ある意味一番書きたかった話かもしれません。
ハイリヒ王国、その玉座の間にて剣と剣を交え合う、使徒と聖女。
白銀の鎧を纏い大剣を構えるは銀髪の使徒、片や純白のドレスに黄金の髪を靡かせる聖女。
これほど美しく、煌びやかな一騎討ちは、いかに王国が長き歴史を誇っていようと、
そうそう行われたことはないであろう。
「私は役目を果たしてみせる!いざ!セイクリッド・リヴァーサル!」
高らかに叫ぶと、ジャンヌは左手の剣に力を込め、
愛剣カラドボルグから放たれた光を帯びた風が、使徒の護りを剥がしていく。
今まで受けたことの無い感覚に戸惑うアハトであったが、
だが、今までになかった異界の戦士の技に戸惑う間もなく、
矢継ぎ早に繰り出されるジャンヌの斬撃の前に、彼女は防戦一方に回らざるを得なくなる。
しかも、ジャンヌは巧みにリリアーナをその背中に収めるように戦っている。
これでは周辺を巻き込むような大技は使えない。
言うまでもなく、アハトの目的はリリアーナの確保である。
勢い余って殺してしまえば元も子もない、あの看過ならざる力を持つ、
イレギュラーどもを御すことはもはや叶わなくなる。
(死を恐れぬ者ほど、度し難く厄介な者はない……)
「人間風情が」
自身の死をも利用し反逆の烽火にせんとする、そんな小癪極まりない小娘へと、
リリアーナへと、無表情のままではあったがアハトは忌々し気に吐き捨てる。
もちろんリリアーナに拘泥せず、他の手を、
もっと融通を利かせろと思う者もいるかもしれない、だが、
例え自我を持とうとも、何処まで行っても彼女らは神の、エヒトの操り人形に過ぎなかった。
だからこそ……目の前の敵を討ち、ただただ役目を果たすのみ。
一切の迷いなき殺戮機械の本質を剥き出し、
アハトも反撃の大剣をジャンヌへと振り下ろす、その重さ、速さに眉を潜めつつも、
ジャンヌはアハトから一定の間合いを保って離れない。
(下手に防げば……こちらの負け)
ジャンヌは目の前の相手が未だ実力を発揮していないということを、理解していた。
こちらが守勢に回ればその実力を発揮する余裕を与えてしまうであろうということも。
「君を討って、悪しき神々への勝利への先駆けとなろう!サンクティファイ!」
ジャンヌの繰り出す剣の速度がますます速くなり、二撃三撃と確実にその刃が、
アハトへと肉薄していく、そしてついにジャンヌの剣が、アハトを捉え、
その左腕が斬り落とされる、が、しかしその瞬間、切り離されたアハトの左腕が宙を飛び、
そのままジャンヌの喉首へと斬りかかる。
もちろんそんな一撃などジャンヌには何の脅威とはならず、
無造作に払いのけるのではあるが、そこに僅かながら隙が生まれ、
それを見逃すアハトではなかった。
アハトが銀翼を広げ、回り込むようにジャンヌを避け、リリアーナへとその手を伸ばす。
ジャンヌも右手の旗竿を伸ばし、必死で制しようとするが、あと一歩届かない。
ここで勝利を確信したかのような微笑を始めて漏らすアハトであったが……。
しかし、彼女の身体は横合いから何者かの蹴りを受け、
リリアーナから再び引き離されてしまう、その蹴りを放った者は……。
「光輝……光輝ではないですか!」
やはり使徒の魔手は神山にも伸びていた。
アハトの他に結界を突破した使徒の幾体かは、
王宮ではなく神山に向かったのだった、もちろんその目的は……。
「かの王と同じく、人々を己から破滅へと導くのです」
「ぐっ……」
使徒の重圧に後退るシモン、その足下には息こそあれど叩き伏せられたデビットらの姿がある。
「何を恐れるのです、真の神たる教えを遍く全てへと伝える、それが教会の役目」
「儂もつい先日まではそう思ってはおったわ、一応と頭には着けねばならんがの」
何とか減らず口を叩いては見るが、語尾が震えては様にならない。
万事飄々と生きて来たこの老人も、流石もはや打つ手がないことを悟っていた。
いや、一つだけある、それは……。
(残るは一死のみ……か)
やはりリリアーナと同じく、神の傀儡となる道よりも自ら命を断つ道を選ぶシモン。
