とはいえど、このあたりはさっくりと。
両の拳に光を纏わせ、魔物の群れへと突入する龍太郎。
もちろん魔物どもも黙って見ているわけではなく、軍団の中核を担う灰竜の群れが、
一斉に龍太郎めがけブレスの雨を降らせていく。
が、龍太郎は眼前に光の盾を展開させ、易々とブレスを撥ね退けて行く。
これはノイントの特技の一つ、双大剣術のバリエーションの一つである。
不器用かつ、物覚えが悪いがゆえに脳筋の誹りを受けることが多い彼ではあったが、
こと戦闘センスという部分に関していえば、龍太郎のそれは光輝をも凌ぐ。
「忘れねぇよ!一度憶えた技はよ」
その背に人が乗っていないことに安堵しつつ、
龍太郎は灰竜の首を光を帯びた手刀で次々と刈り取って行く。
「雑魚には用はねぇ!」
もちろん灰竜は雑魚と呼べるような相手ではないのだが、
それでも自身を鼓舞する意味合いを込めて龍太郎は叫ぶ。
それに自分が真に狩らねばならぬ相手は他に存在している。
(見覚えあると思ったら、なんかゲームで見たことあるぞ、こいつ……)
そう、あくまでも龍太郎の目標は、骸骨の如き頭部を露にするエイを思わせる巨大な、
恐らくボスであろう魔物のみなのだから。
もっともその巨体は飛空艇での戦いに於けるジータらや、
樹海でのシャレムの攻撃を受けたことにより、
すでにボロボロに傷ついてはいたのではあるが。
それでも、その巨体から繰り出される魔法は、確実に地を焼き、
そして纏い吐き出される瘴気は大地のみならず、大気を水をも汚染していく。
「環境汚染してんじゃねぇ!お前の相手は俺だっ」
叫んだ瞬間、毒煙をまともに吹きかけられ、咄嗟に口を塞いだものの、
幾ばくかを肺に吸い込んでしまう龍太郎、自身を蝕む呪いにより、
痛みを感じることこそないが、それでも理解できる、
ノイントの強靭な肉体であっても大量に吸い込めば本来ならば危ない。
龍太郎は背後の王都をチラと目に入れる、無防備な人々がこれを吸い込もうものなら……。
「行かせねぇよ!」
煙を避けるように、エイを思わせる巨獣の腹部へと潜り込んだ龍太郎は、
恐らくジータか雫が刻んだのであろう痕に手刀をねじり込み、
そのまま三枚に下ろすようなイメージで、一気にその肉体を引き裂こうとしたが、
そうはさせじと雷撃を纏った鉤爪が、逆に龍太郎を引き裂かんと迫る、が、
龍太郎はもうそこにはいない。
鉤爪から逃れるべく、いち早く背中側へと回った龍太郎は、
焼け爛れた巨獣の背へと拳を叩き込もうとするが、
そのグロテスクな眺めに一瞬目を背けてしまう。
と、そこで龍太郎はあることに気が付く、戦いに夢中になる余り、
本来守らねばならぬ王都から、自身が離れすぎてしまっていることに。
そして、その間隙を待っていたかのように、文字通り天から、
自分と同じ姿をした、使徒……ノイントの大軍が王都へと舞い降りて行く。
「て……天使様だ」
「エヒト様の御使いだ」
その神々しき姿に歓声を送る王都の人々、
美しき姿の中に隠されたその正体が何であるかも知らぬまま……。
が、無機質な微笑みを浮かべた使徒らが結界に触れた途端、
その姿が次々と炎に包まれていく。
人の形をした者が、増してや今の自分と同じ姿をした者たちが焼けて行くということに、
悪寒を覚えつつも、それでも龍太郎は得意げに叫ぶ。
「ざまぁ見ろ!カリオストロ先生はな、テメェらが攻めて来ることなんざ
とっくにお見通しだったんだ!」
確かに、もしもこの場にカリオストロがいたならば、会心の笑みと共に、
"こんなこともあろうかと"と宣ったに違いない。
ともかくカリオストロが開発していた対使徒用結界によって、
次々と焼き尽くされ、地に落ちて行く使徒たち。
その様は正しく、飛んで火に入る夏の虫そのものであった。
ボトボトと汚らしい音と姿を晒しながら王都の地に堕ちる使徒の骸、
その黒焦げになった骸の下に蠢く……生物と機械の融合したような、
異様な物体を目の当たりにした瞬間、人々は悟った。
上空に舞う奴らは自分たちを救いに来たわけではない、むしろ……。
「終わりだ……世界の終わりだ……」
「エヒト様がお怒りになっていらっしゃる」
自分たちを滅ぼしにやって来たのだと。
