めつつこうも思う。
これ以上は増やさない、増やしてなるものか……と。
一方のハジメはハジメで。
「記念すべき初披露がこれか……つくづくしまらないな、だが」
と、隠すことなくボヤキを口にするが、それでも想定通りの結果にその口元は綻んでいる。
「見ての通り、帰る手段を手に入れたぞ」
その言葉を聞いた瞬間、香織が、雫が、鈴が手に手を取り合い、喜びを露にする。
が、それはあくまでも通過点だ、自分たちが真に為さねばならぬことは、
その先にこそあるのだから……。
「良かった……よかったよぉ……ハジメくん、あんな目にあったのに……ううっ……
ありがと、ありがとね……ジータちゃん、ハジメくんをずっと守ってくれて」
「もちろん苦労もあったし、死にそうになったことも事実だ……けれどそれだけじゃない」
感極まったか、ハジメの胸に飛び込み泣きじゃくる香織の髪を、
ハジメはそっと撫でてやる。
「ここまでの全ての道のりが、俺の、俺たちの糧になったんだ……
むしろありがとうを言いたいのは、こっちの方なんだから……」
「でも魔力とか、かなり必要だって前に言ってたけど?大丈夫なの」
もっともな鈴の指摘に我が意を得たりと笑うハジメ。
「ああ、本来なら俺の総魔力の数倍の出力が必要だ、けどそこはジータのお陰で、
日本に帰って、そしてこっちに戻る分の二回分はすでにチャージ出来ている
後は俺たち自身が万全の状態になれれば、もう遮る物は何もない筈だ」
「だったらあと何日かはここで過ごすのよね?
なら、変成魔法で魔物とかを従えさせに行きたいんだけど」
「だったら樹海にでも行けばいい、あそこの魔物はここと違って、
バラエティに富んでいるからな、従えて強化すれば役に立つだろ」
「それじゃ、いつものアレやろうか」
ジータが自撮り棒を取り出すと、ハジメたちはそれを合図に各々ポーズを取り始める。
「みんな行くよ、せーの」
弾けるような笑顔と共に、ジータは拳を空に翳し、シャッターを切る。
「氷雪洞窟攻略完了、この調子!イエーイ!」
と、ここで舞台は唐突に変わり、その頃、港町エリセンにて……、
我が子を抱き抱え、怯える海人族の女性。
その足下には喉を掻き切られた警備兵の何人かが転がっている。
「貴様ら如き獣のなり損ないなど、すぐに殺してやっても良いのだが……」
そんなセリフを吐きつつも、母娘を……レミアとミュウを取り囲む黒づくめの男たち。
表情こそ読み取れないが、それでもマスクや手袋の端々から覗く特徴的な肌の色や、
体型から彼らが何者なのかは彼女らにも判別がついた……。
魔人族だと……おそらくこういう隠密任務に特化した部隊なのだろう。
もちろんハジメたちもここエリセンを去る際に、数々の備えを残してはいる。
しかし、あくまでもそれは人身売買組織の残党に対しての物で、
いわゆる本格的な……魔人族の来襲などに対しての備えでは決してなく、
また、ハジメたちと彼女ら母娘の関係をある程度ではあったが知る存在、
中村恵理の裏切りも想定した物でもなかった……。
「叫びたいなら好きなだけ叫べばいい……だが」
おそらくリーダー格であろう魔人族の男は母娘に睨みを利かせつつ、
血に染まった床を一瞥する。
「その分、死体が増えるだけだぞ」
「わ……私たちを……どうするつもりですか?」
「我々についてきて貰おう」
魔人族が自分ら亜人をどう思っているかは、レミアらにとっては骨の髄まで叩きこまれている。
そう、死よりも惨い仕打ちを受けるであろうことを……。
「ミュウ……」
そのような辱めを自身のみならず、我が子までもが受けることになるくらいならば……。
「パパァ……」
そのパパはどっちの方?と、一瞬思ったが、それでも我が子を強く抱きしめるレミア。
と、その時であった、神棚に飾られていた二房の……お守りと称しメドゥーサが託していった、