ただし彼女とは違い、その表情には僅かに躊躇いの色が浮かんでいる。
無理もない、新しき……神の名に頼らずとも人々が己の意思で歩んで行ける、
そんな世界が、かつて一族の始祖、ナイズ・グリューエンが望んだ世が、
あと少しで到来しようとしているというのに。
(このシモン、未だ悟りきれぬ様だわ……)
シモンがそんな心残りごと、舌を噛み切ろうとした時であった、
何処からともなく放たれた岩塊が使徒をシモンの前から吹き飛ばす。
「愛子への報告は一仕事終えてからだな」
その岩塊を放った主、カリオストロが周囲を見回しつつ、小煩げに呟く。
彼女の背後には、光輝、遠藤、ファラ、ユーリと揃っている。
彼らはオルクスの工房で休息を取った後、ラウス・バーンが密かに遺した、
各迷宮へのショートカットを利用し、神山へと戻ったのであった。
「キミの作った結界もアテには出来ないね」
光輝の肩に乗ったミレディが、やや挑発するかのような口調で、
カリオストロへと声を掛ける。
「どんな手を使ったのやら……たく」
不満げに言い返しつつも、周囲の観察は怠らないカリオストロ、
視界の片隅に、シモンを担ぎ物陰へと潜もうとする遠藤の姿が見える。
「フン!温泉での連中よりはちったあ脳があるようだな」
あのノイントよりは下ではあるが、それでもかつての温泉で相手したタイプよりは、
格上であろうと、カリオストロは使徒の挙動を一瞥しただけで見抜いていた。
同時に、それでも……自分の敵ではないであろうということも。
「コースケ!ユーリ!お前らはここでオレ様を手伝え、
そして光輝はファラと一緒に姫様の元へ向かえ!」
「ああ……いつか願っていたことが現実になった、俺は今あなたを守れている」
アハトと対峙しつつ、つい自分の隠し切れない思いが口を衝いてしまう光輝、
こんなことを今話していいわけではないことなど承知している。
それでも光輝は、自分が心から護りたいと願った少女の隣に立てている、
守れているという事実に心湧き立つ物を感じてならなかった。
「随分と無様を晒したと聞いておりますが……」
そんな光輝を見据えるアハトの目が冷たく光る。
「駒としての役割を全うしていれば、何も迷うことも苦しむこともなかったでしょうに
天之河光輝、やはり愚かな男だ」
「そうやって不都合を誰かの責任に押し付けることが出来るのなら、
きっと楽に生きられたんだろう」
それはもしかするとまた別の自分が辿った道なのかもしれない。
「でも今の俺はそんな人生は嫌だとはっきりと言える、苦悩の味を知ることなく、
何の傷を負わない人生に価値はないってことを俺は……」
光輝は改めてジャンヌの顔を見る。
「多くの人々に教わることが出来たから」
自身にとって大切な誰かを理由に、本当の迷いや苦しみから逃げ続けて来た男は、
噛みしめるように、はっきりと宣言し、改めてジャンヌと共に悪しき神の手先たる使徒、
アハトへと聖剣を構える。
「うんうん、やっぱ男の子は美少女を守って立ってナンボなんだよ」
さらに光輝の肩口近くから発された声に、驚いた表情を見せるアハト。
「その下卑た声は……」
「やぁ~~キジバトかドバトか忘れちゃったけど、その節は色々世話になったねぇ~~」
「ミレディ・ライセン……薄汚き反逆者めが、やはり生きていましたか」
「誉め言葉と受け取っておくよぉ~~」
ミレディの挑発を受け、アハトの身体が小刻みに震え始める。
「あの……戦うの俺たちなんで、その、口を控えて頂けると……」
目の前の敵が明らかに怒っているのを見て取って、声を震わせる光輝。
容易ならざる強敵であることくらい、彼とて承知しているのだ。
だからこそ余計なことは、どうか口走らない様に……と、
光輝がさらに注意を促そうとした時であった。
強烈な圧と共に、アハトの周囲に銀羽が展開される。
もうアハトの目にはリリアーナは映ってはいない、その身の確保よりも、
遙かな太古、主に楯突きまんまと逃げおおせた反逆者を討つ方が優先と判断したのだ。
「姫様は大丈夫っすよ!後は任せたっす!」
