「分断されたか、しかも俺とユエだけを」
頭上の確かな重みと気配を確かめてから、円柱にもたれ掛かり、忌々し気に呟くハジメ。
ともかく周囲を見渡すと、先程の極彩色の空間と同じように、
今、自分がもたれている円柱を起点にして、白亜の通路が奥へと伸びている、
但し、先程と違うのは周囲の空間の色が、闇色に閉ざされているということだ。
通路の終点は上へと繋がる階段となっている。
その高さはここからでは伺い知ることは出来ない。
「一直線か……進むより他ないんだろうな」
ここで仲間たちの合流を待つというのは余りに非現実的だ。
通路と階段の距離からいって、ましてお膳立てをしておいて、
ここで仕掛けてくる可能性は薄いだろうが、
時間を徒に費やせば、じれた相手が何を仕掛けてくるか分かったものではない。
「……んっ、これはもはや招待」
やはりハジメと同じ考えなのだろう、頭上で囁くような声を出すユエ、
しかしハジメは小声の中に籠る、僅かな不安を聞き逃すことはなかった。
「不安かユエは?」
「……」
ハジメの言葉に沈黙で返すユエ。
「……実はいうと、俺もちょっとだけな」
だが、ここより遙か遠くに感じるジータの心はいつもの通りである。
彼女も、自分たちが感じているのと同じ程度には不安がっている筈という思いが、
一瞬ハジメの頭を過るが、次の一瞬にはもうその考えは頭の中から消し去っている。
今は目の前に集中するしかない、ここには自分とユエしかいないのだからと。
ともかく、そんな素直な心情を吐露しつつも、ハジメは白亜の通路へと足を踏み出していく。
一本道を進むしかない以上、考えても仕方がないことなのだが、
もしも仕掛けて来るなら階段を昇った先だろうと、警戒はもちろん怠らない。
不思議なことに、通路の上では足跡も呼吸の音も何も聞こえることはなかった。
まるで全ての音が自分たちの周囲を包む闇へと飲み込まれているかのように。
まさに深淵……アビス、まさにそんな言葉がふとハジメの頭の中に浮かんだ。
(しかもさっきの柱もだがこの通路も鑑定できない、鉱物じゃないのか?)
そんなことを思いながらハジメの足はついに階段に到達する。
その階段は辿り着いてみれば、拍子抜けするほど低く思えた、ただし、
その頂上は淡い光に包まれていたが。
その光の先を、その先に待つ物を想像した途端、ドクリ!と胸が高鳴るのを、
ハジメは抑えることが出来なかった、それは恐らくユエも同じなのだろう。
(いるな)
(……んっ)
少しだけ呼吸を整えると、ハジメは一段一段噛みしめるかのようにゆっくりと
階段を上がって行く、そして光が再び彼らを包む。
闇の回廊を抜けたその先は、何処までも白い空間だった、
足下の感覚からして床はあるのだろうが、その床に目をやると、
視界を埋め尽くす白に、認識を狂わされてしまいそうな思いに囚われ、
すぐにハジメが視線を戻したところで声が聞こえた、聞き覚えがある声が。
「ようこそ、我が領域、その最奥へ」
その声にハジメのみならずユエも眉を顰めるかのような仕草を見せる。
聞き覚えがある筈なのに、どうにも違和感を、いや濁った意志を、
感じてならなかったからだ。
そしてその声を皮切りに、ハジメたちの視線の先が揺らめき始め。
そして幕が上がるかのように、空間が晴れて行き、
そこには玉座に腰かけるユエの、いやエヒトの姿があった。
「エヒトルジュエの名において命ずる――"平伏せ"」
まるで挨拶代わりとばかりに放たれた神言、問答無用で相手を従わせる
神意の発現なのだが、ハジメはただ無言で、
ドンナーの銃口をエヒトルジュエの眉間に構える。
「ほう、我が"神言"を封ずるか、やはりな、ならばこれはどうだ」
エヒトルジュエは頬杖をつき、足を組んだままで、片手を招くように差し出した。
が、あの魔王城の時とは違い、ハジメの持つアーティファクトの周りの空間が、
僅かに揺らいだのみである。
「……なるほど。対策はしてきたというわけか」
「でなきゃ乗り込んだりしねぇよ」
「神言のみならず天在をも防ぐか……」
そこでエヒトルジュエは意外な言葉を口にする。
「……フフッ、素晴らしい」
どうやらここまではエヒトルジュエに取っても想定内、
いや、むしろそうであってくれねばという、一種の期待がその口調からは聞き取れた。