人々の間に恐慌が広がる中、埒が開かぬと見た使徒たちの動きが変化する。
なんと彼女たちはまるで蜜蜂の群れのように一塊になり、
そのまま強引に結界を突破していく、外周に位置する同胞らが灰となるのを承知の上で。
恐らく塊の中心部に存在しているのであろう、自我を持ち、
指揮官的な役割を担う存在さえ、突破させることが出来ればということなのだろう。
「先生ヤベェ!天使どもが強引に結界を突破して来やがる!」
しかし龍太郎とて手一杯の状態である、とてもではないが援護には向かえない。
そんな時に、彼の耳に声が届いた、自身に生と力と引き換えに呪いを与えた忌まわしき声が。
『フハハハ、我ニ頼レ、サァ星ニ願エ』
一方、大広間では龍太郎の悲鳴にも似た報告を聞き、
愛子が静かに、それでいて明確な覚悟を含んだ表情で立ち上がる。
「皆さん、二列に並んで……私の後に着いてきて下さい」
非常時とはいえど、いつもとは明らかに違うその愛子の声音に、
生徒らからざわと声が上がる、が。
「早くして下さい!」
これもいつもとは全く違う、愛子の一喝によってその雰囲気は一変する、
ともかく彼女の指示に従い、列を組んで廊下を進む生徒たち。
途中何人かが足を止めようとするが、最後尾に位置した優花と永山がそれを許さない。
そして、ノブも取っ手も着いてない部屋の扉の前に到着した時だった。
愛子が指輪を翳すと独り手に扉が開く、部屋は先程の大広間よりは狭いが、
それでも生徒ら全員を収容するには十分な広さを備え、
そしてその床には、転移用の魔法陣が描かれていた。
『お前らが最も避けなきゃならねぇこと……それはな人質になっちまうってことだ』
生徒たちを次々と部屋に送り込みながら、
愛子はカリオストロとメルドの言葉を思い出していた。
『その時は見捨てればいい?……そんなことを気安く言うもんじゃない、
見捨てられて死ぬのは一瞬かもしれん、けどな、見捨てた奴の心には一生その傷が残るんだ
光輝やハジメの坊主やジータの嬢ちゃんに……あいつらにどうか……、
そんな決断はさせないでやってくれ』
自身らを除く、全ての生徒が部屋に入ったのを、永山らと確認しあうと、
愛子は自身らも滑り込むように部屋へと入り、扉を閉めると同時にまた指輪を翳す、
と、その瞬間周囲の光景が一変し、正しく避難所を思わせる、
どこか無機質な空間が彼らの前に姿を見せる。
やはりというかその床には毛布、そして壁際には水と食料が備え付けられている。
この急場凌ぎの避難所は、真のオルクス大迷宮の一角にあった。
神の、使徒の目を眩ますにはこれ以上の場所はない。
(あとは……)
王族としての、為政者としての責任がそうさせたのだろう、
凛として避難を断ったリリアーナの姿を愛子は思い出す、
どこかの国の政治家たちにも、少しは見習ってほしいと思いながら……。
そしてそんな彼女のことである、もしも敵の手に陥ちる位ならば、
躊躇うことなく死を選ぶであろうことも。
「姫様、どうかご無事で……」
『サァ、我ガ光ヲ讃エヨ、契約者ヨ』
「うるせぇ!」
自身の心の奥から響く声を、叫びをもって振り払おうとする龍太郎。
その魂にまで刻まれた契約と言う名の呪縛は、身体を入れ替えてなお、
己に付き纏い続けている。
息を整える中で、道着を染める血潮に気が付き、
そこで自分が乱戦の中で傷を負っていたことを、初めて知る龍太郎、
何故ならば、この身体は痛みを感じることがないのだ。
「てめぇのせいで戦い方がすっかり雑になっちまっただろうが!」
痛みを感じなければ、当然攻撃に対して鈍感になる、
傷の位置から考えても、本来ならば受ける筈もない攻撃だったと、
確かに龍太郎は認識していた。
だが、同時にこうも思う、今の自分の力では……。
かなりまばらになって来たととはいえど、未だ自身へと攻撃を続ける魔物、
そしてその中心の巨獣を睨みつける
(届かねぇか……けどよ)
その時であった、恐らく近隣の村々の者であろうか、
王都へと避難する人々の列を遠目ではあったが、その視界に捉える龍太郎、
魔物たちもそれに気が付いたのだろう、その顎を開き、
ブレスを発射しようとしている姿が見える。
(間に合わねぇっ!)