そんなファラの声と同時に、ハジメの扱うレールガンの威力をも凌ぐ、
銀羽の弾丸がその場にいる者全員に向かい放たれる。
「さぁ!使ってみな、私の授けた力を!」
「―――崩軛ッ!」
先読みで詠唱していたのであろう、光輝の声が響くと同時に、
銀羽が勢いを失い、そればかりか明後日の方向へと飛んで行ってしまう。
重力とは引力と遠心力の合力である、つまりそのバランスを崩すことによって、
光輝はアハトの繰り出した飽和攻撃を防いだのである。
意外な反撃に眉を僅かに潜めるアハトだが、
間髪入れず斬り込むジャンヌと光輝の姿を見るや否や、即座に背中から銀翼を展開し、
二人の攻撃を防ぐと同時に、その右手に大剣をも発現させる、
その刃は独特の輝きを帯びていた。
「切りあっちゃダメだ!分解されるよ!」
ミレディの叫びに間一髪で大剣の間合いから飛びのく二人。
確かに大剣が掠めた鎧の一部が細かい粒子のようになって消えて行くのを、
はっきりと見て取る光輝、もしも迂闊にも聖剣で受けていれば……。
「しかし切りあえないのでは……」
光輝の言う通り避けてばかりでは戦いにならない、
そもそもいつまでも避け続けられるような生優しい攻撃では決してない。
「ならばこれは私の役目だ!いざ!リヴァーサル・タイド!」
ジャンヌの剣から放たれた光を大剣でもってして難なく受け止めるアハト。
だが、その光を受けた途端、刃から分解の光が消え失せていく。
ジャンヌの使ったこのアビリティは相手の防御力を削るのと同時に、
強化効果をも一つ無効化することが出来るのだ、そしてここが勝負所とばかりに、
ジャンヌは軍旗を翻し、高らかに叫ぶ。
「我らが道を切り開かん!そして正義は我らの元に!エターナル・ディバイン!」
クリティカル確率、ダメージ上限、そしてそれに伴う攻撃力etc、
ジャンヌの声が耳に届くと同時に、自分のあらゆる全てが湧き上がるかのように、
底上げされていくのを感じる光輝。
人々の勇気を奮い起こす者、それが勇者の定義の一つであるのならば、
やはりジャンヌダルクは天之河光輝に取って、理想たる存在なのだろう。
だが、同時に思う、完全無欠な者などいないのだ、
誰もが皆その身に傷を負って生きているのだ、
そのこともジャンヌダルクは身を以って自分に教えてくれた、だからこそ……。
「俺は今こそ、あなたに、いや皆に応じる!」
ジャンヌのバフに呼応するかのように限界突破を行使し、アハトへと斬りかかる光輝、
人の姿をした存在に刃を剥ける罪悪感、違和感は未だ拭えない。
だが、それにも勝る本質的な嫌悪感を光輝はアハトから確かに感じ取っていた。
絶え間なく振るわれる聖剣を右の大剣で受け止めるアハト、
しかし絶妙なタイミングで今度はジャンヌがアハトの左側面から斬りかかる、
自身の右手側には息もつかせず牽制の小技を繰り出す光輝、
左手には急所を狙い必殺の一撃を振るうジャンヌ、
いかに使徒の中でも上位に位置するアハトといえども、
少しずつ少しずつ二人に押されていくのがはっきりと見て取れる。
そこでアハトにさらなる凶報、いやテレパシーが届く、
自分と共に結界を突破し、神山に向かった同胞が全て討たれたという……。
こうなるとさしもの彼女といえど、もはや作戦の失敗を認めざるを得なかった。
ファラの背に守られるリリアーナを、次いで光輝らを睨みつけるアハト。
だが、自分の主に反逆者の首魁たるミレディの生存を伝えることが出来れば、
それで口実、いや面目は立つと思い直すと、
アハトは床に大剣を突き刺し、自身を中心に雷撃を放ち、
その隙に踵を返し逃れようとする。
しかし……。
「そこそこ長い付き合いじゃん、もう少し遊んで行きなよ……絶禍」
軽口と、そしてゾッとするほど冷たい声音と共にミレディが放った重力球が、
アハトの挙動を僅かながら妨げる、ジャンヌに取っては、その僅かな時間で十分だった。
「我らが刃、先駆けとならん!」
ジャンヌは右手に握りしめた軍旗を宙に掲げ、
そして裂帛の叫びと左手に握った剣を中空へと投げ放つ。