「まぁ待て、折角わざわざ招いてやったのだ、少し話でもしないか」
ハジメをいなすかのように、相変わらず頬杖を、そして足を組んだままで、
エヒトルジュエは気安く話しかける。
「お前にまんまとしてやられた時は、確かにハラワタが煮えくり返ったが……」
今だってそうなんじゃないのかとハジメは言いたくなったが、そこは自重する。
わざわざこちらが欲しかった時間を僅かなりとも与えてくれているのだから、
その厚意には甘んじてやるべきだろう。
「しかし、よくよく考えてみれば、こうも思えて来たのだよ、見事!と」
ハジメを見つめるエヒトルジュエの目が細まっていく、
確かにその言葉に嘘は無いのは、ハジメたちにも感じとることは出来る。
だが己たちを見据えるその目は絶対的強者であることを確信し、
そのことに疑いを一切持たぬ傲慢さにも満ちており、
そんな下卑た目をユエの身体を使って浮かべるエヒトルジュエへと、
ハジメは心からの嫌悪感を抱かずにはいられなかった。
(ユエに……そんな目をさせやがって)
そんなハジメの内心など一切忖度せず、エヒトルジュエはさらに滔々とした口調で続けて行く。
「先程の手並みといい、そして何よりかの時に於いて我をまんまと出し抜いたお前の実力は、
小賢しくも解放者などと自称していた反逆者どもとは一線を画している」
そこでエヒトルジュエは頬杖を外し、口元で両手を組む。
一方のハジメは今は沈黙を保つのみだ。
「そう、まさにお前は卓越している、冠絶する人材だ、このまま殺すには惜しいと思ってな」
「何が言いたい?」
ハジメの反応が悦に入ったのか、そこでエヒトルジュエは笑う、
ユエが決して見せない質の笑顔で。
「この我の物となれ、イレギュラーよ」
「断る!」
ああ、やっぱりと内心で思いながらハジメは即答する、と、なると、
次は世界の半分でも与えるとでも言ってくるか……いやいやそれは何でも。
「お前の住まう世界の半分を与える、と言えばどうする?」
「それで俺にアルヴの役をやれということか」
「あれは期待外れもいいところであった、醜態をさらしおって……」
思い出したくもない汚点だと言わんばかりにエヒトルジュエは顔を顰め、
その態度に、少し溜飲が下がる思いを覚えるハジメ。
「あの恵里という娘は二つ返事で我に従うと言ったが……してお前は?」
「だから断ると言ってるだろう、そもそもそんな空手形誰が信じるかよ、
まだ征服以前の問題だってのに、大体俺をモノにしたいなら、もっとバインバインのだな……」
ああそれ言っちゃうか、そう思いつつそれについてもハジメは即答する、
即答ついでに、ついうっかり言ってはならぬことも口走ってしまったが。
「……やっぱりハジメは」
「いや、違うんだ、まおゆうってのがあってだな……」
明らかに怒気を孕んだ頭上の気配に、言い訳がましく弁解するハジメ、
こんな状況でもこうやっていつも通りに話せてるという安心感も覚えながら。
「いずれにせよ、"神"が持ち出していい交換条件じゃないな」
それは魔王が口にすべきことである。
「何より、人の叡智を……夢を愚弄するお前の下にはつけない」
ハジメは思い出す、自身の造り出したアーティファクトを、
エヒトルジュエに取っては、明らかに未知の世界の発想が組み込まれていたであろう、
アーティファクトを玩具程度にしか扱わなかった姿を。
「それにな……」
ここでようやくハジメは語気を強める。
「何が卓越だ、冠絶だ!お前のハラワタが今も煮えくり返ってることくらい
こっちは先刻承知なんだよ!下らない余裕をせいぜい見せつけて、
大物ぶりたかったんだろうがな!」
そしてトドメとばかりに、嘲り口調で締めくくる。
「欲しけりゃ力づくで取ってみな、出来るならな……」
そのハジメの言葉に、態度に、まるで興を削がれたとばかりに、
エヒトルジュエの表情から余裕の笑顔が消え、
その身体から白銀の魔力とプレッシャーが放たれ始める。
確かに怒りもあったのかもしれないが、同時にハジメへの興味も確かあったのだろう。
少なくともハジメ本人が思う以上には。
「いいだろう、ならば力づくで欲しい物は頂くとしよう……それから、
先程、お前が何を言いたかったかは分かるぞ」
噴出した魔力はすでに三重の輪後光となってはいる、その何も知らぬ者が見れば、