銀の髪がさわさわと……まるで母娘の危機に呼応するかのように独りでに動き始める。
そして。
二房の銀色の髪の内の一つは、そのまま無数の蛇へと姿を変え、
魔人族に咬みついて行く、と、同時に、魔人族の身体は次々と石へと化して行く。
残るもう一房の髪は大蛇へと変じ、
その背にミュウとレミアを乗せて滑るように外へと逃れて行く。
ようやく蛇を振り払った魔人族らが見た物は、水中へと身を躍らせる母子の姿であった。
そしてようやく変事を悟ったか、警備兵たちが大挙してこちらに押し寄せる音が、
彼らの耳へと届き舌打ちをしつつも、リーダーの男は、部下たちに無言で撤退の合図を送る。
確かに海人族が無数に入り組んだ水路へと逃げ込めば、
もはや彼ら魔人族には手の打ちようがない。
しかしそれでもやけに諦めが早いのは、最近彼らが敬愛する司令官の傍にて我が物顔で振舞う、
いけ好かない女の存在があったことは否定できないだろう。
こうしてハジメたちが休息を取っている間に、
世界の片隅にて、一つの奸計が破れたのであった。
そして数日、ハジメたちは魔力の回復に努め、
そして雫や鈴は捕獲した魔物の強化に時間を費やした後、
ついに彼らは氷雪洞窟を後にすることになる。
「龍に乗って脱出なんて気が利いてるね!」
「何かの映画みたいだよ」
「外に着いたら愛ちゃんたちにすぐ連絡しないとね!」
「天之河たちもライセンをクリア出来てる頃だろうしな!」
氷竜の背中で各自そんなことを口にしている間にも、
氷竜は高度を下げ、雪原の境界近くへと着地すると、また雪原の奥地へと消えて行く。
その勇姿に手を振りつつも、ハジメらの感覚はすでに境界の外の展開される、
異様な気配を捉えている。
「……んっ、凄い数、多分王都の時よりも多い」
魔眼石スコープを通して周囲を確認しつつ、ユエが呟く。
「それだけではないぞ、幽世の連中の臭いも漂ってくる、不愉快だ、実に不愉快だ」
シャレムもまた不愉快そうでいて、何処か面白そうな表情を見せる。
「どうする……無視してさっさと戻る?」
この場所でならばゲートキーで王都に戻ることも可能だ、
だが……ジータへとハジメは首を横に振る、肩透かしを喰らわせてやるのも、
それはそれで面白そうだと思いつつも。
「いや……ここで決着を着けられるならそうした方がいい……」
これだけの数が王都や、それに準ずる都市にでも攻め込めば、
備えこそあれ、また甚大な被害が出ることも想定せねばならない、
幸いにしてこの一帯は無人地帯である、従ってこちらも思う存分周囲を気にせず、
暴れることが出来る。
「だったらハジメちゃん……ヒュベリオンは?」
「ああ、スタンバイOKだ」
「二人とも早速で悪いけど、これも自分からホイホイついてきた代償だと思ってね」
ジョブチェンジを始めるジータの言葉に迷いなく頷く雫と鈴。
そして全員が武器に手を掛けながら、視界を閉ざす吹雪の向こう側へ出た。
そこには……。
空と地を埋め尽くす無数の魔物と、
銀翼を生やした同じ顔の女……すなわち真の神の使徒の大軍。
そしてそれらを従え白竜に騎乗する、恐らくフリードであろう仮面を被った男と。
「光輝くんはどこだよ!どこに行ったんだよ!どこに隠したんだよ!なんでいないんだよぉ!」
灰色の魔力の翼を広げ、例の如く喚き散らす恵里の姿があり、
こち亀の部長みたいだなと、そんな不謹慎な思いをジータは少しだけ抱くのであった。
香織の心境の変化につきましては、ハジメ個人に向けられていた愛(エロス)が、
より大きく広い愛(アガペー)へと昇華したと考えて頂ければと思います。
ちょっと都合よすぎるかもしれませんが。
ミュウたちについてですが、どうやってさらったのか?
そもそもさらうことを思いつくこと自体、なんか無理があるなあって、
読んでいて思ってた箇所なので今作では助けました。
では次回からいよいよ最終章です。