「遍く闇を撃ち滅ぼさん!ソヴァール・ド・ブリエ!」
彼方の雲間に剣が消えたかと思った瞬間、
天空からの無数の光の剣の雨がアハトの身体を貫いていく、
その光の一つ一つが、紛い物には決して放つことなど叶わない真の輝きに満ちていた。
光の雨が収まった後、そこには全身を穴だらけにし、
まさに無念の表情を浮かべたアハトの亡骸があった。
「この姿……オーくんたちに見せたかったよ」
「ミレディさん……」
万感の思いを込め、呟くミレディ、戦いはこれからではあるが、
それでもかつて散々苦しめられた相手の死には、やはり感ずる物があるらしい。
ともかく戦いは終わった……僅かずつではあったが緊迫感が薄らいでいく、
そんな最中であった。
少し離れた場所で、リリアーナを庇いつつ戦況を見守っていたファラの目が大きく見開かれる。
彼女の瞳に映ったのは、息絶えてならなければおかしい程のダメ―ジを受けていながら、
それでも音もなく大剣を振りかぶるアハトの姿。
「逃げ―――」
「!」
それは当人ですら理解出来ぬ驚きだった、殺気を察知した刹那、
ごく自然に当たり前のように身体が動くのを光輝は感じていた、
そしてまるであらかじめ定められていたかの様に両手に握られた聖剣がアハトを両断する。
これもまた信じられないまでに自然に……。
「光輝……君は」
「自分しか動けない……そう思ったら身体が……勝手に」
ぐらりと体勢を崩す光輝、その表情は泣いているかのような、
それでいて何かを乗り越えたような、そんな形容し難きものに満ちており。
そんな彼の身体をジャンヌは優しく支えてやる。
かけてやるべき言葉は幾らでもあるのだろう、だがあえてジャンヌはそれを口にはしない。
その厳しさこそが、今の光輝には必要なのだと言わんばかりに。
そんなジャンヌの無言でも伝わる思いやりを感じながら、光輝は外に目を向ける。
王宮前の広場には、大通りには民衆たちが大挙して集まっている、不安を拭うため、
そして何より救いを求めて……そしてその不安を拭い、救いを与えられる存在は、
ただ一人しかいなかった。
「行くのですね……」
リリアーナの言葉に無言で頷く光輝、その表情こそ涼やかなものではあったが、
内心では恐怖を覚えているであろうことを、リリアーナはすでに見抜いていた。
その証拠に光輝の背中は、その膝はガクガクと今にも頽れんばかりに、
震えているではないか、名も知らぬ者たちの運命を背負い導くという責務の重さに。
だが、それでも……。
(許されざることだということは分かっています、ですがそれでも私たちはあなたの、
勇者の存在に縋るより他は無いのです……)
「俺は……」
そんなリリアーナの逡巡を知ってか知らずか、
勇者だからと口にしようとして止める光輝、それはもはや理由の一つでしかない。
力があるから何かを為さねばならないというのなら、それは単なる呪いだろう、
人はもっと自由に生きても構わない、生きるべきだと思う。
だが、同時に光輝はこうも思う、
世の中一人くらいは呪いをあえて背負う馬鹿がいてもいいのではないかと。
そっと目を閉じる光輝、瞼の裏にはもう祖父の顔は浮かんでは来ない。
(俺がそうしたいからやるんだ、御祖父さんがどうとか勇者だからとかそれだけじゃない)
バルコニーへと進み出、光輝は群衆たちに姿を晒す、
その姿を認めた人々の注目が一身に集まる、すなわち勇者の下へと。
そんな自身に縋る視線に身じろぐことなく、光輝はただ何も言わず、
そっと一人一人の顔へと目を凝らし、見つめるのみだ。
もしも自分が、真に人々に取って希望を与えうる存在となっているのならば、
なってしまっているというのであれば……それだけで十分と言わんばかりに。
やがて……。
「勇者様は……救世主様(メシア)だったんだ」
「そうだ!神様に見捨てられた俺たちを救いに来て下さったんだ!」
そんな声がどこからともなく聞こえ始める、それは瞬く間にうねりとなって、
広場を通りを包んでいく。
救世主!救世主!救世主!救世主!救世主!救世主!救世主!救世主!