神々しいと評するである光の中で、玉座から浮き上がりながら嫌らしく、
エヒトルジュエは自身の胸元をまさぐるような仕草を見せる。
「だがそれはお前が握る、この少女の精神と魂を完全に掌握し、
我が物としてからゆっくりと……な」
そしてエヒトルジュエがやや勿体ぶった言い回しで片腕を突き出すと同時に、
輪後光から流星が、光の使徒が溢れんばかりに姿を現し、ハジメへと殺到する。
「物量作戦で来たか、ならこっちもだ!」
ハジメは流星には改良型クロスビット、クロス・ヴェルトをあて、
そして光の使徒には生体ゴーレム軍団、グリムリーパーズを差し向ける。
そんな物量と物量の激突が続く中で。
「我が魔法に、物量で拮抗するとは……」
「戦いは数だよ、神様」
「本当に、お前という存在はイレギュラーだ、
フリードの出現でバランスが崩れかけた遊戯を更に愉快なものにする為、
異世界から力ある者を呼び込んだというのに……本命を歯牙にもかけぬ強者になるとはな」
「だったらそのままアルヴに勝たせてやればいいものを」
「主に歯向かう飼犬が許されると思うか?」
「哀れだな奴も、で……何故、今回に限って召喚なんぞしやがった、いや、当ててやるよ」
当ててやる、その言葉にエヒトルジュエの目が細くなる。
「フン!昔と違って、現代にはフリードに対抗できる人材がいなかったのでな
別の世界から調達した、それだけの話だ」
「いや、違うな……それだけじゃない、アンタは自分の器になり得る存在を探していた
神域の外でも力を発揮できる器をな、そうじゃないのか?」
そしてそれが天之河光輝であったのだろうと、
いわば自分たちはその巻き添えになっただけだということも、ハジメは察していた。
「そうよ!しかしお前には礼を言わねばならん、イレギュラーよ、
お前が巻き込まれてくれたお陰で、三百年前に失ったと思っていたこの最高の器を
見つけることが出来たのだからな」
「創造神にして支配神だと、この世界の人間は言ってるみたいだが、
それにしては随分とスケールが小さいもんだ」
「我を矮小と言うか」
「ああ、たかだか女の子一人、三百年も見つけられないのがその証拠だ!」
そんな舌戦もまたハジメとエヒトルジュエの間で繰り広げられる。
だが、その中でハジメは未だにエヒトルジュエ本人が、
何らの攻撃行動を起こしていないということを見抜いていた。
やはり余裕は無かったのだろう、だから興味もあったのあろうが、
怒りを隠して一度は交渉を持ち出した。
それは自身の肉体に一抹の不安を抱えている証だ。
「さらに言わせて貰うがな……」
それを裏付けるべく、均衡状態の間にと、ゴーグルによるスキャンを、
ハジメが実行しようとした時であった。
エヒトルジュエの頭上に、見覚えのある青白い球体が浮かんだのは。
しかもその球体は蛇のように形を変えていく。
「あのーアレってユエさんの魔法っ……スよね」
確か蒼龍とか言った筈だ。
「……幾ら何でも全部抜き取って逃げたらすぐにバレてた、
だから記憶は残しておいた」
十字架と星が、光と鋼人がせめぎ合う戦場を睥睨するハジメ、
これに加えてユエの魔法を十全に使われるとなると……。
考えるより先に、アイディオンを展開するハジメ、そしてその表面を撫でるように、
蒼龍が通過していくのが盾の中に衝撃となって伝わってくる。
そして衝撃から想定できるその威力は、ユエが放つそれを凌いでいることもまた伝えていた。
「メラゾーマじゃないメラってことかよ」
思わずぼやかずにはいられないハジメ、しかしそれでも分かったことはある、
エヒトルジュエも万全ではなく、余裕はないのだということを。
「分かったところで今は我慢か……」
さらに密度を増す流星、そして神の力で放たれるユエの攻撃魔法。
ハジメの作戦ではユエをエヒトルジュエに接触させる必要がある、
だが……この猛攻では。
「先に向こうがガス欠になるか、それとも俺たちが……」
そこでふと、ハジメの頭にあのいけ好かないもう一人の自分が、
魔王となった南雲ハジメの姿が浮かぶ。
(きっとアイツも……)
やはりユエを奪われているのだ、それも身体のみならず精神も魂も、
だが、それでも取り戻した、自分たちよりも遙かに不利な条件の中で……。
「……負けちゃだめ、ハジメ」
ユエの叱咤が耳に届く、それに誰に負けるなということだろうか?