それでも見てしまった以上は、何とかしなければならない。
「ちっ……ままよ、今回だけだぞ!」
『フハハハハハ、汝ノ願イ、聞キ届ケタリ』
今回だけで済む筈がないな、と思いながらも負け惜しみの様に叫ぶ龍太郎、
その叫びが届いたか星が嗤う。
『アイル・ベット・マイ・ソウル』
そんな言葉が自然と、まるで祝詞のように龍太郎の口を衝いて出る、
と、同時に難民たちへと向け、魔物たちが一斉にブレスを発射する、
どう考えても救いの手が間に合うような状況ではない……しかし。
光と土埃が晴れた後、そこにあったのは、魔物の攻撃をその身に全て受け切り、
雄々しく屹立する、龍太郎の姿があった。
「て……天使……さま」
「早くその先の森の中に!」
難民たちのリーダーであろう男の喘ぐような声に龍太郎が応じると同時に、
ブレスの第二射が、彼らの行く手を阻むかのように放たれる、が。
「余さず見極めてやるぜ!」
それらの攻撃は全て、龍太郎の光盾によって叩き落され、
さらにカウンターで放たれた光弾によって魔物たちは、次々と頭を撃ち抜かれていく。
「アラララララーーーイ!!」
そんな雄叫びを自然と叫びながら、再び宙を駆ける龍太郎。
その姿、その声は、"星"のカードの本来の契約者、怒涛の戦車と称され、
あらゆる全てを蹂躙し尽くす無敵の傭兵のそれを思い起こさせた。
「星の数だけ喰らいやがれっ!」
さらに雷電の如き速度で放たれた強烈な拳打が、生き残りの魔物の頭を叩き潰していく、
今の自分が星の加護を受けていることを差し引いても、
その手応えは余りにも脆いと龍太郎には思えた、おそらく機動力と攻撃力を強化した代償に、
耐久力を犠牲にしているのだろう。
ともかく、護衛の魔物の殆どを退け、再び巨獣と対峙する龍太郎、
その骸骨を思わせる醜い頭部から目を逸らしつつも、
それでも彼としては冷静に巨獣のこれまで受けたダメージを鑑み、
相手の残り体力を分析していく。
(相手の体力は二割…いや、もしかしたらそれ以下かもしれねぇ、なら……)
巨獣の身体が、翼が、確実にヨタってるのを龍太郎は見逃さなかった。
「ここでブッ倒す!」
それがこのデカブツに立ち向かった、ハジメたちへの答えだと言わんばかりに、
再び咆哮し吶喊する龍太郎、巨獣の腕から口から毒が、雷撃が飛び交うが、
今の彼に取ってそれは物の数ではない。
『パンツァーファウスト!オラオラオラオラオラァ!』
巨獣の肩口、恐らく最も深いであろう傷痕へと無数の、
まさしく星の数ほどの拳打を次々と叩き込んでいく龍太郎、
相手の体液が、自身の身体に飛び散る度に、その美しい身体が焼け爛れていくが、
それでも龍太郎は一切構おうとしない、いや、そもそも痛みを感じないがゆえに、
気が付いていないのかもしれない。
そして巨獣の肩から何かが砕ける音と同時に、片翼がもげ落ち、
その巨躯がついにぐらつき、大きく旋回を始め、
龍太郎の両腕がさらなる光を放ち始める。
その両腕の光は使徒が備え持つそれとは別種の物も宿っていた、
『鉄腕効果』攻撃を行えば行う程に攻撃力が上昇する、星の加護の一つである。
「てめぇの星に祈れ」
もげた翼の跡から覗く、禍々しい魔物の臓物……その中でも一際大きく脈打つ臓器がある。
おそらく心臓だろう、それを捉えた龍太郎の目が光る。