勇者様!勇者様!勇者様!勇者様!勇者様!勇者様!勇者様!勇者様!
救世主!救世主!救世主!救世主!救世主!救世主!救世主!救世主!
救世主!救世主!救世主!救世主!救世主!救世主!救世主!救世主!
勇者様!勇者様!勇者様!勇者様!勇者様!勇者様!勇者様!勇者様!
救世主!救世主!救世主!救世主!救世主!救世主!救世主!救世主!
勇者様!勇者様!勇者様!勇者様!勇者様!勇者様!勇者様!勇者様!
救世主!救世主!救世主!救世主!救世主!救世主!救世主!救世主!
その歓喜の、決して自分から望んだわけではない声を全て受け止めんとばかりに、
両の手を広げる光輝、その姿にさらに湧きたつ群衆たち。
(これが俺の……この世界で課せられし役目、いや、勇者の宿業)
人々の悲しみを背負い、新たな希望を束ねる存在、
太陽の光が届かぬ闇に月の如く標を与える存在、それが勇者……いや。
(救世主……か)
それは勇者以上に己が身には重すぎる称号かもしれない、
だが、それでもその重さに耐えてみせる、選ばれたことの残酷さにも、
きっと打ち勝ってみせる……そして。
(ああ、きっとジャンヌ・ダルクも同じ気持ちで……)
今ならわかる、きっと彼女は最後まで毅然と胸を張り、
かつて守った民たちの罵声を耳に火刑台へと赴いたに違いないと、
自分で選んだ道なのだという、心からの誇りと満足感を抱きながら。
そんな彼の胸の内を全て悟ったかのように、勇者を救世主を讃える声を聞きながら、
リリアーナはそっと膝の上で拳を握りしめる。
それはその大衆が求めているのは勇者の、救世主の姿であって声であって、
天之河光輝そのものでは決してないことを知りながら、
その背中を押さざるを得なかった、己たちの無力を恥じる証であり、
何より自分たちが、せめて自分たちだけでも、
天之河光輝としての、ありふれた一人の少年としての彼を、
見失わないようにしなければならないとの決意の証でもあった……しかし。
(もしも国民と勇者、どちらかを選ばねばならない時は、私……私は)
勇者様!勇者様!勇者様!勇者様!勇者様!勇者様!勇者様!勇者様!
救世主!救世主!救世主!救世主!救世主!救世主!救世主!救世主!
勇者様!勇者様!勇者様!勇者様!勇者様!勇者様!勇者様!勇者様!
救世主!救世主!救世主!救世主!救世主!救世主!救世主!救世主!
救世主!救世主!救世主!救世主!救世主!救世主!救世主!救世主!
救世主!救世主!救世主!救世主!救世主!救世主!救世主!救世主!
勇者様!勇者様!勇者様!勇者様!勇者様!勇者様!勇者様!勇者様!