「ああ、あの眼帯魔王に出来て、俺に……俺たちに出来ない筈はねぇ!」
ハジメとエヒトルジュエが一進一退の対峙を続けている頃、
廃墟ではハジメの苦境を察したジータが叫ぶ。
「……ハジメちゃん、多分今エヒトと戦ってる!」
「何ィ!」
「それでどうなの……まさか」
「まだ大丈夫、ハジメちゃん今は自重してるみたい」
「だったら焦るな、オマエの焦りはハジメにも伝わる、オマエが平静を保てなくてどうする」
口調こそいつもの如くだが、シャレムの鋭い指摘に頷くジータ。
「安心しろ!オレ様たちが必ずお前をエヒトの、ハジメとユエの所に連れて行ってやる、
そんでもって袋叩きだ」
さらにカリオストロの力強い言葉にも今一度ジータが頷いた時であった。
「そうはさせないよ~」
嘲るような声と共に、彼女らの頭上から極太レーザーが放たれる。
飛び退きつつ彼女らは声と、レーザーが放たれた方向へと目を向ける。
声の主はやはりと言うか、仮面を付けているとはいえ恵里であることは明白であったが、
従えている二体の使徒はこれまで遭遇した者とは格の違いを明確に感じさせた。
まさに大幹部級、例のノイントやアハト、いやそれよりも上のレベルであろうと。
「恵里……」
「こんなところまでついにやって来たんだねぇ、鈴、金魚のフンもそこまで来れば
大したもんだよぉ~~」
その鈴の呟きが耳に届いたか否か、またしても嘲り口調で返す恵里、
しかしその声音には芝居がかった物を感じさせた。
「かもしれない、私は多分この中で一番弱いから、けど……恵里!
恵里を思う気持ちは誰にも負けない、だからそれをっ……」
この正念場でこんな月並みな言葉しか口に出来ないのかと、
内心で忸怩たる思いを抱きながら、それでも涙だけは見せる物かと、
鈴はその内心で歯を喰いしばる、が、その耳に意外な言葉が飛び込んでくる。
「で、恵里?誰のことを言ってるんだい?ここには恵里なんて子はいないんだけど」
「え……え?だって……」
その声音には戸惑う鈴の様子を楽し気に、いやどこか捨て鉢な気持ちで、
観察するような響きがあった。
「そもそも中村恵理?……誰だいそれは」
そこで仮面の縁から覗く髪の色に気が付く鈴、恵里の髪は黒髪な筈、
だが……そこから覗いている色は……。
「だって今の僕は……」
満を辞したかのように仮面を外す恵里、その素顔を見た瞬間、
悲鳴を上げる鈴、悲し気に目を伏せる雫、
そして二人とは対照的に、身じろぎもせず睨みつけるジータ。
……何故ならば、その仮面の下の顔は……。
「蒼野ジータ、なんだから」
自分と同じであったからだ。
ラストバトルにつきましても、色々と考えてはいたのですが、
シンプルに行かせて頂きます。
ちなみにエヒトは割と本気でハジメを勧誘してたりしてます。
ですがとりあえず次回は恵里ちゃんメイン、ジータとの因縁が明かされます。