『ハルマステール・フィスト!』
身体が、声が自然に動く、拳に込められた自身の本来のそれとは比べ物にならぬ程の、
重厚かつ苛烈な一撃が巨獣の心臓を砕き、そればかりかその身体すらをも貫通する。
勝利を確信しつつ、振り向いた龍太郎の目に、
錐揉みしつつ、力なくついに地に落ちる巨獣の姿が映る。
と、その瞬間、少しづつではあるが力が、正確には星の加護が抜けて行くのを感じる龍太郎、
万一のことを考え、カリオストロが事前にその身体に仕込んで置いたリミッターが、
どうやら発動したようである。
「危ねぇ……」
だが、こうしてムチャを重ねる自分にはちょうどいいのではないかと、少しだけ思う、
このペースで戦いを重ねれば、早晩自分はまた星の呪縛の虜となってしまうであろうから。
「もっと……もっと強くならねぇと……」
ともかく使徒の技の、身体の扱い方にはある程度目処が立った、
後は、星の加護に頼らずとも戦えるようにならねばならない。
そんなことを考える龍太郎の頭の中には、もう天之河光輝は存在しない。
それは誰かを理由にして強くなるべき段階は、
彼の中では通り過ぎたのだという自覚に目覚めた、つまりは成長の証であった。
「アイツのためだけじゃない、何よりも俺の為に」
そして多くの同胞たちを犠牲にしつつ、強引に結界を突破し、
ついに王都、ひいては王宮への侵入には成功したものの……。
すでにもぬけの殻となった大広間にて僅かにその表情を曇らせる使徒……その名もアハト。
「小癪な真似を……」
イレギュラーに対する人質の確保、それが自身に課せられた最優先の任務、
それを果たせなかったという屈辱に内心で歯噛みしつつも、
アハトは銀翼を広げ、即座に次の、恵里に教えられた目標へと向かう
その次に確保すべき目標……。
すなわちハイリヒ王国第一王女にして王国摂政リリアーナ・SH・ハイリヒは、
やはりというか愛子の予想通り、ただ一人未だ玉座の間に控えていた、
それこそが王族の義務にして矜持と言わんばかりに。
身じろぐことなく、舞い降りた闖入者へと視線を向けるリリアーナ。
かつての、数ヶ月前の彼女であれば、神の使徒の顕現に疑う余地もなく、
ただひれ伏すのみであっただろう、だが、真実を知った今となっては、
もはやリリアーナの目には、アハトの姿はただ美しいだけの忌まわしい人形にしか映らない。
「何故傅かぬ?我は真なる神の使徒ぞ」
リリアーナの瞳に、かつて何度となく相対した"反逆者"と同じ光を覚えながら、
それでも努めて静かにアハトはリリアーナへと詰問する、その手を伸ばしながら。
「僭神の手先に下げる頭も、くれてやる身体もありません!」
(……さらばです、皆さん)
苛烈そのもの答えを叫び、リリアーナが懐剣を喉に押し当てる、
だがそれよりも早くその腕をアハトが掴もうとした瞬間であった。
背後から迫った一撃に、アハトは素早く振り返り、
腕に生やした剣でやや押されつつも、その攻撃を受け止める、その攻撃の主は……。
「王妃ならびに、殿下の避難は終わった次第にて……」
左腕に剣、右腕に軍旗を掲げた、聖乙女ジャンヌダルクがリリアーナをその背に庇い、
神の使徒アハトの前へと立ちはだかるのであった。
次回、ジャンヌダルクvsアハト……そして。