(勇者様で救世主がまさか反逆者とつるんでいる、そんな事を聞いたら、
みんなひっくり返るかも)
群衆の歓喜の声を耳にしつつ、そして自身の過去と今の光景を照らし合わせつつ、
ミレディもまた、ついそんな意地悪なことを思ってしまう。
だからこそ、自分のような存在が必要なのだとの思いもまた新たにして。
この少年を単なる器に、人柱に堕しめないこと、邪な願いに躍らさせないこと、
選ばれ続ける残酷さからその心を守ること。
そしていつか平凡でありふれた、そんな幸せを与えてあげられる誰かに、
勇者の使命よりも大切な誰かに巡り合わせること、
つまりは数多の勇者、英雄たちが叶わなかった"勝ち逃げ"をさせること、
それが解放者ミレディ・ライセンの最後の役目なのだと。
(でも……この子を越える子を見つけるのは、骨が折れるなあ……)
そんなことを思いつつも、祈る様に光輝の姿を真摯に見つめる、
ジャンヌダルクの横顔を眺めるミレディであった。
(……天之河君、幸福の王子は自らが救った人々の手によって焼かれてしまったのですよ)
片やオルクスの地下深くでは、その様子を備え付けのモニターで見つめつつ、
愛子もまたその瞳に強い意思を込める。
それは天之河光輝を勇者ではなく、ただのありふれた少年に、自身の生徒へと戻すこと、
それが大人として、教師として自身がこの地で行わねばならぬ、
最後の仕事なのだという決意を定めた証であった。
(君を幸福の王子には……世界の贄にはさせたりはしません、大人として、教師として
何よりも君の仲間として)
そして魔人領……。
"仙鏡"によって映し出された光景は、まさに救世主コールを一身に受ける、
勇者の、天之河光輝の姿であった。
その姿に涙ぐむ香織と雫、それは友の成長に対する嬉し涙だけではない、
光輝の表面の雄々しさの内に孕んだ、悲壮なまでの決意を悟ったがゆえの涙でもある。
そんな二人の震える肩をそっと抱いてやるジータと鈴。
「……参ったな、俺にはとても勤まりゃしねぇ」
うん、やっぱ苦手だわコイツと素直に兜を脱ぐような素振りを見せるハジメ、
よくぞここまでと、ユエやシアやティオらも一様に頷いている。
そして……。
「ふざけるなぁ!それが勇者のやることかあぁぁぁっ!そんな奴ら放っておいて、
僕を救えよ!僕を守れよ!僕を愛さないのに、僕を救わないのに、
僕を見てくれないくせにっ!憎んでもくれないくせにっ!
そんな顔も知らないような連中を救うのかあぁぁぁぁっ!」
全ての奸計を打ち破られた挙句、
もっとも望まない光景までも見せつけられる羽目となった、
そんな恵里の絶叫が草原に響くのであった。
勇者というものは輝かしいだけのものではなく、
むしろ悲しく残酷な存在だと自分の中では位置付けております。
そして勇者とは単独で何かを為し得る存在ではなく、
誰かの庇護や算段があってこそ、その力を存分に振える存在だと思うんですよね。
(その庇護を失ったらどうなるかは、蜘蛛のシュン君を見れば分かると思います)
つまりは方向性を示してくれる誰かの下で剣を奮う、象徴であると同時に、
決戦兵器としての運用が能力的にも性格的にも一番向いているんですよね。
(それはそれでその判断を他人に丸投げできる器量や、
判断を下してくれる人物の見極めが必要ですが)
ただ、彼の場合は先にも書きましたが、本人の意思の希薄さに加え、
潔癖さと狭量さが相まって、その方向性を示してくれる存在にまで、
刃を向けかねない危うさがあるので、
まずはそういったキャラに纏わる不信感を払拭させないことには、
勇者の仕事を任せることはもとより、読んでる側も納得出来ないのでは?と思ったわけです。
ともかく色々とありましたが、何とか彼も勇者を務め上げることが出来そうで、
書いてる側としてはホッとしてます、少々過酷過ぎとは思いますが。